2012.12.25掲載

日本舞踊×オーケストラ−伝統の競演− 2012.12 東京文化会館

日本舞踊の名手たちがクラシックの名曲を踊る、それも一夜限りの贅沢な競演である。花柳壽輔、井上八千代、吾妻徳彌などの名手、それに狂言の野村萬斎が加わり、東京フィルハーモニー管弦楽団の音で踊る。重箱の蓋を開けると、手の込んだ贅沢な料理がぎっしりと詰まっているような舞台だ。これだけのメンバーを揃えるのは並大抵のことではないのだろうが、あえて「一夜限りの贅沢」というのも嬉しい。少し早いが、クリスマス・プレゼントのような時間であった。

ショパンの「レ・シルフィード」を吾妻徳彌を中心としたメンバーが群舞で踊り、プロコフィエフの「ロミオとジュリエット」を花柳典幸と尾上紫が踊る。ストラヴィンスキーの「ペトルーシュカ」を若柳里次朗、花柳輔蔵らが踊り、ドビュッシーの「牧神の午後」を花柳壽輔と井上八千代が、ラヴェルの「ボレロ」を野村萬斎と四十人の舞踊家が群舞で踊る。総合演出は花柳壽輔だ。舞台美術も朝倉摂、金子國義、千住博と一流かつ個性的なメンバーが顔を揃えた。

こうした試みは、今までにないわけではなかったが、今回の舞台では日本舞踊を洋楽で踊る、というだけではなく、洋楽の中に日本舞踊の味わいをどこまで盛り込めるか、という実験が随所に感じられた。例えば「ペトルーシュカ」は、歌舞伎舞踊の「操り三番叟」を想起させるものがあるし、「牧神の午後」は同様に「隅田川」にたどり着く。これでこそ、「競演」の意味があると言うものだ。「レ・シルフィード」は吾妻徳彌を囲んだ女性舞踊家が、華やかな群舞を見せた。「ロミオとジュリエット」は無言のうちに二人の愛情が表現され、科白を持たずに感情を表現する舞踊の特異性が顕著に現われていた。

圧巻だったのは、花柳壽輔と井上八千代の二人による「牧神の午後」で、花柳流と京舞井上流の家元同士の競演の中で、わずか二十分に満たない舞踊でありながら、能の「隅田川」の世界が浮かび上がった。我が子を亡くした哀しみに狂う女性、その前に現われる舟長の練達の芸、のぶつかり合いである。ただ、残念だったのは、「隅田川」という原点を知らない観客には、いささか難解だったかもしれない。

最後が、野村萬斎の「ボレロ」。これは初演ではなく、今までに幾度か形を変えて上演しているものだ。狂言舞台の様式の中で「ボレロ」を四十人の舞踊家の群舞と共に舞う野村萬斎。舞台に響く力強い足音は、音楽との共鳴を感じさせる舞踊だが、思い切って狂言舞台の様式を取り払ってしまっても面白かっただろう。野村萬斎が守り続けている狂言の様式を破ったところに、西洋のクラシック音楽との競演による新たな化学反応が見いだせた可能性がある。

欲を言い出せばきりがないが、幕が降りた瞬間に消える舞台芸術が、たった一夜限りの競演というところに「珠玉」を感じる。「一期一会」とはまさにこのことであろう。ロングラン・システムも結構だが、一夜限りを大事にする日本人の精神が、贅沢な時間を生み出したことは事実である。

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2012.12.12掲載

トップドッグ/アンダードッグ 2012.12 世田谷パブリックシアター

近頃、「格差社会」という言葉をよく耳にする。格差のない社会など、我々の共同幻想に過ぎないのという現実を知らされるような出来事の連続だからだ。その背景には、戦争に負けてアメリカから流れ込んで来た民主主義と自由主義を混同し、錯誤した時代もあれば、「働かざる者食うべからず」という先人の金言を忘れた「バブル」の時代もあった。その民主主義の地、・アメリカで生まれた芝居で、リンカーンとブースという、大統領とその暗殺者の名前を「冗談で」付けられたアフリカ系アメリカ人兄弟の物語だ。タイトルのトップドッグは勝者、アンダードッグは敗者を意味し、この兄弟の立つ位置が時として入れ替わりながら、兄弟愛、近親憎悪をかわるがわる見せ、物語は進んでゆく。登場人物と同じアフリカ系アメリカ人の劇作家、スーザン=ロリ・バークスの作品を、小川絵梨子が演出している。

水道も止められ、トイレもないボロアパートの一室に居候している兄・リンカーン(千葉哲也)は、遊園地で顔を白く塗り、暗殺されるリンカーンのアトラクションをしながら日銭を稼いでいる。弟のブース(堤真一)は、かつて兄が生業にしていたカード賭博のディーラーに憧れ、恋人との甘い生活を夢見ながらも、仕事はせずに必要な物は万引きで調達している始末だ。アメリカン・ドリームというほどのものではないが、二人共に一発当てて、少なくも日々の生活には困らないような暮らしをしたいと願ってはいるが、堅気に戻ろうとする兄と、濡れ手で粟を夢見る弟の間には、兄弟とは言え大きな隔たりがある。それが、最初は兄弟、ないしは家族の絆や共通の想い出で何とか綻びを隠せているのだが、やがてそれも難しくなってくる…。

一回の休憩を挟んで約二時間の芝居、千葉哲也と堤真一の間には、マイナスであれプラスであれ、常に濃密な空気が漂っている。幕が開いてしばらくの堤真一の芝居には、かつて人気だった「傷だらけの天使」の萩原健一と水谷豊にも似た感覚のじゃれ方を一瞬想起させる。堤の役は水谷豊に相当するが、設定も違えば、「傷だらけの天使」の場合は「兄貴〜」とは呼ぶもののチンピラにおける擬似家族の関係性で、肉親ではない。時に、ややオーバーなほどの子供っぽさを見せるが、風貌からして落ち着いた千葉哲也との対比で見ると、それほど収まりは悪くない。また、同じ舞台で言えば、やはりアメリカのアーサー・ミラーの「セールスマンの死」のビフとハッピーの兄弟をも連想させる瞬間がある。

二人が交わす科白は、ブースの恋人の話であり、子供の頃の想い出であり、暗い話題ばかりでもないのだが、日々の暮らしに追われ、夢を語りながらも狭い空間の中で交わされる会話は、内容の質に関係なく徐々に息苦しさを感じさせ、この二人の別れが必ずしも幸福ではない予感を漂わせる。この不安定な状態はまさしく二人の精神状態を反映しており、女性の作家、演出家ならではの肌理の細やかさが現われているところでもある。科白のキャッチボールの間合いや表情がだんだん不安定になり、仲の良いはずの二人の兄弟の近親憎悪が剥き出しになり、奔流のように幕切れへと進む。千葉哲也と堤真一のコンビは多くの舞台で共演しており、お互いの信頼感があるのか安心して観られ、最後のカタストロフィまでの緊張感の高まり、そして爆発までの芝居には緊迫感が漂った。

どこの国にも家族があり、兄弟がいる。しかし、環境や時代、生活などで無数とも言える組み合わせがあり、血を分けた仲であるだけに近親憎悪という厄介な感覚がつきまとう。「カインとアベル」以来のものでもあろうが、思ったことをストレートには言わず、以心伝心を大切にする日本とアメリカの生な感情のぶつかり合いの差を感じると共に、堤真一が演じるブースの言葉のどれほどが事実だったのか、作者の見事なトラップに感心した芝居でもある。

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2012.12.02掲載

バカのカベ〜フランス風〜2012.11. 本多劇場

風間杜夫と加藤健一。つかこうへい事務所で頭角を現わし、人気俳優となった二人の30年ぶりの共演に大笑いした後、ふとした哀愁が漂う。「宴のあとの寂しさ」とでも言おうか。大人が楽しむ上質のコメディである。加藤健一事務所では、イギリスやアメリカのコメディを積極的に上演して来たが、フランス作品は珍しい。NLTが好んで上演しそうな芝居だが、芝居の虫・加藤健一にとっては、面白い作品であればどこの国の芝居でも関係ないのだろう。鵜山仁の丁寧な演出とベテラン二人の息の合ったやり取りが、ウェルメイド・プレイの魅力を発揮した。  編集者・ピエール(風間杜夫)は、週に一回、これはと思う「バカ」を選んでパーティに招待し、仲間と笑い者にして楽しむという悪趣味の持ち主だ。今夜は、税務署に勤めるフランソワ(加藤健一)が招待されたが、生憎、ぎっくり腰になってしまう。ピエールのために、何とかと一所懸命に手を尽くすフランソワの行為はすべて裏目に出てしまい、愛人の存在はばれるわ、国税局に目を付けられるわ、とてんやわんやの騒ぎになる…。新井康弘や日下由美らの好助演を得て、息の合った舞台になった。コメディの命は「間」であり、加藤・風間のコンビには30年の時間を感じさせない。20代のある時期を共にした仲間が、その後違った道を歩み、互が実力派の俳優として名を成した今、舞台で共演するのは、若き日の二人を知るファンには感慨深いものであろうし、若いファンにはご馳走だ。

科白にもあるが、「何をもって人をバカと判断するのか」。事態を悪化させているのは加藤健一のフランソワだが、それを笑い、怒る風間杜夫のピエールがバカに見える瞬間がある。フランソワには悪意のかけらもなく、愚直なまでに事態の解決方法を彼なりに考え、行動しているだけだ。それが裏目に出るからこそ、笑いが起きる。しかし、元々腹黒い悪意を抱えてフランソワを招いたのはピエールであり、フランソワの行為はすべてピエールのために他ならない。しかも、一見したところ、明らかに経済的・社会的にも成功しているのはピエールである。我々は、どちらを「愚かしい人間」だと判断すれば良いのだろうか。その判断基準は何によるものなのか? そんなことをも考えさせられる。

今の世の中、人に聞かないと自分を客観視できない、あるいは判断基準を持てない人も多い。また、他者の判断や評価ばかりが気になる時代だ。しかし、たとえ愚直でも人に笑われても、確固たる自分の人生を歩んでいる方が、人間としては豊かなのではなかろうか。成功とは、経済的、社会的なものさしだけで測れるものではない。そんな、混沌とした現代をフランス風のエスプリで洒落のめし、「そして、あなたはどちら…?」と問い掛ける芝居である。宴が盛り上がれば盛り上がるほど、誰もいなくなったパーティルームは寂しいものだ。

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2012.11.29掲載

「シャンソンの黄金時代」CD発売記念コンサート 2012.11.26 ヤマハホール

ベテラン・若手の多くの出演者には失礼だが、たった一人の五分間の出演に、ヤマハホールは割れんばかりの拍手に包まれた。昭和初期に日本でシャンソンが歌われるようになり、間もなく80年になるのを記念して、雪村いづみ、嵯峨美子、田代万里生、水谷八重子らが、数々の名曲を歌う豪華なコンサートだ。その中で、車椅子ではあったが、85歳になる宮城まり子が登場した瞬間、万雷の拍手が起きた。たっぷりとした白い衣装に身を包み、「ジェルソミナ」を歌った。正直なところを言えば、歌はいささかたどたどしく、往年の面影はない。本人も、「舞台の上で歌うのは40年ぶりの新人歌手なの」と、昔に変わらぬ「まり子」調で客席を沸かせていたが、この拍手は、元気な姿で久しぶりにステージに出る宮城まり子を暖かく迎える観客の想いであった。事実、座って話している姿は、さして以前とは変わらぬ愛らしさに包まれていた。

今の若い世代には、宮城まり子は肢体不自由児施設「ねむの木学園」の園長として多彩な活動をしている元・女優というイメージしかないだろう。それは事実だ。しかし、東宝所属のミュージカル・スターとして一時代を築き、また、稀代のコメディエンヌとして豊かな才能を発揮していた人気者であったこともまた事実だ。この舞台で彼女は茶目っ気で「40年ぶり」と言ったのだろうが、私は1984年に新橋のヤクルトホールで「イルマ・ラ・ドゥース」という可愛く優しい娼婦を主人公にしたミュージカルを観ている。その後、89年にも「星が見える心」というミュージカルを観ているが、これは彼女よりも、ねむの木学園の子供たちを中心としたものであった。そういう意味で言えば、私はこの夜、28年ぶりに舞台の上の宮城まり子と再会したことになる。大袈裟に言えば、「邂逅」とも言いたくなるような気持ちであった。恐らく、多くの観客が同じ気持ちを持っていたのではなかろうか。アンコールには、水谷八重子、雪村いづみに支えられながらではあるが、再び元気な顔を見せ、終演後はCDにサインを求めるファンでロビーはごった返していた。

シャンソン、というとあるイメージが持たれるようで、「フランスの演歌」とか「敷居が高い」「暗い」などと言われることがある。確かに、ダミアが歌った「暗い日曜日」のような特殊な曲や、男性に捨てられる女性の歌、娼婦の歌などが名曲として歌い継がれているのは事実だ。しかし、元来「シャンソン」とはフランス語では「歌」そのものを指し、特定のジャンルの楽曲を指定しているわけではない。また、日本で歌われている曲も人の心や愛情を歌ったもので、暗く悲しい曲ばかりではない。越路吹雪の歌唱で知られる「愛の讃歌」をはじめ、「幸福を売る男」、「パリ野郎」など、明るい歌やアップ・テンポの曲もある。来年、没後50年を迎えるエディット・ピアフの波乱に満ちた生涯は日本でも何度も劇化され、演じられて来た。最近では、大竹しのぶが演じた「ピアフ」が高い評価を受けており、今回のコンサートの中にもピアフの持ち歌であった「ミロール」なども登場した。今は、フランスでもシャンソンよりもロックのCDの方が発売数が多い、という話を聞いたことがある。しかし、淡谷のり子、高英男、石井好子らによって歌い継がれて来た名曲の数々は、ジャズで言えばグレン・ミラーやルイ・アームストロング、ベニー・グッドマンらが日本にもたらしたものと同じである。「AKB48」のような爆発的な支持はないまでも、長く歌い継がれているのは、名曲の証である。「シャンソン・ブームよ、もう一度」と叫ぶつもりはない。ロックもJ-POPも何でも結構。しかし、所は銀座のヤマハホールで、大人の愛情を歌ったコンサートにしっとりとした味わいを感じる一夜があっても悪くはない。

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2012.11.12掲載

永楽館歌舞伎 2011.11

明治34(1901)年に開場し、平成20年の大改修を経て芝居小屋として甦った兵庫県・豊岡市の「永楽館」。文人墨客に愛された名湯として名高い城崎温泉から車で40分ほどの場所にあり、かつて、歌舞伎はむろん、新派や大衆演劇が盛んに上演された昔の名残を残す芝居小屋だ。こうした場所は香川県の金丸座、秋田の康楽館、熊本の八千代座など、数えるほどになってしまった。永楽館の特徴は、豊岡の街並みの中の路地に忽然と芝居小屋が現われる光景だ。大石内蔵助の妻・りくの故郷でもあり、出石そばの名物もある。古い街並みを大切にしているところで、五年前に始まった永楽館歌舞伎は豊岡市をはじめ永楽館歌舞伎実行委員会が中心となり、多くのボランティアを中心とした人々が支えている。第一回から若手のホープ・片岡愛之助が座頭となり、積極的に公演を勧めた結果、町おこし以上に文化として定着した感がある。

昔ながらの升席に座布団を引いて座り、芝居を観るのは楽しいものだ。多くの劇場が椅子で固定されているために、否応なしに舞台を観ていなくてはならないが、芝居小屋にはそうではない自由がある。芝居の途中で飴色になった天井や、昭和初期と思しき頃の宣伝看板を眺めても、どこからも苦情が出ない。この自由な大らかさこそ、芝居見物の楽しみでもある。そう遠い話ではないが、京都の南座が今のように建て替わる前は、三階の前列には四人で入る升席があった。年末恒例の顔見世を、三階の升席で一日かけて見物した時代がもはや遠いことのように思われる。

今年の永楽館歌舞伎は、地元にゆかりの大石りくと内蔵助の別れを描いた「実録忠臣蔵」「お目見得口上」「鯉つかみ」の三本、休憩を入れて約三時間の公演だ。「実録忠臣蔵」はいわゆる「忠臣蔵外伝」として書かれた作品群の中で、山科に逼塞する大石が密かに討ち入り決行の意志を固め、妻子と別れる場面を描いた一幕物。そして、愛之助、中村壱太郎、中村種太郎、上村吉弥、坂東薪車の五人による「お目見得口上」、琵琶湖に長年棲みついた鯉の精が姫をたぶらかし、それを本水の水槽で大立ち回りを繰り広げながら退治する「鯉つかみ」と続く。いずれもふだんは滅多に上演される芝居ではなく、特に「鯉つかみ」はもともと上方の芝居で、愛之助の伯父に当たる片岡我當も演じていたことから、片岡家には所縁の深い芝居だ。取り立ててドラマティックな内容のものではないが、派手な本水の立ち回りは観客を喜ばせ、かつては夏芝居には恰好の人気作品だった。

芝居小屋自体が大きなものではないから、大一座でのお目見得というわけではない。その分、主な出演者全員が全ての演目に出演し、大車輪の活躍を見せるが、中でも片岡愛之助の奮闘ぶりはたいしたものだ。最後の出し物「鯉つかみ」の立ち回りでは、ここぞとばかりに水槽の中で鯉との大格闘を演じ、前方の観客には水が降りかかる。その度に、小さな小屋は割れんばかりの喝采と水を浴びた観客の嬌声に包まれる。役者との距離感が近く、江戸時代にタイムスリップしているような感覚を持つこの小屋ならではのものだ。本来、この距離感が、芝居の醍醐味なのだ。大劇場の天井桟敷から、双眼鏡でやっと目当ての役者の顔を見るような芝居ばかりではなく、役者の息遣いを感じることも芝居見物の楽しさである。

こういう場所で演じる芝居は、理屈抜きに楽しめるものが良い。その点でも、「鯉つかみ」は最適の題材だったとも言える。「お目見得口上」も、わずか五人ながら普段の「口上」のような格式ばったものではなく、役者が観客に世間話をしているような気軽さがあり、わずか五人で二十分間、観客の笑いを誘っていた。襲名、追善、お目見得と口上も性質が分かれており、お目見得は一番砕けたものではあるが、列座している役者が笑いをこらえて震えている口上は初めてだった。

この小屋は、便利な場所にあるとは言い難い。東京から出かけると、京都で新幹線から特急に乗り換えて約二時間強、豊岡で降りて車で三十分、合計約五時間の行程で、移動だけで半日かかる。しかし、温かく迎えてくれる町の人々の笑顔と、ざっくばらんな芝居見物を楽しみに来る価値はあるところだ。歌舞伎の本質、あるいはありようの一つが、この永楽館歌舞伎には残っている。

