2014.08.24掲載

blast JAPANTOUR 2014 2014.08 東京国際フォーラムC

日本の観客は舞台を観た時の感情表現が巧くない、と言われた時代があったが、最近の観客は、面白い舞台は一緒に楽しむポイントを知っている。2003年に初来日以来、その好評を受けて翌年にすぐ再演され、今回が9回目の来日となる。トータルでの観客動員が間もなく100万人に達しようというミュージック・パフォーマンスだ。2012年からは石川直、和田拓也、米所裕夢の日本人のキャスト3人が加わった。

マーチングバンドにドラム、ダンスなどの要素を加えたステージは、名曲ラヴェルの「ボレロ」で幕が開く。曲ごとにステージには色彩も同時に楽しむ要素として組み込まれ、青やオレンジ、赤などの色が、その曲を象徴するように構成されている。観客は、ノリの良い曲になれば手拍子で参加し、真夏のひと時を楽しんでいるが、観客層の年代の幅が広いのも特徴だ。海外からの招聘作品だから、ということではなく、今までに積み上げてきた累計100万人の楽しみ、という感覚がする。特に二幕目、2013年の朝のNHKのドラマ小説で人気を博した「あまちゃん」のオープニング・テーマが流れた時は、観客席の盛り上がりが最高だった。二幕で合計15曲のステージで、「ボレロ」から「あまちゃん」まで聞ける全体の構成の巧みさが、この作品の魅力でもある。このプログラムも固定されたものではなく、仮に来年も来日が実現すれば、また新たな曲を加え、違った構成で聞かせ、見せてくれることだろう。音楽と色彩の融合という試みは、特筆すべきほど新しいものではない。しかし、その見せ方、聞かせ方の感覚は、テンポも良く、評価できるものだ。

エンタテインメントと呼ばれるものには実に多くの種類があるが、場合によっては観客が一緒に手拍子をし、足を踏み鳴らして楽しみものがあっても良い。まして、音楽であればなおのことだ。クラシックのコンサートではできないことだろうが、ステージの演者と共に楽しめる、という一体感がこのステージの人気なのだ。幕間には、メンバーがエントランスへ出て来て、より観客に身近な場所で演奏を聞かせる。サービスではあるが、演奏者も観客と共に音楽を楽しんでいるのがよく分かる。こうした感覚は、日本人の発想ではなかなか持ちにくいものかもしれない。これだけがヒットの要因だとは思わないが、「いかにして観客を楽しませるか」というエンタテインメントの本質の一つがここにある。

酷暑の中で、バンドの音楽と一緒に違った汗を流すのもまた一興だ。

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2014.08.19掲載

「こっちの身にもなってよ!」2014.08 本多劇場

良質のコメディを描く現代の劇作家として、レイ・クーニーと共に人気を誇るアラン・エイクボーンの「こっちの身にもなってよ!」(原題:「If I Were You」)。イギリスのある町の家族の姿を描いた作品で、どこの家族にもありがちな些細な問題や感情のすれ違い、意識的ではない無理解によって起きるホーム・コメディだが、二幕に入り、様相は一変する。朝、目覚めた加藤健一のマルと西山水木のジルの夫妻が完全に入れ替わっていたのだ。家族はもとより、仕事先のインテリア・ショップで働く娘婿にも気づかれないようにこの非常事態を乗り切るにはどうすれば良いのか…。急に男女が入れ替わった夫婦が、どのようにしてこの危機を乗り越え、どんな結末が待っているのか。

こうした「男女入れ替わり」のパターンは、そう珍しくはない。私個人の体験で言えば、1987年に公開された大林宣彦監督、尾身としのり、小林聡子主演の映画『転校生』は、強烈なインパクトを与え、その後もこれに類する作品が数多く創られた。観客の中には「このパターンか」と思った人々もいるだろうが、大きな違いがある。映像をスクリーンで観る映画と、目の前で演じられている生の芝居、の差だ。スクリーンでは綺麗に完成されたものが、舞台では、一呼吸のタイミングがずれただけで、大きく変わる。そこが生の舞台の面白さでもあるのだが、その分難易度は高い。それを舞台で要求するエイクボーンの芝居、もっと言えばコメディはほとんどが「間」が命、でもある。それを、ドタバタにならない寸前のところで止め、舞台全体に漂う空気感を味方に付けた方法は面白い。たとえ男女が入れ替わっても、完全に入れ替わらないところに、この芝居の「妙」がある。加藤・西山のコンビはその辺りを充分に心得た強者だけに、安心して観ていられる。息子のサムはスタジオライフの松村泰一郎、娘のクリッシーは加藤忍、娘婿が文学座の石橋徹郎と、登場人物は五人しかいない。

いわゆるウエルメイド・プレイだが、今回は息子・サムの松村が一番の健闘を見せた。趣向としての「男女入れ替わり」だけではなく、どこの家族でも抱えている小さな問題、あるいは本人にとっては大きな問題に苦悩する少年の姿を活き活きと演じて見せたのは収穫だ。この作品には、「どんなことがあろうとも、家族は家族」という温かなテーマが根底を流れている。それを、一番敏感に感じる年頃のサムが、実は扇の要の役をも果たしているのだ。今は、いろいろな個性を持つ人物を抱えた家族が多く、それをどこまで理解し、受け入れるかが一つの問題にもなる時代だ。そういう視点で眺めると、父親の無理解や頭ごなしの比定に反発しながらも、個性的な家族の面々に対する愛情が一番感じられた。スタジオライフで演じて来た作品とは全く異質の作品で鍛えられたことが、今回は巧く表現できている。こうして、若い才能を育てることも演劇の大きな役目である。

このところ、シビアなテーマの作品が二本続いただけに、加藤健一事務所が得意とするコメディの本領発揮で、久しぶりに笑いの溢れた舞台だ。

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2014.08. 8掲載

「タイトル・オブ・ショウ」2014.08 シアタークリエ

世界のミュージカル・シーンがどんどん新しい潮流を見せている中で、当然日本のミュージカルが刺激を受けないわけはない。これだけの情報が溢れている現在、海外でヒットしている作品や、これから面白くなりそうな作品を日本で上演することが、日本のミュージカルの隆盛に寄与していることは疑いようのない事実だ。そのスケールも、『ミス・サイゴン』や『レ・ミゼラブル』のような大型作品もあれば、この作品のように登場人物がわずか4人、という小品もある。問題はスケールよりも中身で、スケールの大小に関わらず、今の観客がどう捉えるかにある。

この『タイトル・オブ・ショウ』は、男女2人ずつの若者が、ミュージカルを創ることを思い立ち、ブロードウェイへの進出を夢見てわずか3週間でミュージカルを創ろうと奮戦する物語で、ほぼ全編がパロディとパスティーシュに散りばめられている。「こんなことまでばらして!」、あるいは「他の作品にここまで言及して」大丈夫なのだろうか、と余計な心配までしてしまうが、それが、いわば「寸止め」のところで嫌らしくなく、楽しめる仕掛けになっているのが作品の魅力だ。ミュージカル・ファンには幕内の事情が分かって面白い一方、それを知らないファンでも充分に楽しめるギリギリのバランス感覚が、この作品の魅力であり、同時に、今の演劇界に対する「問題提起」にもなっている。その問題とはさまざまな捉え方があろうが、「ミュージカルだからって構えなくてもいいじゃん」「難しく考えることないよね」という、気楽に芝居を楽しもう、という発想だ。これは、すべてのジャンルの芝居に言えることで、歌舞伎も人形浄瑠璃もミュージカルも翻訳劇も同じなのだ。

主人公の無名のコンビ、ジェフが浦井健治、ハンターが柿澤勇人。二人の友人ハイディが玉置成実、スーザンが佐藤仁美。それにキーボードの村井一帆がラリーという仲間の役で少しだけからむ。翻訳・訳詞・演出の福田雄一は、ここぞとばかり数えきれないほどの「小ネタ」を満載し、笑わせどころを作っている。著作権の問題が心配になったが、聞けば100ヶ所以上、日本向けに直したところを現地との確認に費やしたそうだ。こうしたエネルギーと努力が、芝居を少しでも面白くするのだ。キャストについて言えば、脚本の内容上、4人のうちの男性2人に圧倒的な比重があり、それを若手ミュージカル・スターの浦井・柿澤がこなしているために、男女の差が圧倒的に見える。東宝ミュージカルで若手スターの「王道」とも言える役を演じて来た浦井にすれば、この芝居は果敢とも無謀とも言える挑戦だ。また、劇団四季出身の柿澤は、古巣をネタにした科白で笑わせ、「アブナイ」芝居でもある。ただ、こうした若手の役者たちが、今までにはない形式のミュージカルを観客と共に楽しんで演じていること、これが最大の収穫だろう。

今、ジャンルを問わず演劇界は混迷と模索の時期にある、と私は考えている。その時だからこそ、シアタークリエという東宝のお膝元で、同じ東宝の帝国劇場の芝居をネタにして笑うような芝居があっても良いのだ。「やったもの勝ち」とは乱暴な言い方だが、芝居は「こうでなくてはならない」という公式は存在しない。いろいろな実験過程を経て、今の演劇がある以上、今後のために新しい実験をすることを否定する理由はない。そういう意味で、コンパクトではあるが濃度の高い芝居である。

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2014.08. 5掲載

ミス・サイゴン 2014.07 帝国劇場

初日が開いて間もなくの7月29日以降の全公演を、ダブルキャストでエンジニアを演じていた市村正親が早期の胃がん治療のため降板する、というショッキングなニュースが飛び込んだ。8月2日からは以前に同じ役を演じた経験がある筧利夫がエンジニアを勤めることになったが、それまでの間は、駒田一がすべての回のエンジニアを演じた。まず、この奮闘を讃えたい。主なキャストが複数で組まれると、こうした緊急時には助かるが、本来はキャストの組み合わせの違いによる作品の味わいの変わり方を楽しむためのもので、こうした形でダブルキャストが功を奏したのは残念なことで、市村正親の一日も早い回復と、筧利夫の好演を期待したいところだ。

日本での初演が1992年の同じ帝国劇場で、あれからもう22年も経ったのか、という想いがある。その歳月を経て、2012年以降は演出もベトナム戦争の悲劇の結果における再生、ないしは再出発、という点に力点が置かれたものに変えられた。そのため、曲も新たに加わった。確かに、今となっては作品が扱っている時代、ベトナム戦争の末期に当たる1975年も、もはや「歴史的出来事」になりつつあり、若い観客にリアリティを持って伝えることは難しい時代になった。その中で、ドラマの本質は変えずに新たなメッセージ性を加える必要性は重要で、今回の試みは成功していると言える。見渡せば、アンサンブルのメンバーの中には、1975年以降の生まれであろう人たちもおり、現代のように見える箇所がある。しかし、そうした細部をあげつらうよりも、作品全体がより大きなスケールと新たなメッセージを加えたことを評価すべきだろう。

爆撃で故郷を失ったベトナムの人々は、戦争が終わり、「アメリカ」に対してまさに「アメリカン・ドリーム」を見る。しかし、それは言葉の通り「夢」でしかない。厳しい現実の前で生きなければならない人々の姿や苦悩。彼らにこの苦悩を強いたのは、個人ではなく「国家」であり「政治」である。しかし、事情はどうあれ、彼らは毎日の食事を摂らなくては生きて行けない。こうした、一種深刻な問題を突きつける作品がミュージカルになり、世界的なヒットを放ったのは『レ・ミゼラブル』と『ミス・サイゴン』だろう。この二つの作品が、それまでの「明るく華やかな」ミュージカルのイメージを大きく変えた。

駒田一のエンジニアも、アメリカの前では一被害者に過ぎない。しかし、明日に、アメリカに夢を託し、日々を逞しく生きている。クラブ経営に携わり、ほとんど非合法の世界ばかりで生きているが、それとても戦争の被害によるものだ。全体的にもう少し軽さがあり、時折薄っぺらな側面を見せた方が、役柄にリアリティが出るのではないか。そうすれば、名曲「アメリカン・ドリーム」もより効果的になるだろう。キムはトリプルキャストで昆夏美が演じている。クリス、ジョン、エレン、トゥイはそれぞれダブルキャストで、クリスは原田優一、ジョンは岡幸二郎、エレンは木村花代、トゥイは神田恭兵。歌の巧さは岡幸二郎のジョンが圧倒的な迫力を見せる。特に、二幕の冒頭、男性たちだけの「ブイドイ」は圧巻だ。キムの昆は『ミス・サイゴン』へは初参加だが、原田のクリスと共に、自然な感じが悪くない。トゥイの神田は以前にもこの役を演じた経験があり、それが活きた。

初演当時から話題になった巨大なヘリコプターも、映像や音響効果のスケール・アップで迫力を見せ、立派に出演者としての役割を果たした。ヘリコプターは降りて来る時は地上の人々には夢のアメリカへの架け橋だが、飛び立つ時には絶望を残して去る。物を言わぬ大道具に込められた想いが、芝居の中で生きている。8月末まで帝国劇場で上演した後、地方公演を経て10月5日までの長丁場の舞台、出演者に故障のないようにと祈りたい。

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2014.07.14掲載

「八月の鯨」2014.07 江南市民文化会館

昨年12月に三越劇場で上演された劇団民藝の『八月の鯨』が、今年、地方巡演に出ている。5月に川崎市からスタートし、大阪、京都、神戸、奈良、などの京阪神、旭川、釧路、江別、苫小牧、函館などの北海道の旅を終え、四日市や伊勢、多治見などの中部・東海の旅に入った一日、名古屋から30分ほどの愛知県・江南市での公演を訪れた。

アメリカのメイン州沿岸の島で暮らすリビーとサラの老姉妹。以前は毎年夏の海に鯨が訪れ、二人を楽しませていたが、歳月とともに鯨は姿を見せなくなった。穏やかに流れる日々の中に、ロシアの亡命貴族・マラノフが訪れ、妹のサラは心をかき乱される…。老姉妹が主人公なだけあって、芝居の中で取り立てて大きな事件が起きるわけではない。淡々と過ぎてゆく日常が描かれているだけにも見える。しかし、作者のデイヴィッド・ベリーは、単に抒情的な風景を描いたわけではない。

もともと舞台劇として、30代の作者によって書かれたこの作品は、1987年に映画の草創期の大スター、リリアン・ギッシュとベティ・ディヴィスの共演で映画化され、大きな話題になった。20代の私も大きな感銘を受けた記憶があるが、それが本来の舞台劇として、日色ともゑのサラ、奈良岡朋子のリビーという民藝の大ベテラン二人によって演じられ、マラノフには客演で篠田三郎を迎えた。三越劇場での公演の評価が高かったこともあり、旅公演での印象がどう変わったのか、を確かめたかったのである。面白いもので、旅公演を観ると、場所によって見事に観客の反応が違う。反応が鈍いところもあれば、要所要所で東京では見られない感情の動きを感じたりする。観客が住んでいる地域の性質や気風がよくわかるのが、旅公演の楽しみだ。

回数を重ねることで舞台の密度も増し、今までには気付かなかったことも見えてくる。いろいろな意味で、東京の環境の整った劇場で観ている時とは違った空気を感じもし、発見もあるのだ。今回の公演でも、芝居の濃度の問題だけではなく、作品の本質の見え方が深くなった。

目が不自由なために、妹の世話なしでは生活できない、気性の激しい姉・リビーの奈良岡と、明るく穏やかで前向きな妹・サラの日色の芝居がより鮮やかな対照を見せたこと。特に、目が不自由でも住み慣れた家の中でのスムーズな動きと張りのある科白の奈良岡の芝居は白眉である。また、姉妹の友人である稲垣隆史のジョシュアと船坂博子のティシャが、点景としての魅力を増したこと。マラノフの篠田三郎が、過去の想い出にすがって生き続ける男の陰影が濃くなったこと、などが挙げられよう。誰でも年を重ね、過去を懐かしく思い出すことは多い。それだけにすがって生きるのか、それを大切に愛おしみながら、そう長くは残されていない残りの人生を過ごすのか。現在の超高齢化の日本の社会とダブる面も多いが、それよりも「人はどう老いてゆくのか」という問題を作者は観客に突き付け、年を重ねることは「何かを一つずつ諦めてゆくことなのだ」と言う。30代で「老い」の発想などなかったはずの作者の筆は、若書きとは思えないしたたかさで人生の急所を突いてくる。

昔、若かりし姉妹を楽しませた鯨は、今、どこの海を漂っているのだろうか。亡命貴族のマラノフは、季節ごとに知り合いの家を訪ね歩く漂流の生活を続けている。しかし、リビーとサラの姉妹もまた、人生という大海を漂う「鯨」なのだ。しかし、海の中の鯨と決定的に違うのは、来年の夏もまたこの別荘へ戻って来よう、という意志だ。その時には、また「死」に近づき、何かを諦めた上でのことなのだろう。しかし、そこに希望がないわけではない。幕切れ近く、妹のサラが、リビングに海が見える大きな窓を造ることを決める。それが老姉妹の来年への希望であり、生きる目標になるのだ。

『八月の鯨』は、これから9月の末まで、富山、金沢、砺波などの北陸を経て北九州、福岡、下関、鹿児島、都城など九州の旅に入り、長崎で千秋楽を迎える。これから見る機会のある場所に住んでおられる方々の中で、特に「老い」には縁のない若者に、「人生のありよう」を見てほしい芝居だ。

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2014.07.09掲載

PLAYZONE1986…2014★ありがとう!青山劇場★2014.07青山劇場

来年閉館が予定されている青山劇場で、1986年以来29年間にわたって続いてきた恒例の「PLAYZONE」の最終公演である。少年隊の三人が真夏のファンへのプレゼントとして続け、2008年に『Change』と銘打って、次の世代にバトンを渡した。あの年は例年にもました凄まじいほどの熱気で、千秋楽は特別カーテンコールが終わらずに、終演後1時間10分にわたって少年隊が熱いファンの声援に応えていたと、手元の観劇メモに残っている。

青山劇場は客席との距離感や俯瞰した時の視界など、見やすい劇場なだけに、閉館は実に残念だ。しかし、劇場の入り口、プログラム、何よりも公演の名前時代に「ありがとう!青山劇場」と書いてあることに、同じ演劇人として嬉しさを感じる。私にとって、この劇場はジャニーズ事務所の公演だけを観て来たわけではなく、多くの舞台の想い出が詰まっている劇場であり、それを最も多く使ったジャニーズ事務所が、劇場に感謝の言葉を述べている。ここに、ジャニー喜多川がメンバー全員に叩き込んでいるショーマン・シップの精神が見て取れる。「ありがとう!青山劇場」というメッセージは、そこへ足を運び続けてくれたファンに対してのメッセージにも他ならない。

「PLAYZONE」としての総公演数は1208回、観客動員は170万人を超えると言う。これだけの長さになると一つの「伝統」であり、親子二代でのファンもいることだろう。締め括りとなる今年は、今井翼、中山優馬、屋良朝幸の三人を中心に総勢20人でステージを構成し、ジャニーズの先輩たちのヒット・ナンバーを歌い、踊る。それぞれの個性がうまく絡み合い、堂々とステージを取り仕切れるようになった成長の跡が見られる。ここでの公演をバネに、もうワン・ステップ階段を上がることが、出演者それぞれの青山劇場への恩返しだろう。

ステージの幕が降り、観客が通路を出口へ向かう中で、後ろの方から「これで二週間は頑張れる!」という若い女性の声が聞こえた。観客全員を代表する声とは言わないまでも、多くのファンが同様のことを感じていたのだろう。エンタテインメントは、時として人生の重要なテーマに想いをいたすような芝居もある一方で、理屈抜きで楽しむことができ、ステージのメンバーから「元気をもらう」ことも重要な役割だ。中には、ステージを観た後のやるせない疲労感に包まれて家路に着く作品も多い昨今、「演劇を観る」ことが非日常ではなく「日常」になっている私には、いささかの新鮮なショックを伴って聞こえたのは事実だ。すべての面において、作り手が観客に迎合する必要はない。しかし、役者の序列や組み合わせに右往左往し、誰に何を見せるのかが第一の目的なのか分からない芝居が多々あるのも否定のしようのない事実だ。お金を払い、劇場へ足を運ぶ観客の声は正直だ。その中から何を聴き、どこを捉えるのか。この観客の一声は、演劇界が襟を正して聴くべき言葉ではなかろうか。偶然耳にしたものだったが、今後の演劇界の大きな宿題を残し、「PLAYZONE」は幕を降ろすことになる。

しかし、やがてまたどこかで新たに幕を開けることを、多くの観客が期待しているのだろう。多くのファンがその日を待っている。数多くの舞台が本来そうあるべきなのだ。芝居は生きているだけに、その呼吸を捉えるのは難しい。ジャニーズの公演は一過性のブームではなく、「伝統」になった。

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2014.06.27掲載

白い夜の宴 2014.06 紀伊国屋サザンシアター

劇団民藝の、昨年の『夏・南方のローマンス』に続く木下順二作品である。1960年代の半ばに近い夏の夜に、応接間で年に一度家族三世代が揃って開かれる「宴」。祖父は昭和天皇と共に、戦争の後始末に尽力した元・内務官僚。父は、かつては左翼思想を持ち、投獄された経験もあるが「転向」した後に、自動車産業を成功させ、今や大企業の社長である。息子は父の会社で働いている。この三世代の男たちを中心に、それぞれの連れ合いや恋人、友人などが一夜の「宴」の中で語り、明らかになる問題とは…。出演者が圧倒的に多い男の芝居を、『夏・南方のローマンス』に続いて丹野郁弓が演出している。

この作品は、三世代にわたる家族劇と観ることもできるし、三世代にわたる思想の歴史と観ることもできる。戦時中の治安維持法で投獄された父の若き日の姿は、そのまま祖父にも、息子にも重なる。家族劇としてみれば、期待されながらも何かと問題を抱える息子・一郎と父、父と祖父は常にお互いに反逆し合っている。これはどこの家にもあることで、特に男が世代交替をしようとする時の家庭ではしばしば観られる場面だ。この二つの側面を描きながら、アーサー・ミラーの『セールスマンの死』のように、過去と現在を行き来しながら芝居は進んでゆく。三世代の時間の経過を、「応接間」という空間を動かすことなく、自在に行きつ戻りつしながら進む手法は、今となっては逆に斬新にも見える。

丹野演出は、男たちを中心とした家族が織り成すドラマを、家族劇、思想劇のどちらの側面からも見られるような丹念さがある。その一方で、男の心理や行動を、時にぶっきらぼうなまでに読み切っての演出は、今までにはない味だ。奈良岡朋子や日色ともゑ、樫山文枝など、女優陣を中心に据えた芝居の演出が多いこともあるのだろうが、丹野郁弓の演出にここまで男っぽさがあるとは、変な褒め方だが感心した。

時代は繰り返す、と言うが、今から約50年前の時代設定のこの芝居は、今の時代にぴたりと符号するものがいくつもある。治安維持法を特定秘密保護法に、朝鮮特需をバブルに置き換えれば、何もおかしくはない。それは否定しないが、ここに問題が一つある。治安維持法にまつわるさまざまな社会の動きがどういうものであったのか、「昭和史」の教育をまともに受けていない世代には分からない、ということだ。しかし、木下順二の芝居はこうしたことを平然と突きつける図太さと強さがある。事実や事件を知っているかどうか、という表層的な問題にとどまらずに、考えることを止めてしまい、口当たりの良い芝居しか創らなくなっている演劇人に対して「それで良いのか」と、鋭利な刃物を当てられたような気がするのだ。

役者のことを書いておく。父の膨大な科白と格闘した西川明と、同様に若き日の父と長男の一郎の二役を演じた齊藤隆史の健闘を讃えたい。母の箕浦康子が時折見せる陰影の中の強さ、これもベテランのなせる技だ。朝鮮人を演じた天津民生、役者における肉体の重要性を再認識させた点が評価できる。

時代は容赦なく移ろう。人々も同様だ。伝統は破壊され、新しい伝統を生む。だからこそ、時代の断片を演劇という形式で残しておき、それを次の時代に問い掛ける行為が必要なのだ。芝居は娯楽なのだから、そんなに難しいことを考えずに、笑って観ていれば良いのだ、という考え方もあり、それを否定するものではない。しかし、それだけではない。また、こういう作品だけでもない。その幅の広さが演劇の魅力の一つでもある。

「あなたはこの芝居を、この時代をどう感じますか、そしてどう考えますか」。『白い夜の宴』のメニューに密やかに仕込まれた毒は、後からジワジワ効いて来るタイプのようだ。

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2014.06.16掲載

昔の日々 2014.06 日生劇場

20年ほど前、東京・森下にあった小劇場「ベニサン・ピット」でデヴィッド・ルヴォーの演出作品をよく観た。あの頃はルヴォー・ブームと言ってもよいほどで、多くの演劇人がこの演出家の才能を高く評価した。小劇場の濃密な空間の中での人間模様を、時には息詰まるほどの苦しさ、緻密さで描いたルヴォーの演出は、新鮮な感覚を持って歓迎された。今回上演されている「昔の日々」は、現代のイギリスを代表する劇作家、ハロルド・ピンターが生前、演出をルヴォーに託していた作品だと言う。住宅の一室の中で巻き起こる濃密な人間関係の背後にあるものを、ルヴォーの手によって炙り出してほしかったのだろうか。

静かな海辺の片田舎に暮らすディーリー(堀部圭亮)と妻のケイト(若村麻由美)のもとへ、ケイトの「唯一の」友人であるアンナ(麻実れい)が20年ぶりに訪ねて来る。登場人物はこの三人だけだ。久しぶりに旧友に再会するケイトにはさしたる喜びも見られないまま、アンナが現われる。かつて、ロンドンでルームメイトとして過ごした若き日々の想い出を情熱的に語るアンナに、ケイトは芳しい反応を見せない。不思議な一夜が時を刻む間に、三人の関係性に意外な真相が見えて来る…。

ピンターの戯曲は難解なものも多いが、この作品はその中でも屈指、と言えるだろう。自分の作品を知り尽くしている演出家に託した作者の気持ちも良く分かるが、なかなか一筋縄ではいかない芝居だ。まして、家の一室での濃密な時間を描くドラマには、日生劇場はいささか広すぎる感は否めない。科白や想いが拡散してしまうのだ。ルヴォーの演出がすべて小劇場のものだ、とは言わないが、この作品自身は大きな劇場には向かないだろう。

ルヴォーの演出作品への出演経験が多い麻実れいは、もともと芝居の寸法が大劇場の女優であり、その特質を巧く活かした芝居になった。しかし、若村麻由美の芝居が収縮と拡散のどちらへ向かうのかはっきりとしなかった。両者の演技の方法が違ってしまうと、作品の性質上、終盤へ向かっての辻褄が合わなくなる。ここを巧く解決できれば、もっと作品の濃度が上がっていただろう。堀部圭亮のディーリーはどちらへ傾くとも言えないが、その分、印象的になるはずの後半の芝居のテンポが出なかったのが惜しい。

もっとも、ピンターの芝居を大がかりに演じる機会もほとんどなくなってしまった今、この挑戦は果敢なる心意気として評価したい。もう一つ、プラスされる要素があれば、舞台の内容ももっと濃厚な味わいを見せたはずであり、それがもったいなかった。

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2014.06.04掲載

「6週間のダンスレッスン」 2014.06 博品館劇場

自発的なカーテンコールがしばらく鳴り止まない芝居を久しぶりで観たような気がする。その価値がある作品だった。今回が6演目になる『6週間のダンスレッスン』。主演の草笛光子は変わらずに回を重ねて来たが、相手役は3代目で、ダブル・・キャストだ。この日の相手は文学座の若手・星智也。たった2人だけの芝居だ。

フロリダの海が見えるマンションの14階に住むリリー・ハリソン(草笛)が「6週間の訪問個人レッスン」でダンスを学ぶことにした。現われたインストラクターのマイケル・ミネッティ(星)は、とてもではないがリリーが受け入れられるようなセンスや個性の持ち主ではなかった。しかし、レッスンを重ねるうちに、お互いの心の中に潜んでいるものが白日のもとにさらけ出される。レッスン初日に会って5分後には首になりかかっていたマイケルとリリーの間にあった反発は、やがて理解に変わり、共感となり、お互いをかけがえのないパートナーとして認め合うことになる…。今風に言えば「ハートフル」な芝居なのだが、何よりもまず「洒落て」いる。

各場面のタイトルがダンスにちなんで「スウィング」「タンゴ」「ワルツ」「フォックストロット」「チャチャチャ」「コンテンポラリーダンス」と名付けられ、舞台のセットも、良いものを過不足なく納めてある。先ごろ亡くなった朝倉摂による舞台美術で、まさに「王道」とも言うべきものだ。何よりも、6回の上演を重ねるだけあって、草笛光子が素晴らしい。真っ白な髪に場面ごとのドレスが映え、軽快なダンスの動きは、81歳になるとは思えない。今はアンチエイジング真っ盛りの時代で、誰でも若くなくてはいけないような風潮があるが、その中で美しく年を重ねることの魅力を感じさせる。もちろん、これだけの肉体を維持するには人知れず過酷な努力があってこそのものだが、その片鱗さえ感じさせない軽やかさは、「この芝居には草笛光子しかいない」と断言したプロデューサーの眼の良さだ。美しい日本語の表現に「残んの香」という。草笛光子の魅力は、まさに「残んの香」だ。それは、芝居の後半になって、自分の人生を語り始める構成が感じさせるのかもしれない。1950年に松竹歌劇団に入団以後、60年を超える芸歴の中で培われたものがいかに凄いものであるか、名優としてだけではなく、人生の先輩として生き生きとしている女性の姿が舞台の上にある。

マイケルの星智也。192センチの長身は舞台映えがし、姿の良さに登場した瞬間、客席からじわが来たのには驚いた。演技という面では草笛の胸を借りて、というところがあるのは仕方がないが、この機会に多くのものを吸収してほしい。芝居の前半で彼の人生のキーになる部分を早くに感じさせてしまうなどの違和感はあったが、観ているうちに、良いカップルに見えて来た。もう一人の斉藤直樹がこの役をどう演じているのか、比較してみたいところだ。

今の日本は、超高齢化による人口のバランス、先行き不安な時代での若者の絶望や虚無感など、多くの問題を抱えている。それは事実で、逃げようがない。しかし、何もかもお先真っ暗なわけではない。こういう素敵な年の重ね方もあれば、若者と高齢者の接し方もある。老人は若者に過去の自分やそのパートナーの姿を見出し、若者は年を重ねた人が経て来た喜びや哀しみを知る。これを、単に「芝居の中の話」と取るか、「自分には何ができるか」と取るかは観客次第だが、ぜひとも若い人々に見せたい、観てもらいたい芝居であることは間違いない。

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2014.05.29掲載

『錬金術師』2014.05 東京芸術劇場 シアターウエスト

一般的には、イギリスの中世の劇作家と言えば誰もが「シェイクスピア」の名を挙げる。間違いではないが、同時代の劇作家、ベン・ジョンソンもはずすことはできない作家だ。知名度の点でシェイクスピアよりも劣るために、日本ではあまり上演の機会がないが、人間の「狡猾な」本質を見事に炙り出した喜劇の名手とも言える。「演劇集団 円」では、1981年9月に、西新宿にあった「ステージ円」でベン・ジョンソンの『ヴォルポーネ またの名を狐』という喜劇を日本で初演している。その時に、「こんなに面白い芝居があったのか」と感心し、事あるごとに円のスタッフに「ベン・ジョンソンの作品を…」と言って来た。今回、『錬金術師』が鈴木勝秀の上演台本と演出で新しい形で日の目を見たのは、何とも言えず嬉しいことだ。

ペストが流行るロンドン。逃げ出す金も余裕もない庶民たちの中で、屋敷の留守番役とうだつの上がらない詐欺師(うだつが上がっても困るが)が、主人不在の屋敷を舞台に、人の欲に付け込んだ怪しい仕事を始める。最後には、とうとう「錬金術」まで持ち出す次第だ。その被害者の中には、敬虔な信仰家までいる。貧苦と病気の恐怖に脅かされて生きている中、それでも欲の皮だけは見事に突っ張り、この騒ぎに乗じて一儲けしようという、人間の浅ましくも否定はできない根源的な本質をシニカルに描いた作品だ。鈴木勝秀は、この芝居の随所に「現代的感覚」を持ち込み、中世のロンドンであることをしばし観客に忘れさせる。極端に言えば、場所も時代も関係なく、登場人物がこの芝居の中で自分の欲のために生き生きと動いている姿を描きたかったのだろう。

留守番役の橋爪功と詐欺師の金田明夫のコンビが絶妙である。元来が、せこい人間や小狡い人間を演じさせたら今の演劇界では右に出る者がない、と言える橋爪功が、間もなく73歳になるとは思えない軽快な芝居を見せる。作品は違うが、33年前に素敵なショックを受けた『ヴォルポーネ』を彷彿とさせんばかりだ。それに金田明夫のいい加減さが巧くミックスされ、面白い作品に仕上がった。1975年の設立メンバーである橋爪功から、2013年、つまり昨年入団した深見由真まで、実に幅の広い年代がそれぞれの役どころで、お祭り騒ぎのような舞台を呈しているが、決して品が悪くはならない。これだけの年代を揃えられるのが劇団や演劇集団の強みであり、個性である。この作品は、そうしたものがうまく活かされ、良い意味での「暴発」を見せた芝居だ。

現代が、ペストに脅かされる中世のロンドンと同じだとは言わないが、驚異の形が変わっただけで、実はかなり近いところにいるのかもしれない。しかし、そこに生まれ合わせたのも巡り合いとばかりに、馬鹿騒ぎを繰り返す愚かでせこい登場人物たちの行動を、観客は大笑いして観ている。芝居とは、これでいいのだ。たまには、自分の人生に深く想いをいたしたり、涙を滲ませたりする芝居も必要だ。しかし、どんな時にもわがままでしたたかな「人間」を、「馬鹿なやつ」と思いながら、たいして程度の変わらない我々が客席で腹を抱えて眺めている。この光景もまた、見事な喜劇だと、ベン・ジョンソンは皮肉な笑いで眺めているのかもしれない。どれほど時代が変わり、文明が進もうと、人間の本質など簡単に変わるものではない。その視点で観れば、この芝居は大いなる「人間讃歌」でもあるのだ。

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2014.05.23掲載

「倭結成20周年記念日本ツアー」2014.05 静岡県・焼津

この「演劇批評」でも、何度か奈良県・明日香村に拠点を置いて活動している和太鼓集団「YAMATO」の事は書いた。年間約200ステージの多くを海外で行い、1993年の結成以来、世界53ヵ国で公演を行い、総観客動員数が600万人を超えたという集団だ。和太鼓集団はどこもそうだが、そのステージはほとんどスポーツに近いほどハードで、ずば抜けた身体能力を持っていなくてはできない。もちろん、太鼓を叩けた上で、のことだ。

最初に彼らのステージに出会った時、その魅力は「土俗的で、我々日本人の『原初』の感覚を呼び覚ますところ」にあると書いた。古代の神に奉納する藝能としての感覚に近いものを持っていたのだ。しかし、同時に藝能は進化するものだ。その土俗的な匂いを微かに残しつつも、ここ数年の間で彼らのステージはみるみる変わった。外国では2000人を超えるホールが満員になる集団でも、日本ではなかなかそうは行かない。それを、地元である日本の人々にどう見せるか、という試行錯誤の結果、ステージが「ショー」として洗練されて来たのだ。

「和太鼓を聴かせる」という本質に何も変わりはない。それ以上でも以下でもいけない。その中で、若いメンバーの技術がずいぶん進歩した。ベテランはさらに力を増した。それが、二幕の構成も徐々に変化をもたらした。その結果、本来の聴かせる要素に加え、「見せる」要素が進化し、2時間のステージのまとまりがより濃度の高いものになった。観客席とのコミュニケーションの取り方も以前よりもスムーズになり、最後にはステージと客席が一体化する。うまく観客を乗せることができるようになった証拠である。

今年は4月12日に奈良県・桜井市でツアーのスタートを切り、全国47都道府県で公演を行うという。それがすべて終わる頃には、同じステージでもさらに密度の濃いものになるだろう。各地の観客が舞台を育てるからだ。ハードなツアーのスケジュールの中で、日々違う土地で同じステージを見せても、各地での観客の反応は違う。これは、「倭」だけではなくどんな芝居にも言えることで、ここが全国ツアーの面白いところだ。

今年のツアーは第一弾「路上」と第二弾「爆音綺譚」の二つのパターンがある。焼津での今回のステージは第二弾の「爆音綺譚」で、下半期のいずれかで第一弾の「路上」も聴いてみたい。なぜ彼らがステージの内容を二種類に分けたのか、その理由が知りたいからだ。演奏する曲は当然違うが、コンセプトがどのように違い、どういうステージを見せるのか。何がどう違い、あるいは違わないのか。20周年を一つの起点として、新たな歩みを踏み出した彼らのパワーに満ちた音楽の先に、何が見えるのだろうか。それが楽しみな集団だ。

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2014.05.18掲載

ロンサム・ウエスト 2014.05 新国立劇場 小劇場

幕が開いて2分後には、主な登場人物である兄弟が、猛烈な勢いで喧嘩をしている。その言葉は下品で薄汚く、世間一般の常識に照らし合わせても、わざわざ罵り合いをするほどの問題でもない。しかも、二人はたった今、父の葬儀を終えて家に帰ったばかりなのだ。神父が慌てて仲裁に入るものの、ハエが止まったほどにも感じていない。

ロンドン生まれのアイルランド人であるマーティン・マクドナーの『ロンサム・ウエスト』。兄のコールマン(堤真一)、弟のヴァレン(瑛太)、ウェルシュ神父(北村有起哉)、近所の女の子、ガーリーン(木下あかり)。登場人物はこの四人だけの一幕物の芝居だ。アイルランドの片田舎を舞台に、決して裕福とは思えない兄弟が、きっかけを探しては取っ組み合い、罵り合い、喧嘩ばかりしている。たまに、一陣の風が吹き抜けるように、二人の生活に彩りを与えているのがガーリーンだ。神父は二人のために何を説いても、自分の無力感に、兄弟と一緒になって酒に溺れている始末。この兄弟は何を考えて生きているのだろうか。「いかにして、一瞬でも相手より優位に立つか」だ。こんなバカげた話はあるまい、と芝居を眺めていると、戯曲の持つ力に引き込まれてゆく…。

堤と瑛太の丁々発止のやり取りが面白い。特に、芝居の後半になり、一旦は考えを改めたか、に見える二人がまた言い合いを始める辺りは、絶妙の間で見せる。よくもこれだけ汚い言葉を、と思えるほどの科白が速射砲のように狭い家の中を飛び交っている感覚だ。無力で愚痴ばかりこぼし、真面目なくせにか、そのゆえにかアルコールに溺れ、やがて絶望して死を選ぶ北村の神父が、二人のコンビを陽とすれば陰の役割を果たし、芝居の中でのよい対照になっている。木下のガーリーンは、天真爛漫な少女のように見えるが、この人心が荒れ果てた村の中で「生きる」ことの意味がどういうことであるかを知っている。

芝居の中には、時折ハッとさせられる科白に出くわすことがある。私はこれを「科白が利いている」と表現するが、この芝居の中で、毎日飽かずに喧嘩を繰り返す二人が、その理由を「相手のことを気にしてるからだ」と言う。二人とも、殺したいほど憎い相手でありながら、どちらかがこの家を出てゆくのがたまらなく恐ろしく、寂しいのだ。「喧嘩するほど仲がいい」という諺の範疇を超えているかもしれない二人だが、この一言は言い得て妙だ。どんな相手でも、一人でいる孤独を乗り越えさせてくれるのだ、という人間讃歌でもある。とは言え、二人の生活ぶりや行動はお世辞にも褒められたものではない。しかし、その分、人間くささがプンプンしている。現代の我々が、「良識」や「常識」の名のもとに心の奥底にしまい、浮かび上がって来ないようにしている「生の感情」のままに生きているからだ。「呑みたいから呑む」。誰の酒であろうが、何時であろうが関係ない。今、呑みたいのだ。考えようによっては羨ましいとも言える。しかし、この生活が本当に幸せであるかどうか、と言えば、誰もがそうは思わないだろう。

演出の小川絵梨子が、こうした感情の深奥に潜むものを丁寧に舞台の上に炙り出している。最近、若い演出家の中には、芝居の骨法をきちんとわきまえ、誠実に仕事をする人が増えて来たような気がする。彼女もその一人だろう。突き詰めると、面白い芝居に欠かせないほ¥ものは、一に脚本、二に役者、三に演出、そして観客なのだ。

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2014.05.13掲載

お染の七役 2014.05 国立劇場 大劇場

1986年以来恒例となっている前進座の五月・国立劇場公演は、鶴屋南北の『お染の七役』だ。ちょうど80年前の1934年、まだ劇団が創立して間もない頃に、先代の五世河原崎国太郎が、渥美清太郎の改訂・脚本で復活上演し、七役を演じて歌舞伎界でのスタンダードな演目となったものだ。以降、坂東玉三郎や中村福助、そして当代の六代目国太郎が演じ、女形の人気演目となった。当代は16年前に国太郎を襲名した折の演目でもあり、祖父以来の前進座の財産演目ということからも、今回の上演に当たっての感慨は一入であろう。今月は明治座で同じ鶴屋南北の『伊達の十役』を市川染五郎が演じており、期せずして南北の「早替わり作品」の競演となった。

油屋の娘、お染と丁稚・久松の心中で名高い事件は歌舞伎化され、幾つもの作品群ができた。最も有名で頻繁に上演されるのは、通称『野崎村』と呼ばれる『新版歌祭文』だろう。今回の『お染の七役』は、正式には『於染久松色読販』(おそめひさまつうきなのよみうり)と言い、心中事件に至るまでのドラマ性よりも、一人の役者が二人の中心人物を囲む人々をどう演じ分けて見せるか、に焦点が置かれている。国太郎は、お染、久松の他に、母の貞昌、奥女中の竹川、お光、芸者小糸、お六の計七役を演じる。立役は久松だけで、後は全く個性の違う女性だ。大家のお嬢さん、田舎娘、御殿女中、芸者、中年、「悪婆」と呼ばれる悪女など、女形の役の類型とも言うべきものの多くが詰まっている。これらを早替わりで外見だけではなく、その心情も含めて演じ分けるのが眼目だ。16年ぶりとあって、初演の折には演じ切れなかった、女性の心理が深まったのが全体の印象だ。同時に、それほどの歳月を感じさせない若々しさを持っている。それを意識してか、母の貞昌などは発声の方法や科白づかいに殊更の気づかいが感じられた。唯一の立役である久松は、中性的な要素を持った美少年で、この役の柄が今までに演じて来た役者の中では最も合っている。

回りを囲むメンバーの中では、矢之輔のコミカルな味、圭史の悪の色気と迫力、芳三郎の二枚目ぶりがいいバランスで舞台を構成している。

幕切れには今年84歳の中村梅之助が健在ぶりを見せ、嵐圭史、藤川矢之輔、山崎辰三郎、嵐芳三郎など、座の総力を結集した公演となった。劇団制の良いところは、世代を超えて多くのメンバーが集まり、密度の濃い芝居を見せられることだ。創立メンバーから数えて「第三世代」と呼ばれる国太郎、矢之輔、芳三郎といったメンバーを中心に、こうして国立劇場での大きな芝居が開けられるようになったのは喜ぶべきことだ。この勢いを更に広げ、これからどういう芝居に挑戦するかが、今後の前進座に課せられた大きな課題だろう。

いろいろな意味で「正念場」とも言えるが、演劇界全体の観客の高齢化、演目の選定などは、どこも頭を抱えている問題である。そこをどう打破するか、劇団としてのまとまりの強みを活かせるのはこういう時でもある。丁寧に時間を掛けて磨き上げてきた先人の財産を大切にしながら、今の世代が次の世代へ渡すべき財産演目をも同時に創らなくてはならない。「第三世代」に課せられた義務は大きく、重いが、幸いにも道が閉ざされているわけではない。今回の公演をバネにして、次へ羽ばたくチャンスである。ここで飛翔をすることが、観客や先人への恩返しになるだろう。苦しいところだろうが、乗り切って新たな前進座の魅力を創り上げてほしいものだ。

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2014.05.07掲載

「愛の讃歌」2014.04 新国立劇場 中劇場

美輪明宏がこの作品を初演したのは、約35年前の渋谷「ジァン・ジァン」だと言う。以降、博品館劇場、サンシャイン劇場、ルテアトル銀座とだんだん大きな劇場で回数を重ねて来た。私が最初にこの舞台を観たのは、1981年のサンシャイン劇場での舞台で、この時は二回の休憩を含め、上演時間が3時間だった。今回は、同様の形態で上演時間が3時間40分である。作・演出も美輪自らが行う中で、試行錯誤を繰り返し、内容がどんどん膨らんできた結果であろう。それでもなお、前回に観た舞台と比べると、ピアフの友人の部屋の場面がカットされていたりと、その時々に工夫がなされており、タイトルにも「美輪明宏版 愛の讃歌」と銘打ってある。いまだに現在進行形の舞台、というわけだ。

実在の人物の生涯を芝居で演じるには多くの困難がつきまとうが、やはり圧巻は、この物語の主人公であり、美輪自身が尊敬してやまぬエディット・ピアフの楽曲が聴けることだろう。「アコーディオン弾き」に始まり、「ミロール」「群衆」「バラ色の人生」「愛の讃歌」「水に流して」。ピアフの名曲の数々がよみがえり、ファンとしては歌と芝居と両方が楽しめる、というところだろう。ほとんど出づっぱりの舞台をこなす美輪明宏の元気さには驚嘆すべきものがあり、見事なものだ。

若い人々を中心に多くの支持を集め、半ば教祖の趣も出ているが、今までの美輪明宏という歌手であり俳優である「怪物」とも「巨人」とも言える人の歩みを35年近くにわたって観て来ていると、感慨深いものがある。必ずしも、今のように人気絶頂の時代ばかりが続いていたわけではない。しかし、何度も不死鳥のように甦り、女王の座を手にする姿は、ピアフの生涯に通じるものがあるとも言える。

ピアフの妹・シモーヌを演じているYOUが自然体で、姉・ピアフに関するまさに「無償の愛情」が感じられて、この舞台で一番の収穫だ。前回の2011年公演以来、二回目となるが、すっかり自分の役にしている感がある。美輪明宏のピアフは堂々たる大スターの風格が漂うが、各幕の交通整理をもう少し行えば、エピソードの羅列ではなく、人間・ピアフのドラマがより深まるだろう。

圧巻は二幕の幕切れ、恋人であるボクサー、マルセル・セルダンの死を知ったピアフが、心身共にボロボロの状態でパリのオランピア劇場で「愛の讃歌」を絶唱する場面が秀逸だ。美輪の科白の中には、ピアフの楽曲に対する想いや自分の人生観、「愛」に対する考え方などがふんだんに盛り込まれており、あえて「美輪明宏版」と銘打つ理由もここにあるのだ、と感じる。ピアフの生涯はいろいろな人の手によって何度も舞台化されており、多くの女優が演じて来た。しかし、この舞台はそれらのものとは一線を画している。シャンソン歌手で俳優という両方の立場を持つ美輪明宏という存在、そしてもはや知る人がだんだん少なくなるエディット・ピアフと時代を共にした、という点だろう。

わずか47歳という生涯で、普通の人の二倍も三倍にも相当する濃密な人生を生き切った稀代のシャンソン歌手、エディット・ピアフ。来年には生誕100年を迎える。

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2014.04.29掲載

「ファスター/カルミナ・ブラーナ」2014.04 新国立劇場 オペラパレス

日本が「国立の」オペラハウスを持てたのが歴史的な眼で見ればつい最近のことだが、「国立」に囚われずにどんどん新しい試みを行っているのは評価に値する。今回上演された二本のバレエのうち、「ファスター」は日本初演である。2012年のロンドン五輪の折に、オーストラリアの作曲家・マシュー・ハインドソンがオーケストラのために委嘱された作品に、この公演の芸術監督であるデヴィッド・ビントレーが振付を行ったもので、サブ・タイトルに「オリンピックのモットー『より速く、より高く、より強く』にインスパイアされた、デヴィッド・ビントレーのバレエのための音楽」とある。ここからも分かるように、アスリートたちを主人公にした作品で、40分の小品が「闘う」「投げる」「跳ぶ」「シンクロ」「マラソン」「チームA」「チームB」と分けられており、ダンサーたちが全肉体を駆使し、跳躍し、走る姿は、まるでスポーツのようだ。バレエも究極的には美術も何もいらず、演者の肉体美そのものが芸術品になる、という例だろう。男女を問わず、確かにその肉体美は美しく、中には一瞬、本当のアスリートが混ざっているのではないかと錯覚さえするほどだ。それほどに鍛え上げられた肉体をもってしても、この40分の作品はいかにもハードで、ダンサーの肉体の限界に挑むような側面をも持っている。主な役のいくつかはダブル・キャストで、私が観た舞台では小野絢子と福岡雄大が今後の可能性を感じさせる素材の魅力を感じさせた。

どんなに古い作品や有名な作品にも、必ず「初演」はある。この作品の日本の初演に立ち会うことができたのは、最近の舞台では収穫と言えよう。俳優の肉体による表現、しかも一切科白を発しない代わりに、音楽と共に表現するバレエという芸術が、幾多の歴史的名作を残した上で2012年にたどり着いた一つの到達点とも言うべき作品だ。どのジャンルの舞台芸術にも言えることだが、演者の肉体の魅力が「言語」ないしは「感覚」として観客に伝わる。他の分野と比較をしても意味はないが、少なくも良い意味でのショッキングな作品であることは間違いない。

もう一本の「カルミナ・ブラーナ」は、1937年にドイツの作曲家、カール・オルフによって発表された作品で、神学校を舞台にした青春時代の若い男女の物語である。冒頭の「運命の女神よ」は映画やテレビでもずいぶん利用されており、聞き覚えのある観客も多いだろう。若い男女の間における恋愛・セックス・出産を通して、生命の輪廻をテーマにしたとも取れる作品だ。今から80年近く前のものだが、当時は神学校を舞台にこうしたテーマを扱うことはスキャンダラスな受け取り方をされたかもしれないが、きっちりと骨格が創られ、納められた「古典」という感覚が作品のバランスを保っている。こちらも日によってキャストが違うが、「神学生3」を演じたタイロン・シングルトンが、鍛え上げらえていながらしなやかな肉体の力強さを見せ、その魅力を発揮した。オーケストラ・ピットに並んだ新国立劇場合唱団の面々、東京フィルハーモニー交響楽団と実に贅沢な舞台だ。その中で、若い才能がこれから開花する瞬間、あるいは秘めた可能性を見せるこうした舞台は、新国立劇場の公演の義務とも言える。今回の二本の作品では、その義務を見事に果たし、観客の期待に応えてくれたことが嬉しい。

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2014.04.24掲載

「きりきり舞い」2014.04 明治座

諸田玲子の小説『きりきり舞い』を原作に、田村孝裕の脚本、上村聡史の演出で、田中麗奈の主演で「時代劇コメディ」が上演されている。加藤雅也演じる十返舎一九の娘・舞を田中が演じ、熊谷真実の一九の妻・えつを中心に、板尾創路の葛飾北斎、篠井英介の踊りの師匠・勘弥姐さんなどの「奇人」ばかりが集まる中での騒動を描いた二幕物だ。最近の時代劇では、洋楽が使われることにだんだん観客も違和感がなくなって来た。こういう方法も悪くはないが、今回の場合で言えば科白のアクセントが現代調の役者と、時代劇の役者が混在していた。これは、どちらかの時代でまとめた方がすっきりしただろう。一幕、二幕がそれぞれ80分で十一場、十二場と場面転換が多いが、昨今ありがちなテレビのカットのようなめまぐるしさではなく、見せるべき場面にはきちんと時間を掛けている創り方には好感が持てる。若い感性が大劇場演劇の中で、どういう才能を発揮してくれるか、これは今後の演劇界に大きな期待が寄せられると同時に、試行錯誤を繰り返さなくてはならない問題でもある。

舞台全体を見渡すと、誰かが突出して巧い、というわけではなく、「きりきり舞い」のチームとしての芝居づくりのような感覚がある。これはこれで一つの方法だろう。その中では、熊谷真実の安定感としなやかさが抜群だ。笑わせるところは笑わせ、締めるところは締め、と芝居のメリハリが利いている。明治座への出演が今回で12回目ということだが、その理由が納得できる。安心して芝居を任せられる役者だからだ。主演の田中麗奈、舞台の経験がそう多いわけではないが、意外に舞台に向いているところがあるかもしれない。もう少し弾け切ってしまえば、もっと大きな笑いを生むことができただろう。場数を重ねて体験することだが、予想よりも良い出来だ。加藤雅也の十返舎一九は、最初は容姿が邪魔をしている部分があったが、後半になって自分の心情や過去に触れる辺りから芝居が深まって行った。舞台映えをする恵まれた身体を活かせるような場面が、もう一つ二つ欲しかった。舞の幼な馴染みで北斎の娘・お栄は南海キャンディーズの「しずちゃん」として人気を博している山ア静代。大柄な体格で男のようにぶっきらぼうな口を利くが、実に丁寧に真面目に芝居をしている。その個性ゆえに役柄を選ぶかもしれないが、この舞台では個性と役柄がぴたりと一致した。篠井英介の踊りの師匠ぶりが賑やかだが、これだけではもったいない。せっかくの得難い個性をもう少し幅広く見せる方法はなかっただろうか。

十返舎一九や葛飾北斎、この芝居には登場しないが東洲斎写楽、喜多川歌麿などが生きた幕末に近い江戸時代末期は、強烈な個性の持ち主がぞろぞろいた時期で、芝居の材料としては大きな魅力を持った時代だ。その中で、今回は戯作者である十返舎一九とその家族にスポットが当たった作品だが、個人だけではなく、この時代が持っていた、煮え滾るようなエネルギー感が芝居の背後に流れていれば、もっと芝居に厚みが出て面白くなっただろう。そこに登場する奇人変人の生き方が、もしかするとまっとうな人々として、より鮮明に浮かび上がったかもしれない。

芝居全体の出来としては悪くはないのが、脚本がもう少し深く人物を書き込んであれば、もっと鮮明でエネルギーに満ちたコメディになっただろう。それが惜しいが、今後に期待することにしよう。

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2014.04.13掲載

「酒と涙とジキルとハイド」2014.04 東京芸術劇場

歌舞伎では、作品の構造を現わすために、「世界」という言葉を使う。みんなが良く知る過去の物語や事件を素材にし、これを大きな骨組みとして芝居を組み立ててゆく。この素材になるものが「世界」だ。例えて言えば「平家物語」であり「太平記」だ。そこに、作者ならではのアイディアである「趣向」を加え、今の言葉で言えばいかに「オリジナリティ」を出すか、今までにない面白さを見せるか、が作者の腕だ。

誰もが知るイギリスの名作の名を借りたこの芝居は、『ジキル博士とハイド氏』の「世界」に、三谷幸喜の「趣向」がたっぷり盛り込まれた、まぎれもない「新作歌舞伎」だと言える。多くの人々が少年少女時代に、子供向けに翻訳されたものや抄訳された形で読んだか、あるいは粗筋だけは何となく知っているが、詳しくは忘れた、というところだろう。イギリスの作家・スティーヴンソンの名作『ジキル博士とハイド氏』が置かれている現在の微妙な立場に眼を付けた三谷幸喜の着眼点の鋭さだ。飲めば人格が変わるという薬を開発するジキル博士を、今、向かうところ敵なしの勢いがある片岡愛之助が演じ、ハイド氏を藤井隆、ジキルのフィアンセ・イブを優香、ジキルの助手・プールを迫田孝也と、四人の登場人物しかいない。

休憩なしの1時間45分、後半は全くのスラップスティック・コメディとなる。前半の展開から一挙にスピードアップし、役者は舞台の上を駆け回っているような状態だ。愛之助と藤井隆という組み合わせの妙も面白いが、西洋の紳士であるジキル博士を演じている愛之助に、あえて歌舞伎調で科白を言わせたり、薬を呑んで人格が変わったイブの動きに歌舞伎の舞踊の動きが取り入れられていたり、と、作者のいたずら心があちこちに散りばめられている。愛之助が大ブレイクしたきっかけの一つになったドラマでの「オネエ口調」も、不自然にならない展開の中でうまく登場させ、爆笑を誘う。こうした、他のヒット作品や役柄からの「頂き!」も、まさに歌舞伎の発想であり、どこにもそうは書いていないが、やはり「新作歌舞伎」にしか見えない。ここまで弾けることができるのは、「歌舞伎座」という伝統の呪縛でがんじがらめにされた空間に関係のない劇場で演じているからであり、これを歌舞伎座で上演したら、ここまで観客は沸かなかっただろう。歌舞伎座で上演する新作歌舞伎よりも他の劇場のそれの方が圧倒的に面白いのは、関係者の多くが無意識に抱えているこの「呪縛」の問題が影響しているからに他ならない。

そういう意味で言えば、この芝居は、昔の歌舞伎の精神に立ち返った「何でもあり」、の面白さなのだ。藤井隆が汗だくになって舞台を駆け回り、それを追い回すようにドタバタと二人が芝居をするその絶妙な掛け合いの面白さと、助手でありながら、他の三人をいいように操り、一人でほくそ笑んでいるような迫田孝也の醸し出す雰囲気が絶妙だ。優香も、完全に開き直って弾けている部分があり、それぞれの役者の個性を巧みに引き出し、楽しい芝居になった。舞台の裏で邪魔にならないように効果を上げている生演奏も贅沢だ。日本ではなかなか上質のコメディが生まれにくい土壌があるが、嬉しいことに最近はかなり増えて来た。観客の指向もそちらを向いている時がしばしばある。劇場でしんみり何かを考え、ドラマに感動することも魅力なら、どうでもいいようなバカバカしいやり取りに腹を抱えて笑うのもまた、芝居の魅力だ。この芝居、役者が弾け切れたこと、この顔ぶれだからこそ成立したところに成功の要因がある。誰か一人でも違っていたら、この成果は上がらなかっただろう。作者の「笑うだけ笑って、後には何も残らない」という作品の主題は、再演を想定していないところにあるのかもしれない。

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2014.04.09掲載

「女殺油地獄」2014.04 金丸座

江戸時代の風情を今に残す香川県「金丸座」での「こんぴら歌舞伎」も、今年で三十回目を迎えた。早いものだと感じると同時に、こうした試みが地域の芸能としてしっかり根付いたことの嬉しさをも感じる。今年は市川染五郎を座頭に、中村壱太郎、上村吉弥、尾上松也などの顔ぶれで一座が開いた。ちょうど桜も見ごろで、春の旅にはよいかもしれない。

夜の部、『女殺油地獄』、この頃は油まみれの殺しを見せる「豊嶋屋内」で終わらせずに、その後の場面まで上演するケースが増えて来たが、これは良い傾向だ。河内屋与兵衛という青年のその場限りの行動がどう完結するか、そこまでをキチンと作品として見せることになるからだ。

染五郎の与兵衛、遊蕩ぶりが板に付いた、良い色気と風情だ。気まぐれな男であり、機嫌の良い時や自分の思うように事が運んでいる時と、追い詰められた時の落差が激しく、この若者がいかにその場限りの人生を生きているかがよく分かる。人により演じ方はさまざまだが、染五郎の与兵衛はその場の感情に任せて動く人間像を色濃く描いている。この芝居の見どころである油にまみれての殺しが行われる「豊嶋屋内」の出の瞬間の顔付きは、凄惨ささえ感じさせるものがあった。最悪の場合は、殺しても仕方がない、という、深く考えもせずに決心をして懐に刀を呑んで来たように見える。まったくの衝動殺人なのだが、それでも与兵衛は少ない選択肢を一応わずかな時間ではあるが考え、その結果、考えること自体が面倒になり、「最悪の場合は…」とその後を考えずに出て来たように見える。それを頭の中で想定し、自分がこれから起こすかもしれない行動に脅えてもいる。そんな数種類の感情がこの時の顔から見て取れた。油屋のお吉を殺した後、何食わぬ顔で逮夜に悔みに来て証拠が見つかってしまい、引き立てられてゆく。中には高笑いをしながら引っ込む場合もあるが、染五郎はそばでおろおろ涙を流す両親に目を走らせ、半ば決然とした、あるいは逆に悄然とした想いを浮かべて花道を引き立てられて行った。改めて自分のしたことの罪の大きさを感じると同時に、「これ以外にどんな方法があったのだ」とでも言いたげである。

この作品が語られる時に、「現代の青年像に通底する」という旨が枕詞のように使われる。しかし、近松門左衛門は予言者ではなく劇作家である。彼が描こうとしたのは、「どこの時代にでもいそうな場当たり的な生き方をする青年。その行動と破滅」の一つのパターンであり、現代にも当然いるが、明治にも大正にも同じことが言えるはずだ。近松が描こうとしたのは、数は少ないがある意味では普遍的な、暴発する青年の姿ではなかったのだろうか。

油屋のお吉は壱太郎。若さゆえに、子持ちの人妻の色気、という点ではいささか物足りない。しかし、お吉の亭主・七左衛門の松也もそうだが、自分の年代よりも上の役を演じることで役者は鍛えられてゆくものだ。そうした意味で言えば、足りないところはあるものの、決して不合格というわけではない。兄貴分の染五郎に引っ張られ、こうした役をどんどん自分の持ち役にすることだ。それに応えることが、こうした役への抜擢に対する答えだろう。

大劇場では感じられない役者との距離感の近さ、客席とのやり取りをしながら手の触れることができそうな場所で芝居をする役者を観ることが、こうした劇場での「ご馳走」である。義太夫の三味線の響きも、歌舞伎座や国立劇場とは明らかに違う。江戸時代をそのまま再現することはできないが、現代人にはいささか窮屈とも言える空間に身を置くことで、ふと自分が江戸時代にいるような感覚になれる。東京からは遠いが、数年に一度はこの空気の中で芝居を観たいものだ。

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2014.03.27掲載

「あとにさきだつうたかたの」2014.03 本多劇場

この芝居の作者・山谷典子は30代後半の女性で、文学座の女優でもある。また、自ら演劇集団「Ring-Bong」を立ち上げ、主宰・劇作・出演を行っている、何ともパワフルな女優だ。そんな女性がタイトルを一見しただけでは内容が想像できない芝居でこだわっているのが「戦争」だ。もちろん、彼女は戦争を知らない世代である。しかし、彼女が祖父母の世代から見聞きしたことは、まだ生々しさを失うことなく残っており、そこへ現代の「戦争」とも言える原子力の問題を絡めた作品だ。私も、作者も当然ながら戦争を知らない世代だ。しかし、「東日本大震災」を機にまだ収束の見通しがつかない原発の問題は、我々の世代にとって、ある意味での戦争ではないか、と私は考えている。そうした感覚を、若い世代の作家が肌で感じ、先の大戦との共通項を見つけて一本の芝居にまとめた、という点では観客として共感できる。

都内にある歴史博物館に毎日訪れる老人。飽きることなく開館から閉館までを博物館で送る老人は、従業員の間でも話題になっている。終幕近くに、その理由を語り出すのだが、それまでの間は、戦争中や戦後の闇市、昭和63年の静岡の原子力館などを、場面を変えずに時代が行き来する。そこで語られるのは、戦争の忌まわしい記憶だけではなく、戦後も形を変えて我々の前に現われる戦争のような生活である。この老人・静雄を演じているのが加藤健一。衣装を変えずに75歳の現在、戦争中の7歳、戦後の8歳、昭和63年の50歳を演じ分ける。形にこだわることなく自由に時代をタイムスリップさせる柔軟な筆も面白いが、演じる加藤健一にも不自然さがない。なぜなら、その少年時代や壮年期は、実際に経験してきた事柄ではあるが、老人の頭の中で起きている「回想」でもあるからだ。ただ、演じる方としては順番が関係なく年齢が変わるので、そこが難しいだろう。もっとも、それが観客には新鮮な驚きをもって迎えられるのだ。

少人数の作品を選ぶ傾向が多い加藤健一事務所にしては珍しく、この芝居には12人の役者が登場する。静雄のおば・たかを演じる伊東由美子の確かな存在感と逞しい母性が好演である。もう一人、盲目の傷痍軍人・外村の高野絹也のすべてを見透かしたような明るさが、逆に哀れを誘う。平成と元号が変わってもう26年になり、来年は終戦後70年を迎える。私が子供の頃には、新宿駅の西口と東口を結ぶ汚いトンネルで傷痍軍人をよく見かけたものだが、そうしたことどもがどんどん遠く微かな記憶になりつつある。これが「風化」なのだ。戦争も原爆も、東日本大震災も、「風化」させてはいけないと叫ぶ人は多い。それは真実だ。一方、日々の暮らしの中で、大事なことの多くを忘れ、風化させてしまう我々の姿もまた事実である。そうならないために、こうして芝居の中で、その当時を生きていない年代の人々によって想像の翼を広げることに、意味があるのだ。もう後数年か十年もすれば、戦争経験者が演じる芝居や書く芝居が観られなくなる、という厳しい現実がすぐそこまで来ている。その中で、風化を防ぐには、形式はどうあれ「語り継ぐ」しかない。休憩なしの2時間の芝居を通して、加藤健一が演じる静雄の幼少から老年期までの人生を、戦争というキーワードと共に語り聞かされているような気がする。そんな芝居だ。

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2014.03.07掲載

「写真提供:テアトル・エコー」

病院でも患者に「様」を付けて呼んだり、プライバシー保護のために入院病棟の部屋には名札を掲げない病院も出て来た。時代の流れとは言え、世の中も変われば変わるものだ。この芝居も、巷によくある「名医100人」のような話題かと思って客席に付いたら、そこへ行く以前の問題を喜劇にしたものだ。コメディ専門のテアトル・エコーの面目躍如とも言える舞台で、病院の格付け「ミシュラン」の調査員が潜入しているとの噂が、大きいとは言えない病院の中でドタバタの騒動を巻き起こす。面白い芝居だが、今の時代、事実だと言われてもおかしくないようなリアリティをも持っている。

作者の唐沢伊万里は、1962年生まれで、昨年の7月に、25年に亘るがんとの闘病に力尽き、この舞台を観ることなく世を去った。この作品は、もともとテアトル・エコーが募集している創作戯曲に2003年に応募したもので、最終選考にまで残った。翌年、『改訂版・病院ミシュラン』として、異例の再エントリーをし、佳作入選を勝ち得たものである。今回の舞台用に改稿も考えていたそうで、作者が並々ならぬ情熱を注いだ一本なのだ。それが成就できなかったのは無念だろうが、この作品も充分に面白い。作者の個人的な事情をつぶさに知るわけではないが、長年の闘病生活を送ったせいか、「病人」側の視点が非常に鋭く、リアルに描かれている。閉鎖され、ある意味での管理下に置かれた小さな「閉鎖社会」の中で巻き起こる人間模様。確かに、こうしたものはあるものだ、と短期間の入院ながら経験のある私にも頷ける部分は多い。尤も、入院せずとも医者にかかったことのない人は滅多にいるものではなく、観客のほとんどがどこかしらで「あるある」と頷けるような親近感が、不思議と嫌な感じではなく持てるのだ。

コメディに不可欠な要素はいくつもあるが、中でも「勘違い」と「すれ違い」は重要なウエイトを占める。この二つが、実に巧みに織り込まれ、伏線として張り巡らされているのが、この作品の魅力だ。登場人物も全部で11人、上演時間も休憩を挟んで約2時間と、小劇場の濃密な空間で見せる芝居としてはちょうど良い規模だ。そこに含まれているいささかのスパイスが小気味よく効いている。こうした作品を書ける力のある作家を喪った痛手は大きいが、この作品をよりブラッシュアップしてゆくことが、テアトル・エコーの仕事でもあり、作者への追悼でもあろう。

あり得ないほどの食欲を持ちながら、糖尿病で食事制限をされている設定の田中英樹が、持ち前の体格を活かして、パワフルでぶっきらぼうな中に見せる優しさが自然だ。また、入団3年目で、研究生ではあるが、今どきの若者のノリでのびのびとマイペースの芝居を見せる杜の万平に今後の可能性を感じる。この作品には、テアトル・エコーの大ベテランやスターは出ていない。しかし、芝居にテンポと熱気がある。芝居が上滑りする箇所もないではないが、それは今後、上演を繰り返してゆく中で解消されるべき問題だろう。何よりも「面白い舞台を創ろう」という役者の気持ちが伝わって来る。作者の唐沢伊万里も、泉下で微笑んでいることだろう。

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2014.02.23掲載

「撮影:谷古宇 正彦」

20世紀を代表する哲学者・サルトル。日本でも一時はブームのようにサルトルの戯曲を上演していた時代があった。しかし、それからしばらく、サルトルの戯曲はなぜか姿を消していた。私の記憶にあるのは『狂気と天才』ぐらいのものだろうか。「哲学者が書いた芝居」というイメージで難解と取られ、このところ上演頻度が減っていたが、1960年代から70年代にかけては、サルトルの芝居がずいぶんと上演された。特徴的なのは、プロの俳優ではなく、学生演劇での上演がかなりの数を占めていたことだ。学生運動の盛んな時代に、そのエネルギーは表現としての学生演劇にも放たれ、そこで多くの作品が上演されたのだ。この『アルトナの幽閉者』にしても、1961年に俳優小劇場の旗揚げ公演で『アルトナの監禁された人たち』の名で上演され、その後、1967年に早稲田大学の劇研が『アルトナの幽閉者』として上演して以来である。

1959年ドイツ、ヨーロッパ一の造船王と言われるほどの財を成した父親は、癌で余命が少ないことを知り、後継者を決めるために家族会議を開く。家族会議とは言っても、次男夫婦、娘の四人しかいない。後継者に弁護士の次男を指名するが、次男は拒否する。なぜなら、広大な屋敷には13年間部屋から出て来ない兄がいるからだ。兄は戦争で心に傷を負い、部屋に引きこもったまま、妹が面倒を見ている。死が近づく父親の最期の希望は、13年間姿を見せない長男と会うことだった。戦争に協力して財をなした父と、戦争ゆえに13年間引きこもらざるを得なかった親子がようやく対面を果たし、対峙する…。

全五幕に及ぶ長い芝居で、15分の休憩を一回挟んで上演時間は3時間25分という大作である。しかも登場人物は家族五人のほかに二人、合計七人しかいない。13年間の狂気を背負う長男のフランツを岡本健一が演じているが、3時間を超える芝居のうち、2時間は彼が喋っているのではないかと思える科白の量だ。この膨大な科白に立ち向かい、役の言葉として演じている、まさに力演とも言える出来栄えだ。不安定な精神が見せる薄気味の悪さや狂気ゆえの鋭さ、そうしたものの表現が実に巧みだ。ジャニーズ事務所の俳優の中では舞台歴が相当に長いだけに、力量がはっきりと分かる。ここ最近での最も良い仕事と言ってもよい。フランツを、そして次男のヴェルナー(横田栄司)を圧倒する父の辻萬長が好演だ。傲岸不遜でいながら家族への愛情を捨て切れない男の姿がくっきりと浮かぶ。

一見すると、一つの家族を取り巻く悲劇のようだが、その背後には言うまでもなく「戦争」という国家的、民族的、世界的な悲劇が大きく横たわり、戦後を舞台にしながら誰もがその影響から抜け出ることがいないでいる。広大な屋敷のいたるところに戦争の亡霊が重く横たわっている中での家族の悲劇なのだ。ここにあるのは親子の葛藤だけではない。兄・フランツと妹・レニ(吉本菜穂子)との近親相姦、ヴェルナーの妻・ヨハンナ(美波)のフランツとの不倫など、多くの問題が芝居の中で顔を見せる。「アルトナ」とは土地の名前で、タイトルの幽閉者は一見引きこもりのフランツのようだが、芝居が進むにつれ、この家族全員がそれぞれの観点で「幽閉者」であることが見えて来る。その中には自分たちで決めたルールから抜け出せないケースである「自縄自縛」もあり、自分が自分を「幽閉」しているかのようだ。サルトルは、立場の違う家族に起きる悲劇を描いたホームドラマを描きたかったわけではあるまい。物理的には家の中での幽閉、精神的には戦争という幽閉、あるいは呪縛を抱え込んだ家族の入れ子のような構造の悲劇がここに描かれている。こうしたどっしりした芝居は、新国立劇場ならではの仕事とも言え、2014年の観客にこの作品を提示する意味は大きい。残念なのは、初日が開いて間もないせいか、女優陣が自分の科白をこなすのに手一杯で、そのもう一歩先の演技を深めるところまで芝居が届いていなかったことだ。回を重ねれば余裕が出る、という芝居ではないが、千秋楽までに彼女らの芝居の密度が濃くなれば、もっと優れた舞台になるだろう。

先日の劇団民藝の『蝋燭の灯、太陽の光』でも感じたことだが、平日の昼間の公演ながら、若い観客を含め、良く観客が入っている。芝居は娯楽とは言え、お手軽ながら何も残らないものだけではなく、観客自身も一緒に考えるような重量感のある骨太の芝居が好まれ出したということだろうか。「入場料を払って難しいことを考えに行く芝居などつまらない」という意見は否定しない。しかし、つい数十年前の若者が、こういう硬質な芝居で自分たちの思考や哲学を学んで来たことも決して否定はできないだろう。観客に対し過剰なまでに親切とも言える芝居が多い昨今、こうした作品の胎動は、現代の演劇界の一つの希望でもある。

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2014.02.19掲載

「左より 日色ともゑ、岩谷優志 写真提供:劇団民藝」

著名な作家が若い頃の習作時代などに書いた作品を「若書き」と呼ぶ。場合によっては玉石混交だったりするケースがあるが、アメリカ現代演劇を象徴する劇作家の一人であるテネシー・ウィリアムズが、1937年、26歳の折にこれほど骨格の太い芝居を書いていたというのは驚きだ。しかも、発表当時にアマチュア劇団で上演されただけで、活字になったのが2004年、作者が亡くなって21年後のことであり、日本では今回の舞台が初演となる。アメリカ・アラバマ州の炭鉱の町で貧困に喘ぐ人々の姿を10年間の間に三世代の人物を主軸に描いたこの作品は、非常にがっしりとした骨格を持ち、若書きでありながら破綻なく緻密に計算されている。翻訳者の吉原豊司によれば、この作品にはジョセフ・フェーラン・ホリフィールドという共作者がおり、この人が書いた一幕劇を、ウィリアムズが二幕十場という構成に膨らませたもののようだ。

テネシー・ウィリアムズの作品と言えば、民藝でも手がけてきた『ガラスの動物園』、『やけたトタン屋根の上の猫』、そして代表作とも言うべき『欲望という名の電車』など、女性が主人公の作品が多いが、これは炭鉱の町が舞台になっているだけに、男の芝居である。しかし、その男たちを支える女性の姿に、後の作品の主人公になる女性の姿が垣間見える。食うや食わずのギリギリの貧困に喘ぎ、炭鉱会社に搾取されながらも、それしか生きるすべを持たない男とその家族。しかし、現状打破のために、「組合」を結成し、ストライキを起こそうとする動きが起き、今までに多くの犠牲者を出して来た住人が立ち上がる。しかし、不景気の中で炭鉱を維持するのが精一杯の会社との間に争議が勃発する…。この作品が上演された1937年は、和暦では昭和12年に当たり、日本がだんだんきな臭くなっていく時代に符合する。この当時に、アメリカの労働者が立ち上がる姿を描いていたウィリアムズの未上演作品があり、それが約80年近くの歳月を経て再び陽の目を見ることは快挙であり、劇団民藝の面目躍如たるものがある。

主人公の炭鉱夫・ブラム(千葉茂則)の亡き息子の妻、つまり二世代目に当たるファーンを演じる日色ともゑの芝居が、地に根を張ったような強さを持って迫る。愛する夫を炭鉱の事故で亡くし、三世代目に当たる自分の息子・ルーク(岩谷優志)だけは学校へ行かせようと貯めたお金を、ルークは自らも炭鉱へ入ったばかりか、町の人々を助けるために使うと言う。打ちのめされるような哀しみに、狂乱寸前まで陥るが、組合を結成しようと懸命な炭鉱夫・レッド(吉岡扶敏)の言葉に心を動かされる。こうした極端な感情の動き、その発露が、激しく力強い芝居で示される。時に、人生を達観したような科白は、若きウィリアムズが書いたとは思えないほどの密着感を持って、彼女の口から説得力を持って発せられる。彼女の科白一つで、元より暗い家の中の闇がより濃くなる時もあれば、窓から光が指すように感じることもある。役者が放つ科白の力を感じた想いがした。

こうして、丹念に良質な芝居を掘り起こそうとする民藝の姿勢は、粗製濫造の多い演劇界の中にあっては評価されるべきことだ。地道な活動ではあるが、この志は立派だ。もう一点、日色の息子・ルークを演じている岩谷優志が掘り出し物だ。真っ直ぐな癖のない芝居で、衒いのない若者ぶりを見せる。聞けば、今回が昨年の『無欲の人』に続く二回目の舞台で、今年24歳だと言う。こうした若者が、民藝のような劇団で芝居の勉強を志すことが嬉しいし、また、そういう若者を伸ばしてやりたいものだ。

昨年、『八月の鯨』で年を終えた民藝の年明けの公演、続けてヒットを放った感じだ。

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2014.02.09掲載

Endless SHOCK 2014 2014.02 帝国劇場

2005年にこのタイトルでの上演が始まって以来、今年で10年とは早いものだ。ファンにとっては、「年に一度のお楽しみ」となった恒例の舞台だろう。昨年の3月21日には2000年の『SHOCK』初演以来、1000回の上演を迎えた。毎年、マイナーチェンジを繰り返しながら、エンタテインメントとしての「進化」を続けていることになる。同じ演目で単独主演が1000回を越えているのは森光子の『放浪記』、松本幸四郎の『ラ・マンチャの男』、『勧進帳』、山本安英の『夕鶴』しかない。いずれも長い年月を掛けて積み重ねて来たもので、堂本光一の場合はわずか14年でこの偉業を達したことになる。もっとも、回数を重ねることは大事なことだが、演じる方も観客も「その日一回」の舞台であり、そこにいかに精魂を込められるか、だろう。

小柄のせいかいつまでも20代のような印象でいたが、帝国劇場の最年少座長公演になった初演が21歳の折のこと、今年35歳になった割に、素晴らしい身体能力を見せる。相当強い意志がなければ、維持することは難しいはずだ。舞台を観ていても感じることだが、すべての面でストイックなまでに何かを追求する求道者のような姿は、この作品のテーマである「Show must go on」の精神にも通じるものがある。歌舞伎の世界では、江戸時代から作者の心得るべきものとして「三親切」と呼ばれる考え方がある。「観客に親切」「役者に親切」「座元に親切」の三つで、劇場へ足を運んでもらった観客に楽しかったと思ってもらえ、役者にはこの作品に出て良かったと思われ、座元(劇場)にはこの作品を上演して良かったと思ってもらえるような芝居を書け、という意味だ。失礼ながら、堂本光一がこの言葉を知っているとは思わない。しかし、先に述べた精神で彼が日々舞台の上で上演している「SHOCK」は、14年間にわたって、この「三親切」を満たしている。座長を勤めるのは舞台に立つ者が目指す頂点である一方、その栄光の座を占めるためのプレッシャーや努力は、第三者には計り知れない物がある。座長の椅子の数は限られており、誰かが席を立った瞬間に次の人が座ってしまう。これは、どの世界でも一緒だろう。しかし、35歳の若さでこの席を14年間保ち続けていることは、数字だけではなく多くの結果が証明している。

一例を挙げれば、「SHOCK」の名物は幾つもあるが、一幕のラストの立ち回りからの階段落ち。激しい立ち回りの後で二十数段の階段を一気に転げ落ちた後は、マイクを通して息切れの音が聞こえるほどだ。ここまで自分の身体を酷使するような舞台を日々続けることは、もはや尋常とは言えない。しかし、それでもなお、彼は自分自身にまだ「満足」を見出してはいないだろう。「もう少しできるのでは…」「もっとやらなくては…」という想いが彼を駆り立て、日々の舞台につながるからこそ、進化があるのだ。