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2012.11.03掲載

るつぼ 2012.11 新国立劇場小劇場

アメリカの現代演劇を代表する劇作家の一人、アーサー・ミラーの「るつぼ」。この芝居を観るのは、1986年以来、26年ぶりになる。名作と言える芝居でありながら、頻繁に舞台に上らないのは、「魔女狩り」という宗教を背景にした題材が受け入れにくいと感じられたからだろうか。あるいは上演時間が長いからだろうか。私の感覚では、芝居者にとって、この作品が「手強いもの」だからではないか、と感じていた。それほどに、この芝居が持つメッセージの重さ、作品に投影された執筆当時の作者の心理、一筋縄ではゆかぬ科白と、容易に片づけることのできない要素を孕んでいるのだ。私が以前観た舞台は、アーサー・ミラー作品をよく取り上げる劇団民藝の上演によるものだった。今回は新国立劇場主催の公演で、今までに使われていた倉橋健の翻訳台本ではなく、新たに訳し直されたものだ。作品の発表が1953年、日本での初演が1962年で、日本初演からすでに50年が経過している。今回は水谷八也が翻訳した台本を、宮田慶子が演出している。新台本は、科白の語感が倉橋訳よりも軽くなり、時代が現代に近づいている感覚を持たせる。そうしないと、現代の観客には受け入れられない、ということだろうか。宮田慶子は丁寧な演出で、簡潔な舞台装置ながらも、作品が持つ重厚さを失わないように見せている。

まだアメリカが独立宣言をする以前の1692年、マサチューセッツ州のセイレムで実際にあった「魔女狩り」を題材にした作品だ。農夫のプロクターはふとしたことから、召使のアビゲイルと関係を持ってしまう。しかし、それは本気ではない。しかし、アビゲイルは何とかプロクターを自分のものにしたいと、プロクターの妻・エリザベスを「魔女」として告発する。プロクターの考えに不満を持った村のパリス牧師のもとに副総督・ダンフォースが現われ、セイレムには一気に魔女狩りの嵐が吹き荒れ、無実の人々が次から次へと告発されてゆく…。

この作品を書いた時、アメリカには「マッカーシー旋風」と呼ばれる思想統制が吹き荒れ、いわゆる「赤狩り」が行われた。マッカーシーとはアメリカの共和党議員の名で、この事件はアメリカの映画・演劇界にも大きな影響を与えた。作者は、この「赤狩り」に対する警鐘を鳴らすために「るつぼ」を書いたのだ。丹念に当時の資料を調べた上で創作された戯曲だが、必ずしも史実そのままではなく、幕切れに至るまで一本の太い棒が貫かれているような芝居だ。第二次世界大戦が終結してもなお、今から60年ほど前にはこうした思想統制、言論統制が当時のアメリカで行われており、今もなお、日本を囲む近隣の国で行われている事実は決して演劇とは無関係ではない。演劇は時代を映す鏡でもある。「日米安全保障条約」締結を巡って、日本でも大規模なデモ行進が行われ、それに多くの演劇人が連なったことも、もはや伝説的な出来事になっている。

主役のプロクターを演じる池内博之が、ここしばらく舞台を重ねてきた結果か、好演だ。頑固ではあるが乱暴ではない。男らしいが野卑ではない。言葉は荒いが嘘はつかない。過ちは犯すが誠実であろうとする。こうした農夫の姿を見せた。妻のエリザベスは栗田桃子。非常なる抑制を求められる役の要求に良く応えている。セイレムにとっては恐怖の象徴、とも呼べるダンフォースの磯部勉。かつて私が圧倒された瀧澤修ほどの重厚感はないものの、時に悪魔とも思えるほどの冷酷さと狡猾さが伝わる。印象的だったのは、セイレムの人々の中でも高潔だと評判が良いにも関わらず告発され、従容として死を受け入れる老女・レベッカを演じた文化座の佐々木愛だ。四幕の幕切れ、「まだ朝食をいただいていないものだから」という科白一言で、この女性の思想や信条、高潔とも言える生き方を見事に現わしたのは、ベテランのなせる業だ。

15分の休憩を挟んで3時間45分。長い芝居だ。幕が降りた後、「魔女狩り」はキリスト教を背景にした海の向こうの国の話ではなく、今の日本にもさまざまな形を変えながら吹き荒れているのだ、と感じた。アメリカでは「9.11」のテロの翌年の2002年にこの芝居が上演された。それと全く同じとまでは言わないものの、10年前にアメリカでこの芝居を上演しようとした意図と、今回の上演の意図の根っこはつながっている。

良く出来た芝居には普遍性がある。賞味期限が長い、と言い換えてもよい。アーサー・ミラーの作品は、「セールスマンの死」にしても「みんな我が子」にしても、ほかの作品も同様に普遍性を持っている。取り上げている時代はさまざまだが、どれも今の時代に巣食う病巣をあぶり出したものだ。人間の考えや行為は、500年やそこらでは根本的に変わるものではないのだ、ということをこの芝居は教えている。

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2012.10.25掲載

塩原多助一代記 2012.10 国立劇場

一昔前、ではすまないが、以前は塩原多助の実直な生き方は「修身」の教科書の題材になるようなものだった。国立劇場にほど近い永田町には居直り強盗以下の連中がゴロゴロしているが、そういう人々にまず観ていただきたい。今月の通し狂言「塩原多助一代記」は配役の妙を得た、久しぶりのクリーンヒットだ。落語の中興の祖とも言うべき名人・三遊亭圓朝の口演を、講談や落語などの舞台化で腕を見せた三世河竹新七が舞台化したものだ。圓朝の噺で舞台化されたものは多く、「怪談真景累ヶ淵」や「怪談乳房榎」などが人気だ。この芝居は久しぶりの上演で、落語では塩原多助が愛馬・青と別れる「塩原多助・青の別れ」を三遊亭圓生が得意としており、その高座を聴いているだけで光景が目に浮かぶようだった。

今月は坂東三津五郎、中村橋之助、片岡孝太郎、中村錦之助と、決して派手な顔ぶれではない。しかし、実直で真面目な塩原多助を演じる三津五郎の実直で篤実な芝居が、この役者の柄にぴたりとはまっている。現代的な視点から見れば余りにも人が良すぎるのだろうが、塩原多助は実在の人物であり、篤志家としての功績も大きい。これは明治の作品だが、江戸時代には、こうした偉人の業績を芝居に仕立て、分かりやすく見せたからこそ「芝居は無学の耳学問」とも言われたのだ。三津五郎が二役で演じる悪党の小平は、多助とはがらりと様子が変わって、世話物の悪党ぶりが小気味よい切れ味がある。養子先の継母に苛められた挙句に殺されかかり、親友を殺されて命からがら江戸へ出て、コツコツとまさに身を粉にして働き立身を遂げる。そこへ、零落した継母があらわれ、それをも許す、という多助の人柄に「嘘」を感じさせずに観客を引き込むのは、三津五郎の腕だろう。一歩間違えると説教じみた面白くも何ともない芝居になってしまうが、そうせずに見せたところが三津五郎の巧さだ。

多助を苛め、殺そうとした挙句におちぶれる継母の上村吉弥が良い。前半の意地の悪さで思う存分に芝居を見せたが、後半の惨めな姿も哀れを誘う。純粋な上方の役者だが、その匂いを感じさせずに年増の色気をたっぷりと見せたのが良かった。孝太郎も二役で、両方ともに多助の妻だが、最初の性悪女と後半の地主の娘をきっちりと演じ分けたので、混乱せずにすんだ。孝太郎の柄から行けば、前半の性悪よりも、地主の娘の方が似合い、若々しい可憐さと一途な娘らしさを感じさせるのが身上だ。

今は損得勘定だけが優先しがちで、何でもお金に換算して考えないと気がすまない世の中になった。現代に塩原多助のような人がいたら「やられっぱなし」になるだろう。そこまで世の中が悪くなったことは嘆かわしいが、だからこそ一途な多助の姿が観客の心を打つのだ。人情紙の如き世の中になったが、どんな時代になっても人の情に変わりはないはずだ。また、100年や150年でそれほどに変わってほしくもない。今の自分の物の考え方を改めて多助に問いかけられているような舞台だ。三津五郎の口を借りて、圓朝から「自分の身の丈を考えなさいよ」と言われているような気がした。

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2012.10.21掲載

YAMATO ジャパンツアー 2012.10 勝山市民会館

来年で結成20年を迎える和太鼓の集団「YAMATO」。ふだんは奈良県・明日香村に拠点を置いて集団での生活を送りながら、太鼓の研鑽に励んでいる。今までの公演のほとんどは海外で、年間150から200本のステージを、世界各国を「飛び歩き」ながら、公演を行って来た。今年は長野での公演を皮切りに、先月は東京・国際フォーラムで二回目の東京公演を行い、この福井県・勝山市での公演が今年のジャパンツアーのラスト・ステージである。来年もマレーシアやヨーロッパ、カナダ、アメリカなど、海外での多数の公演が決定しており、大きな動員力を持っているが、国内では数ある和太鼓集団の中ではまだまだ無名に近い存在だ。厳しい言い方をすれば、直径が2メートルもある大きな太鼓や、いくつもの太鼓を並べての演奏は、海外では「エキゾチック・ジャパン」の非常に分かりやすい例の一つとして好感を持って迎えられるだろう。ステージのほとんどを、パントを含めた無言のやり取りで終始するのも、海外公演の折の言語の壁から湧いた苦肉の策が功を奏している部分だ。

私は以前、初めて「YAMATO」のステージを眼にした時に、「芸能本来が持つ土着的な魅力がこの集団の身上」であるという主旨の批評を書いた。今回、改めて彼らのステージを観ると、和太鼓演奏に関する潜在能力の高さには驚嘆すべきものがある。他の集団との比較に意味があるとは思えないし、こうした芸能は集団ごとの異なった特徴が持ち味であり、「YAMATO」ならではの身体能力と音感、ユニークなパフォーマンスを武器にすれば、さらなる魅力を持ったステージが出来るだろう。ただ、そうなるためには、海外でのステージの創り方がそのまま日本で通用するとは思えない。海外では許されても、日本人には許されない、同じ国だからこそ求められるハードルの高さがある。彼らの土着的な魅力は変わらないはずだが、それだけでは日本での評価は海外よりも劣ったものになるのは明白だ。ここに、新しい魅力として何を付け加えることができるか、が来年の20年の節目への課題でもある。

以前のステージに比べて、若い世代の力が飛躍的に伸びたのは喜ばしいことだ。ストイックなまでに和太鼓に対峙し、集団生活の中での訓練がこうした花を咲かせるのだろう。ステージを観ていて感じたのは、太鼓を打っている時の彼らの歓喜にも似た笑顔だ。太鼓を叩いていることが嬉しくてたまらない、という顔でメンバーの男女が輝いている。どんなにメジャーな集団になっても、この笑顔だけは失ってほしくないものだ。これからは、国内でのツアーを着実に重ね、実績を残してゆくことだ。それを再度、海外に向けて発信し、パワーアップを続ける集団であってほしい。

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2012.10.10掲載

堂本光一ソロライブ「Gravity」2012.10 横浜アリーナ

数年ぶりの横浜アリーナでのライブ鑑賞となった。毎年、帝国劇場での「Endless SHOCK」は初演の舞台から観ているが、歌手・堂本光一としてのステージを観るのは初めての経験だ。今回はソロ・アルバム「Gravity」を引っ提げてのツアーで、北海道を皮切りに12月の大阪城ホールまで全18ステージ、20万人を超える動員だという。「Gravity」とは引力、もしくは重力という意味で、彼が持つ引力を意味するのだろう。マイケル・ジャクソンの曲を振り付けたことでも知られるトラヴィス・ペインが振り付けた「Danger Zone」をはじめ、このアルバムの12曲を含めて、今回のステージでは合計19曲を歌い、踊る。

私は、J-POPの評論家ではない。曲の内容やライブの構成などについて、知ったかぶりをして恥をかいても意味がないので、ここでは彼が日ごろ見せる舞台と、今回のライブから受けた印象の違いを述べることにする。以前、帝国劇場の舞台に立つ彼の魅力は「憂い」と「翳り」だ、と書いたことがある。毎年ハードルを上げて困難に立ち向かうストイックな姿勢から受ける印象は今も変わってはいない。しかし、当然のことながら、ライブと舞台という、異なったフィールドで見せる彼の顔は違う。客席の照明が落ちた途端に一斉にペンライトが灯り、場内が総立ちになるライブでは彼は「憂い」も「翳り」も見せることなく、激しい踊りとMCの軽やかなトークで客席を沸かせている。どんな役者も「一面」しか持っているわけではなく、違って当然だ。状況に応じたいくつもの顔を持ち、姿が見せられてこそのエンターテイナーであり、今回のステージで見せる堂本光一の姿は、決して二律背反でも矛盾でもない。

帝国劇場の舞台しか観ていない私には、「意外にざっくばらんだな」という新たな印象が加わったが、ここで一つ、不思議な感覚があった。彼は、MCでファンに対し、信頼感と愛情に結ばれた上で、かなりの毒舌を吐き、ファンもそれを待っている節がある。私には初めての姿だったが、白皙の二枚目と毒舌や下ネタのギャップ、という点も面白いが、どんなことを言っても嫌らしく聞こえないのは個性であり、彼のもう一つの魅力だろう。観客に媚を売るわけではなく、突き放すような発言をしても、決して不愉快に聞こえることはない。あえて言えば、何か透明のベールかカプセルに包まれているような感覚がある。ファンの女性たちの間では、彼のことを「王子」と呼ぶ人もいるようだが、その所以は、ここにあるのだ、という確信を覚えた。

2時間半に及ぶステージを、まさに駆け抜け、踊り尽くす印象があった。この日は2回公演と聞いたが、体力と気力だけで乗り切れるものではないだろう。周りのサポートはあるにしても、一万人を超える観客を相手に一人立つ姿の中に、33歳の青年の「孤高」の瞬間を垣間見たステージであった。

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2012. 9.25掲載

ボクの四谷怪談 2012.09 シアターコクーン

サブタイトルに「騒音歌舞伎」(ロックミュージカル)とある。幕が開くと浅草の街中で、金髪でジーンズ姿の多少ヤンチャなお兄ちゃんが一本1,500円で唐傘を売っている。これが、佐藤隆太が演じる民谷伊右衛門その人だ。昭和51年、橋本治が28歳の時に、天啓とも言えるひらめきを得て一気に書き上げた芝居が「ボクの四谷怪談」だ。この「ボクの」というのは、作者の橋本治、だ。大学時代に鶴屋南北を専攻していたとあって、南北作品の現代化、あるいは新解釈はお手のもの、と言えるだろうが、36年前の作品とは思えない新鮮さがある。加えて、パワーがある。丹念に綻びを探すような意地の悪い作業をしたとしても、それを蹴散らかして進んで行く力を戯曲が持っている。それは、この当時の作者の頭の中に、はっきりと「あるべき四谷怪談」の姿が見えていたからで、細かな帳尻合わせなど無意味だったからだ。時代背景が昭和51年(1976)の部分では、当時の匂いが漂っており、作品の中の楽曲は今の観客には分からないものもあるだろう。しかし、我々は長唄の楽曲を知らずに歌舞伎舞踊を観る。それと同じことだ。現代と作品が初演された江戸末期の文化八年(1825)、「四谷怪談」の裏テーマでもある赤穂浪士の討ち入りの元禄十五年(1703)と、上演されている2012年を、自由に行ったり来たりしながら、話は進む。

厳密に言えば、鶴屋南北の「東海道四谷怪談」をそっくりそのまま時代を変えたわけではない。伊右衛門とお岩の間の子供の扱いや、有名な「髪梳き」の場面に至るまでのストーリー展開は同じではない。しかし、それが些末と感じられるほどに台本が良く出来ている。一番優れた点は、南北の「東海道四谷怪談」というドラマを成立させるためには必要な部分はすべてきちんと残してあることだ。中でも、最近では上演時間の関係で割愛されることの多い重要な場面、「三角屋敷」を作者なりに再現することで、この作品が持っている怪談だけではない「因果噺」としての側面がはっきり分かる。また、最後の「どんでん返し」までを眺めてゆくと、いわゆる「正統な古典芸能」としての歌舞伎ファンには何から何まで異質なものと受け取られるかも知れない。しかし、これこそ現代の歌舞伎なのだ。古典芸能になったのは時代が経っただけで、その間に当時の時代や観客に合わせて本質は変えずにいかようにも変容を遂げて来た歌舞伎の荒唐無稽さが、ここにある。その点で言えば、この作品の上演は「現代の歌舞伎のありよう」として、見事な提示の仕方である。

佐藤隆太、小出恵介、勝地涼、栗山千明、三浦涼介、歌舞伎の尾上松也など旬の若手を中心に麻実れい、勝村政信、瑳川哲朗、梅沢昌代たちベテラン勢が加わった豪華なキャスティングである。お岩を演じる尾上松也だけが歌舞伎役者だが、後は歌舞伎の経験はない役者ばかりだ。しかし、歌舞伎を演じるために厳密な資格が必要なわけではない。また、1970年代にはすでに古典歌舞伎の現代化の目的で小劇場を中心に、多くの公演がもたれて来た。そういう観点で言えば、「ようやく21世紀の新しい歌舞伎が生まれた」という喜びは大きい。現代の観客が聴いても何ら違和感のないセリフのやり取り、登場人物との身近な距離感、こうしたものが歌舞伎にとっていかに重要な要素の一つであるかを再認識させられる芝居である。

佐藤隆太の伊右衛門が、予想以上の熱演を見せているその理由の一つは、「等身大」だからだろう。時代も考え方も遥かにかけ離れ、類型化された民谷伊右衛門ではなく、生の感情で動く伊右衛門だ。常々この作品に対して感じていたのは、伊右衛門は冷酷無残な悪人のように描かれることが多いが、私が南北の原作を読んだ限りでは、そうは見えない。深い考えがあるわけではなく、その場限りで自分に良いと思ったことには敏感に反応し、その一方で体制や権力に反感を持ちながらも流されてしまう部分もある。いわば、「調子のいい兄ちゃん」であり、大雑把に言えば、今の新宿でも渋谷でも、どこにでもいそうな青年の姿だ。それを伝統歌舞伎が類型化したことにより、観客側にも固定観念が植え付けられて「色悪」(二枚目で悪人)という歌舞伎の役のパターンになったが、そうとばかりは言えないのだ。こうした解釈がそれぞれの役に橋本流で施されているから、観客は歌舞伎に関する知識がなくとも自然に物語の世界に入ってゆける。勝地涼の直助権兵衛、栗山千明のお袖、小出恵介の佐藤与茂七も健闘している。尾上松也のお岩は、歌舞伎の演技と匂いを見せながら、終幕で大爆発をする。ネタばらしになるのでここには書かないが、単純に奇をてらったものではなく、伊右衛門とお岩の関係性に重大な疑問を提示した上で、作者独自の答えを見せる芝居をする。この大きなトリックに果敢に挑戦した尾上松也には拍手を贈りたい。

年功を積んだ名優たちの芝居の魅力もある。その一方で、こうした若い役者を中心とした爆発的なエネルギーの発露で見せる芝居がある。優劣の問題ではなく、指向性の問題だろう。しかし、これが今後の演劇界のさまざまな部分を見直し、考え直す要素を持っていることは充分に言える。私は批評家として古典歌舞伎を否定するものではないし、何でも新しければ良い、というものではない。今回の作品を評価するのは、南北の芝居の骨法をきっちり押さえながら、新しい歌舞伎を生み出そうとした橋本治のパワーと才気である。のんびりはしていられない。

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2012. 9.18掲載

エッグ 2012.09 東京芸術劇場

ここ数本の野田秀樹の芝居を観て感じているのは、科白の内容が研ぎ澄まされた錐のような鋭さを増していることだ。「過激」とか「下品」ではなく、「鋭利」、あるいは「怜悧」にだ。速射砲のように科白が繰り出されるテンポの芝居の中に埋没しそうになる瞬間もあるが、その一言が持つ意味の深さや、いたるところに張り巡らされた伏線や罠、あるいは作者の遊び心などとの関係性を考えると、その鋭さに剃刀のような感覚を抱くことがある。

今回の作品「エッグ」。妻夫木聡、深津絵里、橋爪功、秋山菜津子といった野田作品に出演経験のあるメンバーに加えて、仲村トオルが初参加だ。もちろん、作・演出の野田秀樹自身も出演する上に、今回は楽曲が椎名林檎という豪華版である。いつもながらにノンストップで2時間を超える舞台を駆け抜け、今回のテーマは「スポーツと歌」だ。「エッグ」という、卵を使った架空の競技がオリンピックの種目になる、ならぬという話が時間を行きつ戻りつしながら進み、そこに一人の女性歌手が絡んで来る。しかし、野田秀樹の芝居のこと、その構造はロシアの民芸品・マトリョーシカのような入れ子構造になっており、他にも多くの伏線が張り巡らされ、錯綜した芝居である。野田秀樹の芝居を観る時、多重構造のどこまでを読み切れるか、が観客席に批評家として座る私にいつも問われているような気がする。

例えば、登場人物の役名一つをとっても、東北から出てきた青年・妻夫木聡の阿倍比羅夫は東北の豪族として名を馳せた歴史上の人物であり、仲村トオルが演じる「エッグ」の選手・粒来幸吉(つぶらいこうきち)は、東京オリンピックの男子マラソンで銅メダルを獲得し、一躍ヒーローとなったがその後のメキシコ・オリンピックを前に自殺をした自衛官・円谷(つぶらや)幸吉のもじりである。深津絵里が演じる歌手の苺イチエにしても、漢字にすれば「一期一会」になる。また、椎名林檎の楽曲の中に年号が入っているものがあり、それぞれ「別れ1940」「別れ1964」「別れ2012」とある。最後は今年の年号だが、1940年は、アジアで初めて開催される予定だった東京オリンピックが「中止」になった年であり、1964年は「開催」された年だ。こうした事実は、今の若い世代にはもはや歴史上の出来事でしかない。これらの出来事を、我々はリアリティを持って感じることはできないが、習ったり聞いたりして「知った気」になっている。野田秀樹は、プログラムの中で「一体、人間にとって、どのくらい昔までが「知った気になっている過去」なのだろう」と書いている。これは、観客の年齢によって明らかに違うだろう。1955年生まれの野田にとって東京オリンピックは「子供ごころに覚えている過去」だろうが、1962年生まれの私には、まさに「知った気になっている過去」である。しかし、これが第二次世界大戦の話となれば、戦後生まれの我々には「知った気になっている過去」として同様のものになる。大きな話にしてしまえば、我々日本人が持つ「疑いをしようとしない歴史観」は本当に正確なものなのか。この芝居にはまずその問いがある。

更に、エピソードのように顔を出す寺山修司。若い世代にもファンも多い作家だが、幕切れ近くに、寺山の遺稿と思しき書きかけの戯曲が出て来る。むろんそんなものは存在せず、野田秀樹の頭の中から生まれた産物であると同時に、寺山に捧げた彼のオマージュである。歌人としての寺山修司の作品の中でも最も有名な短歌「マッチ擦るつかのま海に霧深し身捨つるほどの祖国はありや」。来年没後30年を迎える寺山が10代で詠んだこの歌の「祖国」と、今の我々が感じる「祖国」には大きな違いがある。しかし、50年以上にわたって詠み継がれているこの歌の持つ呪術性とも言うべき意味の大きさだけでも、野田秀樹の寺山に対する想いの深さが感じ取れる。また、劇中の言葉遊びの感覚には井上ひさしへのオマージュが感じられ、仲村トオルと妻夫木聡のやり取りは、つかこうへいの「熱海殺人事件」を想起させる。こうした、先人へのオマージュが散りばめられているのも、野田秀樹ならではだろう。

このように観てゆくと、「エッグ」を掘り下げようとすればするほど、作家が感じ、表現しようとしているものの深さが見えて来るのだ。卵には殻がある。ゆで卵の殻を剥くと、白身が現われ、中には黄身が隠されている。この芝居は、まさにゆで卵のように剥けば剥くほどいろいろな様相や時代が見えて来る。骨太とか、骨格がしっかりしたという言葉では表現できない多重構造を持ったこの作品。野田秀樹がこれからどんな尖鋭な科白を我々の前に突き付けるのか。久しぶりに四つに取っ組み合える芝居である。

歌も披露する深津絵里が大車輪の活躍を見せている。妻夫木聡も野田ワールドに慣れて来たようだ。初参加の仲村トオルが意外な好演を見せ、当て書きで書かれたのではないか、と思えるほどに役に嵌まった。橋爪功も若い世代に負けじと舞台を動き回り、ベテランの凄みを見せる。秋山奈津子のサディスティックな一面も面白い。言葉を紡いで来た先人たちに敬意を払い、そのエッセンスを巧みに配置しながら、新たな自分の言葉を紡ぐ野田秀樹。怖ろしくも楽しみな存在だ。

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2012. 9.04掲載

オリビアを聴きながら 2012.08 青山円形劇場

中年の世代にはほろ苦い青春の想い出と、辛い現在が交錯するような芝居だ。かと言って、重く、暗いばかりの芝居ではない。タイトルからもわかる通り、尾崎亜美の多くの楽曲と共に、オヤジの恋の話が展開される。当然唄うシーンもあるが、あえてミュージカルではなく「音楽劇」と銘打ってあるところに、作・演出の横内謙介のこだわりを感じる。横内謙介が1961年生まれ、尾崎亜美が少し年上で、その世代には多くの場面で共感できたり、グッと来るところも多いだろう。私自身も同世代であり、他人事ではない部分もあった。しかし、当然のことながら世代を限定している芝居ではない。今の「オヤジたち」のほろ苦さを若い人々がどう感じるのか、また、通り過ぎて来た世代はどう感じるのか。横内謙介の温かく柔らかな視線が、「辛いことも多いけど、頑張ろうよ」というメッセージを発信している芝居だ。

不動産会社に勤める中年の男。会社は手抜き工事をしてマンションの販売をしており、それが明らかになり糾弾される。日常生活に疲れ切った男は、ふとしたきっかけで、「ピアノ教室」に通い始め、若いピアノ教師に恋する。一方、会社は計画的な倒産を画策し、自分は残れることになったが、部下は残れない。悩んだ挙句に、自分も失職し、部下たちの就職先を探しながら、新たな一歩を踏み出す…。何もかもが厳しい時代に、こういう芝居がリアリティを持って観客の心に響く。それが幸福なのか、不幸なのか。人によって受け取り方はさまざまだ。しかし、随所に挟まれ、生のピアノで演奏される尾崎亜美のメロディが、ともすると乾きがちな心に透明な水のように沁み込み、潤いを与える、そんな芝居だ。

言葉は悪いが、横内謙介が同世代を中心とした「オヤジ世代」に「おい、もう少し頑張ってみようよ」と、ポンと肩を叩き、明日への一歩、あるいは半歩を踏み出させてくれるような芝居に仕上がった。自らが主宰する扉座の公演で、今回は若干のメンバーを入れ替えての再演になる。個々の役者の演技云々よりも、この作品が醸し出そうとする空気感、そこに意味があるように思う。三木眞一郎、舘形比呂一、鈴木里沙などの安定感のある芝居が、空気感づくりに大いに貢献していることは書いておいて良いだろう。

今は「閉塞感」の時代だ。しかし、人生という旅路の中で誰しも道に迷い、立ち止り、仲間に出会い、別れ、を繰り返しながら終着点へ進んでいることは間違いない。「オヤジ世代」は今の閉塞感に負けないだけの経験をしている、だから、もう少し頑張るのではなく、絶望しても溜息をついても泣いてもいい。また立ち上がれる時が来るのだ。横内謙介のそんなエールが聞こえるような芝居だ。もとより、芝居は娯楽である。しかし、今から三十年ほど前の私が学生時代、今もある「新劇」というジャンルの芝居に、昔ほどではないにせよ「思想性」が残っている作品があった。「反戦」であり「国の行く末」であり「現代への疑問」であり…。そうした作品が芝居の一分野を今よりも色濃く担っていた。そんな時代を思い出させる場面もあり、時代の流れと共に変わって来た演劇の「ありよう」をも感じさせる芝居だ。

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2012. 8.21掲載

ラ・マンチャの男 2012.08 帝国劇場

70歳の祝いを「古稀」と言う。唐の詩人・杜甫の詩の一節「齢七十、古来稀なり」が語源だ。今は元気で古稀を迎えられる人は多いが、その誕生日に1200回目の「ラ・マンチャの男」を演じる役者は「稀有」としか言いようがない。昭和44年、26歳の折に同じ帝国劇場で初演の幕を開けた「遍歴の騎士、ドン・キホーテ」を描いたこの芝居は、幸四郎と共に遍歴の旅を続け、1200回という偉業に到達した。ミュージカルの単独主演としては日本記録だ。もちろん、幸四郎は記録のためにこの芝居を演じているわけではない。質が高く、観客の求めに応じて演じて来た積み重ねがこの日、1200回に達したのだ。とは言え、容易な数でないことは誰にでも分かるはずだ。「演じたい」という気持ちだけでどうなるものでもなく、観客が「また観たい」と思わせるだけのクオリティを保ってこそ、このステージがあるのだ。この芝居の中で最も有名なナンバー「見果てぬ夢」のごとく、幸四郎の遍歴の旅はまだまだ続くのだろう。

この芝居はロシアの人形「マトリョーシカ」のような入れ子の構造になっており、難解とも言える作品だ。にもかかわらず、ここまで日本に根付いたのは、偏に幸四郎の努力と研鑽の賜物である。ミュージカルの本場・ニューヨークへ日本から単身乗り込み、この役を演じたことも、今は亡き名優たちがこの舞台で多くの役割を担って来たことも全部をひっくるめての前人未踏の到達点に、ただただ拍手を贈りたい。

16世紀の末、劇作家でもあり役者でもあるセルバンテスが従僕のサンチョと共に牢獄へ放り込まれる。そこで囚人たちに裁判にかけられるが、セルバンテスは申し開きを即興劇で行いたいと言い、牢獄の中の人々に役を振り当て、自らは田舎の郷士、アロンソ・キハーナに扮する。この男、読書三昧で考えすぎた挙句に狂気に陥り、自分は何世紀も前に姿を消した遍歴の騎士、ドン・キホーテとなり、世界の悪を滅ぼそうと遍歴の旅に出る…。つまり、舞台の上でにわかに即興の劇中劇が演じられるという趣向だ。その主人公が狂気に陥っているために、発言や行動は時として支離滅裂である。それに合わせ、役を演じる牢獄の人々。やがて芝居は終わり、セルバンテスが本当の裁きを受ける時が来る…。

幸四郎のキホーテ、70歳とは思えない軽い身のこなし、科白の深みや緩急自在の演じ分け、朗々と謳い上げるナンバーの数々は間然するところなく、回を重ね、歳月を重ねた重みを感じさせる。休憩なしの一幕2時間5分の芝居にほとんど出ずっぱりでいながら、微塵も消耗を感じさせずに時として若々しささえ感じさせるのは見事なものだ。幕切れ近くに「一番憎むべき狂気とは、あるがままの人生に折り合いをつけてしまって、あるべき人生のために闘わないことだ!」と力強く叫ぶシーンには、鬼気迫るものを感じた。

この舞台では松本紀保が姪のアントニア、松たか子がヒロインのアルドンサを演じ、この作品では四回目の親子三人での共演を果たしている。紀保の清楚な美しさとたか子のダイナミックな芝居が好対照を見せている他、今回で同じく四回目になる駒田一のサンチョも、自分の味を出して来て、それが定着してきた。共演陣で特筆すべきは牢名主の上條恒彦だ。1977年の公演でこの役を演じて以来、何度か抜けてはいるものの、800回以上は演じている計算になる。「ラ・マンチャの男」に欠かせないばかりか、幸四郎が初演に出演した「屋根の上のヴァイオリン弾き」のラザール、「マイ・フェア・レディ」のドゥリトルもそれぞれ数百回演じている。どの芝居も主役一人では成立しない。こうした重要な役どころに欠かせない役者を得ている意味も大きい。

誕生日でもあり、1200回の記念でもあるこの日、特別カーテンコールが行われ、多くの人々の祝福を受け、幸四郎は感涙にむせんだ。最後には、観客全員で「見果てぬ夢」の大合唱で幕を降ろし、1201回目に向けての遍歴の旅が始まった。カーテンコールで万感胸に迫り、涙で途切れがちな幸四郎のメッセージを聴いていて、私はいくつもの想いが頭をよぎった。一つは個人的なことで、この芝居を初めて観た1979年以降、鬼籍に入った小鹿番、上月晃、友竹正則、井上孝雄らのこと。もう一つは、日本におけるミュージカルの歴史。今、ミュージカル花盛りの時代が長く続いている。しかし、この状況を創る礎となったのは、東宝の重役で劇作家の菊田一夫の「日本にミュージカルを根付かせたい」という、まさに執念のような想いがあったからで、その試行錯誤と苦闘の結果だ。その初期、まだ染五郎を名乗っていた当時から新しい演劇の可能性にチャレンジし続けて来た幸四郎の姿勢。これは、日本の演劇史にキチンと書き記しておくべきことだ。

最後に、改めて言うべきことでもないが、生の舞台の持つ迫力の凄さ、幕が降りた瞬間に消えてしまう芸術の底力である。酷暑の一時を忘れ、「生きる希望」や「夢の意味」を自らの身体で観客に提示した幸四郎の姿に、全員の観客が「何か」を感じたはずだ。それが芝居の魅力でもある。

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2012. 8.16掲載

「十三人の刺客」2012.08 赤坂ACTシアター

1963年に公開された時代劇映画で、当時はモノクロながら30分に及ぶ殺陣のシーンが話題になった。その後、2010年にリメイクされ、この映画の眼目であり殺陣は50分に及び、高い評価を受けた。しかし、これらは映画であり、毎日生身の人間が見せる舞台とは根本的に質が違っている。今回の舞台は、20分の休憩を挟んで3時間を超える長丁場の舞台で多くの役者たちの汗が飛び散り、息遣いが感じられる。

高橋克典、坂口憲二、釈由美子、山口馬木也、袴田吉彦、西岡徳馬、小林勝也、春海四方、花王おさむなど、映像の人気者や舞台のベテランなど、混成部隊とも言えるメンバーだ。鈴木哲也とマキノノゾミの脚本を、マキノ演出で見せているが、一幕80分、二幕90分はいささか長い。丹念にストーリーを追っているのは結構だが、同じような場面の繰り返しもあり、殺陣が大きな見どころの芝居だけに、他の部分も大胆なカットを施しても良かっただろう。その方が、舞台全体の印象が濃密になったのではないか。

坂口憲二演じる鬼頭半兵エと高橋克典の島田新左衛門は江戸幕府に直参として仕えてきた竹馬の友で、お互いに剣術の腕を競い合って来た仲だ。しかし、選んだ道が違ったことにより、敵と味方に分かれてしまい、最後は命のやり取りをすることになる。暴君としか言いようのない袴田吉彦の明石藩主に仕え、その道中の責任者となった坂口の鬼頭と、老中の密命により暴君の命を狙うことになった高橋の島田。島田は同志を集め、わずか十三人で藩主一行の道中を付け狙い、お互いに知略を尽くしながら最後の闘いに向かってゆく。

人気者が多く出演しているだけに、満員の盛況は嬉しいことだ。この作品が初舞台となる坂口憲二。体格の良さは舞台映えするが、正直なところ、芝居は下手だ。尤も、誰しも初舞台を経験するわけで、ここから芝居が巧くなるもの。いきなり名優でも困る。科白廻しだ、所作だ、イントネーションだと言い出せばきりがないが、何より良いのはストレートに下手で、おかしな癖がついていないところだ。素直なのだろう。加えて、あらん限りの力を振り絞って全力でぶつかる姿勢だ。不思議なことだが、カーテンコールの爽やかな笑顔で、彼のこの舞台への努力を認めさせられてしまう感覚を覚える。相手役の高橋克典。彼も舞台経験が豊富なわけではないが、同じように素材の魅力を持っている。性格が対照的であり、配役の妙と言える部分があった。山口馬木也がメンバーの中では舞台の数を重ねているだけに一日の長がある。袴田吉彦の暴君は、いささかやりすぎとも思える芝居がアクセントになった。出演者のほとんどが男優であり、女優は釈由美子と松山愛佳しか出ていない。ストーリー上、男優の芝居に偏るためだが、「紅二点」が男のドラマに花を添えた形だ。西岡徳馬や小林勝也といったベテラン陣はさすがの存在感で見せてくれるが、加藤武のナレーションが渋い声で芝居に良い効果を与えていたことを書いておきたい。

ここで、特筆しておきたいことがある。総勢30名を超える男たちが斬り合いをし、血飛沫を上げる。当然、衣装は血のりで汚れる。昼夜二回公演の日もあるだろう。舞台の幕が降りると同時に、膨大な量の衣装をすぐに洗濯・乾燥しなくては、翌日の公演に差し障りが出る。酷暑の中で斬り合う役者も大変だが、汗まみれ、血まみれの衣装を何十枚も毎回洗濯するスタッフがいてこそ成立する。見えない裏方の努力あってこその芝居である。ご苦労様、と言いたい。

こうした混成メンバーの場合、バラバラになってしまう時と、お互いが刺激を受け、化学反応を起こして舞台が盛り上がってゆく場合がある。この舞台は後者の方のようで、東京公演を終わらせた後は大阪での公演を控えているが、まだまだ伸びる余地はある。

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2012. 8.14掲載

桜姫東文章 2012.08 新橋演舞場

鶴屋南北が奇想天外な発想を山盛りにした「桜姫東文章」。今ならば「ボーイズ・ラブ」とも言うべき僧侶の清玄と稚児の白菊丸が稚児ヶ淵へ身投げをし、清玄が死に損なうのがこの芝居の発端である。時は十七年後、高僧となった清玄は吉田家の息女・桜姫の出家の願いを聞き入れるが、生まれてこの方開かなかった左手には、十七年前の心中の折に相手の白菊丸が持っていた香箱が握られていた。