昨年は前田美波里が演じていた劇場のオーナー役が今年は森公美子に変わった。この作品のファンであり、出演を願っていたというだけに、豊かな声量を活かした歌の部分に厚みが加わった。もう一点、敵役とも言えるライバルを演じる屋良朝幸がずいぶんと逞しくなった。他の舞台で揉まれていることもあるのだろうが、このカンパニーに意識の高さを充分に認識し、「SOHCK」と共に成長をしてきたのだろう。座長は、こうしてカンパニーの意識を高め、自らが引っ張ってゆくことが素質として求められる。この膨大なエネルギーが、あの細い身体のどこにあるのか、と不思議な想いがする。

役者は、さまざまな点で自分の限界に挑戦し、それを乗り越えようとするものだ。それが役者の「業」なのかも知れない。堂本光一は、タイトルの如く、「Endless」にこの舞台にチャレンジすることが一つの使命なのだろう。ファンもそれを待っている。3月末までに帝国劇場で76回の公演を終え、9月には大阪、10月には博多と上演が続く。どこまでも走り続ける堂本光一という青年の姿は、長距離ランナーの孤独に似たものなのかも知れない。ランナーとの違いは、まだ彼の眼には、ゴールは見えていないのだろう。

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2014.02.07掲載

明治座ダブル座長公演 2014.02 明治座

今月の明治座は、通常の「座長公演」ではなく、「ダブル座長」だ。松平健が主演する「暴れん坊将軍」と「唄う絵草紙」の公演に川中美幸がゲストで出演、川中美幸が座長で演じる「赤穂の寒桜」と「人・うた・心」に松平健がゲストで出演するという贅沢なもの。例を挙げれば、昼の部は松平健の座長公演で川中美幸がゲスト出演、夜の部はその逆、ということだ。一ヶ月の公演の中で、二回の座長公演を観ることができるのは面白い。いろいろな意味で停滞し、暗いニュースが多い演劇界で斬新な試みだが、実は今回が初めてではない。昨年の三月をもって改築のため閉館した名古屋・御園座の「さよなら公演」で、ちょうど一年前に実現した顔合わせの東京公演である。

出ている俳優も、裏を仕切るスッタフも、一日に芝居二本、ショー二本の四本を昼夜で見せなくてはならず、その分の負担も大きいだろうが、久しぶりに明治座らしい、豪華な大劇場での芝居を観た、という気になる。お客様も、それぞれが座長公演を持てる松平健と川中美幸の顔合わせに大喜びで、芝居もショーも堪能しているようだ。

松平健の「暴れん坊将軍」は、幕開きは老人になった松平の吉宗と、川中が演じる幼馴染のお駒の再会から始まるという趣向が面白い。後は、安心して見られる娯楽時代劇で、松平の風姿はやはり時代劇が良く似合う。凛然とした殿様ぶりも板に付いており、安心して観ていられる。二部のショーはお馴染みの「マツケンサンバ」を中心に、きらびやかな衣裳で元気一杯のステージだ。

川中美幸は、大石内蔵助の妻・りくの半生を描いた「赤穂の寒桜」を演じ、内蔵助に松平が付き合う。川中の情の溢れる芝居が、赤穂義士の陰で多くの涙を流した女性の代表の姿のように思え、「女たちの忠臣蔵」などとは違ったしっとりした趣がある。ショーでは抜群の声の伸びを聞かせ、今が一番声が良く出ているような感覚で歌い上げた。お互いの掛け合いのトークが面白いが、ショーの運びは歌手であり、こうした場に手馴れている川中に軍配が上がる。

共演者は二本とも同じメンバーで土田早苗、笠原章、青山良彦、穂積隆信、丹羽貞仁、松岡由美、園田裕久、中村虎之介(「赤穂の寒桜」のみ出演)といった顔ぶれで、名古屋とは主な役が数人入れ替わっている。そのせいかどうか、名古屋の舞台は非常にまとまりが良かったが、この舞台は役者個々の主張が強すぎる部分が散見され、昨年の舞台のようなまとまりが見られないのが残念だ。役の上でも主役の家臣で脇に回るべき人が、主役と同格のように正面を切って芝居をしていたり、自分の科白だけを言うのに手一杯で役にならずに役者のままでいたりするのは、好ましいことではない。大石主税ほか大石の子息を演じる中村虎之介が、16歳とは思えぬ好演を見せた。歌舞伎の家に生まれ、父が中村扇雀であるというだけの理由ではない。自分がこの舞台の中ですべき事柄をきちんと理解している。ごく基本的なことだが、それができていない役者がいるから、16歳の好演が目立つのだ。

今更大きな声で言うまでもなく、芝居は主役だけでも脇役だけでも成立しない。各役を演じる役者が、自分の役がその芝居の中でどのように書かれているか、何を求められているかを理解した上で、主役を盛り立てながら、自分の芝居を見せるのが大劇場演劇というものだ。自分の出ている場面や自分の芝居だけが目立てば良い、というものではなく、多くの人がよってたかって創り上げるところに贅沢さがある。それが、少しずつでもずれ出すと、そのヒビは大きくなり、結局は舞台をまとめる座長が苦労をすることになる。

せっかく斬新なアイディアで豪華な公演でありながら、そこがもったいない。

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2014.01.31掲載

志の輔らくご 2014 2014.01 パルコ劇場

日本一チケットの取りにくい落語家と言われている立川志の輔のパルコ劇場一ヶ月公演も今年で九年目を迎えるという。一人で毎回三席、オリジナル、新作、古典と、休演日はあるにせよ一ヶ月続けるというのは尋常な話ではない。本人いわく、「武道館でやっちゃえば一回で終わるんだけど、落語ってそういう性質のものじゃないから」。まさにその通りだが、一ヶ月を噺し続けるのは並大抵の技ではない。しかし、気力・体力・技術がそれを可能にし、何よりも多くの人がこの公演を待っている。先年亡くなった志の輔の師匠・立川談志は天才とも異才とも言われ、名人の名をほしいままにした。さすがにその弟子だけのことはあるが、談志の芸が客を選ぶ性質があったのに比べ、志の輔の芸は良い意味で万人向けである。古典落語でも、「いかに現代のお客様に分かりやすいものにするか」に心を砕いているのがハッキリと分かる。また、オリジナルや新作でも、まさに「現代の落語」のあり方や本質を探りながら、自ら創り、練り上げている。師匠・談志の功績が平成に名人芸を遺したことであるとするなら、志の輔の功績は、落語の寿命を少なくも20年から30年は延ばしたことだろう。その証拠に、今の落語界に元気があるとは言え、男女を問わず若い観客の姿がずいぶん増えた。

「苦行」とも思えるこの公演だが、考えを変えれば志の輔には他のホール落語や独演会とは違った大きなプラスの意味がある。寄席へは出ない立川流のことゆえ、一日限りのホール落語や独演会への出演になる。しかし、このパルコ公演に限っては、同じ噺を一ヶ月近く高座で繰り返せる利点がある。観客を前に稽古をしようという不遜な了見を持つ志の輔ではないが、毎日の高座の中で試行錯誤や、改良の余地を探すことができ、噺の完成度を一気に高めるチャンスでもあるのだ。もとより、完成度の低い噺を高座へかける人ではないから、それをどこまで高めることができるかが、志の輔の自己との闘いでもあるのだろう。私は、数年前に志の輔のことを「落語と心中する覚悟で生きている人だ」と書いたことがある。その姿勢は微塵も変わらないどころか、ますます色合いを濃くしているように見える。一点一画を疎かにしない芸もあれば、当日の観客の雰囲気に合わせて融通無碍の芸をする噺家もいる。前者は楷書の芸であり、後者は草書や行書の芸だ。最近の噺家の中には、基本の楷書がきっちり書けないのにいきなりくずし字の方へ走る人がいる。自由奔放が許されるのは基礎ができての話だ。今さら志の輔の芸を楷書だ草書だと言うことは無意味だ。しかし、かつて楷書の芸が落語の王道であるとされていた時代を経て来た私にとっては、志の輔の融通無碍とも言える芸が、長年にわたって硬直気味だった落語をようやく時代と共に生きる芸能本来のあり方に戻してくれた点で、感謝と賞賛を送りたい。

今年の公演も一回の休憩を挟んで約2時間40分、その時間をたった一人、高座の上で満席の観客を相手に闘う志の輔の姿があった。しかし、志の輔にとって、毎年一月のパルコ公演は、他の落語会や独演会とは性質の違う、新しい何かを生み出す場所のように思える。この積み重ねがあるからこそ、今の落語が元気でいられるのだ。現在の落語会は志の輔の独走体制にあると言ってもよい。所属や流派を問わず、志の輔を脅かすような後輩を生み出すことが、今の落語界の義務ではなかろうか。

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2014.01.29掲載

RUN TO YOU 2014.01 アミューズ・ミュージカルシアター

多くの若者が、突拍子もないとは言いながらいろいろな夢を見ていた時代が、ついこの間までの日本にはあったような気がする。私の視界に入る若者たちがいささか元気をなくしているだけなのかも知れないが、今回、アミューズ・ミュージカルシアターで上演されている韓国ミュージカル「RUN TO YOU」には、ナイトクラブで働きながら音楽の世界でスターになりたい3人の若者の夢が語られている。かつての無謀で何も知らなかった頃の自分の姿を見るような想いでもある。ナイトクラブで働き、無断で寝泊りして練習を繰り返していた3人組が、社長にたたき出されるが、退職金代わりにもらったオーディションのチャンスで見事にデビューを果たす。しかし、「スターになる以上、恋愛は禁止」と、ジェミニと恋人の仲はだんだんに離れてゆく…。

主役のジェミンは人気グループ「超新星」のグァンスとゴニルのWキャスト、仲間のスチャンもキム・ヨンナムとチョ・ソンジェのWキャストだ。千秋楽間近のせいもあってか、リピーターのファンも多いようで、観客席の体温が非常に高い。昨年の上演に続いての再演ということもあり、舞台と観客席の距離感が近く、キャストも日本語の字幕の科白にはない日本語をポイントで挟み込み、サービスに努めている。ストーリーは複雑ではないが、テンポ良くいろいろな楽曲が盛り込まれており、観客席も大いに乗っている。他のミュージカルではなかなか見られない光景だ。

芝居とは、劇場にいる数時間を、日常とは違う世界を味わわせてくれるものだ。その非日常の時間が楽しいものであれば、帰ってから一週間は幸福でいられるだろう。不幸にしてつまらなければ、観客は損をした気分になる。どういうものが「幸福」を与えられるかは、幕を開けてみるまでは分からず、それが演劇を含めたエンタテインメントの難しいところだ。このシンプルな考え方が、何を第一の目的とするのか、最近の演劇界では判明しかねる歪な構造のまま幕を開けるケースが見られる。この舞台にエンタテインメントのすべてが詰まっている、とは言わない。しかし、この劇場には、少なくも「竹島問題」や「従軍慰安婦」の話題はない。それは、劇場にただよう空気感が物語っている。国同士が政治レベルでどういうやり取りをしようとも、演劇や音楽などの芸術は、国境のないものであり、不可侵なものでもある。こういう時代だからこそ、民間レベルでの交流手段の一つとして、韓国発のミュージカルをオリジナル・キャストで上演し続ける姿勢やよし、とすべきである。

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2013.12.27掲載

【年末ご挨拶】

まもなく、2013年も終わろうとしています。時代・経済・嗜好その他、多くの原因で演劇界は厳しい「冬の時代」とも言えます。

しかし、時の流れが止まらないように、厳しい時代だからと停滞をしていることはできません。砂漠の中でキラリと光る原石を探す私の旅は、今年はこれで終わることにします。

来年は新たな志を立て、できる限りの仕事をしたいと考えております。

読者の皆様には、ご健康で幸多き一年であると共に、来年もこの「演劇批評」の応援をお願い申し上げます。

良いお年をお迎えください。

              中村 義裕

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2013.12.22掲載

八月の鯨 2013.12 三越劇場

何か劇的な事件が起きるわけではない。静謐、とも言える日常生活にさざなみが立つようなものだ。しかし、そのさざなみは、我々にいかに「生きる」かを教えてくれる音でもある。この作品は、1987年に映画『八月の鯨』として公開され、映画の草創期に活躍したリリアン・ギッシュが93歳で主役を演じ、80歳を超えたベティ・ディヴィスとの大女優の共演が話題になった。この映画を観た時にも同じ感覚を持ったが、今回の民藝の舞台は、人生の最期までそう時間がない老姉妹の生き方に、前向きな力強さが見える。外国の映画と日本の舞台を比較し、優劣を付けても意味がないが、ここに特色を持たせた丹野郁弓の演出がこの芝居の収穫の一つであることは間違いない。

この作品は、そもそもが舞台劇として書かれたもので、それが、先に述べた映画によって大きな話題になり、また元の形で舞台で上演される、という経歴を持っている。日本では、過去に三百人劇場で劇団「昴」が上演した。今回は、演出の丹野郁弓が自ら翻訳もしており、劇団の女優の個性を巧く活かした訳になっているのと、「明るさ」や「希望」を強調した脚本で、良い翻訳だ。

1954年、アメリカのメイン州の島にある一軒の家。視力を喪った姉・リビーと、妹のサラが二人で暮らしている。子供の頃から、この島で八月に鯨が来るのを見ていた姉妹は、毎年この島で八月に鯨を見ることを楽しみにしているのだが、もう鯨は来なくなっている。そこへ長い付き合いの友人であるティシャや、亡命貴族のマラノフが訪れ、八月の週末が過ぎてゆく。表面上は何もない、静かな暮らしの中で、年老いた人々の暮らしが断面として切り取られているような芝居だが、登場人物はそれぞれに懊悩や事情を抱え、残り少ない人生をいかに生きるか、を模索している。今回は、民藝では珍しく客演を迎え、亡命貴族のマラノフを篠田三郎が演じている。民藝には初めての出演だが、違和感がなく、少し怪しげな生活力のない、「亡命貴族」にぴたりとはまった。

姉のリビーが奈良岡朋子、妹のサラが日色ともゑ、友人のティシャが船坂博子、建築工のジョシュアが稲垣隆史、亡命貴族のマラノフが篠田三郎。登場人物はこの五人だけだ。奈良岡朋子のリビーが秀逸だ。生来の頑固で皮肉めいた性格の上に、視力を喪い、何もかも妹の世話にならなくてはいけない苛立ちがそれをますます募らせている。一言の科白に含ませた棘の表現が、一通りではなく、細かな工夫が積み上げられた芝居だ。日色ともゑのサラも、従順な妹、という役回りだけではなく、ふとした瞬間に「女」を感じさせる。単純に陰と陽といった対比ではなく、血のつながった姉妹だからこそもっと複雑な感情が心の中で蠢いているのがよく分かる。このコンビ、民藝を代表する女優二人だけあって、今年の舞台の収穫の一つだ。船坂博子のあけっぴろげなジョシュアが、この姉妹二人の静かなドラマに良いアクセントとなっている。

当たり前のことだが、丁寧に創った芝居にはそれなりの価値がある。最近、雑な仕上げの芝居が散見される。今回の舞台のように、自分の劇団で上演するために脚本を訳し直し、丁寧な稽古を重ねて初日を開ける、というのは、芝居道の上では当たり前のこととも言えるし、それが本来のあり方だ。しかし、その当たり前が当たり前ではなくなりつつある今、こうした丁寧に創られた芝居を観ると、ホッとする。上質な大人の作品だけに、その効果はより高い。

来年はこの作品での巡演が予定されている、と聞いた。地方の方々にも、ぜひご覧いただきたい芝居だ。

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2013.12.12掲載

ジーザス・クライスト=スパースター<ジャポネスク・バージョン>2013.12 自由劇場

先月から公演されていた「エルサレム・バージョン」に続いての上演である。劇団四季創立60年記念公演が各劇場で行われているが、自由劇場ではこれが年内最後の公演となり、それにふさわしい演目でもある。1973年の初演以来、40年の歳月をかけて劇団四季の大きな財産となり、上演回数が1400回を超えた。特筆すべきは、この作品の初演がスタンダードな「エルサレム・バージョン」ではなく、今回の「ジャポネスク・バージョン」だったことだ。その後、3年を経て、1976年に「エルサレム・バージョン」の初演となった。

舞台の大道具は、巨大な白い大八車。登場人物は、みな歌舞伎風の隈取のメイクで現われ、オーケストラの音に三味線や横笛、太鼓などの邦楽が加わる。今では何でもないことだが、40年前には大きな衝撃を持って迎えられたことだろう。さしずめ、「ミュージカルと邦楽のコラボレーション」とでも言ったところか。今聴いてもまったく違和感は覚えないが、初演の反響は相当に大きかった。海外のミュージカルをそのまま上演するのではなく、日本風、もっと言えば浅利慶太風の味付けで演出すればこういう舞台になるのだということを、初演の時点ではっきりと表明したことが、当時としては相当に大きな冒険であったろうことは想像に難くない。しかし、それが支持されたからこそ、今、こうして財産演目となって繰り返し上演されているのだ。

出演メンバーは若干の変更があったものの、12月1日に「エルサレム・バージョン」の千秋楽を迎え、わずか一週間足らずの7日に「ジャポネスク・バージョン」の初日を開けるというのも大変な話だ。ジーザスの神永東吾は、柄や仁から言って、近年のジーザスの中では最も役のイメージに近い。四季の主だった作品への出演も多いことだし、今後の劇団のホープの一人として期待するところは大きい。もう一つ、特筆して賞賛したいのは、馬鹿でかいとも言える五台の大八車を、僅かな時間に移動し、セットとして機能させている10人のメンバーたちだ。カーテンコールで顔を見せてくれたが、彼らが舞台を走り回る努力がなければ、この作品は成立しなかっただろう。どんな舞台でもそうだが、主役だけで成り立つわけはない。アンサンブルがいて、それを支えるこうした人々の役割は大きいものだ。彼らの中から、新しいメンバーが出て来ることを楽しみにしよう。

私が常々芝居を観る中で、かなり大きな割合で考えるのは、役者の演技や脚本もさることながら、作品を見つけ出すプロデューサーの「眼」だ。この眼が良くないと、どんなに名の売れたスターを並べても、舞台の質が良質であるとは限らない。質の良い作品、それは内容だけではなく、再演、その後の上演までも可能かどうかを見通した上での作品、ということになる。日本で何十年にわたり上演されている海外の作品は多数あるが、それを見出したプロデューサーの眼が、演劇界の一つの潮流を創って来たことは否定できない。昨今は、余りにも早いサイクルの中で、取り敢えずこの公演が無事にすめば良い、という考え方で芝居創りをする向きもあるが、それでは芝居は育たない。長い時間をかけて、何度も洗い上げ、時には方向性を見直し、という試行錯誤を繰り返したものだけが残る。観客は、何が面白いかを眼だけではなく五感で感じ取る。この作品もそうした観客の厳しい感覚に耐えながら、公演を重ねて来た作品だ。それは、劇団四季の海外ミュージカルをどんどん招聘し、芝居の裾野を広げるという方向とは別の、もう一つのあり方として評価できる。

そういう点でも、この作品が60年記念公演の掉尾を飾ることは意味があるのだ。

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2013.12.08掲載

CLUB SEVEN9 2013.12 シアタークリエ

この公演を観るたびに思うのは、キャストの何十回にも及ぶ早替りなどで、一回の公演で一体何枚の衣装を使うのだろうか、そのクリーニングはどうするのか、という余計な心配だ。同時に、舞台袖で待ち受けてキャストの早替りを手伝い、膨大な量の衣装を毎日管理しているスタッフたちにまず敬意を表し、拍手を贈りたい。

2003年に玉野和紀を中心に始まったダンス&ソングのショーが、今年で9年目を迎えた。2006年と2009年に公演がなかったためだが、毎回、多くの歌と踊り、コントなどで構成し、特に2幕の「50音順ヒットメドレー」はこの公演の名物だ。毎年の流行やヒットソングを巧みに配置しながら、「あ」から「ん」までの文字で始まる歌を連続で歌い、踊る。今年は70を超える曲を43分掛けて一気に歌い、踊り抜けた。脚本・構成・振付・演出も自ら行う玉野和紀の多才さを感じさせる。

今年の出演メンバーは、初演からの玉野和紀、西村直人をはじめ、吉野圭吾、町田慎吾、中河内雅貴、古川雄大、上口耕平、小野田龍之介、橋本汰斗の9人だ。実際に、良く身体が続くと思うほど、全員が衣装を変えては入れ替わり立ち替わり歌い、踊る。メンバーは毎年少しずつ変わってはいるが、初演から10年間続けている玉野、西村の努力には頭が下がる。20代のメンバーと比べれば、もうそろそろ息が上がる場面もあるが、それでも身体を惜しむことをせずにダンサーとしての気概を見せるから、ファンにも恒例の公演になるのだろう。私が観劇した日は、北海道からこの公演を観るために上京したファンもいたようだ。

一部は、「コント」と呼んでいいようなシーンが6本、その他に歌と踊りで65分。二部は、「ミニ・ミュージカル」の後、先ほど述べた「50音順ヒットメドレー」で85分。休憩を挟んで約3時間という大作だ。9人のメンバーは一人がいくつの役を演じて踊るのか分からないほどで、それぞれの経験などで歌やダンスに差はあるが、この舞台では「誰のどこが良い」ないしは「悪い」という問題ではなく、2013年の「CLUB SEVEN」というカンパニーがどうだったか、という問題だろう。誰もが自分の持つ力を全部発揮しなければ乗り越えられないようなステージだからだ。もちろん、経験豊富な玉野、西村、吉野が突出している部分はあるし、若い出演者は技術が及ばない分を、若さを武器に乗り切っている場面もある。出演者の個性を見極め、バランス良く配分するのも玉野のチームリーダーとしての重要な役割だろう。

キレの良いダンスや歌、高度な身体能力を活かしたステージは楽しく観ていられるのだが、今回、2幕の冒頭の「ミニ・ミュージカル」は、努力は買えるものの、これによりステージ全体のボリュームが重くなったことは否めない。この後の「50音順ヒットメドレー」だけでも充分に賞賛に値するものであり、その前に付けるには、公演時間全体の制約もあることから、充分に意を尽くすことができず、舌足らずの印象になってしまうこと、また、こうしたミュージカルは他の劇場でも観られる種類の物であることを考えると、2幕を圧縮して駆け抜けてしまった方が効果的な印象を残すことになったかも知れない。来年も再来年も続くであろう公演だけに、クオリティの高さを維持し続けるのは大変なことだ。そのための試行錯誤とも取れるが、来年への更なるブラッシュ・アップを楽しみにしたいものだ。

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2013.12.01掲載

ハレクイネイド 2013年11月 恵比寿・エコー劇場

日本ではあまり馴染みのない作家かもしれない。劇作以外にも、映画の脚本などを手がけ、本国では現代の人気作家の一人である。ローレンス・オリヴィエやヴィヴィアン・リーが初演した作品もあり、1977年に没してはいるが、いまだに人気は衰えない。今回の「ハレクイネイド」は、いわゆる「バック・ステージ物」の芝居で、『ロミオとジュリエット』の開幕一時間前の舞台で繰り広げられるコメディだ。最終リハーサルの真っ最中に、いささかくたびれの来ている座長の俳優夫妻が主役のロミオとジュリエットのシーンの稽古の途中で、いろいろな邪魔が入り、見知らぬ人物が登場し、無事に本番の幕が開くのかどうか、という問題の中で芝居が進む。

洋の東西を問わず、さまざまな形で舞台の裏側を描いた「バック・ステージ物」に人気があるのは、観客が目にすることのできない世界であり、そこには独特の人間模様が渦巻いているからだろう。どんなに有名な大スターでも、名優でも、所詮は一人の人間に過ぎず、幕が開けば観客を魅了はするものの、それまでの人には見えない姿や感情が興味の対象となるのだ。

座長であり、ロミオを演じる安原義人と、座長夫人でジュリエットを演じる森澤早苗が息の合った芝居を見せる。こうしたウェルメイド・プレイは一瞬の間が命だ。安原の懸命の力演が観客を笑わせている。もう一人、舞台狭しと駆け回る舞台監督の松澤太陽が、エネルギッシュな芝居を見せた。劇団「テアトル・エコー」の前身である「ひまわり会」としてスタートしたのが1950年、1954年に現在の「テアトル・エコー」に名を変えた。恵比寿に稽古場を建設して今年で半世紀以上になると言う。街に根付いた劇場として、ニール・サイモンやノエル・カワードなどの外国のコメディを上演し続ける一方、井上ひさしとの濃密な関係で舞台を創り上げて来た歴史が、日本の演劇史に刻んでいる足跡は決してなおざりにはできない。大劇場で長期間の公演を行うわけではないが、こうしたコツコツした努力に魅力を感じ、新しい世代が続いていることに、いささかの安堵感を覚えるものの、ここまで歩みを重ねるには、先人の筆舌に尽くしがたい苦労があったはずだ。

今回上演されている作品にしても、テレンス・ラティガンの作品の中では異色のもので、しかも日本での本格的な上演は今回が初めてのことだ。海外は言うに及ばず、日本にも秀作・佳作の戯曲はまだたくさん眠っている。それらに光を当て、ステージに載せる仕事も、大切だ。名作を繰り返して質を高める仕事の意義も大きいが、どんな名作も必ず「初演」があってのことだ。歴史を重ねても新しいものに挑戦する気概を持つ劇団の底力は大きなものだ。それは、今までの歴史が物語っている。今後さらなる歴史を積み重ねるためにも、特に若い観客たちに、こうした手作りの芝居の味を知ってもらいたいものだ。

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2013.11.10掲載

ジーザス・クライスト=スーパースター 2013.11 自由劇場

今までに一体何人の「ジーザス」を観て来ただろうか。いま上演中の「エルサレム・バージョン」の後、パターンが違う「ジャポネスク・バージョン」の千秋楽を迎える12月には、上演回数が1、400回を超えるという。この作品は、1971年に初演されたロック・ミュージカルで、キリストを「神の子」ではなく、一人の苦悩する青年として描いたショッキングな内容と、その音楽でセンセーショナルを巻き起こした。日本では初演の2年後の1973年に劇団四季が初演をしているが、その折には歌舞伎の隈取を施した化粧で舞台には大八車が行き交う「ジャポネスク・バージョン」として上演された。その後、1976年に正反対にリアリズムを追求した「エルサレム・バージョン」が初演されている。いずれも、訳詞は先ごろ97歳で長逝した岩谷時子の手によるもので、改めて合掌瞑目すると共に、岩谷時子という巨星が日本のミュージカル界に果たした仕事の大きさと幅の広さを感じる。

私が最初にこの舞台を観たのは、1979年の日生劇場公演辺りではなかったか。それから何度も観て来たが、若い頃はテンポの良いミュージカル・ナンバーと、初めて体験するロック・ミュージカルの魅力が優っていた。いつの頃からだろうか、幕切れ近くのナンバー「スーパースター」の中で、三人のソウル・ガールがキリストに向かい「ジーザス・クライスト ジーザス・クライスト 誰だあなたは誰だ ジーザス・クライスト ジーザス・クライスト あなたは自分のことを ジーザス・クライスト ジーザス・クライスト 聖書のとおりと思うの」という挑発的な歌詞に衝撃を受け、以降はキリストの人間ドラマとしてこの作品を観るようになった。これは、世界中に20億人いると言われるキリスト教の信仰者にとっては理解不可能な衝撃で、まさに神への冒涜だと真面目な信仰者は言うだろう。

私は熱心な信仰を持たないが、神仏や信仰を否定するものではない。しかし、お釈迦様もマホメットもキリストも、写真もなければ「会ったことがある」という人もいない。はっきりと確定した文書が残されているわけでもない。それを理由に存在が否定ができる代わりに、逆に信仰の対象にもなりうるのだ。「神の子」であるキリストに、「あなたは誰だ?」と問い掛ける芝居が衝撃的でないはずはない。とは言え、これは結論を求める問題ではない。「こういう考え方があるのだ」という1970年代の時代感覚を提示した作品としての魅力なのだ。

今回ジーザスを演じている神永東吾には、不思議な透明感が漂っている。その分、ドラマのテーマである人間・キリストとしての苦悩が薄まる感はあるが、役柄には似合った役者だ。今回が二回目の挑戦であり、どこまで進化できるかが勝負だろう。シモンの佐久間仁の懊悩が良く出ているのと、北澤裕輔のいかにも派手なヘロデ王が面白い。キリストと対照的に描かれるユダは芝清道で、かつて自身がジーザスを演じているだけに、ユダの悩みが鮮明だ。総じて、この日のキャストは出来が良く、ここ数年の「ジーザス」の中では最も作品の表現力を持っている組み合わせだ。もちろん完全ではなく、まだまだ改良の余地はある。

しかし、キャストを入れ替えながら40年にわたって演じ続けている劇団四季の財産演目の一つであり、洗練されて来ているのは事実だ。今年は劇団創立60年記念で『リトル・マーメイド』の初演や『昭和三部作』など、力の入った質の高い舞台を多く見せてくれている四季だが、こうした歴史を持つ作品を、更に磨き上げることも、今後の四季の大きな役割の一つと言えるだろう。

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2013.11.04掲載

線路は続くよどこまでも 2013.10 下北沢 楽園

最近、舞台での活躍が多い「コント赤信号」の小宮孝泰が、下北沢の小劇場・楽園で、無謀とも思える試みに挑戦している。三本の一人芝居を一日に二本ずつ、千秋楽に至っては一日で三本すべてを上演する、というハードな舞台だ。昨今、一人芝居や朗読の舞台がずいぶん増えているが、そうしたものとは明らかに一線を画している。と言うのは、中年の弁護士を主人公にした『接見』は水谷龍二が2001年に書き下ろして以来、数を重ねて上演しているものであり、もう12年目に入った。うだつのあがらない落語家の襲名問題を題材にし、中島淳彦が書いた『先代』は今年初演だ。そして鄭義信が小宮の実父の体験を基にした『線路は続くよどこまでも』は2008年に初演している。今年初演の『先代』はともかく、他の二本は大切に温めながら繰り返し上演して来た作品だ。しかも、上演時間が短いもので1時間と少し、長い物は1時間40分に及ぶ。これだけの膨大な科白に囲まれて逃げ場のない一人芝居を演じるのは、無謀としか言いようがない。大劇場などでの舞台にも出演しながら、それよりも遥かに苦しく大変なこの公演を持つということ、よほどの芝居好きにしかできまい。昨今、本当に芝居が好きで役者をやっているのかどうかに疑問を感じるような態度の人をちょくちょく見かける中で、こうした役者馬鹿ぶりは嬉しいものだ。

さて、『線路は続くよどこまでも』である。終戦当時、朝鮮半島にあった「国鉄」、つまり朝鮮鉄道に勤務していた小宮の父親の体験を中心に、家族が引き揚げて来るまでの苦労を、実話をベースにした芝居だ。幕開きは、小宮が自分の父のことを素で語り、どういう芝居を演じるか、それに当たっての朝鮮半島の基礎知識を説明する。今は戦後生まれの世代も二世代、あるいは三世代に及び、「戦争」と言っても第二次世界大戦だけが記憶にあるわけではない。湾岸戦争、イラン・イラク戦争などを思い浮かべる世代もいる。そうした配慮だろうが、それほどに、第二次世界大戦というものの記憶が遠ざかっている証拠だ。だからこそ、こうした戦争にまつわる記憶や体験を芝居にする意味があるのだ。

芝居が始まって驚いたのは、小宮が一人でいくつもの役を演じることだが、二つや三つではない。数えていて途中でわからなくなったが、全部で30はあるだろう。それらを一人で舞台を駆け回りながら演じ、芝居を進めてゆく。当然、女性も外国人も演じなくてはならず、容易なことではない。たった一つ難を言えば、相手の人物に変わるまでの動きに、場所を変えるためのわずかな時間がかかる。それが、1時間40分の間で積み重なって来ると、途中で一瞬「ダレ場」のような瞬間が出る。動きの速さには限界があり、スポーツをしているのではないから、ここは演出と脚本で工夫し、もう少し交通整理をした方がより見やすかっただろう。

私も戦後生まれで、戦争は「聞かされた」体験しかない。しかし、戦時中、あるいは戦後にどこにいようと、塗炭の苦しみを味わった人々は多く、命を喪った人の数は300万人もいる。それから68年が経った今、戦争の記憶は高齢化と共に風化しているが、近隣の国とのやり取りを見れば、まだその尾を引きずった状態が続いている。そんな今、「小宮家」の家族が味わった苦労や眺めた朝鮮半島の風景を、我々観客が擬似体験し、「聞かされる」ことに意味がある。もちろん、小宮自身も戦後の生まれであり、「聞かされた」世代だ。しかし、また聞きでも良いのだ。何も知らないでいることの方が遥かに恐ろしい。「戦争は悲惨だ」「世界が平和であるべきだ」という小学生でも分かる事が、実践できない時代が世界中で何年続いているのだろう。戦争のない瞬間が地球上に一体どれほどあったのだろうか。そこに想いをいたす時、「小宮家」の問題は普遍性を持って、我々に迫ってくる。

熱演、である。

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2013.10.10掲載

夏祭浪花鑑 2013.09 松竹座

片岡愛之助を座頭とし、中村壱太郎、坂東薪車、坂東亀鶴、中村翫雀などの若手の一座が、秋の大阪・松竹座で幕を開けている。昼の部は近松門左衛門の『女殺油地獄』を再度劇化した『大阪純情伝』と舞踊『三人連獅子』、夜の部が上方狂言の『夏祭浪花鑑』の通し上演である。『夏祭』は人気のある芝居で、比較的上演の頻度も多いが、通して上演されることは滅多になく、私もこうした形で観るのは初めてのことだ。

愛之助の団七九郎兵衛を中心にした上方の芝居を、上村吉弥、中村翫雀など、上方の役者を中心に関西の劇場で観るのは、東京の劇場で観る時とは感覚が違う。いわば、原産地で観ているようなもので、客席の雰囲気にも上方の香りが漂っている。今、ここで「上方歌舞伎復興」などという大きな狼煙を上げるつもりはない。しかし、今回の通し上演によって、愛之助が果たした二つの功績は大きい。

最初は、愛之助にとっては義理の祖父に当たる十三世・片岡仁左衛門が、かつて上方歌舞伎衰退の折に、その復活に賭けて同じように通して上演した『夏祭浪花鑑』が、その精神を途絶えさせることなく、21世紀に蘇ったことだ。上方の芝居は、江戸のそれに比べて厳密な型が決まっているものは少なく、役者によって、また演じるたびに細かな部分が変わる。しかし、役が持っている性根さえ変わらなければそれでよし、とする気風があり、その点で言えば、私は十三世仁左衛門の団七九郎兵衛の精神がこの舞台で確実につながったと考える。細かな点での違いは多々あるだろうし、演じた年代も年齢も違えばあって当然だ。しかし、伝統芸能である歌舞伎の大きな使命の一つは、時代と共に変容しながら続いていくことだ、と私は考えている。それが今回の舞台で証明された、ということだ。

もう一つ、今までに上演されない場面を復活することによって、今までの上演で知っていた登場人物の性格や物語のストーリーがぐっと深みを増し、より立体化したことだ。「長町裏の場」でなぜ団七が自らの舅である義平次を殺さなければならなかったのか、あるいは浴衣の袖を交換して兄弟の契りを結んだ一寸徳兵衛と団七九郎兵衛の男伊達の意識が、大詰めの一幕がつくことでより明確になる。そうしたことが他の役でも具体的な深みと説得性を持つのだ。作品によって、という注釈付きにはなるが、普段上演されない場面を復活することの意義が大きいものと小さいものがある。今回は、前者のケースだと言える。この二つの大きな意義を果たしただけで、『夏祭浪花鑑』を通し上演した意味があったと言えよう。団七が単なる喧嘩っ早い棒手振りの魚屋ではなく、そこに幾重もの義理に連なる人間関係があり、当時、「義理」という感情が人々の間でどれほどに重きをなしていたか、が分かるだけでも、今まで我々が観て来た団七像とは明らかに違う。これは、他の登場人物にも言えることだ。

愛之助の団七九郎兵衛は、上方の伊達男の濃厚な色気を持っている。同時に、これは上方の芝居の特徴の一つでもある、捨て科白でのやり取りを大切にしているところが評価できる。何気ない一言に意味を持たせることで捨て科白が捨てられずに生きる。また、自分の感情の迸りを、思わず口に出してしまう場面に共感が持てるのも、その延長だろう。訃報や病気など、芳しくないニュースが続く歌舞伎界にあって、理屈ではなく情熱で汗を流し、大車輪で演じている愛之助には拍手を贈りたい。舅である義平次を殺す見せ場の立ち回りの極まりの姿も美しく、ここぞ、という場面での目が効いているのが身上だ。

老侠客の釣舟三婦を翫雀。今までの舞台は年配の役者がご馳走の意味合いで出るケースが多かったために、いささか若すぎるのでは、とも思ったが、予想以上の好演である。雑駁な言い方をすれば、「昔の上方にいそうな親爺」で、これこそまさに役の匂いだ。当然ながら自然な関西弁での愛之助とのやり取りが面白く、また、大詰めが復活されたことで、三婦の性格がよりくっきりと浮かび上がった。一寸徳兵衛が亀鶴と、愛之助との釣り合いも良い。徳兵衛の女房・お辰の吉弥に濃厚な上方の年増の色気が漂うのも、大阪ならではだろう。壱太郎、尾上右近、坂東新悟たちの若い女形はまだまだ課題の多いところがあるが、良い兄貴分のもとで役に挑戦し、大いに勉強することだ。

細かな部分を観て行けば、いくつか気になる点はある。しかし、今は、重箱の隅をつつくよりも、新しい形で上方の芝居、松嶋屋の芸の平成バージョンができた、ということの方が大きい。まだ何度も上演の機会があるだろうし、その都度磨き上げてほしい舞台だ。

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2013.10. 8掲載

フォーエヴァー・プラッド 2013.09 東京グローブ座

出演者は川平慈英、長野博、松岡充、鈴木綜馬の男性四人だけ。ほとんどを音楽で綴るミュージカルだ。アメリカン・ドリームを夢見て努力し続けている四人が、やっと大きなステージに出られるというチャンスが舞い込んだ。しかし、ステージへ向かう途中で、彼らの車はビートルズの公演を観に行く途中のティーンエイジャーのバスと衝突し、即死してしまう。しかし、それから49年を経て、再び地上に舞い降りて来る。初めてのライブのために…。ニューヨークで1990年に初演された作品である。

30曲を超えるナンバーは、1950年代から60年代のアメリカで大ヒットした曲が多く、ペリー・コモやハリー・ベラフォンテなど、一世を風靡した歌手へのオマージュとも言える。また、芝居の間には、当時絶大な人気を博したテレビ番組「エド・サリヴァン・ショウ」が顔を覗かせるなど、日本が敗戦を抜け出し、高度成長へ差し掛かろうとする時代の「憧れのアメリカ」がギッチリ詰まった作品だ。今はアメリカなど、すぐに飛んで行ける時代だが、この当時のアメリカは、感覚的にも時間距離的にも遥かなる地で、同時に憧れの地でもあった。それを懐古するのではなく、そういう時代のアメリカを元気にしていた音楽への讃歌とも言えよう。

この作品を、わずか四人で演じるのだから、舞台へ出ている方は大汗をかき、時には観客を舞台に上げて共に楽しむという形式で、古臭さを全く感じさせないところがこの作品の真骨頂だろう。休憩なしで1時間40分を、まさに「カッ飛んで行くような」舞台である。

四人の年齢がちょうどやや年の離れた兄弟のようにも感じられるが、それだけチームワークが良い、ということだろう。何よりも、出演者が肉体的にはかなりキツイ舞台を、楽しんで演じている感覚が伝わって来る。それぞれに今までの活動歴から、この作品に対する想いやアプローチの方法があるだろうが、松岡充の個性が際立った。元々が「SOPHIA」のボーカルで、最初から俳優として出発したわけではないが、種類は違え、ライブのステージを多数経験して来ていること、作品自体が音楽の比重が高いこともあるだろう。最近は俳優としての活躍の幅も広げているようだが、この舞台が一つのきっかけになりそうな予感がある。川平慈英は舞台全体をまとめながら、彼の個性で観客を自分の世界に引き込む辺りが巧みだ。

タイトルにある「プラッド」とは格子柄、いわゆるチェックの模様のことだそうだ。幕切れ近く、四人が揃いのチェックのタキシードで舞台に並んだ姿は、微笑ましさの中に一抹の寂しさが漂う。しかし、全力を出し切った後の清涼感とも言うべきものだ。音楽に国境はない、と言う。まさに、それを五感を通じて感じさせる舞台だ。

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2013.10. 3掲載

第37回名作劇場「貰ひ風呂」「月夜寒」2013.09 シアターΧ

1994年から両国のシアターΧで行われている日本の明治以降の一幕劇を100本上演するという川和孝の企画・演出の「名作劇場」が今回で37回目となり、上演された戯曲の数も76本に達した。今の年に二回の公演で、一回に二本の一幕劇を取り上げる基本のペースで行けば、残り24本、12回の公演でゴールを迎える計算になる。

今回取り上げられたのは、大島萬世の「貰ひ風呂」と三宅大輔の「月夜寒」の二本。批評家として誠に恥ずかしいことだが、私は大島萬世という劇作家を知らなかった。主な活動期間が昭和の初期で、東京大空襲以後、郷里の群馬に疎開し、東京の文壇を離れたという事情はあるにせよ、演劇の批評に携わるものとしては恥ずかしい話で、言い訳にはならない。我が身の勉強不足を恥じるだけである。昭和52年に83歳で亡くなったこの作家は、一貫して農村に暮らす人々の姿を描き続けた。この「貰ひ風呂」もその中の一作である。

もう一人の三宅大輔は異色の経歴の持ち主だ。プロ野球の読売巨人軍の前身である「大日本東京野球倶楽部」の初代監督を努めた後、阪急や中日の監督を歴任し、野球殿堂入りして昭和53年に85歳でその生涯を閉じている。その一方で、歌舞伎の六代目尾上菊五郎や初代中村吉右衛門によって上演された「雪女郎」などの作品や、戯曲集も刊行されている。劇作を余技だとは言えない才能の持ち主だ。今回上演された「月夜寒」は、ユゴーの「レ・ミゼラブル」の、ジャン・ヴァルジャンが教会で銀の燭台を盗む場面を翻案し、荒れ寺での僧侶と盗人の芝居に仕立てたものだ。

驚くべきことに、多くの人々が使っているインターネット上の百科事典で三宅大輔を試みに検索してみたところ、劇作家としての業績については一言も触れられてはいない。今までに取り上げて来た作家たちも、遺族が行方不明で上演権の交渉が不可能だった人もいると聞いた。もちろん、今でも上演の機会がある作家、例えば森本薫、久保田万太郎、長谷川伸などは過去に取り上げてはいるが、100年を超える明治以降の近代演劇の中から、よくぞ掘り起こしたものだと思う作家もいる。この公演を重ねてゆくのは、並大抵のことではない。ただでさえ時代の流れは速度を増す一方で、誰でもすぐに「あの人は今…」という扱いにされる時代だ。その中で、丹念に作家と作品を掘り起こし、年に二回の公演を続けることは並大抵のことではない。まして、失礼ながら売れっ子でチケットの心配のない役者が何人も出るわけではない、まさに手づくりの芝居だ。20年近く続いている「名作劇場」という公演自体のファンもいるとは言うものの、今の演劇界の不況の中で、観客動員はどこも最も大きな課題だ。それに対し、作品と企画、という直球勝負を続けているこの公演を、我々批評家が顧みなかったことには忸怩たる想いがある。

企画としては派手な仕掛けではなく、大きな話題性を持つものではないかもしれない。しかし、一本ずつ丹念に上演することによって、歴史の狭間に埋もれかけていた作品や作家に再びスポットライトを当てるだけではなく、日本の近代演劇の歩みを観客と共に体験することは貴重だ。この重要性を、観客のみならず、演劇の現場にいる人々も知るべきだ。単純に「古臭い」と片付けてしまうことは簡単だ。しかし、その作品が指示された時代や、背景を知ることは無駄にはならない。食わず嫌いも含め、我々が自分が生まれ育った国のことにいかに疎いかを、改めて知らされる想いである。

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2013.09.27掲載

新薄雪物語 2013.09 歌舞伎座

歌舞伎の義太夫狂言の中でも、相当な大物である。登場人物の役柄も幅広く、ベテラン勢の顔ぶれが揃わないとなかなか上演できない、というのが歌舞伎界の通念で、滅多に上演はされない。私も30年以上の歌舞伎の観劇歴の中で、五回しか観ていない。今月の歌舞伎座は、市川染五郎、市川海老蔵、片岡愛之助、尾上菊之助、中村勘九郎、中村七之助、尾上松緑などのメンバーで「花形歌舞伎」を上演している。このメンバーで「新薄雪物語」を上演することに、いささかの危惧や不安があったことは事実だ。

30代から40代にかけての花形たちが、人生の酸いも甘いも噛み分けた分別の上に立つ複雑な感情表現で観客を納得させることは難しい。危なっかしいところがないわけでもない。しかし、過去の舞台と比較をして考えれば、健闘していることは事実だ。もう一つ、大事なことを今回の舞台で発見した。歌舞伎には「未完成の魅力」がある、ということだ。未完成が完成へ向けて熟成してゆくのを待つ、そこに役者の成長を観る楽しみがある。例えば、野田秀樹や宮藤官九郎の芝居が、ほぼ同じ顔ぶれで10年後に再演される可能性は、ほとんどないと言えるだろう。しかし、歌舞伎は、それを何百年と繰り返している藝能だ。もしかすると、10年後に、多少の顔ぶれは変わっても、主な役どころはそのままに再演されるチャンスがある。そこで、今の彼らの舞台がどう熟成するかを「待つ演劇」なのだ。そういう観点で言えば、今月の「新薄雪物語」は、未完成の魅力、という一言に尽きる。これは、この年代でこの作品にぶつかるからこそであり、もっと無難な作品を選んでいれば、安定した高い評価を得られる役者たちだ。それが、この手ごわい芝居に挑戦した心意気は、彼らの世代の歌舞伎に対する考え方をあらわす一つの方法であったようにも思えるのだ。すなわち、夜の部の「陰陽師」のように、現代の観客にも分かりやすい新しい歌舞伎の創作と、継承すべき古典歌舞伎への挑戦、だ。昼夜の公演でその色を明確に打ち出したのは評価ができる。

江戸時代の仮名草子「うすゆき物語」を元に、お家騒動をからめ、園部左衛門と薄雪姫というひと組のカップルとその両親たち、そこへ乗っ取りを狙う悪人・秋月大膳を加えたスケールの大きな悲劇だ。子供を助けたいと願う親たちは、子供の代わりに自らが「陰腹」と呼ばれる切腹をし、事態の収拾を図ろうとし、お互いの気持ちに、痛さを堪えて笑う。考えて見れば、何とも皮肉で哀切な笑いだ。こうした難しい芝居に、体当たりの大汗を流している花形たちの奮闘は、微笑ましくもある。主な役の中で、この芝居に出演経験があるのは勘九郎だけで、それも前回は役が違う。新作ならともかく、古典の作品にほぼ全員が初役で臨んでいるのは珍しいことだ。それぞれが先輩に細かな教えを乞い、それを集積して舞台を創り上げることができるのが歌舞伎の強みだ。

勘九郎の園部左衛門が憂いのある二枚目ぶりで良いが、ところどころ芝居が大振りになる。その父、園部兵衛は染五郎。ずいぶん線が太くなり、しっかりした芝居を見せる。特に、「詮議」で花道から出て来る場面、怒りと憤懣を肚に湛えた表情が良かった。最後の「合腹」の場面での述懐に、親としての哀しみが垣間見えた。奴妻平は愛之助。奴という役柄の性質をきっちり踏まえた芝居だ。動きと科白のメリハリが気持ち良く、テンポのある芝居に躍動感がある。海老蔵は、前半は大悪党の秋月大膳、後半は混乱した事態を裁く葛城民部の二役。この二役は、私が観た中で一回、兼ねて演じたケースがある。役のバランスの問題だろう。海老蔵は相変わらず科白が心許ない部分があるが、どちらも予想以上の出来だ。腰元で、妻平といい仲の腰元・籬の七之助に若々しい色気がある。薄雪姫は梅枝で、姫役の勉強には良い経験だ。その父親・幸崎伊賀守が松緑。場面を追うごとに良くなってはゆくが、顔で芝居をしてしまう部分が目立ち、役の性根がお腹の中に落ちていない印象がある。とは言え、彼らの瑕疵をあげつらうよりも、この大役に挑戦した意気込みを今回は評価したい。

今まで60代や70代の大ベテランが演じて来た役を、花形の若手が完全に演じられるわけはない。しかし、70代でも30代でも同じ役を演じることができるのは歌舞伎という演劇の懐の深さだろう。他の芝居にはなかなか見られない現象だ。伝統とは、こうして受け継がれ、若い人々の新しい解釈を加え、生き残るものなのだ。その瞬間の舞台が今月の「新薄雪物語」であり、それを観ることにもまた意味があるのだ。

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2013.09.25掲載

美輪明宏 ロマンティック音楽会 2013 2013.09 パルコ劇場

手控えを見たら、最初に美輪明宏のリサイタルを聴いたのが1984年12月のサンシャイン劇場、とある。欠かした覚えはないから、約30年にわたって、美輪明宏のシャンソンを聴いていることになる。その間、銀座にあったシャンソン喫茶「銀巴里」にも何度か通ったから、延べで言えば400曲以上を聴いてきたことになる。例年、多くは第一部は日本の抒情歌や文部省唱歌、第二部はシャンソン、という構成で行っていたが、今年はいささか趣が変わり、第一部は「星の流れに」以外はすべて自作の歌、それも反戦を主なテーマにした楽曲が中心となった。「悪魔」「亡霊達の行進」「祖国と女達」「星の流れに」「ヨイトマケの唄」「故郷の空の下に」の合計6曲。昨年初出場した紅白歌合戦での「ヨイトマケの唄」が世間に与えた影響については、ここで改めて述べる必要はないだろう。圧巻とも白眉とも言えるのはやはり「ヨイトマケの唄」だが、個人的な好みで言えば、「亡霊達の行進」と「祖国と女達」が戦争の犠牲になった人々の姿を眼前に見るような想いがした。

美輪明宏自身の波乱に満ちた反省はあらゆるメディアで語り尽くされている感があるので、あえてここで繰り返すことはしない。しかし、その過酷な生を卑下することも、反動することもなく、凛然と背筋を伸ばして生きる姿勢が、今の若者の共感を呼んでいることは良く分かる。誤解を恐れずに言えば、そこにあるものは、迫害を乗り越えた者の強さ、そして優しさだ。特に、この強烈な個性の持ち主が戦中から戦後を生き延びるには、苛烈なまでの強靭さがなければ、今もステージに立っていることはなかっただろう。「善と悪」の判断基準さえも曖昧になりつつある殺伐とした時代だからこそ、社会派、とも呼ぶべき楽曲が持つ意味は大きい。曲の合間のトークでも、重ねて戦争の悲惨さ、平和の貴さを語っていたが、そこで一貫しているテーマは、弱者への温かな眼差しである。自らが、弱者ではなく、異端者としての迫害を受けてきた歴史がそこに重なる。男装だったゆえもあってか、中世の藝能の姿を観るような想いがした。

休憩を挟んで二部は、自作も交えてシャンソンが並ぶ。「大人の恋」の時間だ。陽気なリズムの「メケメケ」で始まり、「恋のロシアンキャフェ」「水に流して」自作の「黒蜥蜴の唄」、「愛する権利」「愛の讃歌」と続き、アンコールに「花」。今年の10月は、美輪明宏が最も尊敬するエディット・ピアフの没後50年に当たる。「水に流して」「愛する権利」「愛の讃歌」と、自身が得意とするピアフの曲が3曲登場したのは懐かしくも嬉しい。「恋のロシアンキャフェ」「水に流して」「愛の讃歌」が中でも素晴らしく、特に「愛の讃歌」は例年のごとく魂の絶唱と言ってもよい。多くのシャンソンファンが愛し、また多くの歌手がカバーしているピアフの「愛の讃歌」の中でも、美輪明宏のドラマティックな楽曲は少し別の場所に置かれているような感覚がある。

今年の音楽会では歌わなかったが、自作の曲でしばしばリサイタルにも登場する「老女優は去りゆく」という曲がある。私が最初にこの曲をテレビで聴いたのは、高校生の時だった。女優に憧れ東京へ出て来た少女が、紆余曲折を経てスターの座に昇り詰め、そこからどん底に転落し、不死鳥のように甦る、という半世紀を歌った科白入りの曲は、私に言いようもない衝撃を与えた。今、あえて「テレビで聴いた」と書いたが、当時すでに7分を超える長い曲で、シングルレコードのA面に収まらず、テレビで聴いたのだ。今はすたれかかっているとも言えるCDが出る前には、そんな時代もあったのだ。私が過ごして来た時代とは比べ物にならない苦労を経て、美輪明宏はなおステージで健在である。

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2013.09.23掲載

陰陽師 2013.09 歌舞伎座

市川海老蔵、市川染五郎、片岡愛之助、中村勘九郎、尾上松緑、中村七之助、尾上菊之助らの花形で、歌舞伎座の夜の部は?落とし最初の新作『陰陽師』だ。人気作家・夢枕獏の同名小説を今井豊茂の脚本、齋藤雅文の補綴・演出で舞台化したものだ。1988年に第一巻が出版され、25年経った今も、13巻が出てなお執筆を継続中という息も人気も長い、膨大なボリュームの作品だ。野村萬斎や稲垣吾郎の主演で映画化もされており、そちらを観た人々も多いだろう。これだけの長編ではもとより全部を一度に舞台化できるわけはなく、そのうちの滝夜叉姫が登場する部分を中心に三幕にまとめたものだ。陰陽師・安倍晴明が染五郎、平将門が海老蔵、その娘、滝夜叉姫が菊之助、晴明の友人・源博雅が勘九郎、悪役で将門を蘇らせようと企む興世王が愛之助と、それぞれにところを得た配役で、テンポ良く、また現代的な感覚の分かりやすい科白で書かれており、歌舞伎の初心者には向いた作品かも知れない。

染五郎の晴明に気品があり、勘九郎の博雅と良いコンビだ。海老蔵の将門、芝居はもう一つだが、悪役の迫力やスケールは良い味を見せた。菊之助の滝夜叉姫はいささか手慣れすぎた感があり、七之助の桔梗の前にピュアな美しさがある。俵藤太を演じる松緑の科白のアクセントが、時折おかしく聞こえたのはどうしたことか。多少のデコボコはあるものの、今の歌舞伎界の花形が結集した感があり、伸びやかに歌舞伎を演じている楽しさが垣間見えた。また、彼らの世代が今後の歌舞伎を牽引する中心になるのだ、という心強い感覚が持てたのが収穫だ。

一方、残念な点がいくつかある。これは役者の責任に帰するべきものではなく、芝居の創り方、見せ方の問題だ。まず、全体を通して舞台が暗すぎる。テーマやストーリーの性質上、致し方ない部分もあるが、白昼の煌々とした光の中で起きる怪異ゆえの恐怖、という見せ方もあっただろう。また、せっかく新装なった歌舞伎座の舞台機構を、元気な若手たちに縦横無尽に使って見せてほしかった。宙乗りもとりあえずやってみました、という程度ではなく、もっと多くの場面で使っても良かっただろうし、新しい歌舞伎座ならではの新機構もあるはずで、それを堪能できればもっと充実した舞台になっただろう。

平安の都に百鬼夜行が跋扈し、それと対決する安倍晴明と源博雅。二十年前に死んだ平将門を蘇らせ、復讐を遂げようとする興世王の企み。まさに、荒唐無稽な歌舞伎の要素が山盛りの作品だ。それぞれに見せ場があり、トントンと進んだ割には、大詰めへ来て、「我々の生きる意味は…」とか「友情とは良いものだ」という、近代的な思想めいた科白がいきなり飛び出したのには違和感を覚えた。綺麗にまとめようとした脚色者の意志なのかもしれないが、ここは、あくまでも荒唐無稽のままに、平将門が大暴れをして空中に飛び去るとか、興世王との激しい対決シーンを派手に見せ、歌舞伎得意の「またいずれ、どこかであいまみえよう」という方式で貫いてしまった方が、いっそ物語の世界観に浸ったまま終われたのではなかろうか。最後に急に綺麗にまとめられると、今までの荒唐無稽な物語がうまくつながらず、遊園地のアトラクションから出て来てしまったような感覚に陥る。どうせなら、最後まで派手なアトラクションを見せてほしかった。この作品は、他の部分を取り上げてまた上演し直す魅力を持った作品でもあり、再度挑戦の機会もあろう。より面白く見せられる要素がたくさんあり、それぞれの役どころも揃っているので、いずれ、よりバージョン・アップした形での再演を待ちたい。

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2013.09.22掲載

「倭 結成20年ツアー」2013.09 宇治市文化センター

奈良県・明日香村に本拠地を置く和太鼓のグループ・倭が結成20年を迎えたのを機に、国内ツアーをすべて入場料無料で行っている。年間200ステージ以上を海外での公演で費やすため、国内での活動期間がなかなか取れず、結成以来の歴史の割に国内での知名度は低い。しかし、その卓抜した身体能力と技術には、最初に彼らのステージを観た時に目を見張るものがあった。太鼓の集団はどこもそうだが、ステージで相当のエネルギーを必要とするため、徹底的に肉体を鍛え上げ、2時間のステージを演じる。中には直径が3メートルに及ぼうという大きな太鼓から、十種類以上のさまざまな大きさの太鼓を使い、明日香村にふさわしい「原初の響き」を伝えるのが彼らの魅力だ。

私は、何年か前の彼らのステージの批評で、彼らが持っている「土着的な原初の藝能への近さ」が魅力だと書いた。その魅力は失われることがないのは嬉しかった。さらには、結成当初からの代表・小川正晃の下で修行に励んで来た若手たちが大いに躍進し、その技量を上げたことが今回のツアーでの収穫だろう。言葉の通じない国々でツアーを敢行し、観客の支持を受けるには、ステージの魅力を直接伝えるしかない。いわば、武者修行のような形で海外公演を行うことで、自然に技術が鍛えられ、向上した部分もあるだろう。しかし、メンバーの顔を見ていると、本当に楽しそうに太鼓を叩いている。自らの肉体すべてを使って見せる彼らのコンサートは、海外の観客にとっても、もはや「エキゾチック・ジャパン」ではないだろう。

今回のステージで気付いたことが二つあった。観客の層が老若男女、実に広いことだ。入場料が無料で、公演後にカンパを募る、という気軽な形式もあろうが、家族で会場へ足を運び、舞台でのパフォーマンスに子供が大きな声で笑っている。いろいろな意味で、家族揃って舞台へ足を運ぶ事が難しい時代だ。増して、中央の都市から離れれば、余計に難しくなる。すべての町村を回るわけには行かないが、来年も国内ツアーを敢行し、今年回りきれなかった地域を回ると聴いた。このフットワークの軽さには、見習うべき点があるだろう。

もう一つは、ほぼ満席の客席の観客の半分が今回初めて倭の舞台を観る人々、半分がリピーターと綺麗に別れたことだ。こういうケースは珍しいだろう。初めての観客が3割程度、というのであれば不思議ではないが、ほぼ半分が初めてでありながら、会場は大きな盛り上がりを見せていた。観客を惹き付ける一つの理由は、彼らの笑顔ではないか、と感じた。

倭を結成した当時は、神社の境内などで公演し、観客から投げ銭をもらい、それが貯まると新しい太鼓を買っていた、と聴いた。今回はカンパ制とは言うものの、これも藝能の原初の形態である。結成20年を経て、いろいろな意味で原点に帰り、ここからまた新たなスタートを切るのだろう。そのための20年記念国内ツアーであり、無料公演であると私には見えた。今後は、日本でのツアー回数を増やし、より多くの日本の人々に、原初の音が奏でる彼らの「泥臭さ」の魅力を伝えてほしいものだ。厳密に品質管理された野菜よりも、泥付きの野菜の方が濃厚で豊潤な野菜本来の味わいを持っている。倭のステージは、野菜に例えれば泥付き野菜だ。それを育てたのが、日本人にとって忘れることのできない土地・奈良県明日香村というのが象徴的である。

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2013.09.19掲載

「不知火検校」2013.09 新橋演舞場

人は、どこまで悪の限りを尽くすことができるのか。そこには、良心の呵責や自責の念など、平凡な人々が持つみみっちい感情はない。ひたすら、己の欲望のみを満たすためだけに、計算を尽くして生きる。「よほど頭が良くないと嘘つきにはなれない」と言うが、悪人も同様で、怜悧な計算を積み上げた上でなければ、悪人に徹することはできない。

「昭和の黙阿弥」と呼ばれた劇作家の宇野信夫が没して間もなく二十三回忌を迎えようとしている。六代目・尾上菊五郎のために書いた作品が認められ、その後、菊五郎や初代中村吉右衛門をはじめとする多くの歌舞伎役者に新作歌舞伎を提供した作家だ。この『不知火検校』もその一つで、今の勘九郎の祖父に当たる十七代中村勘三郎のために書いた芝居で、昭和35年の初演以来、今回が四回目の上演で、勘三郎以外では幸四郎が初めての上演となる。前回の舞台が昭和52年で、私もこの舞台は観ていない。脚本としては読んでいたが、頭の中で舞台化することと、実際に役者が立体的に演じるものでは全く違う。幸四郎が冷血無比な悪人の姿をどう描くのか、興味はそこにある。

元は六幕十四場の芝居を今井豊茂が補綴して全二幕十二場にまとめた。原作にはなかった場面を付け足した代わりに、大胆なカットを施し、小気味よいテンポで芝居が進む。こうした改作は、江戸時代からの歌舞伎の得意技でもあり、その時代の観客に合わせてどう見せるかは、非常に大切だ。

物語の発端とも言える新たに付け加えられた部分は、金に困った魚屋が按摩を殺してしまい、生まれた子供が盲目だった、という因果噺めいた部分から始まる。いかにも宇野信夫好みの感覚だ。その後、盲目の少年は富の市と名乗って按摩稼業につくが、目から鼻へ抜けるような頭の良さの代わりに、手癖が悪くて師匠の元を放逐される青年だ。やがて、だんだんに悪事を重ね、自分の師匠である検校の座を乗っ取り、不知火検校と名乗って贅を尽くし、気に入った女性を手に入れる。しかし、どんどんエスカレートする欲望はとどまるところを知らずに、ついには江戸城の御金蔵に目を付け、御金蔵破りの大罪を犯すまでになる。場面を追うごとに悪党としてスケールを増して行く姿を、幸四郎が丁寧に演じて見せる。ふとしたことから出会い、やがては仲間になる生首の次郎を演じる橋之助の芝居に、小悪党の風情があり、好い対照の妙をなしている。

大詰め、悪事がばれて捕まる瞬間に、開き直った幸四郎の不知火検校が、自分に石を投げ付けた野次馬に向かって「己は人非人だ人でなしだ人殺しだ。しかし、人を罵るその手間で、石を投げたその手を胸に、よくよく自分のことを考えてみろ」と最後の悪態を付く場面がある。いわゆる「沈香も焚かず屁もひらず」のような一生を暮らして何が面白いのだ、と言うことだが、物事の筋道から言えば、この検校の言うことに道理はない。徹底して悪党を貫き通す歌舞伎の主人公というのはそう数が多くはなく、即座に想い出すのは近松の「女殺油地獄」の与兵衛ぐらいだ。与兵衛にはニヒリスティックで退廃的な青年、のイメージがあるが、不知火検校は違う。世の中の不条理な構造を知り尽くし、その中で自らが虫けらのような一生を送ることを否定し、どうせ生きるなら想いのままに悪の限りを尽くそうという、肝が座っている悪党だ。このスケール感が、一歩間違えば陰惨なだけで終わりそうな作品を、人間くさいドラマとして現代に甦らせた。

昭和の新歌舞伎が古典として蔵の中に入ってしまう寸前に、こうした形で再び世に出した幸四郎の仕事に、今の歌舞伎界の重鎮としての気概を感じる。

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2013.09.03掲載

コーラスライン 2013.09 自由劇場

もう32年も前のことになるが、学生時代にこの作品を観て客席から暫く立ち上がることのできないほどの衝撃を受けた。その感情とは全く同じとは言えないものの、劇団四季がメンバーを変えながら演じ続けて来たこの作品から受けるメッセージは毎回衝撃的である。舞台に引かれた一本の白い線。これが、「コーラスライン」で、そこに十七人の男女がオーディションを受けに来る。選抜された結果、射止めることができるのは主役や準主役の座ではなく、ダンスのアンサンブルだ。しかし、それをきっかけにショービジネスの世界でスターダムを駆け上がろうと夢見る若者や、一旦はそこで輝いた経験を持ち、再度挑戦しようとする女優が集まっている。演出家兼振付家のザックは、彼らの技術的な問題のみではなく、人間性や過去をえぐり出しながら、選抜を進めてゆく。何人がこの「コーラスライン」を超えることができ、次へのチャンスないしはそのきっかけを掴むことができるのだろうか。過酷なショービジネスの世界のバック・ステージ物、とも言えるが、それよりもなお、生々しい人間ドラマである。

「ワン」「悔やまない」などお馴染みの美しいミュージカル・ナンバー、そして一糸乱れぬダンスやオーディションの光景の緊張を伴った躍動感も大きな見どころの一つである。しかし、何と言ってもザックとの対話によって炙り出される登場人物たちの「半生」が我々に与えるものは大きい。ショービジネスに限らず、厳しくない仕事はない。しかし、同じビジネスの世界でも、それに関わる人間を精神的に丸裸にし、そこに我々が何を見、何を感じるか、がこの作品の面白さでもある。事実、演出家のザックが質問する言葉の中で使われる「それで?…」という次を促す言葉は、時には非情と言えるほどに過酷な響きを持って迫る。

外国の作品を日本で上演する際に頭を悩ませるのが科白の細かなニュアンスをいかに伝えるか、その国に独特の人種差別、あるいはセクシャリティの問題などをどう伝えるかだ。場合によっては意識にさほど差がないものもあるが、人種差別に関しては、日本人はリアリティを持って体感することはなかなかに難しい。日本語版の台本作成と演出に当たっている浅利慶太は、長い時間をかけてこれらの問題をいかに我々日本人に分かりやすいものにするか、違和感なく伝えるかを試行錯誤し、「四季版 コーラスライン」とも言うべき作品を仕上げた。伝えるべきメッセージや感情は変えることなく、日本の観客にすんなりと受け入れられるような舞台に仕上げた功績は大きい。ただし、それにはこれほどの経験と時間が必要だ、ということだ。今までに多くのキャストでこの作品を観て来たが、1981年に私が初めて観て以降、伝わる感動に変わりがないのがその証拠だろう。もはや、立派に古典と言っても良いほどに完成された作品である。

ただ、役者が違えば味わいが違うのはどの芝居でも同じことで、それぞれの舞台に多くの色がある。例えて言えば、今回の出演者の中で数々の芝居のタイトルロールを演じて来た田邊真也がポールの役柄に100%一致しているか、と言えばそうではない部分もある。しかし、作品全体の構成がキチンと決まった形式で演じられている中で、この僅かなずれを田邊真也の個性と見るか、新たなポールの演じ方と見るか、それは観客の受け止め方次第だ。あえて過去の役者と比較する必要もないのかも知れない。それは、「コーラスライン」がまだ力強い拍動を続け、変わっている最中だから、だ。確かに「四季版 コーラスライン」であることに間違いはないが、「決定版」ではない。「決定版」ができてしまえば、それ以上の物は望めないことになり、そこへ行き着くまでの面白さを観客が公演の度に感じるのも舞台の魅力である。劇団四季のミュージカルの「原点」とも言うべき作品の一つを、創立60周年の今、上演する意義はここにある。

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2013.08.19掲載

モリー先生との火曜日 2013.08 本多劇場

作者であるミッチ・アルボムの実体験をノンフィクションにまとめ、それを劇化した作品で、加藤健一事務所では2010年の公演に続いての再演となる。大学教授・モリーはALS(筋萎縮性側索硬化症)に侵され、スポーツ・ジャーナリストとして活躍していたミッチが、見舞いに訪れる。それから、モリー教授が亡くなるまで、毎週火曜日にミッチはモリー教授の元を訪れ、学生時代に戻ったかのように教えを乞う。しかし、話の内容は教授の専門である社会学ではなく、「生きること」と「死ぬこと」を中心にした話題だ。訪れる度に教授の様態は悪化してゆき、病と闘う様子がテレビで放映されたために、モリー教授は一躍時の人となる。しかし、時間は非情に流れ、モリー教授は死を迎える。その過程を描いた二人芝居で、今回は加藤健一のモリー教授と、子息の加藤義宗の親子共演だ。今までにも親子共演はあり、昨年、同じ下北沢の「ザ・スズナリ」で加藤義宗が初主演した「シュペリオル・ドーナツ」が記憶に新しいが、二人芝居は初体験となる。

加藤健一のモリー教授は再演でもあり、いろいろな意味で芝居の「ツボ」を知悉している役者だ。病気が悪化し、だんだんに身体が利かなくなる中でもユーモアを忘れない老教授の個性が強く滲み出ている。加藤義宗のミッチは、初演の高橋和也に比べれば舞台歴も浅く、直球勝負の感があるが、逆におかしな癖がなく、爽やかな明るさを持っているのが身上だ。昨年、自らが初主演を果たしたことで、以前に比べてぐんと芝居の寸法が伸びたようだ。親子での二人芝居であろうが幕が開けば先輩と後輩であり、ライバルでもある。ベテラン・加藤健一の胸を借りての挑戦、という部分はまだまだ多いが、ストレートにぶつかる姿には好感が持てる。

一体、いつの頃からだろうか。特に日本では、「老人は長生きで健康なのが当たり前」のような風潮が見られる。「アンチエイジング」の手法も盛んに喧伝されている。しかし、人生の最期の大仕事は、家族や友人・知人に「死ぬことを見せる」ことだと私は考えている。ことさら、死のイメージを避ける傾向が日本にはあるが、今までに死ななかった人は誰一人としていない。モリー教授とミッチは親子でも親戚でもない。しかし、教師と教え子という関係で結ばれ、長らくの音信不通でいたミッチが、恩師の病をきっかけに過去のような関係性が復活する。もちろん、その間に流れた時間によるお互いの変化はある。しかし、根底には信頼と尊敬に裏打ちされた人間関係が確固として築かれており、売れっ子のジャーナリストが仕事をライバルに明け渡してまで毎週飛行機に乗って恩師との数時間を求めて来る。

この芝居を、強い絆で結ばれた「師弟愛」の芝居だ、と観ることに何の異論もない。その感情がなければ、毎週わざわざ飛行機に乗ってまで見舞いには来ないだろう。しかし、ジャーナリストであるミッチに対し、モリー教授が自分の肉体を教材にして「死にゆくこと」を言葉と身体で伝える、まさに最期の授業、の感覚の方が私には強かった。誰もが迎える「死」を、キチンと見せ、語り、それを受け止めるのは大きな仕事だ。モリー教授の病状が悪化してゆく中で、ことさら爽やかに訪れるミッチの芝居が、あざとさを感じさせずに、かえって対照の妙で迫りゆく最期の瞬間の予兆を感じさせる。今後、加藤義宗という役者がどんな化け方を見せてくれるのか、そこに期待が持てる舞台になった。加藤健一の子息だから、ということではなく、今後の彼に託された責任は大きい。いかにしてそれに応えるか、次の作品を待とう。

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2013.08.14掲載

「この子たちの夏 1945・ヒロシマ ナガサキ」2013.08 世田谷パブリックシアター

もう長い間、何回かの見逃しはあるものの、真夏にこの舞台を観るのが私の習慣にようになっている。1985年に初演され、途中4年ほどの中断はあったものの、6人の女優によって読み継がれている「この子たちの夏」。昭和20年の広島・長崎で原爆に遭い、命を落とした子供たちやそれをなすすべもなく看取った家族の声を綴ったものだ。この日のメンバーはかとうかず子、島田歌穂、床嶋佳子、西山水木、根岸季衣、原日出子。上演日によって若干のメンバーの移動があるのは例年のことだ。長らくの制作母体であった地人会が解散し、地人会新社が、この志を引き継いで上演しているのが嬉しい。私は地人会時代の作品の選定や上演方法について、「演劇界の良心」と書いたことがある。一旦は消えたかに見えたその灯が、精神を変えることなく伝えられているのは嬉しいことだ。

この作品にしても、初演以来、一体何人の女優がこの本を朗読して来たことだろうか。もう鬼籍に入ってしまった人も多いが、この作品に込められているメッセージは、マラソンの聖火のように、消えることなく確実に時代と共に歩んでいる。声の出演の故・北村和夫の張りのある口調も懐かしい。パンフレットに上演台本が収録されているのも親切だ。こうしたことを変えずに続けてゆくことは、なかなかに難しい。決して派手に人目を引く舞台ではない。しかし、大掛かりではなくとも、上演すること、それを毎年続けてゆくことに大きな意味があり、実際にそれを行うには膨大なエネルギーが必要とされる。しかし、一見淡々と見えるかのようなこの公演に込められたメッセージ性は大きい。

広島で原爆に遭った子供たち。学校にいた子、土手で勤労動員に従事していた子供たち。長崎で、造船所の作業に出かけて原爆にあった女学生。眼の前で死にゆく娘をなすすべもなく見守らなければならなかった母。こうした、無辜の人々の理由なき、必要なき死が語られた後、その子供たちの顔が舞台に映し出される。それらの子供たちの最期を読んだ女優たちの力によって浄化されたのか、この子供たちの顔は、神々しくさえ見える。今年は68回目の終戦記念日である。その一方、現代の被爆である東日本大震災の復興は遅々として進まずにいる。世界で唯一の被爆国である日本が、世界最大の原子力事故を起こしたこの事態を、我々は後世の人々にどのように伝えれば良いのだろうか。

戦争を知る人々は年々減る一方だ。時間が経てば経つほどに、受け取る側の感覚もリアリティを失う。その隙間を埋めるのが、こうした舞台なのだ。毎年観ていて感じることだが、続けて出ている女優も、決してこの舞台に「狎れて」いない。自分が過ごした一年間の何かが、舞台で読まれる少年少女の声に反映されている。そこが、この作品の魅力の一つであるとも言える。言葉は、大きな力を持っている。後は、受け止める観客がそれぞれの想いでこの問題について考えてみることだ。また暑い終戦記念日がやってくる。しかし、それはセレモニーになってはいけないのだ。68年前の残酷な記憶を訴え続けていても、世界での核武装はなくならない。しかし、諦めてはいけない。やめることはすぐにでもできる。今まで続けて来たことを無にしないためにも、来年以降も続けてほしい公演だ。

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2013.07.29掲載

加藤登紀子コンサート 20132013.07 オーチャードホール

初めて彼女の歌を耳にし、気にかけていながら、コンサート会場へ足を運ぶまでに38年かかった。もちろん、その間に折々のヒット曲などはCDで聴いてはいたが、今年、没後50年を迎えるエディット・ピアフの歌を、どうしても生で聴きたかった。言うまでもなく、ピアフの曲は多くの人がカバーしており、劇的な生涯は舞台化もされている。しかし、彼女には他の人が歌うピアフとは違う「何か」があるであろうことを、根拠もなく感じていた。それが正鵠を射ていたことを、「私は後悔しない」(「水に流して」)で認め、アンコールの「群衆」では更に強固なものとなった。「私は後悔しない」のピアフばりの歌唱には、決然と生涯を貫いた一人の歌手の「魂」が感じられた。ピアフに似ているという表層的な問題ではない。また、「群衆」では、アップテンポのノリが、今までの私の疑問を氷解させた。この曲は、ピアフが南米へツアーで出かけた折に見つけた曲だと聞いている。だとすれば、ラテンのような明るく、弾むようなリズムの中で一人の孤独な女性の悲劇が歌われることで、より際立たなくてはならない。フランス製のシャンソンとは違うメッセージ性があって当然なのだ。それを、彼女は見事に表現した。

私は音楽の専門家ではないから、この一夜のステージがどういうものであったかを語ることしかできない。しかし、非常に「劇的」であったことは間違いない。「ピアフ」に捧げるオマージュとして、ピアフの楽曲を歌うばかりではなく、自らが観て、聴いて、感じたピアフを歌にする、という試みは加藤登紀子ならではの発想であり、それらを含めて、彼女がピアフを歌う、ということなのだ。

一部では「ひとり寝の子守唄」をはじめ、オリジナル曲をプログラムにはないものも含め10曲歌った後、二部でピアフの生涯に触れ、ピアフの曲、自らがピアフへのオマージュとして作った曲と合わせて7曲を歌った。「愛の讃歌」「パダンパダン」など誰もが知るピアフのナンバーの後、映画「キャプテン・ハーロック」のために作った「愛はあなたの胸に」で幕を閉じた。今年亡くなったシャンソン歌手、ジョルジュ・ムスタキとの想い出や亡き夫の話など、時に観客を笑わせながら、気軽なコンサート、と言った趣での2時間半である。今年、歌手生活48年を迎え、年末には70歳を迎えると聞くが、豊かな声量と満員のオーチャードホールの観客を引っ張る力はさすがにベテランならではのもので、肩肘を張らずに聴けるのが何よりだ。舞台は芝居でも音楽でも「生」であることに価値がある。心の襞の奥底にまで染み込むような彼女の歌声を聴いていると、改めて「生」の大切さを実感する。38年間の時間は、決して無駄でも損でもなかった、ピアフを介して出会うべき時に出会ったコンサートだった。

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2013.07.08掲載

ドレッサー 2013.07 世田谷パブリックシアター

役者と付き人という関係を、通常の社長と秘書のような関係性で語ることは難しい。どちらかの意志で離れない限り、性に合えば、付き人一筋数十年というケースも少なくはない。付き人は、従来からの日本の演劇界の慣習で言えば、マネージャーとも違い、楽屋内の一切を取り仕切る代わりに、表に顔を出すことはない。役者を中心に考えた場合、その役者の表の業務、スケジュール調整からギャランティの交渉、取材の対応など一切に当たるのがマネージャーであり、楽屋内でその芝居に出ている期間の役者の一切合切の面倒を見るのが付き人の仕事だ。ケースにもよるが、その精神的な結びつき、信頼関係は時として親族に勝ることもある。私自身が、何度かそうした瞬間を目の当たりにしているが、楽屋が役者の城だとすれば、主の以降を言葉にせずともすべてわかっている執事のような存在でもある。ベテランになれば、目配せをする前に、主が何を欲しているかがわかるほどだ。この『ドレッサー』は、第二次世界大戦中の英国の地方の、決して立派とは言えない劇場の楽屋を中心とした、いわば「バックステージ物」である。シェイクスピア劇団の座長である老優が疲労と戦争の空襲で精神状態が不安定になり、今夜の『リア王』の幕が開けられるかどうか、という劇団にとっての危機的な状態の中で、付き人が孤軍奮闘し老友を奮い立たせる。同じ芝居に妻も娘のコーディーリアで出演しているのだが、老優と付き人の精神的空間には妻でさえ立ち入ることができない。不安で錯乱する老優を、付き人はどうするのだろうか…。