この輪廻転生が話の発端になり、桜姫と悪党の権助、そして清玄の三人を巡る三角関係が展開される。しかも、このもつれた関係の背後には多くの「実は…」が隠されており、「ありえない」とも思える荒唐無稽さをそれらしく見せてしまうところが歌舞伎の面白さであり、もっと言えば「本領」と言える。ただ、著作権のないこの時代のこと、あちこちの面白そうなエピソードや他の人気作を拝借したりして、いささか話が面倒になるが、それを知らずとも、話が分からない訳ではない。批評家にはあるまじき発言と言われるかも知れないが、無理に全部を理解する必要などなく、面白いと思えることをそのままに感じればそれで良いのだ。

桜姫と稚児の白菊丸を福助、釣鐘権助と大友常陸之助頼国を海老蔵、清玄と稲野屋半兵衛を愛之助と、主役の三人が二役を演じている。尤も、重心はみんな前者の役が遥かに大きく、海老蔵と愛之助の二役は、大詰めに再度綺麗な姿を見せる観客へのサービスである。福助の桜姫、白菊丸と十七年後の桜姫の年齢差がほとんど感じられないのが難点だ。もう一つ言えば、桜姫の時点でのちの風鈴お姫の怠惰な感覚がほの見えてしまう。品だの格だのはともかく、演じ分けには工夫が必要だっただろう。愛之助の清玄は、取り澄ました高僧の姿に、過去に稚児との心中事件を起こした「やんちゃ」を感じさせない凛とした風情が、この芝居にシニカルな部分を象徴しており、南北らしい諧謔が感じられた。殺されて幽霊になってからの芝居が、それまでの雰囲気を微塵も感じさせなかったのは工夫だろう。海老蔵の権助。本来の雰囲気から言えば、二枚目の悪党、歌舞伎で言う「色悪」の役柄は本領とするところだ。芝居が世話に砕ける部分はまだしも、科白を張る段になると、科白の難は相変わらずだ。しかし、彼が持っている役者の肉体の色気、というものは評価できる。それが「市川海老蔵」なのだろう。時折、芝居が雑になるのが気になる。

破壊坊主の残月の片岡市蔵のコミカルな小悪党ぶりが面白く、萬次郎の局・長浦との良いコンビだったのは拾い物だ。こうした脇を固める役者の良し悪しで、芝居全体の雰囲気が変わる。市川右近が朗々とした科白を聴かせたのが嬉しかった。

この芝居の初演は1817年、もはや幕末に近い江戸時代の終わりである。俗に言う「文化・文政の江戸文化の爛熟・退廃期」だが、徳川の長い太平の歴史の最後の転換点がそろそろ近づこうという中で、民衆の持っている力が溢れているような感覚を覚える。

簡単に言えば「何でもあり」「形式に捕らわれない」といった雰囲気が、芝居の中に自由闊達さを与えているのだろう。現代から遠い「古典芸能」であることに違いはないが、人間の考えることなど、そう簡単に変わるものではない。欲にまみれた市井の人々を活写しているという点にも、この芝居の面白さがあるのだ。

歌舞伎は難しく考えない方が良い。

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2012. 8. 9掲載

叔母との旅 2012.08 青山円形劇場

この作品を観るのは今回が三回目になる。1995年に劇団「円」、そしてシス・カンパニーの初演と今回の再演である。目まぐるしく変わる内容と登場人物は、先の展開がどうなるのかを全く予想させない面白さを持っている。しかも、たった4人の登場人物で、20人を超えるであろう人物を演じ分ける一方、一人の人物を複数の役者が演じる多重構造も持った作品だ。

銀行の支店長を勤めて引退したヘンリー。独身でさしたる趣味もない半生だったが、そろそろ隠居生活に入って来た。ある日、86歳で亡くなった母の葬儀の席で、オーガスタ叔母さんに50数年ぶりの再会を果たす。その瞬間から、ヘンリーの人生は目まぐるしい変化をはじめ、ついには南米まで出かけることに…。破天荒なオーガスタ叔母さんの隠された秘密も最後に待っており、息もつかせぬ舞台、二幕で2時間10分だ。

これを、段田安則、浅野和之、高橋克実、鈴木浩介の4人の男優のみで演じる。段田のみは主人公のヘンリーとオーガスタ叔母さんの二役だが、残りの3人は少ない人でも10役、多い場合は15役に近いのではないだろうか。ヘンリーにしてもオーガスタ叔母さんにしても、段田安則一人が演じているわけではない。その時に舞台にいる役者が瞬間的に役を変わり、歌舞伎の「わたり科白」のような感覚で一人の言葉を話してゆく。濃密かつ逃げ場のない青山円形劇場の空間を見事に活かし切ったステージング・小野寺修二の賜物だろう。ちょっとでもテンポがずれ、間をはずそうものなら一瞬にして崩壊するようなタイミングで繰り出す動きは、よほど緻密な計算の上でなければ成り立たない。見事だ。演出は初演と同様に松村武。

グレアム・グリーン原作のこの芝居は、単純に奇をてらったさえない初老の男の冒険譚ではない。70歳を過ぎても疲れを知らないエネルギッシュで破天荒な「叔母との旅」によって、人生観が180度変わってしまう男の話だ。静かで穏やかな生活を好んでいた男が、命の危険にまでさらされ、最終的には変わった後の生き方を選択する。そこには、幕開きの冴えないしょったれたヘンリーの姿はない。我々の人生の一寸先は闇なのか、刺激が待っているのか、静謐なのか。そうした問題を問いかけている。

4人の役者たちはこの作品、と言うよりもオーガスタ叔母さんのエネルギーに振り回されながら大健闘を見せるが、高橋克実のワーズワースという、オーガスタ叔母さんのボディガード兼恋人の黒人、の役が印象に残った。科白の調子が他の役と異質だからというのではなく、愛嬌と哀感が同居する具合が非常に心地良かったからだ。彼が持つ個性、という言葉だけでは片づけられない物があった。

毎公演クリーン・ヒットを放っている感があるシス・カンパニーの公演、その理由は「脚本を選ぶ眼の確かさ」だろう。そこに誰をどうはめてゆくか。芝居創りの王道とも言える地道な作業の繰り返しが、古い作品に新しい命を吹き込むこともあれば、新しい作品を誕生させもする。芝居創りは苦しいものだが、それ以上の面白さを感じていなくては、観客が満足する作品を創ることはできないのだ。

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2012. 7.31掲載

露出狂 2012.07 パルコ劇場

何とも過激なタイトルである。しかも、14人のキャスト全員が男子で、そのうち10代後半から20代がほとんどのイケメン揃い、となると、何かを期待される観客がいるかも知れない。彼らが露出するのは肉体ではなく、高校生の「想い」である。「小劇場界の風雲児」として人気を集めている劇団「柿食う客」の主宰・中屋敷法仁が、2010年に全員女性キャストで演じた作品を、今回は男性に変えての上演だ。高校のサッカー部を舞台にした「青春群像」のドラマを、現在の希薄な人間関係に真っ向から対立した、極度に濃密な閉鎖された「体育会」という中でどういう感情が「露出」されるかを描いた芝居だ。

高天原高校のサッカー部に入部した4人の一年生が、先輩たちに反抗しながら圧倒的な強さを見せつけ、先輩との対立が始まる。その中で、部を一つにまとめるためには何が必要かを模索した挙句、組み合わせや方法を変えながら、常につきまとうのは恋愛感情であり、男同士のセックスである。高校生の男子が、部活の中でカップルになったり、乱交をしたりしながら、それが部をまとめる「絆」に役立つのではないか、と模索し、煩悶し、10代の感性とエネルギーで常識的にはありえないであろうシチュエーションを見せてしまう。出演者全員がゲイなわけではない。中には彼女がいる生徒もいるし、三年間という限られた時間の中で、男子しかいない環境に置かれた中での疑似的な愛情も含まれている。言ってみれば、刑務所や軍隊などで、一時的にそうした行為が行われるのに似たケースかも知れない。この破天荒な設定を、芝居の中で観客に納得させてしまうのは、中屋敷の才能だろう。

しかし、この作品の観るべき点は、「青春群像」を描こうという視点は揺るがないままに、従来の方法やシチュエーションから限りなく離れ、非日常のシチュエーションの中で高校生たちの想いを露出させようとした試みだろう。もっと言ってしまえば、一番「ダサい」とも言える方法で「美しい青春」を描こうとしているようにも見える。28歳の才気溢れる作・演出のテンポ感は心地良く、現代の観客向きだ。ただ、役者の科白の語尾が消えてしまい、聴きにくい部分が何箇所かあったのが気になった。尤も、これはこの舞台に限ったことではなく、最近の若い俳優に散見される問題の一つだ。どんなリズムでも科白が観客に伝わらなければ意味をなさない。これは劇場の大小を問わない問題だ。小劇場を席巻し、パルコ劇場での初公演を経て、今後、どのような世界を展開するのか。これは、観客にすれば愉しみであり、中屋敷にとっては、この空間に適した芝居をどう創り込んでゆくか、という新たな挑戦でもある。その第一弾としては、意表をついた作品という点と、作品と役者の持つ勢いは評価して良い。

この芝居を観ていて、ふと思い出したことがあった。パルコ劇場がまだ「西武劇場」の名を掲げていた1983年に、私は「真夜中のパーティ」を観た。今ではスキャンダラスに取り上げられる作品ではないが、その当時は「ゲイ(こういう言い方もしなかっただろう)の芝居を西武劇場で上演する」という事自体が、一つの大きな話題でもあった。それから約30年、今では「ゲイの芝居」、もしくは「ゲイが登場する芝居」は、他の作品と同等に何の違和感もなく観客に受け入れられている。同じ劇場の椅子に座り、30年の歳月を想う時、日本の演劇シーンがどう変わって来たか、を自分自身で見直すきっかけにもなった。これは、別に慨嘆や懐古する問題ではなく、「演劇は時代と共に変容するものだ」という事実を、確認することができた、という意味で一つの収穫だった。1984年生まれの中屋敷らの世代がこれからの新たな日本の演劇シーンを担う重要な役割を担っている。これから、どういう芝居を観客に提示し、何を見せようとするのだろうか。それを観客がどう受け止めるのか。芝居とは、この化学反応の繰り返しと時代の波で動いてゆく。その片鱗を感じた。

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2012. 7.25掲載

市川猿之助襲名披露興行 夜の部 2012.07 新橋演舞場

僅か十分の「楼門五三桐」。今回のために従来の台本を書き直し、更に短縮したものだ。幕切れ近く、先月祖父の名を襲名した市川猿翁がせり上がり、不自由な口跡で真柴久吉の科白を言う。幕が閉まり、歌舞伎では異例のカーテンコールの中、黒衣が顔を見せると、市川中車を襲名した子息の香川照之だった。冷徹な眼で見れば、病気療養中で科白がキチンと言えない猿翁は舞台に立つべきではない、という意見もあろう。しかし、新橋演舞場にはそうした空気は一切なく、万雷の拍手がこの親子を包んでいた。私は、思わず涙を禁じ得なかった。それは、この襲名興行に病を押して立つ猿翁の姿が、歌舞伎の旧弊な因習と闘い続け、ボロボロに傷付いた戦士の姿に見えたからである。もう猿翁が「伊達の十役」やスーパー歌舞伎を演じることはないだろう。しかし、その明晰な頭脳は健在で、演出はできる。また、それぞれの作品を何人かの後輩に託した。猿翁がそれこそ命がけで歌舞伎に切り拓いた新たな地平は、名前だけではなくその芸脈と共に受け継がれたのだ。海老蔵の石川五右衛門もまだ大泥棒の貫録には欠けるものの、熱演は買える。

夜の部は、市川中車、市川團十郎、市川海老蔵の顔合わせで真山青果の「将軍江戸を去る」で幕が開く。義太夫を使わない真山青果の科白劇であり、中車が挑戦するには良い演目かも知れないが、作品自体が理屈で固められた科白劇であり、彼の山岡鉄太郎がいくら熱弁を奮って将軍慶喜に諫言をしても、他の歌舞伎役者との科白の調子が合わないために一本調子に聞こえる。しかし、元来が芝居の巧い役者であり、歌舞伎の科白に特有の息と間を習得すれば、こうした新歌舞伎の作品群では上演できる物が徐々に増えてゆくだろう。眼に力が漲っていた点を評価したい。團十郎の徳川慶喜は、将軍らしい鷹揚さに加えて、江戸を官軍に明け渡し、江戸を去ることを決めた終幕の科白に哀感が籠もっている。海老蔵が出過ぎずに付き合っているのが良い。

次が「四代目猿之助、九代目中車、五代目團子 襲名披露口上」である。舞台には三人のほかに市川宗家の市川團十郎、市川海老蔵親子が並び、ユーモアたっぷりの口上で観客を湧かせる。中車とは共演の経験がある福山雅治から祝いの引幕が贈られていたのが観客にはサービスにもなったようだ。新猿之助、新中車共に今後の決意を述べ、すでにライバル心が垣間見えたが、役者はこうして切磋琢磨を繰り返し、伸びて行くものだ。

新猿之助の「黒塚」。初代の市川猿翁が昭和十四年に初演した、沢瀉屋の当たり狂言だ。猿翁が猿之助時代に演じた「黒塚」を随分観たが、やはり、今の猿之助は総体的にまだ若い。安達が原の鬼女伝説を題材にしたもので、旅人を殺しては食べていた老女岩手が、高僧によって今までの罪が浄められることの喜びを感じるものの、秘密を知られてしまい、鬼女となって調伏される。言ってみれば、罪深き鬼女の魂の救済が挫折する悲劇だ。前半の老女は抑制された動きや科白廻しが良く研究されており、なかなか良い出来だ。ただ、後半へ入り、大きな動きの場面になると、若くて実際に動けるだけに、エンジン全開の勢いで動いてしまう。ここでの動きももう少し抑制すると、老女岩手の悲劇が際立っただろう。今後、家の芸として何度も演じる機会があるだろうから、その都度新たな工夫を加えて行けば、四代目なりの「黒塚」が出来上がるだろう。團十郎の阿闍梨には、高僧の雰囲気が漂い、貫録充分である。

来年には新しい歌舞伎座が誕生する。しかし、工事期間中に中村雀右衛門、中村芝翫、中村富十郎という長老たちを喪った。それぞれに昭和に歌舞伎を牽引して来た大きな存在だった。どの世界でも世代交替は避けることのできない話だ。これから、四十代、五十代の役者たちが、どういう歌舞伎を見せ、あるいは創ってゆくのだろうか。メンバーは出揃った。後は、企画を待つばかりだ。

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2012. 7.23掲載

「ひばり」2012.07 自由劇場

劇団四季の創立60周年記念の一つとして、ジャン・アヌイの作品ははずせないものだ。劇団創立当時に、フランスのアヌイ、ジロドゥの作品群を上演することを大きな旗印としていた劇団が、人間で言えば還暦を迎えて「原点」に戻る。この60年の歳月の間には、多くの山や谷があったはずだが、それを乗り越えて、今、再び初心の作品を上演できることは、劇団メンバーにとっては大きな喜びであると同時に、劇団四季が今後の演劇シーンでどんな役割を果たすべきなのか、を原点に帰って考え直す絶好の機会でもあるはずだ。

「奇蹟の少女」、ジャンヌ・ダルクを主人公にした「ひばり」は、劇団創設後の1957年に初演し、今回が11回目の上演となる。この劇団が、いかにアヌイやジロドゥの作品を大切に上演して来たかの歴史を語る作品でもある。英仏百年戦争の最中に、フランス・オルレアンに現われた13歳の少女・ジャンヌ。「フランスを取り戻せ」という神の声を聞いた少女は、いつの間にかフランス国王・シャルル7世までをも味方につけ、イギリス軍と果敢に闘い、連戦連勝の勢いを得るがそれもつかの間、イギリス軍に捕えられ、彼女の起こした奇蹟が「魔女」の行為であると、宗教裁判にかけられる。並み居る宗教者の前で、19歳の少女は葛藤の果てに教会の裁きに服すが…。

「ひばり」でアヌイが描いているのは、ジャンヌ・ダルクという「聖少女」と、それを取り巻く「俗界」の対立だ。善と悪、と簡単に言い切ることのできない要素がここにはたくさんある。お互いに、よって立つ信念があり、それのどちらが是であり否なのかは、容易に判定することはできないだろう。むしろ、明確な対立が軋轢や葛藤。あるいは滑稽な大人の欲望などのドラマを次々に生み出すところに、見どころがある。その中で、ジャンヌはただひたすらに自分が聞いた神の声をよりどころとする。ジャンヌの行為を、あるいはその他の人々の行為を100%支持することは誰にもできないかも知れない。それほどに、両者の対立の溝は深いのだ。

歴史的な話を少しすれば、ジャンヌ・ダルクが生を受けたのは1412年、火あぶりに処されたのは1431年のことだ。それから25年後の1456年に、シャルル7世が、「魔女」としてのジャンヌの汚名を晴らしたものの、ローマ法王庁が彼女を「聖女」に列したのはそれから500年近くを経た1920年のことになる。「飽きっぽさ」が身上とも言える我々日本人には気の遠くなるような話だが、宗教の持つ力の執着の凄さを感じる。

ジャンヌを演じるのは野村玲子。10代の少女の初々しさと頑なさが同居した役作りは的確で、破綻がない。驚異的なのは、ちゃんと少女に見えることで、幕切れ近くにやや息切れした感はあったものの、純粋さが役を貫いているのは見事だ。加藤敬二が演じるシャルル7世が、いかにもいい加減で軽薄な人柄で、ピンと張り詰めた科白劇の中の点景とも言える存在になっている。ウォーリック伯は田邊真也。創立60年に相応しいメンバーを揃えた舞台だ。

劇団四季の60年の歩みの中で、ミュージカルの上演が日本の演劇界にどれほどの役割を果たしているか、それはここで言うまでもない。一方、劇団創立当時の理念のもとに、コツコツとアヌイやジロドゥをはじめ、優れた翻訳劇や国内のストレート・プレイを演じ続けて来た実績も大きい。この節目の年に、これからの四季の次の世代がどういう芝居創りを目指すのか。今の演劇シーンの中でどんな役割を担おうとしているのか。ここに興味がある。

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2012. 7.17掲載

「百物語」2012.07 ますほ文化ホール

1992年から白石加代子が続けている朗読シリーズ「百物語」。山梨県の甲府駅から車で約40分ほどの場所で、「第二十九夜」として宮部みゆきの作品「お文の影」と「ばんば憑き」が読まれた。「怪談 百物語」であれば、九十九話で止めるのが習わし、と聴いてはいるが、今は実際に一晩かけてそんなことをする人もいないだろう。ここ数年の間に、爆発的に、と言っても良いほどに朗読会が増えた。大がかりなセットを組む必要もなければ、登場人物も少なくてすむ。この不況の中で、経費を抑えるにはもってこいだ。しかし、「朗読」だけで観客を惹き付けるには、よほどの技量がなくては飽きてしまう。セットが飾ってあってさえ観客が飽きる場合があるのに、科白の力だけで観客の注意を集めておくのは至難の技だ。一朝一夕に朗読はできるものではない。

白石加代子は、演劇界の動向とは関係なく、この試みを他の芝居の合間を縫って二十年続けている。いつ終わるとも知れぬ「百物語」を、請われれば地方の小さなホールへでも出かける。もっとも、こうしたものはあまり大きな場所には向かず、芝居はその寸法に合った小屋が決まっているものだ。この「百物語」、初期の頃は脚本を片手に読むことを中心にしていた記憶があるが、この「第二十九夜」はごく簡単なセットを飾り、その間を行き来しながら、白石加代子が何人もの人物を読み分ける。

今さら白石加代子の科白術について云々するのも気恥ずかしいようだが、改めて「科白の力」を感じさせる女優だ。科白が巧い、とか読み方が優れているというレベルではない。作品の言葉を科白にして、その力を引き出す術の何と巧みなことか。今は、自分が覚えた科白が芝居の科白にならずに、役者の言葉として出てしまう人の多い中で、練達の芸、とも言える彼女の力は見事だ。私は「百物語」の今までの三十夜のうち、六話ほどしか聴いていない。しかし、誰のどんな作品を読んでも、見事に自分の世界を産み出す力は、当初から変わっていない。早稲田小劇場時代の彼女の芝居を初めて観て、大変なショックを受けたが、稀有な個性と実力を持った女優だ。

私が、この公演をわざわざ山梨県まで聴きに出かけたのは二つの理由がある。一つは、人気の宮部みゆきの作品をどう聞かせてくれるか。もう一つは、この公演を、地方の人々がどういう感覚で受け止めるかを肌で感じたかったからだ。宮部みゆきが紡ぎだす江戸の市井の人々の生活感、その後ろに感じるふと肌が粟立つような恐怖感。白石加代子は、二次元の小説のイメージを期待通りに膨らませてくれた。もう一点、地方の人々がこの舞台をどう受け止めるか。当日は嵐にも近い土砂降りのせいもあってか、満員御礼とは言わないまでも、客席の熱気は高かった。白石加代子の科白を一言も聞き逃すまいとする観客の体温は、非常に高かった。一ヵ月間の公演ではない。今宵限りの、まさに「一期一会」の舞台と観客との無言の交流が、色濃く感じられたのは収穫だった。

演劇に限らず、何でも東京に一極集中しているのは今に始まったことではない。しかし、地方にも演劇の良き理解者も観客も潜在的に多くいる。決して派手な活動ではないが、地道にこうしてその潜在需要を掘り起こしてゆくことが演劇の活性化にもつながり、過去にも多くの先人が今よりも更に過酷な状況の中でこうした努力を続けて来たのだ。それを感じられただけでも、甲斐の国まで出かけた甲斐があった。

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2012. 6.25掲載

坂東玉三郎特別公演−傾城二題 2012.06 南座

名実共に女形のトップである坂東玉三郎の「傾城二題」。得意の「阿古屋」に舞踊「傾城」と、休憩を挟んで二時間余りの公演だが、南座は満員の盛況だ。「歌舞伎」と聴くと、半日がかりで四時間前後にわたって芝居を観る習慣が根付いており、私の子供の頃から比べると、やや短くはなっているが、構造自体は変わっていない。しかし、良いものであれば、上演時間の長短に関係なく、観客は見たがることを再認識した舞台だった。

「壇浦兜軍記」の中で、もうここしか上演されることのない「阿古屋」。女形が琴、三味線、胡弓の三曲を弾き分ける、という女形の高等な素養が求められる役で、玉三郎が演じるまでは亡くなった歌右衛門の専売特許とされていた。玉三郎の「阿古屋」で、まず感心するのは、上演時間が短くなっていることだ。手元のメモを見ると、1982年に歌右衛門が上演した折には80分かかっていた舞台が、今回は75分を切っている。もちろん、何でもただスピードアップすれば良い、というわけではない。見せるべきところはじっくり見せた上で、現代の観客の生理に合わせたカットや見直しが必要なのだ。30年前に、歌右衛門の演じる「阿古屋」にいささかのもたれ感を覚えながらも「こういうものなのだ」と思って、比較対照すべき舞台がないままに観ていたことを考えると、この感覚は画期的である。もう一点言えば、この当時、いや遥か以前から、阿古屋を詮議する重忠は「阿古屋を演じる役者より格が上、もしくは年長者でなくてはならない」という暗黙の了解、があった。例外はあって、歌右衛門の上演の折に一度だけ現在の市川團十郎が演じている。今回は、片岡愛之助が重忠を演じている。大幅な若返りだ。しかし、舞台を観ていて、納得することがあった。「阿古屋より若くても何も問題はない」と。なぜなら、重忠は、当時のエリート官僚として、この芝居に登場する。必ずしも年長である必要はなく、重忠の人情味と毅然とした人柄が見えれば、年齢の問題ではないのだ。言うまでもなく、歌舞伎は古典芸能だ。しかし、役者が変わり、時代が変わる中で同じ演目を何度も観ていると、こうした発見がある。これが歌舞伎の愉しみでもある。

玉三郎の阿古屋は、ひたすらに美しく、豪華な衣装と共に客席を圧倒する。景清の行方を問われ、「知らぬ」と拒む女のプライドの高さ。それを、三曲を弾かせ、その音に乱れがなければ阿古屋の言うことを信用しよう、という設定がいかにも荒唐無稽な面白さがある。三曲を「嘘発見器」の代わりにしようとは、現代の警察よりも遥かに進んだ感覚である。感情の揺らぎを一切顔に現わすことなく、見事に三曲を弾く玉三郎の阿古屋には、驕り高ぶった姿はなく、驕慢なまでの美しさが存在する。今までにそう多くの役者が演じて来なかった理由は他にもあろうが、この役について言えば、絶対的、とまでも言えるほどの美しさがなければ、成立しないのだ。阿古屋が持つ美の上に、三曲を弾きこなす至難の芸が加わることで、マゾヒズムの美とも言うべきものが生まれる。

この芝居の中の捌き役である重忠を演じる愛之助。祖父、十三代仁左衛門の当たり役の一つであったが、最近、じっとしていられない役者が増えた中で、微動だにせず阿古屋の三曲に耳を傾けているのは立派だ。科白に最初からいささか情愛がこもり過ぎる嫌いはあるが、充分に玉三郎の期待に応えた。敵役となる岩永は坂東薪車。最近、いろいろなジャンルでの進境は著しいが、人形ぶりが中途半端で、人形ぶりに見えない部分があるのが惜しい。

休憩を挟んで、玉三郎の「傾城」。二十分ほどの踊りだが、完全に観客を幻惑の世界に導く。幕切れの演出を自ら工夫し、長唄が座る山台の後ろを開けると、一面の雪。この演出は面白い。

玉三郎の魔術、とも言うべき公演である。

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2012. 6. 7掲載

サロメ 2012.06 新国立劇場中劇場

「サロメ」と聴くと、退廃、耽美、倒錯といった言葉がすぐに浮かんでくる。作者のオスカー・ワイルド自身の生き方が重なる上に、最も象徴的な作品として捉えられて来たことによる、我々のイメージの固定化もあるのだろう。今回、平野啓一郎がこの舞台のために新しい訳を創り、宮本亜門の演出で上演されている。今までの我々の中で固定化したイメージではない「サロメ」を創ろうとした。思うに、「サロメ」のイメージが固定化された最大の原因は、ビアズリーの挿画に余りにもインパクトがあったからではなかろうか。

エルサレムのヘロデ王の宮殿に幽閉されている預言者・ヨカナーン。王はヨカナーンを嫌っているが、その底には恐怖と畏怖がある。ヘロデ王の妻・ヘロディアは、ヘロデの兄の妻であったが、その弟の后となっている。サロメは、ヘロディアと前の夫との間に産まれた子で、ヘロデには義理の子になると同時に、姪でもある。宴席でダンスを披露したサロメに好きな褒美を与えると上機嫌のヘロデにサロメが要求したものは、ヨカナーンの首を乗せた大きな銀の皿だった…。

ワイルドの原本との相違を数え上げても意味はない。問題は、どんな「サロメ」だったか、ということだ。幕が開くと、舞台は明らかに現代の装いで、サロメの姿をテレビで眺めているし、スーツを着た人物もいる。サロメも、今までの多くの女優が演じて来た「妖艶さ」とはかけ離れた個性を持つ多部未華子が、無邪気な少女、とも見える感覚だ。舞台を軽やかに駆け回る一方、憂鬱にふさぎ込んでみたり、と大人になる一歩手前の純粋無垢な少女だ。しかし、純粋無垢であるだけに、天真爛漫な要求は厳しく容赦がない。ヨカナーンの首を要求したことに対し、ヘロデが他の財宝や領土などで引き換えるように交渉を試みるが、頑として譲らない。自分がどんなに残酷な物を要求しているかを知っていながら、である。子供は妥協を知らない。知った時点で、大人への道を歩み出すのかも知れない一方、妥協が大いなる背徳なのかも知れない。宮本亜門が描こうとしたサロメは、こんな少女である。多部未華子の幼さが、この役を活かした。とは言え、デビュー10年、多くの話題になる仕事を残し、杉村春子賞を受賞した期待の若手の進境は著しい。それゆえか、幕切れ、舞台一面に流れ出る夥しい鮮血の中でヨカナーンの首を抱きしめての芝居にはエロティシズムを感じさせもする。ヨカナーンの首を切らせ、物を言わぬ唇にキスをした瞬間に、さなぎが羽化したような印象を与えた。

ヨカナーンは成可(ソンハ)。「春琴」が印象に残っている役者だが、牢獄の中に押し込められ、舞台に特設された橋のようなセリ出しの上でサロメとの応酬があるが、彼の魅力は「声」だ。この声一つで、彼はヨカナーンである。もちろん、他の魅力がないわけではない。この芝居に関して言えば、彼の声でヨカナーンという人物を描いた、ということだ。この二人が、陰と陽との旋律を奏でることで、サロメが登場人物に突き付けた「残酷さ」が浮き彫りになる。

ヘロデ王は奥田瑛二、ヘロディアは麻実れい。二人とも力のある役者だが、出し切れていないのはなぜか。特に、麻実れいは、いつものパターンの芝居に陥って何も変化がない。変わらぬ安定感、と言えばそれまでだが、こうした実験的な舞台、いつもは観られない麻実れいを観たかった。サロメの過酷な要求に対し、王との忠誠の狭間で苦しみ、自ら命を絶つ護衛軍の隊長・山口馬木也。大芝居をするわけではないが、存在感のある良い役者になった。それを書き添えておきたい。

全体を見渡すと、「サロメ」を現代の感覚で歌舞伎にするとこうなるのではないか、といった印象だ。「サロメ」などは、歌舞伎化するには最も適した作品の一つと言えるのかも知れない。

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2012. 5.31掲載

朗読『宮沢賢治が伝えること』2012.05 世田谷パブリックシアター

昨今、朗読会やそれに類する公演の数が非常に増えた。理由は明白で、舞台に掛ける経費が少なくてすむこと、朗読という性質上、大きな劇場やホールを使用しなくても公演が行え、リスクが少ないこと、だろう。この経済状況の中では、今まで通りの価格設定の芝居に足を運びにくいことは事実であり、一方で「朗読」の舞台も、そうしたこととは別に、長い歴史を持っている。ただ、昨今の朗読公演には余りにも安直な取り組み方とも思えるようなものが多いのも事実で、実を言えばこの舞台についても、いささかの懐疑はあった。もう一つ言えば、私の頭の中には、「宮沢賢治の朗読」と言えば、一昨年102歳で長逝した長岡輝子が、晩年に始めた活動が印象的に残っており、あの豊かな滋味とも言うべき味わいが、今の若い役者に出せるものかどうか、という想いもあった。また、宇野重吉や加藤道子、山本安英など、昭和の朗読の名人の舞台に接して来た想い出もある。しかし、もう、宇野重吉や長岡輝子の現役の舞台を知る若い観客はいないだろうから、後者は個人的な思い入れに過ぎない。

今回、シス・カンパニーが公演した朗読は、宮沢賢治の作品群の抜粋や全文を含め、約1時間のものを3人で読む。その3人の組み合わせは毎回変わり、蒼井優、麻実れい、大竹しのぶ、木村佳乃、黒木メイサ、小泉今日子、白石加代子、鈴木京香、広末涼子、江口洋介、風間杜夫、篠井英介、堤真一、平幹二朗など、錚々たる顔ぶれがのべ38人にわたって出演している。読む内容は同じもので、宮沢賢治の詩や短歌、短編小説や作品の抜粋で、栗山民也が演出に当たっている。

通常、朗読の公演は長くても三日程度のものだ。それが、いつも芝居をやるのと変わらない世田谷パブリック・シアターで約一ヵ月にわたる公演を持つのは異例である。いくら人気者が顔を並べても、そこに何らかの「意味」や「意義」がなくては、成立しない。なぜ、この公演で宮沢賢治を読むのか。宮沢賢治については今さら事々しい説明の必要はないだろうが、今回は説明するべき点が二つある。彼は、1896年、明治三陸地震の二ヵ月後に生まれ、1933年、昭和三陸地震の半年後に亡くなっているのだ。いずれも、直接大きな被災をしたわけではないが、歴史に残る大地震の年に生まれ、その37年後の大地震の年に生涯を終えた一人の詩人。この一致はもちろん歴史のいたずらによる偶然だろう。しかし、昨年の「東日本大震災」の復興が遅々として進まない今、すでに地震の記憶が風化しかかっている地域もあれば、いまだに余震が続いて「あの恐怖」に怯えている地域もある。人間は自然に勝つことはできない。その事実を忘れないようにしよう、という意味の教訓なのだ。さらに、宮沢賢治は農学校の教員でもあった。「自然」の恵みと同時にその厳しさや怖さを、自分の肉体で知っている人物であった。その詩人の言葉を「読む」こと、この公演から発信されるメッセージの意義は大きい。

宮沢賢治と言えば、多くの人が頭に想い浮かべるのは「雨ニモマケズ」の詩や、「注文の多い料理店」などの童話だろう。今回の公演では両方の作品が読まれたが、他にも、妹の臨終間際を詠んだ絶唱とも言える「永訣の朝」、「よだかの星」、「春と修羅」などが読まれた。私は、個人的には「永訣の朝」が以前から大好きな作品である。目を閉じて聴いていると、宮沢賢治の持つ言葉の力強さ、というものが改めて身体に響いて来る。気候の厳しい東北地方の、決して豊かではない地面を見詰めながら書き連ねたような言葉の重みと力強さ。決して丈夫ではなく、時代もあって胸の病に苦しんだ宮沢賢治だったが、その肉体から発せられる言葉は、平易でありながらも力強い。観客としての感性を試される公演でもある。

学校の国語の教科書から夏目漱石や森鴎外などの作家がはずされ、最近の我々の読み書きに関する能力は著しく衰えている。学校教育だけに頼っていたのでは、戦前の人々が持ち合わせていた一般教養よりも遥かに劣るのは自明の理だ。外国に目を向けるのも結構だし、時代の最先端を行くITを活用するのも結構。しかし、今、自分が立っている日本の豊饒な言語、その力を知らずにいたり、古臭い、難しいと遠ざけてしまうことは、ただただもったいないことだ。今回の公演は、宮沢賢治と東日本大震災を結び付け、そこにメッセージを託そうとしたプロデューサーの卓見、とも言うべき成果だ。私は、プロデューサーを褒めることは滅多にしないが、今回の公演は称賛に値する。実に見事な着想であり、仕掛けの舞台だ。

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2012. 5.11掲載

THE BEE 2012.05 水天宮ピット

久しぶりに、賛否両論が真っ二つに割れるような芝居である。

穏やかな、慎ましい日常生活が、本人の意志とは無関係に一転して悲劇に変わることは不幸にして間々ある。事故、災害、その他多くの事件が新聞やニュースで報道されている通りだ。野田地図が今年の1月のニューヨーク公演を皮切りにロンドン、香港、と外国で上演して来た「THE BEE」である。野田秀樹演じる平凡なサラリーマンが、息子の誕生祝いを買って家路に着く途中で、我が家に脱獄犯が立て籠もり、妻と息子を人質に取っていることを知る。井戸は、信じられないことに、犯人の妻の家に乗り込み、自らが妻と犯人の子供を人質に取り、自分も立て籠もりを始める。この膠着状態の中で、井戸と犯人は、お互いの人質の指を切断しては送り合うことで、お互いの状況を確かめ合う。この芝居は、筒井康隆の「毟りあい」という作品を原作にしたものだが、ここでは原作との差異については述べない。ただ、筒井康隆が、言葉の暴力や不快感を存分に利用する作品群に関して、日本ではたぐいまれな才能を持った作家だ、と言うことは書いておきたい。

平凡なサラリーマンが狂気の世界へ踏み込んでゆく芝居で私が真っ先に頭に思い浮かべるのは、アメリカのアーサー・ミラーの「セールスマンの死」だ。今までに多くの名演を観て、ショックを受けた。しかし、「THE BEE」を観ていると、あれほど緻密に人間の心理を書き込んだ「セールスマンの死」が優しく、温かな芝居に感じさせられてしまう。野田秀樹は、この作品において、演劇が持つ暴力性や、科白に託した言葉の力、それも悪意を存分に振りまいている。75分の芝居だが、この感覚は演じる方も観る方も、限界の時間かもしれない、とさえ思うほどだ。考えてみると、年間200本ほどの芝居を観ていながら、科白で不快感や嫌悪感を覚える芝居には、最近とんと出会っていない。「お金を出して、わざわざ不愉快な想いをしてどうするのだ」という意見はもっともだ。その一方で、演劇の科白にはそれほどの強い力があり、それを駆使する手法を最近の芝居が取らなかった、ということでもある。

タイトルの「THE BEE」。蜂、である。野田秀樹の井戸は、立て籠もったアパートで蜂に異常なまでの恐怖を示す。私にはこの蜂がイコール井戸、と感じられた。どちらも、平穏な日常生活の中に飛び込んで来た不愉快で恐怖な夾雑物だ。一刻も早く自分の家から出て行ってもらいたい存在である。蜂の不快な羽音と、井戸が喚き立てる罵詈雑言が、同一のものとして私には聞こえた。

この芝居は、野田秀樹のほかに、宮沢りえ、池田成志、近藤良平の四人で演じられる。野田以外は、立て籠もり犯、警部、TVのリポーター、立て籠もり犯の妻など、一人が二役から四役を演じる。しかし、それを観ていて混乱を覚えることはない。むしろ、いつものスピーディな野田地図のテンポを充分に活かしている。また、パンフレットに野田秀樹自身が書いているが、小道具を実に巧みに、柔軟な、あるいは突飛な発想で使っているのが効果的だ。その小道具の使い方や象徴するものに意味を求めてゆくと、それだけでも大変なことになり、批評ではなく論文になるだろう。

宮沢りえがいい芝居を見せる。彼女が40歳を目前にして揺るぎのない力を持った女優であることは誰しもが認めるところだろう。今回の彼女の凄さは、この芝居の「暴力感」にもっとも馴染み、一体化していることだ。おそらく、台本を前に突き詰めた理屈の結果ではなく、稽古を重ねる間に女優として肌で感じた感覚だろう。恐らく30年以上前の時代、犯罪者の妻であっても致し方のないような荒んだ人生を送るストリッパーの生活が、リアルに浮かび上がる。今までにも他の舞台でいくつか彼女の分岐点になるとも思える舞台を観たが、この芝居も、明らかな分岐点であり、一つの山を登った感覚がある。