ロナルド・ハーウッドの手になるこの作品は、1980年の英国での初演の翌年に日本で初演され、以降も多くの組み合わせで上演されている。私が記憶しているのは、1988年の三國連太郎と加藤健一のコンビだが、今回の上演に当たり、脚本が徐賀世子によって訳し直され、三谷幸喜の演出で喜劇的な側面がかなり強調されている。まず感じるのは、付き人のノーマンを演じる大泉洋が、相当の苦労をしたであろう、ということだ。こうしたウェルメイドな芝居は、一瞬の間のずれが命取りになる。そこへ加えて、三谷演出のテンポと可笑しさ、膨大な科白、ゲイらしい仕草と、役者にとっての宿題が山盛りの役だ。しかし、冒頭の、まだ楽屋に姿を見せぬ橋爪功の座長を待っている間の座長の口ぶりを真似る場面で、この芝居が面白くなるであろう予感を持った。相手は老練な橋爪功、二人がともにほとんど出ずっぱりで演じる芝居で、見事に息の合ったコンビぶりを見せてくれた。以前から感じていたことだが、橋爪功は、ひねこびた性格や、こすっからい人間、あるいは何かで追い詰められた状況で、他の役者にはない魅力を発揮する。この役も、そうした役者の個性が見事に活きたものだ。座長夫人が秋山菜津子、舞台監督のマッジが銀粉蝶、一座のメンバーに梶原善、浅野和之など贅沢な顔ぶれの芝居だが、二人のやり取りが圧倒的な比重を占めている。

この芝居、座長と付き人の関係が、劇場で演じられている『リア王』のリアと道化との関係に通じ、入れ子のような二重構造になっている。それは作者の意図として明らかだ。その上で、三谷演出は新しい翻訳による現代的な言葉を活かし、二人のやり取りの面白い部分をクローズアップして見せ、客席は湧いている。それも面白いのだが、私にはそれ以上に、役者と付き人という、他者には分かち難いほどの強固な結び付きの行く末にある物悲しさの方が先に立った。芭蕉の「おもしろうて やがてかなしき うぶね(鵜舟)かな」という句に共通する想いである。役者も付き人も、「芝居」の魔力に魅せられ、抜け出すことのできない「業」の中で生きている人たちだ。それが大泉洋と橋爪功によって炙り出されたような気がしてならない。

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2013.07.03掲載

蓼派創立八十五年 記念演奏會 2013.06.28 三越劇場

久方ぶりに小唄の会に足を運んだ。日本の三味線音楽の中で、大きな舞台での演奏を目的としたものではなく、江戸時代中期にお座敷芸として独自の発達過程を経た「端唄」にその源流を持つ、一分から三分程度の唄である。元は芸者衆が料亭の座敷などで披露するために、三味線も撥を使わずに、爪弾きで粋な音色を聴かせるものだ。時代の流れの中でお座敷遊びの形も変わったが、小唄という江戸前の粋な芸は健在だった。

今回の演奏會は、小唄の中の一つの流派である「蓼派」の創立八十五年を記念しての大規模な演奏會で、午前十一時から夕方の六時頃まで、七十番を超える演奏が行われた。爪弾きの粋な音色に身を委ね、日頃の慌ただしさを忘れるような空間と時間に身を置くことは、このせわしない時代には大層な贅沢と言えよう。僅かな時間に込められた粋や洒落、情感などを何かふわりとした感覚で楽しむことができるのは、他の古典芸能との違いと言えるかも知れない。それだけ、洗練され、洗い上げられた芸なのだ。昭和も初期には、実業で名を成した人や政治家などが、小唄のいくつかは口ずさめる程度に一般にも教養として浸透していたし、中には雅号で自らが作っている人も多い。通常、小唄の会というのはゲストに名の売れた歌舞伎役者などを迎え、「小唄振り」で数曲踊ってもらい、花を添えて観客を動員するケースが多いが、今回の「演奏會」はまさに実力勝負で、小唄だけで一切のゲストはなかった。それでいて三越劇場を満員にしたのは、初代家元・蓼胡蝶をはじめとする亡き師匠や先人たちに対する敬意と、この演奏會を運営する人々の見識であろう。同時に、それだけの練達の腕を持つ人々の、小唄に対する愛情と意気込みである。

今の我々の前には、多種多様の音楽があり、選び放題である。年代によって好むジャンルや楽曲も違ってはいるが、日本人の根源を成し、捨てがたいのは三味線の韻律であるはずだ。それが、今は深い眠りについてしまったのだろうか。小唄に限らず、長唄や常磐津なども、一般の間での稽古人口は減少している。時代の流れ、という便利な言葉で片付けてしまうのは簡単だが、わずか70年ほど前には、どれほど多くの人々が当たり前に三味線の音色を楽しんでいたかを思うと、日本の芸能はどこへ向かおうとしているのか、と言いたい気にもなる。何でもかんでも古い物が良い、と言うのではない。古い物だからと捨てる物の中に、黄金があることを知らずに捨ててしまうのは、もったいない、ということだ。先人が多くの苦労と共に育てて来た「小唄」の世界は、今もって健在であり、芳醇な情緒を漂わせている。今のように殺伐とした時代だからこそ、こういう芸能が必要なのだ。そのことを、一日掛けて観客に知らしめしたのが今回の「演奏會」であったと言えよう。

「小唄の魅力だけで勝負する」と、背水の陣とも言うべき覚悟で創立八十五年の演奏會を見事にしおおせた「蓼派」の人々、その先人には敬意を表すると同時に、今もなお、芸の水脈は途絶えていないことを証明した演奏會でもあった。また、昭和2年、蓼派の創立と同じ年に開場し、戦火を免れた三越劇場の空間が、小唄の世界に実にぴたりとした寸法だ。幾多の名人上手の至芸を観て来た舞台に、また一つの新たな思い出が加わった舞台である。

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2013.06.21掲載

崩れゆくセールスマン 2013.06 青年座劇場

今も振り込め詐欺をはじめとして、老人を騙す犯罪は、手を変え品を変え行われている。しかし、単体での大きな事件と言えば、1985年の「豊田商事事件」だろう。「純金を売る」という触れ込みで実態を見せぬままに、3万人の被害者から2000億円を集め、社会問題となったばかりではなく、テレビカメラの前で永野会長が刺殺された映像は衝撃的だった。

今回の青年座の公演は、野木萌葱がこの事件を題材に書いた脚本を青年座の黒岩亮が演出している。1時間50分の芝居を、一杯道具を効率的に使ってテンポのある演出になっているが、役によってはやや類型的になっているものもあり、一考の余地があるだろう。現実の事件を知っている人々が多い中、演出家としては苦労のしどころだ。野木萌葱の脚本は、「騙す方と騙される方」のどちらが悪い、という決定的な判断を下してはいない。法律的に考えれば、騙す側が悪いのは言うまでもないが、人間として、「あなたはどちらなのですか」という問い掛けを観客にぶつけているようにも感じられる。詐欺事件ほど大きな話ではなくとも、人を騙したことのない人など存在するわけはない。騙される方も、詐欺の場合は「自分が得をするため」に騙されるという心理は、私も経験したことがある。若い作家だが、科白が冗漫にならず、それでいてきっちり書き込んであるのは嬉しいことだ。小劇場の公演の多くが2時間を上演時間の基準になっているようだが、それを超えると観客の集中力は極端に低下する。彼女は、それを生理的な感覚でわかっているようだ。

一人暮らしの老女のところへ、セールスマンがまるで子供か孫のような親しさで「ばあちゃん」と言っては入り浸り、何かと細かな心遣いを見せる。あるいは、男性には女性のセールスマンが、若やいだ華やぎを持って足繁く訪れる。老人の寂しさに付け込んだところから、信用を勝ち得て商売が始まるのだ。騙される老婆にも息子も孫もいるのだが、滅多に電話一本寄越すわけではない。そうした日本の歪んだ家庭の構造にいつの間にか空いていた小さな穴に眼を付けた「詐欺」だとも言える。石母田史朗が演じるセールスマンは、あざとさを感じさせることなく、ごく自然な形で山本与志恵が演じる老女との擬似的な関係を築き、遂に、金塊100g、30万円の契約に漕ぎ着ける。しかし、彼とトップを争う女性セールスの野々村のんは、同じ団地に住む名取幸政が演じる老人に巧みに取り入り、3キロ、1000万円にも及ぶ契約に成功する。しかし、こんな商売が長続きするわけはなく、やがて被害者がマスコミや警察に訴え、事件は世間の知るところとなり、どんどん拡大してゆく。この辺りのドラマの進め方は、現実の出来事を丁寧に追っているが、単純にそれだけではなく、作者のトラップが仕掛けてある。

幕切れ近く、騙されていた老女が、再び訪れたセールスマンの前で、仏壇から何十枚もの契約書を取り出す。ゴルフ会員権、レジャーランド、いずれも詐欺である。驚くセールスマンを前に、「あたしを、騙し続けなさい」と言う言葉には、「幸せに飢えていたの。迷ってるヒマなんかなかったわ」という、孤独な老人の痛烈な叫びがある。いくらお金を抱えていても、一人でぽつんと暮らしている孤独に比べれば、騙されていると分かっていても、つかの間の幸せを味わう方が重要だったのではないか。もしもそうであるなら、法律的には犯罪である詐欺行為も、一瞬とは言え、孤独な老人を慰めるためには役立っていたのではないか。もちろん、この論法が、法律的に通用するわけはない。しかし、観客にそんな錯覚さえ抱かせてしまう芝居である。騙されても幸せになれる、という老人の理論を、否定するすべはあるのだろうか。そこまで老人を追い込んだのは誰なのか。社会なのか、家族なのか、時代なのか。若い作家は、この問題をも観客に問い掛ける。

サラリーマンを演じる石母田と老女の山本が、自然な演技で好演を見せる。騙される側と騙す側という両極に立ちながら、二人の間にはほのぼのとした空気さえ漂っている。不思議な感覚だ。必ずしも大劇場でスターを並べずとも、心に響く芝居はあるものだ。

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2013.06.06掲載

レ・ミゼラブル 2013.06 帝国劇場

1985年にロンドンで初演され、日本での初演は1987年6月の帝国劇場公演だった。その折に受けた「今までのミュージカルとは違う」という印象は、鮮烈だった。その後、日本のミュージカル界でも重要な位置を占める作品となり、多くのミュージカル・スターが輩出されたことは言うまでもない。ロンドン初演の25年後の2010年に、プロデューサーのキャメロン・マッキントッシュが、「新しい『レ・ミゼラブル』の製作を」と、装置、音楽、役のキャラクターなどを新たに創り直し、いわば21世紀バージョンの『レ・ミゼラブル』が誕生した。ロンドンでの大好評を受け、アメリカ、スペイン、韓国を経て、今回が日本での初演となった。小説の原作者、ヴィクトル・ユゴーの絵画を使い、重厚さを増した迫力のある舞台装置に、合成の映像を使い、よりスケールの大きな作品に仕上がった。

日本でも25年以上の長きにわたり上演され続けているミュージカルは何本もある。『マイ・フェア・レディ』や『屋根の上のヴァイオリン弾き』などは、演者によって演出も変わり、『マイ・フェア』では21世紀バージョンの演出がされているが、作品の根本から創り直しているわけではなく、権利の上からも、それは不可能な話だ。日本の芝居で言えば、『細雪』、『放浪記』が、最初の台本に大きく手を入れて今もなお命脈を保っている、という点では共通項がある。この二つの作品の最初の脚色者が、日本にミュージカルスを、との悲願を持っていた劇作家であり東宝の重役でもあった菊田一夫、というのは象徴的だ。外国のミュージカルでも、東宝作品でもしていることを、なぜ日本の古典藝能である歌舞伎はしようとしないのだろうか。演劇は、時代と共に、観客と共に変容するものではないのか。ワーグナーのオペラが、演出家によって想像もできない形に姿を変えても、ワーグナーの評価が下がるわけではない。歌舞伎に限らず、古典を守ることは、今まで通りに演じることだけではないはずだ。そういう意味でも、このニュー・バージョンの出現は多くの示唆に富んでいる。

4月23日にプレビューの幕を開け、7月10日まで上演が続くロングラン公演で、いつもの『レ・ミゼラブル』のように、主な役は3人、または4人のキャストにより、交替で上演している。キャストも大幅に変わり、新しい顔ぶれが増えた。開演当初は、事故による休演などがあったが、結局のところ、一つのカンパニーとしてのまとまり、という意味で考えれば、どの役が誰に変わろうとも、『レ・ミゼラブル』なのだ。以前からの舞台を知っている観客は、その比較の楽しみがあろうし、今回初めてこの作品に触れる観客が、どの組み合わせが当たり、はずれということではない。『レ・ミゼラブル』を演じるために、端役に至るまで神経を行き届かせてできているカンパニーである以上、日によって差があってはいけないのだ。私が舞台を観た日のジャン・バルジャンは誰で、ジャベールは誰で、その演技が云々ということよりも、新しく生まれ変わった『レ・ミゼラブル』が我々の眼にどう映ったか、の方が重要な問題であると私は思う。

かつての舞台と比較すれば、役の個性がより際立ったこと、カンパニーの濃密さがより増したこと、重厚な装置に負けぬ重みを持った芝居になったこと、この三つが挙げられよう。演劇評論家としては言ってはいけないことだが、私は、かつての『レ・ミゼラブル』は好き嫌いで言えば、あまり好きな作品ではなかった。しかし、今回、幕が降りる瞬間に、理由の分からぬ涙が頬を一筋流れ落ちた。カーテンコールが終わらぬうちに早足で劇場を後にしたが、誰ともしばらく話したくない、そんな気持ちになった。

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2013.06.03掲載

「HAIR」2013.05 シアターオーブ

翌年、大阪で万国博覧会が開催されようとしていた1969年に、渋谷にあった東横劇場で初演されたロック・ミュージカルである。折からベトナム戦争の時代で、日本は70年安保を前に若者や学生が学園闘争や集会、デモ行進などを行っていた。今から45年前に、「反戦」という思想をアメリカのヒッピーたちを中心に描いたこの作品は、アメリカでは50万人もの若者を集めたロックフェスティバル「ウッドストック」にもつながり、現代史、演劇史の両面から、多くの問題を孕んでいる。劇場は変わったが、同じ渋谷の街で、約半世紀という歳月を経て上演されたこの作品、観客は圧倒的にベトナム戦争も日本の学生運動も知らない世代が多い。ちらほらと、当時の状況を知る年代の観客も見られたが、私には、何も知らない世代がこの作品をどういう眼で観るのかに興味があった。

カーテンコールになり、出演者が踊る中で、ごく自然に、観客がステージに上がり、共に歌い、踊り始めた光景に、私は圧倒され、驚愕した。これが、キャパシティ300人クラスの小劇場や、800人程度の中劇場なら、分からない話ではない。しかし、2、000人を超えようという大劇場でこうした事態が起きたことに驚いた。終演までの観客は、いつもの他の芝居の観客と同様に静かに舞台を鑑賞し、適宜に拍手をする、「いつもの観客」だったからだ。それが、芝居が終わった途端に、何かが爆発したような勢いで、数十人がステージへ上がった。舞台の上で興奮し、にこやかな笑みを浮かべて踊り、歌う観客には、何の衒いもない。1960年代の事実を知らなくとも、2時間半の舞台で、劇場が一体化した、ということだ。しかも、科白も歌も全編英語で、字幕での判読である。今の日本に、こうした芝居があるのかどうか。受け取る側の感覚は違っていても、劇場を一体化させるだけのパワーを持った作品が日本にはない、ということをいささか愕然とした想いで眺めると同時に、あえて大きな劇場を選んだことに制作側の見識を感じた。

ドロップアウトしてドラッグやセックスに憂身をやつすことで、荒々しい時代と自分を隔絶していると夢想している若者たち。今なら、それは携帯電話のゲームなのか、恋愛観なのか。いつの時代にも若者が抱えている虚無と煩悶である。主人公であるクロードは、仲間が拒否した徴兵を自分も一旦は拒否するが、長く伸びた髪をバッサリ切り落とし、軍服に身を包んで出征する。自らが求めるべき「平和」のために、である。私が持つこの時代の微かな記憶は、70年に新宿西口の地下広場に集まった若者たちがフォークソングで反戦集会を開いた時のニュース映像ではなかっただろうか。今、おりから憲法改正の論議が囂しい。私の個人的な思想はともかくも、「HAIR」に見られるような、明確な意志表示と行動が、今の若い世代からのうねりとして感じられないのは事実だ。「反戦」という人類にとって永久の問題である一つのテーマを、今の我々はどう考え、行動するのか。ライブである演劇ゆえに、こうしたメッセージに対する演じ手と受け手のやり取りが起きる。しかし、2時間半が過ぎ、劇場を後にして降り立った渋谷の街は、当然のごとく何も変わってはいない。

我々は、外にも内にも憂いを抱えた今の時代を、どう生きるべきなのか、それをどういう行動であらわすのか、という問い掛けを突き付けられた「HAIR」。44年前と、問題の本質は何も変わっていない。それを考え、歩く私の足取りは重かった。しかし、何も知らない世代がこの作品にあれだけの化学反応とも言える行動を見せたことが、少し足取りを軽くさせてくれた。考えるべきことは多い。

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2013.05.26掲載

田村 亮 朗読と音楽で描く「日本神話の世界」2013.05 スイートベイジル

大地の底から湧き出るような力強い原初の音。世界最古の楽器、と言われているディジュリドゥの響きだ。一本の木が白蟻に食い尽くされて空洞になったものを利用したアボリジニの楽器とのことで、音階や旋律はない。しかし、圧倒的な迫力を持って、地響きのようにお腹の底に響く音だ。他に、平原を吹き抜ける風の音のような石笛、祝詞、パーカッション、シンセサイザーなどを駆使する三人の「Infinity Arts MUGEN」が、音で「古事記」の世界を生み出す。

その中で、「国産み」から始まり、「黄泉比良坂」、「天の岩戸」「八岐の大蛇」など、多くの人が知る物語を、田村亮が読む。原文そのままでは、もはや今の我々には理解ができない部分も多いことに配慮してか、平易な現代語に訳された台本を朗読用に構成し直したものを使っているようだ。

田村亮の読み方は、何よりも自然であることに重きを置いているように聞こえる。わざとらしい芝居めいたことをしたり、変な声を創ろうとせずに、真正面から作品に向き合い、読み、時には語るかのような口調で「古事記」の物語を進めてゆく。そのおかげで、すんなりと物語が頭に入り、神々の姿が頭の中に浮かび上がる。余計な夾雑物を排したシンプルな朗読は、長年舞台に立っている俳優として、言葉の持つ力を身体で知っているからこそ、できる技である。ここ数年、「朗読の会」のような催しが格段に増えた。その背景にある演劇界の不況や、作品の変容などの事情は分かるが、人数が少なく、装置がいらず、小さな場所でできるから、という発想でできるほどお手軽なものではない。あえて言えば、衣装も付けずに、道具や相手役の力も借りずに、役者の個性と自分一人の力だけで観客を引っ張ってゆく、最も高度な芝居だと私は考えている。かつて、朗読の名手と謳われた宇野重吉や山本安英が、どれほど「ことば」というものに注意を払い、研究をして読んでいたか、もう遠い時代のことになった。今の朗読劇は、そうした意味では玉石混交の状態にある。中には、「覚えなくてもいいので、この方が楽だ」という人もいる体たらくだが、田村亮は言葉の持つ霊力を知っている。だからこそ、素直に、自然に古事記に相対したことが良かったのだろう。物語の合間のトークも、飾らない人柄を感じさせ、気軽に古典の世界へ誘ってくれる。

この催しは今年で八回目を迎えると聴いた。今までに、金子みすゞの詩などの朗読もしたようだが、今回初めて朗読をする田村亮の姿を聴き、「古事記」とは良いところに眼を付けたと感じた。出雲大社や伊勢神宮の遷宮でブームになっているから、という浅薄な考えではない。我々日本人の原初の物語だからである。「皇紀」という言葉が死語になり、アダムとイブの名前は知っていても、イザナギ・イザナミの名前を知らない日本人の方が多い時代になったのではないか、と危惧している私にとっては、若い人々にもぜひ聞かせたいステージだった。国は違えど「古代」を偲ばせる楽器とのコラボレーションも素晴しく、「古事記」の未読の部分や「日本書紀」など、日本の古代の物語をシリーズ化して語ってもらいたいものだ。

ステージが終わり、バースデー・ケーキが出て来た。田村亮のバースデー・ライブだったのだが、チラシにもポスターにも、その文字は一言もない。「嫌だったのに…」と照れ笑いをしながらケーキのロウソクを吹き消す姿に、この役者の飾らぬ姿が垣間見えたのが嬉しかった。

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2013.05.17掲載

前進座五月国立劇場公演 2013.05 国立劇場

創立80年記念公演を無事に終え、82周年に突入した前進座の恒例の五月国立劇場公演。今回は真山青果の「元禄忠臣蔵−御浜御殿綱豊卿」と長谷川伸の「一本刀土俵入」の二本と、ボリュームのある座の財産演目が並んだ。中村梅之助が怪我で休演というアクシデントはあったが、第二世代の代表格・嵐圭史に第三世代の藤川矢之輔、河原崎国太郎、嵐芳三郎たちが懸命の奮闘を見せている。今も人気の高い「元禄忠臣蔵」は、歌舞伎の市川左團次に当てて書き下ろされたものだが、全編の上演を果たせぬままに左團次が昭和15年に亡くなり、完全上演をしたのは、昭和16年から18年にかけての前進座公演である。以後、「御浜御殿綱豊卿」は今回で12回目の上演となるが、個人的に印象深いのは、昭和55年の創立50周年記念公演の折に歌舞伎座で演じた舞台である。この時は、片岡孝夫(現・仁左衛門)が綱豊に客演し、梅之助の富森助右衛門と丁々発止のやり取りに、創立メンバーの五世国太郎や中村翫右衛門らが脇を固め、歌舞伎座出演の悲願を果たした。

赤穂浪士を何とか討ち入りさせてやりたいと思っている徳川綱豊の屋敷での浜遊びに、吉良上野介が来ることを知った浪士の一人、富森助右衛門は伝手を頼って顔だけでも、と屋敷に来る。それを知った綱豊は助右衛門を呼び、からかいながら辛辣な言葉を浴びせ、赤穂浪士たちの本心を探ろうとする。激情した助右衛門は…。十島英明の演出は、真山青果の原作通りのもので、今までの松竹の歌舞伎とはいささか異なる場面がある。大詰めの綱豊の衣装などは、現行に上演方法の方が見栄えはするが、原作に忠実な演出も大切なことだ。

真山青果の間の詰んだ科白劇は、作品によっては「理屈っぽい」とも言われ、そう感じることもある。しかし、この芝居は対照的な二人のやり取りと、綱豊の朗々たる科白に酔うこともできる。嵐圭史の綱豊、今回で三回目になるが、いつものような爽やかさに欠け、科白がもたつく場面があるのが残念だ。せっかくの風姿を持っていながら、それを充分に活かし切れなかったのが惜しい。対する芳三郎の助右衛門、今回が初役ながら圭史に五分で渡り合えるほどの力を見せた。外部出演で鍛えられたせいか、このところ、芝居の腕が伸びたようだ。先輩の芝居を受け継ぎながら、自分なりの解釈を加え、新しい役を生み出す。劇団の良い部分である。

長谷川伸の「一本刀土俵入」。こちらも前進座には縁の深い芝居で、昭和15年の初演以来、今回で17回目の上演となる。46年間にわたって演じた先代・国太郎のお蔦が一級品として瞼に残っているが、駒形茂兵衛を演じる矢之輔と孫の現・国太郎のコンビが2回目の挑戦である。この作品も第三世代のものとして歩み始めた、ということだ。国太郎のお蔦が若々しい色気で、矢之輔の茂兵衛との釣り合いが良い。二人ともに、科白の調子や間など、先輩たちに比べればまだまだ研究の余地はある。しかし、第三世代が中心となって座の財産演目を確実に受け取っている、という実感が持てる。若い役者も徐々にではあるが育って来た。松竹以外で歌舞伎を演じる劇団は、珍しく、貴重な存在でもある。歌舞伎座の?落とし、明治座の花形歌舞伎に伍して、国立劇場で堂々と歌舞伎の公演が打てるだけの蓄積を持った劇団だ、ということだ。むろん、解決しなくてはならない問題はたくさんある。82年の歴史を大切にしながら、新しい一歩がどこへ進むのかを観てゆきたい。

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2013.05.12掲載

新宿昭和ラストナイト 2013.05 紀伊国屋ホール

今の若い人には信じてもらえないが、私が子供の頃、靖国通りを都電が走っていたこと、三光町の交差点をトロリーバスが走っていたことを微かに覚えている。その当時の新宿は、今の賑わいが嘘のような田舎くさい猥雑さの漂う街でもあった。私は東京っ子だが、お出かけは「銀座」で、新宿は家が近いせいもあり、自転車で遊びにゆくような街だった。私はそんな新宿が大好きだ。この「新宿昭和ラストナイト」は、高平哲郎の作・演出で、昭和64年の1月6日の夜から翌朝にかけての、まさに昭和の最後の夜に新宿のとあるバーで繰り広げられる物語だ。最近、昭和を知らない世代にも昭和への憧れを感じる人が多い。「昭和」という今となっては古き良き時代を、まさに新宿の真ん中の紀伊国屋ホールで上演する、という試みは面白い。64年にわたる日本の最長の元号の中で、それぞれの「昭和」があり、どんな想いがそこにあり、新宿の街は人々をどんな眼で眺めていたのだろうか。舞台にはいかにも時代を感じさせるバーのカウンターがあり、ピアノの生演奏が流れる中、元・ムーラン・ルージュの脚本書きだった藤田(斎藤晴彦)が現われ、過去と現在を行ったり来たりしながら、かつての新宿の姿が語られてゆく…。

ここまでの発想は良いのだが、高平哲郎の脚本と演出がいかにも荒っぽくて雑な仕事で、せっかくの古き良き「昭和の香り」が客席に漂って来ない。すべてのエピソードは断片的な単なる想い出話に終始し、それらが絡まり合って一つの何かに収束されるわけでもなく、最後まで舞台は散らかり放題で終わるばかりか、斎藤晴彦、えまおゆう、久野綾希子らの個性が全く引き出せていない。休憩なしで1時間45分の一幕芝居が、これほどに長く感じられたのは、最近では珍しい。

今は時代の流れが凄まじいまでの速さで、「10年一昔」どころではなく、アッという間に時代の波の中に埋没し、圧倒的な情報の氾濫の中で、人々の記憶から消える。わずか50年ほど前の昭和30年代の話とは言え、もうキチンとした「時代考証」が必要になってしまったのだ。しかし、鎌倉時代の話を再現しようというほどに困難な仕事ではないはずだ。その時代考証がいかにも上っ面で、これを「古き良き昭和」の姿だと理解されては困る。たとえ細かなこととは言え、どんな芝居もそこを疎かにすると、城の石垣がポロポロと欠け、やがては本丸を揺るがすことになりかねない。時代劇がそうなってしまったことを知っている演劇人が、同じ愚を繰り返す必要はあるまい。幕が開いた途端に不自然さを感じたのは、昭和天皇崩御の数時間前であるにも関わらず、その話題が全く出ないことだ。昭和64年が明け、お正月ムードもどこへやらで、毎日NHKが24時間体制で「今日の下血、何CC。体温、何度。血圧…」というテロップを流し続けていた状況で、その話題が出ないのはおかしい。増して、幕切れが「崩御」の臨時ニュースで終わるのであれば、「ラストナイト」としての伏線が必要だろう。

細かな点での具体的な事例をいくつか挙げれば、かつて「しょんべん横丁」という愛称で呼ばれていた通りで見た傷痍軍人は、仕立下しのような綺麗な衣裳ではなかったし、昭和30年代の娼婦が、あんなに現代的なデザインの靴を履いていたとは思えない。娼婦にしても、この芝居に登場する場所の娼婦は「青線」と呼ばれていた区域の女性であり、その説明もない。また、ムーラン・ルージュに出て来る有島一郎などの名優をただ固有名詞で投げ出しても今の観客にはどれほど巧い役者だったのかは理解できないし、まずは「ムーラン・ルージュ」自体が分からないだろう。ひどいのは、レストランのコントのシーンで、「うちのスパゲティはアルデンテですから」という科白がある。昭和30年代の新宿の「洋食屋」のスパゲティに「アルデンテ」などというゆで方はない。むしろ、うどんに近いような太さの真っ赤なスパゲティこそが、あの時代の本流だ。

こうした細かな齟齬がいくつも積み重なるので、芝居の中に入ってゆくことができないばかりか、登場人物の心持ちが何も伝わって来ない。作者の「想い」がどこにあり、この舞台を通じて何を見せたいのか、聞かせたいのかが、全く分からない。昭和を偲び、想いを馳せることは否定しない。しかし、公の舞台で見せるものと、個人の想い出とは違う。昭和を語ることは次の世代への義務だ。しかし、「歪曲」はいけない。増して、舞台の上で観客に見せるのであれば、より細心の注意を払うべきだろう。本来の力を発揮できない役者が気の毒だ。

芝居は、第一義的には作者のものであり、演出家が役者の肉体を通じて命を吹き込んだ後は、観客のものだ。我々演劇人は、それを忘れてはならない。

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2013.05.07掲載

メンズ・クラクラ日記 2013.05 東京芸術劇場 シアターウエスト

「トーマの心臓」や「LILIES」など、男性だけの劇団で女性も演じ、独特の耽美な世界を描き続けて来た劇団「スタジオライフ」。この劇団の芝居を観るのは何年ぶりだろうか。今回の公演は、劇団唯一の女性であり劇作家・演出家でもある倉田淳の作品ではなく、劇団「道学先生」の中島淳彦の「メンズ・クラクラ日記」で、劇団の枠を超えてコラボレーションするという「ライフ企画」の第一回公演だ。何だか、旧友の同窓会に出るような親しみを覚えて劇場へ出かけたが、彼らも年を重ね、「おじさん」の役を演じるようになったか、と思う一方、スタジオライフへ軸足を置きながら、それぞれが外部の仕事で切磋琢磨し、かつての一時期とは違う魅力を持った大人の役者として舞台に立っていることが好もしくも思えた。

笠原浩夫、甲斐政彦、楢原秀佳、深山洋貴、藤原啓児、河内喜一朗。劇団の第一世代とも言えるメンバーを中心に、前田倫良、緒方和也が加わった、男8人の芝居である。舞台は、茨城県にある須崎冷気という会社の工場の中庭。昼休みにたむろしている社員たちに、不景気の煽りを受けて会社の野球部が廃部になる、というニュースが聞こえて来た。今の我々の世界のどこにでも起きかねない日常の身近な問題だ。リストラされた社員の自殺と、残された日記に込められた会社への怨みの言葉。テーマはシビアだが、それを明るく、軽く見せようとする中島淳彦の脚本と、青山勝の演出のコンビが巧く仕上げている。

東北の農家から十年以上出稼ぎに来ている「吉岡のとっつぁん」というあだ名で呼ばれる楢原秀佳が抜群の出来だ。しばらく舞台を離れていたように記憶しているが、そのブランクを感じさせない。科白が余りにもネイティヴで、時には意味を図りかねるほど、どっぷり役を創り込んでいる。工場の主任・伊藤の藤原啓児の困った中年のサラリーマンぶりが見事なまでの弾けっぷりを見せるかと思えば、甲斐政彦は今まで演じて来た二枚目ぶりをかなぐり捨てて、「バカの山崎さん」というあだ名の冴えない工員を、ベタベタの茨城弁で演じ、三つ巴の芝居になる。そこに、野球部のエースである大島の笠原浩夫が、かつて見せたニヒルな雰囲気を巧く役柄相応の年齢で見せる。彼らの芝居を初めて観たのは、同じ東京芸術劇場で1998年に上演された「ヴァンパイア・レジェンド」ではなかったかと思うが、15年前には想像もできない姿である。しかし、それが何の違和感もなく、むしろ共感に近い感情で観られるのは、彼らの成長によるものだろう。劇団の代表でもある河内喜一朗が、リストラされ、自殺した小柳という元の社員の亡霊として随所に顔を出すが、ここにも年功が見られる。

誰でも平等に歳を取る。若い頃の美貌と雰囲気でファンタジーの世界を創り上げていた彼らが、「おじさん」の世代になって、等身大の芝居を伸び伸びと演じていられるのは幸せなことであり、現在へ至るまでの研鑽の結果であり、役者の幸せでもある。若い劇団員を中心とした「スタジオライフ」の耽美派路線を否定するつもりはない。むしろ、こうして「二段構え」の構造で新たな試みを始めたことが楽しくもある。若い世代とその上の世代がお互いの年齢と居場所でどのような芝居を見せるのかは、今後の企画次第だ。しかし、今回のように劇団同士が垣根を超えてコラボレーションを組むことは、日本の演劇の中では頻繁に行われて来たことであり、これをきっかけに、更に幅を広げた芝居を見せてもらいたい。

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2013.04.18掲載

夏・南方のローマンス 2013.04 紀伊国屋サザンシアター

同じ芝居の初演と再演を観るケースは少なくない。しかし、その間が26年空いている、というケースはさすがにそうはあるものではない。劇団民藝が上演している木下順二の「夏・南方のローマンス」は、戦争犯罪の「罪と裁き」の問題を投げかけた「神と人のあいだ」の第一部「審判」の後を受け、1970年に一度発表された作品だ。しかし、作者が出来栄えに納得せずに自らの手でお蔵入りにし、改稿を経て1987年に銀座セゾン劇場(現在のルテアトル銀座)で初演された経緯を持つ。初演の舞台は宇野重吉の演出で、瀧澤修、奈良岡朋子、伊藤孝雄らの豪華なメンバーに胸を躍らせた記憶は今も鮮明だ。しかし、26年の歳月を経て、当時は理解できなかったことがようやく今回分かったこともあり、この芝居が持つテーマの大きさを改めて感じさせられる作品でもある。今回の演出は丹野郁弓で、同じような主旨の文章をパンフレットに記しているが、彼女の感覚は良く理解できる。まずは、木下順二のこの難解で余りにも強烈なメッセージを持った作品を、現代の役者と観客の視点で演出したことに拍手を贈りたい。と同時に、縁の深い作者の作品とは言え、上演の機を26年窺っていて実現させた民藝の熱意を感じる。

敗戦後数年を経た時のある公園。南方の島での戦時中の行為を戦争犯罪と問われ、絞首刑にされた軍人の愛人が、妻に会いに行く。そこで、生き残った戦友たちと出逢い、話は現在と戦争中の島、そして軍事裁判の法廷を行き来しながら進んでゆく。絞首刑になった男と生き残った男たちには、何の違いがあったのか? 一体、裁判では誰が何の権利を持って裁いたのか? 木下順二が他の作品でもたびたび問い掛けている「人が人を裁くことはできるのか?」というテーマと同時に、誰かが犠牲になることで、こうした戦争犯罪に関する事柄や戦争自体が時の彼方に過ぎ去ってゆくことが許されるのか、という問題が提起されている。

当然のことながら、26年前の初演とは大きくメンバーも変わり、初演と同じ役を演じている梅野泰靖、鈴木智、初演に出演はしていたが、違う役の伊藤孝雄以外は、ずいぶん若返った。その分、昭和20年代の科白の感覚が薄れているのは否めない。ちょっとした科白のイントネーションや僅かな間の問題なのだろう。とは言え、26年前の舞台を忠実に再現したところで意味はない。演出家が変わった以上、新たな視点で読まれた戯曲が、現在の役者の肉体を借りて表現されるのは当然のことであり、観客も変われば上演される場所も変わっている。これらの問題を踏まえた上で、戦地から生還し、絞首刑になった男の妻に想いを寄せる男Aの齊藤尊史、絞首刑になる男Fの塩田泰久が好演している。この芝居を、現代の観客がどういう視線で受け止め、何を感じるのか。パンフレットの中に転載されている、木下順二が1975年に朝日新聞に寄稿した『未清算の過去』は、初演以来26年の間にどう変化をしたのか、あるいはしなかったのか。

私は戦後生まれの世代で、戦争を語る資格はない。亡くなった父親や祖母から、戦時中の話を聞いてはいるが、体験には及ばない。しかし、批評家として、観客として、作者である木下順二からの問い掛けに答えるならば、「人が人を裁くことができるのか」という問題については、「まだ答えられません」と兜を脱ぎ、「戦争犯罪の問題や戦争を忘れて良いのか」という問題には、「忘れるべきではない」としか言葉を持ち得ない。それほどに、この作品が孕んでいるテーマは重く、厳しい。

劇団民藝は、北林谷栄が当たり役にしていた『泰山木の木下で』など他の作家の作品を含め、「戦争反対」の立場を明確にしている。これは、1950年の劇団創立以前からの新劇運動の中で、左翼劇を中心に演じていた瀧澤修などの中心メンバーからの思想を引き継いでいるものだ。劇団の理念に賛成するかどうかはともかくも、作品を通じて投げ掛けられる問題はキチンと受け止めるべきだと私は考える。戦後68年を迎える今もなお、こうしてさまざまな視点から一本の軸を訴え続ける劇団の姿は、日本の現代演劇史の一つの側面でもある。我々は、戦争を忘れてはいけない。同時に、この訴えを今もなお、形を変えながら発信している劇団民藝の歩みも評価したい。

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2013.04.16掲載

今ひとたびの修羅 2013.04 新国立劇場中劇場

私は、良い芝居の条件の一つに、登場人物の科白が「効いている」ものがあるものを挙げたい。主要な役どころの科白の中に、心に響くような科白がある。そういう芝居は、大概、出来の良い芝居だ。今の感覚で考えると、まだ若いとも言える61歳の若さで亡くなった宮本研の芝居には、そうしたものが多い。「美しきものの伝説」、「ブルーストッキングの女たち」「夢・桃中軒雲右衛門の」など、多くの名作を遺し、今もなお上演されている理由はそこにあると考えている。その宮本研の「今ひとたびの修羅」は、尾崎士郎の大河小説とも言える『人生劇場』の「残侠編」をもとにした芝居で、1985年3月に中村吉右衛門の飛車角、太地喜和子のおとよ、芦田伸介の吉良常で演じられた、いわば「商業演劇」だ。それが、今回はシス・カンパニーの公演で堤真一の飛車角、宮沢りえのおとよ、風間杜夫の吉良常、岡本健一の宮川、小出惠介の青成瓢吉、いのうえひでのりの演出で蘇った。

昭和の初期を舞台に、任侠道に生きる侠客、男同士の義理人情と男女の愛情を描いた作品は、もはや今の時代には「古臭い」で片付けられてしまうものにもなりかねない。しかし、その中に生きている人々の心情は、現代とさして変わりはない、と私は思う。取り巻く世相や風俗が違うだけで、人間の真情はそう簡単に変わるべきではないし、変わってほしくもない。「男」の生き方を不器用なまでに貫き通そうとする堤真一の飛車角と、自分で自分を律することができないながらも飛車角への愛に生きようとする宮沢りえのおとよ、それに老侠客・吉良常の風間杜夫の三人が、がっちりとスクラムを組んで濃密な舞台を見せる。そこに絡む、飛車角の弟分とも言うべき岡本健一の宮川、小池栄子のお袖、青成瓢吉の小出惠介。小出が若い分、昭和の時代感覚の表現が薄く、科白の圧倒的な重量感に押されている感があるが、こうした骨格のきっちりした舞台で腕の立つ先輩と共演することは、良い勉強になるはずだ。

『人生劇場』は、登場人物の青成瓢吉が通っている早稲田大学の学生でさえも、もう知る人は少ないかもしれない。しかし、この作品を古いと切り捨てる前に、「どう見せたら今の観客にも共感してもらえるのか」という眼が必要だ。この舞台には、その眼がキチンと行き届いている。時代に逆らうように生きる風間杜夫の老侠客の言葉には、人生を重ね、修羅場をくぐり抜けて来た男の説得力がある。降りしきる雪の中、しずしずと舞台奥へ歩みを進める宮沢りえの姿はひたすらに美しい。同様に、因縁のある相手との大立ち回りを演じる堤真一はひたすらにカッコ良い。この二人に対しての評価は「何をいまさら…」でもあるが、これが、「芝居」という生の時間と空間で得られるカタルシスなのだ。手軽なものだけを追い求めていればその場はしのげるが、重いものは咀嚼する能力が劣っている時代である。何でもかんでもライトな感覚にすることは易しいが、その前に、どこかに一本の筋を通しておかないと、今後の演劇のあり方自体がより難しいものになるだろう。宮本研の筋の通った芝居は、重厚感だけではなく、忘れてはいけない芝居として生き続ける価値がある。

1979年に初演され、キャストを変えながら1000回を超えて上演を重ねている『近松心中物語』という芝居がある。内容も形式も全く違った作品だが、私は今回の雪の降りしきる大詰めのシーンで、この芝居は平成の世に問う「シス・カンパニー版 近松心中物語」ではないか、と感じた。良い芝居は、どこか似た匂いがするものだ。

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2013.04.06掲載

あかきくちびるあせぬまに 2013.03 東京芸術劇場 シアターウエスト

思いやり、想い出、情緒、気持ちのぶつかり合い…。ここ20年ほどの間の凄まじいまでのスピード化や情報化によって、我々があちこちへ落としながら歩いて来たような気がしてならない。創立70年を迎えた新劇の老舗・文化座が、連城三紀彦の「紅き唇」を八木柊一郎が劇化した舞台である。1989年に、劇団の創立者である鈴木光枝が上演し、それを、現在の代表で息女である佐々木愛が受け継いで母子二代の上演となった。

結婚して四ヶ月で亡くなった次女のアパートに転がり込んで、娘婿との共同生活を始める梅本タヅ。母親を早くに亡くした娘婿は、時にかつて義母だった女性の存在を疎ましく感じながらも、擬似親子のような感覚で暮らしている。タヅの娘婿は、タヅが若い頃、神田の旅館に奉公していた頃に憧れ、告白が叶わなかったままに戦死を遂げた陸軍少尉に瓜二つだった…。と書くと、何か生臭い話のように思われるが、そういうものは一切ない。一瞬の錯覚はあったにしても、タヅは娘婿の姿の遥か向こうに、自分の娘時代に憧れた凛々しい少尉の姿を垣間見ているだけだ。

私は、初演ではなかったが、ちょうど20年前の1993年に、鈴木光枝が演じた舞台を鮮明に覚えている。手元のメモを見ると、東京だけではなく、浦和、川崎の公演にも出かけている。それほどに、当時の私には心地よい感動を与えてくれた作品であった。今回、初演から24年を経て佐々木愛が演じるに当たり、細かな部分は時代に合わせてずいぶん現代的になった。また、親子といえども持っている雰囲気も違えば芝居の質も違うのは当然で、佐々木愛の「あかきくちびるあせぬまに」であり、梅本タヅである。「たっぷりした母性」は共通して変わらないものの、佐々木愛のタヅは、若々しく、弾むようなリズム感と太陽のような明るさを見せる。鈴木光枝が演じた20年前にも、実際の年齢よりも若々しく感じたが、その間に経過した20年という時間が、世間の年齢に対する感覚を変えたのは事実だ。八木柊一郎の脚本の中を貫くものは、義母と娘婿の擬似家族の姿だけではない。うら若き少女時代を真っ黒に塗りつぶされた「戦争」に関する問題を、押し付けがましくなく描いているのは、練達の筆になるものだろう。タイトルの「あかきくちびる」ではないが、戦争中の日本の闇の中に、タヅの恋心が真っ赤な口紅のような点景になっている。それをしなやかに演じている佐々木愛、見事だ。

「新劇」という言葉が、始終使われてはいながらもその実体が良く見えない時代が演劇界では長く続いている。しかし、文化座のように、失礼ながら決して大きいとは言えない劇団が、あるメッセージを込めた芝居を、日本各地をこまめに巡演し、70年の歴史を重ねて来た重みを、今改めて考える必要がある。劇団の創立メンバーたちは、終戦を当時の満州で迎え、女優たちは現地人やロシア兵に乱暴をされる恐れがあると全員が坊主頭になって引き揚げを待ったという話を、鈴木光枝から聞いた記憶は今も鮮烈だ。そうした遺伝子を持っている劇団が、声高に「戦争反対!」というシュプレヒコールを叫ぶのではなく、地道に、さまざまな角度からアプローチしながら芝居の中で訴えてきた功績は大きい。この芝居を、そういう視点だけで観ることはしたくはないが、私のように戦争を知らない世代にとっては重要な、見過ごすべきではない問題だ。また、こうした劇団に若い力が育っているのも喜ぶべきことだ。今の演劇界の問題の一つに、どのジャンルでもそうだが「お手本」とすべき名優が憂慮すべき勢いで減っている深刻な問題がある。その点、文化座には創立メンバーを両親に持つ佐々木愛がおり、これは強いことだ。時代と共に感覚が変わるのは必然だが、文化座が育んで来た遺伝子だけは、若い俳優陣がきちんと受け取ってほしい。

ほろりと涙が滲む芝居だ。

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2013.03.24掲載

1000回目の「SHOCK」2013.03.21 帝国劇場

今まで、帝国劇場で多くの節目の舞台を観て来た。森光子の「放浪記」2000回、松本幸四郎の「ラ・マンチャの男」1200回…。いずれも、功成り名を遂げた名優の円熟の舞台だ。堂本光一は2000年の初演以来、12年と5ヶ月で1000回の単独座長公演の記録を打ち立てた。もちろん、最も若い記録である。どの芝居もそうだが、回数を重ねることは、回数が多くなるほどに難しさを増す。山が高くなればなるほどに登るのが難しくなるのと同じで、観客の眼も肥えて来るから求められるもののクオリティも上がる。その要求を満たしてなお、観客に求められる芝居だけが、回数を重ねることができるのだ。誰しも、記録のために芝居をしているわけではない。とは言え、21歳で帝国劇場の最年少座長を勤め、それ以降ただ一度の休演もなく走り続けていることは、評価に値する。まさに、この作品のテーマである「Show must go on」の精神を、自らが体現していることになる。よほど厳しく自分を律することができなければ、出来る技ではない。

ブロードウエイの若きエンターテイナー・コウイチ(堂本光一)を主人公とした根幹となるストーリーは変わらないが、毎年そこに様々な試みが加えられ、「進化」していることが、観客を飽きさせない理由だろう。推測ではあるが、この舞台にはリピーターもかなり多くいるはずで、同じ俳優が演じる作品を何回も、何年も観たいと思わせる点では、良い意味での古典芸能の歌舞伎と同じ側面をも持ち出した、ということになる。核になるものが決まっており、それに新しい要素が加えられて進化する過程も、歌舞伎に酷似していると言えよう。

堂本光一は、相変わらず軽やかに舞台を駆け回り、フライングを見せ、階段落ちをみせる。しなやかでありながらキチンと鍛えられた体躯は見事で、約3時間の舞台を息も付かずに全力疾走している。このスピード感も、「SHOCK」の人気の理由の一つなのだろう。今回の舞台から感じたのは、堂本光一には力強さと儚さが同居している、ということだ。両極とも言えるこの魅力を併せ持つ役者は、あまり他に例がない。30代半ばに差し掛かろうという油の乗り切った青年でありながら、初演の頃から変わらぬ危うい儚さを持ち続けている。力強さは日々の鍛錬である程度のことはできるが、儚さは努力や訓練で身に付けるものではなく、純然たる彼の個性だ。だからこそ、満開の桜の下に横たわる姿が似合うのだろう。その一方で、一幕の幕切れ近く、「今、立ち止まったら、そこで終わりが来るんだ!」と叫ぶ場面がある。この科白は、舞台に立つ者すべてが抱く感覚、あるいは宿命と言っても間違いではない。階段落ちの場面もさることながら、私はこの科白に彼のひときわ強い悲壮感を感じた。

彼を支えるメンバーは前田美波里が劇場のオーナーとして昨年まで出演していた植草克秀に代わり、ライバルも内博貴から屋良朝幸に代わった。こうした助演を得ながら、カンパニー全体が成長しているのが観て取れる。こうした進歩がなければ、1000回という数字を重ねることはできないだろう。彼が走り続けた12年5ヶ月は、恐らく彼の中では通過点の一つにしか過ぎないのだろうし、また、そうでなくてはなるまい。先に引用した科白のように、彼が満足してしまった瞬間に、進歩は止まる。それを続けることがどれほどに大変な事であるかは、他の舞台の例で何度も目にしている。それだけに、最年少で1000回も演じることのできる作品を持てた彼の俳優としての幸福を感じると同時に、更なるステップアップを続けようとしているストイックさに拍手を贈りたい。

終演後、1000回の上演を記念した特別カーテンコールが、約30分にわたって行われた。その中で、彼は「1000回という実感がない。毎日、その日が勝負だ」という旨の言葉を述べた。「SHOCK」に今まで出演して来た人々のビデオ・メッセージや、堂本剛、東山紀之らのサプライズ・ゲストに励まされながら、彼は1001回目への道を踏み出した。彼がたどる道はより遥かに険しいものになるだろう。しかし、「孤高」とも言える姿勢で、更なる高みを極めることを多くのファンが望んでいるのだろう。何回目の舞台までを見届けることができるのかは、私の彼への挑戦でもある。

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2013.03.21掲載

長い墓標の列 2013.03 新国立劇場 小劇場

今、自分が信ずる物のために「殉ずる」人はいるのだろうか。翻って私自身、子供の頃から一身に歩んで来たつもりの演劇のために殉ずることができるのだろうか、と幕が降りる頃に考えていた。福田善之が26歳の折に一気に書き上げた原稿用紙380枚に及ぶ「長い墓標の列」。初演は昭和32年、プロの役者ではなく、早稲田大学の演劇研究会によって行われ、早稲田大学の大隈講堂で実に5時間半を要したと言う。今回はそれでも15分の休憩を挟んで3時間10分、26歳の若さで良くもこれほど骨太の芝居を書いたものだと、まず感心する。

作者の母校である東京大学に河合栄治郎という学者がいた。当時は東京帝国大学だが、経済学部の学部長にまで任じられた人である。しかし、昭和12年の支那事変以後、国家がどんどんきな臭くなる中で、時局に阿ることなく自らの主張と研究を続け、右翼はもとより、文部省、軍部の圧迫を受け、弟子には裏切られ、著書は発禁処分を受ける。昭和19年、53歳の若さで亡くなる寸前まで研究に刻苦精励する姿は、ひたすらに頑なであると同時に、その死は、自分が選んだ学問に対する殉死とも、時代に対する憤死とも思えるほどだ。この河合栄治郎をモデルにした作品で、単なる伝記的に生涯をなぞっただけではなく、私には「時代とどう折り合いをつけるのか」「器用と不器用はどちらが正か非か」といった青年らしい純粋な疑問を観客に問うているように思える。最高学府、と呼ばれる「象牙の塔」で今も変わらずにせっせと行われている足の引っ張り合いと状況が変わらないのも面白いが、こうした内容の芝居が、他の大学で初演されたのは皮肉めいていて面白い。

演出に当たった宮田慶子は、新国立劇場演劇研修所の修了生をこの舞台で多く起用している。大学を舞台にした作品であり、若い人々が多い、というのもその理由の一つで、修了生に実際の舞台での経験を与え、育てたいという想いだろう。今や、放っておいても役者が勝手に育つ時代ではないし、誰しも若い頃から名優ではない。こうした試みは否定するものではないが、修了生の数が多すぎたのは否定できない。自分の科白を言うだけで精一杯で、芝居になる以前に科白が聞き取れない役者もいる一方、ある程度よその舞台を踏んで、ある程度観られるところまで来ている役者もいる。いずれも、これから長い道のりを芝居に関わってゆくのだろうから、芝居と共に殉死するほどの覚悟で臨んでほしい。

モデルの河合栄治郎と思しき学者・山名を演じるのは、村田雄浩。テレビでも舞台でも、人の良い朴訥な人柄で親しみを得ている役者だが、これほどに硬質な芝居をする役者だとは思わなかった。膨大な量の科白劇に堂々と対峙し、ほとんど一人でこの長い舞台を引っ張る力量は見事なものだ。感情的に走りすぎる部分をギリギリのところで抑え、一人の人間としての品格と重みを失わない演技は、この役者の新しい一面の開拓であると同時に発見でもある。戦争が激しくなる中、辺りのことには構わず山のように書を積み上げ、孤独と憤懣を学問にぶつけるかのようにのめり込み、やがて病が募り倒れて、息を引き取る。自らが探求すべき学問ではなく、「学閥」だの「派閥」だのという余計で無意味な長い闘いに終止符が打たれたのだが、不思議とそれが悲壮感ではなく、むしろ清涼感さえ感じられる幕切れである。愛弟子でありながら山名を裏切る城崎を演じた古河耕史が、研修所修了生第一期、という力とこれまで多くの舞台を演じた経験を見せ、修了生の中では際立った芝居を見せたことを付記しておこう。

今は何もかもライトなものが好まれる時代で、知識だけを詰め込まれて自ら考えることを好まない大学生の頭もずいぶんライトな時代になった。古臭い議論を戦わせている芝居だと見てしまえばそれまでだが、それではあまりにも哀しい。若い人たち、特に現在の大学生に見せたい芝居だ。

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2013.03.11掲載

屋根の上のヴァイオリン弾き 2013.03 日生劇場

このミュージカルが日本で初演されて今年で46年。もはや立派な古典である。私が最初に観たのが昭和53年、東京での公演には35年付き合っている計算になる。真っ暗な中で幕が上がり、哀切なヴァイオリンの調べが聞こえて来ると、全身が粟立つような感覚になる。森繁久彌、上條恒彦、西田敏行、そして今回の市村正親が創り上げて来た名作の歴史が始まる瞬間だから、だろう。「マイ・フェア・レディ」の演出が21世紀バージョンになって大きく変わったように、この作品の演出も時代と共に大きく変わって来た。ユダヤ人の人種差別、家父長制度、信仰や民族のあり方に重きを置いて描いていた当初とは様変わりし、今回は、市村正親が演じる主人公の牛乳屋の親父・テヴィエ一家の物語、という感覚が強い。おっかないけれど情がある鳳蘭の愛妻・ゴールデとのカップルを中心に描いていると言っても良い。

舞台は100年と少し前のロシアの寒村・アナテフカ(架空の場所だ)。そこで、五人の娘を抱えながら牛乳屋を営むテヴィエは、何かと頼りにされる村の中心的な存在でもある。最も敬意を払うべきは司祭様だが、村人の良き相談相手、とでも言おうか。働けど働けど我が暮らし…という中、暇があると神様に向かって冗談を言い、愚痴をこぼしてはいるが、その裏にはユダヤ人が民族として迫害されて来た歴史と、神様への篤い信仰が身体の中に血となって流れている。市村正親のテヴィエは、前回の舞台よりもさらに軽みを増した感覚がある。今流に言えば「等身大」の演じ方だ。それは他の多くの出演者にも言えることで、ユダヤ人自身にとって、この物語が伝説化しているとも言える時代に、我々日本人が100年前のユダヤ人の心持ちを伝え、感じ取ることはもはや不可能であり、表現をできたところで観客が感じ取ることも難しいだろう。

妻のゴールデの鳳蘭が、宝塚の先輩で森繁テヴィエの相手役を演じていた淀かおるに似た匂いを感じさせてくれたのが嬉しかった。演劇は時代と共に変容する。しかし、その中で変わらない、あるいは変わってはいけないものもあるはずだ。私は鳳蘭が演じるゴールデという女性の「幹」に、単に宝塚出身だからという共通項ではなく、ゴールデという女性の中に確固として存在する、変わるべきではない姿を観たような気がした。

テヴィエ夫婦は、伝統と現代の間に挟まれ、多くのことを受け入れて行かなくてはならない。結婚は親同士が決める時代に、勝手に婚約をしてしまう次女もいれば、民族も宗教も違い、絶対に乗り越えてはいけない壁を乗り超えてロシア人と結婚してしまう三女もいる。その都度、夫婦は苦しみながらも、新しい時代の波を受け入れてゆく。そして、アナテフカの住民が正当な理由もなく、ユダヤ人だからということだけで「三日以内に」この地を立ち退け、と命令を受ける。先祖伝来の土地を捨て流浪の民になる哀しさ。しかし、自分たちの先祖にはこの辛い歴史の繰り返しがあったことをアナテフカの住人は知っており、過酷な運命を受け入れ、新天地を目指す。そこには何があるのか分からない。今よりももっと厳しい生活を強いられることになるかも知れない。しかし、それさえも「ご先祖さま」がそうして来たように、自分たちも神が与え給うた試練として受け入れるのだ。この逞しさは、日本人には持ち得ないものであるかも知れない。ここで平和憲法を持ち出すつもりはないが、島国ゆえに外敵からの侵略を長年免れて来た国と、国家としての土地を持たずに流浪を強いられて来た民族の違いであろう。

印象に残った場面が二つあった。三女のチャヴァが、ロシア人のフョードカと手に手を取っていなくなり、ロシア教会で結婚式を挙げた、とテヴィエに知らせた時の鳳蘭の魂消るような慟哭の声。今までの苦労にもう耐え切れない、とも感じ取れるほどの悲痛な哀しみに泣き崩れるゴールデを暖かく包容するテヴィエの姿。そして、幕切れ、荷車を弾きながらアメリカへ向かうテヴィエ一家の後ろを着いて来るヴァイオリン弾きにテヴィエがちらりと見せた笑顔。この瞬間に、テヴィエが本来持ち合わせており、それが物語の救いともなっている明るさと逞しさが見えた。

この夫婦の描き方が濃厚になった一方で、周りを囲むアンサンブルの印象が薄くなったのは否めない。幕開きの「伝統(しきたり)の歌」では、我らが故郷、アナテフカの地へ響くような足踏みがあった方が、インパクトが強かったろうとも思うし、テヴィエの娘たちも、水夏希、大塚千弘、吉川友の三女まではもう少し個性を際立たせた方が面白かっただろう。気になったのは、テヴィエが唄う「金持ちなら」のナンバーで、「自由に暮らすのさ」という一節があった。訳詞が変わること自体に異を唱えるものではないが、この時代のロシアでユダヤ人が「自由に暮らす」と言ってはまずかろう。以前は「呑気に暮らすのさ」と歌っており、時代背景や政治背景を考えても、その方がしっくり来る。

5月に幕を開ける「マイ・フェア・レディ」も「レ・ミゼラブル」もそうだが、時代と共にキャストを変え、演出を変えて上演を繰り返すに値する名作だ。もちろん、この作品もそうだ。来年は、ブロードウエイでの初演以来、50年を迎えると言う。これからも時代と共に、こうした古典のミュージカル作品の上演方法も変わってゆくのだろう。時代が変われば観客の受け取り方も変わる。その中で、この作品が今後どのような変容を遂げてゆくのだろうか。

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2013.02.21掲載

「秘演 授業」2013.02 無名塾

無名塾の主宰の仲代達矢によれば、「公演」という言葉に対しての「秘演」なのだそうだ。もちろん、れっきとした公演ではあるのだが、「ひそやかに奥深く大切に」という想いを込め、世田谷にある無名塾の「仲代劇堂」で毎回50人ほどの観客を対象に演じている。「秘演」という言葉には、作品を大事にする想いと同時に、仲代達矢の含羞が込められているような気がしてならない。

ここでひそやかに演じられているのは、イヨネスコの不条理劇の代表作「授業」だ。老教授の書斎で登場人物はわずか3人、上演時間が1時間15分という芝居は、まさに「秘演」にふさわしい作品である。作品は空間を選ぶ。これは、例えて言えば帝国劇場のような大きな寸法の劇場で上演するべき芝居ではない。観客全員が、あたかも老教授の書斎にいるかのような感覚を味わえるほどの空間でなくては、作品が持つ感覚は伝わって来ない。そういう点でも、この場所で、この作品を上演することには大きな意味がある。30年以上も前に、今はなくなってしまった渋谷の「ジャン・ジャン」で文学座の中村伸郎が毎週木曜日の夜に演じていたが、ここも小さな空間だった。聞けば、仲代達矢はこの芝居の稽古を昨年の10月から始め、12月にはもうセットを組んだ状態で稽古をしていたと言う。1月の末に三日間、石川県の能登演劇堂で上演し、東京では2月2日に幕を開け、3月23日まで、約2ヶ月に近い公演である。

仲代達矢が演じる老教授のもとに、受験勉強のために女生徒(山本雅子)が個人授業を受けに来る。不愛想なメイド(西山知佐)に迎えられた生徒は、教授の書斎で個人授業を受け始める。最初は異常なほど丁寧かつ親切に生徒に接している教授だったが、次第にヒートアップし、感情を爆発させ始め、その挙句に…。この芝居の特徴は、科白の意味が時にストレートな意味だけではなく、もう一つの意味を持っていることだ。そこには、底知れぬ「狂気」が宿っている。それは、登場人物三人のすべてに言えることで、そこに異常を感じないで言葉を発している三人の姿は不安定なシーソーの上にいるような感覚を与える。同時に、我々のごく当たり前の日常がいかに不安定で、不安に満ちたものであるか、ということを感じさせるのだ。この感覚を、「不条理」と言うのだろうか。我々がごく当たり前だと思っている生活や信条の「ものさし」が本当に正しいものなのか、何を持って正しい、と言えるのか。仲代達矢は狂気を孕んだ科白で、この問題を観客に突き付ける。その息遣いが感じられる空間が貴重であり、観客はいつの間にかイヨネスコが創り出した世界の中に座っていることになる。

幕開きの柔和な老人のどこにこれほどの爆発的なエネルギーがあるのだろうか、という嵐のような力が押し寄せて来る。役者生活60年を迎え、80歳になったとは思えぬパワーだ。それに対し、全く己の感情を見せないようなメイドの西山知佐の冷血動物のような芝居、そして、可愛げでいながらいきなり蓮っ葉な面を剥き出しにする山本雅子の女生徒のギャップ。この三人の尋常ではない個性がぶつかり、絡み合い、濃密な空間で芝居が進み、一気にカタストロフを迎える。しかし、その嵐が過ぎ去った後は、台風の翌日の青空のように、まるで何事もなかったかのように、教授とメイドはいつもの生活に戻る。嵐の後の静けさではなく、日々襲ってくるハリケーンに対する準備を日常生活の中で行っているような感覚だ。時間は短いがボリュームの凄い舞台に異常なまでの力でぶつかる仲代達矢の底力を観る気がした。

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2013.02.18掲載

真夜中の太陽 2013.02 紀伊国屋サザンシアター

谷山浩子が33年前に歌った「真夜中の太陽」の歌詞をモチーフに、劇作家・演出家の工藤千夏が初めて劇団民藝のために書き直して提供した作品だ。2009年に別の劇団で初演された作品の大幅な改稿である。1944年、すなわち終戦の前年の冬の神戸に近いミッション系の女学院を舞台にした一幕物で約1時間30分のコンパクトな芝居ながら密度は濃い。戦争も末期、女学生もまともな勉強ができずに、「お国のために」労働する日々を、それなりに明るく過ごしている。空襲警報が鳴り、防空壕へ走る仲間を止める一人の女学生・ハツエ。彼女だけが現在まで生き残っており、芝居は最後に現在に至る。ハツエを演じる日色ともゑだけが現在の84歳の老婆の姿で時代を往復するが、残りの登場人物は死してなお当時のままの姿で現代に現われる。

この芝居では、声高に「戦争はいけない」と叫ぶ場面はない。もちろん、今の高校生が現在の体制に反発するようなささやかな体制や時局への反発はある。しかし、それは当時の女学生らしさの範囲を出ないもので、時として小雀たちの囁きのようなものだ。しかし、溌剌とした11人の女学生の戦時中の姿を観ていると、その明るさにかえって大きなメッセージを感じる。11人の中でたった一人生き残ったハツエは、結婚をし、子宝にも恵まれ、当時の自分と同じような年齢の孫娘もいる、平穏な晩年にいる。しかし、過去の亡霊に囲まれて現在を語るハツエが生き残ったことが、本当の幸福であったのかどうか。齋藤尊史が演じる初恋の相手だった英語の教師・ジェームス矢島先生は、ハーフだという理由で特攻隊へ送られ、若い命を散らした。夢とも幻ともつかぬ中で、往時を語る仲間はいるが、生きているわけではない。そうした日常が幸福なのだろうか。芝居を観ている間、この問題に私は囚われていた。しかし、幕が降りる時の日色ともゑの笑顔を観て、「幸福なのだ」と確信した。どんな苦しい人生であろうとも、生きていればこそ、の話で、美しい想い出を残してくれた相手がたくさんいようとも、相手とそれを語ることができなければ、寂寥感が募る。たとえ過去の亡霊であろうが、寂寥感を慰める相手がおり、現在も平穏に暮らせるということ、普通でいられることのありがたみ、なのだ。

今の我々には、ぼやきたいことはいくらでもある。「景気が悪い」「仕事が少ない」「暑い」「寒い」…。しかし、戦時中は今日、命があることが当たり前ではなかった。今の我々がごく当然のように「明日が来る」と勘違いしていることが、そうではないということを目の当たりにさせれらた時代であったのだ。戦争が終わって今年で68年を迎える。年々、戦争の悲惨さを語れる人の数は減ってゆく。戦後生まれの私は、個人的には「戦争」というものを語り継ぐ人々の意見を聴く義務がある、と考えている。よもや戦争に賛成、という人はいないだろうが、活字であれ芝居であれ、その悲惨、過酷、理性の欠如、狂奔といった感覚は、自分が経験できない以上、さまざまな形で追体験するしか方法はない。劇団民藝はさまざまな作品を通じて「反戦」あるいはその立場に立ってその後の「戦争裁判」のあり方を考える作品などを上演している。戦争がどんどん遠くなる中で、この軸がぶれないのは、「劇団」としての方向性が明確だからで、多くのベテランを喪ってなお、その姿勢が変わらずに引き継がれていることは評価したい。

登場人物のほとんどが女学生であり、演技陣も若く、当然のことながら戦争を知らない世代だ。しかし、彼女らなりに脚本から感じ取るものを表現しているこの芝居は、できれば若い人々に観てもらいたい、と思う。今の「当たり前の生活」がどれほど貴重なものの上に築かれているものであるかを知るためにも。

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2013.02.11掲載

新橋演舞場 二月大歌舞伎 2013.02

四月の新歌舞伎座の開場を楽しみにしている歌舞伎ファンを苛めるかのように、最近、歌舞伎界での訃報が相次いでいる。そんな中、昨年、公演中に大怪我をし、治療やリハビリの甲斐があって健康を取り戻した市川染五郎の舞台への復帰公演が、日生劇場で幕を開けた。父・松本幸四郎の「口上」があり、染五郎の怪我によるファンへの心配や激励への感謝の言葉の後、「吉野山」の幕が開いた。中村福助の静御前に染五郎の忠信という顔合わせだ。久しぶりに見る染五郎は、以前よりもシャープな感覚で男ぶりが上がったように見え、動きも科白も今までと何ら変わることのない元気さを見せている。不慮の事故とは言え、半年以上の療養を必要とする大怪我を乗り越え、こうした姿が見られることは、歌舞伎ファンには大きな喜びである。福助の静との手馴れたコンビは安心して観ていられる。久しぶりに観る染五郎の舞台は決まり決まりの姿が美しく、キチンとした楷書の芸だ。

続いて「魚屋宗五郎」。人気の演目だが、今回はふだん上演されない前半を加え、ほぼ原作に近い形での通し上演としたために、宗五郎が禁酒の誓いを破ってまで酒を呑むに至る事件が明確に再現されている。通常は「宗五郎内」と「磯部邸」の場面での上演だが、今回はその前に「弁天堂」「お蔦部屋」「お蔦殺し」の三場を加えたために、通常の上演では登場しない宗五郎の妹・お蔦も登場し、作品全体が御家騒動を孕んだものであることも明確になった。こうした試みは大歓迎で、「古典だから」というだけではなく、今の観客にどのように見せたらより楽しんでもらえるかを考える必要がある。幸四郎の歌舞伎に関する考え方が明確に現われた舞台だ。

幸四郎の宗五郎、やはり眼目は妹が殺された真の事情を知り、禁酒の誓いを破って酒を呑み、酔っ払うまでの芝居だが、硬軟を巧くミックスした味わいが面白い。妹を理不尽に殺され、哀しみに浸っていたかと思うと目のない酒につられて生酔いになる仕草は、叔父・松緑がかつて見せたものとはまた違い、よりリアルな感覚を持っている。歌舞伎は「様式美」という言葉で括るだけのものではなく、特にこうした世話物の場合は、登場人物の息づかいや生活をどこまで感じさせるか、が大きな問題で、幸四郎の宗五郎にはそれが良く出ている。妹・お蔦の朋輩であるおなぎの高麗蔵にしっとりとした色気があり、好演だ。福助の女房おはま、この役はなるべく地に近く演じるものだと古老に聞いた記憶があり、その伝で行けば変に女形らしく作らないところが良い。磯部の殿様が染五郎。凛とした風情と科白の良さは変わらずで、「完全復活」の印象を与えた。左團次が磯辺の家臣・浦戸十左衛門で付き合っているが、堂々とした風格だ。

この公演、幸四郎一門を中心とし、そこに左團次、福助らが加わったもので、二本立てだ。上演時間は二回の休憩を挟んで三時間四十五分、正味で言えば三時間だ。歌舞伎の場合、ともすると四時間を超える場合があるが、このぐらいのボリュームが今の観客には適当ではないだろうか。演目の並べ方を含め、今後の歌舞伎の上演方法に示唆を与えるものだ。

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2013.01.28掲載

ピアフ 2013.01 シアタークリエ

大竹しのぶという女優は、どこまで行くのだろうか、と思う。昨年、大好評を博した「ピアフ」の再演である。フランスが生んだ偉大なシャンソン歌手、エディット・ピアフの生涯を描いたこの芝居で、彼女は「読売演劇大賞 最優秀女優賞」を受賞した。確かに、それに値する演技を見せた。今回は再演になるが、初演のショック、を更に格大させて見せた。

幕開き、劇場のビロードの幕の間から、震えながら細い手が出て来る。そして、ようやく全身を表し、前のめりに腕を曲げて歩く姿。アルコールと麻薬の中毒で肉体も精神もボロボロになった大竹ピアフは、私が映像で知るその姿に酷似しているどころか、本人以上にピアフらしい。この芝居は、物まねではない。しかし、ピアフに似せることにより、女優の肉体を通してその魂の叫びを、乱暴で下品な言葉を速射砲のように繰り出し、焙り出そうとしている。作者のパム・ジェムスの科白は、時に嫌悪感を覚えるほどに汚い言葉が多い。ピアフがここまで下品で粗野な女性であったのだろうか、とも思わせる。しかし、それを凌駕して余りある魅力が、彼女の歌とその声にあったことは、何よりも歴史が証明している。初演よりも更にエキセントリックに見える大竹しのぶの芝居は、観ているこちらが圧倒されるほどの力を持ってグイグイと迫って来る。

どんな人物にも光と影はつきまとう。栄光が大きければ大きいほど、その裏側の影の闇は深いものだ。作者のパム・ジェムスは、ピアフという偉大な歌手の影の部分をこれでもか、というほどに描き、影の部分をつなぎ合わせることによって、「もう一人のピアフ」を描こうとしているかのように見える。47歳という決して長くはない生涯を終えて50年が経った今も、曲が売れ、多くの歌手がピアフの楽曲に尊敬の念を抱き、カバーしていることをみても、現代のフランスで最も偉大な歌手であったことは、疑いようがない。その生涯を大竹しのぶの肉体を通して観ていながら、初演では気付かなかったことがあった。なぜ、ピアフはここまでして自らを破壊するとも言える行動を続けていたのか。これが、作者が描きたかったピアフの「影」ではあるまいか。比類のない人気と実力を持っていながら、あるいはだからこそ、その座を維持することのストレスやプレッシャーは大きい。しかし、それ以前に、「孤独」を知っているピアフだからこそ、自らを破壊する方向へ生きることを選んだのではないだろうか。今回の大竹しのぶには、初演の圧倒的なパワーに加えて、至るところに見られる破壊衝動が印象に残った。

この舞台の特徴は、ピアフの大竹しのぶ、長年の友人であったトワーヌの梅沢昌代以外の出演者が複数の役を演じていることだ。梅沢昌代は初演もこの役は彼女だったが、この二人の時として掛け合い漫才のようなやりとりが、ふとした安心を与える。他の彩輝なお、小西遼生、辻萬長、藤岡政明、畠中洋などのメンバーは、二役から六役を演じる。10人の出演者で約40名の登場人物を演じることになるが、回りのメンバーは、残念ながら初演の舞台の方が個性的な魅力に溢れ、役にはまっていたキャストが多かった。再演だからメンバーがすべて初演と同じである必要はない。しかし、キャスティングの妙にもう一段の工夫があれば、より濃密な人間ドラマになっていた事を思うと、そこが惜しいところだ。

実在の人物を演じることは多くの意味で困難が伴う。しかし、多くの役者が挑戦するエディット・ピアフは、その困難を承知でも演じたい人物である。それほどに劇的な生涯と、多くの人々の心に残る歌を遺したからだ。これからもピアフの生涯を描いた芝居は創られるのだろう。しかし、今の段階で言えば、日本人の女優が、歌はともかくピアフという人間の表現において、ギリギリのところまで肉薄した舞台であることは、私が観て来た他の舞台と比較しても明らかだ。新しいピアフの伝説とも言える舞台であることは疑いようのない芝居だ。ここまで演じる大竹しのぶには、何か空恐ろしさのようなものを感じた。

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2013.01.23掲載

新橋演舞場 歌舞伎公演 夜の部 2013.01 新橋演舞場

たまには初芝居を歌舞伎座ではない劇場で観るのも良いものだ。夜の部は「ひらかな盛衰記」の「逆櫓」で幕を開ける。幸四郎、福助、高麗蔵などの顔ぶれだ。続いて、「四世中村雀右衛門一周忌追善」と銘打って、「仮名手本忠臣蔵」の「七段目」。團十郎が由良助を演じる予定だったが、体調不良による休演で、初日から幸四郎が由良助を演じており、芝雀が父の当たり役の一つだったお軽、吉右衛門の寺岡平右衛門という配役だ。幸四郎は二本続けて時代物の大役に奮闘しているが、古稀を過ぎたとは思えないエネルギッシュな舞台だ。最後が、狂言舞踊「釣女」。橋之助、又五郎、七之助、三津五郎で、賑やかな笑いと共に打ち出す。

「七段目」が顔揃いで、充実の一幕である。幸四郎が醸し出す風格は、特に後半に冴えを見せる。正面を向いて手紙を読んでいる姿が、亡き白鸚そっくりで、どきりとするほどに似ている。幕切れ近く、同じ塩冶の家臣でありながら、敵方に寝返った斧九太夫を打ち据える場面の聞かせどころに、憎しみと同時に哀しみが複雑に入り混じった心境を感じる。「七段目」の由良助は、幕切れ近くまで討ち入りに関する本心を見せずに遊蕩に耽る色気と、常に心の中に葛藤を抱えた点で難しい役とされている。しかし、歌舞伎作品の多くが求める様式美のみに重点を置かずに、由良助という男の心情をリアルに表現しようとしたところが成功の理由であろう。芝雀のお軽は、亡父・雀右衛門譲りの可憐な美しさと無垢な姿が哀れを誘う。雀右衛門とは違った意味で、いつまでも若々しさを失わない女形だ。吉右衛門の平右衛門は、何とかして討ち入りの一人に加わりたい、という熱気が感じられ、妹・お軽への想いも溢れており、幸四郎との科白の間の詰んだやりとりも聴き応えがあった。

「ひらかな盛衰記」は、「逆櫓」だけが上演されるケースが多いが、時代物の中でふとした折に見せる幸四郎の軽みが、アクセントになっている。また、船頭松右衛門と樋口次郎兼光との切り替えが鮮やかで、こうした「あり得ないシチュエーション」を楽しむ歌舞伎の荒唐無稽さを改めて感じる。女房のおよしを演じる高麗蔵が熱演で、いい女形になったのは嬉しいことだ。子供を取り違えた事件の説明に来るお筆は福助だが、色気に崩れた部分があり、もう少し凛とした風情が漂えば、また違った感覚で見られただろう。

「釣女」は出演者四人がいかに軽妙に観客を楽しませるか、が眼目であり、その点では打ち出しに相応しい賑やかな面白さに溢れている。橋之助、又五郎、三津五郎ともに舞踊は達者であり、七之助の可憐な女形ぶりも板に付いて来た。大物二本が続いたあとのデザートのような感覚で気軽に見られる一幕だ。

私だけの個人的な感覚かもしれないが、歌舞伎は大きな転換点を迎えているように思える。現代の観客に共感し、楽しんでもらえる歌舞伎を、観客への迎合ではなく、どのように創り、見せるのか。スピード感も必要なら、残すべき部分はじっくり演じなくてはならない。「古典だから」「歌舞伎だから」というだけでの存在価値は認めつつも、それだけを金科玉条としていたのでは、決して明るい未来ではないだろう。演劇界全体が厳しい状況の中で、今後の歌舞伎が何を目指し、どういう方向へ進むのか。この公演は、幸四郎がその先陣を切って内容を変えることなく「分かりやすい歌舞伎」を観客に提示しようとしているように思える。歌舞伎を「通」のものだけの狭いクローズド・サークルとして生かせるのではなく、再び大衆と共に歩むために。

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2013.01.13掲載

志の輔らくご in PARCO 2013 2013.01パルコ劇場

立川志の輔がパルコ劇場でお正月に一ヶ月の独演会を始めてから、今年で八年目だと言う。落語界を牽引する志の輔の人気と実力は今更説明するまでもなく、連日満員の客席が何よりの証拠だ。「独演会」と言っても、一席は前座に話させ、残りの二席というのが通常のパターンだが、この公演では志の輔は三席すべてを自分で話す。間に十五分の休憩を挟むとは言え、日によっては三時間に近い高座を連日勤めるのは容易な技ではない。「武道館でやれば一回で済むのですが…」と客席を笑わせながらも、落語への情熱と愛情は師匠の談志ゆずりだ。

最初はオリジナルの「親の顔」。小学校のテストで5点をもらい、親子ともどもに学校へ呼び出され、担任の先生との珍妙な会話が爆笑を誘うが、その中で、「正確な基準は何か」「何が正しいのか」を押し付けがましくなく問い掛けている。私はこの噺を聴くのは二度目だが、佳品だと思う。落語と現代とを巧みに結びつける志の輔の発想が充分に活かされているからだ。

二席目は「質屋暦」。今回初めて聴く話で、明治五年の暮れに政府が旧暦を新暦に変えた折の騒動を描いたものだ。これは志の輔のせいではないが、我々の頭の中には旧暦と新暦を区別する、あるいはその差異がもはやインプットされていない。その観客のための説明にいささか時間を取られたのが惜しかったが、回を重ねて練り上げれば、充分にオリジナルの一席として通用する噺だ。

十五分の仲入りを挟んで人情噺の大作「百年目」。志の輔の噺を聴いていて面白く感じるのは、古典を話す時は、枕をふらずにいきなりズバリと噺を始めるところだ。固い一方で店の者に煙たがられている番頭が実は遊び人で、事もあろうにその現場を店の旦那に見つかってしまう…。そこからが人情噺になり、一時間を越えようという大物だ。今まで私が聴いてきた中では三遊亭圓生のものが実に見事な形で耳に残っている。今回の志の輔の高座には、慣れた噺でありながらも、いささかの迷い、が感じられた。決して出来が悪いわけではないのだ。あえて言うならば、向島の花見の場面に登場する芸者衆に色気がないこと、旦那と番頭の人情噺に、両者の年齢や格の差があまり感じられないことだろうか。そこを、どう話そうか、という迷いが伝わったような気がしたのだ。

帰る道すがら、私は、「百年目」のいつもよりの出来の悪さに、ある事に気づき、慄然とした。志の輔の師匠・談志は「落語は人間の業の肯定である」という言葉を遺している。古典落語に異常とも言える愛情を抱きながら、最期までそれを現代に通じさせる闘いを続けた噺家である。談志は、持って生まれた天才の感性に努力を重ねて技術を磨きながら、自分の落語を確立した。一方、「百年目」を得意とし、昭和の大名人と言われた圓生は、落語界一と言われた膨大なネタの一つ一つを丁寧に磨き上げ、王座を獲得するまでの努力を重ねた秀才である。今、志の輔が苦しんでいるのは、天才・談志の弟子としての感性を受け継ぎつつ、秀才の財産を自分のものにし、変えられるものは変えようとしている「はざま」の苦しみではないだろうか、と感じたのだ。両方を手に入れようとは何と欲張りな話だ、というのではない。これこそ、「芸」に関わる人間の「業」なのだ。天才・談志の芸も、秀才・圓生の芸も、なまじな噺家が一生をかけても手に入れられるかどうか、というほどのものだ。それを知りつつ、我欲ではなく新しい落語のために苦しんでいる志の輔の姿が垣間見えたような気がしたのだ。もとより、志の輔とてそれを誰かに頼まれたわけではあるまい。しかし、それをせずにはおられないところに志の輔の噺家としての「業」があるのだ。