今年57歳を迎える野田秀樹の、理屈だけではなく自らの身体を120%酷使するほどの演劇へのあくなき挑戦のパワーに驚嘆する。「野田地図」の芝居を見慣れている観客には、新しい野田地図の芝居として受け入れられるかも知れないが、初めて野田地図に触れる人の反応は多種多様だろう。この芝居を観て、「芝居とはこんなものなのか。もう二度と嫌だ」という観客もいるかも知れない。しかし、芝居には阿片のように甘美な毒が含まれている。始末が悪いのは、この毒が、花を咲かせて芳香を放ち、蜜を捕りに来る蜂を待つかのように、「待つ」ことを知っていることだ。

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2012. 5. 3掲載

川を越えて、森を抜けて 2012.05 紀伊国屋サザンシアター

「東日本大震災」以来、「絆」という言葉が良く使われるようになった。我々の生活の中で、絆が生まれる最少の単位は家族、ないしは恋人・友人であろうか。関係性が近ければ近いほど、時に疎ましく感じることもある。しかし、いくら喧嘩を繰り返そうが徹底的に憎むことができないのは、血であり愛情や友情であり、そこに「絆」があるからなのだろう。尤も、最近の殺伐としたニュースは平気で家族も殺すような事件を日常のように報道している。政治、経済、教育、思想、時代…。いろいろなものの所為にすることはできるが、今の我々の中に、どれほど近しい関係の人間であろうが、面と向かってに対峙するにはそれなりの「覚悟」が必要なのだ、という気構えが抜けているのではないか。そんなことを感じさせる芝居である。

加藤健一事務所では3年前に初演し、好評を博した作品の再演である。アメリカの劇作家、ジョウ・ディピエトロの作品で、小田島恒志と平川大作の翻訳を高瀬久男が演出している。小田島恒志が今までに何本の翻訳台本を加藤健一に提供しているかは定かではないが、相当な数にのぼるはずだ。役者の生理を知り尽くした訳者がいるのは、加藤健一には幸福なことだ。日本人が海外の芝居を演じる時に、不自然にも見える外見や所作の数々を、科白のニュアンスが救うケースは多い。この時に救われるか、あるいは瀕死の重傷を負うかの境目は、一にも二にも脚本の翻訳にかかっている。特に、日本にはないジョークやスラング、あるいは信仰や思想などをいかに科白として自然な言葉にするか、あるいは日本流に置き換えるか。余りにも海外の芝居が多い中で、自動的に日本語の台本ができるような感覚さえも持ちかねないが、翻訳の重要性を我々演劇人は考え直す必要があるだろう。

さて、芝居の中身は、アメリカに住むイタリア系の家族の話である。山本芳樹が演じるニックの父方の祖父母の二軒隣に母方の祖父母が住んでおり、毎週日曜日のディナーに、孫のニックは町から父方祖父母の家にやって来て四人の祖父母と食卓を共にする。母方の祖父母が加藤健一のフランク、竹下景子のアイーダ、父方の祖父母が有福正志のヌンツィオと一柳みるのエンマだ。フランクは家族の絆を何よりも重んじる男で、背景には14歳の時に父親に僅かな金を持たされ、父親に単身アメリカへ渡らされた記憶が根強く残っている。アメリカで職を手にし、家庭を築いたフランクには、男の仕事は家族を養うことだという強い信念がある。イタリア語では「テンゴ・ファミーリア」と言うのだそうだ。彼の想いを代弁するかのように、家の真ん中に、太い真っ直ぐに伸びた柱が一本立っている。日本流に言えば「大黒柱」だ。家の要であると同時に、家族のよりどころともなるべきシンボルだ。29歳のニックは、自分の仕事のために四人の祖父母の元を去らなくてはならないのだが、この四人が全く孫の言葉に耳を貸さず、自分の考えしか主張しない。挙句の果てに、孫のシアトル行きをやめさせるために、とんでもない計画を立てた…。パワフルな老人たちに翻弄されるニックだが、やがて四人が送って来た長い人生の断片を垣間見るうちに、いろいろなことに気づき始める。

山本芳樹の芝居がずいぶん伸びた。いささか神経質で真面目な好青年で、狂言回しにも見える役どころを、しっかり捕まえている。他の劇団に所属しながら、多くの他流試合で揉まれて来た成果が着実に上がっているようだ。若い役者が力を蓄えてゆく過程を見るのは楽しいものだ。80代を演じる竹下景子、いささか若い感じがあるが、コミカルに軽く演じているところが面白い。加藤健一は、老人役はもうお手の物というところだが、ちょっとした科白回しや緩急に、彼が積み重ねて来た巧さを感じる。老人たちのパワフルで破天荒な発言や行動は、現代の日本に通底するものも多いが、単純にそれだけではない。アメリカ人の作家が現代の日本を予見して書いたとは思わないが、観客席の笑いを誘うちぐはぐなやり取りの中から、あるメッセージが受け取れた。

「老人には老人の仕事や役割があり、それを取り上げてはいけない」ということだ。頑迷固陋な四人の老人たちは、現代の感性からは大幅にずれており、孫の世代にしてみればイラつきの元でしかない。しかし、彼らとていきなり老人になったわけではなく、80代に至るまでの人生がある。その中で家族を慈しみ、励まし、怒り、涙を流して来た歴史があるのだ。日本の住宅事情では三世代同居は相当に困難な話だが、老いたことや病気を理由に、施設や病院に直行という現代日本の「病巣」とも言える部分が見える。老いるまでの時間にはアンチエイジングよりも、老いるための覚悟が必要であり、老人の最期の大きな仕事は、「死んでみせる」ことなのだ、ということが科白の間から浮かび上がる。老人の体力や視点で懸命に生きようとする努力を取り上げ、何もさせないことが優しさではない。必要なのは、労りと、かけがえのない家族とどう対峙するかという「覚悟」だ。

この芝居で面白かったのは、孫と祖父母の家族でありながら、祖父の父、つまりニックの曽祖父、そして、今はこの地を離れたニックの両親、戦死したニックの伯父などの姿が、登場せずとも感じられることだ。実際には、四世代の家族の物語である。それがきちんと感じられるのは、脚本がしっかりしていることと、演出の高瀬久男がその意図を細かく拾い上げているからだろう。とうに四人の祖父母を喪った私には望むべくもないことだが、祖父母と孫という組み合わせで観てほしい芝居だ。

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2012. 4.25掲載

絵本合法衢(えほんがっぽうがつじ)2012.04 国立劇場

今月、仁左衛門は一体何人を殺すことになるのだろうか。とは、国立劇場の「絵本合法衢」での話である。昨年の三月に上演され、好評を博していたものだが、東日本大震災で上演中止となり、多くのメンバーが昨年通りで今月上演されている。鶴屋南北の作品で、悪の魅力が横溢した作品である割には、上演回数が多くはない。思うに、原作が七幕十七場と非常に長く、現在の上演時間や形態に合わせた台本の補綴が困難なのが一つの理由だろう。今回は四幕十二場にカットし、お家乗っ取りを企む大悪党の大学之助と、冷酷無比な立場の太平次を仁左衛門が二役で演じることで、悪人の二つの姿と、それに絡む人々を中心に描いている。歌舞伎の作品のほとんどは著作権の制約がないのだから、一つの形に固執せずに、上演の折々にこうした柔軟な改訂があってしかるべきで、これが歌舞伎の持つ本質的な柔軟性ではあるまいか。その点で言えば、今回の台本はすっきりまとまって、焦点がはっきりしている。「通し狂言」だからというだけではなく、普段上演されている演目でも、こうした視点で演じるたびに時代や見せ場に合わせた改訂をしながら変容を遂げてゆくのが、歌舞伎の一つの姿ではあるまいか。古典を守るケースも必要だが、「伝統を現代へ」つなげるべき試みは、どの芝居も持っている宿命ではないかと思う。この芝居にしても、相当に入り組んだ粗筋を、わかりやすくテンポ良く見せることを第一の目的にしたことが成功の理由だろう。

仁左衛門の二役が、どちらも良い。お家乗っ取りのためなら手段を択ばない大学之助は、いわば時代物の悪人だ。科白の調子も低く太く、貫録を見せると同時に冷酷無残な権力者である。役柄が大きい分、迫力もある。一方、立場の太平次は、自分が得になることであれば女房でも殺してしまうし、狡賢いことに対しては頭の回転が速い。また、人を殺すことに関して、罪悪感もなければ後悔もためらいも微塵ほどにも感じない。それでいて、時折見せる愛嬌のアンバランス。ふと、「義経千本櫻」のいがみの権太の匂いを感じさせるような部分もある。この対照的とも言える二人が、自分だけの利益のために幕切れ寸前まで、次々に人を殺してゆく。完全に二役の色を変えて演じて見せたのは、仁左衛門の巧さと工夫だろう。こうした「悪」の中にある種の痛快さを覚えるのは、人間の感情の否定できない部分だ。それを浮き彫りにした南北という劇作家は、やはり偉大だ。

今回の公演では二役が多く、他にも時蔵がうんざりお松と皐月、左団次が高橋瀬左衛門と弟の弥十郎を演じている。後は、秀太郎、愛之助、孝太郎の片岡一門に高麗蔵、男女蔵、梅枝などが加わった一座だ。愛之助の田代屋与兵衛と孝太郎の田代屋娘・お亀が綺麗なつり合いの取れたコンビぶりを見せる。また、太平次に惚れている蛇遣いのうんざりお松を演じる時蔵が、歌舞伎で言うところの悪婆という役柄の魅力と色気に溢れ、収穫だ。もう一役の皐月は武士の女房で、凛とした風情があり、こちらも良い。前名の梅枝時代から観ているが、いい役者になった、と思う。どんどん仕事をして、若手に手本を見せてほしい。太平次の女房・お道の秀太郎。女形の大ベテランだけに、ふとした仕草に漂うさりげない色香が素敵だが、実際には仁左衛門の兄でありながらも、いくつか若い女房に見えるのは芸の力だろうか。

さて、今月の舞台で特筆しておきたい役者がいる。片岡仁三郎という。昭和39年生まれで、20歳の時に仁左衛門の弟子となった役者だ。歌舞伎の門閥出身の役者ではなく、スターでもないが、三幕目で太平次の手下・飛脚の与五七を演じている。それなりに見せ場もあり、軽やかな身体の動きを活かして良い芝居を見せ、抜擢に応えている。コツコツと修業を重ねて来たこういう役者が、キチンと要所を抑えられるようになったのは嬉しいことだ。最近の歌舞伎を観ていて不満なのは、若い役者たちの科白や歩き方、ちょっとした仕草に歌舞伎の匂いを感じないケースがあることだ。しかし、地道に勉強を重ねて来た役者が、時間をかけて、こうして主役の芝居を支えている事実があることを記しておきたい。

国立劇場45周年の記念公演のラストを飾るにふさわしい芝居になったことを喜びたい。

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2012. 4.23掲載

陽だまりの樹 2012.04 サンシャイン劇場

手塚治虫の曽祖父・手塚良庵という実在の人物を主人公にし、生存中に人気作品として連載されていたものだ。今、ちょうどNHKの「日曜時代劇」でも放送をしているが、今までにも舞台化された作品である。今回は、上川隆也・吉川晃司という人気かつ異色のコンビでの上演となった。幕末の開国を目前とした時代の中で、蘭方の西洋医術を修めたが女好きで道楽者の医師・良庵と、徳川家に忠誠を誓う無骨一辺倒の不器用な武士・伊武谷万二郎という正反対の二人が出会い、時にぶつかり合いながらも、お互いに理解を深め、親友となる物語だ。「青春時代劇」とでも言おうか、幕末の動乱期には個性的な人々が多く名を残している。上川が演じる主人公の良庵は、東京へ種痘所を設立した医学の功績者として名が残っているが、吉川が演じる伊武谷万二郎は架空の人物である。

芝居は、エンタテインメントであると同時に、いくばくかの思想性やテーマを持っているものだ。そのさじ加減が作り手の最も悩み、苦しむところで、エンタテインメントばかりに走れば、観ている間は面白いが後には何も残らない。作者の思想やメッセージをあまり前面に押し出しては、肩も凝る。極端に走る両者にもそれなりの理由があり、全面的に否定をするわけには行かないが、この作品は両者が程よくミックスされており、尚かつ上川隆也の大熱演で仕上がりの良い作品になった。また、タイミングを狙ったわけではないだろうが、黒船が江戸に迫り、各国から開国を迫られている正に「国難」とも言うべき状況の中で、自らの保身だけに汲々としている幕府の官僚の姿も活写されており、今の国会や日本の政治姿勢を見るようだ。芝居とは本来、こうした風刺や諧謔の「毒」が盛り込まれているところにも魅力があるもので、日々、霞が関で醜態をさらしている三文政治家たち全員に見せてやりたい芝居だ。自国の領土にミサイルが撃ち込まれるという危機に、「ちょっと困る」などと言ってのけるような腰抜けは、少なくもこの爽やかな芝居には一人もいない。それを考えると、わが身を含め、昔の人が、今の年齢以上に大人であり、自分の発言や行動に責任を持っていたか、をこの芝居から感じる。

上川隆也と吉川晃司、同い年だそうだ。舞台や映像で乗っている上川と、音楽界で一つの地位を築いた吉川との組み合わせは面白い。年代的にも油の乗り切った世代だけに、新たな化学反応が期待された。ただ、ベテラン・上川と、初舞台の吉川の差が出るのは致し方のないところで、異種格闘技の組み合わせの妙は買えるが、軍配は明らかに上川に上がった。役柄上、吉川の役はあまり派手に動き回ったり、ペラペラ喋る役ではなく、原作の味を巧く活かした脚本・演出の樫田正剛が工夫をし、二人の軽重のバランスを取っている。吉川はミュージシャンでもあり、その上初舞台。二人が並ぶとどうしても見劣りはするが、凛とした風情が漂うという点では買える。それを補うかのように、上川がエンジン全開で硬軟織り交ぜた芝居を見せる。助平な道楽者ぶりも楽しければ、真っ直ぐに時代を見つめる好漢ぶりも頼もしい。何かのスイッチが入ったのではないかと思うほどの大熱演だ。

それを支えているのが、上川の父で同じ医者の良仙の石倉三郎、勝海舟の瀬下尚人、妻を蘭方医の誤診で亡くした浪人・山犬を演じる岡本健一らである。特に、石倉は上川とは良い親子のコンビぶりで、時折見せる石倉の脱線にすかさず突っ込む上川のサービスぶりも面白い。残念なのは、高野志穂、花影アリス、斉藤レイらの女優陣が、男優陣に比べていささか力が足りず、印象が薄かったことだ。ストーリーの中でもそう重要な役を担っている女優はいないものの、芝居の個性が画一的で、際立ったものを見せる女優がいない。多少下手でも花があるとか、何かの印象を残してくれれば良いのだが、誰もが教わった通りに演じている感が拭えないのが惜しいところだ。

例年より遅い櫻は東京でもほとんどが葉櫻になってしまった。幕切れに嵐のように散る櫻が印象的な芝居である。

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2012. 4. 13掲載

王女メディア 2012.03 世田谷パブリックシアター

何事にも始めと終わりはある。どんなに長い芝居でも、幕が開けば必ず幕が閉まる。その繰り返しを何十年としていても、やがて終わりは来る。私が、平幹二朗の「王女メディア」の初演に立ち会ったのは、1978年2月21日、日生劇場の舞台だった。辻村ジュサブローの手による縮緬の衣装に身を包んだギリシャ悲劇の奇怪とも言える平幹二朗のメディアに、高校生の私は圧倒された。それから34年の歳月が流れ、78歳になる彼が、今回のツアーでこの芝居と別れを告げると言う。歌舞伎流に言えば「一世一代」というところだ。もちろん、34年間上演されなかったわけではなく、初演の絶賛を受けて何度も上演され、外国でも高い評価を得て来た。やがて、メンバーも変わり、演出家も変わった。しかし、平幹二朗その人だけは、この芝居の中央に、まさしく大樹の「幹」のように凛然と立っている。初演を観た少年が、最終公演の場にも居合わせるというのは何とも言えぬ想いであった。

「王女メディア」は、日本では最もポピュラーなギリシャ悲劇の一つだ。メディアとの間に二人の子供を持ちながらも、有利な条件の縁談を提示された夫のイアソン(イアソーン)は心を移し、妻子を捨てて新しい縁組に走る。捨てられたメディアは、自分の命を賭けて夫への復讐を挑み、自らの子供を殺す。この行為は、心理学の側面でも多くの考察があるようだが、私は素人なので演劇的な考察のみに触れることにする。平幹二朗が演じるメディアは、観るたびに余計なものが削ぎ落とされて行く分、濃度が高まっている。以前の舞台に比べれば、登場人物の数も減っているし、装置もシンプルになった。その分、科白の持つ力を最大限に引き出そう、というのが演出家である高瀬久男の試みだ。変わらないのは、芝居の科白の修辞が初演同様に詩人の高橋睦郎だ、ということだ。修辞とは、文章の表現を整えたり、豊かな表現に変えたりすることを差す。この芝居について具体的に言えば、古代ギリシャの国の名を「隣国」と表現したり、固有名詞であるメディアの夫のイアソン(イアソーン)を「夫」と表現し、日本人に馴染めるような工夫がなされており、それが耳に心地良い。また、「三千世界」など、歌舞伎や浄瑠璃などの古典芸能からの言葉を使ったり、と、ギリシャ悲劇の精神性と日本の科白が美しく融合した形となった。科白の力、日本語の力が良く分かる芝居であり、平幹二朗がこの台本にこだわった気持ちが良く分かる。

さて、メディアである。78歳という年齢を感じさせない圧倒的なパワーと、朗々たる科白術は、明らかに一級品だ。80歳でもできるのでは、とも思うが、休憩なしで約2時間に及ぶ芝居の膨大な科白量を考えると、今が最後の素晴らしい頂点だろう。それを自らを厳しく見つめることで見極め、半年に及ぶツアーを維持している精神力はすさまじいとしか言いようがない。特に、自分の子殺しを夫に追求され、その責めを聴いている様子には、超然とも凄艶とも言える雰囲気が漂っており、この芝居の中でも白眉とも言える場面だ。平幹二朗はもともと女形の役者ではなく、骨格も良く大柄である。しかし、ふとした一瞬、哀れで美しい女性に見える。また、非常にグロテスクな、不気味さを漂わせる瞬間もあった。我々は、女形と言えば歌舞伎の美しい白塗りの姿を見慣れているが、この舞台を観ていて、メディアを演じる平幹二朗の女形には、日本の原初の女形が持っていたであろう、本来の良い意味でのグロテスクさを感じた。女形は美しくなければならない、というのは明治以降の勝手な通念の一つでしかない。女形が美しくあることを否定するつもりはないが、私は、平幹二朗という役者の抽斗の深さをここでも見る想いがした。