評価が高まる一方の志の輔が抱える苦しみを推し量ることはできない。しかし、高座で必死に落語と格闘している姿は、感動的でさえある。やがて、私が生を終える間際に、「圓生、談志、志の輔の高座を聴くことができたのが財産だ」と言えるような噺家であると私は確信している。そういう多くのファンのために、志の輔の闘いはまだまだ続くのだろう。

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2013.01.06掲載

三人吉三巴白浪 2013.01前進座劇場

劇団前進座が本拠地としている吉祥寺の前進座劇場でのファイナル公演である。1982年に開場し、30年余の歳月を経過後、メンテナンスにかかる費用が莫大であることなどから、苦渋の決断で劇場を締めることにしたのだ。とは言っても、劇団活動自体は今まで通りで、五月には毎年恒例の国立劇場公演も行われる。この劇場は、いささか特殊な成り立ちを持っている。建設に当たり、その費用の一部に充てるために、松本清張、水上勉、井上靖、千田是也、瀧澤修、中村歌右衛門、長谷川一夫など、芸能や文学に関わる著名人が分野を超えて発起人となり、浄財を募った。当時大学生だった私の所属するサークルでも、金10、000円の募金をした記憶がある。前進座の芝居を愛する団体や企業、個人の厚意は約2億円に達し、寄付者の名を刻んだ銘板が、劇場の入口に掲げられている。私自身、そんないきさつもあったために、こけら落としの公演からこの劇場に足を運んでおり、ファイナル公演の今回まで、一体何度足を運んだことだろうか。観客としても、批評家としても、想い出のたくさん詰まった劇場である。個人的な想いもともかく、定員500名で、本花道と回り舞台がついた歌舞伎のできる劇場、という価値は大きい。どの席からも観やすい上に、舞台と観客との距離感、舞台の幅や奥行などが丁度良い寸法にできており、貴重な劇場である。

そのファイナルに、劇団の「第三世代」と呼ばれる藤川矢之輔、河原崎国太郎、嵐芳三郎らによる「三人吉三巴白浪」の上演は、打って付けの演目だ。河竹黙阿弥の人気狂言は、松竹の歌舞伎でも演じられることが多いが、「大川端」のみのケースが多い。しかし、前進座では七幕ある原作を四幕にカットし、現行の「通し上演」の形態での上演がほとんどである。1989年の国立劇場公演では、原題の「三人吉三廓初買」として、通常カットされる部分をも復活上演した。そういう点で、前進座の財産演目の一つとして、受け継がれて来たのだ。

藤川矢之輔の和尚吉三、河原崎国太郎のお嬢吉三、嵐芳三郎のお坊吉三は、前進座のベスト・トリオと言っても良いメンバーである。話の流れを、刀をめぐる因縁と兄妹の近親相姦に絞り込み、そこで展開される三人の悪党の青春群像、とも言えるドラマだ。矢之輔の芝居の骨格、国太郎の若女形ぶり、芳三郎の二枚目ぶりがそれぞれ役にぴたりとハマっており、安心して観ていられる。その分、いささか手馴れすぎてしまった箇所もあったのが残念だ。「毎日初日」という先人の言葉を心に留めておきたい。前進座で「三人吉三」の特徴の一つは、大詰め近く、自ら死を選ぶ決意をしたお坊吉三とお嬢吉三の間に、えも言われぬ淫蕩な感覚が色濃く漂うことだ。ここに、女装の盗賊、の意味がある。社会の底辺をうろうろする若者たちが、根っからの悪人ではなく、大きな宿命に翻弄されながら短い人生を駆け抜ける瞬間に見せる「美」なのだ。作者の河竹黙阿弥自身が、非常に愛した作品でもあり、単なる因果話ではなく、人間像が描かれているのも魅力だ。

こけら落としから30年を経て、中心になるメンバーもずいぶん若返った。劇団が自前の劇場を持つのは最大の夢であると同時に、維持することは非常に難しい。この30年の間、自前の劇場で芝居が打てた幸福を知る劇団員は、次の世代にその幸福と責任を伝えながら、新しい前進座の「かたち」を見せてゆく責任がある。私もそれを見届けたい。

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2012.12.25掲載

日本舞踊×オーケストラ−伝統の競演− 2012.12 東京文化会館

日本舞踊の名手たちがクラシックの名曲を踊る、それも一夜限りの贅沢な競演である。花柳壽輔、井上八千代、吾妻徳彌などの名手、それに狂言の野村萬斎が加わり、東京フィルハーモニー管弦楽団の音で踊る。重箱の蓋を開けると、手の込んだ贅沢な料理がぎっしりと詰まっているような舞台だ。これだけのメンバーを揃えるのは並大抵のことではないのだろうが、あえて「一夜限りの贅沢」というのも嬉しい。少し早いが、クリスマス・プレゼントのような時間であった。

ショパンの「レ・シルフィード」を吾妻徳彌を中心としたメンバーが群舞で踊り、プロコフィエフの「ロミオとジュリエット」を花柳典幸と尾上紫が踊る。ストラヴィンスキーの「ペトルーシュカ」を若柳里次朗、花柳輔蔵らが踊り、ドビュッシーの「牧神の午後」を花柳壽輔と井上八千代が、ラヴェルの「ボレロ」を野村萬斎と四十人の舞踊家が群舞で踊る。総合演出は花柳壽輔だ。舞台美術も朝倉摂、金子國義、千住博と一流かつ個性的なメンバーが顔を揃えた。

こうした試みは、今までにないわけではなかったが、今回の舞台では日本舞踊を洋楽で踊る、というだけではなく、洋楽の中に日本舞踊の味わいをどこまで盛り込めるか、という実験が随所に感じられた。例えば「ペトルーシュカ」は、歌舞伎舞踊の「操り三番叟」を想起させるものがあるし、「牧神の午後」は同様に「隅田川」にたどり着く。これでこそ、「競演」の意味があると言うものだ。「レ・シルフィード」は吾妻徳彌を囲んだ女性舞踊家が、華やかな群舞を見せた。「ロミオとジュリエット」は無言のうちに二人の愛情が表現され、科白を持たずに感情を表現する舞踊の特異性が顕著に現われていた。

圧巻だったのは、花柳壽輔と井上八千代の二人による「牧神の午後」で、花柳流と京舞井上流の家元同士の競演の中で、わずか二十分に満たない舞踊でありながら、能の「隅田川」の世界が浮かび上がった。我が子を亡くした哀しみに狂う女性、その前に現われる舟長の練達の芸、のぶつかり合いである。ただ、残念だったのは、「隅田川」という原点を知らない観客には、いささか難解だったかもしれない。

最後が、野村萬斎の「ボレロ」。これは初演ではなく、今までに幾度か形を変えて上演しているものだ。狂言舞台の様式の中で「ボレロ」を四十人の舞踊家の群舞と共に舞う野村萬斎。舞台に響く力強い足音は、音楽との共鳴を感じさせる舞踊だが、思い切って狂言舞台の様式を取り払ってしまっても面白かっただろう。野村萬斎が守り続けている狂言の様式を破ったところに、西洋のクラシック音楽との競演による新たな化学反応が見いだせた可能性がある。

欲を言い出せばきりがないが、幕が降りた瞬間に消える舞台芸術が、たった一夜限りの競演というところに「珠玉」を感じる。「一期一会」とはまさにこのことであろう。ロングラン・システムも結構だが、一夜限りを大事にする日本人の精神が、贅沢な時間を生み出したことは事実である。

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2012.12.12掲載

トップドッグ/アンダードッグ 2012.12 世田谷パブリックシアター

近頃、「格差社会」という言葉をよく耳にする。格差のない社会など、我々の共同幻想に過ぎないのという現実を知らされるような出来事の連続だからだ。その背景には、戦争に負けてアメリカから流れ込んで来た民主主義と自由主義を混同し、錯誤した時代もあれば、「働かざる者食うべからず」という先人の金言を忘れた「バブル」の時代もあった。その民主主義の地、・アメリカで生まれた芝居で、リンカーンとブースという、大統領とその暗殺者の名前を「冗談で」付けられたアフリカ系アメリカ人兄弟の物語だ。タイトルのトップドッグは勝者、アンダードッグは敗者を意味し、この兄弟の立つ位置が時として入れ替わりながら、兄弟愛、近親憎悪をかわるがわる見せ、物語は進んでゆく。登場人物と同じアフリカ系アメリカ人の劇作家、スーザン=ロリ・バークスの作品を、小川絵梨子が演出している。

水道も止められ、トイレもないボロアパートの一室に居候している兄・リンカーン(千葉哲也)は、遊園地で顔を白く塗り、暗殺されるリンカーンのアトラクションをしながら日銭を稼いでいる。弟のブース(堤真一)は、かつて兄が生業にしていたカード賭博のディーラーに憧れ、恋人との甘い生活を夢見ながらも、仕事はせずに必要な物は万引きで調達している始末だ。アメリカン・ドリームというほどのものではないが、二人共に一発当てて、少なくも日々の生活には困らないような暮らしをしたいと願ってはいるが、堅気に戻ろうとする兄と、濡れ手で粟を夢見る弟の間には、兄弟とは言え大きな隔たりがある。それが、最初は兄弟、ないしは家族の絆や共通の想い出で何とか綻びを隠せているのだが、やがてそれも難しくなってくる…。

一回の休憩を挟んで約二時間の芝居、千葉哲也と堤真一の間には、マイナスであれプラスであれ、常に濃密な空気が漂っている。幕が開いてしばらくの堤真一の芝居には、かつて人気だった「傷だらけの天使」の萩原健一と水谷豊にも似た感覚のじゃれ方を一瞬想起させる。堤の役は水谷豊に相当するが、設定も違えば、「傷だらけの天使」の場合は「兄貴〜」とは呼ぶもののチンピラにおける擬似家族の関係性で、肉親ではない。時に、ややオーバーなほどの子供っぽさを見せるが、風貌からして落ち着いた千葉哲也との対比で見ると、それほど収まりは悪くない。また、同じ舞台で言えば、やはりアメリカのアーサー・ミラーの「セールスマンの死」のビフとハッピーの兄弟をも連想させる瞬間がある。

二人が交わす科白は、ブースの恋人の話であり、子供の頃の想い出であり、暗い話題ばかりでもないのだが、日々の暮らしに追われ、夢を語りながらも狭い空間の中で交わされる会話は、内容の質に関係なく徐々に息苦しさを感じさせ、この二人の別れが必ずしも幸福ではない予感を漂わせる。この不安定な状態はまさしく二人の精神状態を反映しており、女性の作家、演出家ならではの肌理の細やかさが現われているところでもある。科白のキャッチボールの間合いや表情がだんだん不安定になり、仲の良いはずの二人の兄弟の近親憎悪が剥き出しになり、奔流のように幕切れへと進む。千葉哲也と堤真一のコンビは多くの舞台で共演しており、お互いの信頼感があるのか安心して観られ、最後のカタストロフィまでの緊張感の高まり、そして爆発までの芝居には緊迫感が漂った。

どこの国にも家族があり、兄弟がいる。しかし、環境や時代、生活などで無数とも言える組み合わせがあり、血を分けた仲であるだけに近親憎悪という厄介な感覚がつきまとう。「カインとアベル」以来のものでもあろうが、思ったことをストレートには言わず、以心伝心を大切にする日本とアメリカの生な感情のぶつかり合いの差を感じると共に、堤真一が演じるブースの言葉のどれほどが事実だったのか、作者の見事なトラップに感心した芝居でもある。

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2012.12.02掲載

バカのカベ〜フランス風〜2012.11. 本多劇場

風間杜夫と加藤健一。つかこうへい事務所で頭角を現わし、人気俳優となった二人の30年ぶりの共演に大笑いした後、ふとした哀愁が漂う。「宴のあとの寂しさ」とでも言おうか。大人が楽しむ上質のコメディである。加藤健一事務所では、イギリスやアメリカのコメディを積極的に上演して来たが、フランス作品は珍しい。NLTが好んで上演しそうな芝居だが、芝居の虫・加藤健一にとっては、面白い作品であればどこの国の芝居でも関係ないのだろう。鵜山仁の丁寧な演出とベテラン二人の息の合ったやり取りが、ウェルメイド・プレイの魅力を発揮した。  編集者・ピエール(風間杜夫)は、週に一回、これはと思う「バカ」を選んでパーティに招待し、仲間と笑い者にして楽しむという悪趣味の持ち主だ。今夜は、税務署に勤めるフランソワ(加藤健一)が招待されたが、生憎、ぎっくり腰になってしまう。ピエールのために、何とかと一所懸命に手を尽くすフランソワの行為はすべて裏目に出てしまい、愛人の存在はばれるわ、国税局に目を付けられるわ、とてんやわんやの騒ぎになる…。新井康弘や日下由美らの好助演を得て、息の合った舞台になった。コメディの命は「間」であり、加藤・風間のコンビには30年の時間を感じさせない。20代のある時期を共にした仲間が、その後違った道を歩み、互が実力派の俳優として名を成した今、舞台で共演するのは、若き日の二人を知るファンには感慨深いものであろうし、若いファンにはご馳走だ。

科白にもあるが、「何をもって人をバカと判断するのか」。事態を悪化させているのは加藤健一のフランソワだが、それを笑い、怒る風間杜夫のピエールがバカに見える瞬間がある。フランソワには悪意のかけらもなく、愚直なまでに事態の解決方法を彼なりに考え、行動しているだけだ。それが裏目に出るからこそ、笑いが起きる。しかし、元々腹黒い悪意を抱えてフランソワを招いたのはピエールであり、フランソワの行為はすべてピエールのために他ならない。しかも、一見したところ、明らかに経済的・社会的にも成功しているのはピエールである。我々は、どちらを「愚かしい人間」だと判断すれば良いのだろうか。その判断基準は何によるものなのか? そんなことをも考えさせられる。

今の世の中、人に聞かないと自分を客観視できない、あるいは判断基準を持てない人も多い。また、他者の判断や評価ばかりが気になる時代だ。しかし、たとえ愚直でも人に笑われても、確固たる自分の人生を歩んでいる方が、人間としては豊かなのではなかろうか。成功とは、経済的、社会的なものさしだけで測れるものではない。そんな、混沌とした現代をフランス風のエスプリで洒落のめし、「そして、あなたはどちら…?」と問い掛ける芝居である。宴が盛り上がれば盛り上がるほど、誰もいなくなったパーティルームは寂しいものだ。

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2012.11.29掲載

「シャンソンの黄金時代」CD発売記念コンサート 2012.11.26 ヤマハホール

ベテラン・若手の多くの出演者には失礼だが、たった一人の五分間の出演に、ヤマハホールは割れんばかりの拍手に包まれた。昭和初期に日本でシャンソンが歌われるようになり、間もなく80年になるのを記念して、雪村いづみ、嵯峨美子、田代万里生、水谷八重子らが、数々の名曲を歌う豪華なコンサートだ。その中で、車椅子ではあったが、85歳になる宮城まり子が登場した瞬間、万雷の拍手が起きた。たっぷりとした白い衣装に身を包み、「ジェルソミナ」を歌った。正直なところを言えば、歌はいささかたどたどしく、往年の面影はない。本人も、「舞台の上で歌うのは40年ぶりの新人歌手なの」と、昔に変わらぬ「まり子」調で客席を沸かせていたが、この拍手は、元気な姿で久しぶりにステージに出る宮城まり子を暖かく迎える観客の想いであった。事実、座って話している姿は、さして以前とは変わらぬ愛らしさに包まれていた。

今の若い世代には、宮城まり子は肢体不自由児施設「ねむの木学園」の園長として多彩な活動をしている元・女優というイメージしかないだろう。それは事実だ。しかし、東宝所属のミュージカル・スターとして一時代を築き、また、稀代のコメディエンヌとして豊かな才能を発揮していた人気者であったこともまた事実だ。この舞台で彼女は茶目っ気で「40年ぶり」と言ったのだろうが、私は1984年に新橋のヤクルトホールで「イルマ・ラ・ドゥース」という可愛く優しい娼婦を主人公にしたミュージカルを観ている。その後、89年にも「星が見える心」というミュージカルを観ているが、これは彼女よりも、ねむの木学園の子供たちを中心としたものであった。そういう意味で言えば、私はこの夜、28年ぶりに舞台の上の宮城まり子と再会したことになる。大袈裟に言えば、「邂逅」とも言いたくなるような気持ちであった。恐らく、多くの観客が同じ気持ちを持っていたのではなかろうか。アンコールには、水谷八重子、雪村いづみに支えられながらではあるが、再び元気な顔を見せ、終演後はCDにサインを求めるファンでロビーはごった返していた。

シャンソン、というとあるイメージが持たれるようで、「フランスの演歌」とか「敷居が高い」「暗い」などと言われることがある。確かに、ダミアが歌った「暗い日曜日」のような特殊な曲や、男性に捨てられる女性の歌、娼婦の歌などが名曲として歌い継がれているのは事実だ。しかし、元来「シャンソン」とはフランス語では「歌」そのものを指し、特定のジャンルの楽曲を指定しているわけではない。また、日本で歌われている曲も人の心や愛情を歌ったもので、暗く悲しい曲ばかりではない。越路吹雪の歌唱で知られる「愛の讃歌」をはじめ、「幸福を売る男」、「パリ野郎」など、明るい歌やアップ・テンポの曲もある。来年、没後50年を迎えるエディット・ピアフの波乱に満ちた生涯は日本でも何度も劇化され、演じられて来た。最近では、大竹しのぶが演じた「ピアフ」が高い評価を受けており、今回のコンサートの中にもピアフの持ち歌であった「ミロール」なども登場した。今は、フランスでもシャンソンよりもロックのCDの方が発売数が多い、という話を聞いたことがある。しかし、淡谷のり子、高英男、石井好子らによって歌い継がれて来た名曲の数々は、ジャズで言えばグレン・ミラーやルイ・アームストロング、ベニー・グッドマンらが日本にもたらしたものと同じである。「AKB48」のような爆発的な支持はないまでも、長く歌い継がれているのは、名曲の証である。「シャンソン・ブームよ、もう一度」と叫ぶつもりはない。ロックもJ-POPも何でも結構。しかし、所は銀座のヤマハホールで、大人の愛情を歌ったコンサートにしっとりとした味わいを感じる一夜があっても悪くはない。

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2012.11.12掲載

永楽館歌舞伎 2011.11

明治34(1901)年に開場し、平成20年の大改修を経て芝居小屋として甦った兵庫県・豊岡市の「永楽館」。文人墨客に愛された名湯として名高い城崎温泉から車で40分ほどの場所にあり、かつて、歌舞伎はむろん、新派や大衆演劇が盛んに上演された昔の名残を残す芝居小屋だ。こうした場所は香川県の金丸座、秋田の康楽館、熊本の八千代座など、数えるほどになってしまった。永楽館の特徴は、豊岡の街並みの中の路地に忽然と芝居小屋が現われる光景だ。大石内蔵助の妻・りくの故郷でもあり、出石そばの名物もある。古い街並みを大切にしているところで、五年前に始まった永楽館歌舞伎は豊岡市をはじめ永楽館歌舞伎実行委員会が中心となり、多くのボランティアを中心とした人々が支えている。第一回から若手のホープ・片岡愛之助が座頭となり、積極的に公演を勧めた結果、町おこし以上に文化として定着した感がある。

昔ながらの升席に座布団を引いて座り、芝居を観るのは楽しいものだ。多くの劇場が椅子で固定されているために、否応なしに舞台を観ていなくてはならないが、芝居小屋にはそうではない自由がある。芝居の途中で飴色になった天井や、昭和初期と思しき頃の宣伝看板を眺めても、どこからも苦情が出ない。この自由な大らかさこそ、芝居見物の楽しみでもある。そう遠い話ではないが、京都の南座が今のように建て替わる前は、三階の前列には四人で入る升席があった。年末恒例の顔見世を、三階の升席で一日かけて見物した時代がもはや遠いことのように思われる。

今年の永楽館歌舞伎は、地元にゆかりの大石りくと内蔵助の別れを描いた「実録忠臣蔵」「お目見得口上」「鯉つかみ」の三本、休憩を入れて約三時間の公演だ。「実録忠臣蔵」はいわゆる「忠臣蔵外伝」として書かれた作品群の中で、山科に逼塞する大石が密かに討ち入り決行の意志を固め、妻子と別れる場面を描いた一幕物。そして、愛之助、中村壱太郎、中村種太郎、上村吉弥、坂東薪車の五人による「お目見得口上」、琵琶湖に長年棲みついた鯉の精が姫をたぶらかし、それを本水の水槽で大立ち回りを繰り広げながら退治する「鯉つかみ」と続く。いずれもふだんは滅多に上演される芝居ではなく、特に「鯉つかみ」はもともと上方の芝居で、愛之助の伯父に当たる片岡我當も演じていたことから、片岡家には所縁の深い芝居だ。取り立ててドラマティックな内容のものではないが、派手な本水の立ち回りは観客を喜ばせ、かつては夏芝居には恰好の人気作品だった。

芝居小屋自体が大きなものではないから、大一座でのお目見得というわけではない。その分、主な出演者全員が全ての演目に出演し、大車輪の活躍を見せるが、中でも片岡愛之助の奮闘ぶりはたいしたものだ。最後の出し物「鯉つかみ」の立ち回りでは、ここぞとばかりに水槽の中で鯉との大格闘を演じ、前方の観客には水が降りかかる。その度に、小さな小屋は割れんばかりの喝采と水を浴びた観客の嬌声に包まれる。役者との距離感が近く、江戸時代にタイムスリップしているような感覚を持つこの小屋ならではのものだ。本来、この距離感が、芝居の醍醐味なのだ。大劇場の天井桟敷から、双眼鏡でやっと目当ての役者の顔を見るような芝居ばかりではなく、役者の息遣いを感じることも芝居見物の楽しさである。

こういう場所で演じる芝居は、理屈抜きに楽しめるものが良い。その点でも、「鯉つかみ」は最適の題材だったとも言える。「お目見得口上」も、わずか五人ながら普段の「口上」のような格式ばったものではなく、役者が観客に世間話をしているような気軽さがあり、わずか五人で二十分間、観客の笑いを誘っていた。襲名、追善、お目見得と口上も性質が分かれており、お目見得は一番砕けたものではあるが、列座している役者が笑いをこらえて震えている口上は初めてだった。

この小屋は、便利な場所にあるとは言い難い。東京から出かけると、京都で新幹線から特急に乗り換えて約二時間強、豊岡で降りて車で三十分、合計約五時間の行程で、移動だけで半日かかる。しかし、温かく迎えてくれる町の人々の笑顔と、ざっくばらんな芝居見物を楽しみに来る価値はあるところだ。歌舞伎の本質、あるいはありようの一つが、この永楽館歌舞伎には残っている。

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2012.11.03掲載

るつぼ 2012.11 新国立劇場小劇場

アメリカの現代演劇を代表する劇作家の一人、アーサー・ミラーの「るつぼ」。この芝居を観るのは、1986年以来、26年ぶりになる。名作と言える芝居でありながら、頻繁に舞台に上らないのは、「魔女狩り」という宗教を背景にした題材が受け入れにくいと感じられたからだろうか。あるいは上演時間が長いからだろうか。私の感覚では、芝居者にとって、この作品が「手強いもの」だからではないか、と感じていた。それほどに、この芝居が持つメッセージの重さ、作品に投影された執筆当時の作者の心理、一筋縄ではゆかぬ科白と、容易に片づけることのできない要素を孕んでいるのだ。私が以前観た舞台は、アーサー・ミラー作品をよく取り上げる劇団民藝の上演によるものだった。今回は新国立劇場主催の公演で、今までに使われていた倉橋健の翻訳台本ではなく、新たに訳し直されたものだ。作品の発表が1953年、日本での初演が1962年で、日本初演からすでに50年が経過している。今回は水谷八也が翻訳した台本を、宮田慶子が演出している。新台本は、科白の語感が倉橋訳よりも軽くなり、時代が現代に近づいている感覚を持たせる。そうしないと、現代の観客には受け入れられない、ということだろうか。宮田慶子は丁寧な演出で、簡潔な舞台装置ながらも、作品が持つ重厚さを失わないように見せている。

まだアメリカが独立宣言をする以前の1692年、マサチューセッツ州のセイレムで実際にあった「魔女狩り」を題材にした作品だ。農夫のプロクターはふとしたことから、召使のアビゲイルと関係を持ってしまう。しかし、それは本気ではない。しかし、アビゲイルは何とかプロクターを自分のものにしたいと、プロクターの妻・エリザベスを「魔女」として告発する。プロクターの考えに不満を持った村のパリス牧師のもとに副総督・ダンフォースが現われ、セイレムには一気に魔女狩りの嵐が吹き荒れ、無実の人々が次から次へと告発されてゆく…。

この作品を書いた時、アメリカには「マッカーシー旋風」と呼ばれる思想統制が吹き荒れ、いわゆる「赤狩り」が行われた。マッカーシーとはアメリカの共和党議員の名で、この事件はアメリカの映画・演劇界にも大きな影響を与えた。作者は、この「赤狩り」に対する警鐘を鳴らすために「るつぼ」を書いたのだ。丹念に当時の資料を調べた上で創作された戯曲だが、必ずしも史実そのままではなく、幕切れに至るまで一本の太い棒が貫かれているような芝居だ。第二次世界大戦が終結してもなお、今から60年ほど前にはこうした思想統制、言論統制が当時のアメリカで行われており、今もなお、日本を囲む近隣の国で行われている事実は決して演劇とは無関係ではない。演劇は時代を映す鏡でもある。「日米安全保障条約」締結を巡って、日本でも大規模なデモ行進が行われ、それに多くの演劇人が連なったことも、もはや伝説的な出来事になっている。

主役のプロクターを演じる池内博之が、ここしばらく舞台を重ねてきた結果か、好演だ。頑固ではあるが乱暴ではない。男らしいが野卑ではない。言葉は荒いが嘘はつかない。過ちは犯すが誠実であろうとする。こうした農夫の姿を見せた。妻のエリザベスは栗田桃子。非常なる抑制を求められる役の要求に良く応えている。セイレムにとっては恐怖の象徴、とも呼べるダンフォースの磯部勉。かつて私が圧倒された瀧澤修ほどの重厚感はないものの、時に悪魔とも思えるほどの冷酷さと狡猾さが伝わる。印象的だったのは、セイレムの人々の中でも高潔だと評判が良いにも関わらず告発され、従容として死を受け入れる老女・レベッカを演じた文化座の佐々木愛だ。四幕の幕切れ、「まだ朝食をいただいていないものだから」という科白一言で、この女性の思想や信条、高潔とも言える生き方を見事に現わしたのは、ベテランのなせる業だ。

15分の休憩を挟んで3時間45分。長い芝居だ。幕が降りた後、「魔女狩り」はキリスト教を背景にした海の向こうの国の話ではなく、今の日本にもさまざまな形を変えながら吹き荒れているのだ、と感じた。アメリカでは「9.11」のテロの翌年の2002年にこの芝居が上演された。それと全く同じとまでは言わないものの、10年前にアメリカでこの芝居を上演しようとした意図と、今回の上演の意図の根っこはつながっている。

良く出来た芝居には普遍性がある。賞味期限が長い、と言い換えてもよい。アーサー・ミラーの作品は、「セールスマンの死」にしても「みんな我が子」にしても、ほかの作品も同様に普遍性を持っている。取り上げている時代はさまざまだが、どれも今の時代に巣食う病巣をあぶり出したものだ。人間の考えや行為は、500年やそこらでは根本的に変わるものではないのだ、ということをこの芝居は教えている。

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2012.10.25掲載

塩原多助一代記 2012.10 国立劇場

一昔前、ではすまないが、以前は塩原多助の実直な生き方は「修身」の教科書の題材になるようなものだった。国立劇場にほど近い永田町には居直り強盗以下の連中がゴロゴロしているが、そういう人々にまず観ていただきたい。今月の通し狂言「塩原多助一代記」は配役の妙を得た、久しぶりのクリーンヒットだ。落語の中興の祖とも言うべき名人・三遊亭圓朝の口演を、講談や落語などの舞台化で腕を見せた三世河竹新七が舞台化したものだ。圓朝の噺で舞台化されたものは多く、「怪談真景累ヶ淵」や「怪談乳房榎」などが人気だ。この芝居は久しぶりの上演で、落語では塩原多助が愛馬・青と別れる「塩原多助・青の別れ」を三遊亭圓生が得意としており、その高座を聴いているだけで光景が目に浮かぶようだった。

今月は坂東三津五郎、中村橋之助、片岡孝太郎、中村錦之助と、決して派手な顔ぶれではない。しかし、実直で真面目な塩原多助を演じる三津五郎の実直で篤実な芝居が、この役者の柄にぴたりとはまっている。現代的な視点から見れば余りにも人が良すぎるのだろうが、塩原多助は実在の人物であり、篤志家としての功績も大きい。これは明治の作品だが、江戸時代には、こうした偉人の業績を芝居に仕立て、分かりやすく見せたからこそ「芝居は無学の耳学問」とも言われたのだ。三津五郎が二役で演じる悪党の小平は、多助とはがらりと様子が変わって、世話物の悪党ぶりが小気味よい切れ味がある。養子先の継母に苛められた挙句に殺されかかり、親友を殺されて命からがら江戸へ出て、コツコツとまさに身を粉にして働き立身を遂げる。そこへ、零落した継母があらわれ、それをも許す、という多助の人柄に「嘘」を感じさせずに観客を引き込むのは、三津五郎の腕だろう。一歩間違えると説教じみた面白くも何ともない芝居になってしまうが、そうせずに見せたところが三津五郎の巧さだ。

多助を苛め、殺そうとした挙句におちぶれる継母の上村吉弥が良い。前半の意地の悪さで思う存分に芝居を見せたが、後半の惨めな姿も哀れを誘う。純粋な上方の役者だが、その匂いを感じさせずに年増の色気をたっぷりと見せたのが良かった。孝太郎も二役で、両方ともに多助の妻だが、最初の性悪女と後半の地主の娘をきっちりと演じ分けたので、混乱せずにすんだ。孝太郎の柄から行けば、前半の性悪よりも、地主の娘の方が似合い、若々しい可憐さと一途な娘らしさを感じさせるのが身上だ。

今は損得勘定だけが優先しがちで、何でもお金に換算して考えないと気がすまない世の中になった。現代に塩原多助のような人がいたら「やられっぱなし」になるだろう。そこまで世の中が悪くなったことは嘆かわしいが、だからこそ一途な多助の姿が観客の心を打つのだ。人情紙の如き世の中になったが、どんな時代になっても人の情に変わりはないはずだ。また、100年や150年でそれほどに変わってほしくもない。今の自分の物の考え方を改めて多助に問いかけられているような舞台だ。三津五郎の口を借りて、圓朝から「自分の身の丈を考えなさいよ」と言われているような気がした。

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2012.10.21掲載

YAMATO ジャパンツアー 2012.10 勝山市民会館

来年で結成20年を迎える和太鼓の集団「YAMATO」。ふだんは奈良県・明日香村に拠点を置いて集団での生活を送りながら、太鼓の研鑽に励んでいる。今までの公演のほとんどは海外で、年間150から200本のステージを、世界各国を「飛び歩き」ながら、公演を行って来た。今年は長野での公演を皮切りに、先月は東京・国際フォーラムで二回目の東京公演を行い、この福井県・勝山市での公演が今年のジャパンツアーのラスト・ステージである。来年もマレーシアやヨーロッパ、カナダ、アメリカなど、海外での多数の公演が決定しており、大きな動員力を持っているが、国内では数ある和太鼓集団の中ではまだまだ無名に近い存在だ。厳しい言い方をすれば、直径が2メートルもある大きな太鼓や、いくつもの太鼓を並べての演奏は、海外では「エキゾチック・ジャパン」の非常に分かりやすい例の一つとして好感を持って迎えられるだろう。ステージのほとんどを、パントを含めた無言のやり取りで終始するのも、海外公演の折の言語の壁から湧いた苦肉の策が功を奏している部分だ。

私は以前、初めて「YAMATO」のステージを眼にした時に、「芸能本来が持つ土着的な魅力がこの集団の身上」であるという主旨の批評を書いた。今回、改めて彼らのステージを観ると、和太鼓演奏に関する潜在能力の高さには驚嘆すべきものがある。他の集団との比較に意味があるとは思えないし、こうした芸能は集団ごとの異なった特徴が持ち味であり、「YAMATO」ならではの身体能力と音感、ユニークなパフォーマンスを武器にすれば、さらなる魅力を持ったステージが出来るだろう。ただ、そうなるためには、海外でのステージの創り方がそのまま日本で通用するとは思えない。海外では許されても、日本人には許されない、同じ国だからこそ求められるハードルの高さがある。彼らの土着的な魅力は変わらないはずだが、それだけでは日本での評価は海外よりも劣ったものになるのは明白だ。ここに、新しい魅力として何を付け加えることができるか、が来年の20年の節目への課題でもある。

以前のステージに比べて、若い世代の力が飛躍的に伸びたのは喜ばしいことだ。ストイックなまでに和太鼓に対峙し、集団生活の中での訓練がこうした花を咲かせるのだろう。ステージを観ていて感じたのは、太鼓を打っている時の彼らの歓喜にも似た笑顔だ。太鼓を叩いていることが嬉しくてたまらない、という顔でメンバーの男女が輝いている。どんなにメジャーな集団になっても、この笑顔だけは失ってほしくないものだ。これからは、国内でのツアーを着実に重ね、実績を残してゆくことだ。それを再度、海外に向けて発信し、パワーアップを続ける集団であってほしい。

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2012.10.10掲載

堂本光一ソロライブ「Gravity」2012.10 横浜アリーナ

数年ぶりの横浜アリーナでのライブ鑑賞となった。毎年、帝国劇場での「Endless SHOCK」は初演の舞台から観ているが、歌手・堂本光一としてのステージを観るのは初めての経験だ。今回はソロ・アルバム「Gravity」を引っ提げてのツアーで、北海道を皮切りに12月の大阪城ホールまで全18ステージ、20万人を超える動員だという。「Gravity」とは引力、もしくは重力という意味で、彼が持つ引力を意味するのだろう。マイケル・ジャクソンの曲を振り付けたことでも知られるトラヴィス・ペインが振り付けた「Danger Zone」をはじめ、このアルバムの12曲を含めて、今回のステージでは合計19曲を歌い、踊る。

私は、J-POPの評論家ではない。曲の内容やライブの構成などについて、知ったかぶりをして恥をかいても意味がないので、ここでは彼が日ごろ見せる舞台と、今回のライブから受けた印象の違いを述べることにする。以前、帝国劇場の舞台に立つ彼の魅力は「憂い」と「翳り」だ、と書いたことがある。毎年ハードルを上げて困難に立ち向かうストイックな姿勢から受ける印象は今も変わってはいない。しかし、当然のことながら、ライブと舞台という、異なったフィールドで見せる彼の顔は違う。客席の照明が落ちた途端に一斉にペンライトが灯り、場内が総立ちになるライブでは彼は「憂い」も「翳り」も見せることなく、激しい踊りとMCの軽やかなトークで客席を沸かせている。どんな役者も「一面」しか持っているわけではなく、違って当然だ。状況に応じたいくつもの顔を持ち、姿が見せられてこそのエンターテイナーであり、今回のステージで見せる堂本光一の姿は、決して二律背反でも矛盾でもない。

帝国劇場の舞台しか観ていない私には、「意外にざっくばらんだな」という新たな印象が加わったが、ここで一つ、不思議な感覚があった。彼は、MCでファンに対し、信頼感と愛情に結ばれた上で、かなりの毒舌を吐き、ファンもそれを待っている節がある。私には初めての姿だったが、白皙の二枚目と毒舌や下ネタのギャップ、という点も面白いが、どんなことを言っても嫌らしく聞こえないのは個性であり、彼のもう一つの魅力だろう。観客に媚を売るわけではなく、突き放すような発言をしても、決して不愉快に聞こえることはない。あえて言えば、何か透明のベールかカプセルに包まれているような感覚がある。ファンの女性たちの間では、彼のことを「王子」と呼ぶ人もいるようだが、その所以は、ここにあるのだ、という確信を覚えた。

2時間半に及ぶステージを、まさに駆け抜け、踊り尽くす印象があった。この日は2回公演と聞いたが、体力と気力だけで乗り切れるものではないだろう。周りのサポートはあるにしても、一万人を超える観客を相手に一人立つ姿の中に、33歳の青年の「孤高」の瞬間を垣間見たステージであった。

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2012. 9.25掲載

ボクの四谷怪談 2012.09 シアターコクーン

サブタイトルに「騒音歌舞伎」(ロックミュージカル)とある。幕が開くと浅草の街中で、金髪でジーンズ姿の多少ヤンチャなお兄ちゃんが一本1,500円で唐傘を売っている。これが、佐藤隆太が演じる民谷伊右衛門その人だ。昭和51年、橋本治が28歳の時に、天啓とも言えるひらめきを得て一気に書き上げた芝居が「ボクの四谷怪談」だ。この「ボクの」というのは、作者の橋本治、だ。大学時代に鶴屋南北を専攻していたとあって、南北作品の現代化、あるいは新解釈はお手のもの、と言えるだろうが、36年前の作品とは思えない新鮮さがある。加えて、パワーがある。丹念に綻びを探すような意地の悪い作業をしたとしても、それを蹴散らかして進んで行く力を戯曲が持っている。それは、この当時の作者の頭の中に、はっきりと「あるべき四谷怪談」の姿が見えていたからで、細かな帳尻合わせなど無意味だったからだ。時代背景が昭和51年(1976)の部分では、当時の匂いが漂っており、作品の中の楽曲は今の観客には分からないものもあるだろう。しかし、我々は長唄の楽曲を知らずに歌舞伎舞踊を観る。それと同じことだ。現代と作品が初演された江戸末期の文化八年(1825)、「四谷怪談」の裏テーマでもある赤穂浪士の討ち入りの元禄十五年(1703)と、上演されている2012年を、自由に行ったり来たりしながら、話は進む。

厳密に言えば、鶴屋南北の「東海道四谷怪談」をそっくりそのまま時代を変えたわけではない。伊右衛門とお岩の間の子供の扱いや、有名な「髪梳き」の場面に至るまでのストーリー展開は同じではない。しかし、それが些末と感じられるほどに台本が良く出来ている。一番優れた点は、南北の「東海道四谷怪談」というドラマを成立させるためには必要な部分はすべてきちんと残してあることだ。中でも、最近では上演時間の関係で割愛されることの多い重要な場面、「三角屋敷」を作者なりに再現することで、この作品が持っている怪談だけではない「因果噺」としての側面がはっきり分かる。また、最後の「どんでん返し」までを眺めてゆくと、いわゆる「正統な古典芸能」としての歌舞伎ファンには何から何まで異質なものと受け取られるかも知れない。しかし、これこそ現代の歌舞伎なのだ。古典芸能になったのは時代が経っただけで、その間に当時の時代や観客に合わせて本質は変えずにいかようにも変容を遂げて来た歌舞伎の荒唐無稽さが、ここにある。その点で言えば、この作品の上演は「現代の歌舞伎のありよう」として、見事な提示の仕方である。

佐藤隆太、小出恵介、勝地涼、栗山千明、三浦涼介、歌舞伎の尾上松也など旬の若手を中心に麻実れい、勝村政信、瑳川哲朗、梅沢昌代たちベテラン勢が加わった豪華なキャスティングである。お岩を演じる尾上松也だけが歌舞伎役者だが、後は歌舞伎の経験はない役者ばかりだ。しかし、歌舞伎を演じるために厳密な資格が必要なわけではない。また、1970年代にはすでに古典歌舞伎の現代化の目的で小劇場を中心に、多くの公演がもたれて来た。そういう観点で言えば、「ようやく21世紀の新しい歌舞伎が生まれた」という喜びは大きい。現代の観客が聴いても何ら違和感のないセリフのやり取り、登場人物との身近な距離感、こうしたものが歌舞伎にとっていかに重要な要素の一つであるかを再認識させられる芝居である。

佐藤隆太の伊右衛門が、予想以上の熱演を見せているその理由の一つは、「等身大」だからだろう。時代も考え方も遥かにかけ離れ、類型化された民谷伊右衛門ではなく、生の感情で動く伊右衛門だ。常々この作品に対して感じていたのは、伊右衛門は冷酷無残な悪人のように描かれることが多いが、私が南北の原作を読んだ限りでは、そうは見えない。深い考えがあるわけではなく、その場限りで自分に良いと思ったことには敏感に反応し、その一方で体制や権力に反感を持ちながらも流されてしまう部分もある。いわば、「調子のいい兄ちゃん」であり、大雑把に言えば、今の新宿でも渋谷でも、どこにでもいそうな青年の姿だ。それを伝統歌舞伎が類型化したことにより、観客側にも固定観念が植え付けられて「色悪」(二枚目で悪人)という歌舞伎の役のパターンになったが、そうとばかりは言えないのだ。こうした解釈がそれぞれの役に橋本流で施されているから、観客は歌舞伎に関する知識がなくとも自然に物語の世界に入ってゆける。勝地涼の直助権兵衛、栗山千明のお袖、小出恵介の佐藤与茂七も健闘している。尾上松也のお岩は、歌舞伎の演技と匂いを見せながら、終幕で大爆発をする。ネタばらしになるのでここには書かないが、単純に奇をてらったものではなく、伊右衛門とお岩の関係性に重大な疑問を提示した上で、作者独自の答えを見せる芝居をする。この大きなトリックに果敢に挑戦した尾上松也には拍手を贈りたい。

年功を積んだ名優たちの芝居の魅力もある。その一方で、こうした若い役者を中心とした爆発的なエネルギーの発露で見せる芝居がある。優劣の問題ではなく、指向性の問題だろう。しかし、これが今後の演劇界のさまざまな部分を見直し、考え直す要素を持っていることは充分に言える。私は批評家として古典歌舞伎を否定するものではないし、何でも新しければ良い、というものではない。今回の作品を評価するのは、南北の芝居の骨法をきっちり押さえながら、新しい歌舞伎を生み出そうとした橋本治のパワーと才気である。のんびりはしていられない。

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2012. 9.18掲載

エッグ 2012.09 東京芸術劇場

ここ数本の野田秀樹の芝居を観て感じているのは、科白の内容が研ぎ澄まされた錐のような鋭さを増していることだ。「過激」とか「下品」ではなく、「鋭利」、あるいは「怜悧」にだ。速射砲のように科白が繰り出されるテンポの芝居の中に埋没しそうになる瞬間もあるが、その一言が持つ意味の深さや、いたるところに張り巡らされた伏線や罠、あるいは作者の遊び心などとの関係性を考えると、その鋭さに剃刀のような感覚を抱くことがある。

今回の作品「エッグ」。妻夫木聡、深津絵里、橋爪功、秋山菜津子といった野田作品に出演経験のあるメンバーに加えて、仲村トオルが初参加だ。もちろん、作・演出の野田秀樹自身も出演する上に、今回は楽曲が椎名林檎という豪華版である。いつもながらにノンストップで2時間を超える舞台を駆け抜け、今回のテーマは「スポーツと歌」だ。「エッグ」という、卵を使った架空の競技がオリンピックの種目になる、ならぬという話が時間を行きつ戻りつしながら進み、そこに一人の女性歌手が絡んで来る。しかし、野田秀樹の芝居のこと、その構造はロシアの民芸品・マトリョーシカのような入れ子構造になっており、他にも多くの伏線が張り巡らされ、錯綜した芝居である。野田秀樹の芝居を観る時、多重構造のどこまでを読み切れるか、が観客席に批評家として座る私にいつも問われているような気がする。

例えば、登場人物の役名一つをとっても、東北から出てきた青年・妻夫木聡の阿倍比羅夫は東北の豪族として名を馳せた歴史上の人物であり、仲村トオルが演じる「エッグ」の選手・粒来幸吉(つぶらいこうきち)は、東京オリンピックの男子マラソンで銅メダルを獲得し、一躍ヒーローとなったがその後のメキシコ・オリンピックを前に自殺をした自衛官・円谷(つぶらや)幸吉のもじりである。深津絵里が演じる歌手の苺イチエにしても、漢字にすれば「一期一会」になる。また、椎名林檎の楽曲の中に年号が入っているものがあり、それぞれ「別れ1940」「別れ1964」「別れ2012」とある。最後は今年の年号だが、1940年は、アジアで初めて開催される予定だった東京オリンピックが「中止」になった年であり、1964年は「開催」された年だ。こうした事実は、今の若い世代にはもはや歴史上の出来事でしかない。これらの出来事を、我々はリアリティを持って感じることはできないが、習ったり聞いたりして「知った気」になっている。野田秀樹は、プログラムの中で「一体、人間にとって、どのくらい昔までが「知った気になっている過去」なのだろう」と書いている。これは、観客の年齢によって明らかに違うだろう。1955年生まれの野田にとって東京オリンピックは「子供ごころに覚えている過去」だろうが、1962年生まれの私には、まさに「知った気になっている過去」である。しかし、これが第二次世界大戦の話となれば、戦後生まれの我々には「知った気になっている過去」として同様のものになる。大きな話にしてしまえば、我々日本人が持つ「疑いをしようとしない歴史観」は本当に正確なものなのか。この芝居にはまずその問いがある。

更に、エピソードのように顔を出す寺山修司。若い世代にもファンも多い作家だが、幕切れ近くに、寺山の遺稿と思しき書きかけの戯曲が出て来る。むろんそんなものは存在せず、野田秀樹の頭の中から生まれた産物であると同時に、寺山に捧げた彼のオマージュである。歌人としての寺山修司の作品の中でも最も有名な短歌「マッチ擦るつかのま海に霧深し身捨つるほどの祖国はありや」。来年没後30年を迎える寺山が10代で詠んだこの歌の「祖国」と、今の我々が感じる「祖国」には大きな違いがある。しかし、50年以上にわたって詠み継がれているこの歌の持つ呪術性とも言うべき意味の大きさだけでも、野田秀樹の寺山に対する想いの深さが感じ取れる。また、劇中の言葉遊びの感覚には井上ひさしへのオマージュが感じられ、仲村トオルと妻夫木聡のやり取りは、つかこうへいの「熱海殺人事件」を想起させる。こうした、先人へのオマージュが散りばめられているのも、野田秀樹ならではだろう。

このように観てゆくと、「エッグ」を掘り下げようとすればするほど、作家が感じ、表現しようとしているものの深さが見えて来るのだ。卵には殻がある。ゆで卵の殻を剥くと、白身が現われ、中には黄身が隠されている。この芝居は、まさにゆで卵のように剥けば剥くほどいろいろな様相や時代が見えて来る。骨太とか、骨格がしっかりしたという言葉では表現できない多重構造を持ったこの作品。野田秀樹がこれからどんな尖鋭な科白を我々の前に突き付けるのか。久しぶりに四つに取っ組み合える芝居である。

歌も披露する深津絵里が大車輪の活躍を見せている。妻夫木聡も野田ワールドに慣れて来たようだ。初参加の仲村トオルが意外な好演を見せ、当て書きで書かれたのではないか、と思えるほどに役に嵌まった。橋爪功も若い世代に負けじと舞台を動き回り、ベテランの凄みを見せる。秋山奈津子のサディスティックな一面も面白い。言葉を紡いで来た先人たちに敬意を払い、そのエッセンスを巧みに配置しながら、新たな自分の言葉を紡ぐ野田秀樹。怖ろしくも楽しみな存在だ。

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2012. 9.04掲載

オリビアを聴きながら 2012.08 青山円形劇場

中年の世代にはほろ苦い青春の想い出と、辛い現在が交錯するような芝居だ。かと言って、重く、暗いばかりの芝居ではない。タイトルからもわかる通り、尾崎亜美の多くの楽曲と共に、オヤジの恋の話が展開される。当然唄うシーンもあるが、あえてミュージカルではなく「音楽劇」と銘打ってあるところに、作・演出の横内謙介のこだわりを感じる。横内謙介が1961年生まれ、尾崎亜美が少し年上で、その世代には多くの場面で共感できたり、グッと来るところも多いだろう。私自身も同世代であり、他人事ではない部分もあった。しかし、当然のことながら世代を限定している芝居ではない。今の「オヤジたち」のほろ苦さを若い人々がどう感じるのか、また、通り過ぎて来た世代はどう感じるのか。横内謙介の温かく柔らかな視線が、「辛いことも多いけど、頑張ろうよ」というメッセージを発信している芝居だ。

不動産会社に勤める中年の男。会社は手抜き工事をしてマンションの販売をしており、それが明らかになり糾弾される。日常生活に疲れ切った男は、ふとしたきっかけで、「ピアノ教室」に通い始め、若いピアノ教師に恋する。一方、会社は計画的な倒産を画策し、自分は残れることになったが、部下は残れない。悩んだ挙句に、自分も失職し、部下たちの就職先を探しながら、新たな一歩を踏み出す…。何もかもが厳しい時代に、こういう芝居がリアリティを持って観客の心に響く。それが幸福なのか、不幸なのか。人によって受け取り方はさまざまだ。しかし、随所に挟まれ、生のピアノで演奏される尾崎亜美のメロディが、ともすると乾きがちな心に透明な水のように沁み込み、潤いを与える、そんな芝居だ。

言葉は悪いが、横内謙介が同世代を中心とした「オヤジ世代」に「おい、もう少し頑張ってみようよ」と、ポンと肩を叩き、明日への一歩、あるいは半歩を踏み出させてくれるような芝居に仕上がった。自らが主宰する扉座の公演で、今回は若干のメンバーを入れ替えての再演になる。個々の役者の演技云々よりも、この作品が醸し出そうとする空気感、そこに意味があるように思う。三木眞一郎、舘形比呂一、鈴木里沙などの安定感のある芝居が、空気感づくりに大いに貢献していることは書いておいて良いだろう。

今は「閉塞感」の時代だ。しかし、人生という旅路の中で誰しも道に迷い、立ち止り、仲間に出会い、別れ、を繰り返しながら終着点へ進んでいることは間違いない。「オヤジ世代」は今の閉塞感に負けないだけの経験をしている、だから、もう少し頑張るのではなく、絶望しても溜息をついても泣いてもいい。また立ち上がれる時が来るのだ。横内謙介のそんなエールが聞こえるような芝居だ。もとより、芝居は娯楽である。しかし、今から三十年ほど前の私が学生時代、今もある「新劇」というジャンルの芝居に、昔ほどではないにせよ「思想性」が残っている作品があった。「反戦」であり「国の行く末」であり「現代への疑問」であり…。そうした作品が芝居の一分野を今よりも色濃く担っていた。そんな時代を思い出させる場面もあり、時代の流れと共に変わって来た演劇の「ありよう」をも感じさせる芝居だ。

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2012. 8.21掲載

ラ・マンチャの男 2012.08 帝国劇場

70歳の祝いを「古稀」と言う。唐の詩人・杜甫の詩の一節「齢七十、古来稀なり」が語源だ。今は元気で古稀を迎えられる人は多いが、その誕生日に1200回目の「ラ・マンチャの男」を演じる役者は「稀有」としか言いようがない。昭和44年、26歳の折に同じ帝国劇場で初演の幕を開けた「遍歴の騎士、ドン・キホーテ」を描いたこの芝居は、幸四郎と共に遍歴の旅を続け、1200回という偉業に到達した。ミュージカルの単独主演としては日本記録だ。もちろん、幸四郎は記録のためにこの芝居を演じているわけではない。質が高く、観客の求めに応じて演じて来た積み重ねがこの日、1200回に達したのだ。とは言え、容易な数でないことは誰にでも分かるはずだ。「演じたい」という気持ちだけでどうなるものでもなく、観客が「また観たい」と思わせるだけのクオリティを保ってこそ、このステージがあるのだ。この芝居の中で最も有名なナンバー「見果てぬ夢」のごとく、幸四郎の遍歴の旅はまだまだ続くのだろう。

この芝居はロシアの人形「マトリョーシカ」のような入れ子の構造になっており、難解とも言える作品だ。にもかかわらず、ここまで日本に根付いたのは、偏に幸四郎の努力と研鑽の賜物である。ミュージカルの本場・ニューヨークへ日本から単身乗り込み、この役を演じたことも、今は亡き名優たちがこの舞台で多くの役割を担って来たことも全部をひっくるめての前人未踏の到達点に、ただただ拍手を贈りたい。

16世紀の末、劇作家でもあり役者でもあるセルバンテスが従僕のサンチョと共に牢獄へ放り込まれる。そこで囚人たちに裁判にかけられるが、セルバンテスは申し開きを即興劇で行いたいと言い、牢獄の中の人々に役を振り当て、自らは田舎の郷士、アロンソ・キハーナに扮する。この男、読書三昧で考えすぎた挙句に狂気に陥り、自分は何世紀も前に姿を消した遍歴の騎士、ドン・キホーテとなり、世界の悪を滅ぼそうと遍歴の旅に出る…。つまり、舞台の上でにわかに即興の劇中劇が演じられるという趣向だ。その主人公が狂気に陥っているために、発言や行動は時として支離滅裂である。それに合わせ、役を演じる牢獄の人々。やがて芝居は終わり、セルバンテスが本当の裁きを受ける時が来る…。

幸四郎のキホーテ、70歳とは思えない軽い身のこなし、科白の深みや緩急自在の演じ分け、朗々と謳い上げるナンバーの数々は間然するところなく、回を重ね、歳月を重ねた重みを感じさせる。休憩なしの一幕2時間5分の芝居にほとんど出ずっぱりでいながら、微塵も消耗を感じさせずに時として若々しささえ感じさせるのは見事なものだ。幕切れ近くに「一番憎むべき狂気とは、あるがままの人生に折り合いをつけてしまって、あるべき人生のために闘わないことだ!」と力強く叫ぶシーンには、鬼気迫るものを感じた。

この舞台では松本紀保が姪のアントニア、松たか子がヒロインのアルドンサを演じ、この作品では四回目の親子三人での共演を果たしている。紀保の清楚な美しさとたか子のダイナミックな芝居が好対照を見せている他、今回で同じく四回目になる駒田一のサンチョも、自分の味を出して来て、それが定着してきた。共演陣で特筆すべきは牢名主の上條恒彦だ。1977年の公演でこの役を演じて以来、何度か抜けてはいるものの、800回以上は演じている計算になる。「ラ・マンチャの男」に欠かせないばかりか、幸四郎が初演に出演した「屋根の上のヴァイオリン弾き」のラザール、「マイ・フェア・レディ」のドゥリトルもそれぞれ数百回演じている。どの芝居も主役一人では成立しない。こうした重要な役どころに欠かせない役者を得ている意味も大きい。

誕生日でもあり、1200回の記念でもあるこの日、特別カーテンコールが行われ、多くの人々の祝福を受け、幸四郎は感涙にむせんだ。最後には、観客全員で「見果てぬ夢」の大合唱で幕を降ろし、1201回目に向けての遍歴の旅が始まった。カーテンコールで万感胸に迫り、涙で途切れがちな幸四郎のメッセージを聴いていて、私はいくつもの想いが頭をよぎった。一つは個人的なことで、この芝居を初めて観た1979年以降、鬼籍に入った小鹿番、上月晃、友竹正則、井上孝雄らのこと。もう一つは、日本におけるミュージカルの歴史。今、ミュージカル花盛りの時代が長く続いている。しかし、この状況を創る礎となったのは、東宝の重役で劇作家の菊田一夫の「日本にミュージカルを根付かせたい」という、まさに執念のような想いがあったからで、その試行錯誤と苦闘の結果だ。その初期、まだ染五郎を名乗っていた当時から新しい演劇の可能性にチャレンジし続けて来た幸四郎の姿勢。これは、日本の演劇史にキチンと書き記しておくべきことだ。

最後に、改めて言うべきことでもないが、生の舞台の持つ迫力の凄さ、幕が降りた瞬間に消えてしまう芸術の底力である。酷暑の一時を忘れ、「生きる希望」や「夢の意味」を自らの身体で観客に提示した幸四郎の姿に、全員の観客が「何か」を感じたはずだ。それが芝居の魅力でもある。

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2012. 8.16掲載

「十三人の刺客」2012.08 赤坂ACTシアター

1963年に公開された時代劇映画で、当時はモノクロながら30分に及ぶ殺陣のシーンが話題になった。その後、2010年にリメイクされ、この映画の眼目であり殺陣は50分に及び、高い評価を受けた。しかし、これらは映画であり、毎日生身の人間が見せる舞台とは根本的に質が違っている。今回の舞台は、20分の休憩を挟んで3時間を超える長丁場の舞台で多くの役者たちの汗が飛び散り、息遣いが感じられる。

高橋克典、坂口憲二、釈由美子、山口馬木也、袴田吉彦、西岡徳馬、小林勝也、春海四方、花王おさむなど、映像の人気者や舞台のベテランなど、混成部隊とも言えるメンバーだ。鈴木哲也とマキノノゾミの脚本を、マキノ演出で見せているが、一幕80分、二幕90分はいささか長い。丹念にストーリーを追っているのは結構だが、同じような場面の繰り返しもあり、殺陣が大きな見どころの芝居だけに、他の部分も大胆なカットを施しても良かっただろう。その方が、舞台全体の印象が濃密になったのではないか。

坂口憲二演じる鬼頭半兵エと高橋克典の島田新左衛門は江戸幕府に直参として仕えてきた竹馬の友で、お互いに剣術の腕を競い合って来た仲だ。しかし、選んだ道が違ったことにより、敵と味方に分かれてしまい、最後は命のやり取りをすることになる。暴君としか言いようのない袴田吉彦の明石藩主に仕え、その道中の責任者となった坂口の鬼頭と、老中の密命により暴君の命を狙うことになった高橋の島田。島田は同志を集め、わずか十三人で藩主一行の道中を付け狙い、お互いに知略を尽くしながら最後の闘いに向かってゆく。

人気者が多く出演しているだけに、満員の盛況は嬉しいことだ。この作品が初舞台となる坂口憲二。体格の良さは舞台映えするが、正直なところ、芝居は下手だ。尤も、誰しも初舞台を経験するわけで、ここから芝居が巧くなるもの。いきなり名優でも困る。科白廻しだ、所作だ、イントネーションだと言い出せばきりがないが、何より良いのはストレートに下手で、おかしな癖がついていないところだ。素直なのだろう。加えて、あらん限りの力を振り絞って全力でぶつかる姿勢だ。不思議なことだが、カーテンコールの爽やかな笑顔で、彼のこの舞台への努力を認めさせられてしまう感覚を覚える。相手役の高橋克典。彼も舞台経験が豊富なわけではないが、同じように素材の魅力を持っている。性格が対照的であり、配役の妙と言える部分があった。山口馬木也がメンバーの中では舞台の数を重ねているだけに一日の長がある。袴田吉彦の暴君は、いささかやりすぎとも思える芝居がアクセントになった。出演者のほとんどが男優であり、女優は釈由美子と松山愛佳しか出ていない。ストーリー上、男優の芝居に偏るためだが、「紅二点」が男のドラマに花を添えた形だ。西岡徳馬や小林勝也といったベテラン陣はさすがの存在感で見せてくれるが、加藤武のナレーションが渋い声で芝居に良い効果を与えていたことを書いておきたい。

ここで、特筆しておきたいことがある。総勢30名を超える男たちが斬り合いをし、血飛沫を上げる。当然、衣装は血のりで汚れる。昼夜二回公演の日もあるだろう。舞台の幕が降りると同時に、膨大な量の衣装をすぐに洗濯・乾燥しなくては、翌日の公演に差し障りが出る。酷暑の中で斬り合う役者も大変だが、汗まみれ、血まみれの衣装を何十枚も毎回洗濯するスタッフがいてこそ成立する。見えない裏方の努力あってこその芝居である。ご苦労様、と言いたい。

こうした混成メンバーの場合、バラバラになってしまう時と、お互いが刺激を受け、化学反応を起こして舞台が盛り上がってゆく場合がある。この舞台は後者の方のようで、東京公演を終わらせた後は大阪での公演を控えているが、まだまだ伸びる余地はある。

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2012. 8.14掲載

桜姫東文章 2012.08 新橋演舞場

鶴屋南北が奇想天外な発想を山盛りにした「桜姫東文章」。今ならば「ボーイズ・ラブ」とも言うべき僧侶の清玄と稚児の白菊丸が稚児ヶ淵へ身投げをし、清玄が死に損なうのがこの芝居の発端である。時は十七年後、高僧となった清玄は吉田家の息女・桜姫の出家の願いを聞き入れるが、生まれてこの方開かなかった左手には、十七年前の心中の折に相手の白菊丸が持っていた香箱が握られていた。

この輪廻転生が話の発端になり、桜姫と悪党の権助、そして清玄の三人を巡る三角関係が展開される。しかも、このもつれた関係の背後には多くの「実は…」が隠されており、「ありえない」とも思える荒唐無稽さをそれらしく見せてしまうところが歌舞伎の面白さであり、もっと言えば「本領」と言える。ただ、著作権のないこの時代のこと、あちこちの面白そうなエピソードや他の人気作を拝借したりして、いささか話が面倒になるが、それを知らずとも、話が分からない訳ではない。批評家にはあるまじき発言と言われるかも知れないが、無理に全部を理解する必要などなく、面白いと思えることをそのままに感じればそれで良いのだ。

桜姫と稚児の白菊丸を福助、釣鐘権助と大友常陸之助頼国を海老蔵、清玄と稲野屋半兵衛を愛之助と、主役の三人が二役を演じている。尤も、重心はみんな前者の役が遥かに大きく、海老蔵と愛之助の二役は、大詰めに再度綺麗な姿を見せる観客へのサービスである。福助の桜姫、白菊丸と十七年後の桜姫の年齢差がほとんど感じられないのが難点だ。もう一つ言えば、桜姫の時点でのちの風鈴お姫の怠惰な感覚がほの見えてしまう。品だの格だのはともかく、演じ分けには工夫が必要だっただろう。愛之助の清玄は、取り澄ました高僧の姿に、過去に稚児との心中事件を起こした「やんちゃ」を感じさせない凛とした風情が、この芝居にシニカルな部分を象徴しており、南北らしい諧謔が感じられた。殺されて幽霊になってからの芝居が、それまでの雰囲気を微塵も感じさせなかったのは工夫だろう。海老蔵の権助。本来の雰囲気から言えば、二枚目の悪党、歌舞伎で言う「色悪」の役柄は本領とするところだ。芝居が世話に砕ける部分はまだしも、科白を張る段になると、科白の難は相変わらずだ。しかし、彼が持っている役者の肉体の色気、というものは評価できる。それが「市川海老蔵」なのだろう。時折、芝居が雑になるのが気になる。

破壊坊主の残月の片岡市蔵のコミカルな小悪党ぶりが面白く、萬次郎の局・長浦との良いコンビだったのは拾い物だ。こうした脇を固める役者の良し悪しで、芝居全体の雰囲気が変わる。市川右近が朗々とした科白を聴かせたのが嬉しかった。

この芝居の初演は1817年、もはや幕末に近い江戸時代の終わりである。俗に言う「文化・文政の江戸文化の爛熟・退廃期」だが、徳川の長い太平の歴史の最後の転換点がそろそろ近づこうという中で、民衆の持っている力が溢れているような感覚を覚える。

簡単に言えば「何でもあり」「形式に捕らわれない」といった雰囲気が、芝居の中に自由闊達さを与えているのだろう。現代から遠い「古典芸能」であることに違いはないが、人間の考えることなど、そう簡単に変わるものではない。欲にまみれた市井の人々を活写しているという点にも、この芝居の面白さがあるのだ。

歌舞伎は難しく考えない方が良い。

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2012. 8. 9掲載

叔母との旅 2012.08 青山円形劇場

この作品を観るのは今回が三回目になる。1995年に劇団「円」、そしてシス・カンパニーの初演と今回の再演である。目まぐるしく変わる内容と登場人物は、先の展開がどうなるのかを全く予想させない面白さを持っている。しかも、たった4人の登場人物で、20人を超えるであろう人物を演じ分ける一方、一人の人物を複数の役者が演じる多重構造も持った作品だ。

銀行の支店長を勤めて引退したヘンリー。独身でさしたる趣味もない半生だったが、そろそろ隠居生活に入って来た。ある日、86歳で亡くなった母の葬儀の席で、オーガスタ叔母さんに50数年ぶりの再会を果たす。その瞬間から、ヘンリーの人生は目まぐるしい変化をはじめ、ついには南米まで出かけることに…。破天荒なオーガスタ叔母さんの隠された秘密も最後に待っており、息もつかせぬ舞台、二幕で2時間10分だ。

これを、段田安則、浅野和之、高橋克実、鈴木浩介の4人の男優のみで演じる。段田のみは主人公のヘンリーとオーガスタ叔母さんの二役だが、残りの3人は少ない人でも10役、多い場合は15役に近いのではないだろうか。ヘンリーにしてもオーガスタ叔母さんにしても、段田安則一人が演じているわけではない。その時に舞台にいる役者が瞬間的に役を変わり、歌舞伎の「わたり科白」のような感覚で一人の言葉を話してゆく。濃密かつ逃げ場のない青山円形劇場の空間を見事に活かし切ったステージング・小野寺修二の賜物だろう。ちょっとでもテンポがずれ、間をはずそうものなら一瞬にして崩壊するようなタイミングで繰り出す動きは、よほど緻密な計算の上でなければ成り立たない。見事だ。演出は初演と同様に松村武。

グレアム・グリーン原作のこの芝居は、単純に奇をてらったさえない初老の男の冒険譚ではない。70歳を過ぎても疲れを知らないエネルギッシュで破天荒な「叔母との旅」によって、人生観が180度変わってしまう男の話だ。静かで穏やかな生活を好んでいた男が、命の危険にまでさらされ、最終的には変わった後の生き方を選択する。そこには、幕開きの冴えないしょったれたヘンリーの姿はない。我々の人生の一寸先は闇なのか、刺激が待っているのか、静謐なのか。そうした問題を問いかけている。

4人の役者たちはこの作品、と言うよりもオーガスタ叔母さんのエネルギーに振り回されながら大健闘を見せるが、高橋克実のワーズワースという、オーガスタ叔母さんのボディガード兼恋人の黒人、の役が印象に残った。科白の調子が他の役と異質だからというのではなく、愛嬌と哀感が同居する具合が非常に心地良かったからだ。彼が持つ個性、という言葉だけでは片づけられない物があった。

毎公演クリーン・ヒットを放っている感があるシス・カンパニーの公演、その理由は「脚本を選ぶ眼の確かさ」だろう。そこに誰をどうはめてゆくか。芝居創りの王道とも言える地道な作業の繰り返しが、古い作品に新しい命を吹き込むこともあれば、新しい作品を誕生させもする。芝居創りは苦しいものだが、それ以上の面白さを感じていなくては、観客が満足する作品を創ることはできないのだ。

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2012. 7.31掲載

露出狂 2012.07 パルコ劇場

何とも過激なタイトルである。しかも、14人のキャスト全員が男子で、そのうち10代後半から20代がほとんどのイケメン揃い、となると、何かを期待される観客がいるかも知れない。彼らが露出するのは肉体ではなく、高校生の「想い」である。「小劇場界の風雲児」として人気を集めている劇団「柿食う客」の主宰・中屋敷法仁が、2010年に全員女性キャストで演じた作品を、今回は男性に変えての上演だ。高校のサッカー部を舞台にした「青春群像」のドラマを、現在の希薄な人間関係に真っ向から対立した、極度に濃密な閉鎖された「体育会」という中でどういう感情が「露出」されるかを描いた芝居だ。

高天原高校のサッカー部に入部した4人の一年生が、先輩たちに反抗しながら圧倒的な強さを見せつけ、先輩との対立が始まる。その中で、部を一つにまとめるためには何が必要かを模索した挙句、組み合わせや方法を変えながら、常につきまとうのは恋愛感情であり、男同士のセックスである。高校生の男子が、部活の中でカップルになったり、乱交をしたりしながら、それが部をまとめる「絆」に役立つのではないか、と模索し、煩悶し、10代の感性とエネルギーで常識的にはありえないであろうシチュエーションを見せてしまう。出演者全員がゲイなわけではない。中には彼女がいる生徒もいるし、三年間という限られた時間の中で、男子しかいない環境に置かれた中での疑似的な愛情も含まれている。言ってみれば、刑務所や軍隊などで、一時的にそうした行為が行われるのに似たケースかも知れない。この破天荒な設定を、芝居の中で観客に納得させてしまうのは、中屋敷の才能だろう。

しかし、この作品の観るべき点は、「青春群像」を描こうという視点は揺るがないままに、従来の方法やシチュエーションから限りなく離れ、非日常のシチュエーションの中で高校生たちの想いを露出させようとした試みだろう。もっと言ってしまえば、一番「ダサい」とも言える方法で「美しい青春」を描こうとしているようにも見える。28歳の才気溢れる作・演出のテンポ感は心地良く、現代の観客向きだ。ただ、役者の科白の語尾が消えてしまい、聴きにくい部分が何箇所かあったのが気になった。尤も、これはこの舞台に限ったことではなく、最近の若い俳優に散見される問題の一つだ。どんなリズムでも科白が観客に伝わらなければ意味をなさない。これは劇場の大小を問わない問題だ。小劇場を席巻し、パルコ劇場での初公演を経て、今後、どのような世界を展開するのか。これは、観客にすれば愉しみであり、中屋敷にとっては、この空間に適した芝居をどう創り込んでゆくか、という新たな挑戦でもある。その第一弾としては、意表をついた作品という点と、作品と役者の持つ勢いは評価して良い。

この芝居を観ていて、ふと思い出したことがあった。パルコ劇場がまだ「西武劇場」の名を掲げていた1983年に、私は「真夜中のパーティ」を観た。今ではスキャンダラスに取り上げられる作品ではないが、その当時は「ゲイ(こういう言い方もしなかっただろう)の芝居を西武劇場で上演する」という事自体が、一つの大きな話題でもあった。それから約30年、今では「ゲイの芝居」、もしくは「ゲイが登場する芝居」は、他の作品と同等に何の違和感もなく観客に受け入れられている。同じ劇場の椅子に座り、30年の歳月を想う時、日本の演劇シーンがどう変わって来たか、を自分自身で見直すきっかけにもなった。これは、別に慨嘆や懐古する問題ではなく、「演劇は時代と共に変容するものだ」という事実を、確認することができた、という意味で一つの収穫だった。1984年生まれの中屋敷らの世代がこれからの新たな日本の演劇シーンを担う重要な役割を担っている。これから、どういう芝居を観客に提示し、何を見せようとするのだろうか。それを観客がどう受け止めるのか。芝居とは、この化学反応の繰り返しと時代の波で動いてゆく。その片鱗を感じた。

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2012. 7.25掲載

市川猿之助襲名披露興行 夜の部 2012.07 新橋演舞場

僅か十分の「楼門五三桐」。今回のために従来の台本を書き直し、更に短縮したものだ。幕切れ近く、先月祖父の名を襲名した市川猿翁がせり上がり、不自由な口跡で真柴久吉の科白を言う。幕が閉まり、歌舞伎では異例のカーテンコールの中、黒衣が顔を見せると、市川中車を襲名した子息の香川照之だった。冷徹な眼で見れば、病気療養中で科白がキチンと言えない猿翁は舞台に立つべきではない、という意見もあろう。しかし、新橋演舞場にはそうした空気は一切なく、万雷の拍手がこの親子を包んでいた。私は、思わず涙を禁じ得なかった。それは、この襲名興行に病を押して立つ猿翁の姿が、歌舞伎の旧弊な因習と闘い続け、ボロボロに傷付いた戦士の姿に見えたからである。もう猿翁が「伊達の十役」やスーパー歌舞伎を演じることはないだろう。しかし、その明晰な頭脳は健在で、演出はできる。また、それぞれの作品を何人かの後輩に託した。猿翁がそれこそ命がけで歌舞伎に切り拓いた新たな地平は、名前だけではなくその芸脈と共に受け継がれたのだ。海老蔵の石川五右衛門もまだ大泥棒の貫録には欠けるものの、熱演は買える。

夜の部は、市川中車、市川團十郎、市川海老蔵の顔合わせで真山青果の「将軍江戸を去る」で幕が開く。義太夫を使わない真山青果の科白劇であり、中車が挑戦するには良い演目かも知れないが、作品自体が理屈で固められた科白劇であり、彼の山岡鉄太郎がいくら熱弁を奮って将軍慶喜に諫言をしても、他の歌舞伎役者との科白の調子が合わないために一本調子に聞こえる。しかし、元来が芝居の巧い役者であり、歌舞伎の科白に特有の息と間を習得すれば、こうした新歌舞伎の作品群では上演できる物が徐々に増えてゆくだろう。眼に力が漲っていた点を評価したい。團十郎の徳川慶喜は、将軍らしい鷹揚さに加えて、江戸を官軍に明け渡し、江戸を去ることを決めた終幕の科白に哀感が籠もっている。海老蔵が出過ぎずに付き合っているのが良い。

次が「四代目猿之助、九代目中車、五代目團子 襲名披露口上」である。舞台には三人のほかに市川宗家の市川團十郎、市川海老蔵親子が並び、ユーモアたっぷりの口上で観客を湧かせる。中車とは共演の経験がある福山雅治から祝いの引幕が贈られていたのが観客にはサービスにもなったようだ。新猿之助、新中車共に今後の決意を述べ、すでにライバル心が垣間見えたが、役者はこうして切磋琢磨を繰り返し、伸びて行くものだ。

新猿之助の「黒塚」。初代の市川猿翁が昭和十四年に初演した、沢瀉屋の当たり狂言だ。猿翁が猿之助時代に演じた「黒塚」を随分観たが、やはり、今の猿之助は総体的にまだ若い。安達が原の鬼女伝説を題材にしたもので、旅人を殺しては食べていた老女岩手が、高僧によって今までの罪が浄められることの喜びを感じるものの、秘密を知られてしまい、鬼女となって調伏される。言ってみれば、罪深き鬼女の魂の救済が挫折する悲劇だ。前半の老女は抑制された動きや科白廻しが良く研究されており、なかなか良い出来だ。ただ、後半へ入り、大きな動きの場面になると、若くて実際に動けるだけに、エンジン全開の勢いで動いてしまう。ここでの動きももう少し抑制すると、老女岩手の悲劇が際立っただろう。今後、家の芸として何度も演じる機会があるだろうから、その都度新たな工夫を加えて行けば、四代目なりの「黒塚」が出来上がるだろう。團十郎の阿闍梨には、高僧の雰囲気が漂い、貫録充分である。

来年には新しい歌舞伎座が誕生する。しかし、工事期間中に中村雀右衛門、中村芝翫、中村富十郎という長老たちを喪った。それぞれに昭和に歌舞伎を牽引して来た大きな存在だった。どの世界でも世代交替は避けることのできない話だ。これから、四十代、五十代の役者たちが、どういう歌舞伎を見せ、あるいは創ってゆくのだろうか。メンバーは出揃った。後は、企画を待つばかりだ。

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2012. 7.23掲載

「ひばり」2012.07 自由劇場

劇団四季の創立60周年記念の一つとして、ジャン・アヌイの作品ははずせないものだ。劇団創立当時に、フランスのアヌイ、ジロドゥの作品群を上演することを大きな旗印としていた劇団が、人間で言えば還暦を迎えて「原点」に戻る。この60年の歳月の間には、多くの山や谷があったはずだが、それを乗り越えて、今、再び初心の作品を上演できることは、劇団メンバーにとっては大きな喜びであると同時に、劇団四季が今後の演劇シーンでどんな役割を果たすべきなのか、を原点に帰って考え直す絶好の機会でもあるはずだ。

「奇蹟の少女」、ジャンヌ・ダルクを主人公にした「ひばり」は、劇団創設後の1957年に初演し、今回が11回目の上演となる。この劇団が、いかにアヌイやジロドゥの作品を大切に上演して来たかの歴史を語る作品でもある。英仏百年戦争の最中に、フランス・オルレアンに現われた13歳の少女・ジャンヌ。「フランスを取り戻せ」という神の声を聞いた少女は、いつの間にかフランス国王・シャルル7世までをも味方につけ、イギリス軍と果敢に闘い、連戦連勝の勢いを得るがそれもつかの間、イギリス軍に捕えられ、彼女の起こした奇蹟が「魔女」の行為であると、宗教裁判にかけられる。並み居る宗教者の前で、19歳の少女は葛藤の果てに教会の裁きに服すが…。

「ひばり」でアヌイが描いているのは、ジャンヌ・ダルクという「聖少女」と、それを取り巻く「俗界」の対立だ。善と悪、と簡単に言い切ることのできない要素がここにはたくさんある。お互いに、よって立つ信念があり、それのどちらが是であり否なのかは、容易に判定することはできないだろう。むしろ、明確な対立が軋轢や葛藤。あるいは滑稽な大人の欲望などのドラマを次々に生み出すところに、見どころがある。その中で、ジャンヌはただひたすらに自分が聞いた神の声をよりどころとする。ジャンヌの行為を、あるいはその他の人々の行為を100%支持することは誰にもできないかも知れない。それほどに、両者の対立の溝は深いのだ。

歴史的な話を少しすれば、ジャンヌ・ダルクが生を受けたのは1412年、火あぶりに処されたのは1431年のことだ。それから25年後の1456年に、シャルル7世が、「魔女」としてのジャンヌの汚名を晴らしたものの、ローマ法王庁が彼女を「聖女」に列したのはそれから500年近くを経た1920年のことになる。「飽きっぽさ」が身上とも言える我々日本人には気の遠くなるような話だが、宗教の持つ力の執着の凄さを感じる。

ジャンヌを演じるのは野村玲子。10代の少女の初々しさと頑なさが同居した役作りは的確で、破綻がない。驚異的なのは、ちゃんと少女に見えることで、幕切れ近くにやや息切れした感はあったものの、純粋さが役を貫いているのは見事だ。加藤敬二が演じるシャルル7世が、いかにもいい加減で軽薄な人柄で、ピンと張り詰めた科白劇の中の点景とも言える存在になっている。ウォーリック伯は田邊真也。創立60年に相応しいメンバーを揃えた舞台だ。

劇団四季の60年の歩みの中で、ミュージカルの上演が日本の演劇界にどれほどの役割を果たしているか、それはここで言うまでもない。一方、劇団創立当時の理念のもとに、コツコツとアヌイやジロドゥをはじめ、優れた翻訳劇や国内のストレート・プレイを演じ続けて来た実績も大きい。この節目の年に、これからの四季の次の世代がどういう芝居創りを目指すのか。今の演劇シーンの中でどんな役割を担おうとしているのか。ここに興味がある。

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2012. 7.17掲載

「百物語」2012.07 ますほ文化ホール

1992年から白石加代子が続けている朗読シリーズ「百物語」。山梨県の甲府駅から車で約40分ほどの場所で、「第二十九夜」として宮部みゆきの作品「お文の影」と「ばんば憑き」が読まれた。「怪談 百物語」であれば、九十九話で止めるのが習わし、と聴いてはいるが、今は実際に一晩かけてそんなことをする人もいないだろう。ここ数年の間に、爆発的に、と言っても良いほどに朗読会が増えた。大がかりなセットを組む必要もなければ、登場人物も少なくてすむ。この不況の中で、経費を抑えるにはもってこいだ。しかし、「朗読」だけで観客を惹き付けるには、よほどの技量がなくては飽きてしまう。セットが飾ってあってさえ観客が飽きる場合があるのに、科白の力だけで観客の注意を集めておくのは至難の技だ。一朝一夕に朗読はできるものではない。

白石加代子は、演劇界の動向とは関係なく、この試みを他の芝居の合間を縫って二十年続けている。いつ終わるとも知れぬ「百物語」を、請われれば地方の小さなホールへでも出かける。もっとも、こうしたものはあまり大きな場所には向かず、芝居はその寸法に合った小屋が決まっているものだ。この「百物語」、初期の頃は脚本を片手に読むことを中心にしていた記憶があるが、この「第二十九夜」はごく簡単なセットを飾り、その間を行き来しながら、白石加代子が何人もの人物を読み分ける。

今さら白石加代子の科白術について云々するのも気恥ずかしいようだが、改めて「科白の力」を感じさせる女優だ。科白が巧い、とか読み方が優れているというレベルではない。作品の言葉を科白にして、その力を引き出す術の何と巧みなことか。今は、自分が覚えた科白が芝居の科白にならずに、役者の言葉として出てしまう人の多い中で、練達の芸、とも言える彼女の力は見事だ。私は「百物語」の今までの三十夜のうち、六話ほどしか聴いていない。しかし、誰のどんな作品を読んでも、見事に自分の世界を産み出す力は、当初から変わっていない。早稲田小劇場時代の彼女の芝居を初めて観て、大変なショックを受けたが、稀有な個性と実力を持った女優だ。

私が、この公演をわざわざ山梨県まで聴きに出かけたのは二つの理由がある。一つは、人気の宮部みゆきの作品をどう聞かせてくれるか。もう一つは、この公演を、地方の人々がどういう感覚で受け止めるかを肌で感じたかったからだ。宮部みゆきが紡ぎだす江戸の市井の人々の生活感、その後ろに感じるふと肌が粟立つような恐怖感。白石加代子は、二次元の小説のイメージを期待通りに膨らませてくれた。もう一点、地方の人々がこの舞台をどう受け止めるか。当日は嵐にも近い土砂降りのせいもあってか、満員御礼とは言わないまでも、客席の熱気は高かった。白石加代子の科白を一言も聞き逃すまいとする観客の体温は、非常に高かった。一ヵ月間の公演ではない。今宵限りの、まさに「一期一会」の舞台と観客との無言の交流が、色濃く感じられたのは収穫だった。

演劇に限らず、何でも東京に一極集中しているのは今に始まったことではない。しかし、地方にも演劇の良き理解者も観客も潜在的に多くいる。決して派手な活動ではないが、地道にこうしてその潜在需要を掘り起こしてゆくことが演劇の活性化にもつながり、過去にも多くの先人が今よりも更に過酷な状況の中でこうした努力を続けて来たのだ。それを感じられただけでも、甲斐の国まで出かけた甲斐があった。

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2012. 6.25掲載

坂東玉三郎特別公演−傾城二題 2012.06 南座

名実共に女形のトップである坂東玉三郎の「傾城二題」。得意の「阿古屋」に舞踊「傾城」と、休憩を挟んで二時間余りの公演だが、南座は満員の盛況だ。「歌舞伎」と聴くと、半日がかりで四時間前後にわたって芝居を観る習慣が根付いており、私の子供の頃から比べると、やや短くはなっているが、構造自体は変わっていない。しかし、良いものであれば、上演時間の長短に関係なく、観客は見たがることを再認識した舞台だった。

「壇浦兜軍記」の中で、もうここしか上演されることのない「阿古屋」。女形が琴、三味線、胡弓の三曲を弾き分ける、という女形の高等な素養が求められる役で、玉三郎が演じるまでは亡くなった歌右衛門の専売特許とされていた。玉三郎の「阿古屋」で、まず感心するのは、上演時間が短くなっていることだ。手元のメモを見ると、1982年に歌右衛門が上演した折には80分かかっていた舞台が、今回は75分を切っている。もちろん、何でもただスピードアップすれば良い、というわけではない。見せるべきところはじっくり見せた上で、現代の観客の生理に合わせたカットや見直しが必要なのだ。30年前に、歌右衛門の演じる「阿古屋」にいささかのもたれ感を覚えながらも「こういうものなのだ」と思って、比較対照すべき舞台がないままに観ていたことを考えると、この感覚は画期的である。もう一点言えば、この当時、いや遥か以前から、阿古屋を詮議する重忠は「阿古屋を演じる役者より格が上、もしくは年長者でなくてはならない」という暗黙の了解、があった。例外はあって、歌右衛門の上演の折に一度だけ現在の市川團十郎が演じている。今回は、片岡愛之助が重忠を演じている。大幅な若返りだ。しかし、舞台を観ていて、納得することがあった。「阿古屋より若くても何も問題はない」と。なぜなら、重忠は、当時のエリート官僚として、この芝居に登場する。必ずしも年長である必要はなく、重忠の人情味と毅然とした人柄が見えれば、年齢の問題ではないのだ。言うまでもなく、歌舞伎は古典芸能だ。しかし、役者が変わり、時代が変わる中で同じ演目を何度も観ていると、こうした発見がある。これが歌舞伎の愉しみでもある。

玉三郎の阿古屋は、ひたすらに美しく、豪華な衣装と共に客席を圧倒する。景清の行方を問われ、「知らぬ」と拒む女のプライドの高さ。それを、三曲を弾かせ、その音に乱れがなければ阿古屋の言うことを信用しよう、という設定がいかにも荒唐無稽な面白さがある。三曲を「嘘発見器」の代わりにしようとは、現代の警察よりも遥かに進んだ感覚である。感情の揺らぎを一切顔に現わすことなく、見事に三曲を弾く玉三郎の阿古屋には、驕り高ぶった姿はなく、驕慢なまでの美しさが存在する。今までにそう多くの役者が演じて来なかった理由は他にもあろうが、この役について言えば、絶対的、とまでも言えるほどの美しさがなければ、成立しないのだ。阿古屋が持つ美の上に、三曲を弾きこなす至難の芸が加わることで、マゾヒズムの美とも言うべきものが生まれる。

この芝居の中の捌き役である重忠を演じる愛之助。祖父、十三代仁左衛門の当たり役の一つであったが、最近、じっとしていられない役者が増えた中で、微動だにせず阿古屋の三曲に耳を傾けているのは立派だ。科白に最初からいささか情愛がこもり過ぎる嫌いはあるが、充分に玉三郎の期待に応えた。敵役となる岩永は坂東薪車。最近、いろいろなジャンルでの進境は著しいが、人形ぶりが中途半端で、人形ぶりに見えない部分があるのが惜しい。

休憩を挟んで、玉三郎の「傾城」。二十分ほどの踊りだが、完全に観客を幻惑の世界に導く。幕切れの演出を自ら工夫し、長唄が座る山台の後ろを開けると、一面の雪。この演出は面白い。

玉三郎の魔術、とも言うべき公演である。

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2012. 6. 7掲載

サロメ 2012.06 新国立劇場中劇場

「サロメ」と聴くと、退廃、耽美、倒錯といった言葉がすぐに浮かんでくる。作者のオスカー・ワイルド自身の生き方が重なる上に、最も象徴的な作品として捉えられて来たことによる、我々のイメージの固定化もあるのだろう。今回、平野啓一郎がこの舞台のために新しい訳を創り、宮本亜門の演出で上演されている。今までの我々の中で固定化したイメージではない「サロメ」を創ろうとした。思うに、「サロメ」のイメージが固定化された最大の原因は、ビアズリーの挿画に余りにもインパクトがあったからではなかろうか。

エルサレムのヘロデ王の宮殿に幽閉されている預言者・ヨカナーン。王はヨカナーンを嫌っているが、その底には恐怖と畏怖がある。ヘロデ王の妻・ヘロディアは、ヘロデの兄の妻であったが、その弟の后となっている。サロメは、ヘロディアと前の夫との間に産まれた子で、ヘロデには義理の子になると同時に、姪でもある。宴席でダンスを披露したサロメに好きな褒美を与えると上機嫌のヘロデにサロメが要求したものは、ヨカナーンの首を乗せた大きな銀の皿だった…。

ワイルドの原本との相違を数え上げても意味はない。問題は、どんな「サロメ」だったか、ということだ。幕が開くと、舞台は明らかに現代の装いで、サロメの姿をテレビで眺めているし、スーツを着た人物もいる。サロメも、今までの多くの女優が演じて来た「妖艶さ」とはかけ離れた個性を持つ多部未華子が、無邪気な少女、とも見える感覚だ。舞台を軽やかに駆け回る一方、憂鬱にふさぎ込んでみたり、と大人になる一歩手前の純粋無垢な少女だ。しかし、純粋無垢であるだけに、天真爛漫な要求は厳しく容赦がない。ヨカナーンの首を要求したことに対し、ヘロデが他の財宝や領土などで引き換えるように交渉を試みるが、頑として譲らない。自分がどんなに残酷な物を要求しているかを知っていながら、である。子供は妥協を知らない。知った時点で、大人への道を歩み出すのかも知れない一方、妥協が大いなる背徳なのかも知れない。宮本亜門が描こうとしたサロメは、こんな少女である。多部未華子の幼さが、この役を活かした。とは言え、デビュー10年、多くの話題になる仕事を残し、杉村春子賞を受賞した期待の若手の進境は著しい。それゆえか、幕切れ、舞台一面に流れ出る夥しい鮮血の中でヨカナーンの首を抱きしめての芝居にはエロティシズムを感じさせもする。ヨカナーンの首を切らせ、物を言わぬ唇にキスをした瞬間に、さなぎが羽化したような印象を与えた。

ヨカナーンは成可(ソンハ)。「春琴」が印象に残っている役者だが、牢獄の中に押し込められ、舞台に特設された橋のようなセリ出しの上でサロメとの応酬があるが、彼の魅力は「声」だ。この声一つで、彼はヨカナーンである。もちろん、他の魅力がないわけではない。この芝居に関して言えば、彼の声でヨカナーンという人物を描いた、ということだ。この二人が、陰と陽との旋律を奏でることで、サロメが登場人物に突き付けた「残酷さ」が浮き彫りになる。

ヘロデ王は奥田瑛二、ヘロディアは麻実れい。二人とも力のある役者だが、出し切れていないのはなぜか。特に、麻実れいは、いつものパターンの芝居に陥って何も変化がない。変わらぬ安定感、と言えばそれまでだが、こうした実験的な舞台、いつもは観られない麻実れいを観たかった。サロメの過酷な要求に対し、王との忠誠の狭間で苦しみ、自ら命を絶つ護衛軍の隊長・山口馬木也。大芝居をするわけではないが、存在感のある良い役者になった。それを書き添えておきたい。

全体を見渡すと、「サロメ」を現代の感覚で歌舞伎にするとこうなるのではないか、といった印象だ。「サロメ」などは、歌舞伎化するには最も適した作品の一つと言えるのかも知れない。

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2012. 5.31掲載

朗読『宮沢賢治が伝えること』2012.05 世田谷パブリックシアター

昨今、朗読会やそれに類する公演の数が非常に増えた。理由は明白で、舞台に掛ける経費が少なくてすむこと、朗読という性質上、大きな劇場やホールを使用しなくても公演が行え、リスクが少ないこと、だろう。この経済状況の中では、今まで通りの価格設定の芝居に足を運びにくいことは事実であり、一方で「朗読」の舞台も、そうしたこととは別に、長い歴史を持っている。ただ、昨今の朗読公演には余りにも安直な取り組み方とも思えるようなものが多いのも事実で、実を言えばこの舞台についても、いささかの懐疑はあった。もう一つ言えば、私の頭の中には、「宮沢賢治の朗読」と言えば、一昨年102歳で長逝した長岡輝子が、晩年に始めた活動が印象的に残っており、あの豊かな滋味とも言うべき味わいが、今の若い役者に出せるものかどうか、という想いもあった。また、宇野重吉や加藤道子、山本安英など、昭和の朗読の名人の舞台に接して来た想い出もある。しかし、もう、宇野重吉や長岡輝子の現役の舞台を知る若い観客はいないだろうから、後者は個人的な思い入れに過ぎない。

今回、シス・カンパニーが公演した朗読は、宮沢賢治の作品群の抜粋や全文を含め、約1時間のものを3人で読む。その3人の組み合わせは毎回変わり、蒼井優、麻実れい、大竹しのぶ、木村佳乃、黒木メイサ、小泉今日子、白石加代子、鈴木京香、広末涼子、江口洋介、風間杜夫、篠井英介、堤真一、平幹二朗など、錚々たる顔ぶれがのべ38人にわたって出演している。読む内容は同じもので、宮沢賢治の詩や短歌、短編小説や作品の抜粋で、栗山民也が演出に当たっている。

通常、朗読の公演は長くても三日程度のものだ。それが、いつも芝居をやるのと変わらない世田谷パブリック・シアターで約一ヵ月にわたる公演を持つのは異例である。いくら人気者が顔を並べても、そこに何らかの「意味」や「意義」がなくては、成立しない。なぜ、この公演で宮沢賢治を読むのか。宮沢賢治については今さら事々しい説明の必要はないだろうが、今回は説明するべき点が二つある。彼は、1896年、明治三陸地震の二ヵ月後に生まれ、1933年、昭和三陸地震の半年後に亡くなっているのだ。いずれも、直接大きな被災をしたわけではないが、歴史に残る大地震の年に生まれ、その37年後の大地震の年に生涯を終えた一人の詩人。この一致はもちろん歴史のいたずらによる偶然だろう。しかし、昨年の「東日本大震災」の復興が遅々として進まない今、すでに地震の記憶が風化しかかっている地域もあれば、いまだに余震が続いて「あの恐怖」に怯えている地域もある。人間は自然に勝つことはできない。その事実を忘れないようにしよう、という意味の教訓なのだ。さらに、宮沢賢治は農学校の教員でもあった。「自然」の恵みと同時にその厳しさや怖さを、自分の肉体で知っている人物であった。その詩人の言葉を「読む」こと、この公演から発信されるメッセージの意義は大きい。

宮沢賢治と言えば、多くの人が頭に想い浮かべるのは「雨ニモマケズ」の詩や、「注文の多い料理店」などの童話だろう。今回の公演では両方の作品が読まれたが、他にも、妹の臨終間際を詠んだ絶唱とも言える「永訣の朝」、「よだかの星」、「春と修羅」などが読まれた。私は、個人的には「永訣の朝」が以前から大好きな作品である。目を閉じて聴いていると、宮沢賢治の持つ言葉の力強さ、というものが改めて身体に響いて来る。気候の厳しい東北地方の、決して豊かではない地面を見詰めながら書き連ねたような言葉の重みと力強さ。決して丈夫ではなく、時代もあって胸の病に苦しんだ宮沢賢治だったが、その肉体から発せられる言葉は、平易でありながらも力強い。観客としての感性を試される公演でもある。

学校の国語の教科書から夏目漱石や森鴎外などの作家がはずされ、最近の我々の読み書きに関する能力は著しく衰えている。学校教育だけに頼っていたのでは、戦前の人々が持ち合わせていた一般教養よりも遥かに劣るのは自明の理だ。外国に目を向けるのも結構だし、時代の最先端を行くITを活用するのも結構。しかし、今、自分が立っている日本の豊饒な言語、その力を知らずにいたり、古臭い、難しいと遠ざけてしまうことは、ただただもったいないことだ。今回の公演は、宮沢賢治と東日本大震災を結び付け、そこにメッセージを託そうとしたプロデューサーの卓見、とも言うべき成果だ。私は、プロデューサーを褒めることは滅多にしないが、今回の公演は称賛に値する。実に見事な着想であり、仕掛けの舞台だ。

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2012. 5.11掲載

THE BEE 2012.05 水天宮ピット

久しぶりに、賛否両論が真っ二つに割れるような芝居である。

穏やかな、慎ましい日常生活が、本人の意志とは無関係に一転して悲劇に変わることは不幸にして間々ある。事故、災害、その他多くの事件が新聞やニュースで報道されている通りだ。野田地図が今年の1月のニューヨーク公演を皮切りにロンドン、香港、と外国で上演して来た「THE BEE」である。野田秀樹演じる平凡なサラリーマンが、息子の誕生祝いを買って家路に着く途中で、我が家に脱獄犯が立て籠もり、妻と息子を人質に取っていることを知る。井戸は、信じられないことに、犯人の妻の家に乗り込み、自らが妻と犯人の子供を人質に取り、自分も立て籠もりを始める。この膠着状態の中で、井戸と犯人は、お互いの人質の指を切断しては送り合うことで、お互いの状況を確かめ合う。この芝居は、筒井康隆の「毟りあい」という作品を原作にしたものだが、ここでは原作との差異については述べない。ただ、筒井康隆が、言葉の暴力や不快感を存分に利用する作品群に関して、日本ではたぐいまれな才能を持った作家だ、と言うことは書いておきたい。

平凡なサラリーマンが狂気の世界へ踏み込んでゆく芝居で私が真っ先に頭に思い浮かべるのは、アメリカのアーサー・ミラーの「セールスマンの死」だ。今までに多くの名演を観て、ショックを受けた。しかし、「THE BEE」を観ていると、あれほど緻密に人間の心理を書き込んだ「セールスマンの死」が優しく、温かな芝居に感じさせられてしまう。野田秀樹は、この作品において、演劇が持つ暴力性や、科白に託した言葉の力、それも悪意を存分に振りまいている。75分の芝居だが、この感覚は演じる方も観る方も、限界の時間かもしれない、とさえ思うほどだ。考えてみると、年間200本ほどの芝居を観ていながら、科白で不快感や嫌悪感を覚える芝居には、最近とんと出会っていない。「お金を出して、わざわざ不愉快な想いをしてどうするのだ」という意見はもっともだ。その一方で、演劇の科白にはそれほどの強い力があり、それを駆使する手法を最近の芝居が取らなかった、ということでもある。

タイトルの「THE BEE」。蜂、である。野田秀樹の井戸は、立て籠もったアパートで蜂に異常なまでの恐怖を示す。私にはこの蜂がイコール井戸、と感じられた。どちらも、平穏な日常生活の中に飛び込んで来た不愉快で恐怖な夾雑物だ。一刻も早く自分の家から出て行ってもらいたい存在である。蜂の不快な羽音と、井戸が喚き立てる罵詈雑言が、同一のものとして私には聞こえた。

この芝居は、野田秀樹のほかに、宮沢りえ、池田成志、近藤良平の四人で演じられる。野田以外は、立て籠もり犯、警部、TVのリポーター、立て籠もり犯の妻など、一人が二役から四役を演じる。しかし、それを観ていて混乱を覚えることはない。むしろ、いつものスピーディな野田地図のテンポを充分に活かしている。また、パンフレットに野田秀樹自身が書いているが、小道具を実に巧みに、柔軟な、あるいは突飛な発想で使っているのが効果的だ。その小道具の使い方や象徴するものに意味を求めてゆくと、それだけでも大変なことになり、批評ではなく論文になるだろう。

宮沢りえがいい芝居を見せる。彼女が40歳を目前にして揺るぎのない力を持った女優であることは誰しもが認めるところだろう。今回の彼女の凄さは、この芝居の「暴力感」にもっとも馴染み、一体化していることだ。おそらく、台本を前に突き詰めた理屈の結果ではなく、稽古を重ねる間に女優として肌で感じた感覚だろう。恐らく30年以上前の時代、犯罪者の妻であっても致し方のないような荒んだ人生を送るストリッパーの生活が、リアルに浮かび上がる。今までにも他の舞台でいくつか彼女の分岐点になるとも思える舞台を観たが、この芝居も、明らかな分岐点であり、一つの山を登った感覚がある。

今年57歳を迎える野田秀樹の、理屈だけではなく自らの身体を120%酷使するほどの演劇へのあくなき挑戦のパワーに驚嘆する。「野田地図」の芝居を見慣れている観客には、新しい野田地図の芝居として受け入れられるかも知れないが、初めて野田地図に触れる人の反応は多種多様だろう。この芝居を観て、「芝居とはこんなものなのか。もう二度と嫌だ」という観客もいるかも知れない。しかし、芝居には阿片のように甘美な毒が含まれている。始末が悪いのは、この毒が、花を咲かせて芳香を放ち、蜜を捕りに来る蜂を待つかのように、「待つ」ことを知っていることだ。

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2012. 5. 3掲載

「東日本大震災」以来、「絆」という言葉が良く使われるようになった。我々の生活の中で、絆が生まれる最少の単位は家族、ないしは恋人・友人であろうか。関係性が近ければ近いほど、時に疎ましく感じることもある。しかし、いくら喧嘩を繰り返そうが徹底的に憎むことができないのは、血であり愛情や友情であり、そこに「絆」があるからなのだろう。尤も、最近の殺伐としたニュースは平気で家族も殺すような事件を日常のように報道している。政治、経済、教育、思想、時代…。いろいろなものの所為にすることはできるが、今の我々の中に、どれほど近しい関係の人間であろうが、面と向かってに対峙するにはそれなりの「覚悟」が必要なのだ、という気構えが抜けているのではないか。そんなことを感じさせる芝居である。

加藤健一事務所では3年前に初演し、好評を博した作品の再演である。アメリカの劇作家、ジョウ・ディピエトロの作品で、小田島恒志と平川大作の翻訳を高瀬久男が演出している。小田島恒志が今までに何本の翻訳台本を加藤健一に提供しているかは定かではないが、相当な数にのぼるはずだ。役者の生理を知り尽くした訳者がいるのは、加藤健一には幸福なことだ。日本人が海外の芝居を演じる時に、不自然にも見える外見や所作の数々を、科白のニュアンスが救うケースは多い。この時に救われるか、あるいは瀕死の重傷を負うかの境目は、一にも二にも脚本の翻訳にかかっている。特に、日本にはないジョークやスラング、あるいは信仰や思想などをいかに科白として自然な言葉にするか、あるいは日本流に置き換えるか。余りにも海外の芝居が多い中で、自動的に日本語の台本ができるような感覚さえも持ちかねないが、翻訳の重要性を我々演劇人は考え直す必要があるだろう。

さて、芝居の中身は、アメリカに住むイタリア系の家族の話である。山本芳樹が演じるニックの父方の祖父母の二軒隣に母方の祖父母が住んでおり、毎週日曜日のディナーに、孫のニックは町から父方祖父母の家にやって来て四人の祖父母と食卓を共にする。母方の祖父母が加藤健一のフランク、竹下景子のアイーダ、父方の祖父母が有福正志のヌンツィオと一柳みるのエンマだ。フランクは家族の絆を何よりも重んじる男で、背景には14歳の時に父親に僅かな金を持たされ、父親に単身アメリカへ渡らされた記憶が根強く残っている。アメリカで職を手にし、家庭を築いたフランクには、男の仕事は家族を養うことだという強い信念がある。イタリア語では「テンゴ・ファミーリア」と言うのだそうだ。彼の想いを代弁するかのように、家の真ん中に、太い真っ直ぐに伸びた柱が一本立っている。日本流に言えば「大黒柱」だ。家の要であると同時に、家族のよりどころともなるべきシンボルだ。29歳のニックは、自分の仕事のために四人の祖父母の元を去らなくてはならないのだが、この四人が全く孫の言葉に耳を貸さず、自分の考えしか主張しない。挙句の果てに、孫のシアトル行きをやめさせるために、とんでもない計画を立てた…。パワフルな老人たちに翻弄されるニックだが、やがて四人が送って来た長い人生の断片を垣間見るうちに、いろいろなことに気づき始める。

山本芳樹の芝居がずいぶん伸びた。いささか神経質で真面目な好青年で、狂言回しにも見える役どころを、しっかり捕まえている。他の劇団に所属しながら、多くの他流試合で揉まれて来た成果が着実に上がっているようだ。若い役者が力を蓄えてゆく過程を見るのは楽しいものだ。80代を演じる竹下景子、いささか若い感じがあるが、コミカルに軽く演じているところが面白い。加藤健一は、老人役はもうお手の物というところだが、ちょっとした科白回しや緩急に、彼が積み重ねて来た巧さを感じる。老人たちのパワフルで破天荒な発言や行動は、現代の日本に通底するものも多いが、単純にそれだけではない。アメリカ人の作家が現代の日本を予見して書いたとは思わないが、観客席の笑いを誘うちぐはぐなやり取りの中から、あるメッセージが受け取れた。

「老人には老人の仕事や役割があり、それを取り上げてはいけない」ということだ。頑迷固陋な四人の老人たちは、現代の感性からは大幅にずれており、孫の世代にしてみればイラつきの元でしかない。しかし、彼らとていきなり老人になったわけではなく、80代に至るまでの人生がある。その中で家族を慈しみ、励まし、怒り、涙を流して来た歴史があるのだ。日本の住宅事情では三世代同居は相当に困難な話だが、老いたことや病気を理由に、施設や病院に直行という現代日本の「病巣」とも言える部分が見える。老いるまでの時間にはアンチエイジングよりも、老いるための覚悟が必要であり、老人の最期の大きな仕事は、「死んでみせる」ことなのだ、ということが科白の間から浮かび上がる。老人の体力や視点で懸命に生きようとする努力を取り上げ、何もさせないことが優しさではない。必要なのは、労りと、かけがえのない家族とどう対峙するかという「覚悟」だ。

この芝居で面白かったのは、孫と祖父母の家族でありながら、祖父の父、つまりニックの曽祖父、そして、今はこの地を離れたニックの両親、戦死したニックの伯父などの姿が、登場せずとも感じられることだ。実際には、四世代の家族の物語である。それがきちんと感じられるのは、脚本がしっかりしていることと、演出の高瀬久男がその意図を細かく拾い上げているからだろう。とうに四人の祖父母を喪った私には望むべくもないことだが、祖父母と孫という組み合わせで観てほしい芝居だ。

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2012. 4.25掲載

絵本合法衢(えほんがっぽうがつじ)2012.04 国立劇場

今月、仁左衛門は一体何人を殺すことになるのだろうか。とは、国立劇場の「絵本合法衢」での話である。昨年の三月に上演され、好評を博していたものだが、東日本大震災で上演中止となり、多くのメンバーが昨年通りで今月上演されている。鶴屋南北の作品で、悪の魅力が横溢した作品である割には、上演回数が多くはない。思うに、原作が七幕十七場と非常に長く、現在の上演時間や形態に合わせた台本の補綴が困難なのが一つの理由だろう。今回は四幕十二場にカットし、お家乗っ取りを企む大悪党の大学之助と、冷酷無比な立場の太平次を仁左衛門が二役で演じることで、悪人の二つの姿と、それに絡む人々を中心に描いている。歌舞伎の作品のほとんどは著作権の制約がないのだから、一つの形に固執せずに、上演の折々にこうした柔軟な改訂があってしかるべきで、これが歌舞伎の持つ本質的な柔軟性ではあるまいか。その点で言えば、今回の台本はすっきりまとまって、焦点がはっきりしている。「通し狂言」だからというだけではなく、普段上演されている演目でも、こうした視点で演じるたびに時代や見せ場に合わせた改訂をしながら変容を遂げてゆくのが、歌舞伎の一つの姿ではあるまいか。古典を守るケースも必要だが、「伝統を現代へ」つなげるべき試みは、どの芝居も持っている宿命ではないかと思う。この芝居にしても、相当に入り組んだ粗筋を、わかりやすくテンポ良く見せることを第一の目的にしたことが成功の理由だろう。

仁左衛門の二役が、どちらも良い。お家乗っ取りのためなら手段を択ばない大学之助は、いわば時代物の悪人だ。科白の調子も低く太く、貫録を見せると同時に冷酷無残な権力者である。役柄が大きい分、迫力もある。一方、立場の太平次は、自分が得になることであれば女房でも殺してしまうし、狡賢いことに対しては頭の回転が速い。また、人を殺すことに関して、罪悪感もなければ後悔もためらいも微塵ほどにも感じない。それでいて、時折見せる愛嬌のアンバランス。ふと、「義経千本櫻」のいがみの権太の匂いを感じさせるような部分もある。この対照的とも言える二人が、自分だけの利益のために幕切れ寸前まで、次々に人を殺してゆく。完全に二役の色を変えて演じて見せたのは、仁左衛門の巧さと工夫だろう。こうした「悪」の中にある種の痛快さを覚えるのは、人間の感情の否定できない部分だ。それを浮き彫りにした南北という劇作家は、やはり偉大だ。

今回の公演では二役が多く、他にも時蔵がうんざりお松と皐月、左団次が高橋瀬左衛門と弟の弥十郎を演じている。後は、秀太郎、愛之助、孝太郎の片岡一門に高麗蔵、男女蔵、梅枝などが加わった一座だ。愛之助の田代屋与兵衛と孝太郎の田代屋娘・お亀が綺麗なつり合いの取れたコンビぶりを見せる。また、太平次に惚れている蛇遣いのうんざりお松を演じる時蔵が、歌舞伎で言うところの悪婆という役柄の魅力と色気に溢れ、収穫だ。もう一役の皐月は武士の女房で、凛とした風情があり、こちらも良い。前名の梅枝時代から観ているが、いい役者になった、と思う。どんどん仕事をして、若手に手本を見せてほしい。太平次の女房・お道の秀太郎。女形の大ベテランだけに、ふとした仕草に漂うさりげない色香が素敵だが、実際には仁左衛門の兄でありながらも、いくつか若い女房に見えるのは芸の力だろうか。

さて、今月の舞台で特筆しておきたい役者がいる。片岡仁三郎という。昭和39年生まれで、20歳の時に仁左衛門の弟子となった役者だ。歌舞伎の門閥出身の役者ではなく、スターでもないが、三幕目で太平次の手下・飛脚の与五七を演じている。それなりに見せ場もあり、軽やかな身体の動きを活かして良い芝居を見せ、抜擢に応えている。コツコツと修業を重ねて来たこういう役者が、キチンと要所を抑えられるようになったのは嬉しいことだ。最近の歌舞伎を観ていて不満なのは、若い役者たちの科白や歩き方、ちょっとした仕草に歌舞伎の匂いを感じないケースがあることだ。しかし、地道に勉強を重ねて来た役者が、時間をかけて、こうして主役の芝居を支えている事実があることを記しておきたい。

国立劇場45周年の記念公演のラストを飾るにふさわしい芝居になったことを喜びたい。

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2012. 4.23掲載

陽だまりの樹 2012.04 サンシャイン劇場

手塚治虫の曽祖父・手塚良庵という実在の人物を主人公にし、生存中に人気作品として連載されていたものだ。今、ちょうどNHKの「日曜時代劇」でも放送をしているが、今までにも舞台化された作品である。今回は、上川隆也・吉川晃司という人気かつ異色のコンビでの上演となった。幕末の開国を目前とした時代の中で、蘭方の西洋医術を修めたが女好きで道楽者の医師・良庵と、徳川家に忠誠を誓う無骨一辺倒の不器用な武士・伊武谷万二郎という正反対の二人が出会い、時にぶつかり合いながらも、お互いに理解を深め、親友となる物語だ。「青春時代劇」とでも言おうか、幕末の動乱期には個性的な人々が多く名を残している。上川が演じる主人公の良庵は、東京へ種痘所を設立した医学の功績者として名が残っているが、吉川が演じる伊武谷万二郎は架空の人物である。

芝居は、エンタテインメントであると同時に、いくばくかの思想性やテーマを持っているものだ。そのさじ加減が作り手の最も悩み、苦しむところで、エンタテインメントばかりに走れば、観ている間は面白いが後には何も残らない。作者の思想やメッセージをあまり前面に押し出しては、肩も凝る。極端に走る両者にもそれなりの理由があり、全面的に否定をするわけには行かないが、この作品は両者が程よくミックスされており、尚かつ上川隆也の大熱演で仕上がりの良い作品になった。また、タイミングを狙ったわけではないだろうが、黒船が江戸に迫り、各国から開国を迫られている正に「国難」とも言うべき状況の中で、自らの保身だけに汲々としている幕府の官僚の姿も活写されており、今の国会や日本の政治姿勢を見るようだ。芝居とは本来、こうした風刺や諧謔の「毒」が盛り込まれているところにも魅力があるもので、日々、霞が関で醜態をさらしている三文政治家たち全員に見せてやりたい芝居だ。自国の領土にミサイルが撃ち込まれるという危機に、「ちょっと困る」などと言ってのけるような腰抜けは、少なくもこの爽やかな芝居には一人もいない。それを考えると、わが身を含め、昔の人が、今の年齢以上に大人であり、自分の発言や行動に責任を持っていたか、をこの芝居から感じる。

上川隆也と吉川晃司、同い年だそうだ。舞台や映像で乗っている上川と、音楽界で一つの地位を築いた吉川との組み合わせは面白い。年代的にも油の乗り切った世代だけに、新たな化学反応が期待された。ただ、ベテラン・上川と、初舞台の吉川の差が出るのは致し方のないところで、異種格闘技の組み合わせの妙は買えるが、軍配は明らかに上川に上がった。役柄上、吉川の役はあまり派手に動き回ったり、ペラペラ喋る役ではなく、原作の味を巧く活かした脚本・演出の樫田正剛が工夫をし、二人の軽重のバランスを取っている。吉川はミュージシャンでもあり、その上初舞台。二人が並ぶとどうしても見劣りはするが、凛とした風情が漂うという点では買える。それを補うかのように、上川がエンジン全開で硬軟織り交ぜた芝居を見せる。助平な道楽者ぶりも楽しければ、真っ直ぐに時代を見つめる好漢ぶりも頼もしい。何かのスイッチが入ったのではないかと思うほどの大熱演だ。

それを支えているのが、上川の父で同じ医者の良仙の石倉三郎、勝海舟の瀬下尚人、妻を蘭方医の誤診で亡くした浪人・山犬を演じる岡本健一らである。特に、石倉は上川とは良い親子のコンビぶりで、時折見せる石倉の脱線にすかさず突っ込む上川のサービスぶりも面白い。残念なのは、高野志穂、花影アリス、斉藤レイらの女優陣が、男優陣に比べていささか力が足りず、印象が薄かったことだ。ストーリーの中でもそう重要な役を担っている女優はいないものの、芝居の個性が画一的で、際立ったものを見せる女優がいない。多少下手でも花があるとか、何かの印象を残してくれれば良いのだが、誰もが教わった通りに演じている感が拭えないのが惜しいところだ。

例年より遅い櫻は東京でもほとんどが葉櫻になってしまった。幕切れに嵐のように散る櫻が印象的な芝居である。

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2012. 4. 13掲載

王女メディア 2012.03 世田谷パブリックシアター

何事にも始めと終わりはある。どんなに長い芝居でも、幕が開けば必ず幕が閉まる。その繰り返しを何十年としていても、やがて終わりは来る。私が、平幹二朗の「王女メディア」の初演に立ち会ったのは、1978年2月21日、日生劇場の舞台だった。辻村ジュサブローの手による縮緬の衣装に身を包んだギリシャ悲劇の奇怪とも言える平幹二朗のメディアに、高校生の私は圧倒された。それから34年の歳月が流れ、78歳になる彼が、今回のツアーでこの芝居と別れを告げると言う。歌舞伎流に言えば「一世一代」というところだ。もちろん、34年間上演されなかったわけではなく、初演の絶賛を受けて何度も上演され、外国でも高い評価を得て来た。やがて、メンバーも変わり、演出家も変わった。しかし、平幹二朗その人だけは、この芝居の中央に、まさしく大樹の「幹」のように凛然と立っている。初演を観た少年が、最終公演の場にも居合わせるというのは何とも言えぬ想いであった。

「王女メディア」は、日本では最もポピュラーなギリシャ悲劇の一つだ。メディアとの間に二人の子供を持ちながらも、有利な条件の縁談を提示された夫のイアソン(イアソーン)は心を移し、妻子を捨てて新しい縁組に走る。捨てられたメディアは、自分の命を賭けて夫への復讐を挑み、自らの子供を殺す。この行為は、心理学の側面でも多くの考察があるようだが、私は素人なので演劇的な考察のみに触れることにする。平幹二朗が演じるメディアは、観るたびに余計なものが削ぎ落とされて行く分、濃度が高まっている。以前の舞台に比べれば、登場人物の数も減っているし、装置もシンプルになった。その分、科白の持つ力を最大限に引き出そう、というのが演出家である高瀬久男の試みだ。変わらないのは、芝居の科白の修辞が初演同様に詩人の高橋睦郎だ、ということだ。修辞とは、文章の表現を整えたり、豊かな表現に変えたりすることを差す。この芝居について具体的に言えば、古代ギリシャの国の名を「隣国」と表現したり、固有名詞であるメディアの夫のイアソン(イアソーン)を「夫」と表現し、日本人に馴染めるような工夫がなされており、それが耳に心地良い。また、「三千世界」など、歌舞伎や浄瑠璃などの古典芸能からの言葉を使ったり、と、ギリシャ悲劇の精神性と日本の科白が美しく融合した形となった。科白の力、日本語の力が良く分かる芝居であり、平幹二朗がこの台本にこだわった気持ちが良く分かる。

さて、メディアである。78歳という年齢を感じさせない圧倒的なパワーと、朗々たる科白術は、明らかに一級品だ。80歳でもできるのでは、とも思うが、休憩なしで約2時間に及ぶ芝居の膨大な科白量を考えると、今が最後の素晴らしい頂点だろう。それを自らを厳しく見つめることで見極め、半年に及ぶツアーを維持している精神力はすさまじいとしか言いようがない。特に、自分の子殺しを夫に追求され、その責めを聴いている様子には、超然とも凄艶とも言える雰囲気が漂っており、この芝居の中でも白眉とも言える場面だ。平幹二朗はもともと女形の役者ではなく、骨格も良く大柄である。しかし、ふとした一瞬、哀れで美しい女性に見える。また、非常にグロテスクな、不気味さを漂わせる瞬間もあった。我々は、女形と言えば歌舞伎の美しい白塗りの姿を見慣れているが、この舞台を観ていて、メディアを演じる平幹二朗の女形には、日本の原初の女形が持っていたであろう、本来の良い意味でのグロテスクさを感じた。女形は美しくなければならない、というのは明治以降の勝手な通念の一つでしかない。女形が美しくあることを否定するつもりはないが、私は、平幹二朗という役者の抽斗の深さをここでも見る想いがした。

三浦浩一、石橋正次、若松武史と言った手練れが脇を固めているので安心だが、特筆しておきたいのはメディアの夫を演じている城全能成だ。文学座に籍を置きながら、外部でも多くの舞台を踏んでいる。彼が2001年に文学座の「モンテ・クリスト伯」に出演した時に、まだ演技は評価できるほどのものではなかったが、素材としての持ち味に光るものを感じた。以降の活動は私が予想していた範囲を遥かに超える活躍ぶりで、幕切れ近くのメディアとの白熱のやり取りは、大ベテランを相手に五分と五分とのやり取り、とは行かないまでも四分六分とは言える大健闘の熱演だった。こういう若い役者が、名優と共に舞台の上で闘い、胸を借りて成長をしてゆく姿を見るのも、楽しいものだ。

このツアーは1月14日に八王子でスタートを切り、近畿、関東を経て九州へ渡り、6月30日に長崎で千秋楽を迎える。その間101ステージ、実に半年近い旅公演だ。まさに一世一代の名に相応しいこのステージ、どこかの地方でもう一度観ておきたい舞台だ。

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2012. 4. 2掲載

「キャサリン・ヘプバーン~五時のお茶~」2012.03 博品館劇場

最近、一人芝居が随分増えた。大きな理由の一つに、製作費が安く上がることがある。しかし、人数が少なくとも、丁寧に創ればそれなりにコストはかかるもので、一人芝居が増えた分、質については玉石混交の感は否定できない。元来、観客の視線をただ一人に集中させるということは、それだけの腕の持ち主でなければ無理な話であり、観客を飽きさせないような脚本がまず必要だ。技術的に言えば、膨大な科白を全部一人で喋り、動きもこなさなくてならない役者も大変なら、物陰や電話の向こうにいるであろう相手役との会話を、いかに説明的ではなく描くかという脚本も高度な内容のものが必要だ。このハードルの高さを理解し、実践して初めてそれなりの水準になる。後は、脚本、演出、役者の腕次第だ。

今回、芸歴50年を超える十朱幸代が初挑戦する一人芝居は、さらに枷がはめられており、演じる人物が実在の有名な映画スターだ、ということだ。存命ではないまでも、アメリカで一つの時代を築いたキャサリン・ヘプバーンの名は、古い映画のファンであれば知らない人はいないだろうし、今は昔の映画をいとも簡単に観ることができる。スクリーンの上のアメリカの女優と生身の十朱幸代を単純に比べることには何の意味もないが、本人にしてみればやりにくいことは事実だろう。

芝居は45分ずつの二幕に分かれている。一幕は、30代前半のヘプバーン。15分の休憩を挟んで二幕は、76歳のヘプバーン。彼女が実際にその生涯を閉じるのはその20年後だが、年齢の問題ではなく、女優人生としての晩年であることには間違いがない。マシュー・ロウンバードの脚本を、鵜山仁が演出しているが、丁寧な演出だ。96年にわたるヘプバーンの人生の二か所の断面を切り取ったこの芝居で、彼女の書かれていない人生を分かるように見せたところだ。

十朱幸代は、翻訳劇がこれで三本目とは思えないほどの自然さで見せるが、今まで演じて来た役柄のせいか、晩年よりも前半の30代の演技の方が自然だ。その一方で、老いた二幕の芝居には幸福感が溢れている。30代のヘプバーンは、すでにアカデミー賞の栄光を手にした後で、その後の駄作続きに苛立ち、持って生まれた激しい気性でハリウッドに象徴される映画界そのものに当たり散らしているような女性だ。しかし、この場面を演じている十朱は、高いハイヒールでピンと背筋を伸ばし、街中を毅然と闊歩しながらも心の中にどうしようもない孤独と寂寥感を抱えている姿が感じさせた。これは面白い、と感じた。栄光を勝ち得た後、さらにその座を維持しなくてはならない者の孤独を描いたものはたくさんあるが、こういう描き方はさり気なく、それでいて効果的である。

その一方で、70代のヘプバーンは、交通事故を起こし、足をギプスで固定され車いすの生活を送っている。引退を宣言し、訪れる友人も少なくなり、忘れ去られた存在になったと思っている。しかし、ウォーレン・ビーティから映画出演の依頼と共に毎週花束が届く。大スターの晩年としては、決して恵まれた状況とも思えないが、二幕の彼女はそんな状態にもかかわらず、全身に幸福感が満ち溢れている。年齢を重ねて性格が丸くなった、という問題ではない。おそらく、芝居には描かれていない部分の40年という時間が満ち足りたものであったのだろう。多くの友人や愛する人を失い、その想い出と共に生きているが、想い出に埋没しているわけではない。これから迎えるさらなる「老い」を、30代の時の気負いなど微塵も感じさせずに、日々ありのままに生きている女性の姿がそこにある。そんな感覚を匂わせる演技を、十朱が見せた。大人の芝居だ。

五年後でも十年後でも演じられる財産演目を、今このタイミングで自分の物にした十朱幸代は幸福である。それは、今までの積み重ねがあればこそ、だろう。半世紀を超えるキャリアを持つ女優が新たな地平を拓いた芝居、として記憶しておきたい。

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2012. 3. 21掲載

幻蝶 2012.03 シアタークリエ

タイトルを観た時には、何かミステリアスな芝居、という予感があったが、劇場へ出かけてみたら「喜劇」だとパンフレットにあった。しかも、俗に「虫屋」と仲間内で呼び合う昆虫好きを主人公にした物語だ。映画「ALWAYS 三丁目の夕日」やドラマ「相棒」などでヒットを飛ばした脚本家・古沢良太が長年温めていた題材を舞台化し、白井晃の演出で内野聖陽、田中圭のコンビを中心にした舞台だ。「幻の蝶」と呼ばれる「シロギフチョウ」を追い求めて、山の中の廃屋に籠もり、蝶を追い駆ける年の離れた男二人。内野が演じる戸塚という中年は、非常にいい加減そうに見える。一方、田中が演じる内海という青年は、口数も少なく人との接触が苦手で引きこもりがちな、全く正反対のコンビだ。この二人が同じ蝶を求める、という動機で山に入り、そこで数々の事件が起きる。

一つの分野への興味が深まり続けてゆくと、「マニア」と呼ばれるようになる。それが生活の糧になる場合もあれば、個人的に満足している場合もある。この芝居でのアイテム、或いは象徴は「蝶」だが、ゲーム、おもちゃ、骨董、書籍などなど、多くの分野にこうした人々はいる。今回新鮮だったのは、余り観客に馴染みのない「蝶」という素材を扱ったことだ。興味のない人には単なる昆虫の一種に過ぎないが、一羽の蝶に夢を求め、ロマンを追う人々がいるのは、先に挙げた分野も同様だろう。馴染みがないだけに観客にはその分の説明を必要とするが、それが説明じみておらず、巧い具合に芝居の中に溶け込んでいたのは、丁寧な脚本と演出によるものだろう。いい加減で荒っぽくてすけべな内野がどうしてそうなのか、同様に、田中がどうして引きこもりなのかが、芝居の進行によって明らかになる。「蝶」は主題であると同時に、この芝居の登場人物の個性を炙り出すための「触媒」の作用を果たしているのだ。

二人の他に、内野の友人で、歯医者の傍ら虫のブローカーでもある大谷亮介、二人が引きこもる山を管理する会社の七瀬なつみ、旅回りのストリッパーの中別府葵、町のチンピラの細見大輔。この六人だけの芝居である。しかし、それぞれが事情を抱えており、それが明らかになるに連れて、幕開きの底抜けなまでの陽気さがだんだんに翳りを帯びて来る。山の気候で言えば、晴天で幕が開いた芝居が、最後は土砂降りになり、その雨も過ぎ去って晴れ間が覗くような芝居だ。幕が開いてしばらくの内野は、いささか飛ばし過ぎとも思えるほどのぶつかり方で、ここまでしなくとも、とも思えるシーンもあったが、最後まで観てゆくと、幕開きがいい加減でつかみようがなければないほど、幕切れが引き立つ仕組みになっている。ミュージカルを多く演じていた時期もあったが、彼の本領はやはりストレート・プレイにあると私は思う。しかも、正統派の二枚目ではなく、むしろアウトローや骨太の骨格を持った役の方が向いている逞しさと野性味がある。この感覚は、以前「欲望という名の電車」のスタンレーを演じた時に鮮烈に感じたものだが、今の日本の役者には少ない強烈な個性だろう。ファンは二枚目の内野聖陽を求める部分もあるのかも知れないが、この個性派貴重だ。初日から三日目だったこともあってか、皆がいささか肩に力が入り過ぎているような感覚があった。一番自然体だったのは役の性格もあるのだろうが大谷亮介で、持ち味が得をしている。七瀬なつみも、いささかエキセントリックさが強調されていたようだ。いずれも、中盤になれば落ち着いて、しっくりと役にはまるだろう。

芝居は喜劇のタッチで始まるが、進むに従い、悲劇的な側面が徐々に顔を見せる。喜劇、悲劇と一方の側面が際立つ芝居もあるが、このように上手にミックスし、表裏一体の見せ方をするのは面白いことで、我々の人生そのものもこの繰り返しである。クライマックスへ向かう内野が、幕開きの能天気とは全く裏腹な迫真の芝居を見せたのが印象に残った。

我々は、この芝居の象徴である「蝶」ではなく、常に何かを追い求めながら生きている。それを手にした方が幸福なのか、追い続ける夢を見ていた方が幸福なのか。そんなことを考えさせられる芝居でもある。

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2012. 3. 8掲載

北村想のこの二本の芝居を何度も上演して来た加藤健一だが、同時に上演するのは初めてのことになる。共に一時間程度の芝居であり、同時に上演することは、役者はともかくも観客の生理には無理な話ではない。しかし、今まで連続で公演した経験はあっても、なぜ同時に二本なのか。それは、「今」だからだ。作品の背景を知らない観客のためには説明がいるだろう。

最初の「ザ・シェルター」は、核戦争勃発の時に備え、家庭用のシェルターを売るサラリーマンが、製品テストのために、妻と娘、自分の父親の四人で三日間シェルターの中で暮らし、そのレポートを出す、という話だ。しかし、他の家族はこのシェルターでの生活の意味を理解もせず、協力的でもない。そのドタバタの中で、シェルターを制御しているコンピュータが壊れ、一家はシェルターから出ることができなくなる。持ち込んだラジオからは、大型の台風が発生した、というニュースが流れ…。

もう一本の「寿歌」。核戦争が終わった後の関西のどこかの町。今も、まだコンピュータで制御できなくなったミサイルが飛び交う中、リヤカーに荷物を積んだ男と若い女の芸人と思しき二人が廃墟の中を歩いている。そこに、正体不明の男が現われる。この男、何かの品物が一つあれば、それをたくさんに増やすという特技の持ち主。食糧もままならない二人には良い道連れで、当て所もない三人での旅が始まる。ある町で芸を見せて金を稼ごうとした時に、事故が起きる…。

加藤健一が、なぜ「今」この芝居を上演しようと思ったかは、この粗筋でご理解いただきたい。もっとも、これだけでは非常に暗く重い芝居のようだが、手練れの作者である北村想の脚本と大杉祐の演出による舞台には笑いがある。もちろん、芝居の内容が孕んでいるテーマは深く、重い。しかし、こうした状況が近未来に起こりうる可能性が、この芝居の初演時の1980年代には「近未来にはこういうことがあるのかも知れない」程度の感覚で受け止められていた。

昨年の「東日本大震災」を経験した我々は、核戦争とは質こそ違え、大災害が今この瞬間に自分の暮らす街を襲うかも知れないことを、遥かにリアリティを持って感じている。そのリアリティの中で、この芝居を通して、我々観客が何を感じ、今という瞬間をどう受け止めるか。それは、観客ごとに違うだろう。しかし、二本の芝居の中には、それを考えるきっかけになる芝居が随所に散りばめられている。その科白は、「絶望」ではなく、「希望」や「再生」につながるものだ。ネタをばらすことになるので詳しくは書かないが、「寿歌」に登場する謎の男などは、存在そのものが「再生」の象徴でもある。

この二本の芝居を、加藤健一、小松和重、日下由美、占部房子の四人で演じている。役者の演技に関して言えば、「ザ・シェルター」で小学校二年生の女の子を演じた占部房子がいい出来で、自然に面白い。しかし、今回は、この二本を今のタイミングで上演しようとした「加藤健一事務所」の心意気を一番に特筆するべきだろう。折から、この公演の千秋楽は3月11日である。この一致が当初からの予定なのか偶然なのか、私の知るところではない。しかし、あれから一年を経ようとしている今、それぞれの立場でこうした芝居を観て、この一年を振り返ると同時に、これから我々が創っていくべき未来に想いを馳せるのも一つの方法であり、鎮魂を経た再生への道ではないのだろうか。

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2012. 2.29掲載

ビューティフル・サンデイ 2012.02 ル テアトル銀座

芝居を観終わった後に、「おもしろうて やがてかなしき 鵜飼かな」という芭蕉の句がふと頭をよぎった。今ならば、「面白切ない」とでも言うのだろうか。中谷まゆみの作品の中でも今回で三演目を迎えるこの作品、中谷とのコンビの演出家・板垣恭一の演出で、前回とはキャストを変えての上演である。日常生活の中の断面をコミカル・タッチで軽快なテンポで描きながら、時折どきりとする科白を発する脚本が良くできている。女性の作家ならではの繊細な視点がある一方、等身大の女性や同年代の男性の姿を活写している点が優れており、いささか不自然とも思える幕開きの設定も、自然に芝居に取り込んでしまう。今回のメンバーは瀬奈じゅん、葛山信吾、桐山照史(関西ジャニーズJr.)の三人である。

画家志望の青年・浩樹(桐山)と同棲しているファミリーレストランの店長・秋彦(葛山)。ある朝、目覚めると、ベッドには浩樹ではなく、見知らぬ女が寝ていた。彼女は、前にこのマンションの部屋に住んでいた、ちひろ(瀬奈)という女性で、酔った挙句に捨てずに持っていた鍵で秋彦の部屋へ入ったとのこと。女性恐怖症の秋彦は、何とかしてちひろを帰らせようとするが、浩樹は「三年目の同棲記念日」を一緒に祝おうと誘う。そんな中、大分から見合いの話を持って上京する母親に、浩樹との関係をどう説明しようか悩む秋彦。ゲイのカップルと40歳を間近に控えた奇妙な三人の日常生活の中から、それぞれが抱えている心の問題が炙り出されていく。それぞれの感情が沸点に達した時、意外な真実が見え始める…。

人々の関係性が希薄だと指摘される現代社会の中で、血縁で結ばれた「家族」ではなく、「疑似家族」のような形態でも人々が関係性を持って暮らしていくことの大切さを、笑い、泣き、喧嘩しながらこの作品は訴えているように見える。今から三十年も前であれば、男同士が同棲するのはおかしい、あるいは四十間近の女性が結婚せずに不倫をしているのはどうか、という「世間様の常識」があった。しかし、時代と共に世間は変わり、常識も変わった。今は男同士、女同士で同棲しようが、独身のままで生涯を暮らそうが、否定的な眼で見られることは少ない。それだけ、多くの「価値観」が変わった、ということなのだ。ならば、こういう現代の中での人間関係の上で、関係性を持って行こうよ、というエールである。確かに、一人でいれば気は楽だが喧嘩はできない。相手がいれば楽しいこともあるが鬱陶しくもなる。しかし、人間とは本来が自分勝手なものなのだ。それを肯定することをしなければ、何も始まりはしない。

瀬奈じゅんが幕開き早々からかなりのハイ・テンションでぶっ飛んだ芝居を見せる。我がままで身勝手なのだが、どこか憎めないところのある女性で、浩樹と秋彦の関係にも理解を示す。宝塚を退団して二年余り、ミュージカルを中心にした舞台を続けて来たが、こういうストレート・プレイにも彼女の本領はあるかもしれない、と感じさせる。関西ジャニーズJr.の桐山照史が、ゲイの青年をそれらしく演じている。また、役の個性がいかにも今風の若者の感覚であり、その一方で、愛情や怒りの発露もきちんと見える。浩樹の同棲相手である秋彦の葛山信吾は、年齢的には「おじさん」であり、その行動や言動、発想も、限りなく「おじさん」である。ある意味では、この役が三人の中では最も難しいだろう。しかし、熱演の結果、好感の持てる演技を見せた。「アンナ・カレーニナ」のような作品で見せた芝居とは全く違う、彼の等身大とも言える人間像をナチュラルに演じたことに発見があった。

劇場という「非日常」の中に、少し変わった「日常生活」を持ち込み、それを観客に提示することで、芝居のどこかのポイントが観客の琴線に触れる。ふだんは観ることのできないような大仕掛けの芝居や、日常を忘れさせる破天荒な芝居があっても良し、一方でこうした我々の日常の隣で起きているかもしれないような錯覚を起こさせる芝居に何かを感じ取るのも芝居の魅力である。誰もが心の中に重石を抱いて生きている時代である。そう滅多に人に言えることではないが、それを舞台で登場人物が代わりにさらけ出してくれることにより、観客の重石が少し軽くなるような芝居である。

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2012. 2.20掲載

ALTAR BOYS 2012.02 新宿FACE

2009年に日本での初演を果たし、5人のメンバーを入れ替えながら上演を重ねて来たロック・ミュージカル「ALTAR BOYS」のファイナル公演である。今どきのイケメンたち5人が、それぞれ「人間の原罪」とも言うべきものや、差別に対する人間の行動や思想について、キリスト教の世界を借りながら、音楽と融合させたロック&ダンス・ミュージカルである。日本では、若者と宗教・信仰の結びつきが希薄なだけに、それが理解されないのではと初演当時に思ったものだが、作品のつくりと堅苦しくならない客席と出演者との交流や、役者たちの努力もあり、回を重ねるたびに評判を高めて来た公演だ。元来、タイトルの「アルターボーイズ」とは、神と司祭に仕える少年たちのことを差すが、日本での「イケメン人気」が、そのタイトルを難なく受け入れたこともあるだろう。この5人の神に仕える青年たちが、観客席に座る人々の迷い、悩める魂を浄化するために、歌やダンスで愛を説く。宗教・信仰に関する感情の希薄な薄い日本ではなかなか出て来ない発想だが、余り「宗教」「信仰」を前面に押し出すことなく、いわば「軽いノリ」で演じることにこの作品の狙いの一つがあるのだろう。

北丸雄二の翻訳台本を、ダンスやミュージカルで活躍している玉野和紀が演出し、それぞれのグループの個性を引き出して、3つのバージョンのステージを創っている。ここで面白いのは18日間のステージを3つのチームで交互に上演している中で、それぞれのチームに「RED」「ORANGE」「GREEN」の名がつけられており、チケットの料金も違っている。7,800-、7,000-、6,300-という3段階だ。野球に例えれば「R」チームが一軍、「O」チームが二軍、「G」チームがルーキーたちのステージ、とでもいうことになろうか。もちろん、単純に上手下手という技量の問題だけで設定されたわけではないだろう。

しかし、こうした観客側の視線に立った料金の設定はとかくなおざりにされがちな部分であるだけに、あえて記しておきたい。こうした試みの一つが、新宿・歌舞伎町のライブハウス「新宿FACE」で、夜の公演はもちろん、平日の昼間でさえも立ち見が出るような公演にまで育てた、ということと無関係とは言えないだろう。今の演劇界は残念なことに、作品も出演者も消耗合戦という一面があり、公演の数をこなすことに重点が置かれ、その内容や質が置き去りにされるケースが多い。これは今後のエンタテインメント全体を考える上で、決して見捨てることのできない重要な問題だ。人を育てるには時間もお金もかかるのは周知の事実だが、観客に育ててもらうのも有効な手段である。ただし、それには観客が「この作品をもう一度観たい」「他のグループでも観たい」という動機がなければ、足を運ぶことは難しい。そのための工夫として、今までにも他の劇団などで行われているケースではあるが、この公演に関して言えば、成功した例と言える。

私が今回観たのは「GREEN」のチームであり、今回のチームとの比較対象を論じることはできないが、若いパワーが溢れていることは間違いない。後は、そのパワーにどこまで作品の質を高めるか、という問題で、レベルの差はあれ、これは各チームに共通した問題であろう。ただ、混沌とした演劇界の中で、これからの観客の嗜好や、提供する側の作品の選定など、試行錯誤すべき課題は多い。その中で、一つの「形」を見せ、一応の結末をつけたのが今回のファイナル公演である。今後、こうした試みが他の作品でどういう発展を見せるのか。これは演劇界全体が考えるべきテーマの一つでもある。

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2012. 2.13掲載

Endless SHOCK 2012.02 帝国劇場

2000年に初演をしたこの作品も、今年で12年連続となり、今回の公演中には上演回数が900回を迎えるという。どんな芝居でもそうだが、数を重ねて行くことは、想像以上に苦しいものだ。当然のことながら、観客の支持、「また観たい」という熱望がなければ続けられるものではないし、本人のスケジュールやさまざまなタイミングの問題もある。まして、主演の堂本光一は舞台を専門として活動をしているわけではない。その彼が、今年のお正月は博多座で1か月、休む間もなく帝国劇場で2月から4月までの通算4か月のロングランに挑戦している。これは、単純に若くて体力があるからできるというものではない。そういう点で言えば、かつて同じ帝国劇場で、森繁久彌が、当時は国民的ミュージカルと言われた「屋根の上のヴァイオリン弾き」を60代で6か月のロングランを行ったこともある。しかし、公演回数や興行の形態も違うし、一律に比較することはできないだろう。

松本幸四郎の「ラ・マンチャの男」にしても、森光子の「放浪記」にしても、数を重ねた名作にはそれだけの理由がある。もちろん、作品の良さ、主役を中心とした役者の魅力はあるだろう。しかし、それだけで続くものではない。昨日より今日、前回の公演より今回とレベルアップをして行かなければ、熱烈な支持を得ることはできない。昨年の帝国劇場での公演は、東日本大震災の影響で公演途中での中止を余儀なくされたこともあり、今年はファンの期待も更に大きかっただろうし、それに応えるべき堂本光一をはじめとするカンパニーのプレッシャーも並大抵ではなかっただろう。相変わらずの白皙の美青年ぶりで、難なく舞台をこなしているように見えるが、その努力は、おそらく観客の想像を絶するものであり、それを毛ほども感じさせないのがプロのプロたる所以でもある。

ショーマン・シップのあり方を見せるという大きなテーマは変わらないものの、この公演は毎年少しずつ形態を変えている。これを「進化」と呼ぶべきか、「努力」と呼ぶべきか。今年の舞台にはマイケル・ジャクソンの振付師でもあったトラヴィス・ペインのところへ自らが出向き、新しいシーンを創るなど、エンタテインメントとしての充実ぶりには労を惜しまない若き座長の努力は評価に値する。それが、ファンの心に共鳴を与えるのだろう。はっきり言ってしまえば、去年と同じ舞台を見せても、観客は殺到するであろうし、満員御礼の日々は続くはずだ。しかし、堂本光一の中にあるショーマン・シップの「魂」が、そこに安住することを許さないのだろう。観客は敏感である。それを感じるからこそ、毎年、最もチケットの取りにくい舞台として、帝国劇場を埋め尽くすことができるのだ。

厳しい言い方をすれば、彼の姿勢は一座の座長を張る役者としては当然の姿であり、精神であえい、これこそがまさにショーマン・シップだ。しかし、誠に残念ながら、この精神を持たずにかつての評価に安住し、一歩はおろか半歩も前進しようとせずに、同じような芝居を繰り返している役者が少なくはない、という実情がある。演劇界が全く先の見えない混沌としている今、単にジャニーズの売れっ子の公演だから、ということだけではないのだ。そこに、この公演を続ける価値がある、と私は思う。もう三十年以上も前に、名優と言われる古老が私に教えてくれた言葉がある。「再演だからと言って、前と同じようにやったのでは、お客様は『前の方が良かったなぁ』と思う。前よりも、努力をして勉強をして、少しでもいいものにした時に、『ああ、やっぱりいいねぇ』となる。でも、役者にとってはこの寸法を伸ばすことが大変なことなんだよ」と。堂本光一が、この名優の話を聞いているとは思えない。しかし、彼自身が座長を勤めて来た経験の中で、体得したのだろう。彼の中にこの精神がある限り、「Endless」なのだろう。

私は、かつてジャニーズの公演を「演劇界の新しい潮流」という表現をしたことがある。しかし、900回の数を重ね、1000回に及ぼうという公演を「新しい潮流」だけでは済ませることはできない。彼が、今後どこまで発展と進化を繰り返しながらこの公演を続けて行くのか、それを見届けるのも一つの役目だろう。

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2012. 1.28掲載

「ラ・カージュ・オ・フォール」2012.01 日生劇場

1985年に近藤正臣と岡田真澄のコンビにより帝国劇場で初演されて以来、もう27年が経過している。その後、今回の舞台までで15回の上演を重ねているが、東京での舞台はすべて観て来た。ザザが市村正親に変わったのは1993年の青山劇場からで、相手役のジョルジュが鹿賀武史に変わったのは2008年である。主な役を上演の都度入れ替えながら高い人気を保っているのは、この作品に込められている「人間讃歌」という大きなテーマが、性別を超えて観客の胸を打つからだろう。もちろん、「ありのまま」、「今この時」といったミュージカル・ナンバーが優れていることや、豪華な造り、そして笑いに満ち溢れた舞台など、多くの魅力はあるが、その根幹を流れているテーマはしっかりと揺るがない。

南フランスのゲイクラブ「ラ・カージュ・オ・フォール」の花形ダンサー・ザザとその愛人・ジョルジュは、20年以上も「男性同士の夫婦」として暮らしている。ジョルジュが若かりし頃に他の女性との間にできた一人息子、ジャン・ミッシェルが結婚の知らせを持ち帰ったのだが、相手のアンヌの両親が堅物の上院議員で、こうした風俗営業を潰すことをスローガンに掲げている。その夫婦がアンヌと共に泊りに来ることになったものの、堅物夫婦を前にゲイの夫婦がこの危機をどう乗り越えるか…。今でこそ堂々と市民権を得た同性愛で、27年前の初演当時とは観客の感覚も大きく変わった。ここ数回の舞台を観ていると、観客の視点は完全に「人間愛」のテーマをしっかりと見据えた上で、この作品を楽しんでいるように感じられる。芝居と同時に「ラ・カージュ」の観客として、ショーも同時に楽しんでいるような感覚だ。それには、やはり市村正親のザザという得難いキャストがあってのことだろう。前回の2008年の公演の折に、「これが最後」と銘打って上演したが、観客のリクエストと評価が高く、今回は「最後」の看板を下ろし、観客の熱望に応えての上演である。

今回が10回目となる市村正親のザザ。この人の芸の幅の広さには感服する。劇団四季に在籍していた時代は、「コーラスライン」、「エクウス」、「M.バタフライ」などで中性的な役を演じることも多かったが、四季を退団後は急速に役柄の幅を広げ、こうした役を演じる一方で「炎の人」や「屋根の上のヴァイオリン弾き」「ミス・サイゴン」なども演じている。この役で見せる愛嬌と歌の巧さは、他の追随を許さないものがある上に、「芝居」としての感情表現も見事だ。今回の舞台について言えば、いささかコメディの部分に傾きすぎている嫌いはあるのが惜しいところで、笑いを強調しなくても充分に楽しめるほどに完成されている。いくつもの当たり役を持つ役者だが、このザザは、彼が今まで演じて来た多くの役の中で、ベスト・スリーに数えても良いほどのものだ。

ジョルジュの鹿賀武史。同じ劇団四季の出身で、気心の知れた相手役だけに息もぴったりで、2006年と2008年に見せた「ペテン師と詐欺師」などは秀逸の舞台だった。この役を岡田真澄で観た折には、初老の色事師の雰囲気が溢れており、それも魅力の一つだったが、鹿賀武史のジョルジュにはスラリとした現役の色事師の雰囲気に加えてシニカルな感覚があり、それもまた面白いものだ。市村とのコンビで、お互いに相手を信頼して芝居をしているのが良く分かり、観客も安心して観ていられる。

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2012. 1.23掲載

小松政夫VSコロッケ 爆笑昭和のヒーローズ! 2012.01 シアター1010

昨年の東日本大震災以降、暗い話題の多かった年も明け、新年の舞台で笑い、明るい年の幕開けにしたいという観客も多いのだろう。2007年に最初の公演を持った小松政夫とコロッケの二人だけのコント、大入り満員である。二人とも芸達者であることは言うまでもないことで、それぞれに歩んで来た道は違うものの、「笑い」に対する鋭敏な感覚は甲乙つけがたいものを持っている。昭和の歌謡曲や物まね、コントを織り交ぜながら、休憩を挟んで2時間15分の公演を、観客は存分に楽しんでいた。飲み屋のセットの客席を舞台にし、カウンターの中に観客がいる、という設定である。こういうものに粗筋はないし、それを説明する必要もない。

こうした「東京の笑い」を追求しているのは、伊東四朗と三宅裕司が二人で始めたコント「いい加減にしてみました」も同じ流れである。スタートはテレビ番組から始めた伊東四朗たちの方が早く、この二人には共通の「匂い」がある。小松政夫とコロッケのコンビに関して言えば、この二人が持つ匂いは若干違っており、「異種格闘技」に近い感覚を持っている。そこが、面白い点でもあるのだろう。テレビで自分たちが勝手に大騒ぎをして、それが笑いを生んでいると勘違いしているタレントやお笑い芸人と称する人々は多いが、舞台でのコントは非常に難しい。この分野で昭和の笑いを担って来た人たちが、売れない時代に芸の修業をした場所がストリップ劇場やキャバレーなど、笑いを欲していない場所での「つなぎ」であったために、「コント」というと何か一段低く見られがちな感覚があるが、それは大きな間違いだ。むしろ、抜身の刃を引っ提げて武者修行を重ねて来た人々であり、その感覚が昭和のものであり、今の観客には「古い」と一蹴されるものであったとしても、蓄えている技量は桁違いなのだ。その技量を持ってテレビで一つの時代を創り上げた小松政夫や、今も物真似では常に努力を重ねて他の追随を許さないコロッケの「信用」と「安心」に観客が集まるのだ。簡単に言ってしまえば、「この二人なら間違いないだろう」ということだ。

「笑い」の質が時代と共に変容することは構わないし止めようもない。その中で、自分の芸を磨き続けることができるかどうか。そこに観客は敏感に反応する。小松政夫とコロッケが見せた舞台は、今もなお、自分の芸を磨き続けている二人だからこそ、面白い。もう三回目だから今まで通りで、という感覚で見せていると、観客はすぐに離れる時代だ。回を重ねるごとに難しくなるのはコントだけではなく、どの芝居にも共通して言えることだ。それを知っているか、その上で実行しているか、それは舞台の成果にすぐに出るものだ。舞台が怖ろしいと言われるのはここにある。

私が観た日の舞台は小松政夫の身体の調子が悪かったのか、言いよどんだり、科白を忘れそうになったりする場面が何か所かあった。それを咄嗟に拾い、ネタにして突っ込んで行くコロッケとのやり取りが笑いにつながる。言うところの「アドリブ」だが、これにもレベルは無段階と言えるほどあり、受ける方の技量次第では面白くもつまらなくもなり、最悪の場合はそれまでの舞台の流れを壊すことになり兼ねない。そうならずに済んでいたのは、お互いが練達の芸を懐に忍ばせているからだろう。当然、この逆のパターンも起こりうるが、それでも舞台には影響がないだろう。こういうところに、役者としての場数を踏んだ蓄積が現われるのだ。三流のお笑いは、観客を笑わせる前に自分たちが楽しんでしまう。一流になれば、自分たちが楽しんでいる芸で観客を笑わせることができる。テレビが生み出す笑いを全部否定するつもりはないが、その差を知っているのかどうか、問いたい人々も多いのは事実だ。

話は変わる。今回の公演のチケットは定価が7,000円だ。他に、劇場がある足立区民を対象にした割引がある。今は一等席が10,000円を超える公演がほとんどの中、この価格帯の設定は観客の懐に優しい。「出演者が二人だから安いのは当たり前だ」ということではない。例えば、昨年のお正月に浜木綿子、加藤茶、左とん平、正司花江などの芸達者が顔を揃えた「売らいでか!」のチケットは7,800円だった。800円の差でこの人数の出演料や他の経費の差が埋められるわけはない。劇場の地域性や観客層などを考えた上での劇場の努力の成果だろう。もちろん、作品の性質上、巨大なセットや特殊な仕掛けを必要とし、一定以上の空間がないと上演できず、やむを得ず製作費がかかってしまう舞台があることは否定しないし、劇場も営利企業である以上は利益を出す必要がある。しかし、東京の北東部で劇場の少ない下町地域に、サンダル履きで出かけてもいいような感覚の劇場があることは大切だ。劇場という空間はただでさえ目に見えない費用が莫大にかかる。しかし、この厳しい不況の風の中、こうした見識を持った下町の劇場が元気でいてくれることが、今後の東京の演劇界に一つの示唆を与えることになれば、演劇人としては嬉しい限りだ。

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2012. 1. 7掲載

女たちの忠臣蔵 2012.01 明治座

我々が「忠臣蔵」というドラマをなぜ好むか、という分析を始めると長くなるので割愛するが、二十一世紀の今も年末か年始に「忠臣蔵」を素材としたテレビ・映画・舞台などを観ない年はない。もうドラマにする部分は出尽くした感があっても、またほとんどのエピソードを知っていても泣かされてしまうのも、また「忠臣蔵」というドラマが持つ魅力だろう。この作品は1979年に橋田壽賀子のドラマとして放送されたが、その当時の名優をすべて集めたのではないか、と思えるほどの豪華なキャストに目を見張ったのを覚えている。そして翌年、田井洋子の劇化によって舞台化された。

タイトルにもあるように、「忠臣蔵」を巡るドラマではあるのだが、女性作家の視点らしく、「刃傷松之廊下」や「討ち入り」の場面は出て来ない。ドラマは討ち入りの前日に始まり、本懐を遂げ、四十七士のそれぞれ大名屋敷に預けられ、切腹の沙汰が下る翌年二月四日とその数日後までを描いたものだ。大石内蔵助に西郷輝彦、その妻・りくに高島礼子、浅野の妻・揺泉院に高橋惠子、細川越中守に長谷川哲夫、大工・平助に佐藤B作、その娘・しのに藤田朋子、寺坂吉右衛門に岡本信人、大石瀬左衛門に佐野瑞樹、その姉・つねに一路真輝、料亭の女将・おけいに中田喜子、磯貝十郎左衛門に松村雄基、間十次郎の妻・りえに熊谷真実など、大劇場演劇に手慣れたメンバーを中心にした豪華な顔ぶれだ。

全体的な印象を言えば、久しぶりで「どっしりとした芝居」を観た、ということだ。最近の大劇場演劇は、わずか一時間前後の一幕で八場や十場などとやたらに場数が多く、ちょっとしたエピソードを見せては暗転、もしくは幕前芝居というパターンが非常に多い。セットも抽象的なものになりがちだが、この芝居はキチンと道具を創りこんだ舞台で、一幕が一時間四十分、二幕が一時間三十五分でともに六場ずつ、一場が約十五分の計算だ。今の感覚で見ると、いささか長く、若干のカットの必要も感じるが、この長さで飽きないのは、元々の原作・脚本が丁寧に創られているからだろう。かつてはこうした芝居が中心を占めていた大劇場演劇も、こういう脚本を書く作家や、重厚な芝居に持ち堪えられる腕を持った役者が減ったこと、また、観客の嗜好の変化で大きく変わった。芝居が時代と共に変化を遂げるのは当然のことで、批判するつもりはない。しかし、初演以来三十年以上を経て、もはや「古典」になりかかっているこの作品から、演劇制作者が学べる部分は多いはずだ。

この芝居は、大きなテーマはもちろん「忠臣蔵」だが、その事件を背景にして、何組かの男女の悲劇を描いている。好きな男が赤穂義士の一員であれば、本懐を遂げるまでは真実は分からず、それまでのかりそめの愛に夢を抱いた女たちにはいくつもの悲劇が形を変えて襲い掛かる。また、中心となる大石をはじめ、義士の家族にしても同様だ。そうした人々を、一般市民の視点でごく普通の男女の愛情を中心に描いたのが大きな特徴でもある。だから、「女たちの忠臣蔵」なのだ。赤穂義士が戦場の勇者の物語であるとするなら、これは彼らに関係した女性たちの悲劇である。大石とその妻・りく、間十次郎と遊郭へ身売りをした妻・りえ。磯貝と相思相愛でありながら、添うことができなかった大工の娘・しの。盲人の身でありながら弟・瀬左衛門を討ち入りに加わらせたつね。こうした男女の悲劇が浮き彫りにされる。確かに、「男の芝居」として観られがちな「忠臣蔵」の多くの作品の中では新しい普遍性を持った捉え方だ。

西郷輝彦の大石内蔵助がどっしりとした風格と貫録で見せたのが頼もしい。安心して観ていられる役者だ。そういう意味では、熊谷真実、中田喜子も同様である。お預けになった細川越中守屋敷の塀を挟んで、鼓でお互いの想いを確かめ合う松村雄基の磯貝と藤田のしの、今回が一番良い出来だ。しのの父親の大工・佐藤B作が、点景のように笑いを運んで来るだけではなく、武士のドラマの中で唯一の「町人・大衆の代弁者」として好演している。大石の妻・りくの高島礼子、決して悪くはないが、時代劇としての重厚さをもう少し腹の中に抱えていないともったいない。

「忠臣蔵」の世界がこうしていまだに支持を受ける、というのは、日本人の情感も捨てたものではない、とも思える。冷えた時代だけに、濃密な人々のつながりによる息苦しさ、そこから迸る情を感じるのも悪くはないだろう。

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2011.12.26掲載

アメリカの現代演劇の中で、女優が主役の名作の筆頭に挙げられるような芝居である。日本では1953年に文学座で杉村春子のブランチで初演されて以来、その上演の歴史はすでに60年近い。現代演劇と雖も立派な古典である。初演でブランチを演じた杉村春子は、1987年の最終公演まで実に593回この役を演じ、数多い当たり役の中の一つとされている。長い間、杉村春子の専売特許の感がなきにしもあらずではあったが、青年座の東恵美子、水谷良重(現・水谷八重子)、栗原小巻、岸田今日子、樋口可南子、大竹しのぶ、秋山菜津子、珍しいところでは女形の篠井英介も演じている。私にとっては杉村以来、10人目のブランチが青年座の高畑淳子となった。この作品は、圧倒的な回数から言って、文学座が日本での上演史を担ってきたと思われがちだが、「劇団公演」という意味では、青年座も1979年に東恵美子のブランチ、西田敏行のスタンレーで上演して以来、上演回数は文学座ほどではないものの、その一端を確実に守ってきたことは書いておきたい。この舞台はまだ高校生だった私には、西田敏行の荒削りな芝居も含めて新鮮だった。この時に、看護婦を演じていたのが今回ブランチを演じた高畑淳子である。32年という歳月をかけて、一本の芝居の主役にたどり着いた女優の熱意には敬服する。

ニューオリンズで暮らす妹・ステラ夫婦を訪ねたブランチ・デュボア。広大な農園を持つ家のお嬢様として育てられた女性だが、今は零落し、ステラと夫のスタンレーが暮らす雑多な街に身を寄せて来た。野蛮で粗暴なスタンレーとブランチはことあるごとに衝突を繰り返し、淀んだ空気の漂う街の中で、ブランチの過去、そして現在の姿がスタンレーの手によって無残にもさらけ出されて行く。この作品を書いたテネシー・ウイリアムズが、「ブランチという女性像は自分自身である」と語ったのは有名な話だが、ブランチという女性の持つ繊細さと精神的な脆さ、危うさ、ギリギリのところで均衡を保っている姿のそこここに、ウイリアムズの人生が大きく投影されているのだろう。

今回の公演は、青年座と文学座という老舗の劇団同士の交流プロジェクトであり、この作品の上演経験を持つ二つの劇団から主なキャストが出ている。青年座からはブランチの高畑淳子、ブランチの恋人・ミッチの小林正寛、集金人の青年・宇宙(たかおき)、看護婦の津田真澄。文学座からはベテラン・金内喜久夫の医師、スタンレーの友人・パブロの川辺邦弘、隣人・ユニスの山本道子。そして、スタンレーには「東京セレソンデラックス」で人気の宅間孝行、ステラには神野三鈴という配役だ。それにピアニストの小曽根真が加わり、演出は文学座の鵜山仁という共同体だ。劇団同士がこういう形で一つの作品を創り上げる試みは大いに意義のあることで、数年前には「無名塾」の仲代達矢と「劇団民藝」の奈良岡朋子の「ドライビング・ミス・デイジー」が高い評価を残している。もはや演劇においてジャンル分けに意味を持たない現在、作品を優先に考えたこうした試みは大いに歓迎したい。

ブランチの高畑淳子。実に役柄の幅の広い女優だと、改めて感心した。テレビで見せるパワフルでコミカルな印象を持つ観客も多いだろうが、私は彼女が「越路吹雪物語」で見せた岩谷時子のあの抑制された品のある演技に圧倒された覚えがある。今回の役は正反対とも言えるエキセントリックな役柄だが、想いの強さが良く見て取れる。難を言えば、登場の瞬間に、後の悲劇を予兆させるような、ガラス細工のような繊細さがもっと出ていても良かっただろう。この瞬間が上品で美しいほど、後半の暴発とも言える感情の発露や、ガラリと変わる行動や発言とのギャップがより際立つ。芝居が後半に進むに従って、ガラス細工で覆われていた本性がだんだん剥き出しにされ、開き直って行く辺りの芝居は捨て身とも言えるほどの迫力がある。スタンレーを相手にまくし立てる舌鋒の鋭さは、他の女優にはなかったトーンで、新しい姿のブランチを創って見せた。今回の高畑ブランチで最も評価すべき点であろう。

スタンレーの宅間孝行。基本的には下品で野卑で粗暴なのだが、そのマイナスを補って余りあるほどにセクシーな男の魅力に溢れた役でなくてはならない、と私は思う。ステラがベタ惚れに惚れる男であり、そこには肉体でも男らしさでも陽気さでも、ステラを惹きつけて離さない魅力が必要だ。しかし、宅間のスタンレーにはこの魅力が決定的に欠けており、単なるちんぴら同然の男になってしまっている。これでは、ステラはあそこまで惚れることはできないだろう。もう一つ気になったのは、科白の語尾が乱暴なことで、たとえどんな科白でも、あくまでもスタンレーの科白として聞かせなくては意味がないのだ。演出の鵜山仁が、どういう意図を持ってこの役を造形したかったのかが、良く見えて来ない。