三浦浩一、石橋正次、若松武史と言った手練れが脇を固めているので安心だが、特筆しておきたいのはメディアの夫を演じている城全能成だ。文学座に籍を置きながら、外部でも多くの舞台を踏んでいる。彼が2001年に文学座の「モンテ・クリスト伯」に出演した時に、まだ演技は評価できるほどのものではなかったが、素材としての持ち味に光るものを感じた。以降の活動は私が予想していた範囲を遥かに超える活躍ぶりで、幕切れ近くのメディアとの白熱のやり取りは、大ベテランを相手に五分と五分とのやり取り、とは行かないまでも四分六分とは言える大健闘の熱演だった。こういう若い役者が、名優と共に舞台の上で闘い、胸を借りて成長をしてゆく姿を見るのも、楽しいものだ。

このツアーは1月14日に八王子でスタートを切り、近畿、関東を経て九州へ渡り、6月30日に長崎で千秋楽を迎える。その間101ステージ、実に半年近い旅公演だ。まさに一世一代の名に相応しいこのステージ、どこかの地方でもう一度観ておきたい舞台だ。

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2012. 4. 2掲載

「キャサリン・ヘプバーン~五時のお茶~」2012.03 博品館劇場

最近、一人芝居が随分増えた。大きな理由の一つに、製作費が安く上がることがある。しかし、人数が少なくとも、丁寧に創ればそれなりにコストはかかるもので、一人芝居が増えた分、質については玉石混交の感は否定できない。元来、観客の視線をただ一人に集中させるということは、それだけの腕の持ち主でなければ無理な話であり、観客を飽きさせないような脚本がまず必要だ。技術的に言えば、膨大な科白を全部一人で喋り、動きもこなさなくてならない役者も大変なら、物陰や電話の向こうにいるであろう相手役との会話を、いかに説明的ではなく描くかという脚本も高度な内容のものが必要だ。このハードルの高さを理解し、実践して初めてそれなりの水準になる。後は、脚本、演出、役者の腕次第だ。

今回、芸歴50年を超える十朱幸代が初挑戦する一人芝居は、さらに枷がはめられており、演じる人物が実在の有名な映画スターだ、ということだ。存命ではないまでも、アメリカで一つの時代を築いたキャサリン・ヘプバーンの名は、古い映画のファンであれば知らない人はいないだろうし、今は昔の映画をいとも簡単に観ることができる。スクリーンの上のアメリカの女優と生身の十朱幸代を単純に比べることには何の意味もないが、本人にしてみればやりにくいことは事実だろう。

芝居は45分ずつの二幕に分かれている。一幕は、30代前半のヘプバーン。15分の休憩を挟んで二幕は、76歳のヘプバーン。彼女が実際にその生涯を閉じるのはその20年後だが、年齢の問題ではなく、女優人生としての晩年であることには間違いがない。マシュー・ロウンバードの脚本を、鵜山仁が演出しているが、丁寧な演出だ。96年にわたるヘプバーンの人生の二か所の断面を切り取ったこの芝居で、彼女の書かれていない人生を分かるように見せたところだ。

十朱幸代は、翻訳劇がこれで三本目とは思えないほどの自然さで見せるが、今まで演じて来た役柄のせいか、晩年よりも前半の30代の演技の方が自然だ。その一方で、老いた二幕の芝居には幸福感が溢れている。30代のヘプバーンは、すでにアカデミー賞の栄光を手にした後で、その後の駄作続きに苛立ち、持って生まれた激しい気性でハリウッドに象徴される映画界そのものに当たり散らしているような女性だ。しかし、この場面を演じている十朱は、高いハイヒールでピンと背筋を伸ばし、街中を毅然と闊歩しながらも心の中にどうしようもない孤独と寂寥感を抱えている姿が感じさせた。これは面白い、と感じた。栄光を勝ち得た後、さらにその座を維持しなくてはならない者の孤独を描いたものはたくさんあるが、こういう描き方はさり気なく、それでいて効果的である。

その一方で、70代のヘプバーンは、交通事故を起こし、足をギプスで固定され車いすの生活を送っている。引退を宣言し、訪れる友人も少なくなり、忘れ去られた存在になったと思っている。しかし、ウォーレン・ビーティから映画出演の依頼と共に毎週花束が届く。大スターの晩年としては、決して恵まれた状況とも思えないが、二幕の彼女はそんな状態にもかかわらず、全身に幸福感が満ち溢れている。年齢を重ねて性格が丸くなった、という問題ではない。おそらく、芝居には描かれていない部分の40年という時間が満ち足りたものであったのだろう。多くの友人や愛する人を失い、その想い出と共に生きているが、想い出に埋没しているわけではない。これから迎えるさらなる「老い」を、30代の時の気負いなど微塵も感じさせずに、日々ありのままに生きている女性の姿がそこにある。そんな感覚を匂わせる演技を、十朱が見せた。大人の芝居だ。

五年後でも十年後でも演じられる財産演目を、今このタイミングで自分の物にした十朱幸代は幸福である。それは、今までの積み重ねがあればこそ、だろう。半世紀を超えるキャリアを持つ女優が新たな地平を拓いた芝居、として記憶しておきたい。

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2012. 3. 21掲載

幻蝶 2012.03 シアタークリエ

タイトルを観た時には、何かミステリアスな芝居、という予感があったが、劇場へ出かけてみたら「喜劇」だとパンフレットにあった。しかも、俗に「虫屋」と仲間内で呼び合う昆虫好きを主人公にした物語だ。映画「ALWAYS 三丁目の夕日」やドラマ「相棒」などでヒットを飛ばした脚本家・古沢良太が長年温めていた題材を舞台化し、白井晃の演出で内野聖陽、田中圭のコンビを中心にした舞台だ。「幻の蝶」と呼ばれる「シロギフチョウ」を追い求めて、山の中の廃屋に籠もり、蝶を追い駆ける年の離れた男二人。内野が演じる戸塚という中年は、非常にいい加減そうに見える。一方、田中が演じる内海という青年は、口数も少なく人との接触が苦手で引きこもりがちな、全く正反対のコンビだ。この二人が同じ蝶を求める、という動機で山に入り、そこで数々の事件が起きる。

一つの分野への興味が深まり続けてゆくと、「マニア」と呼ばれるようになる。それが生活の糧になる場合もあれば、個人的に満足している場合もある。この芝居でのアイテム、或いは象徴は「蝶」だが、ゲーム、おもちゃ、骨董、書籍などなど、多くの分野にこうした人々はいる。今回新鮮だったのは、余り観客に馴染みのない「蝶」という素材を扱ったことだ。興味のない人には単なる昆虫の一種に過ぎないが、一羽の蝶に夢を求め、ロマンを追う人々がいるのは、先に挙げた分野も同様だろう。馴染みがないだけに観客にはその分の説明を必要とするが、それが説明じみておらず、巧い具合に芝居の中に溶け込んでいたのは、丁寧な脚本と演出によるものだろう。いい加減で荒っぽくてすけべな内野がどうしてそうなのか、同様に、田中がどうして引きこもりなのかが、芝居の進行によって明らかになる。「蝶」は主題であると同時に、この芝居の登場人物の個性を炙り出すための「触媒」の作用を果たしているのだ。

二人の他に、内野の友人で、歯医者の傍ら虫のブローカーでもある大谷亮介、二人が引きこもる山を管理する会社の七瀬なつみ、旅回りのストリッパーの中別府葵、町のチンピラの細見大輔。この六人だけの芝居である。しかし、それぞれが事情を抱えており、それが明らかになるに連れて、幕開きの底抜けなまでの陽気さがだんだんに翳りを帯びて来る。山の気候で言えば、晴天で幕が開いた芝居が、最後は土砂降りになり、その雨も過ぎ去って晴れ間が覗くような芝居だ。幕が開いてしばらくの内野は、いささか飛ばし過ぎとも思えるほどのぶつかり方で、ここまでしなくとも、とも思えるシーンもあったが、最後まで観てゆくと、幕開きがいい加減でつかみようがなければないほど、幕切れが引き立つ仕組みになっている。ミュージカルを多く演じていた時期もあったが、彼の本領はやはりストレート・プレイにあると私は思う。しかも、正統派の二枚目ではなく、むしろアウトローや骨太の骨格を持った役の方が向いている逞しさと野性味がある。この感覚は、以前「欲望という名の電車」のスタンレーを演じた時に鮮烈に感じたものだが、今の日本の役者には少ない強烈な個性だろう。ファンは二枚目の内野聖陽を求める部分もあるのかも知れないが、この個性派貴重だ。初日から三日目だったこともあってか、皆がいささか肩に力が入り過ぎているような感覚があった。一番自然体だったのは役の性格もあるのだろうが大谷亮介で、持ち味が得をしている。七瀬なつみも、いささかエキセントリックさが強調されていたようだ。いずれも、中盤になれば落ち着いて、しっくりと役にはまるだろう。

芝居は喜劇のタッチで始まるが、進むに従い、悲劇的な側面が徐々に顔を見せる。喜劇、悲劇と一方の側面が際立つ芝居もあるが、このように上手にミックスし、表裏一体の見せ方をするのは面白いことで、我々の人生そのものもこの繰り返しである。クライマックスへ向かう内野が、幕開きの能天気とは全く裏腹な迫真の芝居を見せたのが印象に残った。

我々は、この芝居の象徴である「蝶」ではなく、常に何かを追い求めながら生きている。それを手にした方が幸福なのか、追い続ける夢を見ていた方が幸福なのか。そんなことを考えさせられる芝居でもある。

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2012. 3. 8掲載

「ザ・シェルター」「寿歌」2012.03 本多劇場

北村想のこの二本の芝居を何度も上演して来た加藤健一だが、同時に上演するのは初めてのことになる。共に一時間程度の芝居であり、同時に上演することは、役者はともかくも観客の生理には無理な話ではない。しかし、今まで連続で公演した経験はあっても、なぜ同時に二本なのか。それは、「今」だからだ。作品の背景を知らない観客のためには説明がいるだろう。

最初の「ザ・シェルター」は、核戦争勃発の時に備え、家庭用のシェルターを売るサラリーマンが、製品テストのために、妻と娘、自分の父親の四人で三日間シェルターの中で暮らし、そのレポートを出す、という話だ。しかし、他の家族はこのシェルターでの生活の意味を理解もせず、協力的でもない。そのドタバタの中で、シェルターを制御しているコンピュータが壊れ、一家はシェルターから出ることができなくなる。持ち込んだラジオからは、大型の台風が発生した、というニュースが流れ…。

もう一本の「寿歌」。核戦争が終わった後の関西のどこかの町。今も、まだコンピュータで制御できなくなったミサイルが飛び交う中、リヤカーに荷物を積んだ男と若い女の芸人と思しき二人が廃墟の中を歩いている。そこに、正体不明の男が現われる。この男、何かの品物が一つあれば、それをたくさんに増やすという特技の持ち主。食糧もままならない二人には良い道連れで、当て所もない三人での旅が始まる。ある町で芸を見せて金を稼ごうとした時に、事故が起きる…。

加藤健一が、なぜ「今」この芝居を上演しようと思ったかは、この粗筋でご理解いただきたい。もっとも、これだけでは非常に暗く重い芝居のようだが、手練れの作者である北村想の脚本と大杉祐の演出による舞台には笑いがある。もちろん、芝居の内容が孕んでいるテーマは深く、重い。しかし、こうした状況が近未来に起こりうる可能性が、この芝居の初演時の1980年代には「近未来にはこういうことがあるのかも知れない」程度の感覚で受け止められていた。

昨年の「東日本大震災」を経験した我々は、核戦争とは質こそ違え、大災害が今この瞬間に自分の暮らす街を襲うかも知れないことを、遥かにリアリティを持って感じている。そのリアリティの中で、この芝居を通して、我々観客が何を感じ、今という瞬間をどう受け止めるか。それは、観客ごとに違うだろう。しかし、二本の芝居の中には、それを考えるきっかけになる芝居が随所に散りばめられている。その科白は、「絶望」ではなく、「希望」や「再生」につながるものだ。ネタをばらすことになるので詳しくは書かないが、「寿歌」に登場する謎の男などは、存在そのものが「再生」の象徴でもある。

この二本の芝居を、加藤健一、小松和重、日下由美、占部房子の四人で演じている。役者の演技に関して言えば、「ザ・シェルター」で小学校二年生の女の子を演じた占部房子がいい出来で、自然に面白い。しかし、今回は、この二本を今のタイミングで上演しようとした「加藤健一事務所」の心意気を一番に特筆するべきだろう。折から、この公演の千秋楽は3月11日である。この一致が当初からの予定なのか偶然なのか、私の知るところではない。しかし、あれから一年を経ようとしている今、それぞれの立場でこうした芝居を観て、この一年を振り返ると同時に、これから我々が創っていくべき未来に想いを馳せるのも一つの方法であり、鎮魂を経た再生への道ではないのだろうか。

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2012. 2.29掲載

ビューティフル・サンデイ 2012.02 ル テアトル銀座

芝居を観終わった後に、「おもしろうて やがてかなしき 鵜飼かな」という芭蕉の句がふと頭をよぎった。今ならば、「面白切ない」とでも言うのだろうか。中谷まゆみの作品の中でも今回で三演目を迎えるこの作品、中谷とのコンビの演出家・板垣恭一の演出で、前回とはキャストを変えての上演である。日常生活の中の断面をコミカル・タッチで軽快なテンポで描きながら、時折どきりとする科白を発する脚本が良くできている。女性の作家ならではの繊細な視点がある一方、等身大の女性や同年代の男性の姿を活写している点が優れており、いささか不自然とも思える幕開きの設定も、自然に芝居に取り込んでしまう。今回のメンバーは瀬奈じゅん、葛山信吾、桐山照史(関西ジャニーズJr.)の三人である。

画家志望の青年・浩樹(桐山)と同棲しているファミリーレストランの店長・秋彦(葛山)。ある朝、目覚めると、ベッドには浩樹ではなく、見知らぬ女が寝ていた。彼女は、前にこのマンションの部屋に住んでいた、ちひろ(瀬奈)という女性で、酔った挙句に捨てずに持っていた鍵で秋彦の部屋へ入ったとのこと。女性恐怖症の秋彦は、何とかしてちひろを帰らせようとするが、浩樹は「三年目の同棲記念日」を一緒に祝おうと誘う。そんな中、大分から見合いの話を持って上京する母親に、浩樹との関係をどう説明しようか悩む秋彦。ゲイのカップルと40歳を間近に控えた奇妙な三人の日常生活の中から、それぞれが抱えている心の問題が炙り出されていく。それぞれの感情が沸点に達した時、意外な真実が見え始める…。

人々の関係性が希薄だと指摘される現代社会の中で、血縁で結ばれた「家族」ではなく、「疑似家族」のような形態でも人々が関係性を持って暮らしていくことの大切さを、笑い、泣き、喧嘩しながらこの作品は訴えているように見える。今から三十年も前であれば、男同士が同棲するのはおかしい、あるいは四十間近の女性が結婚せずに不倫をしているのはどうか、という「世間様の常識」があった。しかし、時代と共に世間は変わり、常識も変わった。今は男同士、女同士で同棲しようが、独身のままで生涯を暮らそうが、否定的な眼で見られることは少ない。それだけ、多くの「価値観」が変わった、ということなのだ。ならば、こういう現代の中での人間関係の上で、関係性を持って行こうよ、というエールである。確かに、一人でいれば気は楽だが喧嘩はできない。相手がいれば楽しいこともあるが鬱陶しくもなる。しかし、人間とは本来が自分勝手なものなのだ。それを肯定することをしなければ、何も始まりはしない。

瀬奈じゅんが幕開き早々からかなりのハイ・テンションでぶっ飛んだ芝居を見せる。我がままで身勝手なのだが、どこか憎めないところのある女性で、浩樹と秋彦の関係にも理解を示す。宝塚を退団して二年余り、ミュージカルを中心にした舞台を続けて来たが、こういうストレート・プレイにも彼女の本領はあるかもしれない、と感じさせる。関西ジャニーズJr.の桐山照史が、ゲイの青年をそれらしく演じている。また、役の個性がいかにも今風の若者の感覚であり、その一方で、愛情や怒りの発露もきちんと見える。浩樹の同棲相手である秋彦の葛山信吾は、年齢的には「おじさん」であり、その行動や言動、発想も、限りなく「おじさん」である。ある意味では、この役が三人の中では最も難しいだろう。しかし、熱演の結果、好感の持てる演技を見せた。「アンナ・カレーニナ」のような作品で見せた芝居とは全く違う、彼の等身大とも言える人間像をナチュラルに演じたことに発見があった。

劇場という「非日常」の中に、少し変わった「日常生活」を持ち込み、それを観客に提示することで、芝居のどこかのポイントが観客の琴線に触れる。ふだんは観ることのできないような大仕掛けの芝居や、日常を忘れさせる破天荒な芝居があっても良し、一方でこうした我々の日常の隣で起きているかもしれないような錯覚を起こさせる芝居に何かを感じ取るのも芝居の魅力である。誰もが心の中に重石を抱いて生きている時代である。そう滅多に人に言えることではないが、それを舞台で登場人物が代わりにさらけ出してくれることにより、観客の重石が少し軽くなるような芝居である。

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2012. 2.20掲載

ALTAR BOYS 2012.02 新宿FACE

2009年に日本での初演を果たし、5人のメンバーを入れ替えながら上演を重ねて来たロック・ミュージカル「ALTAR BOYS」のファイナル公演である。今どきのイケメンたち5人が、それぞれ「人間の原罪」とも言うべきものや、差別に対する人間の行動や思想について、キリスト教の世界を借りながら、音楽と融合させたロック&ダンス・ミュージカルである。日本では、若者と宗教・信仰の結びつきが希薄なだけに、それが理解されないのではと初演当時に思ったものだが、作品のつくりと堅苦しくならない客席と出演者との交流や、役者たちの努力もあり、回を重ねるたびに評判を高めて来た公演だ。元来、タイトルの「アルターボーイズ」とは、神と司祭に仕える少年たちのことを差すが、日本での「イケメン人気」が、そのタイトルを難なく受け入れたこともあるだろう。この5人の神に仕える青年たちが、観客席に座る人々の迷い、悩める魂を浄化するために、歌やダンスで愛を説く。宗教・信仰に関する感情の希薄な薄い日本ではなかなか出て来ない発想だが、余り「宗教」「信仰」を前面に押し出すことなく、いわば「軽いノリ」で演じることにこの作品の狙いの一つがあるのだろう。

北丸雄二の翻訳台本を、ダンスやミュージカルで活躍している玉野和紀が演出し、それぞれのグループの個性を引き出して、3つのバージョンのステージを創っている。ここで面白いのは18日間のステージを3つのチームで交互に上演している中で、それぞれのチームに「RED」「ORANGE」「GREEN」の名がつけられており、チケットの料金も違っている。7,800-、7,000-、6,300-という3段階だ。野球に例えれば「R」チームが一軍、「O」チームが二軍、「G」チームがルーキーたちのステージ、とでもいうことになろうか。もちろん、単純に上手下手という技量の問題だけで設定されたわけではないだろう。