ステラの神野三鈴。今までの多くの「欲望」の場合、良くも悪くもブランチを中心にした芝居になりがちだったが、自分が最も愛する夫と、血のつながった姉の確執に挟まれた女性の悲劇が浮き彫りにされ、なおかつブランチとの姉妹の関係が濃厚に表現されたのは、今回の舞台での一つの成果と言える。男女の愛情と肉親との相克の間に揺らめく一人の女性としてのステラは、今回の舞台のキーになった。

ユニスを演じた山本道子に漂う生活感。こうしたものが、芝居にはいかに重要なものであるかを、わずかな芝居で見せる。ここはきちんと評価をしておきたいところだ。

ピアニストの小曽根真を起用したのは斬新とも言えるアイディアだったが、音楽が多すぎて、せっかくのピアノが生きなかった。この芝居で象徴的に登場するポルカの音楽を消してしまうことになりかねず、ご馳走の効果を損ねてしまったのは残念である。

繰り返し上演されてきた「名作」に新たな感覚で臨むことは大変な勇気が必要だ。当然、過去のいくつかの舞台との比較を免れることはできない。そのすべてをいきなり凌駕することはできないだろうし、過去の舞台を参考にしながら試行錯誤を重ねて積み上げてゆくのはどの作品にも言えることだ。しかし、今回の鵜山演出には「?」の付く場所がかなりあった。手練れの演出家の舞台にしては、多くの才能を活かし切れなかったというのが全体の印象だ。もう一味を加えての再演を期待したい。

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2011.12.23掲載

今の若い観客にとっては、この戯曲の作者である武者小路実篤という人物はもはや「未知の人」でもあろう。「その妹」が執筆されたのが大正四年、西暦に直せば1915年のことだ。今から100年近く前の作品で、古典も古典である。日本が西洋文明を取り入れた明治時代と、64年続いた昭和時代のはざまで、15年という短さの中にモダニズムやデモクラシーなどの独自の文化の発展を見せた「大正」という時代にこの戯曲が描かれていることが大きな背景にある。しかし、観客は、そういう予備知識など持たずに劇場に足を運ぶのが当たり前で、その世界や時代、感覚をどう見せるのか、というのがどの時代の作品によらず芝居に関わるものの腕であり、醍醐味でもある。あえて演劇的なジャンルわけをすれば「新劇」という部類に属するが、この芝居は「私小説」ならぬ「私戯曲」のような体裁を持っており、作者自身のことを描いたわけではないが、哲学的な言葉が並んでいるわけでもなく、ごく日常的な会話の中で進んでゆく。

将来を嘱望されている画家が、戦争で盲目となり、絵を描くことができない。絶望は深いが、絶望していては生きることはできない。何とか、小説家として独り立ちしようとする主人公を、精神的に支える妹がいる。しかし、どんどん逼迫する経済の中、その苦境を知った友人が経済的な援助をし、何とか小説家として自立の道を造ろうと試みるのだが、そう簡単に事は運ばない。そのうちに、友人は妹に友情を超えた感情を抱き始め、自らの家庭がだんだんに不和になる。その状況を察した妹は、ある決心をする。演出家の河原雅彦もプログラムに書いているが、一見すると「お涙頂戴劇」のように見えるが、この芝居の登場人物の感情は、100年近くを経た今でも、我々に生々しく訴えかけて来る激しさを持っている。それらの激しさが向かうベクトルはそれぞれに違っているのだが、いずれも人間の根源的な感情であることに変わりはない。「なぜ自分だけがこんなに苦しい想いをしなくてはならないのか」「金がほしい」「名声を得たい」「友人を助けてやりたい」「友人の妹を好きになってしまった…」など、どれ一つを取っても、今もどこにでもある話である。それを、巧みに組み合わせたことと、主な登場人物の骨格をきちんと描き分けたところに、武者小路実篤の作者としての評価がある。華族の家に生まれたお坊ちゃまでありながら、変わりゆく時代を見据え、30歳になるやならずで発表したのがこの作品なのだ。細かく読んで行くと文句を言いたい部分もあるが、作者が没して30年以上経った今、あえて言うこともあるまい。

主人公の盲目の画家・野村広次を市川亀治郎、妹・静子を蒼井優、友人の西島を段田安則、西島の妻・芳子を秋山菜津子が演じている。亀治郎は幕開き当初はいささか歌舞伎調の科白術が気になったが、芝居が進むに従って気にならなくなる。和服を着ての細かな所作に工夫が見られるのは、歌舞伎役者の強みだろう。蒼井優の静子も、最初は科白の調子がいささかぎこちなく、大正の女性には違和感を覚えたが、それも気にならなくなる。優しく兄に尽くしている場面よりも、一人の女性としての強さを持った考えを自覚してからの芝居が自然に見えた。演出家の肌理の細かさを感じた部分だった。段田安則の西島は、ひたすら誠実さを前面に押し出した芝居で、それがあざとくなる寸前で止めている。もう30年の芸歴を持つベテランの芝居で、つい先日観た芝居で見せた飄々とした役とのギャップを感じさせない。登場する場面は多くはないが、女中の水野あやを評価しておきたい。頭の結い方、衣装、歩き方、物腰、喋り方一つをとっても、「ああ」と納得させられる。一言で言えば、「時代の匂い」がするのだ。こういう脇役の重要性がもっと認められてしかるべきだろう。

ミュージカル花盛りの時代が想像以上に長く続いており、中にはミュージカル化する必要のない作品も散見される。ミュージカルを否定するつもりはないが、その中で、日本の土壌や風土に根差した過去の作品に眼を向け、「古い革袋に新しい酒を」注ぎ込むことは、日本の芝居を風化させないために重要な仕事だ。決して派手ではないが、そこには意義がある。古臭いと思われがちな芝居を、古臭さを感じさせずに今の観客にどう提示することができるのか。以前の「父帰る」や「屋上の狂人」などもそうだったが、新旧硬軟取り混ぜた幅の広さを持っていることが、すなわち時代を観る眼であり、芝居を創る眼なのだ。

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2011.12.08掲載

人の惚気を聴かされて泣かされたのは初めてのことだ。

毎年一回、「なかのZERO」で行う立川志の輔の独演会だ。前座の立川志の彦が「元犬」で軽く一席うかがった後、志の輔の「でぃあふぁみりー」。私には久しぶりの噺で、細かい部分のマイナーチェンジを感じながら、この噺家の「休まない芸」を感じた。中入りの後、黒紋付きに着替えて来た志の輔は、おもむろに客席を見回して、師匠の談志の話を始めた。「どうせ、皆さんは今日はこの話だけを聴きたくて会場に集まったんでしょうから」と笑わせながら、師匠・談志を客観的に眺めた評価や、師匠とのエピソードを語った。その後、「まあ、このままずっと続けてもいいし、落語をやってもいいんですけど、皆さんもどっちでもいいような顔してますよね」と言うや、「抜け雀」をたっぷりと話した。万雷の拍手の中、再び緞帳が上がり、そこでまたポツリポツリと談志の話を始めた。それが10分ほど続いただろうか、当初の終演時間の21:00を40分超えての終演となった。

志の輔いわく、「まだ実感がない」と言う。談志が亡くなったのが11月21日、わずか2週間後の独演会である。当然、この日までにいくつもの落語会をスケジュール通りにこなして来たであろうし、師匠を亡くした実感がないわけはない。しかし、「信じたくない」のだ。それを、彼はそういう言葉に置き換えたのだ、と私は聴いた。毀誉褒貶の激しい人物ではあったが、その芸に関しては紛れもなく名人である。普段の言動と噺の内容を一緒くたにして、談志を激しく非難する動きがあるのは事実だ。芸に関する評価は観客のものであり、どう評価しようと構わないが、それがきちんと談志の芸に向き合って、私的な感情による好悪ではなく判断した結果、「まずい」と言うのであればそれは構わない。私は、落語評論の専門家ではないが、演劇の批評家として、あるいは趣味として今までさんざん聴いた志ん生、圓生、志ん朝、小三治らと比べても、談志が名人であるという評価には揺るぎはない。一流の「照れ」で偽悪ぶることが大好きだった談志の発言や行動は時に過激であったことは間違いないが、いくら好人物でも、舞台の芸がまずければ芸人として評価することはできない。昭和の名人と謳われた三遊亭圓生も同様の言葉を遺しているし、こと落語だけではなく、舞台一般に言えることだろう。はっきり言えるのは、今この時点で、談志ほど落語に真正面から向き合い、愛し、慈しみ、憎み、懐かしみ、憤り、苦しんだ噺家は他にはいない、ということだ。そういう意味では、人間の業を肯定するのが落語だという自身の言葉の通りに、自らの業をすべてさらけ出し、落語と闘いながら死んだのだとも言える。茶化すわけではないが、立川談志の死因は、病名は「ガン」だが、精神的には「落語」だとも言えるだろう。それは、本人が一番望んだ死因ではなかったろうか。

志の輔は、哀しそうな表情を微塵も見せず、談志とのエピソードを披露し、客席を爆笑の渦に巻き込んでいた。まさに、観客の期待に応え、さらにきちんと落語も演じた。志の輔にとっては、談志とラーメンを食べたこと一つとっても、他の人とは変え難い想い出であり、喜びだろう。しかし、噺家という職業柄、涙ながらに語るわけには行かない。自分の師匠の死という、芸人にとっては親を失うに匹敵する、あるいはそれ以上の哀しみを抱えながら、観客を笑わせる志の輔の姿に、私は舞台に立つものの「業」を感じた。その姿が談志に似ているとは思わない。しかし、談志という大きな壁と闘いながら、志の輔流の「らくご」を創り上げて来た一人の噺家の大成を見届け、安心するかのように死んで行った師匠・立川談志がそこにいたのだ、と私は思う。もちろん、談志のこと、面と向かって志の輔を褒めるわけもなかろう。しかし、他愛ない言葉のやり取りなどどうでもいい、深い精神的なつながりと愛情で結ばれた師弟の愛情と尊敬、優しさ。そういう師匠を持てた志の輔に羨望を感じたのも事実だ。

すでに、これ以上売れようがないところまで来ている志の輔の芸が、どこまで進化を続け、どの時点で談志を超えた、と思わせてくれるのか。今後の楽しみはそこにある。

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2011.11.29掲載

音楽史上に燦然と輝く天才、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトと宮廷音楽家・サリエリの桎梏を描いた「アマデウス」。1979年にロンドンでの初演を皮切りに、映画化され、アカデミー賞で8部門を受賞した名作だ。この作品で、ピーター・シェーファーの芝居の魅力を知った人も多いだろう。日本では1982年に松本幸四郎が初演し、以後、今回で11回目の上演になる。初演時の江守徹のモーツァルト以来、子息の染五郎もこの役を演じ、その妻・コンスタンツェも初演の藤真利子、渡辺梓、藤谷美紀など多くの女優が演じて来たが、サリエリだけは一貫して幸四郎が演じており、今回の公演の初日が401回目だったそうだ。「勧進帳、「ラ・マンチャの男」など、1000回以上の上演を重ねている当たり役を歌舞伎、ミュージカルと芝居のジャンルを問わず持てるというのは役者の幸福であり、どの芝居も回を重ねるたびに進化を続けて来た証拠だろう。今回はアマデウスに武田真治、コンスタンツェに内山理名を得て、演出も今までのピーター・ホールに変わって幸四郎自身の演出・主演となった。

7年ぶりの上演ともなると、主なメンバーのほとんどが様変わりしており、「アマデウス」という芝居を頭でも身体でも熟知しているのは幸四郎一人と言ってもよい。その中で、自ら演じつつ、演出も手がける中で、一番の特徴は幸四郎の近代人としての「眼」がそこここに見えることだ。たとえば、この話がたとえ現代の音楽界に置き換えられたとしても通用するような、現代劇としての視点を持たせたことだろう。人間の心のありようはそう簡単に変わるものではない。増して、根源的・原始的な感情の動きなど、200年や300年で劇的な変化など遂げはしない。そこを捉え、現代にも通用する「ドラマ」として演出し、人間ドラマとしての普遍性を持たせたのが今回の幸四郎の功績と言えよう。

この芝居は1982年の初演以来、私は東京での公演はすべて観ている。しかし、何度も観ていても、舞台には常に新たな発見があるものだ。

「アマデウス」について語られる時、稀代の天才・モーツァルトと宮廷作曲家の地位は得ているが凡庸な才能しか持ち合わせなかったサリエリとの対立軸が中心となることが多い。しかし、今回の舞台を観ていて、私はそうではないことに気付いた。これは、天才と凡人の対立ではなく、天才同士のドラマなのだ。我々凡人よりも遥か高みにいる二人の天才が、嫉妬や蔑み、妬み、狡猾さ、猜疑心、羨望、憧憬、小心さ、甘え、ずる賢さなどを剥き出しにして、ぶつかり合って生きている。二人の天才は、才能に優劣があるのではない。役割が違うのを、才能の差だと誤解をされているように見えるのだ。このドラマの本質は、二人の天才が陰と陽、光と影を演じるところにある。もっと言えば、この芝居は一曲の音楽でもあるのだ。モーツァルトとサリエリが奏でる主旋律と副旋律。それが時として入れ替わり、或いは併走し、曲調を変えながら二人のドラマを演奏している。一枚の紙の表と裏、とも言えよう。「一流は一流を知る」という言葉があるが、サリエリがもしも科白にあるように凡庸な音楽家であったならば、モーツァルトの天才ぶりをあそこまで細かく読み取り、感じることはできなかったであろう。音楽家に例えれば「同じ耳」を持っていたからこそ、その才能をリアルに感じ、嫉妬をしたのだ。ドラマのこういう捉え方が非常に幸四郎らしい理知的な近代を感じさせる。

モーツァルトの武田真治が、不思議なことにドラマが進むにしたがって、目に見えて芝居が良くなる。芝居の始めでは、明らかに役柄との距離を感じたが、だんだんに追い詰められて死が身近になる終盤になると、迫真とも言える芝居を見せる。一本の芝居の中で、スタートとゴールにこれほどの差を感じさせる役者も珍しい。最後の場面では、モーツァルトが彼に憑依しているのではないか、とさえ感じた。彼の役者の生理として、下品で猥雑極まりない姿のモーツァルトよりも、死の影に怯えるモーツァルトの方が性に合うのだろう。内山理名のコンスタンツェ、どうしても男優二人の陰にかすむ嫌いがある。武田真治同様に、下品さを演じるのにいささかのてらいがあるように感じた。

幸四郎のサリエリは、7年前の舞台よりも、若い時代の芝居が若々しくなっている。歌舞伎流の言い回しをすれば、11演目を迎えて「役が手に入っている」と言うところだろうが、そうしたこととは違い、7年前のサリエリとは大きく姿を変えている。それは、今まで述べて来た演出家としての解釈が自身の演技に加えられたことが大きいのだろう。サリエリが持っている狷介さが、今までよりも自然に見えるのが印象に残った。これは、あえて狷介さを前面に押し出すことなく、サリエリの人間そのものを演じることで、自然に見え隠れするような感覚になったからだろう。この非常に濃密なドラマを、初演以来のすべてを知る役者として、演出家の役割も兼ねながら進めて行くのは容易なことではなかったはずだ。

キャストが大きく変わったことで芝居の本質が変わるものではないが、味わいは変わった。個々の役について、7年前の舞台と比較するつもりはないが、今回は出演していないたった一人のことを書いておきたい。ほとんど目立つこともなければ芝居のしどころがあるわけでもない従僕を初演以来演じていた日野道夫という役者がいる。7年前の時点ですでに90歳で、体力的な問題もあったのだろう、ダブル・キャストになっていた。しかし、私は前回、わざわざ日野道夫が出る日を選んで観た記憶がある。舞台にいて、大車輪の演技を見せるわけではないが、主役を巧く引き立てる味わいを見せる、本当の意味での脇役が欠けて行くのが惜しいことだ。大スターではなかった代わりに、変え難い味を持ったバイ・プレーヤーの存在が芝居にいかに重要か。もう日野道夫の舞台に触れる人もほとんどいないだろうから、あえて記す。

ピーター・シェーファーが、20世紀を代表する劇作家の一人であることは今さら言うまでもない。しかし、この「アマデウス」は、手ごわく、面白く、深みがあり、興味の尽きない作品であることは確かだ。今後もさらなる「変容」を奏でてゆくのだろう。それが楽しみだ。久しぶりに上質の翻訳劇を観た想いがした。

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2011.11.09掲載

泉鏡花の人気戯曲である「天守物語」を、篠井英介の富姫、平岡祐太の図書之助というコンビで白井晃が演出をしている。歌舞伎や新派の舞台で見慣れたこの作品が、どういう視点で捉えられるのか、が興味のあるところだ。幕開きに、豪雨に近い雨の音と共に、近江之丞桃六の小林勝也、篠井英介、平岡祐太が洋服で裸舞台にいる。これは、この物語における三人の姿を「点景」として切り取って、最初に見せたものか、と感じたが、唐突な感じがしたのは事実だ。今までに坂東玉三郎の「天守物語」を見慣れて、あるいはそのようなテイストを期待して来た観客にはいささか予想をはずれたものだったろう。

脚本は、作家の手を離れてしまえば後は演出家と役者に委ねるしかない。演出家が脚本をどう解釈し、それを役者の肉体を通じてどう表現するか。その結果である芝居を、受け入れる、受け入れないという問題は、最終的には観客の「好み」に収斂してしまう。そこで、その好みの問題をねじ伏せてしまうほどの強烈な何か、があれば問題は別だ。そういう意味で言えば、今回の白井演出は、賛否両論が別れる舞台だろう。「天守物語」は異界に棲む富姫と俗界の図書之助との恋の成就までを描いた作品だが、私が観た限りでは、一番の問題は異界と俗界にいながら、同じ匂いを持つ人びとが多いことだった。例えて言えば、幕開きに出て来る腰元たちの科白に、鏡花が創った突拍子もない美の世界の匂いが感じられない。普通の若い女性の日常会話を聴いているようである。一方、篠井英介は明らかに異界の住人である。このアンバランスが目立ったのが惜しかった。

篠井英介。歌舞伎以外の女形として、多くの舞台を演じて来た。彼の富姫が舞台に現われたのを見た瞬間、この役者が歩んでいる過酷な人生と、その努力が実ってここまでたどり着いたことの嬉しさを覚えた。歌舞伎の女形は、例外を除いて歌舞伎だけを演じていれば歌舞伎の女形の必要条件は満たせる。しかし、篠井英介の場合、著作権管理者に「男性が演じた例はない」と断られながらも、長年の夢であった「欲望という名の電車」のブランチを演じたほどに演じる役の幅は広い。その分、可能性や希望と同じほどに、あるいはそれ以上に障害も多かったはずだ。そうした幾多の困難を乗り越えて「天守物語」の富姫という、多くの名優が演じた役を演じるところまでたどり着いたのだ。役者の道は誰もが孤独だ。その孤独を噛みしめながら得た富姫である。彼の富姫は、声が地声を基調としており、女形として無理に作った声ではないのが良い。特に今回の役は異界の住人であり、時に声が太くなる場合も、それがプラスに働いた。しかし、一点だけ言えば、世話場に砕けた科白になった瞬間、俗界の人間に戻ってしまい、富姫を常に包んでいるはずのベールが剥がれてしまうことだ。

平岡祐太の図書之助。爽やかな容姿を持つ青年だけに、良いコンビになるかと期待したが、まだまだ科白が危ない。恐らく、彼の感性ではこの物語も、演出家の意図も理解しているのだろう。しかし、それを「科白」として表現する段になると、図書之助として自分の科白を言う仕事に手一杯になってしまい、図書之助が持つ凛々しさや涼やかさなどのプラスアルファの表現にまで至らない。このもどかしさを、観ている私が感じるぐらいだから、本人はなおさらだろう。今回の経験を良きステップにして、多くの宿題を見つけてほしいものだ。

小林勝也の近江之丞桃六は原作でも美味しい役だ。その美味しさを見事に活かしているのは、ベテランの味だろう。同じことは、薄の江波杏子にも言える。ただ、田根楽子の舌長姥は想定の範囲に収まりきってしまったのが残念だった。坂元健児の朱の盤坊というのが面白いキャスティングで、それに応えた。亀姫の奥村佳恵は、これからの役者だろう。

古典の名作として確固たる評価を築いている作品に、新たな息吹を吹き込むことがどれほどの労力を必要とするか、今回の白井演出で非常に良く分かる。だから、無難な線を選ぶ演出家も多い。しかし、今回の演出が失敗だったとは私は思わない。良くも悪くもあまりにも固定化した一つの作品に対する「挑戦」の意味合いでは、瑕疵はあるものの、新しい解釈の余地を見せたことは評価に値する。最初ですべて完成と言うわけには行かないが、新しい「天守物語」の基盤の一つを創ったことは確かだ。今後、どう練り上げるか、課題はそこにあるのだ、と思う。

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2011.11.03掲載

あゝ、荒野 2011.10 彩の国さいたま芸術劇場

テレビで屈託のない笑顔を見せている人気グループ「嵐」の松本潤と、寺山修司の作品に漂う「虚無感」が意外に相性の良い組み合わせだったのが、この舞台での発見である。もう一つは、女性と戯れる時のにこやかな美しい笑顔の中に、カミソリの刃を手で持っているような鋭さを見せる瞬間がある。これが、彼の魅力なのだろう。

1983年に47歳の若さで亡くなった寺山修司の、元から芝居として書かれた戯曲ではなく、唯一の長編小説「あゝ、荒野」を夕暮マリーが脚色し、蜷川幸雄が演出している。私の手元にあるもので約320ページに及ぶ長編小説を劇化した手順は、良い意味での「いいとこ取り」で、舞台の両側に寺山が詠んだ短歌が何首か映し出されながら、テンポを持って進む。舞台は、1960年代の新宿。松本潤が演じる小生意気なボクサー、新宿新次と、小出恵介のどもりのボクサー、バリカン健二が、友情を育みながら勝村政信が演じる片目のコーチの元で練習を積み、やがて二人が対決する、という話だ。何やらマンガの「明日のジョー」を想起させるストーリーだが、ボクシングを愛した寺山修司のオリジナルである。

今とは種類も匂いも違う猥雑さと活気を持っていた新宿。例えば、安っぽいネオンが毒々しく煌めくごちゃごちゃした繁華街、葬式の花輪と開店祝いの花輪が並んでいても何も違和感を覚えないような街が舞台である。今の観客にも分かりやすいような工夫で舞台が創られている半面、時代感覚が薄れるのは仕方のないことだろう。我々は追憶よりも現代に生きなくてはならないのだから。私が子供心に憶えている60年代の新宿にしても、靖国通りを走る都電、三光町の交差点のトロリーバス、東口の「二幸」といった点景でしかない。そんな時代の新宿のうらぶれたホテルに、娼婦が次から次へと男たちを咥え込み、したたかに生きている。ここで印象的だったシーンがある。新宿新次がセックスの後で、パンツ一枚で両手を広げて、眠っているシーンだった。何やら、磔刑のキリストのようだ、と思っていたら、娼婦が舞台の上に吊り上げられて消えた。「俗」に暮らし、生きる娼婦や、それを買う若者を「聖化」する辺りは、いかにも寺山修司らしい。

もう一つ、印象的だったのは、バリカンと新次が互いに母を語る場面だった。当然二人の母親は違う人物なのだが、どちらも作者である寺山修司の母親像である。終生、母親との桎梏を抱え続けた寺山修司の複雑な感情を垣間見た気がした。私小説的な要素をも含んだこの長編小説には、今どきの若者が口にするとは思えないような難解な言葉がたびたび出て来る。日本で有数の繁華街・新宿で「荒野」を語る二人の青年。今の若い人々には異質なもの、として映るかも知れない。しかし、二人の口から発せられる言葉には、繁華街を荒野に変えるようなエネルギーの発露と、くすぐったいような青春の痛み、とが同居している。いつもポマードの匂いのするようなイカした新次と、自分の想いを口にすることも容易ではないバリカンとは、一見対照的に見えながらも、双子の兄弟のようでもある。松本潤も小出恵介も、細かな演技の巧拙について言えばいろいろな問題が出て来る。しかし、二人がこの難解で、するめいかのような歯ごたえと噛みごたえを持った「あゝ、荒野」という大作に裸でぶつかり、身にまとった雰囲気でその人物を演じようとしている姿勢には好感が持てる。ラストに近いシーンで、リングの上で4ラウンドのボクシングの試合をする二人は、お互いが相手に対して抱いていた憧れや恋慕にも似た感情を、肉体を傷つけることで確かめ合っているかのように感じられた。寺山修司と同世代で、一入の思い入れがあるのだろうか、最近の蜷川幸雄の演出作品の中では、最も蜷川らしさを感じる演出である。

この批評を書いていてふと気づいたのだが、寺山修司が亡くなって間もなく30年になろうとしている。もはや、寺山修司は「伝説」として語られるべきほどの年月が経ってしまった今、こうした形で寺山の新しい作品が陽の目を見るのは意義のあることだ。歌人・詩人・エッセイスト・小説家・劇作家・シナリオライター・評論家・作詞家・演出家・映画監督などの多彩な顔を持ち、「僕の職業は寺山修司です」とインタビューに答えた人物の、代表的な短歌を一首最後に紹介しておこう。今、我々が、日本が直面している姿だからだ。1954年、18歳の時に「短歌研究」という雑誌で新人賞を受賞した歌だ。

「マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや」

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2011.10.30掲載

ピアフ 2011.10 シアタークリエ

下品で粗野で傲慢で淫乱、我儘な上に無教養で気分屋、言い出したら聞かない、欲望を抑えられない…。欠点を挙げたら幾らでも出て来そうだ。しかし、その多すぎるとも言える欠点を、「歌」ですべてカバーし、あまつさえ聴衆の心を揺さぶった稀代のシャンソン歌手、エディット・ピアフ。没後50年になろうとする今も、彼女の楽曲の数々の人気は衰えず、多くの俳優たちがその波乱万丈などという陳腐な言葉では言い表せない一生を演じて来た。美輪明宏が一番多くピアフの生涯を演じているであろうし、その初演を四半世紀以上前にサンシャイン劇場で観た以外にも、亡くなった上月晃のピアフなど、幾つかの舞台を観て来た。しかし、幕が開いて、よれよれの大竹しのぶが出て来た瞬間、その姿恰好が、私が映像で知っているエディット・ピアフに酷似していたのは驚いた。猫背気味の身体で腕を広げ、半ば投げやりのように、しかし虚空を凝視する力強い視線で登場する大竹のピアフは、偉大なる歌手のピアフではなく、素っ裸のピアフ像だったからだ。

実在の人物を劇化する場合、有名なエピソードにいくばくかの味付けや装飾を施して芝居にするケースが多くなる。多くの人々が知っている場合は、なおさらそれが理想的で甘美なものになってゆく。しかし、パム・ジェムスの脚本は、思いつく限りの下品な言葉を容赦なく次から次へとピアフに喋らせ、世界的なシャンソン歌手の「伝記」や「一代記」としてではなく、蓮っ葉な一人の貧乏ったらしく惨めな、猜疑心と我儘の塊のような女の姿を浮き彫りにした。それも、これでもか、と言わんばかりにピアフの悪い面を際立たせ、ドラマに導入する。しかし、芝居を観ているうちに、このどうしようもない女性の魅力に惹きこまれている自分がいる。大竹しのぶが、舞台女優として確固たる地位を築いている演技派であることは言うまでもないが、今回の舞台は、「キチガイじみている」とも言えるほどの打ち込みようで、観ていて「何だ、ピアフは…」と、思わずピアフの脈絡のない行動に批判めいた感情を覚えるほどに役と一体化している。

もちろん、その中にはお馴染みの「水に流して」「私の回転木馬」「ミロール」「私の神様」「枯葉」「アコーディオン弾き」「愛の讃歌」など、ピアフの絢爛豪華な楽曲の数々が挟まれる。しかし、だからと言ってこの芝居はミュージカルという範疇には収まり切らない一面を持っている。今、ここでミュージカルの厳密な定義をするつもりはないが、歌手の一生を描く以上は、その歌が流れるのは当然であり、多くの観客もそれを期待している。その要求も満たしつつ、歌よりもピアフの剥き出しの感情と貧弱な肉体から、その魅力を炙り出そうとした作者の着眼点は面白い。例えて言えば、感動的に心地よいエピソードだけを集め、歌を挟んで、薔薇の花で囲むような芝居にもできる素材を、あえて汚泥の池の中に突き落とし、最終的にはその泥の中から美しい蓮の花が顔を出すような芝居だ。

大竹しのぶという女優が、どの作品にも全力投球で臨んでいる姿は今までに何度も眼にして来た。しかし、この「ピアフ」は、畢生の当たり役と言っても良いほどに特筆すべき作品となった。ピアフに限りなく近い姿を演じながらも、それは物真似ではない。大竹しのぶとピアフが一人の人間の中で格闘をした挙句に、その区別が曖昧になるほどだ。実際に、現実と狂気のごく薄い皮の間を行きつ戻りつしながら48歳の生涯を閉じたピアフの姿を、実に見事に演じた。大竹しのぶの「狂気」を感じたのは、カーテンコールで何度も舞台に登場し、頭を下げる彼女が、最初はまだピアフの顔付きだったことだ。三回目か四回目に舞台に登場し、微笑んだ時に、やっと普段の大竹しのぶの笑顔が戻った。

序幕13場、二幕10場の構成はいささか駒切れになるかとの懸念があったが、それも杞憂に終わったようだ。最近、やたらに場数の多い舞台が多いが、この作品に限って言えば、わずかな時間の場面でも、そこにエピソードではなく、ドラマが描きこまれている。面白いのは、ピアフの昔の仲間の娼婦である梅沢昌代のトワーヌ以外は、みんなが複数の役を演じていることだ。主な役で言えば、田代万里生のイブ・モンタン、ピアフの数多い恋人のボクサー、マルセル・セルダンが山口馬木也、ピアフを最初に見出したクラブのオーナー、ルイ・ルプレの、ピアフのマネージャー、ルイ・ルプレの高橋和也、マレーネ・ディートリッヒの彩輝なお、最後の恋人で夫となる碓井将大のテオ・サラポなどだ。ピアフに取って、生涯忘れがたい恋人となったマルセル・セルダンを演じた山口馬木也が予想以上にセクシーな男の魅力を見せた。ピアフに対する愛情と引け目のバランスが良かったのだ。ピアフのマネージャーで、ルイを演じた高橋和也の誠実な芝居も目立った。立派な中堅の役者である。梅沢昌代のトワーヌも、大竹に負けじと素っ裸の下種さをさらけ出している。脇をこういう人が固めてくれると、舞台の質がグンと上がるものだ。イブ・モンタンを演じたテノールの田代万里生が見事な声量で「帰れソレントへ」を熱唱した折には拍手が沸いたが、芝居の方はまだこれから勉強だろう。

この手ごわい芝居を、演出の栗山民也が良くまとめたものだと思う。海外の芝居だから、素材の人物が有名だから、というわけではなく、今、日本の芝居の新作で、これほどに骨っぽく、人間の本性をさらけ出し、最後にはすべてが浄化されてゆくような芝居がほしい、と痛切に感じた。と同時に、大竹しのぶの底知れぬ「恐ろしさ」を感じた舞台でもある。

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2011.10.26掲載

カミサマの恋 2011.10 紀伊国屋ホール

青森県には、「イタコ」の他に地元で「神様」と呼ばれる女性たちがいる。一時、テレビで話題になった人もいたが、雑駁な私の印象を言えば、霊能力プラス身の上相談、あるいは生き方指南といった要素を色濃く持った、土地ならではのものだったように記憶している。そんな「カミサマ」に、奈良岡朋子が扮し、青森に拠点を構えて、幅広い演劇活動を行っている畑澤聖悟が脚本を書き下ろした。演出は、劇団の丹野郁弓だ。

登場人物のほぼ全員が青森弁をしゃべるという設定の芝居は、東京ではなかなか観られないだろう。青森でも津軽と下北、三沢では微妙にイントネーションが違い、そこに日本の歴史が経験して来た感情の軋轢の片鱗を感じることができるのだが、方言に関してはいささかのばらつきがある。しかし、やはり奈良岡朋子の科白は、土地にどっかり根を据え、人生の年輪を重ねて来た重みが他の俳優とは違っている。

人々の相談相手になっているカミサマこと遠藤道子(奈良岡朋子)だが、一般の人間であることに変わりはない。自分自身の内部にも問題を抱え、懊悩する部分もある。そこへ、藤巻るもが演じる由紀という若い娘が弟子入りしているのだが、どうもまだ覚束ないでバタバタしている。そうした日常の中で、多くの人々が入れ替わり立ち代わり家庭の問題を持ち込み、カミサマは適宜アドバイスをし、ご託宣をくだすのだが、その繰り返しが前半で何度か続くのがいささか単調な感を与える。他の地域の人々には馴染みのない「カミサマ」という独自の信仰や生活を見せる意図は充分に理解できるが、あまり変化のない場面が続くので、このやり取りは一回ぐらい減らしても良かっただろう。

しかし、後半になると、ドラマの展開が変わって来る。それは、他人の悩みにある種の回答を与えるカミサマ自身の悩みが前面に押し出されて来るからだ。カミサマと呼ばれ、地元での尊敬や信頼は得ていても、彼女自身にも今に至るまでの普通の人生があり、そこでは相談に来る人々と同じような悩みや苦しみがあった。それを克服して来たからこそ、その言葉に重みもあり、信頼感もある。しかし、そのカミサマにも我々が抱えているような問題と同じレベルの悩みがある、と判明することで、ドラマは俄然生彩を帯びて来るのだ。「カミサマの恋」という一見かけ離れたこの芝居のタイトルの意味が実に鮮やかに浮かび上がる。

いささか乱暴な言い方をすれば、この芝居は奈良岡朋子が演じる「カミサマ」を取り巻く一種の「家庭劇」なのである。非常に人間くさい人々が、日々の生活の中でふと立ち止まって考えたり、右か左かの選択に迷った時に、カミサマがさり気なくその背中を押す。その方向が正しいかどうかの問題ではなく、「背中を押してもらう」ことが一番大事な行為なのだ。カミサマは八卦見ではない。時に、相談に来る人々と同じ視線を持ち、同じような悩みを抱えていることが重要なのだ。突き詰めて言えば、この芝居は、青森県に生き、日常生活の中に「カミサマ」が存在する人々をモデルにした「人間賛歌」であると言えよう。奈良岡朋子を中心に、千葉茂則や塩屋洋子、箕浦康子、船坂博子、小嶋佳代子、梶野稔、天津民生らのベテラン、若手が入り混じり非常に人間くさいドラマを演じているのだ。もしかすると、これは劇団民藝のある一面の姿を、形を変え、場所を変えて芝居にしたのではないか、とも思える。そういう勝手な観方ができるのは、演出家が劇団員の個性を知悉しているからだろう。こういう芝居を観ると、劇団の持つ魅力が、新しい形で浮かび上がって来るのが面白い。

今、こうして批評を書くために舞台を思い返してみて、ネィティブに近いレベルで津軽弁をこなす奈良岡朋子の科白術には改めて感嘆する。凄い女優だ。

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2011.10.22掲載

「泣き虫なまいき石川啄木」2011.10 紀伊国屋サザンシアター

歌人である石川啄木を歌以外の面で語る時に、とかく引き合いに出されるのは「貧乏」「金にだらしがない」などというマイナス・イメージのエピソードだ。四十五年続いた明治時代の中期に生を受け、その最後の年に二十七歳で亡くなった夭折の天才・石川啄木には、そういった何かしら暗いエピソードがつきまとう。現在はいささかの説明を加えなければ理解しにくくなった明治時代の「大逆事件」を目の当たりにし、間もなく生涯を閉じた啄木を、その家族と共にした人生の断面を切り取った井上ひさしの作品を、段田安則が演出しているシス・カンパニーの公演である。

石川啄木に稲垣吾郎、妻の節子に貫地谷しほり、妹の光子に西尾まり、母のカツに渡辺えり、父の一禎に段田安則、親友の言語学者・金田一京助に鈴木浩介というメンバーで、稲垣と貫地谷以外はもう一役ずつ演じている。

井上ひさしの脚本は、この作品を「偉大なる天才詩人の物語」として描いてはいない。貧しさに苦しむ、ある家庭の問題として描き、そこに明治時代の思想や世相、人々のありようといった要素を描き込んでいる。極端に言えば、多少風変わりな個性を持ったある一家の姿を描いた「家庭劇」なのである。ただ、その家庭の主である石川啄木が、歌人であり、思想家としての発想に目覚めたり、妄想に走ったりする少し変わった人物で、良く眺めてみると、その両親もそれぞれ一癖も二癖もありながら、貧しさの中でしたたかに生きている「どこにでもある家族の物語」なのだ。

稲垣吾郎の啄木は、二幕目に入ってから俄然精彩を放つ。親友であり後に高名な言語学者となる金田一京助との激烈とも言えるやり取りや嫁と姑の問題、貧しさに対する反発が社会へ向けられていく感情などを、そのまま体当たりで演じている感覚がある。変な小技を使おうとしないのが良いところだ。好対照をなすのが段田安則の父親で、自分の女房に「居候の名人」と言われ、禅宗の僧侶でありながら酒には滅法だらしのない、いい加減な父親像を飄々と演じる。しかし、その中で時折発する警句めいた科白が、いかにも井上ひさしらしい血の通った言葉として活きている。渡辺えりの母親が盛岡弁を見事に操り、その迫力ときっちり計算された芝居が練達を感じさせる。厳しくも温かい、などという表面的なものだけではなく、母親といえども芯から「女」である姿を演じた。こうした「濃い」役者の中で、貫地谷しほりの妻・節子のおとなしさの陰に見え隠れする芯の強さや啄木への愛情が、一つのアクセントになっている。

今、我々を取り巻く環境は決して豊かなものではない。誰もが、何かの折に不便さや貧しさを感じていることも多いだろう。しかし、今の貧しさと、啄木たちが感じていた貧しさは明らかに質が違う。便利と快適を追い求め、手に入れた挙句、精神的な豊かさを失った現代の人々にも、金銭的な面を含めた貧しさが存在するのは確かだ。しかし、この芝居の登場人物は、その日の暮らしに困り、方々に借金を重ねながらも、一杯の夜泣き蕎麦に「幸福」を感じることのできる感性を持っている。もちろん、我々も同様のケースで幸福を感じることはある。しかし、その幸福感の質は似ていても非なるものなのだ。100年前の話と比べて、どちらが良い悪い、という問題ではない。

井上ひさしは、エキセントリックな部分を多分に持つ石川啄木の姿を通して、「貧しい人々」に限りなく優しい視線を向けている。啄木自身だけではなく、いい加減な父親にも、鬼婆のような母親にも。この芝居の値打ちは、そこにある。

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2011. 9.29掲載

「YAMATO」2011.09 東京国際フォーラムC

今、ずいぶん多くの「和太鼓」の集団が活動をしている。今回、初めて東京で大きな規模のリサイタルを開いた「YAMATO」という集団は、奈良県の明日香村に本拠地を置き、集団生活を送りながら太鼓の稽古をし、海外や学校などで公演を行っているという。今までに世界51か国で2000回以上のリサイタルを開いている一方、日本では50回程度だというから、日本よりも海外での知名度の方が高い。最初は明日香村で高校時代に太鼓で遊んでいた四人組が、お祭りなどに神社で投げ銭をもらいながら公演を披露するようになり、やがて本格的に太鼓を演奏するようになってもう20年になると言う。面白いのは、海外公演のために非常にショーアップされた部分と、なおかつ離しえない土俗的な芸能の両面を持っていることだ。恐らく、本人たちは意識して行っているわけではないのだろう。だからこそ面白い。

全部で50個近い太鼓を使い、途中で三味線や琴の演奏も入れるが、最大のものでは直径が二メートルもあろうかという太鼓の音は、観客の腹の底に響く。15人がステージに並んで迫力のあるダイナミックな演奏を聴かせたかと思うと、無言で小さな金属製の楽器を操りながらコントのような演奏を聴かせもする。こうしたショー、あるいはパフォーマンスとも言うべき舞台の創り方は、外国では非常な好評を博したのがわかる。その一方で、女性五人がかき鳴らす三味線の響きは、技術的には決して巧みでもなければ洗練されてもいない。むしろ、そうしたものを拒否するかのように、撥を叩きつけるようにして力一杯かき鳴らす三味線は、明日香村の古い時代の土の匂いさえ感じさせる。江戸時代に急激な発達を遂げた三味線を、ありえないことだが鎌倉時代に聴いているような感覚だ。しかし、これがきちんとした三味線音楽の師匠に習ったものであったら、彼らの土俗的とも呼べるパワーは失われ、面白くも何ともなかっただろう。

外国での公演を主として活動した経緯か、和太鼓のコンサートというよりも、パフォーマンスの要素がかなり色濃いステージである。多くの国での公演のために、その国の言葉でたどたどしく語るよりも、出演者たちの肉体を駆使し、それを言語として伝える手段だ。事実、カーテンコールまで誰も一言もしゃべらず、いわゆるMCはなかったが、それでも充分に日本の観客を満足させていた。むしろ、初登場に近い日本の観客の前で、余計な情報を与えなかったのが幸いしたのだとも言えよう。

彼らの太鼓を聴いていると、音楽ではあるのだがスポーツのような「肉体」を思い切り使った芸能であることをしみじみと感じる。私は、彼らが今後どういう方向をたどるのかに非常な興味を覚える。1500人収容の東京での大きなコンサートをこなした成果を武器に、今後も国内の大きなホールなどを主体に活動するのか、あるいは良い意味での「放浪芸」に近い芸を見せるのか。ホールの椅子には、常に「洗練」を求める観客がいる。しかし、彼らの大きな魅力の一つは、「土臭さ」にある。洗練と土臭さという、相反する個性の中を行ったり来たりしながら、次第に彼らのステージのスタイルが固まって行くのだろう。終演後に、リーダーの小川正晃の話を聴いた。活動の当初は、神社のお祭りなどの機会に屋外で演奏し、投げ銭をもらい、それを貯めては新しい太鼓を買うような形だったという。とりもなおさず、芸能民の原初の姿でもある。今後もそれで暮らせというのは甚だ無責任であり、そういうつもりもないが、出発点にあった姿勢は大事にしてほしい。

数年前の事になるが、松本幸四郎が「勧進帳」の弁慶の1000回目の公演を、奈良の東大寺で演じた。秋の月がぽっかり浮かぶ中で、弁慶の科白が真っ暗な奈良の空中に拡散し、吸収されてゆくのが得も言われぬ味わいで、劇場のフレームの中で観る歌舞伎よりも幾層倍も魅力的だった。願うことなら、古代からの歴史を持つ明日香の村の夜空の中で、空中へ拡散してゆく力強い太鼓の音色を聴いてみたいものだ。

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2011. 9.15掲載

思い出を売る男 2011.09 劇団四季・自由劇場

幕開きに、グレーのスーツに身を包んだ日下武史が登場し、この芝居の作者である加藤道夫と劇団四季との関わりを語る。今年で創立五十八年を迎えた劇団四季にとって、加藤道夫は一人の劇作家であると同時に「忘れ得ぬ人」である。そのいきさつを、創立メンバーの一人である日下武史が、静かに観客に語りかける。今の演劇ファンにとって、「加藤道夫」という名前が説明をつけなければわからない時代になった、と嘆いても仕方がない。今夜の観客が、この芝居と共にその名をしっかり胸に刻めば良いだけのことだ。私はむしろ、日下武史の話を聴いて、一観客として関わり始めた約三十年前からの劇団四季と私の歩みや想い出に、胸が熱くなるのを禁じ得なかった。

舞台は戦後の混乱期と思しき街のガード下。カーキ色の軍服に身を包んだ「思い出を売る男」(田邊真也)が、サクソフォンを手に立っている。一曲百円で、通りすがりの人々に曲を吹いては想い出を蘇らせる。故郷に恋人を残して来たG.I(佐久間 仁)、やたらに金を持っている陽気な乞食(日下武史)、黒マスクのジョオと呼ばれる街の親分(芝 清道)など、いろいろな人々が男の前を通り過ぎてゆく。非常にポエティックな感覚を持った芝居で、舞台の上の時代は暗く、先の見えない状態だが、「思い出を売る男」の存在によって、未来への希望もあれば、過去への甘美な想いもある。芝居の中心にいるのはあくまでも「思い出を売る男」なのだが、彼に関わる人々との会話を通して、その時代の世相や考え方、生き方などがいくつも炙り出される構造になっている。ピン札の束を懐にし、ステーキでもコロッケでも、何でも食べ放題だと明るく笑い飛ばす乞食の姿に、ひたすら物と金を追い求め、追い掛けられて疲弊している今の我々の姿が、鏡に映し出されるような気がした。わずか75分の一幕物の芝居の中で、見事に造り込まれた作品だ。

「思い出を売る男」の田邊真也。最近、ストレート・プレイでも著しい進境を見せている。全体的に小ざっぱりと、綺麗に造りすぎている感はあるが、その中に真っ直ぐに時代に向き合い、自分なりの生き方を見つけようとしている青年の姿が見えたのが良かった。陽気な乞食の日下武史の老練さは相変わらずで、80歳を超えたとは思えない科白の力を持っている。広告屋の味方隆司の役の造形に工夫があったのを書いておこう。

私は戦後世代で、戦争のことは家族や先輩たちの話でしか知らない。しかし、この芝居を観ていると、今の情報や物質に溢れた時代よりも、遥かに精神性が豊かで、人々が貧しくとも希望を持ち、いたずらに世相に不満を抱いているだけではないことが痛切に感じられた。今の時代に生きる我々は、一体どこまで何を追い求めたら気がすむのか。その先には何があるのか。この作品を書いた当時の加藤道夫が現在の日本の姿を見通していたとは考えられない。しかし、貧しく不自由な時代に、これほど自由闊達に、自由に逞しく生きている人々の姿を舞台の上で観ていると、何もかも恵まれていながら不平をこぼしている今の我々の生活が、物理的には恵まれていても、精神的にはいかに貧しいものであるかを思い知らされる。半世紀以上前の芝居だから古い、ということでなく、逆に昔の作品から今の我々が教えられることがいかに多いかをも同時に感じる。日本という国が、数えきれないほど多くの問題を抱えている今だからこそ、このタイミングで劇団四季が取り上げる意義がある。それは、加藤道夫と劇団四季との関係性だけの問題ではなく、一本の芝居を通じて、今の日本の状況を客観的に我々観客に考えさせる一つの手段でもあるのだ。

「本当の豊かさとは何か」。恐らく、東日本震災以後、このテーマについて誰もがいろいろな想いを抱き、それに関する話題も多い。幸せの青い鳥の話ではないが、もう一度、真剣に考えてみる必要があるのではないか。そんなことを観客に問い掛ける芝居である。劇場を出ると、十三夜の月が輝いていた。皓々と都心の夜空に輝く月の光でさえも、幸せに感じる芝居である。

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2011. 8.30掲載

abc★赤坂ボーイズキャバレー 2011.08 赤坂ACTシアター

「イケメン」の時代が続いて久しい。せめて30年前に来てくれていれば、とも思うが、良く考えてみれば、いつ来ていようと私にはまったく関係のない話だった。「イケメン」を一つの起爆装置として若い人々が劇場へ足を運び、そこで生の芝居の魅力を感じてくれるのは良いことだ。その一方で、イケメンがあまりにも多すぎて(何か食糧が違うのだろうか)、没個性になりがちな問題を孕んでいるのも事実だ。整った顔立ちの青年はいくらもいるが、そこに役者の魅力、あるいはプラスアルファがあってこそ、その存在意義もある。今が旬の年代の若者は大勢いるが、彼らが演劇の世界で残って自分の足場を確保するためには、自分の力点をどこに置くかも重要だ。そんな中、昨年から始まった「abc★赤坂ボーイズキャバレー」、キャストの入れ替えはあるものの、熱気と活気に溢れた舞台が多くの観客を集めている。わずか二年の間に、このユニットに観客が定着したということだ。

過去の舞台を観ていないので、それらとの比較はできない。今回について言えば、それぞれの出演者の自己紹介から始まる。何しろ、総勢28人のキャストだ、ここをしっかり見せておくことが後にきちんとつながるのと、初めての観客へのサービスだろう。この場面は「コーラスライン」でオーディションに来た若者が自分の過去を告白する場面を連想させる。もっとも、内容自体はそこまで重くはなく、むしろこれから始まるステージへの期待感を高めるものだろう。ここに集まった若者はある芝居を演じるためのキャストで、劇中劇を演じながら芝居は進む。その大きな筋を進めながら、アクションとコントが交替で、あるいは連鎖して軽快なテンポを生んでいる。その中で28人の人間模様が描かれていくことになるが、歌、踊り、アクション、コントと実にみんなが良く動く。ほぼ全員が地下足袋を履いているのも、いかにスムーズでスピーディな動きを見せるか、という工夫だろう。劇中劇と現代が交錯するが、ここであえてアクションという言葉を使ったのは、これを時代劇の「殺陣」と同じ眼で見ると意味が違って来るからだ。

キャストの数が多いので、全員の演技について云々することはしない。ただ、舞台全体の印象を言えば、芝居の世界で言う「当て書き」に近いものがあり、役の個性と役者の個性がかなりだぶっている部分が多いようだ。観客の頭の中にある役者のイメージと役のイメージが近いことも、また人気の秘訣なのかも知れない。速射砲のように飛び出す科白やアクション、コントを楽しむ、半ばショー的な舞台に終始するのかと思ったが、二幕の後半になって、その予測は快く裏切られた。

劇中劇で、「芝居は今の我々にとっては生活必需品ではなく、単なる贅沢ではないか。そのためのお金があるのなら、もっと困っている人々の生活に役立てるべきだ」という問いが、一人から発せられる。それは、観客席に座っている我々にすれば、半年近く前に起きたあの「東日本大震災」を想起させる、重い問い掛けでもある。特に、私のように年がら年中芝居を観ているものにとっては、あの震災以来頭を離れない問題でもある。この問いに対して、いくつかのやり取りがあった末に、自らを「河原者」と卑下する役者の一人が、「観客に感動を与えようとか、元気を与えようと思ってやっているのではない。自分がやりたいからやっているのだ。だから、芝居をやらせてほしい」と、役者の業を認め、肯定する発言をする。私はこのやり取りにドキリとした。私が考える限り、この答えは、もしも問いに正解があるのだとすれば、最も近いものではないかと思う。一見、イケメンの顔見世興行のようなバラエティともショーとも取れる舞台の中に、こうした深く重いテーマが鋭い視点で描き込まれている。また、さりげなく新劇とアングラの対立を笑いに包んで観客に見せる場面などは、今の若い観客にはわからないし関係ない、とも言える問題だが、それを別の味付けで見せる点などは、なかなか工夫されているところだ。キャストの個性を熟知していることもあるのだろうが、堤泰之の脚本は、一定の評価ができる。

最後に、順不同で印象に残ったキャストの名を挙げておこう。大河元気、大橋智和、柏進、斉藤慶太、汐崎アイル、知 幸、中村誠治郎辺りだろうか。こうした勢いのある若者たちが、今後の演劇界の新しい潮流を作り、それが大きなうねりになることを期待したい。

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2011. 8.26掲載

「花顔」2011.08 紀伊国屋ホール

大衆演劇の「劇団 誠」から大劇場演劇のスターになった松井誠が、女形の一人芝居を演じた。モデルとなっているのは、「とある劇団」の「五十を過ぎた女形」である。これだけだと、一瞬松井誠本人がモデルではないか、と勘違いするかも知れないが、ある程度の年齢の芝居好きであれば、「とある劇団」とは劇団新派であり、「五十を過ぎた女形」は花柳章太郎であることはすぐに分かる。しかし、それをあえて持って回った言い方をしているのは、作者の堀越真が「特定の人物ではなく、女形に普遍的なもの」としてこの一人芝居を書きたかったからだ、とパンフレットにあった。確かに、モデルである花柳章太郎が亡くなったのは昭和41年のことで、もう半世紀近くが経つ。亡くなったのが70歳だったから、その全盛期ということになれば、70年以上も前の話で、実際にその舞台を観ている観客はかなり少ないだろう。今でも、古い映画で花柳章太郎の姿を観ることはできるが数は限られているし、ならばモデルとして借用はしても、ある女形個人ではなく、「女形」という存在に焦点を絞り切った芝居にした方が、現代の観客にも分かりやすいのは事実だ。

そういう視点でこの芝居を観ていると、女形の美貌で人気を得た松井誠が、自分自身の今後の役者の方向性にも関わるであろう「女形というもの」を自ら体現して見せた意味は大きい。新派のみならず、歌舞伎でも「女形不要論」は幾度となく話題にされては立ち消えて、を繰り返して現在に至っている。歌舞伎・新派というジャンル分けに意味のない今、美輪明宏、ピーター、篠井英介、早乙女太一などの舞台をはじめ、テレビでは「おねえキャラ」と呼ばれる疑似女形とも言える人々が百花繚乱とも乱れ咲きとも言える状態にある。半世紀前とは性に対する感覚が大きく変わったことが一番の原因だろう。

女形の辛さと同時に宿命とも言えるのは、芸だけではなく容姿とも闘わなくてはならないところだ。年を重ねれば、必然的に容色は衰える。男優、女優であれば、年齢に合った役の選び方は可能だが、女形の場合、それが難しい。年を取ったからと言って単純に老女の役を演じれば良いというわけではない。その中で、いかに「残んの色香」を残しながら女形の芝居をするか、あるいは、男の役に転向するかという、役者としての大きな岐路が立ちはだかっている。これは、女形が生まれて以来、若いうちに命を失った女形以外は、全員が経験して来た道である。

もっとも、今の五十代と半世紀前の五十代では比較にならないほどに皆が若いから、松井誠の芝居にはそうした選択を迫られた女形の悲壮感はないし、それを考える必要もない美しさがある。したがって、今の時点でそれを色濃く出す必要はなく、二十年後にこの芝居を演じた時でも充分に間に合うだろう。それよりも、女形という一般の観客には不可思議なベールに包まれた存在が、どういう物の考え方をしているのか、あるいは芝居の楽屋ではどんな会話がなされているのかを具体的に演じたところに意味がある。単なるバックステージ物という好奇心の範囲ではなく、実際の女形が女形を演じているからだ。科白の中には、彼自身が肉声のような想いで発する言葉もあるだろう。女形が女の役を演じるのは当然だが、女形が女形役者を演じることにこの「花顔」の一番大きな意味がある。

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2011. 8.16掲載

姑は推理作家 2011.08 三越劇場

幅広いジャンルのコメディを得意に上演して来た劇団NLTの公演に、十朱幸代が初参加する、という面白い試みだ。「姑は推理作家」という、ミステリー・コメディで、十朱の役は落ち目に差し掛かった流行推理作家という、長年の女優生活の中で初の役どころだろう。この役が、自分の弟の嫁とそりが合わず、自分の作品の舞台公演に出演中の嫁を「この公演の中日に殺す」という物騒な発言をし、実際に舞台で殺人事件が起き、さらには観客までも巻き込もうという半ば破天荒とも言える設定だ。

洋の東西を問わず、多くの推理劇、犯人探しの芝居が書かれて来て、今も繰り返し上演されているものもある。多くは、ベストセラーになった推理小説の劇化だが、中には純粋に舞台のために書かれた作品もある。本作は後者に属するが、創立者である賀原夏子の薫陶を受けた劇団として、良質のコメディをいくつも送り出し、日本の演劇史の一翼を担って来たNLTのこと、単なる犯人探しの推理劇では終わらないのがミソだ。二段落ち、三段落ちとも言えるどんでん返しの連続である。推理劇だから詳細なストーリーを述べることはここではしない。作・演出の池田政之はNLTと三越劇場の提携公演の脚本が今回で6本目ということであり、劇団の役者の個性をよく知っているだけに、劇団の役者の活かし方が巧い。

ただ、欲を言えば芝居の構成がいささか複雑で、多少の交通整理をしてもう少しスッキリさせた方が、より笑いが引き立ったであろう。初出演の十朱幸代と劇団の阿知波悟美をがっぷり四つに組ませた上に、アクセントとして矢崎滋を配し、金子昇、小沢真珠というメンバーを配したことで、配役がぐっと充実した。

まず驚いたのは十朱幸代の変わらぬ若々しい美貌だが、大きな発見は「コメディにも向く女優だ」であることの発見だ。今までの彼女のイメージは、山本周五郎や川端康成などの文芸作品を大劇場の座長として演じる、というのが衆目の一致するところだろう。しかし、ここ数年間、具体的に言えば三島由紀夫の「近代能楽集」、イプセンの「ジョン・ガブリエルと呼ばれた男」という、今までの彼女のレパートリーにない作品を演じることで大きくイメージが変わった。全く方向性の違う女性を、いわゆる「新劇」と呼ばれる分野で演じ、大きな成果を挙げた。この二つの舞台で試行錯誤し、苦労して開拓した芝居が活きている。

東宝ミュージカルなどで売れっ子の阿知波悟美も、十朱に負けじとばかりの大熱演で、喜劇畑で鍛えた腕を存分に発揮しているのが嬉しい。やはり、ホーム・グラウンドに帰って来た安心感があるのだろう、他の舞台とは違った距離感で見せる芝居も楽しいものだ。それには、三越劇場の空間がちょうど良いのだろう。

矢崎滋のとぼけた味がもう一つの阿知波の辛口に対して甘口の笑いのスパイスになり、酷暑を一瞬でも忘れるには打ってつけの芝居になった。ここで特筆しておきたいのは、平松慎吾だ。劇団NLTでの長い経験が、舞台に与えるインパクトは大きい。もう三十年近く観ている役者の一人だが、彼が出ることで芝居の厚みや深みがグンと増す。劇団の良さはこうした人材を抱えているところにもあるのだ。この芝居に対して細かな芸術論や演劇論を持ち出すのは野暮な話で、お客様がいかに笑い、楽しく劇場を後にするか、がほぼ全てだろう。

今、日本はありとあらゆる部分で苦しい状況にある。そんな日々の中、たまには日ごろの憂さを忘れ、半日を劇場で笑って過ごせることは今の我々には幸福なことだ。役者や作家や批評家には、震災の瓦礫を片づけたり、政治の混乱を収拾することはできない。その代わりに、それぞれの職分を果たし、今の日本に少しでも希望の灯や、クスリとした笑い、明るさを届けることが使命だろう。これは演劇人だけではない。誰もが原点に帰ることの大切さ、を考えながら劇場を後にした。

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2011. 8.10掲載

この子たちの夏 1945・ヒロシマ ナガサキ 2011.08 世田谷パブリックシアター

毎年、八月にいろいろな女優の手によって上演されて来た朗読劇「この子たちの夏」が、木村光一が主宰していた演劇制作体・地人会の解散によって観られなくなったのを残念に思っていたが、二十三年にわたり木村光一と歩みを共にして来たプロデューサーの渡辺江美が地人会新社を立ち上げ、四年ぶりにこの舞台が帰って来た。「地人会」が解散を発表した時、私は当時連載を持っていた新聞に「演劇界の良心が消える」という旨の記事を書いた。ここにかつての上演作品を羅列するまでもなく、地人会が厳選された眼で作品を選び、コツコツと上演を重ねて来た歴史は、日本の現代演劇の中で決して見逃すことはできない。それが、同じ志を持つかつてのスタッフによって復活したことを、まずは歓びたい。今後、どういうラインアップの芝居を見せてくれるかが楽しみだが、まずは「この子たちの夏」である。

八月六日の広島、九日の長崎で原爆の被害に遭い、幼い命を散らした子供たちの手記を、六人の女優が読んでゆく。今回のメンバーはかとうかず子、島田歌穂、高橋礼恵、西山水木、根岸季衣、原日出子である。今年は戦後六十六年の暑い夏だが、それだけではなく、現代の戦争にも匹敵する「東日本大震災」、3.11という数字が我々の頭の中に鮮烈に残っており、今もなおその余波の渦中にいるだけに、今までとは違った実感を持って、演じる方も観る方もこの舞台に臨んでいる。事実上、原爆の投下によって終結したとも言える第二次世界大戦。当然のことだが、その当時のことを知る人は、年々少なくなる一方だ。事実、今回の舞台に上がっている女優全員が、当然ながら戦争を知らない。しかし、知らなくとも事実の記録をもとに語り継ぐことはできるし、それはいつの世代になっても必要なのだ。

ここでは、あえて今回の福島第一原発事故との比較はしない。今年が「東日本大震災」という未曽有の天災、そして人災とも言うべき原発事故にぶつかったことは事実だが、この作品は二十三年前から、戦争の悲劇を、被爆した子供たちの視線、あるいは母親の視線で語り継ぐことが作品の本意である。この間に、世界では様々な事件が起きている。しかし、日本だけが経験した「被爆」という体験を、事実として語り継ぐことに意味があるのだ。単純に「戦争はいけない」「世界が仲よくしよう」という問題だけではない。戦争には何の関係もない無辜の小さな命が、こうした形でも奪われてしまった、しかし、その子供たちは生を終えるまでのわずかな時間、懸命に生きたという事実は永遠に変わるものではない。そこにあった苦痛や哀しみ、痛みや寂しさを、今の我々は同じ感覚で感じ取ることはできないだろう。しかし、六人の女優の声を通して聴き、舞台を観ることで「追体験」し、考えることは可能である。

六月の「恋文」で舞台女優としての貫録を見せたかとうかず子をはじめ、かつてのメンバーとは味わいの違う女優による朗読は、新鮮味を感じさせた。根岸季衣の線の強弱が良いアクセントにもなっていた。ここ数年、どこも朗読劇がブームを呈しているが、いくら台本を手にしているとは言え、簡単にできるものではない。逆に言えば、何も芝居をしないからこそ、その役者が持っている素の実力がそのまま出てしまう。そういう意味では、朗読劇とは怖い側面を持っているのである。まして、今回が初演ではなく今までに長い歴史を積み重ねて来た作品だ。全員がこの作品に挑戦し、新たな「この子たちの夏」を創ろうという意気込みがなければ、できるものではない。何度観ても胸が締め付けられるような想いと、今ここに自分がいることの幸せ、当たり前の日常生活がいかにありがたいものであるか、などを実感する芝居である。一年に一度、芝居を通してそうしたことを実感する日があっても良いだろう。そんな芝居である。

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2011. 7.30掲載

棟方志功物語 2011.07 明治座

芝居とショーの二本立てのお馴染みのコロッケ公演である。今回は、世界的な版画家・棟方志功の半生を描いた「棟方志功物語」と、ショー。ここ数年、コロッケの公演は欠かさずに見ているが、今までの中で最もいい芝居になった。その理由は明確に考えられる。一つは、脚本が優れていること、もう一つは助演陣に恵まれていること、そして、コロッケの努力である。実在の人物をモデルにした芝居は、今までにも同じ棟方志功の「わだばゴッホになる」や「仙台四郎物語」を演じているが、なぜ今回が優れているのか。強烈な個性で知られる棟方志功に、コロッケが歩み寄って人物を演じたからだ。コロッケの芝居の場合、観客を笑いの方向へ転がすのはいとも簡単なことだし、芸の質からしてその衝動は捨てがたいだろう。しかし、それを封印することはしないまでも抑制しながら、棟方志功そのものへ近づこうとした姿勢が、結果として大芸術家ではなく、人間・棟方志功を描くことになった。コロッケからすれば、観客を大笑いさせてしまった方が楽かも知れない。観客もそれを望んでいる。そこを、二部のショーまで少しだけ我慢し、きちんと芝居を演じたことが最大の評価だ。

一般の観客にしてみれば、誰が脚本を書き、誰が演出していようとさして問題ではない。それよりも、コロッケの芝居やショーが観たくて劇場に足を運ぶ。しかし、そこでコロッケが見せた芝居がつまらなければ、「今回のコロッケの芝居は、あまり面白くなかった」という感想が、コロッケに寄せられる。それは、大劇場演劇の座長を勤める役者の宿命だろう。しかし、脚本がきちんと何をどう見せたいのかという軸を持って、それに沿った見せ方をして行けば、よほどのことがない限りは「どうしようもない」という舞台にはならないはずだ。脚本がしっかりできていてつまらない場合のほとんどは、キャスティングのミスにある。それが、脚本とキャストが合致した時に、面白さを発揮するのが芝居の妙だ。

なぜこんなことを書いたか。今回は周りの役者が素晴らしく良かったからだ。この公演をもって舞台での仕事は卒業すると宣言した赤木春恵は、一場面だけの出演だが堂々たる貫禄と情の籠った芝居を見せ、ベテランここにあり、の存在を見事に示した。明治座への初出演が昭和三十七年というから、約五十年間にわたるこの劇場の歴史を知っている女優だ。また、美術界の重鎮を演じた左とん平、実に巧い。何が巧いのか。普通に美術家として棟方志功を相手に美術の話をしていながら、そのトーンを変えることなく、いきなり次の科白で客席を笑わせる。このあいだに、一寸の高低差もなければ、力も入っていない。三秒前まで立派な先生だったのに、そのままで笑わせているのだ。不思議な味だが、これがベテランのなせる技、というものだ。熊谷真実が志功の妻・チヤを演じているが、いつも明るい女優だ。何よりも、彼女の科白は聞き取りやすく、はっきりしている。芝居の基本を改めてベテラン女優に言うのも失礼な話だが、これができていない役者がいかに多いことか。彼女の明るさが舞台にもたらす効果は大きい。他にも下宿の大家・宮園純子や画家の先輩格である桜木健一などのふとした一言で舞台がキリリと締まる。いろいろな役が適材適所にはまっているのだ。

もう一つ、この芝居が面白かったのは、「棟方志功物語」というタイトルではありながら、偉人伝にしなかったことだ。むしろ、名が売れる前の棟方志功に重点が置かれており、故郷の青森で「絵バカの志功」と呼ばれていた時代を取り上げたことがコロッケの芸風に合ったのだろう。第一幕第一場で、青森弁を直して東京の言葉に慣れるために、若い画家たちが芝居の稽古をしている。その芝居は、有島武郎の「ドモ叉の死」という売れない画家たちを題材にした芝居だ。そこは作者の遊びかもしれないが、そんな工夫が仕掛けられているのも面白い。欲を言えば、大詰めのねぶたのシーンの跳人たちにもっと躍動感が欲しかったし、立派な道具にしてほしかった。徐々に元気を取り戻そうとしている東北地方へ、東京の劇場からこういう形でのエールが送れるのだ、という、東京っ子の心意気があっても良かっただろう。しかし、久しぶりに心温まる大劇場演劇らしい芝居である。

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2011. 7.26掲載

三銃士 2011.07 帝国劇場

フランスの文豪、アレクサンドル・デュマの「三銃士」のミュージカル化である。原作は160年以上前の1844年に新聞に連載された小説で、当時大ヒットとなった。日本でも割に古くから名作として少年少女の人気を集め、私も小学生の頃、ダイジェスト版ではあったが、その展開にドキドキしながら読んだ記憶がある。2003年にオランダでミュージカル化され、ドイツでの大ヒットを受け、今回が日本での初演となった。東宝ミュージカルではお馴染みの井上芳雄、山口祐一郎、石井一孝、橋本さとし、シルビア・グラブ、吉野圭吾などの豪華な顔ぶれを揃えて、明るい作品になった。

先日観た「嵐が丘」もそうだが、今はこうした過去の名作を読む人口が確実に減っている。活字離れが指摘されてからずいぶん久しく、今は電子書籍の登場でまた大きく状況は変わりつつある。書籍をめぐる状況が激変している中で、舞台化することで小説とはいささか違うテイストにはなり、原作のすべてを網羅することはできないものの、文学史に残る名作に接する機会ができる。「レ・ミゼラブル」にしてもそうだが、こうした現象が、今の演劇の一つの潮流になりつつあることは間違いない。

「三銃士」は、早い話が「青春冒険活劇」だ。父のように立派な騎士になることに憧れているダルタニャンが、パリで三人の仲間を見つけ、自分の夢を果たして立派な騎士になるまでの成長を描いたもので、映画で言えばロードムービーの要素も持っている。彼らの正義を邪魔する悪や罠も随所に用意されており、典型的な勧善懲悪の芝居だ。その大作の「いいとこ取り」をしたのがこの舞台である。ピンチあり、華やかな宮廷の場面あり、豪華な装置あり、で大劇場でなくては上演できないミュージカル作品だ。帝国劇場100年の歴史を振り返る中で、当然ミュージカルも大きな変貌を遂げて来た。特に最近は、若い俳優が中心となって演じる作品の割合がかなり増えている。それが、劇場へ若い観客の足を運ばせる要因になっているのであれば、これは喜ぶべきことだ。

井上芳雄のダルタニャンには青年の活気が漲っており、それに加わる橋本さとし、石井一孝、岸祐二がそれぞれの個性をぶつからせることなく、主張している。対する悪の親玉で、国王を自由に操ろうというリシュリュー枢機卿の山口祐一郎。堂々たる貫録の芝居である。その手下であるロシュフォールの吉野圭吾が、主要な場面で良く働き、スパイスを効かせているのは評価できる。ルイ13世の今拓哉には王様の気品があり、謎の女ミレディの瀬奈じゅんには力強さがある。坂元健児が随所でコミカルな部分を引き受けており、これも面白い。総じて水準の高い作品になっている。難を言えば、男優陣優勢の芝居だけに女優陣の個性が今一つ際立たない憾みはある。シルビア・グラブのアンヌ王妃などは、もう少し芝居の見せ方を工夫しても良かっただろうし、和音美桜のコンスタンスも、これと言った印象が残らない。作品全体の構成の問題であり、個々の女優の責任に帰すべきところばかりではないが、わずかに足りない部分があるのがもったいない。山田和也の演出もテンポが良く、随所に笑いを盛り込むなどのメリハリがあり、先月の「風と共に去りぬ」の演出に比べて、抜群の安定感がある。

音楽も作品に寄り添う形で耳に心地よいものが多く、今後繰り返しての上演に耐えうるだけのものを持っている。今回が初演だけに、細かな部分の直しは必要だが、洗い上げて繰り返して行けば、帝国劇場100年の歴史を二世紀目につなぐために、新たなるスタンダードになる作品である、と言ってもよい。ミュージカルに限ったことではなく、日本発の芝居で次の世代の帝国劇場へ残せる芝居があれば、和洋ともどもの展望が見えるだろう。次の期待はそこにある。

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2011. 7.23掲載

嵐が丘 2011.07 赤坂ACTシアター

エミリー・ブロンテの超大作で「究極の恋愛小説」とも呼ばれる「嵐が丘」の舞台化である。今までに何度も舞台化されており、私もそのいくつかを観ているが、長編の舞台化は短編のそれとは異なった困難さがつきまとう。今回は、飯島早苗の本、西川信廣の演出というコンビでミュージカル化された。文庫本で上下二冊にわたる長編を、ドラマの盛り上がる場面を中心にコンパクトな上演時間にまとめたことは評価できる。プログラムにもあったが、ビクトル・ユゴーの「レ・ミゼラブル」がミュージカル化できたのだから、「嵐が丘」もミュージカル化できないはずはない、というのはその通りだ。まして、主演のヒースクリフを河村隆一が演じるのであれば、ストレート・プレイで舞台化しても意味はないだろう。ただ、一幕がプロローグを入れて七場で十曲、二幕が五場で九曲という構成は、いささか慌ただしく感じる。これが今の芝居のテンポなのだ、と言われてしまうとそれまでだが、それぞれの幕にどこか重点的な芝居を見せる場所を作り、その分場数か曲を一つ減らした方がより濃密なドラマが生まれたのではないか。

昨今の世界中の演劇界がミュージカルへ傾斜する勢いはものすごい。微妙な感覚だが、「レ・ミゼラブル」「エリザベート」辺りから、ミュージカルの感覚が変わって来たようだ。かつての古典的名作には、必ず、「この芝居ならこのナンバー」という、いわば「定番」のように愛された曲があった。「マイ・フェア・レディ」なら「踊り明かそう」、「ラ・マンチャの男」なら「見果てぬ夢」のように。しかし、最近のミュージカルは、そうした意識ではなく、表現方法としての音楽と芝居が融合した形式として、完全に定着した感がある。だから最近の作品には名曲がない、という意味ではない。観客自身や制作者のミュージカルに対する感覚が変わったのだ。一言でいえば、誰にとってもミュージカルの敷居が低くなった、ということだ。

タイトルからして荒涼とした「嵐が丘」を象徴するような簡素なセットを中心に舞台空間を広げることにより、虚無感や孤独感を現わそうとしている。屋外の場面では有効だが、室内の場合、いささか貧弱に見えることは否めない。嵐が丘に住むアーンショウ(上條恒彦)がリバプールで拾って来た孤児・ヒースクリフ(河村隆一)。アーンショウの娘・キャサリン(平野綾と安倍なつみのダブル・キャスト。この回は平野綾)と恋仲になるが、それを快く思わないのは息子のヒンドリー(岩崎大)だ。アーンショウが亡くなると、ヒンドリーのヒースクリフに対する仕打ちはますます酷くなる。姿を消したヒンドリーにショックを受けたキャサリンは、上流階級のエドガー(山崎育三郎)と結婚するが、その前に、以前とは打って変わって裕福になったヒースクリフが現われる。しかし、その心の中には、自分を冷たく足蹴にした人に対する荒涼とした嵐が吹いていた。ヒースクリフの復讐が始まる…。

ヒースクリフは河村隆一。歌に安定感があるのは言うまでもないことだ。一幕よりも二幕の芝居の方に断然重みがある。一幕では、他人に対する「拒絶」や「不信」の感覚がもう少し濃厚に出れば、もっと良かっただろう。ふとしたところでソフトな感情が出てしまうが、心を許せるのはキャサリンだけ、というほどに冷徹な人間に徹していた方が後のインパクトは大きくなる。平野綾のキャサリンは勝気なじゃじゃ馬の御嬢さんの風情があり、なかなか面白い。ダブル・キャストの安倍なつみを観ていないので、両者を比較することはできないが、健闘していると言える。こうしたミュージカルで安心感を醸し出してくれるのは上條恒彦で、出演場面は少ないものの、わずかな出番でもその人となりが充分に伝わる。幾多の名作ミュージカルに足跡を残して来た役者の仕事だ。ヒンドリーの岩ア大、ソロの歌は初挑戦だというが、やはり他のメンバーに比べて見劣りがするのはやむをえない。今までに「Studio Life」で身につけたものに、さらなる化学反応を期待したいところだ。エドガーは山崎育三郎。オーソドックスで行儀のよい芝居は買える。イザベラの荘田由紀、とにかく役に対する懸命さが見える。女中のネリーを演じる杜けあきに、ベテランの巧さが見える。派手な見せ場があるわけではないのだが、芝居の本質を捉えているからだろう。

「嵐が丘」が持つ精神性は、飽きっぽい日本人には理解のしにくいものかも知れない。だからこそ、芝居を観終わった後に、小説を通読してほしい。「ああ、この場面を芝居にしたのか」「小説を芝居にするとああいう風になるのか」など、新たな発見の楽しみがあるはずだ。原作がある芝居の場合、こうした相乗効果がもたらすものの積み重ねは大きい。また、仮に原作の読書体験がある五十代と、体験のない二十代が同じステージを観ることになる。この観客たちに、どういうメッセージを伝えるか。この意味は大きい。

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2011. 7.17掲載

滝沢家の内乱 2011.07 本多劇場

1980年に一人で旗揚げした加藤健一事務所が、31年目にして100本のプロデュース作品を上演した。その100本目の作品が、今までのラインアップには珍しく時代劇である。100本の作品の中には、「審判」や「セイム・タイム・ネクスト・イヤー」、次に上演される「詩人の恋」などのように繰り返し上演されている芝居もあるから、違う作品を100本上演しているわけではないが、プロデューサーとして自分の眼で脚本を確かめ、役者としての感性でその作品を自分で肉体化し、公演が終わるとすぐに次の芝居探しを始めるという31年間は、徐々にスタッフが増えて来たとは言え、なまなかな情熱で続けられることではない。「とりあえず当たれば良い」という風潮の多い中で、自分が見せたい芝居を、じっくり腰を据えて創り上げる姿勢を乱さずに続けて来たことは評価に値する。年間の芝居のペースを守るために、極力映像の仕事を遠ざけてまで舞台に臨む姿は、求道者のようでさえある。

さて、「滝沢家の内乱」である。この芝居、実は今回が初演ではない。1994年に大滝秀治と三田和代が紀伊国屋ホールで初演したもので、劇団民藝に多くの作品を提供して来た吉永仁郎の脚本だ。「南総里見八犬伝」などで有名な滝沢馬琴が、晩年は盲目という不幸に襲われながら、嫁のお路に後半部分を口述筆記させ、この大作を完成させたのは、あまりにも有名なエピソードだ。作者は、この滝沢馬琴の「家」に焦点を当て、常にヒステリックにわめき立てている馬琴の妻・お百(高畑淳子の声の出演)と、病気がちで馬琴よりも先に亡くなる息子の宗伯(風間杜夫の声の出演)、そこへ嫁に来たお路(加藤忍)の四人の家族の危うい家族関係と、その家を家長として支える滝沢馬琴の内的世界とその周囲を対照的に描いた作品だ。今も日本の文学史に残る名前を持ちながら、家庭的には決して幸福とは言えなかった、また自らそこへ追い込んで行った一人の人間の姿を描いた作品で、決して「偉い人の物語」ではない。声の出演以外は二人芝居という、役者にとっては非常に難しい芝居であり、そこで馬琴が61歳から亡くなる82歳までの20年以上の歳月を見せなくてはならない。一軒の家の中で20年を超える歴史の中ではいろいろな事件が起きもしよう。それを、二人だけの会話で浮かび上がらせるという芝居だ。

歴史に名を遺す江戸時代の作者としての姿はある程度統一されたものだが、そこには現われいない人間くささ、もっと言えば口うるさくて嫉妬深くて気の短い馬琴という一人の男の姿が、一方では等身大として写し出される脚本は、切り口が面白い。人立派に飾られた滝沢家の一杯道具がどっしりした家の歴史を無言のうちに語っているのは評価に値する。また、演出の瀬久男の方針だろうか、経年変化による老化をあまりリアル一辺倒に見せずに、最後まで舅と嫁、あるいは師匠と弟子とも言える男女の関係をエネルギッシュに描こうとした手法は、加藤健一の芝居の質に合っているだろう。特に、加藤健一の科白の調子が朗々としているだけに、最後まで力強さを失わずに一人の男として生を全うする馬琴の頑なな生き方がそれによって表現された。相手役の加藤忍も、加藤健一に対して五分とは言わないまでも堂々と渡り合っている。あた、風間杜夫と高畑淳子の声の出演が思わぬ効果を上げたことは特記しておこう。

今までのレパートリーの中で、加藤健一が得意としていたスピーディなコメディや海外のウェルメイドプレイとは異質な芝居ではある。しかし、この芝居が今後、彼がどういう方向を目指すか、その一つの指針となることを期待したい。

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2011. 7.02掲載

「帰還」2011.07 紀伊国屋サザンシアター

坂手洋二が民藝のために初めて書き下ろした作品だ。一言で言えば、「濃厚」な芝居である。そして、いかにも民藝らしい芝居だ。86歳を迎えた大滝秀治が、高齢者向けの施設から「ある場所」に帰る。それは、半世紀も前から、自分が果たさなくてはならない約束を遂行するためだ。現代社会の問題や混乱を透徹した眼で描き切ることでは定評のある坂手作品は、今回、水の底に沈められる九州の山村を舞台にした。観客の頭の中には、民主党に政権交代した折の「八ツ場ダム」の問題が記憶に鮮明だが、この舞台となっているのは他の場所である。とは言え、今の政局を取り込んだ科白も出て来る。それは、単純に「同時性」だけではなく、そこから見えているダムの問題だけではなく、戦後、半世紀にわたって日本の各地で行われて来た政治と民衆の「闘争」を描くための手法であろう。今の我々、特に五十を境目ぐらいにした世代を一つの区切りとして、「闘争」という言葉には無縁とも言える人々や、違う光景を思い浮かべる若い世代が多い。100キロ離れた場所に住んでいる人にとっては、「八ツ場ダム」も、古くは「三里塚闘争」も無縁、とも言えるのが日本人の特質でもある。学生運動や、この芝居の根幹になっている生活と政治との闘争、こうしたものがもはや多くの人々にとって過去のものになった。しかし、その是非はともかくも、こうしたことがあったのだ、そしてそれは今もなお我々が住んでいる日本のある場所においては深刻な問題として存在するのだという事実を忘れてはならない。

元・美術の教諭で、画家としてもそれなりの実績を持つ横田正(大滝秀治)。息子の昭信(杉本孝次)は死病に取りつかれ、親子どちらが先にその生の終えてもおかしくない状況にある。しかし、半世紀前の約束を果たすために、父親は岡山の高齢者施設から九州まで赴く。大滝秀治が演じる役が、実は元・活動家という設定が面白く、坂手作品らしいところでもあり、かつて「オットーと呼ばれる日本人」などを上演して来た民藝の面目躍如と言うところだろう。今年86歳になった大滝秀治が「渾身」とも言える芝居で3時間に及ぶ芝居にほぼ出ずっぱりで舞台を引っ張って行く。そのエネルギーは大したものだ。活動家と美術教諭、あるいは画家というだけではなく、涓介とも言うべき性格で複雑な人生を送って来た男の幹の強さを感じさせる大滝の演技は、かつての瀧澤修が見せた迫力とはまた違う感覚を持って観客に迫る。若手の中ではみやざこ夏穂が素朴な田舎の青年を好演していたのが印象的だった。

芝居は二幕構成で、二幕はやや幻想めいた部分が多く、一度に二本の芝居を観ているような錯覚にとらわれる瞬間があるが、島次郎の舞台装置が良く工夫されており、特に洞窟の場面の効果は大きい。芝居全体について言えば、相当緻密に作り込んでいる印象があるが、一幕が1時間40分、二幕が1時間という長さは、今の観客にはいささか長すぎる。それだけ大きなテーマを孕んでいる芝居だけに、作者も言いたいことは山ほどあることは理解できるが、いくつかのエピソードは涙を呑んで切り捨てても、一幕を1時間15分から20分程度にした方がより強烈な印象を残したであろう。がっちりと構成された骨太な作品だけに、ただでさえ重厚感があり、今の観客の生理にはいささか重かったようだ。

現代の政治における問題点を今回は「ダム」に焦点を当て、物語を広げていくが、もちろんそれだけではなく、現代の人間の生き方や考え方、何が一番大切なものかをもう一度考えようというテーマは、作品全体に力強く横たわっている。ダムの話だから、というわけではないが、作品の根底に流れている水脈は終幕に近づくに連れて大きな奔流となる。私は、「新劇」という言葉は使いたくないが、文学座、俳優座と並んで長い歴史を持つ劇団として、かつて「火山灰地」や「オットーと呼ばれる日本人」などの作品を演じて、社会的な問題を観客に提起して来た劇団民藝の水脈が、創立60年を超えた今もなお、滔々と流れていることに嬉しさを覚えた。

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2011. 6.07掲載

ヴェニスの商人 2011.06 四季 自由劇場

劇団四季がシェイクスピアの「ヴェニスの商人」を、平幹二朗を迎えて浅利慶太の演出で上演している。「四季」の「ヴェニスの商人」と言えば日下武史のシャイロックが当たり役として今まで高い評価を得て来たが、今回は36年ぶりに浅利慶太と組む平幹二朗のシャイロックである。アントーニオーが荒川務、ポーシャが野村玲子、バサーニオーが田邊真也と信頼のおけるメンバーを回りに配しての上演だ。

今まで、「ヴェニスの商人」は、嫌われ者で強欲なユダヤ人の金貸し・シャイロックが、ポーシャが扮した法学博士の機知に富んだ判断でやり込められ、急場に立たされたアントーニオーの命を救う、という勧善懲悪の「喜劇」として、上演されるケースが多かった。シャイロックも徹底的に嫌われる強欲なユダヤ人としての性格が全面に出るケースが多くなる。これはこれで一つの解釈であり、否定するものではないが、今回の浅利演出はこの方法を取ってはいない。

一言で言えば、「宗教観の対立による弱者の悲劇」としてこの芝居を捕えている。ここに、今回の上演の肝もあれば味噌もある。日ごろから人に無利子で金を貸し、評判の良いアントーニオーに対してシャイロックが面白くない気持ちを抱いているのは紛れもない事実だ。そのアントーニオーに金を貸す機会がやって来た。もしも返せなければ、アントーニオーの身体の肉を1ポンド寄越せという法外な契約で金を貸すが、これは今までの腹いせには絶好のチャンスだ。神がシャイロックにみかたをしたのか、アントーニオーの貿易船がすべて座礁し、借金が返せなくなった。チャンス到来とばかりに、「証文通りに肉1ポンドをもらおうではないか」といきり立つシャイロック。そこへ、法学博士に扮したこの物語のヒロイン・ポーシャが出て来て、「シャイロックの言い分はもっともなので、肉1ポンドを切り取る権利がある。しかし、血を流しても良いとは書いていない」と、まるで落語の大岡裁きか一休さんのようなことを言い出す。ここで、シャイロックの仕返しは無残にも打ち砕かれる羽目になる。確かに、「人が嫌がる因業な真似をしていると、それは自分に跳ね返りますよ」という因果応報の物語ではある。しかし、その前に、見過ごすことのできない大きな問題が、この芝居にはある。

我々日本人は、世界でも珍しいほど宗教に寛容な国だ。良く言われるように、クリスマス・イブを祝った一週間後には神社へ初詣に出かけて神様に何事かを祈り、その三か月後の春のお彼岸にはご先祖様のお墓参りに出かける。「八百万の神々」や「神様仏様」という言葉が何も問題も持たない国である。しかし、外国における宗教戦争の歴史は根深く、中東では二千年の長きにわたって、この問題を根底に抱えたまま今も争いが続いている。日本でも過去に宗教戦争がなかったとは言わないが、根っから飽きっぽい日本人には理解のできない感覚の一つが、強烈なまでの宗教観だ。舞台となった中世のイタリーで、キリスト教者たちに迫害され続けたユダヤ教者。彼らは、当時から蔑視されていた中で、人に嫌がられる「高利貸」でもして蓄財をしなければ、世を渡るすべはなかったのだ。この大きな前提をくっきりと浮かび上がらせ、宗教観の対立から来る復讐を果たせなかった男のドラマとして描いたのが今回の浅利演出の「ヴェニスの商人」なのだ。

平幹二朗のシャイロックは、かなり抑制を効かせた芝居に終始する。しかし、最後の自分の復讐が果たせなかった破局までを徐々に盛り上げていく芝居は、さすがにベテランの腕だ。改めて、この芝居における主人公が誰であるのかを、くっきりと浮かび上がらせる手腕はたいしたものだ。野村玲子のポーシャに漂う初々しさと茶目っ気が芝居のアクセントになっている。幕が開いてしばらくは、劇団四季のメンバーの科白の口調が、感情よりも滑舌に重点を置いているように聞こえていささか気になったが、芝居が進むに従って、さほど気にはならなくなった。荒川務のアントーニオーも田邊真也のバサーニオーも、今までの経験からすれば順当な芝居で、礼儀正しさはあるが、もう少し感情の深みが欲しいところだ。今回の舞台で一人、特筆したい役者がいた。シャイロックの召使い・ランスロットを演じた川島創。弾むような芝居のテンポの良さと、愛嬌のある芝居は今後への大きな可能性を感じた。四季への入所は2009年の若手だが、聞けばすでに「夢から醒めた夢」のエンジェルなども演じているという。期待の若手だ。

どんな名作でも、時間の経過と共に内容の解釈も変わればいろいろな見方が出て来る。常にいろいろな角度から作品を見直すことの必要性、それをどう観客に伝えるか、というごくシンプルな問題を、劇団四季は今回の舞台が提示した。やはり、「芝居は生き物」なのだ。

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2011. 6.05掲載

こんにちは赤ちゃん 2011.06 赤坂ACTシアター

伊東四朗一座と三宅裕司の熱海五郎一座の合同公演で、今回は「三宅裕司生誕60周年記念」と銘打っての公演である。役者の還暦のお祝いに、観客が入場料を払うというのは人を食った話だが、こういう仕掛けそのものがすでに「笑い」のスタートなのだ。伊東四朗、三宅裕司を中心に、コント赤信号の渡辺正行、小宮孝泰、ラサール石井の面々、小倉久寛、春風亭昇太、東貴博らのお馴染みのメンバーに、今回は真矢みきがゲストで出演する豪華な顔ぶれである。テレビのお笑い番組の多くが、関西系のタレントや芸人で占められている昨今、きちんと作り込まれた「東京の笑い」、「東京の喜劇」とも呼べる舞台は貴重であり、贅沢でさえもある。それは、出演者が豪華だ、ということだけではなく、こうした創り方をする芝居がほとんどなくなって来ているからだ。昭和の伝統を引き継ぐ「笑い」の孤塁を守るという言い方は大袈裟かも知れないが、つい三十年ほど前までは東京の町に溢れていた笑いが懐かしく、愛おしく思えるほどに「喜劇」を巡る状況が変わった、ということだ。

その中で、伊東四朗と三宅裕司のコンビが絶妙としか言いようのない掛け合いで見せる笑いは、そこいらの駆け出しの漫才師やお笑い芸人の技量を遥かに超えるものがある。歩んで来た道こそ違え、生の舞台で長年鍛えた経験と、何よりも笑いに関するセンスが非常に似ていることがその理由だろう。今の60歳は現役バリバリだが、三宅裕司が日ごろにも増しての熱演で、これは評価したい。共演者たちが手一癖も二癖もある笑わせ屋で、隙あらば自分で笑いを取ろうとする中で、必死に舞台をまとめようとする行為が、わざとらしくない笑いを産む。これは計算してできるものでもなければ、一朝一夕にできる技でもない。対する伊東四朗は、変幻自在とも言える芝居で、舞台の調和をきっちり守りながら、しっかりツボを押さえた芝居を見せる。カーテンコールのトークで「ぼけ方が芝居なのか本物なのか分からない」と突っ込まれていたが、そう見せることをきちんと計算された笑いである。こうした丁寧な創りをする舞台が少ないだけに、その価値を認めたいのだ。かつて、テレビのコント番組で二人で切磋琢磨した経験が、今もこうして生きている。このメインの二人に絡む人々は、何とか食い込もうと必死に芝居をする。それが当たる時もあれば、二人にかなわない時もある。その駆け引きも面白い。

こうした喜劇のストーリーを細かく説明することにさして意味はないだろう。寂れてつぶれかかった遊園地を活性化させるために、ショーで呼んだ売れない芸人をUFOに誘拐されたことにして話題づくりにしようとするが、実際にUFOに誘拐されてしまい、最後はUFOまで出て来るという、言ってみれば馬鹿馬鹿しい話だ。しかし、こういう時代だからこそ、観客が安心して笑える芝居が必要なのだ。それも、下ネタの羅列や、人の揚げ足を取ってどうでもいいような突っ込みをしている「下賤な」笑いではなく、良質の笑いが。もちろん、予定調和の部分もある。しかし、それで構わない。劇場で過ごす二時間半の間、浮世の憂さを忘れ、腹を抱えて笑わせることがこの芝居の目的であり、それは達成されたと言えよう。

初参加の真矢みきが予想以上の健闘を見せたのは好もしかった。宝塚ばりの大階段から降りて来て、どんな歌を聞かせてくれるかと思えば、CMソングのメドレーと来た。それもさることながら、彼女にコメディのセンスがあることを知らしめた舞台でもあった。各共演者もそれぞれの味わいを見せていたが、今回は春風亭昇太になかなか科白を言わせなかったというのも趣向だろう。

今、日本は決して明るい状態ではない。だからこそ、一時でも明るい笑いが必要なのだ。良い芝居に出会えれば、少なくとも二週間は幸せでいられる。今最も必要とされている笑いが溢れている舞台だ。

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2011. 5.17掲載

前進座創立八十周年記念公演 2011.05 国立劇場

単独の劇団が八十年もの歴史を重ねるのは容易なことではない。しかも、歌舞伎の封建制に叛逆して、歌舞伎の大部屋役者たちが創ったという特殊な性質の劇団である。こんにちに至るまでの劇団員をはじめとする関係者の苦難だけでも何冊もの物語ができることだろう。そのうちのいくつかは、私も実際に創立メンバーから聴いている。この劇団の観客となって三十年以上が経つが、記念公演で一番印象に深いのは、歌舞伎座で行った「創立五十周年記念公演」である。「第一世代」と呼ばれる創立者を中心としたメンバーが、叛旗を翻した歌舞伎の本丸である歌舞伎座の舞台を踏んで故郷に錦を飾るべく、最期の光芒を見せた舞台だった。それからすでに三十年。今は第一世代の子息たちの第二世代から、その子息の第三世代が劇団の中心となって運営している。

そうした節目を迎え、その決意をきっぱりと表明した「創立八十周年記念 口上」を感慨深く聴いた。ただ「おめでたい」というだけではない。劇団創立の前年に生まれた中村梅之助や嵐圭史、いまむらいづみなどの「第二世代」の中核を担う三人が、来るべき時代の前進座を、第三世代に託すという宣言をした。即刻引退するという話ではないが、満員の客席を前に、劇団の決意を口上で示す辺りが、いかにもこの劇団らしいことだ。同時に、第三世代の年代である私が、これから前進座の芝居をどのように観て、それを観客に伝えてゆくのか、それを心せよという刃を突き付けられた想いでもあった。

一本目は第三世代で昨年、亡父・嵐芳三郎の名を襲名した七代目芳三郎の「唐茄子屋」。落語ネタの人情噺で、前進座では昭和三十三年に初演している。落語を歌舞伎に移したものは、他にも「芝浜の革財布」や「人情噺文七元結」など、前進座の財産演目の一つであり、この「唐茄子屋」も、先代の芳三郎が得意としていた芝居だ。今回はいまむらいづみや村田吉次郎など大ベテランの手を借りて、当代の芳三郎が演じる。役者は襲名すると芸が巧くなるとは良く言われるが、芳三郎の芸の寸法が急に伸びたのを感じた。これは嬉しいことだ。具体的に言えば、根っから調子の良い柔らかさが嫌らしくないのが良い。遊び過ぎて勘当になっても「若旦那ぶり」が抜けない様子を見せることで、酸いも甘いも噛み分けたおじさん夫婦との対比がくっきりするからだ。自らが第三世代の中核の一人として、これからの劇団を支えて行くという覚悟もあるのだろう。好演だ。

記念口上の後は、「秋葉権現廻船噺」。前進座が創立後まもなくの昭和九年に、当初のメンバーが演じて以来の上演である。本来は長い作品を、二幕にコンパクトにまとめた渥美清太郎のテキストレジーが、今でもわかりやすく生きている。同じ国立劇場主催の歌舞伎公演で、「百何十年ぶりに復活上演!」などと銘打って、四時間もかけてダラダラと歌舞伎を上演することがあるが、こちらの方が時期が古いにも関わらず、よほど近代的な視線でまとめられており、面白い。他愛のない話だと言えばそれまでだが、芝居とは元来そういうもので、この作品などはまさに歌舞伎の荒唐無稽さが溢れている作品だ。河原崎国太郎が、祖父の先代国太郎が演じた牙のお才という女盗賊を演じているが、だんだん年増の色気が出て来た。盗賊の代表格とも言うべき日本駄右衛門は嵐圭史。スケールの大きさを評価したい。大詰めに中村梅之助が顔を見せ、芝居を締め括る。この場面が、満員の観客の前で第二世代から第三世代へバトンを渡す儀式に見えたのは、私だけではないだろう。

長年の歴史を持つ劇団であればあるほど、世代交替が容易に進まない、または後進が育たないなどの悩みは多い。前進座にもそうした側面がないとは言えないだろう。しかし、先人たちが悩み苦しみながら知恵を絞り、今の八十年がある。これを九十年、百年に延ばして行くには、客席の第二世代に近い観客の年齢層を、いかに第三世代に近づけて行くか、だろう。歌舞伎からストレート・プレイ、時代劇、ミュージカルと何でもできる前進座が、これから知恵を絞るのはそこだ。私の年齢は、ちょうど前進座の第三世代に当たる。創立百周年を迎えた公演に、盛大にお祝いができる観客の一人となりたいものだ。

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2011. 4.25掲載

紅姉妹 2011.04 紀伊国屋ホール

「紅姉妹」という艶めかしいタイトルで、演じるユニットの名が「3軒茶屋婦人会」とあれば、何となしに嬉しい気持ちで劇場へ出かけたくもなる。しかし、この「姉妹」も、「婦人会」も、全員男優である。だからがっかりした、とは言わないが。篠井英介、深沢敦、大谷亮介の名だたる「3怪優」に、わかぎゑふが脚本を提供し、G2が演出をしている。2003年に立ち上げたこのユニット、「ヴァニティーズ」、2006年の「女中たち」、2008年の「ウドンゲ」を経て、今回が4回目の公演だ。いずれも売れっ子たちだけに、スケジュールの問題もあるのだろうが、「仲良しのお道楽」になっていないのが大したものだ。ともすると、そういう傾向に走りがちだが、そうならずに一本の芝居としての質を問うあり方は、いっそ清々しい。ということは、そうではない物がいかに多いか、ということでもある。

舞台はニューヨークのソーホーにある小汚いバー。2012年の春に、御年90歳前後と思しき老婆・ミミ(篠井英介)とベニィ(深沢敦)、ジュン(大谷亮介)の三人がよれよれの状態で集まっている。どうやら姉妹のようなのだが、この時点では三人の関係性は良くわからない。これがこの作品のミソで、場面が変わるごとに10年ほど時代が逆行し、三人の関係性がだんだんに明らかになり、さらには予想外の事実までもが飛び出す。

観客にとっては、設定の面白さもさることながら、この想定外の裏切られ方が面白い。細かな内容を書いてしまうとこれから観劇予定の人々に気の毒なので詳細は省くが、この芝居の最終場面は1945年、すなわち終戦の年である。当然、三人の女性も若くてピチピチしている。(物理的にピチピチしている役者もいる)この年に起きた事件を、観客はフィルムの逆回しを観るような形で、結末から遡って観ることになるのだ。

「女形」として多くの作品を演じ、役者の活動を続けている篠井英介、どこまでも男優として女性を演じる大谷亮介、その間を行ったり来たりする深沢敦。この三人の取り合わせの妙が活きている。三人のタイプがまったく違っており、女性を演じるという共通項、もう一つ言えば「何か面白いことを企もう」という共通項でつながっていることが、彼らの芝居のクオリティを維持しているのだ。女形の技術の巧拙という意味で言えば、篠井英介に一日の長があるのは当然だが、深沢敦の開き直り方も堂に入ったものだ。

もう一つ言えば、どんな容貌であろうが、「女性」を演じることで縛りをかけ、ある種の制約の中でどこまでのパターンが見せられるかという実験としても面白い。今回の芝居について言えば、三人の爺さんでは成立が不可能だし、面白くも何ともない。また、歌舞伎の専売特許のように扱われ、特殊な場所に置かれていた「女形」というものが、美醜や容貌、色気といった歌舞伎の解説書の定番項目だけでないものでも充分に成立するのだ、ということを演劇史の時間を遡って見せてくれている部分もある。

「怪優」の名が相応しい個性だけに、場内は爆笑の渦だ。その笑いの中でだんだんに真相を見せてゆくわかぎゑふの脚本の展開が巧みである。最後になると、終戦当時に日本人が抱えていた多くの悲劇の中の一つが、くっきりと浮かび上がって来る。それと同時に、三姉妹の関係性がどうして発生したのかが、解決される。

演劇界のさまざまな垣根が取れ、ジャンル分けが意味をなさない今、多くの役者が交流し、いろいろな形式の舞台ができるのは、こうした化学反応を起こすには絶好の機会だ。紀伊国屋ホールという劇場の大きさも手ごろで良い。このユニットは、4回の公演を持つのに、8年かかっている。人気も腕もあるメンバーだから、公演を打てばチケットは売れるだろう。しかし、あえて注文をしたいのは、このペースを守ってほしい、ということだ。毎年定期的に、となれば消耗せざるを得ないし、演出のG2を含めてみんながマンネリ化する速度は早まる。毎回の芝居のハードルを上げ、「今度はこういう手で来たか」という作品にするにはちょうど良いペースであると同時に、観客にとっても、2年か3年に一度のイベントとして「おっ、今年は婦人会の公演があるのか」という感覚が、このユニットにはしっくり来るような気がするからだ。三人が毎年顔を合わせるのが「クドイ」という意味ではない。しかし、ここまで書いて、そんな気分も少しあるような気がした。この三人が持つ「甘美な毒」が観客の体内で薄まり、また味わいたくなるには、やはりこのペースが良いのだ。

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2011. 4.24掲載

「帰れ、いとしのシーバ」 2011.04 紀伊国屋サザンシアター

タイトルにある「シーバ」は、舞台には登場しない。主人公夫妻が可愛がっていた犬の名前である。「シーバ」は、二人にとっての幸せな時期の象徴であり、心をつなぐキーワードだ。この芝居は、アメリカのウイリアム・インジの作品だが、インジの芝居を観るのは久しぶりだ。テネシー・ウイリアムズやアーサー・ミラーと同年代のアメリカの劇作家で、この作品の他にもマリリン・モンローの「バス停留所」や「ピクニック」などの映画の原作を提供している。老年を迎える前に自ら命を絶ってしまったことなどもあり、こと劇作について言えば、他の作家に比べると埋もれてしまっている感がある。しかし、作品は佳品とも言うべきものを遺しており、三十年ほど前に、八千草薫の主演で「階段の上の暗闇」などを観た記憶がある。

さて、「帰れ、いとしのシーバ」である。平和な暮らしをし、中年を迎えたカイロプラクティックの施術師ドックとローラ夫婦の家に下宿をしている若い画家志望の女性マリー。謹厳実直な主人の目を盗んでは、近所のボーイフレンドのタークと遊んでいるが、恋人が迎えに来て、手を携えて帰ってゆく。これだけを書くと、これで芝居になるのか、という話だが、実はこの夫婦の真昼の柔らかな陽射しを思わせる生活は、大きな挫折を乗り超えて手に入れたものだった。しかし、また、平穏な日常の中に暗い挫折の影が差す。

アメリカ中西部の古い家を舞台にした二幕の芝居で、晩春の十日にも満たない日常生活が切り取られているこの芝居だが、一家の主であるドックは重度のアルコール依存症で、断酒の会に入って間もなく一年を迎えようとしている。ローラの悩みの種だったこの問題も、そろそろ解決に向かおうとしていたのだが、そこに見える平穏な生活は、来客用にとりつくられたテーブルセットのように儚いものであり、ドックは再度アルコールの淵に落ち込んでしまう。

樫山文枝が演じるローラに、たっぷりとした生活感と、中年の妻の気だるさが良く表れている。これは好演だ。もっとも、考えてみれば当然の話で、私が子供ごころに覚えている「おはなはん」からもう四十以上経っており、今や民藝を背負って立つ大ベテランの一人である。西川明のドックも、いかめしい中にふと垣間見せる心の隙や弱さが、年輪を感じさせる。このベテランに、マリーの渡辺えりかや、タークの齊藤尊史が「胸を借りる」感じでぶつかってゆくが、今回の舞台で勉強できることは多いはずだ。

気になった点が一つある。演出の兒玉庸策の視点が、いささか神経質すぎる嫌いがある。台本に忠実、真面目な演出である一方、ハンドルの遊びがほしいところだ。具体的な例を挙げれば、幕が開いて一家の主人であるドックが登場し、いろいろな行動をするが、それがあまりにも細かすぎて、「癇性」のようにも見え、最後の崩壊の予兆をすでに感じさせかねない。この段階ではまだその部分を観客に感じさせない方が、後のショックが効果的になるのではないか。緻密にインジの原作が書き込まれており、原作に丁寧に向き合って演出をしたということかも知れないが、一考の余地はあるだろう。

新しい芝居がどんどん生まれ、アメリカやイギリスなどではなく、ほとんど世界中の芝居が日本で観られる時代になった。その中で、こうして過去の名作を新たな解釈や試みで上演するところに民藝の芝居に対する姿勢がある。新作を生み出す一方で、過去の名作にも目を配ることは、言うは易いがなかなか難しい。今の演劇界は多くの要素で冷え込みが激しく、これから観客にどんな芝居を提示するかが一番大きな問題だ。その中で、民藝が一貫して示して来た方向性は、最もオーソドックスである代わりに、難しかったはずだ。しかし、その軸がぶれずに今もこうして評価を受けていることが結果である。幾多の名優を輩出し、伝説的な舞台の数々を残して来た民藝が、これから若い世代と共にどういう形で芝居を創りあげて行くのかが、今後の大きな問題だろう。これは、こと民藝だけの問題ではない。

今回の芝居で「シーバ」という姿は見えないが「幸福」を象徴する犬がキーワードであるように、これからの民藝は何を「シーバ」としてゆくのか。観客はここを見届ける必要がある。

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2011. 4.20掲載

CLUB SEVEN 2011.04 シアタークリエ

ダンス、コント、ミュージカル…。今の演劇界において、そうしたジャンル分けはさほど意味を持たない。「エンタテインメント」で良いのだ。この舞台、2003年に品川プリンスホテルで最初の公演を持ち、今回のシアタークリエで七回目の公演になる。「CLUB SEVEN」というユニットの名前の数だけ公演を持てたということだ。ミュージカルで活躍の玉野和紀がトータル・ディレクターとして牽引の役目を担い、メンバーはその都度入れ替わりはあるものの、今回も腕に覚えのある人々から若者までが集まった。涼風真世、吉野圭吾、東山義久、西村直人、原知宏、相葉裕樹、佐々木喜英、遠野あすかと全9人である。今回は、「東日本大震災」の影響のせいか、プログラムに掲載してある内容とは若干違っているが、基本的にはダンスや唄の間にショート・コントを挟む第一部と、ミニ・ミュージカル「妖怪」に、この公演の目玉とも言える「50音順ヒットメドレー」の第二部で構成されている。

ここでコントの細かな批評や各楽曲について批評をすることに意味はない。僅か15分の休憩を挟んで実に3時間、唄うか踊るか喋るか芝居をするか、とにかく出演者全員が大汗を流しての公演である。息をつかせぬ、とはこのことだろう。ニヒルなイメージの吉野圭吾に高校の学生服を着せてみたり、原知宏に可愛くない女装をさせてみたり、と、思いつく限りの「大人のいたずら」を舞台で見せている感じがあり、それが面白い。こうなると、理屈ではないし、難しい演技論を振りかざす必要はないのだ。寄ってたかって騒いでいるだけで終わってしまえば問題だが、ミュージカル俳優としての実績を持つ役者が多いだけに、聴かせるところは聴かせ、踊るところは見せる。ショーのあらゆる部分を詰め込んで、観客を満腹にさせようという試みだ。

第一回目から全公演に参加している西村直人の個性が面白い。真面目にやっているのだが、ふとした瞬間に漂う脱力感のようなものが、舞台の一つのエッセンスになっている。涼風真世にしても、帝国劇場の大型ミュージカルで見せる顔とは全く違い、大人の大騒ぎを楽しんでいるようだ。阿波踊りではないが、演じる方も観る方も、楽しまなければ損な舞台で、そこにこの公演の意義がある。

第二部の「50音順ヒットメドレー」には感心した。まずは、いささかのこじつけはあるものの、CMソングまで幅を広げて、これだけの曲を良く探して来たものだ、ということ。フルコーラスではないし、代わる代わる唄うにしても、50分にわたってノン・ストップで良く唄った、この二点だ。一つ言うとすれば、15分の休憩で3時間の公演は長い。もう15分短くまとめても良いだろう。また、公演全体の方向性や、ここに何が加えられ、何が削れるかなどの考慮の余地はある。ただ、こうした「ショー」が一つの公演形態として今の演劇界に定着しつつある、というのが今回の公演の最も大きな功績と言えよう。

東日本大震災」という、誰も経験したことのないような災害に見舞われ、演劇界も大きな打撃を受けているのは事実だ。これは、演劇界に限ったことではなく、あらゆる産業に通じることだろう。しかし、いつも明るい夢や希望、楽しみを提供する仕事であればこそ、元気を出して舞台を見せ、お客さんに明るい笑顔で劇場をあとにしてもらうのは、演劇人の大きな役目である。この公演が、すぐに災害の復旧に即効性があるわけではないが、下を向きたくなる時に、こういう明るく笑えるショーがあるのは救いだ。

たまたま私の後ろの座席には小学生とおぼしき少年が座っており、お母さんと共に大笑いをしていた。大型ミュージカルも良いが、こうしたショー形式のステージが、これからの演劇界の一つの潮流として、小学生の観客が大人になった時に、上質のエンタテインメントになってくれればよいのだが。

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2011. 4.18掲載

欲望という名の電車 2011.04 パルコ劇場

翻訳劇の場合、訳者が変わるとこうも舞台の色合いが変わるのであろうか、というのが正直な感想だ。「アメリカ演劇の代表作は?」と聞かれれば、多くの演劇ファンがこの芝居の名をその一つに挙げるであろう「欲望という名の電車」。テネシー・ウィリアムズの代表作の一つは日本でも人気で、文学座の杉村春子を筆頭に、青年座の東恵美子、新派の水谷八重子、俳優座の栗原小巻、円の岸田今日子、樋口可南子、大竹しのぶ、女形の篠井英介まで、錚々たる顔ぶれが上演している。最も多く上演し、私自身が最も多く観たのも杉村春子のブランチで、日本の「欲望…」は、杉村でなくては夜も日も明けぬ、という時代があったのは事実だ。とは言え、杉村春子や東恵美子のブランチを、現在の観客に提示することはできない。平成23年の今、渋谷で上演されている「欲望…」を観客はどう観るのか。

今回の舞台は、小田島恒志が2002年の大竹しのぶがブランチを演じた折に新たに訳し直した台本を使用し、それを松尾スズキが演出したものである。鳴海四郎に始まり、自分の父親である小田島雄志の翻訳が長い間「スタンダード」とされていた中での新訳台本には、訳者ならではのこだわりが相当にあり、2002年の上演時には見えて来なかったものが、今回の舞台でだいぶはっきりと見えたように感じた。例えば、土地の名前などの固有名詞一つにも訳者なりの解釈がある。演劇には「同時代性」が必要であり、約60年前の初演当時の台本を今でも何の疑問もなく使用していることが正しいとは思えない。その一方、そうした台本で先に列記した俳優の「欲望…」を長年観続けて来た私には、違和感があるのも否定はできない。

ニューオーリンズの「天国」という下町に住むステラ夫妻を訪ねて来た姉のブランチ。学校の教師で独身だが、休暇で出て来たという。実家は南部の大農園「ベル・レーヴ」で、そこを手放してしまい、今は一文無し。しかし、上品な身づくろいや繊細な感性がステラの夫のスタンリーには気に入らない。その軋轢が増し、スタンリーの手によってブランチの正体が露わにされた時、ブランチが崩壊する…。この芝居を、典型的な悲劇としてではなく、至るところに「笑い」の要素を含んだ芝居として捉え直し、訳し直したのが新訳の特徴である。

ブランチは秋山菜津子、スタンリーは池内博之、ステラは鈴木砂羽、ミッチはオクイシュージ。確かに、松尾スズキの演出は新しい脚本に忠実に、その内容を活かそうとした演出である。しかし、登場した瞬間とほぼ同時に、秋山のブランチが「天国」に住む人々とほとんど差異なく溶け込んでしまうような感覚は明らかに違う。脚本を丁寧に読んで行けば、確かに登場後すぐの時点で最後のカタストロフに向かう「狂気」の予兆は観て取れる。しかし、ここまでブランチの性格をエキセントリックにしてしまうと、単に虚言癖のある気の狂った姉が、下町に住んでそれなりに楽しくやっている夫婦や友達の生活を引っ掻き回して、その挙句に精神病院へ連れられて行くだけの話になってしまう。この芝居の面白みは、ブランチの「高貴なる装い」が、野卑で下品なスタンリーによって徐々にボロを見せ、狂気へ転落するまでの「駆け引き」にもあるはずで、そこが良く見えなくなってしまうのだ。ブランチの「嘘」がだんだんに露わになってゆく駆け引きの妙を役者同士の科白のやり取りでもっと観たかったが、残念だ。観客も「もしかすると、この人は本当に金持ちなのかも知れない」と騙される瞬間があるぐらいの方が良い。秋山のブランチはその点で最初から最後まで「同じテンションで走りっぱなし」というイメージがある。新しい翻訳への挑戦だけに、惜しい。

スタンリーの池内博之。粗野で下品だが逞しく魅力的で、見かけによらない繊細な部分もある。この厄介な性格のうち、意外なことに「繊細さ」に新しい発見があった。野卑で下品というのは演出の小ネタで見せる部分が大きく、彼が本来持っている役者の魅力は、見かけよりも濃やかな神経にあるのではなかろうか。そんなことを感じた。

三人の中では、鈴木砂羽のステラが最も良い。今までの多くのステラが、ブランチに対する従順で可愛い妹に徹していたのに対し、彼女のステラは時に堂々と姉・ブランチと渡り合い、今の暮らしに根をおろしている強さを感じさせる。造り物のお人形のようなステラではなく、ブランチとはやはり血のつながった姉妹なのだ、と納得させる感情の起伏の激しさや淫蕩な部分が見え隠れするのが面白い。

新しい発見もあり、首を傾げる部分もある、というのがこの舞台の結論だ。しかし、これを否定しては演劇の前進はない。次の上演の折にどう変容するのか、そこに期待を残しておこう。

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2011. 2.28掲載

「女殺油地獄」の陰影 2011.02 ルテアトル銀座

青年が持て余したエネルギーの発露の場がなく、それが暴発した一連の行為ではなかったのか。市川染五郎が演じる「女殺油地獄」の河内屋与兵衛を観て、そう感じた。現行の上演では油まみれになってお吉を殺すまでで終わりにするのがほとんどだが、今回は齋藤雅文の補綴で、上方の風景や町家の雰囲気を尊重しながら、殺人後の「逮夜」の場までをテンポ良く見せた。「逮夜」を観るのは二十年以上前に、前進座で先代の嵐芳三郎が演じて以来のことで、久しぶりだ。

この芝居は、歌舞伎の解説本などで、よく「現代の青年像に通底するものがある」という取り上げ方をされる。確かに、その場その場で都合の良い嘘をつき、犯行を重ねてゆく与兵衛の刹那的とも言える姿だけを観ていれば、そうなのかも知れない。しかし、与兵衛という男を囲む状況を眺めてみると、紛れもなく江戸時代、なのである。上方の商人の暮らしの中の「義理」、生さぬ中の親子の「義理」、男同士の「見栄」、それらの柵と狭い世間の中で、どこへ飛んでゆけばよいのか、自分でも計りかねて暴発せざるを得なかった与兵衛の姿が浮かんで来るのだ。与兵衛の父は、実父ではない。先代の主人の奉公人である。それがために、与兵衛は「息子」でありながら、かつて仕えていた主人の子、という遠慮がある。母は実母だが、それゆえ今の夫への遠慮がある。こうした互いの義理に縛られている家庭環境が、与兵衛を生んだのだ。これは、「平成時代」には滅多にない環境だろう。

野崎参りへ向かう人々が行き交う花見の土手で幕が開く。その賑やかさの中には、後に起こる惨劇の予兆は何もない。しかし、与兵衛が登場してから、急速に悲劇の色合いが濃くなる。染五郎の与兵衛は、ぞろりと着物を着こなし、いかにも遊治郎然とした姿が良い。上方の芝居だが、科白のアクセントも気にならない。今までは若さ一直線で演じていたが、今回は与兵衛の中にその人間の姿が感じられる。具体的に言えば、与兵衛は罪を犯すたびに反省もすれば、親のありがたみもわかる。その一方で、目の前の問題を片づけるために、人妻に「不義になって貸してくだされ」と借金を申し込む。最後の逮夜の場では、犯行が露見して、縄につく。引き立てられながら歩く与兵衛の顔には、冷たい薄笑いさえ浮かんでおり、反省の色など微塵もない。これらの行動をつなげてゆくと、矛盾した人格のようだが、どの与兵衛もその瞬間の気持ちは本気であり、嘘偽りはない。前後の行動と矛盾していることを、本人自身が感じていない、あるいは信じていないからだ。この人間像を見せたところが、以前と比べて大きく進化したところだろう。十年ぶりに演じた今回の役で、その成長の姿をくっきり見せた。

市川亀治郎のお吉が予想以上の出来を見せた。まずは釣り合いが良い。子を持つ女性の成熟した色気がもう少し漂えば、さらに良かっただろう。しかし、与兵衛に対してきっぱりと物を言う商家のおかみとしての姿が良く描けていたのは成功だ。見せ場である油の中での殺しの場面では、染五郎と共に身体を惜しまずに、暗闇での恐怖感を見せる。今の我々は、暗闇というものを体感しにくい時代になった。か細い灯りが消え、油がこぼれて足を取られ、思うようには動けない。樽が倒れ、油が流れる音、与兵衛と自分の息遣いの音の中で殺される恐怖、である。

与兵衛の両親は坂東彦三郎と片岡秀太郎である。秀太郎は、兄の仁左衛門が一昨年一世一代で演じた「女殺油地獄」で同じ母親のおさわを演じており、上方の商家の品の良さと情がある。徳兵衛の彦三郎はいささか科白がもたつくが、実直さが身上である。

歌舞伎座再建中のため、現在、いろいろな劇場で歌舞伎公演が行われている。このル テアトル銀座もその一つだが、そこで気付いたことを書いておこう。この劇場は歌舞伎のために造られた劇場ではないから、花道は仮設だが、問題はない。むしろ、舞台の間口が、歌舞伎をリアルに見せるためにはちょうど良い寸法である。また、客席の中を与兵衛が歩きながら通る演出が、観客との距離感をより近いものにしている。歌舞伎座や国立劇場などの大きな舞台の歌舞伎を見慣れた眼には新鮮に映るし、江戸時代のことを言えばこの寸法でも広いほどだ。また、劇場を移したことから開演時間のバリエーション、上演時間の短縮を図り、夜の部の開演が16:30、18:30という二通りにした工夫が大きい。従来の歌舞伎ファンを逃さず、新たに勤め帰りの若い観客をも歌舞伎に誘導できる仕組みだ。また、上演時間も休憩を挟んで2時間30分にまとめ、役者も観客もそう負担にならない時間の設定にした。

いろいろな意味で、本来の歌舞伎が持っている柔軟性や自由さを、改めて観て、その成果を感じた想いである。

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2011. 2.24掲載

「南へ」2011.02 東京芸術劇場中ホール

結論を先に言う。今の若い人を中心に、ぜひ見せたい芝居だ。ここ何作かの野田秀樹の芝居の中では、最も完成度が高く、なおかつ多くの問題を孕んでいるからだ。この「南へ」というタイトルも非常に象徴的な意味を含んでいる。野田秀樹も出演はしているものの、この芝居に関して言えば、出演者と言うよりも作家としての比重が遥かに大きい。「野田地図」の乾坤一擲とも言うべき芝居だ。

舞台は「無事山」という、今にも爆発しそうな火山の測候所を中心とした物語である。そこへやって来た一人の男・妻夫木聡。能舞台の橋掛かりを歩くように登場するが、芝居が巧くなった。今でもはっきり覚えているのだが、彼がこの「野田地図」の「キル」で初舞台を踏んだ時に、「素直に下手なところに好感が持てる。意外に舞台向きの役者かもしれない」という主旨の批評を書いた。それからの間に、役者としての逞しさを増し、一回り大きくなっていたのが嬉しい。彼に対する蒼井優の嘘をつきまくる女が、いかにもエキセントリックで、渾身とも言えるエネルギーで芝居にぶつかる。幕切れ近くの悲痛な叫びは、耳に残る。若い二人の好演に、渡辺いっけい、藤木孝などのベテランが絡む。藤木孝の怪しさは、他に変え難い面白さだ。

私がなぜ、この芝居を「若い人を中心に見せたい」と言うのか。2時間を少し超えるこの一幕の中に、我々がなおざりにしていることや、考えずにすませていることが、たくさん散りばめられているからだ。日本における「天皇家」の問題に始まり、マス・メディアのあり方、戦争、北朝鮮の問題、ひいては「日本人というもの」「自分は誰なのか」といった歴史的・政治的・哲学的問題が山盛りになっている。

例えば、我々は「天皇家」というものに対して、年始や天皇誕生日の一般参賀の折に発せられるお言葉、あるいは週刊誌が報道している「跡継ぎ問題」や皇太子妃殿下のご体調に関する話題を中心に知っているのが一般的だろう。しかし、野田秀樹は、「この国は、天皇家を利用した詐欺の歴史である」と芝居の中で言い切っている。この言葉だけを取り出すといかにも過激に聞こえるが、その事実が厳然と存在したのも確かだ。数年前に宮家の名を騙って詐欺を働いた男女が逮捕されたのは、いくら忘れっぽい日本人でも記憶に残っているだろう。こうしたことは、千年以上も前から手を変え品を変え行われていた日本人の「お墨付き」に対する憧れから出ている行為であることを看破して、先の科白にしたのだ。戦国時代に、多くの武将が家系図をいじり回し、何とか天皇家に結び付けようとしたのは周知の歴史的事実だ。これは是か非かの問題ではない。この事実をどう受け止めますか?という作者の、観客に対する問題提起なのである。同様に、先に挙げたような問題が、次々に観客に問い掛けられる。

ただ、惜しいのは野田秀樹の才気煥発な筆が走り、想いが溢れすぎてしまっていることだ。速射砲のように繰り出される大きな問題やテーマを、観客が拾い切れないうちに、どんどん新しい事象が起きてしまう。これが今の世の中の、あるいは野田秀樹独特のスピード感なのだ、と言ってしまえばそれまでなのだが、どれもが大切かつ重要な問題だけに、残念だ。泣いて馬謖を切る想いで、一つか二つテーマを減らせば、より濃密な芝居になっただろう。あるいは、濃密さを嫌う風潮の時代にはそれは向かない、と作者は考えたのだろうか。

情報過多の時代の中で、情報を得ることは簡単でも、それらの情報をもとに「考える」ことをしなくなった我々がいる。マス・メディアが我々に届ける情報は、果たして本当に正確なのか。それは、日本の歴史の中でどういう意味を持っているのか。そうした思索を飛ばして次へ進んで行かないと時代に追い付けない一方で、思索をしないためにどんどん情報の渦に埋没していく自分がいる。では、「自分」とは、一体どこから来たどういう人間なのか。果たして、この劇評は、「南へ」という芝居のテーマを正しく捉えているのか。野田秀樹の挑戦である。

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2011. 2.12掲載

Endless SHOCK 2011.02 帝国劇場

「凄絶」、という言葉が頭に浮かんだ。一幕の幕切れに主演の堂本光一が激しい立ち回りの後で、二十段以上ある階段を転げ落ちる。俗に言う「階段落ち」である。その前に、抜き身の刀で激しい大立ち回りをし、激しい呼吸の音がマイクを通して聞こえて来る。その中で、一幕の最大の見せ場となる階段落ちがある。一見、華奢にも見えるこの青年が、疾走を続け11年目を迎えた今回の「Endless SHOCK」で上演回数も800回を超えると言う。毎年、いろいろな部分に手を入れながらバージョン・アップを重ねて来た舞台である。2000年に、彼が「MILLENNIUM SHOCK」で帝国劇場の史上最年少座長を勤めた折に、「演劇界の潮流が変化している」ことを感じたが、今やそれは大きなうねりの一つになった。

折から、今年は帝国劇場開場100周年という記念すべき年に当たる。開場記念日に当たる3月1日は、この舞台の上演中でもある。この舞台のテーマが「Show must go on」であるのと同様に、帝国劇場もまた、100年もの歳月を走り続けて来た劇場である。考えてみると、100年の歴史の中で、私は約40年にわたり客席の人となっている。もちろん、すべての公演を観ているわけではないし、帝国劇場の一世紀に及ぶ歴史に比べれば、私と帝国劇場の歴史など微々たるものに過ぎないが、それでも多くの名作や心に残る芝居を観て来た。その中の一割以上を、彼は、「SHOCK」を演じ続けている。これは、若いからできる、とか体力があるというだけの問題ではない。もちろん、それらは必須の要素ではあるが、何よりも「座長」として大所帯のカンパニーを引っ張って行くだけの「覚悟」がなくては勤まらない。それを承知の上で走り続けている堂本光一のエンターテイナーとしての魅力が、二か月の公演を満席にするのだろう。

フライングや和太鼓の演奏など、身体をギリギリまで酷使してファンの要望に応え、昨年よりも質の高い物を見せようとする姿勢には好感が持てる。これは同じジャニーズ事務所の植草克秀や内博貴など、同じ志を持つ多くの仲間に囲まれ、支えられているから出来る事でもある。本来、「芸能」の本質はここにある、と私は考える。観客に迎合するのではなく、ギリギリのラインでどこまで観客を満足させ、次への期待につなげるのか。文章にしてしまえば非常にシンプルだが、これを実行するのは至難の技、とも言える。人間にはどうしても「狎れ」があり、楽をしたいものだ。しかし、その感情や意識を抑え、観客の期待に応えるのは並大抵のことではない。堂本光一がこの若さにして、帝国劇場の座長を11年間勤めていられるのはここに想いがあるからに他ならない。そういう座長の姿を観ていれば、カンパニーはおのずとまとまり、一つの方向を向く。もちろん、細かな部分を見て行けば、まだまだ修正の余地も一考に値する部分もある。その中で、座長を含めたカンパニー全員が今日より明日、今年より来年への成長を目指し、努力していることが観客にとの間に呼応するのだろう。メンバーの中では、内博貴が昨年の七月の舞台よりも格段に存在感を増し、スケールが大きくなったことを書いておこう。死に物狂いの一ヶ月が大きく成長させたのだろう。昨年の舞台で垣間見えた戸惑いや遠慮のようなものがなくなった。心理的にも大きく成長を遂げた証拠である。

帝国劇場の百年は、日本の演劇シーンの百年の象徴とも言えるのだ。

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2011. 1. 8掲載

大人は、かく戦えり 2011.01新国立劇場 小劇場

 「子供の喧嘩親かまわず」という諺は死語になって久しい。今は、「子供の喧嘩に親が出る」どころか、モンスター・ペアレントなる親でもない子でもない未成熟な大人が跋扈する時代だ。どうやらこの問題に頭を抱えているのは日本だけではないようで、この作品は2006年にスイスで初演され、作者であるヤスミナ・レザの本国フランス、そしてイギリス、アメリカなど各国での上演を経て日本での上演となった。芝居の役割の一つは、時代の世相を映すことでもあり、どこの国でも同じような事情、ということだろうか。

 登場人物は二組の夫婦、四人だけである。お互いの十一歳の子供が喧嘩をし、一方が怪我をした。それをどう納めるか、という問題で話し合いが持たれている居心地の良さそうな、それでいて無理をして取り繕っているようにも見えるリビングルームでの一幕だ。どちらの親も社会でそれなりの地位におり、収入も教養もある。最初はお互いに非常に冷静にかつ紳士的に話し合いをしているのだが、そのうちに話が噛みあわなくなり、気まずい雰囲気が漂い始める。やがて、子供のことはどこへやら、お互いの夫婦のあり方を批判し出すかと思えば、夫婦喧嘩も始まり、先ほどまでの「仮面」を脱ぎ棄てて、人間の本性丸出しの醜い言い争いから、果ては取っ組み合いにまで…。一つ間違えば笑えない話題になりかねない問題を、作者のいささかシニカルな感性でコメディに仕立て、このところ好調なマギーが演出をしている。

 怪我をした子供の両親が段田安則・大竹しのぶ。させた方の両親が高橋克実、秋山菜津子。油の乗った役者たちの丁々発止のやり取りが面白い。最初は夫婦同士が相手の腹を探るところから始まるのだが、秋山菜津子のあるシーンをきっかけに大竹しのぶが暴発し、それからは大暴走になだれ込んで行く。公演が始まって間がないせいか、科白のやり取りの間や笑いのテンポなど、こなれていない部分も何ヶ所か見られたが、それぞれの登場人物が自棄になり、仮面を脱ぎ出すところが面白い。中でも、大竹しのぶの芝居が凄い。非常にエキセントリックに叫び、暴れる一方で、幕切れの一言でいきなり氷点下まで舞台の温度が下がる。この感情の振幅の広さは、他の女優には観られないものだろう。彼女の芝居はずいぶん観て来たが、今回は沸点を遥かに超えた摂氏180度の芝居もあれば、零下30度の場面もある。それが、一人の人間の感情の流れとして不自然ではないように見せるテクニックはたいしたものだ。高橋克実の人をいらだたせる傍若無人、無神経さは、役のイメージにぴたりと合っている。登場人物の中では最もバランスが取れているかのように見える段田安則は、裏を返せば優柔不断でその場を納めることだけに腐心している。しかし、それが切れた瞬間に本来の人物像を見せるところは、まるで遠山の金さんのようでもある。秋山菜津子は演出過剰とも思えるシーンもあったが、その一方で腹の底でぐつぐつと煮えたぎる感情が面白かった。

 その一方で、この作品の「罠」は、二組の夫婦がそれなりの教養人である、というところにある。表面的なものだけを観ていれば、喧嘩をした子供の真似を親がしている、という現代の問題を切り取った作品だが、それだけではない。なまじ教養がある人々だけに、その言葉や行動の端々に、現代の親の姿だけではなく、「人間」そのものが抱える問題をも作者は同時に提示している。それぞれが信じ、囚われている常識という形のないものがいかに不安定なものであるか、人によってその尺度がどれほどに違うか。もっと突き詰めて言えば、夫婦のありよう、人間のありようとして何が正しいと言えるのか。作者は、二組の夫婦の暴言や破廉恥な行動を通じて、それを観客に考えさせようとする。ある意味では、現代という厄介な時代を生きる我々の感情が、非常に複雑に入り組んだものになっており、舞台上の四人は、我々の身近な人々であったり、あるいは我々自身が必死に押し隠そうとしている姿の一部でもあるのだ。「笑い」のオブラートに包まれた芝居のテーマは、実は重い。

 ところで、この芝居の上演時間は休憩なしの1時間20分である。芝居の種類や書かれた時代にもよるが、3時間前後の芝居が多く、中には2時間以上休憩なし、という芝居もある。観客の生理を考えた時、私個人の問題ではあるが、今まで数千の芝居を観て来て、休憩を挟まない場合、観客の集中力の限界は1時間30分が限度ではないか、という体感を持っている。そういう点で、80分という上演時間は誠に心地よい。考えようによっては、実力のある四人の役者であれば、この芝居の後に休憩を挟み、キャストを変えて短編を一本上演して全部で3時間程度の構成という公演形態を取ることも不可能ではないだろう。しかし、上演時間の長さではなく、内容の密度で見せるという考え方でこの作品一本に絞っているのは英断であろう。

東京公演について言えば、チケットの代金は7,000円と4,500円だ。短いから安い、というだけの問題ではない。この忙しい時代に、夜の7時から10時までの芝居を観るのは体力的にキツイ観客もいる。仕事の帰りに濃密な芝居をサラッと観て、一杯呑むなり食事をして帰るにはちょうど良い時間であり、遠距離の観客にはありがたい話でもある。もう10年近く前のことになるが、交通の便が良いとは言えない劇場で、終演が10時を過ぎる芝居があった。若い女性の観客が多かったが、カーテンコールを観る間もなく、ハイヒールで脱兎の如く駅へ向かう観客が多かった。これでは、芝居の余韻に浸る暇もなく、気の毒極まりない。こうした観客の生理を考えた芝居も、今後の演劇界のあり方の一つではなかろうか。芝居の内容とは関係のない問題かも知れないが、芝居を創る側にも観る側にも大きな問題ではあるのは間違いない。結局のところ、芝居のライブの良さを味わうことは大切だが、量と質の問題が重要なのだ。これは、我々演劇人が考えるべき問題である。

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2010. 11.23掲載

マイ・フェア・レディ 2010.11 JCBホール

1990年に初演して以来、20年の歩みを経て、先月博多座で600回のイライザを演じた大地真央の最後の「マイ・フェア・レディ」卒業公演である。森光子の「放浪記」2017回をはじめ、ミュージカルでは松本幸四郎の「ラ・マンチャの男」1100回、森繁久彌の「屋根の上のヴァイオリン弾き」900回など、多くの上演記録を持つ東宝だが、作品ごとに数字の持つ意味合いは違うだろう。私がこの芝居を初めて観たのはちょうど40年前、1970年の帝国劇場公演である。その折のイライザは2代目の那智わたるだった。以後、上月晃、雪村いづみ、栗原小巻を経て大地真央に至るのだが、もちろん600回もイライザを演じた女優はいない。

2002年の中日劇場公演からは演出も西川信廣に変わり、「21世紀バージョン」と銘打って大幅に変更が加えられた。それ以来、8年の間にも細かな変更が加えられているので、変更点をいちいち列挙することはしないが、一言にするならば総体的な意味で「重厚」から「軽快」へ、である。手控えによれば、1990年に初めて大地真央がイライザを演じた時は、一幕が2時間、二幕が1時間10分となっている。今回は、一幕が1時間45分、二幕が1時間5分、全体で20分テンポアップした計算になる。このテンポアップを含んだ西川信廣の新しい演出を私は全面的に肯定するわけではない。ただ、20年という時間を切り取ってみても、観客の生理は言うに及ばず、時代の流れによって多くのことが変わって来たのは確かだ。

さて、大地真央のイライザである。20年前の初演を想い浮かべると、その当時は映画のオードリー・ヘップバーンを意図的に真似ているというイメージがあった。しかし、回を重ねることに、内部から滲み出るイライザの人間性や感情、愛情が加わり、一人の女性としての魅力や存在感が増し、立体的になった。これは明らかな進歩であり、回を重ねるごとに細かな部分を含め、いろいろな工夫を積み上げて来た結果だろう。それが、今回のラスト・ステージへの集大成へと向かって来たわけだが、いずれにせよ、世界中で愛されているこのミュージカルの名作の主役を600回以上演じ切ったことは評価に値する。

次いで、特筆すべきは上條恒彦のドゥリトルだろう。イライザの呑んだくれ親父で、1993年以来何回かの公演を除いて持ち役にしている。下層階級の住民ではあるが、その暮らしぶりが体臭として伝わって来るような、味のあるドゥリトルである。「運が良けりゃ」で軽やかな味を見せ、「教会へ連れていけ」では朗々と謳い上げて聴かせる。こうしたミュージカルにおいては非常に貴重な存在の役者である。

ヒギンズ教授の石井一孝は4回目、ピッカリング大佐の升毅は今回が初役である。石井一孝はだいぶ手慣れて来た感はあるものの、役者としての「貫目」が大地よりも明らかに軽く、上層階級に生きている男性としての感覚に欠け、マザー・コンプレックスの面だけが強調された感があった。この芝居には上流階級と下層階級との身分差を超える愛情が根っこにあり、その超え難い溝を超えた愛情というテーマがあるが、これ格差は存在しても階級の存在しない今の日本では理解のできない部分だろう。その代わりに、大地真央のコメディエンヌの部分を前面に押し出し、他の役者もそれにならったことが芝居の「軽快感」につながったのでもあろう。そこで、時代の変化と共にこの芝居の持っている本質的な部分が若干変化していることは否めないが、そうしたものを踏まえて、違う角度からスポットライトを当てた演出なのであろう。初役でヒギンズ夫人を演じた大空真弓がベテランの貫録を見せたことを付記しておこう。

芝居は時代と共に移ろうものであり、同じ芝居でも長い期間上演されていれば観客の感覚も変われば、芝居を巡る時代も変わる。シェイクスピアの芝居が様々な形で上演されて来ているように、その時代に合わせた上演の仕方を否定するつもりはない。しかし、今回の演出に関して言えば、軽快さを強調する余りか、本来は舞台装置などが語るべき芝居の厚みが薄らいでしまった感があるのが惜しい。しかし、この上演方法が「21世紀バージョン」なのであり、今の大地イライザが到達した、ある意味での「完成形」なのだろう。20年の歳月の移ろいの中で、共演者も様変わりし、演出も変わった。何もかも変らぬ物を求めてもそれは無理な話であり、芝居は常に変化と進化を続けるものだ。例えば、ピッカリング大佐を初演当時から1990年まで持ち役で演じた益田喜頓の「かろみ」と、升毅が今回初挑戦するピッカリング大佐の「かろみ」。言葉は同じでも内容はまったく違うし、現時点で比較のしようのないものを比べることに意味はないだろう。

行き着くところ、名作はやはり名作である。20年間にわたってこの役を演じ続けた大地真央と、この舞台の創造に関わった人々に拍手を贈りたい。

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2010. 11.12掲載

やけたトタン屋根の上の猫 2010.11 新国立劇場小劇場

戦後のアメリカ演劇を語る上で欠かせない作家のひとりであるテネシー・ウィリアムズの「やけたトタン屋根の上の猫」が常田景子の新しい翻訳、松本祐子の演出で上演されている。これは、今シーズンの新国立劇場の「JAPAN MEETS−現代劇の系譜をひもとく−U」シリーズの中の一本で、最初がイプセンの「ヘッダ・ガーブレル」、そしてこの芝居、次がソートン・ワイルダーの「わが町」、最後がベケットの「ゴドーを待ちながら」で、いずれも新訳での上演である。どの作品も日本の近・現代演劇に大きなインパクトを与えて来た作品で、この芝居にしても1955年の作品であり、今から55年前のものである。しかし、翻訳をし直すことにより、ただ言葉を今のものに直すのではなく、この芝居に込められている普遍性をもう一度洗い出し、検討してみようという試みだ。これは他の芝居にも言えることで、「名作」と呼ばれるものが長い歳月の間繰り返して上演されるのはなぜか、上演する側でその意味を探り、観客がそれをどう受け止めるのか。「古典の名作だから」と単純にありがたがるのではなく、その中から現代に通底する何が発見できるのか、である。

アメリカ南部の大農場の一室が舞台で、今日は一代で財を築いたビッグ・ダディ(木場勝己)の65歳の誕生日。ビッグ・ママ(銀粉蝶)、長男グーパー(三上市朗)・メイ(広岡由里子)とその子供たち、次男のブリック(北村有起哉)・マーガレット(寺島しのぶ)の夫婦が集まった広大な屋敷では、誕生日のパーティが行われている。健康診断で「健康そのもの」とお墨付きをもらったビッグ・ダディだが、実は余命いくばくもないガンに侵されており、ビッグ・ダディが偏愛する次男のブリックは、深く愛する友人の死のショックで、アルコール中毒になり、夫婦の関係にも破綻を来している。そんな中、それぞれがビッグ・ダディ亡き後、いかに自分に有利な遺産相続ができるかを考えるが、その一方で家族の赤裸々な姿がさらけ出されてゆく…。空々しく賑やかな一夜の中で蠢く家族の感情を描いたもので、最終シリーズを迎えた「渡る世間は鬼ばかり」も真っ青とも言うべきドラマだ。しかし、どこにでもある家族のもめ事を延々と描いていればすむ話ではない。その中に抱え込まれた苦悩や憎悪、嘘、欺瞞、世間体などの「生」な感情が裸でぶつかり合い、火花を散らしながらそれぞれの人物の葛藤を見せるところがこの芝居の眼目だろう。

舞台には大きな寝室がでんと据え付けられている。かなり豪華ではあるが、洗練された趣味とは言えないところに、この屋敷の主であるビッグ・ダディの性格が垣間見える良い装置だ。学問はないが、上昇志向のエネルギーで今までの身分にのし上がり、莫大な財産を手に入れた男の、下司になり兼ねない際どさが家の中に漂っていることがわかるからだ。それを象徴するように、子供たちの嫁であるメイもマーガレットも蓮っ葉で意地が悪い。一幕をほぼしゃべり詰めで通す寺島しのぶのマーガレットの科白の端々に、この倦んだ空気が漂う「家」の感覚や匂いが良く出ている。この女優、最近ぐんと芝居のスケールが大きくなって来た。良い仕事を重ねている女優である。マーガレットの夫・ブリックを北村有起哉が演じているが、この役はかなり複雑である。アルコール中毒のきっかけになるほどのショックを受けた亡くなった親友との間に同性愛的な感情があり、それが大きな影を落としている。作者のウィリアムズ自身が同性愛者だったためか、「欲望という名の電車」でも重大なキーワードの一つとして登場するが、今の時代、取り立てて大騒ぎするほどのものではなく、むしろ、いろいろな悩みを内包した家族それぞれが、「やけたトタン屋根の上の猫」のような状態で落ち着きなく動き回り、鳴き声を上げ、威嚇をしている状態の象徴としての一つの現われであろう。

ビッグ・ダディを演じる木場勝己がぴったり役にはまっている。成り上がった男の傲岸な自信と家族への不満、次男・ブリックへの偏愛。「家」の中で自分が「主」であることを盛んに鼓舞しなければならず、そのために大声を張り上げている彼自身もまた、やけたトタン屋根の上にいる一匹の猫に過ぎない。妻の銀粉蝶も同様で、面白く下品である。

初演後50年を経ていれば、もう「古典」と呼んでも差し支えはないだろう。しかし、その中に生きている人々の感情や行動はそう大きく変わるものではない。それを、2010年の眼で見直した松本祐子の演出は、奇をてらったものではない代わりに、じわじわと観客の心に沁み込んで来る。「欲望という名の電車」に比べると上演回数が少ない芝居ではあるが、ウィリアムズという劇作家の痕跡を辿る時には、大きな位置を占める作品であることを改めて認識せざるを得ない。それは、作品自体が持っているボリュームでもあろうし、第三幕を二通り書いた作者のこの作品への深い愛情でもあろう。

客席にいて、今の我々にはこの舞台の浅はかな登場人物たちを嘲笑する資格はないのかも知れない、と感じた。日本という国自身が大きく傾き、国民全員がやけたトタン屋根の上にいる状態の今、舞台で起きている家庭のいざこざは、他人事ではない。「名作」と呼ばれる芝居が持つ普遍性は、ここにあるのだ。

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2010. 11.7掲載

K2 2010.11 世田谷パブリックシアター

エベレストに次いで第二の標高を誇る山、「K2」。山男にとっては限りなく危険な一方、引き寄せられるほどに甘美な山なのだろう。切り立つ氷壁のわずかな面積の岩棚に置かれた二人の男。余りにも厳しい自然環境の中、一人は骨折をしており、もう一人も決して万全の体調ではない。肉体的にも心理的にも限界に置かれた二人の男の行動や心理、想いとは…。この芝居は、日本ではアメリカで初演後の翌年、1983年に菅原文太・木之元亮で初演され、その後、97年に加藤健一・上杉祥三で上演された。そして今回は堤真一と草g剛である。幸いにも、初演からの舞台を観て来たが、おぼろげな27年前の記憶を辿ってみると、「K2」という山そのものに今よりも馴染みがなかったせいか私が幼かったのか、このドラマをどう扱い、観客もどう受け止めて良いのかに戸惑いを覚えていたような覚えがある。

しかし、今回の舞台はかなりリアリティに富んだ舞台である。幕が開いて、大きな氷壁がリアルに創られていることを評価したい。批評の最初に美術を褒めるほどに、何者をも寄せ付けに厳しさを持ったK2の絶壁が観客に迫って来る。これは、パブリックシアターの劇場構造が充分な高さを持っており、それを充分に活かした装置で、二村周作の見事な仕事だ。この芝居は、氷壁のわずかな岩棚と絶壁でしか芝居をする場所がない。そういう点では、装置の出来で芝居も大きく変わる。いい装置だ。

堤真一の物理学者ハロルドと、地方検事補のテイラーが、この難しい山の登頂に成功はしたものの、下山途中で遭難しているという状況で幕が開く。氷点下40度以下の寒さ、酸素も薄く、充分な装備もないという過酷な状況の中、ハロルドは足を骨折している。その中で、何とか下山の工夫をする二人。しかし、意見は食い違い、極限状態の中で昂った感情がぶつかり合う。「死」を目前にした状況の中で、希望と絶望が交互に顔を出す中で、二人の男は冗談に紛らわせてそれぞれの決して長いとは言えない今までの人生や地上での出来事を語り合い、そこに僅かな希望を見いだそうとするが、刻々と日暮れは近づく。日没を迎えれば、それはすなわち二人の人生の日没でもあるのだ。この状況の中で、彼らはどんな行動を取るのか。

通常のイメージで行けば、堤真一は「攻め」の芝居で草g剛は「受け」の芝居に回りそうなところだが、今回はあえて逆の配役である。骨折している堤真一は、ほとんど動くことなく1時間40分の舞台を演じる。その一方で、草g剛は、叫び、わめき、僅かでも助かる道を探すために実際に氷壁を登り、と非常にアクティブな芝居をする。草g剛の芝居に、いささかの焦燥感を感じ、科白が聞き取りにくい場面もいくつかあったが、この配役の妙は面白いアイディアだ。実際に数メートルをよじ登る草gも大変だろうが、座ったままで抑制した芝居の中で感情のうねりを創る堤も楽ではない。ただ、こうしたシチュエーションになると、舞台経験の豊富な堤真一に一日の長がある。最近の彼の舞台を観ていると、「抑制」する芝居に味が出て来たようで、これは役者としての一つの進化を語る側面だろう。

お互いが決して言葉にはしないものの、時が過ぎるに従い、二人が無事に下山できる可能性は絶望的になる。その中で、自分だけが助かりたい、という自己中心的な感情ではなく、命の瀬戸際を共にした二人の男の間に、「友情」とも「連帯」とも「共有」とも言える不思議な感情が芽生える。「相手を助け、共に下山したい」と考えるテイラーと、自分が下山することは不可能なことを知り、冷静に相手だけは下山させたいと思うハロルド。もちろん、その想いへたどりつくまでには様々な感情の交錯やせめぎ合いがある。それを経て、お互いが行く末を見極めた時に、その微妙な感情が成立するのだ。

演出の千葉哲也は、このドラマを「薄っぺらな感動」にはしたくない、とパンフレットの中で語っている。怒鳴り合い、罵り合い、下品なジョークを飛ばして現実から目を背け、とあらゆる感情を交錯させた二人の男に最後に残ったものは何だったのだろうか。我々が日々生きて行く中で、多くの人と交わり、信頼関係を築くためには無数とも言えるパターンがある。厳しい自然を前にした登山など、よほど相手に対する信頼がなければ成しえないだろう。その中で、危機的状況に置かれた時に、相手の「本音」がわかる。この芝居でお互いが本音を見せた後、それぞれがどういう行動を取るのか。これは、わずか数平方メートルの氷棚のドラマではない。日常の人間関係が、その場所にさらされているのだ。私がハロルドだったら、私がテイラーだったら、どういう科白を吐くのだろうか…。その科白に「人間」が描かれている。

あえて、結末は書かない。

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2010. 9.26掲載

表に出ろいっ! 2010.09 東京芸術劇場 小ホール

 劇場へ入った途端、「表に出ろいっ!」と来た。しかし、そのまま劇場を出てしまっては、批評を書くことはおろか芝居を観ることも出来ない。野田流の洒落が利いたタイトルで、野田秀樹と中村勘三郎が小劇場で顔を合わせるというのは面白い試みだ。

 舞台にはやたらにサイケな色どりのリビング・ルームと思しき部屋がある。しかし、通常の場所ではなく、劇場の前方右端にしつらえてある。つまるところ、このリビング・ルームは能舞台のような造りになっており、芝居が始まってみれば、主人公の「お父ちゃん」の主人公は能楽師なのである。観客は、能楽堂と同じように、正面と脇正面からこの芝居を観るという、能を模した仕掛けになっているのだ。登場人物は「お母ちゃん」の野田秀樹と、ダブル・キャストの娘だけの三人。この日の娘は太田緑ロランス。

 「表へ出ろいっ!」というタイトルは裏腹に、結局この三人はリビング・ルームを出ることは出来ない。それぞれに、ディズニー・ランドのような遊園地のパレードに行きたいだの、ジャニーズのコンサートのようなライブに行きたいだのという、非常に「本人には切実な」外出の必要性を持ってはいるのだが、その切実さが相手を説得することができない。うがった観方をすれば、この芝居は一種の家庭崩壊劇でもあり、不条理劇でもある。家族とは言え、価値観の違う三人がぶつかり合い、家族同然に暮らしている犬のお産をもほったらかしにする人間の自分勝手な一面をも描いている。しかし、不条理であろうが無茶であろうが、観客が楽しめる芝居づくりがまず先にあり、さんざん笑った挙句に観客はそこから何かを感じ取る。この辺りが野田秀樹の作劇の巧さだろう。一歩間違えれば非常に重いテーマや内容になる芝居を、軽やかに仕上げている。ここの、この人の才気がある。

 勘三郎と野田秀樹のぶつかり合いが滅法面白い。舞台がメチャクチャになる寸前まで二人で大暴れをするが、野田秀樹が実に軽やかに動き、しかも、中年の奥さんの役が似合うのだ。これは、いわゆる「女形」になっていないからだろう。さりとて武骨な中年の男でもない。野田秀樹が昔から持っている独特の少年性が、うまい形で表現されているのだ。同い年である勘三郎も、野田に負けじと大汗をかいて舞台をかけずり回っている。

 勘三郎と野田秀樹の顔合わせは、これが初めてではない。歌舞伎座で野田作品の上演も行われている。「新しい歌舞伎」「現代の歌舞伎」を創造しようとの試みだが、それが必ずしも成功であったかどうかは、私には疑問が多い。しかし、この芝居に関して言えば、明らかに「平成の歌舞伎」になっていると思う。ここで、「歌舞伎とは何か」という定義の問題に深入りするつもりはない。改めてきちんとした論証が必要ではある。しかし、一応江戸時代同様に、現代をある視点のもとに諧謔と洒落で切り取ったもの、という大まかな定義を仮にしておく。この「歌舞伎」が成功した一番の要因は、興行場所が「歌舞伎座ではない」ことにある。歌舞伎座で新作を上演する以上は、それがどんなに斬新なものであっても、長年の歴史と時間、空間を持った歌舞伎座という得体の知れない劇場の呪縛を逃れることはできない。今の観客がほぼ共通項として認識している「歌舞伎」というもののフレームの中でしか考え、行動することができないのだ。しかし、池袋の芸術劇場小ホールにはそうした呪縛は何もない。物理的には、定式幕もなければ花道もない。そこで、さまざまな「伝統」と呼ばれる因習から解き放たれ、大いに現代の世相を洒落のめすことが、一つの歌舞伎らしさではないだろうか。

 古い歌舞伎ファンからすれば、三味線音楽もなく、けたたましく飛び回って何が歌舞伎だ、という声はあるだろう。しかし、それは歌舞伎四百年の歴史の中で、新しいものが生み出されるたびに言われて来た言葉でもあろう。誤解のないように念を押しておくが、野田秀樹も中村勘三郎も、「これが歌舞伎だ」などとは一言も言っていない。ただ、私には、この舞台が平成の歌舞伎の一つのありようを示唆するものに感じられた、ということだ。この意味を、真っ先に、かつ真面目に考えなくてはならないのは、実は我々演劇人なのだ。

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2010. 9. 5掲載

立川志の輔と「江戸の夢」 2010.08 東京會舘

今、最もチケットの取りにくい噺家と言えば、志の輔の名が挙がるのだろう。どこも即日完売の勢いは、落語という芸能がこんなにもみんなに愛されるものだったのか、ということを再認識させてくれる。油の乗り切った話術で会場を爆笑に巻き込むのはいつものことだが、最近は、聴衆の方にも「今日は笑うぞ!」という期待感が満ち溢れているのを感じる。ここまで来てしまうと、噺家はさぞやりにくかろうと思うのだが、こちらの余計な推量はどこ吹く風で、今の話題を盛り込んで観客を一瞬にして志の輔ワールドに引き込んでしまう。

この日は、東京會舘での「独演会」とは言うものの、前に色物を含めて三人が上がったから、長講一席で見事に決めるだろう、と思って聴いていた。枕でさんざん笑わせておいて、すーっと入って言った噺を聴いて驚いた。人情噺の「江戸の夢」だった。思わず、「あっ」と声を挙げそうなるほど驚いた。

これは、厳密に言えば、「古典」ではない。(などと書くと、師匠の立川談志が『古典の定義とは何だ!』と食ってかかって来るような気がするが…)昭和の黙阿弥と呼ばれた劇作家の宇野信夫が、六代目三遊亭圓生のために書いた人情噺である。普通に聴いているだけでは、明治時代にできた噺だと言われても何の違和感もない。それは、作者が歌舞伎の劇作を主にしていたからだろう。しかし、私は志の輔で「江戸の夢」を聴くとは思わなかった。圓生没後、もう演り手のない噺の一つだろう、と思っていたからだ。以前、同じようなケースで「帯久」を聴いたが、この「江戸の夢」も、噺としては良く出来ているものの、芝居で言えばあまり「しどころがない」。大見得を切って見せることもなければ、思い切り泣かせるでもない。しんしんと人の情は伝わるのだが、その先の爆発がない。良く言えば、淡々とした人情噺だ。

志の輔の落語における才能はいろいろあり、それだけでも大論文になるかも知れない。その中で、こうした噺のように、評価は悪くはないが演じ手もあまり手を出したがらないものを近代化する才能は特筆すべきものがある。「江戸の夢」も、圓生のそれに比べてかなり登場人物の考え方が近代化している。今の人にわかりにくいところは大胆にカットする代わりに、わざとらしい説明にならないように入れごとをうまく挟みながら、周りの情景や人間関係を炙り出してゆく。登場人物が増えることによって、話に膨らみが出て来るのだ。この噺で言えば、「豆茶」を呑む場面は老夫婦の団欒を描いてはいるが、今の人には説明なしでは豆茶がわからないので、カット。その代わりに、夫婦が江戸へ出かける理由が、オリジナルの「ただ何となく…」ではなく、兄の還暦の祝いという目的がはっきりし、そこに必然性と説得力が出ている。随所にこうした作業を施すことによって、我々にこの噺がより身近なものになる。この辺りは、もう完全に志の輔流のアレンジだ。ここで、圓生流が良いか、志の輔流が良いのか、というのはまったくもって無意味な議論で、よって立つ場所が違っているものを比べても意味はない。乱暴を承知で比較をすれば、衣裳を着けない名人の素踊りと、衣裳を着けた手練れの歌舞伎役者の踊りとの違いだ。「芸のたち」が違うのである。

これは「落語とは何か」「どうするべきか」を常に考え続け、実践し、格闘してきた師匠・談志の薫陶だろう。誤解を怖れずに言えば、圓生が演じたように、何となくそれらしく演じることは、実力のある噺家であれば可能だ。もちろん、それが圓生の技量とイコールという意味ではなく、あくまでも「それらしく」という点のみにおいて、である。しかし、志の輔の中にある落語への炎は、先人の姿をなぞることだけで満足して消えるものではない。あらゆる角度から眺め、ためつすがめつした挙句、どこに「現代」を持ち込めるかを、常々考えていなくてはできない仕事で、これは苦しい作業だ。「古い革袋に新しい酒を」と言うのは簡単だが、現代の視点で落語を捉え、いかにわかりやすく面白く聴かせるか。その苦労は並大抵のものではない。年に三日ぐらいしか高座がないのであれば考える時間はじっくりあるだろうが、ほぼ毎日のように独演会を開いているほどの売れっ子が、忙しい合間を縫って、「これでどうだ」「これでもか」と格闘をしている。数年前に、私は新聞に「志の輔は落語と心中をするつもりであろう」と書いたが、その姿勢は今も何ら変わっていない。

今の落語ブームの中で、これほどの覚悟を持った噺家が何人いるのだろうか。もっと言えば、一瞬で消えてしまう「芸」に携わる人々が、どれほどの覚悟を持って臨んでいるのだろうか。そんなことを考えていると、この噺家がどこまで発展してゆくのか、今までの落語の既成概念をどこまでぶち壊してくれるのか、それが楽しみになった。にわか仕立ての「迷人」たちにも、ぜひ見習ってほしい姿だ。

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2010. 6.26掲載

峯の雪 2010.06 紀伊国屋サザンシアター

劇団民藝には所縁の深い劇作家・三好十郎の作品である。三好十郎と言えば「炎の人」を思い浮かべる人も多いだろうが、戦中に、「国威発揚」のために何本かの芝居を書いている。その折の作家の胸中に想いを馳せると、それは「良い」とか「悪い」などとすぱりと割り切れるものではなかっただろう。この「峯の雪」は昭和十九年に書かれたもので、舞台となっているのは昭和十六年の太平洋戦争前の九州である。長らく未発表で、今回の上演が本格的な意味での初演に当たる。この芝居を今、世に問うことは多くの三好作品に触れて来た民藝ならではの意味を持っているだろう。

名人と呼ばれた陶工でありながら、軍の要請で碍子(電信柱の絶縁器具)を造らされている花巻治平と、その娘や弟子、出入りの画商など、周囲の人々の間にある日常生活。その中に感じられる人々の思惑などが、十人の登場人物によって描かれる。「時代」というものに踏みにじられる職人の「誇り」が、やがてどういう形になるのか。珍しく、休憩をはさまずに一気に約二時間の舞台を演じるが、緊張感が途切れないために長くは感じない。

三好十郎の科白は重い。いささか抽象的な表現ではあるが、一言の科白に込められた「情念」の深さとでも言おうか。それが幕開きから地を這うように漂ってくる。舞台が明るいとか暗いという問題ではなく、科白が持っている質感としての「重み」である。これが感じられた時点で、今回の舞台は一定の評価を得た、と私は感じた。科白の重み、重要性というものをきちんと踏まえ、忠実に描こうとしている姿勢が感じられたからである。

陶工の治平を演じる内藤安彦の声質がこの役にぴたりとはまっており、名工の一刻さが良く現われている。口調は物静かでも頑として揺るがない精神性、とでも言おうか。画商の伊藤孝雄の持つ「いい加減なうしろめたさ」を持つ明るさと好対照だ。こういう配役が自然に出来るところが劇団の強みだ。先日、北林谷栄という大功労者を喪ったばかりだが、劇団の精神がいろいろな人々に脈々と受け継がれていることの証だろう。

治平の長女を演じる中地美佐子が最近目覚ましい力を付けて来たのも嬉しいが、神敏将、塩田泰久らの若い男優陣が出て来たのも良いことだ。これからの民藝の芝居に、新しい風を吹き込むメンバーが増えてゆくのは頼もしいことである。戦後六十五年を間もなく迎える今、戦争を知らない世代が圧倒的に多い。かく言う私もその一人だ。しかし、知らない世代なりの理解の仕方や感じ方もあるはずで、若い役者たちが先輩の話に触れながら、自分なりの感覚を磨いてゆくには良い勉強の素材でもある。

幕切れ、治平が再び「陶工」として長らく放置していた轆轤を回す決心をする。そこで一心に轆轤に向かう姿に、私は岡本綺堂の「修禅寺物語」の夜叉王の姿を観た、と言えばそれは誤解だろうか。三好十郎が夜叉王の姿を意識してこの幕切れを書いたかどうかは知らない。しかし、面作りと陶工の違いはあれ、一つの作品を自らの肉体で生み出そうとする「職人」のありようは、どこかで通底するところがあるように思えてならない。

長い歳月を閲して光を浴びた一つの芝居が、今後どのような形を取ってゆくのか。そこにも興味がある芝居だ。

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2010. 6.21掲載

モリー先生との火曜日 2010.06 本多劇場

「先生」と呼ばれる職業の人だけではなく、我々の人生で「師」と仰げる人に出会えるのは幸福な瞬間だ。どんな分野にせよ、教えを乞う人がいるのは幸せだが、年齢を重ねると共に、そうした師も少なくなる。今回、加藤健一事務所が三十周年記念公演の最後に取り上げたのは、加藤健一と高橋和也の二人芝居、「モリー先生との火曜日」。大学の老教授と教え子のスポーツライターが、筋萎縮性側索硬化症(ALS)で余命いくばくもない教授に最後の授業を受けるために毎週火曜日に1000キロ離れた場所から飛行機で飛んで来る。その二人の会話を綴った、事実に基づいた芝居である。