しかし、こうした観客側の視線に立った料金の設定はとかくなおざりにされがちな部分であるだけに、あえて記しておきたい。こうした試みの一つが、新宿・歌舞伎町のライブハウス「新宿FACE」で、夜の公演はもちろん、平日の昼間でさえも立ち見が出るような公演にまで育てた、ということと無関係とは言えないだろう。今の演劇界は残念なことに、作品も出演者も消耗合戦という一面があり、公演の数をこなすことに重点が置かれ、その内容や質が置き去りにされるケースが多い。これは今後のエンタテインメント全体を考える上で、決して見捨てることのできない重要な問題だ。人を育てるには時間もお金もかかるのは周知の事実だが、観客に育ててもらうのも有効な手段である。ただし、それには観客が「この作品をもう一度観たい」「他のグループでも観たい」という動機がなければ、足を運ぶことは難しい。そのための工夫として、今までにも他の劇団などで行われているケースではあるが、この公演に関して言えば、成功した例と言える。

私が今回観たのは「GREEN」のチームであり、今回のチームとの比較対象を論じることはできないが、若いパワーが溢れていることは間違いない。後は、そのパワーにどこまで作品の質を高めるか、という問題で、レベルの差はあれ、これは各チームに共通した問題であろう。ただ、混沌とした演劇界の中で、これからの観客の嗜好や、提供する側の作品の選定など、試行錯誤すべき課題は多い。その中で、一つの「形」を見せ、一応の結末をつけたのが今回のファイナル公演である。今後、こうした試みが他の作品でどういう発展を見せるのか。これは演劇界全体が考えるべきテーマの一つでもある。

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2012. 2.13掲載

Endless SHOCK 2012.02 帝国劇場

2000年に初演をしたこの作品も、今年で12年連続となり、今回の公演中には上演回数が900回を迎えるという。どんな芝居でもそうだが、数を重ねて行くことは、想像以上に苦しいものだ。当然のことながら、観客の支持、「また観たい」という熱望がなければ続けられるものではないし、本人のスケジュールやさまざまなタイミングの問題もある。まして、主演の堂本光一は舞台を専門として活動をしているわけではない。その彼が、今年のお正月は博多座で1か月、休む間もなく帝国劇場で2月から4月までの通算4か月のロングランに挑戦している。これは、単純に若くて体力があるからできるというものではない。そういう点で言えば、かつて同じ帝国劇場で、森繁久彌が、当時は国民的ミュージカルと言われた「屋根の上のヴァイオリン弾き」を60代で6か月のロングランを行ったこともある。しかし、公演回数や興行の形態も違うし、一律に比較することはできないだろう。

松本幸四郎の「ラ・マンチャの男」にしても、森光子の「放浪記」にしても、数を重ねた名作にはそれだけの理由がある。もちろん、作品の良さ、主役を中心とした役者の魅力はあるだろう。しかし、それだけで続くものではない。昨日より今日、前回の公演より今回とレベルアップをして行かなければ、熱烈な支持を得ることはできない。昨年の帝国劇場での公演は、東日本大震災の影響で公演途中での中止を余儀なくされたこともあり、今年はファンの期待も更に大きかっただろうし、それに応えるべき堂本光一をはじめとするカンパニーのプレッシャーも並大抵ではなかっただろう。相変わらずの白皙の美青年ぶりで、難なく舞台をこなしているように見えるが、その努力は、おそらく観客の想像を絶するものであり、それを毛ほども感じさせないのがプロのプロたる所以でもある。

ショーマン・シップのあり方を見せるという大きなテーマは変わらないものの、この公演は毎年少しずつ形態を変えている。これを「進化」と呼ぶべきか、「努力」と呼ぶべきか。今年の舞台にはマイケル・ジャクソンの振付師でもあったトラヴィス・ペインのところへ自らが出向き、新しいシーンを創るなど、エンタテインメントとしての充実ぶりには労を惜しまない若き座長の努力は評価に値する。それが、ファンの心に共鳴を与えるのだろう。はっきり言ってしまえば、去年と同じ舞台を見せても、観客は殺到するであろうし、満員御礼の日々は続くはずだ。しかし、堂本光一の中にあるショーマン・シップの「魂」が、そこに安住することを許さないのだろう。観客は敏感である。それを感じるからこそ、毎年、最もチケットの取りにくい舞台として、帝国劇場を埋め尽くすことができるのだ。

厳しい言い方をすれば、彼の姿勢は一座の座長を張る役者としては当然の姿であり、精神であえい、これこそがまさにショーマン・シップだ。しかし、誠に残念ながら、この精神を持たずにかつての評価に安住し、一歩はおろか半歩も前進しようとせずに、同じような芝居を繰り返している役者が少なくはない、という実情がある。演劇界が全く先の見えない混沌としている今、単にジャニーズの売れっ子の公演だから、ということだけではないのだ。そこに、この公演を続ける価値がある、と私は思う。もう三十年以上も前に、名優と言われる古老が私に教えてくれた言葉がある。「再演だからと言って、前と同じようにやったのでは、お客様は『前の方が良かったなぁ』と思う。前よりも、努力をして勉強をして、少しでもいいものにした時に、『ああ、やっぱりいいねぇ』となる。でも、役者にとってはこの寸法を伸ばすことが大変なことなんだよ」と。堂本光一が、この名優の話を聞いているとは思えない。しかし、彼自身が座長を勤めて来た経験の中で、体得したのだろう。彼の中にこの精神がある限り、「Endless」なのだろう。

私は、かつてジャニーズの公演を「演劇界の新しい潮流」という表現をしたことがある。しかし、900回の数を重ね、1000回に及ぼうという公演を「新しい潮流」だけでは済ませることはできない。彼が、今後どこまで発展と進化を繰り返しながらこの公演を続けて行くのか、それを見届けるのも一つの役目だろう。

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2012. 1.28掲載

「ラ・カージュ・オ・フォール」2012.01 日生劇場

1985年に近藤正臣と岡田真澄のコンビにより帝国劇場で初演されて以来、もう27年が経過している。その後、今回の舞台までで15回の上演を重ねているが、東京での舞台はすべて観て来た。ザザが市村正親に変わったのは1993年の青山劇場からで、相手役のジョルジュが鹿賀武史に変わったのは2008年である。主な役を上演の都度入れ替えながら高い人気を保っているのは、この作品に込められている「人間讃歌」という大きなテーマが、性別を超えて観客の胸を打つからだろう。もちろん、「ありのまま」、「今この時」といったミュージカル・ナンバーが優れていることや、豪華な造り、そして笑いに満ち溢れた舞台など、多くの魅力はあるが、その根幹を流れているテーマはしっかりと揺るがない。

南フランスのゲイクラブ「ラ・カージュ・オ・フォール」の花形ダンサー・ザザとその愛人・ジョルジュは、20年以上も「男性同士の夫婦」として暮らしている。ジョルジュが若かりし頃に他の女性との間にできた一人息子、ジャン・ミッシェルが結婚の知らせを持ち帰ったのだが、相手のアンヌの両親が堅物の上院議員で、こうした風俗営業を潰すことをスローガンに掲げている。その夫婦がアンヌと共に泊りに来ることになったものの、堅物夫婦を前にゲイの夫婦がこの危機をどう乗り越えるか…。今でこそ堂々と市民権を得た同性愛で、27年前の初演当時とは観客の感覚も大きく変わった。ここ数回の舞台を観ていると、観客の視点は完全に「人間愛」のテーマをしっかりと見据えた上で、この作品を楽しんでいるように感じられる。芝居と同時に「ラ・カージュ」の観客として、ショーも同時に楽しんでいるような感覚だ。それには、やはり市村正親のザザという得難いキャストがあってのことだろう。前回の2008年の公演の折に、「これが最後」と銘打って上演したが、観客のリクエストと評価が高く、今回は「最後」の看板を下ろし、観客の熱望に応えての上演である。

今回が10回目となる市村正親のザザ。この人の芸の幅の広さには感服する。劇団四季に在籍していた時代は、「コーラスライン」、「エクウス」、「M.バタフライ」などで中性的な役を演じることも多かったが、四季を退団後は急速に役柄の幅を広げ、こうした役を演じる一方で「炎の人」や「屋根の上のヴァイオリン弾き」「ミス・サイゴン」なども演じている。この役で見せる愛嬌と歌の巧さは、他の追随を許さないものがある上に、「芝居」としての感情表現も見事だ。今回の舞台について言えば、いささかコメディの部分に傾きすぎている嫌いはあるのが惜しいところで、笑いを強調しなくても充分に楽しめるほどに完成されている。いくつもの当たり役を持つ役者だが、このザザは、彼が今まで演じて来た多くの役の中で、ベスト・スリーに数えても良いほどのものだ。

ジョルジュの鹿賀武史。同じ劇団四季の出身で、気心の知れた相手役だけに息もぴったりで、2006年と2008年に見せた「ペテン師と詐欺師」などは秀逸の舞台だった。この役を岡田真澄で観た折には、初老の色事師の雰囲気が溢れており、それも魅力の一つだったが、鹿賀武史のジョルジュにはスラリとした現役の色事師の雰囲気に加えてシニカルな感覚があり、それもまた面白いものだ。市村とのコンビで、お互いに相手を信頼して芝居をしているのが良く分かり、観客も安心して観ていられる。

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2012. 1.23掲載

小松政夫VSコロッケ 爆笑昭和のヒーローズ! 2012.01 シアター1010

昨年の東日本大震災以降、暗い話題の多かった年も明け、新年の舞台で笑い、明るい年の幕開けにしたいという観客も多いのだろう。2007年に最初の公演を持った小松政夫とコロッケの二人だけのコント、大入り満員である。二人とも芸達者であることは言うまでもないことで、それぞれに歩んで来た道は違うものの、「笑い」に対する鋭敏な感覚は甲乙つけがたいものを持っている。昭和の歌謡曲や物まね、コントを織り交ぜながら、休憩を挟んで2時間15分の公演を、観客は存分に楽しんでいた。飲み屋のセットの客席を舞台にし、カウンターの中に観客がいる、という設定である。こういうものに粗筋はないし、それを説明する必要もない。

こうした「東京の笑い」を追求しているのは、伊東四朗と三宅裕司が二人で始めたコント「いい加減にしてみました」も同じ流れである。スタートはテレビ番組から始めた伊東四朗たちの方が早く、この二人には共通の「匂い」がある。小松政夫とコロッケのコンビに関して言えば、この二人が持つ匂いは若干違っており、「異種格闘技」に近い感覚を持っている。そこが、面白い点でもあるのだろう。テレビで自分たちが勝手に大騒ぎをして、それが笑いを生んでいると勘違いしているタレントやお笑い芸人と称する人々は多いが、舞台でのコントは非常に難しい。この分野で昭和の笑いを担って来た人たちが、売れない時代に芸の修業をした場所がストリップ劇場やキャバレーなど、笑いを欲していない場所での「つなぎ」であったために、「コント」というと何か一段低く見られがちな感覚があるが、それは大きな間違いだ。むしろ、抜身の刃を引っ提げて武者修行を重ねて来た人々であり、その感覚が昭和のものであり、今の観客には「古い」と一蹴されるものであったとしても、蓄えている技量は桁違いなのだ。その技量を持ってテレビで一つの時代を創り上げた小松政夫や、今も物真似では常に努力を重ねて他の追随を許さないコロッケの「信用」と「安心」に観客が集まるのだ。簡単に言ってしまえば、「この二人なら間違いないだろう」ということだ。

「笑い」の質が時代と共に変容することは構わないし止めようもない。その中で、自分の芸を磨き続けることができるかどうか。そこに観客は敏感に反応する。小松政夫とコロッケが見せた舞台は、今もなお、自分の芸を磨き続けている二人だからこそ、面白い。もう三回目だから今まで通りで、という感覚で見せていると、観客はすぐに離れる時代だ。回を重ねるごとに難しくなるのはコントだけではなく、どの芝居にも共通して言えることだ。それを知っているか、その上で実行しているか、それは舞台の成果にすぐに出るものだ。舞台が怖ろしいと言われるのはここにある。

私が観た日の舞台は小松政夫の身体の調子が悪かったのか、言いよどんだり、科白を忘れそうになったりする場面が何か所かあった。それを咄嗟に拾い、ネタにして突っ込んで行くコロッケとのやり取りが笑いにつながる。言うところの「アドリブ」だが、これにもレベルは無段階と言えるほどあり、受ける方の技量次第では面白くもつまらなくもなり、最悪の場合はそれまでの舞台の流れを壊すことになり兼ねない。そうならずに済んでいたのは、お互いが練達の芸を懐に忍ばせているからだろう。当然、この逆のパターンも起こりうるが、それでも舞台には影響がないだろう。こういうところに、役者としての場数を踏んだ蓄積が現われるのだ。三流のお笑いは、観客を笑わせる前に自分たちが楽しんでしまう。一流になれば、自分たちが楽しんでいる芸で観客を笑わせることができる。テレビが生み出す笑いを全部否定するつもりはないが、その差を知っているのかどうか、問いたい人々も多いのは事実だ。

話は変わる。今回の公演のチケットは定価が7,000円だ。他に、劇場がある足立区民を対象にした割引がある。今は一等席が10,000円を超える公演がほとんどの中、この価格帯の設定は観客の懐に優しい。「出演者が二人だから安いのは当たり前だ」ということではない。例えば、昨年のお正月に浜木綿子、加藤茶、左とん平、正司花江などの芸達者が顔を揃えた「売らいでか!」のチケットは7,800円だった。800円の差でこの人数の出演料や他の経費の差が埋められるわけはない。劇場の地域性や観客層などを考えた上での劇場の努力の成果だろう。もちろん、作品の性質上、巨大なセットや特殊な仕掛けを必要とし、一定以上の空間がないと上演できず、やむを得ず製作費がかかってしまう舞台があることは否定しないし、劇場も営利企業である以上は利益を出す必要がある。しかし、東京の北東部で劇場の少ない下町地域に、サンダル履きで出かけてもいいような感覚の劇場があることは大切だ。劇場という空間はただでさえ目に見えない費用が莫大にかかる。しかし、この厳しい不況の風の中、こうした見識を持った下町の劇場が元気でいてくれることが、今後の東京の演劇界に一つの示唆を与えることになれば、演劇人としては嬉しい限りだ。

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2012. 1. 7掲載

女たちの忠臣蔵 2012.01 明治座

我々が「忠臣蔵」というドラマをなぜ好むか、という分析を始めると長くなるので割愛するが、二十一世紀の今も年末か年始に「忠臣蔵」を素材としたテレビ・映画・舞台などを観ない年はない。もうドラマにする部分は出尽くした感があっても、またほとんどのエピソードを知っていても泣かされてしまうのも、また「忠臣蔵」というドラマが持つ魅力だろう。この作品は1979年に橋田壽賀子のドラマとして放送されたが、その当時の名優をすべて集めたのではないか、と思えるほどの豪華なキャストに目を見張ったのを覚えている。そして翌年、田井洋子の劇化によって舞台化された。

タイトルにもあるように、「忠臣蔵」を巡るドラマではあるのだが、女性作家の視点らしく、「刃傷松之廊下」や「討ち入り」の場面は出て来ない。ドラマは討ち入りの前日に始まり、本懐を遂げ、四十七士のそれぞれ大名屋敷に預けられ、切腹の沙汰が下る翌年二月四日とその数日後までを描いたものだ。大石内蔵助に西郷輝彦、その妻・りくに高島礼子、浅野の妻・揺泉院に高橋惠子、細川越中守に長谷川哲夫、大工・平助に佐藤B作、その娘・しのに藤田朋子、寺坂吉右衛門に岡本信人、大石瀬左衛門に佐野瑞樹、その姉・つねに一路真輝、料亭の女将・おけいに中田喜子、磯貝十郎左衛門に松村雄基、間十次郎の妻・りえに熊谷真実など、大劇場演劇に手慣れたメンバーを中心にした豪華な顔ぶれだ。

全体的な印象を言えば、久しぶりで「どっしりとした芝居」を観た、ということだ。最近の大劇場演劇は、わずか一時間前後の一幕で八場や十場などとやたらに場数が多く、ちょっとしたエピソードを見せては暗転、もしくは幕前芝居というパターンが非常に多い。セットも抽象的なものになりがちだが、この芝居はキチンと道具を創りこんだ舞台で、一幕が一時間四十分、二幕が一時間三十五分でともに六場ずつ、一場が約十五分の計算だ。今の感覚で見ると、いささか長く、若干のカットの必要も感じるが、この長さで飽きないのは、元々の原作・脚本が丁寧に創られているからだろう。かつてはこうした芝居が中心を占めていた大劇場演劇も、こういう脚本を書く作家や、重厚な芝居に持ち堪えられる腕を持った役者が減ったこと、また、観客の嗜好の変化で大きく変わった。芝居が時代と共に変化を遂げるのは当然のことで、批判するつもりはない。しかし、初演以来三十年以上を経て、もはや「古典」になりかかっているこの作品から、演劇制作者が学べる部分は多いはずだ。

この芝居は、大きなテーマはもちろん「忠臣蔵」だが、その事件を背景にして、何組かの男女の悲劇を描いている。好きな男が赤穂義士の一員であれば、本懐を遂げるまでは真実は分からず、それまでのかりそめの愛に夢を抱いた女たちにはいくつもの悲劇が形を変えて襲い掛かる。また、中心となる大石をはじめ、義士の家族にしても同様だ。そうした人々を、一般市民の視点でごく普通の男女の愛情を中心に描いたのが大きな特徴でもある。だから、「女たちの忠臣蔵」なのだ。赤穂義士が戦場の勇者の物語であるとするなら、これは彼らに関係した女性たちの悲劇である。大石とその妻・りく、間十次郎と遊郭へ身売りをした妻・りえ。磯貝と相思相愛でありながら、添うことができなかった大工の娘・しの。盲人の身でありながら弟・瀬左衛門を討ち入りに加わらせたつね。こうした男女の悲劇が浮き彫りにされる。確かに、「男の芝居」として観られがちな「忠臣蔵」の多くの作品の中では新しい普遍性を持った捉え方だ。

西郷輝彦の大石内蔵助がどっしりとした風格と貫録で見せたのが頼もしい。安心して観ていられる役者だ。そういう意味では、熊谷真実、中田喜子も同様である。お預けになった細川越中守屋敷の塀を挟んで、鼓でお互いの想いを確かめ合う松村雄基の磯貝と藤田のしの、今回が一番良い出来だ。しのの父親の大工・佐藤B作が、点景のように笑いを運んで来るだけではなく、武士のドラマの中で唯一の「町人・大衆の代弁者」として好演している。大石の妻・りくの高島礼子、決して悪くはないが、時代劇としての重厚さをもう少し腹の中に抱えていないともったいない。

「忠臣蔵」の世界がこうしていまだに支持を受ける、というのは、日本人の情感も捨てたものではない、とも思える。冷えた時代だけに、濃密な人々のつながりによる息苦しさ、そこから迸る情を感じるのも悪くはないだろう。

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