多くの人々がそうだと思うが、学生時代は勉強をすることなど考えることはない。いかに楽しく遊び、恋をし、趣味を楽しみ、そのために要領よく出席や試験を効率化して潜り抜けるか。しかし、そうした学生たちも社会へ出て、つかの間の学生時代のエピソードを想い出すことはあるが、そこには「あの時にもう少し真面目に勉強しておけば…」などという言葉がセットになっていることが多い。高橋和也演じる売れっ子スポーツライターのミッチも、さしずめその口だろう。一方、思わぬ難病に倒れ、自分の季節が秋を過ぎ、いきなり冬も終わりに差し掛かったことを知る加藤健一のモリー先生。自分に残された時間は僅かしかない。

ミッチが見舞いに訪れた当初は、二人の会話は噛み合わない部分が多い。今が自分の人生の盛りだと信じている自信に溢れた四十代と、死の瀬戸際にいる七十代が十六年ぶりに会ったのでは噛み合うはずもない。モリーの現況を知ったミッチが忙しい時間をやり繰りして、学生時代のように「毎週火曜日」の授業を重ねるうちに、モリー先生の思慮深さから出る警告や金言に、ミッチはハッと胸を突かれるようになる。「老いとの戦いに、勝ちはないんだからね」「人を愛することに意味などもうけてはいけない」など、聞いていて随所に人生の名言が出て来る。それが、決して悟りすましたものではなく、従容として「死」を受け入れた潔さを持ったモリー教授の飾らない想いなのである。だからこそ、そこに重みがある。

自信満々のミッチも、客席にいる我々も、明日は今日の続きだと何の根拠もなく考え、信じている。しかし、モリー先生には、我々には当然の「明日」はもう来ないかも知れない。それを考えた時、生きることの愛おしさで心が満ち溢れてくるのを感じる。幕間を挟んで約二時間の芝居だが、加藤健一の絶妙な間に時には笑いもこぼれ、「死」をテーマにした芝居とは思えない部分もある。三十年の仕上げにこの芝居を選んだのは、加藤健一の見事な「役者の嗅覚」に他ならないだろう。それに真正面からぶつかる高橋和也が良い出来だ。彼が演じるミッチと等身大の感覚を感じる。この二人は実に良いコンビで、これは時間をかけて、丁寧に何回も演じてもらいたい芝居だ。それぞれの五年後、十年後にこの芝居を観るのは楽しいだろう。客席からは多くの啜り泣きが漏れていたが、それは、観客の心の中にミッチがおり、身近なところにいる、あるいはかつていたモリー先生を想い出しての涙だろう。同時に、ミッチは、「売れている」「忙しい」という、一見充実したように見える日常のどこかに心が疲れている。それが、死を目前にしたモリー先生に癒されているのである。その同じ想いを、観客が感じているからに他ならない。誰にでも平等に訪れる死にどう対峙するか、高齢化社会が云々される中で考えさせられる芝居だが、この芝居は老境に差し掛かった人だけではなく、ミッチのような現役バリバリの世代に観てもらいたい芝居だ。 心より再演を望む。

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2010. 6.11掲載

キャンディード 2010.06 帝国劇場

「人生なんて何とかなるもんだ」、いや、「人生はままならぬことが多いものだ」。片方を「楽天主義」と呼び、もう一方を「悲観主義」と呼ぶ。どちらの考えも正しいだろう。我々の一生は、その間を行ったり来たりしている。「どっちもあるのが人生さ」というのが、この「キャンディード」の粗筋を非常に乱暴に紹介したものだ。休憩をはさんで三時間半に及ぶ舞台、しかも18世紀の作家・哲学者であるヴォルテールの「カンディード」に、20世紀の音楽家、レナード・バーンスタインがその死の直前までミュージカルの曲を推敲していたほどの難物である。それにしてはいい加減な粗筋の紹介だが、逆に言えば、我々の日常に余りにも身近な問題であるからこそ、答えが出ない。そこに深みと面白みがあるのだ。

もっとも、この「キャンディード」という作品は、演劇界の中でも「難しい作品」と言う評価がある。哲学的な示唆に富んだ作品に楽曲をどう組み合わせるか、でいくつかの演出バージョンがあり、今回帝国劇場で上演されているのは、「レ・ミゼラブル」や「ベガーズ・オペラ」でお馴染みのジョン・ケアードによるもので、「ジョン・ケアード版 キャンディード」となっているほどだ。シェイクスピアの作品にいろいろな演出方法があるのと同じような感覚に近いとも言えるが、膨大な作品のどの場面を舞台に乗せ、バーンスタインのどの楽曲をどこへ当てはめるか、という作業である。原作がある作品を舞台化する場合、日本に「潤色」「脚色」という言葉があるが、それに近い感覚も持っている。

井上芳雄が演じる主人公のキャンディードが、世界各地を回りながら多くの人に会い、その中で自分を見つめ、考える。一見すると「トム・ソーヤーの冒険」のようだが、そこには常に市村正親が演じる家庭教師・バングロス博士の「楽天主義」と、村井国夫が演じるマーティンの「悲観主義」が付いて回る。単なる冒険活劇ではなく、主人公の行動の裏に、常に「哲学」や「人生観」が見え隠れし、その中でキャンディードが最後に自分を発見する、という芝居なのだ。この芝居が「難解だ」とされる理由の一つは、「入れ子構造」にある。市村正親は、二役で、作者自身のヴォルテールを狂言回しのような意味合いで演じているが、このドラマそのものが、すべてヴォルテールの頭の中にある物語で、それが舞台の上で演じられている。今風に言えば、舞台の上のドラマは、すべてヴォルテールの頭の中にある「ヴァーチャル」な存在とも言えるのだ。

多くの登場人物が何役かを兼ねて演じているが、今回の舞台で最も光っていたのは、阿知波悟美が演じた老女である。喜劇の老舗・NLTで培った笑いのセンスがあざとくなく、舞台全体の雰囲気を和らげる効果を見せている。こういう役者はなかなかに得がたい存在であり、今回の舞台では殊勲賞ものだ。市村正親の巧さについては、今更改めて論評する必要もないだろうが、相変わらず観客をぐいと引き込む力は凄いものを持っている。若手では、キャンディードを演じた井上芳雄、クネゴンデの新妻聖子、マキシミリアンの坂元健児の三人が目だった芝居を見せるが、坂元健児の持ち味とも言えるおかしみが役にはまり、この舞台では生きた。

東宝がこうしたミュージカル作品に意欲的な姿勢を見せるのは、多くの作品で示し、定着した。しかし、この芝居について言えば、今回の舞台に大きな不足があるというわけではなく、完成に向かう時間が他の芝居よりも時間がかかる作品だと言えよう。これから数を重ねて、試行錯誤を繰り返しながら、日本における「キャンディード」の一つのモデルケースを作り上げるまでにはある程度の時間がかかるだろう。ただ、この作品にはそれだけの奥行きと深さがある。一度や二度ですべてを理解することが不可能な面白さ。三度目で気付く発見。それも芝居の魅力の一つである。「レ・ミゼラブル」がそうやって日本で長い歴史を歩んでいるように、この作品も回を重ねてそうした作品になる可能性を充分持っているはずだ。

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2010. 5.21掲載

前進座公演「切られお富」 2010.05 国立劇場

来年で創立八十年を迎える前進座恒例の五月国立劇場公演である。しかし、今年は例年とはいささか趣を異にしている。まず、十四年前に急逝した先代嵐芳三郎の次男・嵐広也がこの公演で七代目嵐芳三郎を襲名すること、またその兄である河原崎国太郎が初役で祖父・五世国太郎の当たり役「切られお富」を上演することだ。「切られお富」の上演は実に二十五年ぶりのことになるが、その時間の長さよりも、いよいよ前進座の第三世代の人々が、劇団を背負って立つ時代になった、ということだ。そういう意味で、喜ばしい要素がたくさんつまった公演である。

まず、「七代目嵐芳三郎襲名披露口上」。劇団の長老・中村梅之助を中心に、藤川矢之輔、嵐圭史、嵐芳三郎、河原崎国太郎の五人が並ぶ。劇団ならではの家族的ムードが漂う「口上」はほのぼのとしているが、口上を述べている新・嵐芳三郎はもうすでに口調が違う。父の名を襲う、ということで覚悟を固めたのだろう。女形・立役に味を見せた父とは違い、立派な顔立ちと体格を活かした嵐芳三郎の誕生を、喜びたい。

「切られお富」。私は初演を見逃しているので昭和五十五年の再演からしか観ていないが、それから三十年経った今も、先代国太郎のお富は鮮烈に脳裏に焼き付いている。その孫である現・国太郎がどこまで彼なりのお富を演じることができるのか。結論から言えば、予想よりはかなり良い出来であった。ふとした科白の言い回しや立ち居振る舞いが祖父にそっくりだ。もちろん、初演のことであり、問題がないわけではない。声がいささか高すぎるのは以前から気になっていたことだが、これが地声の女形の声でおさまれば、グンと深みが出るだろう。しかし、藤川矢之輔の蝙蝠安を相手に、年増の崩れた色気が横溢していた点は買える。

嵐芳三郎が相手役の与三郎を演じる。きりりとした白塗りの男前で、科白が粒立つのが良い。先代は柔らかみを前面に出していたように思うが、今の芳三郎のやり方も決して悪くはない。お家の重宝の刀のために奔走する、凛とした男の姿が清々しい。お富との釣り合いも良く、襲名披露にはふさわしい役だ。

この二人を支える藤川矢之輔の安蔵、嵐圭史の舟穂幸十郎、中村梅之助の赤間源左衛門。この三人がいいバランスで国太郎・芳三郎コンビの芝居が立つようにしている。この辺りが、劇団の持つ良い部分だろう。この芝居、以前は国立小劇場での上演だった。今回は、襲名興行とは言え、それが大劇場で上演できるということは、前進座で歌舞伎を演じたいと思う若い役者が増えたことでもあり、喜ばしい。その一方で、若い端役の面々は、まだ「歌舞伎の科白」になっていない人がいる。眼を閉じて科白を聞いていると、平成の言葉に聞こえてしまう。こういう若いメンバーを前進座の立派な役者に育てることも、国太郎・芳三郎・矢之輔ら第三世代の大きな仕事の一つである。

演出家の言葉に、「現代人が観ても楽しめるドラマチックな歌舞伎に出来るはず」とあった。それは大賛成で、演劇とは時代と共に変容を繰り返すものだ。古典芸能の歌舞伎とてその例には漏れない。昔からのものをすべてそのまま演じているだけでは、現代人の感覚とはどんどん乖離していく。その距離をどういう方法で埋めるかが、演出家の大事な仕事になる。歌舞伎には新作などの例外を除けば、原則として「演出」はいない。その幕の主役が演出家を兼ねるという旧来の慣例が今も生きているからだ。私は、それが必ずしも正しいありようとは思えず、客観的な眼で歌舞伎を演出する必要があると思う。この芝居について言えば、河竹黙阿弥の時代と現代とのすき間をどういう形で埋め、今の観客が楽しめる芝居を作るか、ということだろう。江戸時代そのままでは今は通用しない言葉をどう解釈するのか。あるいは、科白の発音やイントネーションをどうするのか。そうしたことどもを含めて、考えなくてはならない問題は多い。四百年以上生きながらえている歌舞伎を現代人の眼で演出するというのはそう簡単な仕事ではないが、歌舞伎に眼が注がれている今がチャンスの一つであることは言うまでもないだろう。

また、歌舞伎で扱っている時代の「風情」や「匂い」を舞台に漂わせることも重要だ。今回の舞台で言えば、普通は「とば」と発音する「賭場」を「どば」と言っていたことや、「どじを踏む」が慣例になっているのを「どじを組む」と言っていたことなどに、私はその香りを感じた。これらは、「切られお富」を当たり役にした先代の国太郎が「大切にしなければ」と言っていたことであり、私も直接に聞いている。一見、どうでもいいように思える話題だが、どんなに立派な城でも、石垣の小さな石が一ポロリと落ちていることを見過ごしている間に、そこから石垣が徐々に崩れ、やがては城の本丸に及ぶこともある。そうした、大切にするべきものとの見極めなどもこれからは重要な課題だろう。

かつて、劇団創立五十周年の折に皆が感涙にむせんで舞台を踏んだ歌舞伎座も、先月改築のため休場した。新築なるまでの三年間、歌舞伎が変わるチャンスである。その間に、前進座ならではの歌舞伎を創る糸口が見つけられるかどうか、これからが重要だ。

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2010. 5.17掲載

冬のライオン 2010.05 

 平幹二朗が主宰する「幹の会」の公演で、シェイクスピアなどを中心に優れた戯曲を取り上げているが、2007年の「オセロー」以来の今回は、「冬のライオン」である。映画化されたこの作品は1183年のクリスマスのフランスが舞台になっている。壮年の王とその三人の息子という、「リア王」のような設定だが、そこで描かれているドラマは、「リア王」に似てはいるが全く異なる家族の愛憎劇である。

 平幹二朗演じるヘンリーと麻実れいの妻・エレノアの夫婦関係は事実上破綻しており、ヘンリーには、若い愛人のアレー・高橋礼恵と共に暮らしている。ヘンリーとエレノアには三人の王子、リチャード(三浦浩一)、ジェフリー(廣田高志)、ジョン(小林十市)がおり、ヘンリーは後継者を誰に指名するのか。そこへ、アレーの異母兄弟で失った領土を取り戻そうと機会を窺うフィリップ(城全能成)。ヘンリーは末っ子のジョンを愛し、エレノアは長男のリチャードを愛している。さまざまな人の思惑が入り乱れる中で、ヘンリーはクリスマスの夜に何を決断するのか…。確かに、こうして粗筋を書いていると、「リア王」に酷似している部分がある。それは登場人物の構成で、芝居の内容はまったく違っている。リアは荒野をさまよい荒れ狂い、哀しみのどん底を彷徨する。しかし、ヘンリーが悩み苦しむのは自分の城の中、つまり「家庭」である。壮大な歴史的事実やエピソードに基づくドラマは、裏を返せば約1000年ほど前の家庭劇でもあるのだ。 

 効率的に造られた装置の中、和風とも感じられる衣装をまとって七人の登場人物がテンポの速きい芝居を繰り広げる。やはり、平と麻実の科白の朗誦術は見事なもので、他を圧倒した出来映えだ。地位にふさわしい威厳を持つ一方で、狡猾に愛を囁き合う。いわゆる科白の「活け殺し」が自在とも言える二人のやり取りは、この重い芝居の中で観客に笑いを与える。こういう場面では、ある夫婦の諧謔と皮肉に満ちたやり取りで、ぐっと人物像が我々に近づいて来る。その一方では、掴み合いになるのではと思わせるほどの丁々発止としたやり取りで、芝居の密度をグングンと高めてゆくシーンもある。平幹二朗の存在感とそのエネルギッシュな演技、麻実れいの、時には受けに回りながらも平に拮抗した鋭さ。このコンビが見せる迫力はたいしたものだ。きちんと描かれた脚本、丁寧な演出によるものだろう。

 三浦浩一のリチャードは毅然とした姿、立ち居振る舞いが役に若々しさを与えている。ベテランの領域の役者だが、厭らしさを感じさせない清涼感がある。これは、この人持ち前の魅力だろう。廣田高志のジェフリーはシニカルな役柄を、声の質と科白の間で活かした。何を考えているのかつかみどころのない役を、あざとくなる寸前で止めているのだろうか、逆に人物像がはっきり際立った。小林十市のジョン、16歳という設定だが、、科白の切れ目にきちんとしたメリハリを付けることで少年らしさが出た。動きに切れがあるのもそれに役だっているだろう。それが役に自然な若さを与えている。高橋礼恵には透明感がある一方で、そこに見え隠れする「女性」が面白い。城全能成のフィリップは心情的に複雑なものを抱えた難しい役だが、凛々しい若き王子の姿とその苦悩を良く表現したと言えよう。フィリップだけが一幕しか出演しないが、その分の見せ場である一幕の最後の芝居は役に対する工夫が感じられる。

 この「冬のライオン」、述べて来たように非常に水準の高い舞台になった。今年の1月15日の東京公演で幕を開け、その後、中部・北陸・九州・東北と巡演を重ね、最後は6月19日に千葉県で千秋楽を迎えるという実に半年がかりの公演なのだ。全部で112ステージ、同じ劇場での公演であればさして苦にもならないかも知れないが、南は鹿児島から北は青森まで、旅を重ねながらの公演である。こうした公演を他にも何回か観て来たが、旅に出るとぐんと結束力が上がり、舞台の質も上がる。同じ会場で二日以上の公演を持つこともあれば、三日間続けて違う会場での公演もある。この緊張感が、スタッフを含めた一座のまとまりを固くし、芝居の内容に反映されるのだろう。東京にいれば芝居を観ることは本人にその気さえあればさほど難しいことではないほどにあちこちで上演されている。しかし、そうではない地方は多く、そこを回ってこうした良質の舞台を見せることの意義は大きい。

壮健ではあるものの、人間としての季節はもう冬に差し掛かった王者であるヘンリー。「冬のライオン」がさまようのはやはり荒野ではなく、冷たい空気しかない家庭がふさわしいのだろうか。詰まるところ、いくらいがみ合い、憎しみ合っても家族であり、その絆や愛情を逃れることはできない。1000年近く前の家庭も今も、たいして変わりはないのだ。平幹二朗のヘンリーの最後の科白に、その想いを感じた。

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2010. 4.09掲載

滝沢歌舞伎 2010.04 日生劇場

 この舞台を観終わって、はたと考えた。何十年も芝居を観ていながら、基本的な問題に対する疑問である。我々は、無意識のうちに「歌舞伎とは日本に伝わる古典芸能である」というイメージを持っている。その一方で、「こういう条件を満たしていなければ、歌舞伎とは言えない」という絶対条件はない。今ここで歌舞伎の歴史を説くつもりはない。いわゆる松竹の歌舞伎を見慣れた「通」や「歌舞伎ファン」の眼からすれば、「これが歌舞伎?」という疑問や不満はあるだろう。しかし、ここ数十年を振り返っても、いろいろな形態の「歌舞伎」が松竹の歌舞伎役者以外によって上演されている。東宝の長谷川一夫の「長谷川歌舞伎」、舞踊家の吾妻徳穂の「アヅマ歌舞伎」、武智鉄二の演出による「武智歌舞伎」。これは、松竹の役者が演じたものだが、武智鉄二という演出家が新たな感覚で演出し直したものだ。いずれにせよ、松竹の歌舞伎以外の「歌舞伎」というものが演じられて来た例はあるのだ。

 歌舞伎の定義は「傾く=かぶく」、時代の先端を行くアヴァンギャルドな感覚の演劇というのが、演劇史での通例の解釈である。その意味で言えば、「滝沢歌舞伎」も立派な歌舞伎である。古典の要素である邦楽を使い、カットが施されてはいるが「京鹿子娘道成寺」や「櫓のお七」や「将門」などの歌舞伎演目も演じる。そうした要素を残す一方で、ダンスあり、和太鼓あり、群舞あり、もちろんフライングもある。新橋演舞場から日生劇場へと所を変え、今年が五年目になる公演で、「歌舞伎」と名乗ったのは今年が最初だが、同種の公演を続けてもう200回になる。

 いわゆる「歌舞伎通」の眼からすれば、眉をひそめて「これは歌舞伎ではない」という場面もあろうが、言うまでもなく、演劇とは常に時代と共に流動している。2010年の「歌舞伎」と称する芝居の一つがこの舞台であることを、否定する材料はない。まして、演劇のジャンルのボーダーレス化が異常な勢いで進んでいる現在、一つのフレームの中で納まることにそう重要な意味がなくなって来た。ファンサービスの一環として、舞台の上で滝沢秀明が女形の化粧をする場面を見せる。体格的には、古典歌舞伎の女形として育って来たわけではないから、そこに違和感がないと言えば嘘になる。しかし、ほとんど出づっぱりでおしみなく肉体を駆使し、スピーディな立ち回りやアクションを見せ、エンタテインメントとしての要素は山盛りで、観客は大いに喜んでいる。

 多少固い話をすれば、歌舞伎界の中でも「時代に合わせた歌舞伎とは何か」という試行錯誤を、いろいろな役者が試みている。現代の作家と組んで新作を上演したり、過去の作品の演出方法を全く変えたり、時代と観客のニーズを見出すことに懸命だ。その行為は評価できる。今回の「滝沢歌舞伎」の中で評価できるのは、歌舞伎役者ではない滝沢秀明が、「歌舞伎」というジャンルのフレームの外側から、彼なりの歌舞伎を創ろうとしていることだろう。これは、ある意味では「コロンブスの卵」とも言える行為である。「歌舞伎役者以外は歌舞伎を演じてはいけない」というルールはない。歌舞伎のフレームの中にいれば、良くも悪くも連綿と続く先人からの習慣を全く無視した形での上演はそう簡単ではない。しかし、フレームの外にいれば、その部分に関する遠慮はなく、全く新しい発想で「歌舞伎とは何か」を考えることのできる強みがある。今回の舞台は、滝沢秀明が「観て」「感じて」「見せたい」感覚的な歌舞伎なのである。そこに、歌舞伎的な視野での演技の巧拙を持ち込んでも比較の対象にはならず、あまり意味はないだろう。

 今まで私が述べてきたことは、実は劇場を満員にしているファンにはあまり重要な問題ではないのかも知れない。歌舞伎の骨法や仕組みがどういうものであろうと、目の前で、滝沢秀明があらゆる努力をして観客の喜びを生み出す、そこに意味があるのだ。そうした観点で言えば、今まで我々が持っていた歌舞伎に対する既成概念を破る一つの試みとしての意義はある。折から、今月で東銀座の歌舞伎座が改築のために閉場する。ある意味では演劇界は戦乱の時代を迎えている。その中で、一つの方法を提示した意味は大きい。

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2010. 3.24掲載

エクウス 2010.03 自由劇場

 初演が1975年だというから、もう35年前になる。私がこの芝居を最初に観たのは再演の1990年の舞台だったが、その時の鮮烈な印象は今も忘れない。ラテン語で「馬」を意味するこの芝居、「ブラック・コメディ」や「アマデウス」などの名作を送り出しているピーター・シーファーの手による作品である。六頭の馬の目をアイスピックで突き、精神病院に送られた少年・アラン。異常とも言える行動の動機はどこにあり、なぜそのような行為を冒したのか。アランの精神世界に隠されているものを暴き出そうとする精神科医・ダイサート。白日のもとにさらされた事実は…。私はこの芝居を何度も繰り返し観て来たが、常に非常な緊迫感を伴った芝居である。舞台の上にも観客席が作られ、主に繰り返されるアランとダイサートの会話は、観客に全方位から見られている。今でこそ珍しくもない演出法になったが、最初にこの舞台を観た時にはとても新鮮に感じたものだ。そうしたことを含めた演出方法は大きく変わってはいないが、もう一つ、この舞台で欠かせないのは、照明技術の巧みさだろう。良くも悪くも、あまり通常の舞台で批評が照明に及ぶことはない。舞台照明が軽視されている認識を改めなくてはならないが、この芝居に関して言えば、照明は俳優と同等とも言えるほどの重さを持っている。人物の出入りやスポットだけではなく、微妙な灯りの切り替えは登場人物の心情を現わし、見事な効果を挙げている。

 精神科医のダイサートは初演以来、35年間日下武史が演じている。今年79歳になるという日下だが、見事なエロキューションを駆使してアランと対峙し、時にはギリギリまで追い詰め、いたわり、と緩急自在の科白は改めてこの役者の巧さを感じさせる。休憩を一回挟んで二時間半の芝居の中で、極度の緊張感を保ちながら芝居を演じるのは並大抵の技ではない。劇団四季の創立メンバーの一人でもある彼が、四季の旗艦の一つであるストレート・プレイで健在ぶりを示しているのは嬉しいことだ。アランは藤原大輔。28歳になるというが、少年らしさを遺した役者だ。前半にはもう少し華奢な少年の部分がほしいと思ったが、芝居が進むに連れて気にならなくなった。

 精神科医と少年の対話、という劇は今の時代では珍しくも何ともないだろう。しかし、35年前に書かれた当初はかなり刺激的だったはずである。しかも、芝居が進むに従い、アランの行為の真相を読み取ることで、ダイサート自身にも一つの問題が突きつけられる。二人は合わせ鏡のように、お互いの心理を読み取り、その裏をかこうとし、暴いてゆくのだ。ここに提示される問題は、35年経った今でも全く古びることなく、現代を生きる我々にも当てはまる。それが、35年にわたって上演されている大きな理由である。時代の最先端を行くものは古びてゆくのも早い。しかし、人間の精神に宿る考え方は、50年や100年では変わらない部分も多々ある。作者はそれを執拗なまでに炙り出し、観客に対しても「あなたはどうなんですか」と切れ味鋭く突き付ける。アランとダイサートが抱えている精神的な問題は、同時に観客自身のものでもあるのだ。もちろん、全く同じ悩みを抱えているわけではない。しかし、人の悩みに耳を傾け、治す立場の精神科医とて人生に何の憂いもないわけではない。病人を治した結果、そこに残るものは何なのか。一体、「正常」とは何なのか。基準が多様化し、細分化する今、我々にとっての「正常」と「異常」にもはや境目はないのだ。

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2010. 3.20掲載

いい加減にしてみました3 2010.03 本多劇場

 世を挙げてのお笑いブームである。玉石混交であることは言うまでもないが、「本物の芸」を目の当たりにした時に、「笑い」というものの難しさ、そして巧みな芸の面白さを改めて感じる。13年前に伊東四朗と三宅裕司が始めたコントライブ「いい加減にしてみました」。二回目は小倉久寛が加わり、三回目の今回は沢口靖子がゲストとして参加している。コントを見せ、舞台を回して楽屋の場面で着替えながらしゃべる、というパターンは二回目の舞台を踏襲しているが、ノンストップで二時間を超える舞台、三人とも出ずっぱりである。本科白だかアドリブだか分からないほどに稽古を重ね、その上で出てくる舞台の味わいは、伊東四朗が「てんぷくトリオ」で人気を博するよりも遥か以前、浅草の軽演劇での修行時代から培った芸の血筋を、三宅裕司が見事に受ける、この絶妙のコンビによって醸し出されるものだ。

 13年前の「いい加減にしてみました」の時のネタに沢口靖子が加わり、さらにバージョンアップしたものなどもあり、大いに楽しませる。とても、「いい加減」なことでは出来ない舞台である。こうしたものに飛び込んで来た沢口靖子の女優としての度胸も買えるが、笑いの世界では二人には到底太刀打ちできない。ある意味では、伊東四朗と三宅裕司のコンビ(別にコンビとして活動をしているわけではないが)ぶりが余りに見事で、そこに入るすき間がないとも言える。そういう点で見れば、このシリーズは完成している。

 評判が評判を呼び、チケットの取りにくい舞台として知られるこの公演、観客は役者の顔を観ただけで爆発的に笑い、拍手が起きる。殺伐とした時代の中で、いかに観客が「良質の」笑いに飢えているかが良く分かる。テレビの前ではこうは行かないだろう。ここが、コントライブの面白さと、鍛えた芸の凄みなのである。

 舞台を観ていると、「笑わせようとして起きる笑い」と「自然発生的に起きる笑い」があるのが良く分かる。もちろん、自然発生的な笑いにも用意周到な仕掛けが施されてはいるのだが、それがそう見えずに、観客がつい笑ってしまう。伊東四朗は72歳だと言うが、出ずっぱりの舞台に衰えを見せず、観客を沸かせている。厳密に言えば、13年の間に肉体は衰えているだろう。しかし、それもカバーした上で笑いに転化させ、観客を満足させてしまうところに、ベテランゆえの「芸」がある。役者の抽斗とはこういうものを言うのだ。多くの仕事を共にして来て、伊東四朗にとっては現段階では最高の相手とも言える三宅裕司でも、この部分はかなわないところだ。とは言え、三宅裕司も伊東四朗との間合いの取り方は抜群で、たとえ大先輩であれ舞台の上では容赦はしないで突っ込む場面は突っ込む。観客を笑わせるために芸の火花が散る、とでも言おうか。それが、あざとくならないから観客が喜ぶのだ。もう一つ言えば、この二人は笑いの感性が非常に似ている。

 今回のゲスト、沢口靖子について言えば、「コント」という側面から見ればまだまだ課題は多い。しかし、天然にも見える素材が、こうした舞台にも向いているのだということを発見できた、という意味では良い勉強になっただろうし、初参加の割には貢献している。ラーメン屋の妻の怪しさなどは、意外とも思えるほどの出来を見せた。

 かつて人気を博した「軽演劇」というもの自体が姿を消し、「喜劇役者」という言葉も死語に近い時代になった。観客を笑わせるのに、呼び方はどうでもいいようなものだが、伊東四朗の芝居を観ていると、明らかに喜劇役者、なのである。間の取り方に始まって、科白の調子、結末が分かってしまうのに面白く見せる技、どれもが昭和の匂いのする笑いだ。最近のテレビのお笑いでは、ともすると何を言っているのか分からないほどの早口でまくし立てているケースが多々あるが、堂々とした東京弁で「日々」を「しび」と発音する伊東四朗の姿に、「喜劇役者」としての誇りを感じた。大阪には大阪の笑いがあるように、東京には東京の笑いがあり、間がある。その正統派とも言える舞台が、このシリーズなのだ。

 今回の舞台には、三宅裕司が主宰している劇団「スーパー・エキセントリック・シアター」の劇団員が六人「お手伝い」の形で参加している。ここに、三宅裕司の伊東四朗に対する尊敬と愛情を感じた。この三宅裕司の温かな気持ちは、嬉しい。

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2010. 3.11掲載

「海賊」 2010.02 オーチャードホール

 熊川哲也のステージを観るのは何年ぶりになるだろうか。他の舞台は観ているが、この「海賊」は初めてであり、2007年にこの舞台で怪我をし、代役を立てたという経験もあり、前回の舞台との比較はできない。ただ、観たままを言えば、数年前には彼のニジンスキーにも例えられた跳躍力は明らかに落ちている。それは、足の故障からの復活や、38歳という年齢の問題もあろう。逆に言えば、そうした故障を経験し、それでもなお今のレベルを保てるのは自分との闘いの果てに得たものだろう。肉体を過酷なまでに駆使するバレエは、その分花の盛りは短い。全盛期は過ぎたとは言え、二幕のスピード感溢れる場面などはたいしたものである。

 この「海賊」という作品は、約150年前に初演されたものである。タイトル通り、海賊の仲間同士の恋ありアドベンチャーありで、いわゆる一般的に「バレエ」という言葉で即座に思い浮かぶ性質の舞台とはいささか趣を異にしている。「眠れる森の美女」や「白鳥の湖」というタイプの作品ではなく、冒険活劇のような内容の作品だ。その故かどうかは知らぬが、バレエの歴史の中では余り陽の当らない場所に置かれていた「不遇」とも言うべき作品である。それを、熊川自身が演出に当たり、「古い革袋に新しい酒を」という試みでもある。舞台芸術のジャンルを問わず、古典と呼ばれる作品はこうした試行錯誤を経て残されてきたものなのだ。

 頭領とも言うべきスチュアード・キャシディ演じるコンラッドと、その右腕となっている熊川哲也のアリ。どちらが主役なのか、は舞台を観ている限り非常に微妙な問題である。熊川哲也というブランドが持っているカリスマ性のゆえだろう、観客の多くは、彼の一挙手一と投足に熱い視線を注いでいる。「K-BALLET COMPANY」の主宰であり、1900人収容のオーチャードホールをあっという間に満席にする力を持った熊川哲也の悩みはここにある。これは彼に限ったことではなく、一座を率いるカリスマには共通している悩みだ。自分のコンディションは自分が一番良くわかる一方で、ファンの熱望には応えてゆかねばならない。そこに、彼の表現者としての葛藤と苦しみがあるのだろう。

 一つ感じたのは、技術的な部分での全盛期は過ぎてはいるものの、いかに自分の踊りを美しく見せるか、観客を魅了するかというテクニック、あるいは表現の手段にはやはり他の人々とは格段の差があることだ。それが、今でも人気の衰えない大きな理由の一つでもあるのだろう。鳴りやまぬカーテンコールに応え、そこで見せた彼の微笑みに感じ取ることができた。100%満足の舞台というのは、真摯な気持ちを持っている舞台人にはなかなか出来ないものだ。しかし、この舞台の彼の微笑みに、会心の感情を感じた。こうして、満員の観客席の心を一瞬にしてつかみ取り、自分の世界に引き込んでしまうことが、彼のもう一つの才能であると言えるのだろう。鍛え上げられた肉体でシャープな踊りを見せることで、観客は大きな満足を得る。当然のことだが、「熊川哲也ありき」のカンパニーの強みでもある。

 緊張感のない舞台には感動もない。そういう意味において、この舞台は非常に緊張感に満ちた舞台であった。科白のないバレエの肉体は、時として雄弁に物事を語るものだ。

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演劇批評"Endless Shock"

2010. 2.18掲載

Endless Shock 2010.02 帝国劇場

 2000年の初演以来、今年で11年目となる。「Show must go on」をテーマに、毎年いろいろな部分を変えながら、一つの芝居が進化をたどっている舞台だ。バックステージ物とも言えるジャンルの芝居で、堂本光一扮する「コウイチ」がショーの世界で多くの困難にぶつかりながら進んで行くという設定は当初から変わっていない。「継続は力なり」というが、31歳になったばかりの若さで、帝国劇場を11年間満員にする力はたいしたものだ。

 今回の舞台を観ていて感じたことが幾つかある。まず、11年間演じていながらスピード感が全く衰えていないこと。いくら若いとは言え、今年について言えば2月、3月、7月と三カ月で合計100ステージを演じることになる。ハードスケジュールの合間を縫っての稽古で、毎年新しい要素を加えながらも舞台のテンポが落ちずにいることは評価して良いだろう。もう一つ感じたのは、堂本光一が去年のステージに比べて格段に逞しさを増したことだ。格闘技などのスポーツ選手のような体格ではないながらも、あの華奢な身体のどこにあんなにエネルギーがあるのだろうと思って今までの舞台を観ていたが、身体が一回り大きくなっているような気がした。具体的にどんなトレーニングを積んで来たのかは知らないが、ハードな舞台をこなすために、努力を重ねた結果であろう。この事実一つを取ってみても、まさに「Show must go on」のために他ならない。

 昨年、ある雑誌に、彼の個性は「愁い」と「翳り」にその真骨頂がある、という内容の記事を書いた。その感覚は今も変わっていないが、今回の舞台を観ていて、ふとある歴史上の人物に似た感覚を覚えた。誰もが知っているが実像は観たことがない、悲劇的な歴史のヒーロー「源義経」である。「義経」は同じジャニーズ事務所の滝沢秀明が演じているが、どちらが良い悪いという比較検討の問題ではない。堂本光一が感じさせるものは大袈裟に言えば、悲劇的な「運命」とも「陰」とも言えるべきものを身にまとっているものの魅力だ。ある場面では、京都の五条橋で弁慶を相手に軽々と立ち回った白皙の美少年の面差しを感じさせる。その一方では、来るべき悲劇の予感をまといながらも果敢に運命に立ち向かう武将としての義経の側面をも見せる。義経の短い生涯の中でもいろいろな顔があるわけで、我々が「伝説」として知っている幾つかの顔、場面が今回の舞台から感じ取れた。悲運の武将と堂本光一の姿を重ね合わせることがどういう意味を持つのか、それが意識的に行われているものなのか無意識に彼が醸し出すものなのかはわからない。ただ、それが変にギラギラと男くさくならない「淡さ」とでも言うべき二面性が、彼の魅力であるのかも知れない。

 さまざまなイリュージョンやフライング、和太鼓の演奏、シェイクスピアの「ハムレット」や「ロミオとジュリエット」の一場面など、観客をいかに多くの方法で楽しませるか、という舞台の創り方は、今までにも何度か書いて来たがショーマン・シップを知りつくしたジャニー喜多川の薫陶によるものだろう。今、景気の悪化と共に演劇界も厳しい状況に置かれている。その中で、劇場にいる数時間、いかに観客を満足させるかという、一番シンプルで重要なところに力点を置いた舞台には、それなりの価値がある。ジャニーズのファンに熱狂的な人々が多いとは言え、「満足」が得られなければ次へはつながらないだろう。そのために努力を惜しまないカンパニーの姿が観客に響き、それが11年続いている原因の一つである。

 先輩に当たる少年隊の植草克秀が劇場のオーナー役で出演し、後輩の屋良朝幸がライバルで出演している。先輩を立てながら同時に後輩を育てて行くという器量は、立派な座長である。「Endless」と銘を打っている以上、まだしばらくはこうした公演形態は続くのだろう。その中でどう次の年へ脱皮を繰り返してゆくのか、そこに興味がある。

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2010. 1.27掲載

「慙紅葉汗顔見勢」 2010.01 新橋演舞場

 昭和五十四年に、市川猿之助がこの芝居を復活した折に、一人で十役を早替わりで演じ、しかも宙乗りまであるというので大きな話題になった。実際に舞台を観て、それまで観ていた日本の伝統芸能の一つの殻を破ったような衝撃を受けたのを今でもはっきり覚えている。残念なことに病に倒れた猿之助が、この十八番を市川海老蔵に譲り、新橋演舞場の花形歌舞伎で、猿之助に負けず劣らずの奮闘を見せている。

 市川海老蔵という役者を観ていて、ここしばらくの間に、大きな変化を遂げたように感じる。歌舞伎の宗家としての市川家の次の世代を担うべき者としての大きな自覚と厳しい覚悟、それが感じられるようになった。このことは他の芝居でも書いたが、それがどんどん顕著になっている。この公演にしても、猿之助一門を束ねる市川右近や中村獅童、それに市川海老蔵というメンバーで、本来であれば「無人芝居」と言われても仕方がない。しかし、観客は大入りで、若いエネルギーが横溢する歌舞伎を楽しんでいる。市川海老蔵という役者が放つカリスマ性に他ならないだろう。

 この芝居は、「伽羅先代萩」のお家騒動を核として、そこに累と与右衛門、土手の道哲など、他の芝居でもお馴染みの役が登場する。海老蔵は立役の人であり、十役の中には政岡や累などの女形が精いっぱい取り組んでも難しい役も多い。そうした役の一つ一つの細かな点を取り上げて行けば、食い足りない部分は確かに多い。その一方で、政岡などは想像していたよりも良い出来であった、という意外性もあった。また、仁木弾正の宙乗りでの引っ込みには迫力が感じられた。若いながらも、久し振りに仁木弾正を演じられる役者が出た、という想いもある。

 演技術、という観点で考えれば、同世代の役者でも海老蔵よりも技巧的に優れた役者は他にもいる。それが全般的ではなくとも、役によっては明らかに差違を感じる役者もいる。しかし、そうしたものを超えてしまう「空気」を、海老蔵が身にまとっていることは否定できない事実でもある。この稿を書きながら、今の団十郎が襲名した時の歌舞伎座のことを想い出している。団十郎も、若い頃からさんざん科白の難を指摘された役者だった。同世代の亡くなった辰之助の歯切れの良さなどと比較されもした。しかし、団十郎襲名披露の折に演じた「助六」で、花道から出て傘を広げた瞬間に、歌舞伎座の空気がぱっと華やぎ、明るくなったような気分になったのを鮮明に覚えている。俗に、「華のある役者」と言うが、団十郎の「助六」にそれを感じた。同様のことが、今の海老蔵にも言えるのだ。科白も決して巧みとは言えないし、まだまだ勉強の余地がある。しかし、身にまとっている「華」は確実に父譲りのもので、もっと言えば、「市川団十郎家」に伝わる空気とも言えるかも知れない。

 彼が、何をきっかけに本気で歌舞伎に取り組もうと考えたのか、私は知らない。しかし、今月の舞台では明らかに彼が「歌舞伎」という巨大なエネルギーを持った芝居と格闘し、闘っている姿があった。それは、この芝居が肉体的、時間的に膨大なエネルギーを必要とするものだから、という意味ではない。彼が、歌舞伎役者として先輩の歌舞伎を引き受け、それにまさに「体当たり」でぶつかっている姿に共感を覚えたのである。それぞれの役の巧拙や性根の捉え方を批評する方法もあるが、この芝居に関して言えば、それはあまり意味をなさない。むしろ、一本の芝居に彼がどういう姿勢で取り組み、それがどこで見て取れるか、の方が重要であろう。そういう意味では、市川海老蔵が歌舞伎に対して大きく踏み出したここしばらくの舞台の中では一つの象徴とも言えるべき舞台であったことは間違いない。今後の歌舞伎を牽引していく世代の役者の一人として、彼がこれからどういう仕事を成して行くのか、そこに興味がある。

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2010. 1.27掲載

やみ夜 2010.01 シアターχ

 聴きなれないタイトルだが、樋口一葉の作品だ。しかし、「たけくらべ」や「にごりえ」、「十三夜」のように、我々が一般教養として抱いている樋口一葉の清楚で可憐な世界を期待して劇場へ出かけると、おそらく度肝を抜かれるだろう。この作品には毒がある。タイトルの「やみ夜」に象徴されるような毒だ。しかし、その毒は「美毒」とも言えるもので、美しい明治の文体で綴られると、白昼の光の中で咲く花のような輝きを見せる。この作品を二十三歳で発表していたことにまず驚かされる。明治の人々がいかに大人であり、情報にまみれた現代を生きる我々がいかに表層的で幼稚なものしか持ち合わせていないかを、突きつけられた想いである。明治時代から見れば、新宿だの渋谷のように二十四時間人通りが絶えず電気の消えない街などは想像もつかず、また、我々から見れば、明治の夜はまさに「やみ夜」であろう。しかし、回りが暗いからこそ、かそけき灯りが美しく見えるのだ、ということを我々は忘れている。この舞台を観て、そんな印象を抱いた。

 ドイツで活躍中の演出家・渡邊和子の熱望により、この作品が上演されたと聴いたが、出演者はわずかに四人。芝居も一時間半に満たない、いわば小品である。しかし、実を言えば登場人物は少なければ少ないほど、上演時間は短いほど難しいものだ。役者も演出家も、逃げ場がないからだ。横山通乃、塩野谷正幸、重田千穂子、三宅右矩と、大ベテランから20代までの四人が演じる世界は、美しくもおどろおどろしい。零落して逼塞している美しい女性・お蘭と、彼女に仕える佐助、おそよ。そこに直次郎という青年が交通事故に遭い、助けられて運び込まれて来る。お蘭の屋敷にいついた直次郎はその気高き美貌に憧れるのだが、何とお蘭は、直次郎をテロリストにしてしまう…こういう作品が、明治期に、樋口一葉の手によって描かれていたのが面白い。現実に疲れ、その中でも創作活動に専念した一葉の、「見果てぬ夢」だったのだろうか。

 舞台には残念な点がいくつかある。幕が開いてから30分近く、舞台には必要以外はわずかな灯りしか差さない。時として役者の顔も判別しがたいほどで、これはいかにも勿体ない。闇夜であればこそ、白昼の眩しいような光の中で繰り広げられ、暴かれる人の心のドラマを観たかった。そこにこそ、「暗く深い闇」が口を開けているはずだ。また、幕切れに現代へ結びつけるために、映像が挟まれる。ここで舞台が十分近く伸びてしまうが、この場面はなくもがな、で、もっと象徴的に終わらせることもできるし、工夫の余地は充分にあるところだ。最近、こうした現代的な映像を使う舞台が割に多いが、私はこの手法は採らない。なぜなら、劇場を一歩出れば、どこにも溢れかえっている「日常」だからだ。せっかく明治の「非日常」の世界へタイム・スリップさせてくれたのであれば、そのままの余韻を味わいたかった。

 この舞台で一番成功だったのは、おかしな「脚色」をせずに、原文を尊重し、あくまでも「構成」としたところだろう。それによって、役者が発する明治の文体の美しさが生きた。これは成功である。特に、横山通乃の朗唱術の美しさには驚いた。江戸でも大正でもなく、明らかに「明治の言葉」である。一葉の文章が持つ骨太な美しさ、とでも言うべきものがくっきりと描き出せた。巷で流行っている陳腐な朗読劇など、どこかへ飛んでしまうほどの技術だ。他の三人と比べても、明らかに群を抜いている。役者の教養というのであろう。その中で、一瞬伝法な口調に切り替わるところも見事だった。役者が科白を朗唱する、ということの大事さを、演じる方はもとより観客も疎かにしがちな時代にあって、これは評価すべきことだ。もう一つは、衣裳と装置の工夫が活きている。小劇場の芝居にありがちな、発想だけで実が伴わない貧相なものではなく、奇抜な発想がキチンと活きている。

 流山児★事務所の塩野谷正幸、テアトルエコーの重田千穂子、和泉流狂言師の三宅右矩という個性的なメンバーを集めたのも面白い。所属や携わっている分野など、どこにも共通点のない役者達だが、強いて言えば役者としての体臭に共通点があると言えるだろう。それぞれの世代でアヴァンギャルドを生きている役者を選んで来たかのような印象を受けた。塩野谷には安定感があり、重田には突飛な部分がある。そういう個性で言えば、若い三宅が一番おとなしく、まともに見えるのも面白い。

 勝手なことを言えば、芝居は荒唐無稽の一言に尽きる。一方、小説は「文学」だ。その二つの間を漂っているのがこの作品のような気がする。どちらか一方に偏ることなく、二つの交差するテリトリーを往来するところに、この舞台の面白さがあるのだろう。今まで、シアターχではあまりよその劇場では取り上げない芝居を演じて来た。その分、当たりはずれも大きかったが、今回の舞台は「当たり」に属すると言えよう。

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2010. 1.22掲載

新橋演舞場初春花形歌舞伎 昼の部 2010.01 新橋演舞場

今年の四月に改築のため閉館が決まっている歌舞伎座とそろってお正月に歌舞伎の幕が開き、賑やかなことだ。こちらは海老蔵、右近、獅童などの若手を中心にした花形歌舞伎。別れを惜しむ歌舞伎座に負けないぐらいの大入りである。昼の部は「寿曽我対面」「黒塚」「春興鏡獅子」と三本が並ぶ。「黒塚」と「鏡獅子」の二本が共に長唄の舞踊で、いささか狂言が「つく」嫌いはあるものの、若い才能が奮闘している。  

「寿曽我対面」。今まで、昭和の名優をはじめ幾多の大幹部たちが演じて来た舞台を想うと、舞台に隙間風が吹くように感じるが、過去のものばかりを追っていても仕方があるまい。現に、今この舞台で演じている若い役者たちが、今後の歌舞伎を担っていくのである。それを、芸歴何十年というベテランと比較をして、細かいことをあげつらってもさして意味はないだろう。もちろん、大先輩が工夫を重ねて今まで築いて来た芸を学ぶ必要は絶対にある。その上で、市川猿之助一門が多いこの一座で、これからの歌舞伎をどう考えるのか、彼らの視点でどう創って行くのか、そこにこの花形歌舞伎の若い一座の意味があるのだろう。工藤祐経は右近。科白がいささか籠もり気味に聞こえるのが難点である。口跡は悪くないし、メンバーの中では適役なのだから、それを活かした方が良かっただろう。獅童の曽我五郎、役の勢いは買うが、そこの部分だけが先行気味で、見得の形が綺麗に決まらないことや、科白が聞き取りにくいところがある。こうした問題を、一つずつクリアしてゆくことが今後の課題だろう。笑也の曽我十郎は、女形の部分が勝ちすぎてしまい、もう少しきっぱりしたところが欲しい。猿弥の小林朝比奈が、仁に合っている。お正月にはつき物のめでたい芝居で昼の幕開きは悪くない。  

「黒塚」。右近が初役で勤める師匠・猿之助の十八番である。猿之助が病に倒れて以来、観ることができなかったものだけに、愛弟子の右近が猿之助の当たり役をどう継承するか、興味のあるところだ。結果を先に言えば、初役ながら上々の出来である。「猿之助写し」とでも言おうか、相当細かい部分まで猿之助の風を漂わせており、この演目に賭けている意気込みがよくわかる。歌舞伎の世界では、先輩に教えてもらった芝居は、まずはその通りに演じ、次回からは自分なりの工夫を加えるのが礼儀という習慣がある。そういう意味では、猿之助の芸の多くを引き継ごうという意志が良く現われた「黒塚」だった。ただ、難を言えば、張り切りすぎて元気一杯のあまり、時として「老女岩手」から離れてしまい、「男」になってしまう部分が散見できた。これは、今後の課題だろう。身体が良く動くので迫力があるが、その分、抑制と躍動のメリハリをもっときちんと付ければ、さらに良いものになっただろう。師匠から弟子へ、こうした形で名作が継承され、やがて右近が自分なりの「黒塚」を創り上げる日が来るだろう。そのスタートラインとして、という意味ではまずまずだった。  

市川海老蔵の「春興鏡獅子」。私が思うには、この舞踊の眼目は、勇壮な獅子の後ジテよりも、小姓弥生で踊る前ジテの方が遥かに難しい。そこに一抹の不安はあったが、予想していたよりも良い出来だった。体格が良いだけに女形はいささか、とも思ったが、時折振りが大ぶりになる他は、これと言った傷もなく演じおおせた。二枚扇のくだりなども、扇の扱いに変に気を取られずに、さらりと見せるのが良い。後ジテの獅子の精の迫力は、まさに海老蔵の面目躍如と言ったところで、華麗で勇壮な獅子の踊りを見せる。獅子の毛を振る所作や舞台を大きく使って踊る獅子の精に、満場は喝采である。ずいぶん前に、父の市川団十郎が踊った「鏡獅子」を想い出した。  

私が、今回の舞台で感じたのは、市川海老蔵の「覚悟」である。夜の部では、市川猿之助の当たり役で人気狂言の「伊達の十役」を演じている。こちらはまだ観ていないので批評はできないものの、市川猿之助一門と一緒に一カ月興行の幕を開け、自らがリーダーシップを取って今までにないものに挑戦して行こうという意気込みに、彼が今後歌舞伎とどう対峙してゆくのか、という決意と覚悟を観た想いである。芝居の細かな点をあげつらえば、まだまだ足りない部分はある。それは先の右近と同じことで、これから自分が勉強をし、身につけてゆけば良いだけの話だ。

昨年の七月の歌舞伎座で、玉三郎と共に猿之助一門との奮闘公演を行ったが、彼が歌舞伎の宗家・市川団十郎家の後を継ぐ役者として、真剣に歌舞伎と対峙し、考えていることがその公演でもわかった。もちろん、いくら海老蔵が覚悟を決めたところで歌舞伎は一人ではできるものではない。しかし、今の海老蔵には同世代で切磋琢磨できる染五郎や愛之助、孝太郎や菊之助などの好敵手があちこちにいる。それに加えて、父の団十郎をはじめ、幸四郎、菊五郎、仁左衛門、勘三郎など、彼がこれから演じるであろう役を演じて来た先輩達も健在で現在の歌舞伎界を懸命に牽引している。そういう意味では、今が、またとない修行のチャンスだ。この機会を活かして、次の世代の歌舞伎を牽引するメンバーとしての活躍を期待したい。

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2010. 1.22掲載

細雪 2010.01 明治座

谷崎潤一郎の名作「細雪」。大阪・船場の旧家の四姉妹を中心に絢爛豪華に、また時代の変わり目と共に描いた名作は、舞台化されて四十四年になる。今回で三十二回目の公演となり、その間にキャストを何回も変えながら、上演回数が千三百回に達するという。和物の大劇場演劇の作品で、こういう上演の形態を続けている作品も珍しいとも言えるだろう。「放浪記」の森光子のように、単独主演という形ではなく、ある時期が来るとメインの四姉妹を変えて新たなキャスティングで上演をする。顔ぶれが変わらないことに安心感を覚える芝居もあれば、顔ぶれが変わり新鮮な感覚で観られる芝居もある、ということだ。  

今回四姉妹を演じるのは高橋惠子、賀来千賀子、紺野美沙子、藤谷美紀。この顔ぶれでの上演は今回が初めてとなる。私がこの芝居を初めて観たのは昭和五十九年の東京宝塚劇場で、四姉妹は淡島千景、新珠三千代、多岐川裕美、桜田淳子だった。それから二十六年の間に、十一組の四姉妹がこの芝居を演じている。煩雑になるのでそのメンバーを列挙することはしないが、東宝が生み出した芝居のうち、立派な古典の一つになったと言えよう。  

昭和十二年から十四年にかけて、江戸時代から続く大阪・船場の木綿問屋・蒔岡商店の没落と変遷を描いたこの芝居、どこかチェーホフの「桜の園」を思わせる。原作者の谷崎の頭の中に「桜の園」があったかどうか知らないが、芝居の重要なモチーフとなるのも大きな桜である。もっとも、谷崎がそんな短絡的な発想でこの作品を書いたとは思えない。昔から歌舞伎とシェイクスピアが対比されるように、そうしたものが「作家の運命」の中にはあるのかも知れない。  

この芝居を観るたびに感じるのは、四姉妹が実に巧みに描き分けられていることだ。時代遅れと言われようが船場の旧家の誇りを第一に生きる長女の鶴子、一番バランスが取れている次女の幸子、いかにも旧家のお嬢様育ちの雪子、末っ子でおちゃっぴいの妙子。この四人がそれぞれに問題を抱え、繰り広げていくある意味大時代なホームドラマは、今はもう壊滅状態に近い「家制度」がまだ厳然と残っていた時代のものである。それを、単に「古き良き時代」であるとひとくくりにすることはできないものの、こういう時代の感覚が、かつての日本に存在していたことを考えると、わずか七十年という時間の中での日本のいろいろな意味での劇的な変化を感じざるを得ない。この芝居が指示され続けているのは、実際の体験は持たないまでも、そうした時代に対する観客のノスタルジックな想いの一部や、緩やかに時間が流れていた時代への憧れなどの感情がないまぜになって投影されているからではないだろうか。  

この芝居の見せ場は、美女の四姉妹が見せる豪華な衣装である。今は、和服の展示会でもなければ目にすることのできない美しく、品のある和服姿は、観客のどよめきを誘う。美女がまさに「妍を競う」ばかりの艶やかさは、この芝居の大きな見どころだ。特に幕切れ、満開の桜の中、晴れ着を着て歩く四人の姿には観客からため息がもれていた。いかにも「お芝居を観た」という気にさせる豪華さである。ただ、気になったのは舞台装置の重厚感がいささか薄れて来て、船場の旧家の古色蒼然とした味わいや芦屋の邸宅の重厚感が今一つ伝わって来ないこと、もう一つは、戦前の船場の言葉とは思えない、現代の言葉で話している役者がいたことだ。テレビの時代劇などでも、目を閉じて聴いていると全く現代の科白に聞こえることがしばしばあるが、個々の役者の科白の調子や時代色がだんだん希薄になっているのは否めない。  

今回が四回目となる鶴子の高橋惠子が、古臭く、誇り高い船場の御寮人を、わざとらしくなる手前でキチンと止めて演じている。蒔岡家という旧家の象徴の一つでもある桜の大木と鶴子自身が重なるような印象を与えた。今回が五回目となる三女の紺野美沙子が次いでいい。役の雰囲気に合ったおっとりした空気を身にまとっているのが良い。四女の妙子に恋焦がれる「啓ぼん」の太川陽介、啓ぼんの元の使用人の板倉の新藤栄作、この二人はここ十年ほど変わっていないが、すっかり役のイメージを作り上げた。橋爪淳の品の良さもこの作品に良くなじんでいる。新陳代謝する女優と固定化する男優、どちらの方法がより適切なのか、は観客の判断だろう。  

時代の変遷のスピードが異常に早い中で、変わらないものもあれば、やむを得ず変わるものもある。変わるものに対しては懐古や想い出が美しくつきまとっている。「細雪」は決して単なる懐古趣味によるものではなく、原作にどっしりと描かれている「時代に遅れながらも生きている人々」の姿がある。だからこそ、半世紀に近い間繰り返し上演されるのだろう。作品の魅力、というものを改めて感じさせる芝居である。

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2009.12.24掲載

フロスト/ニクソン 2009.11 銀河劇場

 実在の人物や事件を舞台化することの難しさは今までに多くの芝居が語っている。ウォーターゲート事件でアメリカ大統領の辞任を余儀なくされたニクソンに対し、その真実はどこにあったのかを執拗に追求していくインタビュアー。日本ではお目にかかれない光景だが、海外のこうしたインタビューの追及にはすさまじいものを感じることがある。ニクソンやフロストが実際の人物に似ているかどうか、よりも、この芝居では二人の駆け引きがどう観客に伝えられるか、そこが肝になるだろう。  

インタビュアーのフロストに仲村トオル。ニクソンに北大路欣也。舞台では「異色」とも言える組み合わせのようだが、今回はこの二人で面白い化学反応を起こしたとも言える。膨大な科白のやり取りで、お互いがグイグイと引っ張りっこをしてゆく芝居の醍醐味がある。休憩なしで1時間50分のうち、前半は脚本がいささか冗長な感覚があるが、後半に二人のインタビューになると、芝居の持つエネルギーが膨らんでゆくのが良くわかる。  

仲村トオルという役者。テレビや映画では人気の顔だが、正直なところ、舞台の芝居は特筆するほどに巧みだとは思えない。時として科白が一本調子になる部分もあるし、役の「肚」が浅い部分は否定できない。しかし、不思議なことに、芝居を観ているうちに、いつの間にか仲村トオルの世界に引き込まれている自分がそこにいる。これは、彼の個性が持っている魅力だろう。もっと舞台での芝居を鍛え、個性にテクニックが加われば、良い舞台役者になるだろう。  

対する北大路欣也のニクソン。フロストが繰り出す追求の矛先をかわし、のらりくらりと交わす老獪な政治家のさまが見事なものだ。北大路欣也と言えば「時代劇の大御所」というイメージがあるが、新しい境地の発見だ。年齢に関係のない役者の挑戦が刺激的な舞台を生んだ一例である。今の時期にこうした翻訳劇に出会うというのは、役者としてのある種の運命かもしれない。「時代劇の役者」としてしか観ていなかったプロデューサーの側にも責任はあるが、よくこの膨大な科白劇に挑戦をしたものだ、と感嘆した。  

仲村トオルと北大路欣也のやり取りを観ていて感じたことがある。海外の芝居でありながら日本の歌舞伎などに象徴される「肚芸」だ。例えていわば、「忠臣蔵」で、真正面から切り込んで来る一本気な仲村トオルが浅野内匠守、それを泰然自若と腹で受ける北大路欣也が吉良上野介、という図式である。もちろんそっくりそのままあてはまるものではないが、いわゆる「新劇」と呼ばれる分野の芝居において、そうした感覚を覚えるのは面白いことだ。それほどに二人のやり取りが緊密な、切迫したものであった、ということだ。もっとも、この勝負は北大路の横綱相撲で、ストーリーはともかくも演技術という点で言えば、北大路に軍配が上がった。年功を積んだ役者の芸が光芒を放つのはこういう時だ。その重さや貫録、間など、記録にならないものが「芸」なのだと、改めて感じる。  

ただ、1時間50分の芝居の中でこの盛り上がりに達するまでの運びに、いささかもどかしいものを感じる。上演台本と演出を受け持った鈴木勝秀に一考を促したいところだ。客席のライトを切り替えることで、観客の意識を変える演出方法は面白いものの、時にそれを「うるさい」と思う瞬間がある。  

二人を囲む役者に佐藤アツヒロ、安原義人、谷田歩ら。佐藤アツヒロが芝居の進行係とも言うべき役どころである。ジャニーズ事務所の中に舞台で活躍する人は多いが、彼の舞台に対する視線には独特のものを感じる。安原義人はコメディの老舗、テアトル・エコーで長年鍛えられた安心感がある。  

テレビでは見られる顔合わせでも、それを生の舞台で観る、ということ。また、新たな作品を生み出す力。芝居が持っている面白さはここにある。昨今、不況が長引き、芝居どころではない、という声もあるが、こういう時代にこそ良い芝居を観たいものだ。今回の舞台は、家に寝転がってくだらない芸能人の馬鹿笑いを観ているよりも遥かに価値がある。舞台との出会いは一瞬だが、想い出は何十年と持つものだ。そこに、チケット代金の価値もあるのだ、と言えよう。  

アメリカなら「フロスト/ニクソン」だが、宮内庁を恫喝した傍若無人極まりない小沢一郎と、法律で制度化する前に日本で最初に「お母様から子ども手当」を受給していた鳩山総理大臣辺りを主人公にした芝居を創るぐらいの勢いが日本の芝居にも欲しいものだ。もっとも、それでは茶番にしかなるまいが。

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2009.12.01掲載

 加藤健一事務所が30周年記念公演の一環として、マキノノゾミの「高き彼物」を上演している。カトケンにしては珍しい脚本を選んだものだと思う。過去に繰り返し上演し、高い評価を得ている作品はいくつもあるが、30周年の記念公演では過去に好評だった作品を演じるのではなく、新作を立て続けに上演するのだと言う。カトケンの30年は、まだ過去を振り返るものではなく、今後の疾走に向かっての通過点である、という意味なのだろう。

 昭和53年の静岡を舞台に、一軒の家で繰り広げられる家族のドラマ、と言ってしまえば簡単だが、ディテールに作者のこだわりを見せながら、大詰めに向かって舞台を盛り上げ、収斂させてゆくマキノノゾミの脚本は緻密である。一幕65分、二幕65分という上演時間のバランスも悪くないが、一本の芝居の中に重い場面、明るい場面を巧みに取り交ぜて、ドラマは進んでゆく。いささか偶然のこじつけが目につくところもあるが、相対的には家族のありように幾つもの方向からライトを浴びせ、登場人物の姿を炙り出して行く。

 加藤健一を中心に、小泉今日子、滝田裕介という個性的なメンバーでの舞台、今まで好んで取り上げて来たスピーディなコメディとは趣を異にしている。そうした芝居だけが加藤健一の本領ではないことは、今までの活動を観ていてもわかる。彼の舞台を観ていていつもながらに感心するのは、面白い脚本を見つける才能と、その配役の妙だ。七人の登場人物に多少のでこぼこはあるものの、安心して観られる役者をきちんと押さえているところはたいしたものだ。

 本多劇場の舞台に、静岡の昭和の家の立派なセットを組んだのは見事だ。どっしりした地方の家に漂う昭和の空気感、とでもいうものが漂っている。今の時代に誰もが懐かしむ昭和の一家庭の姿がそこに見える。しかし、それは単なるホームドラマではなく、懊悩や暖かい無視、想いやりに囲まれた家族の姿なのである。加藤健一の元教師の役は、一見フラフラしているようでも、その奥底に心のわだかまりを抱え、日々の暮らしの中に時折見せる懊悩が面白い。小泉今日子の教師、彼女の芝居を観ていて「凛烈」という言葉が思い浮かんだ。きっぱりとした科白の調子、すっとまっすぐに伸びた背筋。このところ小劇場での舞台を何本か観たが、だんだん舞台の調子をつかんで来たような印象がある。ベテランの滝田裕介が、何とも言えないゆったりした芝居で、自分のペースで芝居をしながらも、芝居の中でキチンと自分の役割を果たしている。こういうベテランの味は捨てがたいものだ。何でもない芝居で幕を切るのだが、そこに別段力が入っているわけでもなく、ごく自然体で芝居を見せる。こういうことは、十年二十年の修行でできる芝居ではない。今回の舞台で殊勲賞を出すとすれば、警官の役を演じた石坂史朗だろう。扉座出身の役者で、今までにも加藤健一の芝居には何度か出演しているが、静岡ののんびりした、それでいて人間関係の濃い町と時代を表現する良いアクセントになっている。狂言回し的な役どころを、見事に演じた。何よりも、科白に昭和の時代感覚が生きているのが嬉しい。

 さて、この芝居のタイトル「高き彼物」という耳慣れない言葉だが、この言葉は短歌の一節である。芝居の中で、結局「高き彼物」が何であるか、という結論は提示されない。その言葉を受け取る登場人物がそれなりに考え、それでもわからないままに終わる。乱暴な言い方をすれば、舞台の一人一人の考え方が「高き彼物」であるとも言えるし、観客に「高き彼物」とは何か、それを持って帰って考えてもらいたい、というものでもある。とは言え、芝居を観た後で家に帰り、その言葉の意味を調べる必要はない、と私は思う。「高き彼物」という言葉が、「語感」として観客の耳に残り、頭の片隅に残れば、そこであえて結論を出す必要はないのだ、と思う。「高き彼物」という言葉に想いを馳せ、時折想い出せばそれで良いのだ。現に、作者も出演者もこの言葉に対する感覚は違っているはずだ。芝居にはいろいろなパターンがあり、みんなが同じ結論を出す必要はない。とは言え、私が批評家として一つの結論を出すのであれば、この言葉は、最終的には「これだ」という正解を見つけることがかなわぬ「人間の生き方」であるのではなかろうか。人間がその生を全うする数十年の間に、自分が疑問に思っていることのすべてに対して明確な結果が出ることなどはあり得ない。自分なりの「高き彼物」とは何か、ということを考えながら日々を暮らしてゆく、その生きようそれ自身が「高き彼物」と言えるのではないか。

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2009.10.22掲載

 市村正親のテヴィエが今回でもう三回目になるという。森繁久彌が初演し、上條恒彦、西田敏行と受け継がれてきたこの役が、市村正親のテヴィエで「平成の屋根の上のヴァイオリン弾き」になった。今の観客には信じられないだろうが、この芝居、1967年の初演の折には後のブームを予想するべくもないほどの不入りだったのだ。私は初演を観ていないが、想像するに、こうした民族や信仰を根に据えたテーマのミュージカルが、まだ日本の観客に受け入れられる土壌ができていない時代だったのであろう。今でこそ、「レ・ミゼラブル」のようなミュージカルも何の違和感もなく受け入れられる時代だが、ここへ来るまでに40年以上の時間がかかり、また、最初にこうした作品を日本に持って来た菊田一夫、という劇作家であり東宝の重役の名プロデューサーの慧眼があったことが、今のミュージカル全盛の水脈になっているのだ。

 我々日本人には、「民族の迫害」という感覚が理解しにくい。宗教に根差した生活も同様である。しかし、ユダヤ人は、そうした歴史の中で長い歴史を生きて来た。ロシアの寒村・アナテフカに住む貧乏だが人の良い牛乳屋・テヴィエ。五人の娘を抱えて、日々の暮らしに追われる中、それでも小さな日々の幸せに包まれ、家族の愛情に包まれて生きている。それが、やがてアナテフカを追われるまでを描いたミュージカルである。「人生に乾杯」「金持ちなら」「サンライズ・サンセット」などのミュージカル・ナンバーが優れているのは言うまでもないが、愛情に溢れた作品が、多くの観客の支持を集めている理由の一つだろう。

 市村テヴィエは、一言で言えば「フレンドリー」なテヴィエだ。森繁久彌や上條恒彦のそれが、日本の家父長制度の中で生きる父親の姿を炙り出したものだったが、市村正親はそれよりも近寄りやすい雰囲気を持っている。それが、時として軽く見える嫌いがあるが、それは、この芝居が日本で生きるための宿命でもあるのだ。というのは、この重いテーマの芝居を日本人の観客に身近なものにするために、今までに演じた役者たちが、観客の理解のためにあえて役を軽く演じようとして来た歴史がある。その流れの中で、市村正親が役を創った上の結果だろう。それが正しいことであるかどうか、は非常に解釈が難しいところだ。ただ、森繁が演じていた頃よりもずいぶんアドリブめいた科白がなくなり、芝居のテンポアップがなされていたのは評価できる。

 テヴィエの妻・ゴールデを演じるのは鳳蘭。この女優が今までこの役を演じていなかったのが不思議なほどである。今までのゴールデの中で、私が一番すぐれていると感じたのは淀かおるだったが、同じ宝塚の後輩が演じる鳳蘭のゴールデは、淀のそれを彷彿とさせる立派な「おかみさん」だ。明るくってしっかりしていて、しかもテヴィエに全幅の信頼を寄せている。特に感心したのは、大詰め、アナテフカを追い立てられ、アメリカへ渡る準備をしている一家。立ち去る家をいつまでも掃除し続けているゴールデを催促するテヴィエに、「汚くしたままで出て行きたくないもの!」という科白をぶつける。この一言に、ゴールデという女性がこの寒村で生きて来た半生が込められているような想いを感じ、胸が締め付けられた。さすが、である。時として太陽のように明るく、娘を叱る時は叱るが、立派な「おっかさん」である。何よりも、貧乏を恥じることなく、テヴィエと共に堂々と生きている姿が良い。昔はこういう人が町に普通にいたものだ。

 この二人の夫婦は見事なコンビだが、他の役にはいささかの不満がある。貴城けいのツアィテル、笹本怜奈のホールデ、平田愛咲のチャヴァ。この三人の娘の個性が際立たないので、一緒に見えてしまう。本来は性格が描き分けられているのだから、そこをきちんと演じなくては意味がないだろう。また、舞台全体に感じられたのが、「民族」「信仰」といった、ユダヤ人の生きる「誇り」とも言うべきものが希薄だった点だ。科白の中では繰り返し登場するテーマなのだが、形で見せられないものだけにどう表現するかが難しい。しかし、その感覚が「何となく」でも良いから観客に感じられるかどうかで、この芝居が持っている厚みが全然違って来るのだ。そこが今後の問題だろう。

 この芝居を貫く大きなテーマの一つの「伝統」−芝居の中では「しきたり」と呼んでいる−がある。古き伝統の中で、それをよすがに生きて来た人々が、新しく入って来た思想の中で古き伝統を打ち破って新しい世界へ旅立つ芝居でもある。その感覚で言えば、今回の平成版の「屋根の上のヴァイオリン弾き」も今までの先輩たちが創ってきた「伝統」から抜け出し、新しい二十一世紀の思想や感覚を盛り込んだものなのだろう。これは悪いことではない。一つの芝居を長い間演じるには、そうした「洗い直し」は必要な作業だ。しかし、それはよほど慎重にやらなければ、単に「軽い」で片づけられてしまう恐れがある。一つ感じたのは、以前の上演の折に比べて随分科白が変わっているのに、訳者が「倉橋健」としか記されていないことだ。新たに翻訳に手を加えたのであればその人の名を記さないと、両方に対して失礼に当たるだろう。細かいことだが、ここをキチンとしておかないと、「平成版」の新しい「屋根の上のヴァイオリン弾き」の土台が固まらない。今後の上演のために、あえて書いておく。

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2009.10.15掲載

 舞台には落語の高座がしつらえてある。「正札附」の出囃子が聞こえてくる。昭和の名人・三遊亭圓生の出囃子だ。生で聴くのは三十年以上前の高座以来だ、と思いながら観ていると、大滝秀治が羽織袴で登場した。顔立ちは亡くなった春風亭柳昇を思わせる。何となく、こうした噺家がいたような気になる。こうして別役実作、大滝秀治主演の「らくだ」の幕が開いた。

ご存じない方のために少し注釈をすると、「らくだ」とは落語の演目である。傍若無人で嫌われ者の「らくだ」という仇名の男がふぐに当たって死ぬ。そこへ通り合わせた人のいい屑屋を巻き込んで、「らくだ」の兄貴分と称する男と長屋で騒動を繰り広げる、という噺だ。ここまで書いていて思ったのだが、落語の粗筋を書くほどばかばかしい話はない。

この噺を下敷きにして、別役実の世界観が広がる。題材は落語の古典名作であっても、それが別役の手にかかると、まったく違った、まさに「世界観」が広がるものだ。つまり、いつもの別役作品のように、登場人物に固有名詞はなく、「男1」とか「女2」としてあるだけだ。落語の世界の話だ、普通であれば「熊さん」だの「馬の奴」、「長屋の大家さん」となるところを、あえて自分の世界観の中で展開する別役の筆は冴えている。面白かったのは、「らくだ」という男がふぐに当たって死んだという事実を、「政治的な事件」にしてしまうことだ。単にふぐに当たって死んだのではなく、そこには別の人物の思惑が介在していた。これは、完全に落語から離れている。その離れ方が、ある意味で新鮮であり、この感覚こそが、別役実という劇作家の真骨頂なのだ、と思う。「ええじゃないか」も登場することから、幕末とおぼしき時代を想定して書いているのだろうが、時代も場所も特定はしない。別役作品においては、そうしたことはたいした意味を持たないからだ。そして、別役作品には象徴的なシンボルである「街灯」が出てくる。それが時にはベンチであったり、椅子であったりするのだ。これは、単に「らくだ」という古典落語を劇化したものではなく、その設定を借りた別役実の世界なのだ。普通に劇化したのでは、こうはならないだろう。

この作品に臨む大滝秀治、84歳である。民藝の大先輩、瀧澤修や宇野重吉の薫陶を受け、それを体現しながらここまで重ねてきた芝居というものが活きている。芸の伝統は歌舞伎などの古典芸能だけではなく、新劇でも充分に活きている。先人の精神を受け継ぎ、それを自分の中でどう換骨奪胎し、新しい自分の芝居を生み出してゆくか。そこが役者の苦しみどころであり、はまった時の楽しみでもあろう。このところ、小幡欣治作品などで快調なヒットを飛ばし続けている大滝秀治の畢生の当たり役と言っても良い気がする。酒を飲み、酔いを発して「らくだ」の兄貴分に絡んでゆく辺りは、落語と芝居の間を行ったり来たりしているような心地よさがあり、客席の笑いを誘う。人のよさそうな温顔の中に時折見せる硬骨漢ぶりが、別役実の作品とマッチしているのだろう。老境にある作家と役者の、見事な光芒と言えよう。

今回の舞台で二人の役者が眼に残った。まずは、大家のおかみの塩屋洋子。放り投げるような科白の言い方に性根の悪い女のさまが良く見える。良い意味で、昔の新派のわき役の芝居を観るような気がした。もう一人、「らくだ」の兄貴分の和田啓作。姿もそうだが、科白の切れがいい。アクセントや間の問題など、細かいことを言い出せばまだまだ修行の余地ありだが、こういう芝居を演じられる世代が今の民藝にいることが嬉しい。ここが、劇団の強みなのである。

 今、劇界にも大きな不況の波が押し寄せている。それだけではない、膨張しすぎたこの世界が、今後どういう形になるのか、不安な要素はたくさんある。誰もがその中で試行錯誤を繰り返している。膨張の果てにくるものは収縮だ。その折に、残る芝居は何か。言うまでもなく「良質の芝居」だ。その時に、バブルに眼もくれずにコツコツ芝居を重ねて来た劇団の強み、というものがわかるのだろう。観客の笑い声がそれを語っていた。

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2009.09.19掲載

2002年にイギリスで初演され、その後アメリカでトニー賞の栄冠に輝いたイギリスの劇作家、トム・ストッパードの「ユートピア ユートピアの岸へ」三部作が一挙に上演されている。各部が約3時間、休憩時間を含めると、一日で三部を全部観劇しようとすると約10時間30分に及ぶという超大作である。一部の「船出」、二部の「難破」、三部の「漂着」がそれぞれ二幕の構成で、上演時間の長さやキャストの顔ぶれの豪華さが話題になってはいるが、芝居の本質を考えると実に緻密に構築されており、上演時間の長さが苦にならない。

 舞台はロシアで幕を開ける。1833年、前近代的な農奴の制度が色濃い世相の中、「革命」に闘志を燃やす若者たちが1861年の農奴解放を経て、1868年までの約35年に及ぶ物語だ。世の中の動きに対して青雲の志を持った若者たちも、それぞれが家庭を持ったり幾多の恋愛を経験したりして、だんだんと「大人」になってゆく。その中で、志を一にしていた仲間の考えも現実の前で微妙な食い違いを見せ始める。世俗の栄光を手にする者もいれば、政治行動に没入する男もいる。作者はそうした人々を細かな場面の連続を重ね、時間を行きつ戻りつし、事実と虚構を混ぜながら構築して見せる。登場人物の中には、我々でも知っているツルゲーネフなどの実在の人物が登場し、主人公のゲルツェンもまた実在の人物である。一人の役者が複数の役を演じているケースもあるので、登場人物は延べにすれば70人を超えるだろう。こうした大人数の処理は、演出家・蜷川幸雄のもっとも得意とするところである。登場人物の衣装を「白」を基調にまとめ、素早い舞台転換で芝居のテンポを作っているところは評価するが、特筆すべき目新しさはない。むしろ、目新しさをあえて求める必要もないだろう。「大がかりな蜷川演出の芝居」という一つのブランドでもあるのだから。

 芝居は、阿部寛が演じる思想家・ゲルツェンを中心に展開し、別所哲也の作家・ツルゲーネフ、勝村政信の革命家・バクーニン、石丸幹二の詩人・オガーリョフ、池内博之の文芸批評家・ベリンスキーなどが主な登場人物となる。麻実れい、水野美紀、京野ことみ、佐藤江梨子、とよた真帆、毬谷友子などの女性キャストも多いが、男性が中心の芝居である。この芝居の本質を一言で言えば、「議論」と「対話」の芝居、ということになろうか。そういう意味では、純然たる科白劇で、役と役との対話によって感情の流れや摩擦が起き、ストーリーが展開していく、典型的な「新劇」だ。そうした議論のやり取りが、すとんと観客の心の中に落ちてゆくのが、この芝居が飽きない原因だろう。今どき、「革命」などというものについて、延々と議論をしている芝居を観れば、一歩間違えれば一時間も持たないだろう。しかし、その時代を生きた人々の思想のみならず「気持ち」や「人間くささ」がリアルに伝わって来るから、この長編が飽きないのである。トム・ストッパードが膨大なエネルギーを費やしてこの芝居を書き、世に問う意味、それを考えたい。

 主演の阿部寛、最近の仕事ぶりは目覚ましいと思っていたが、この仕事は見事だ。最初に登場した瞬間に、「若き思想家」に見えた。一番の要はここで、どんなに長大な科白を完璧に暗記しようが、その言葉が、「思想家」としての役・ゲルツェンの口から出たものでなくては、観客は納得も共鳴も反発もできまい。歌舞伎などでも「出」の瞬間が大切だと言われるのはそこだ。彼が演じている役に見えてしまえば、後は彼がどう言おうが、その言葉を観客は受け入れる。この最大の難関を突破したことは、きちんと評価してよい。時間を重ねるごとにうまく年を重ねているが、それは厳しい言い方をすれば役の上の工夫であって、最初の「役になる」という大前提が崩れてしまえばこれも徒労に終わる。それが徒労に終わらずに功を奏したのは、最初の科白の若々しさで、外見の問題ではなく彼の役柄を造型して観客に見せたことだろう。以前、「熱海殺人事件」初演の折に「変わったな」と思ったが、この芝居でまた再度彼は「変わった」。今回の稽古では相当に苦労をしただろうが、それは報われるはずだ。ただ、第三部にもう少し悠揚迫らざる感覚が出てくればほしい。物質的なものに恵まれ、常に自分の回りにサロンを築いている中年男性の優雅さが欲しい。それでこそ、若き思想家に突き上げを食う中年の矛盾が漂うというものだ。

 瑳川哲朗が第一部で見せたバクーニン家の家長が良かった。いかにも旧弊なロシアの貴族の俗臭をぷんぷん漂わせた芝居、さすがにベテランの味である。こういうことが一朝一夕にはできないところが芝居の面白さである。その夫人である麻実れい。いささか典型にすぎ、むしろ第三部で演じた家庭教師の方がこの女優の魅力が出ている。毬谷友子が第三部で見せた崩れた女の姿が印象的だった。

 別所哲也、石丸幹二ら、ゲルツェンを取り巻く人々について言えば、想いのほかの健闘ぶりを見せたのが池内博之の批評家・ベリンスキーだった。貧困の中で、一途に理想に燃える青年のいらいらした行き場のない焦燥感がよく見える。別所哲也のツルゲーネフは、後半になって良くなってきたが、前半の仕事ぶりは特筆すべきことはない。一部では狂言回しのような役どころの勝村政信の革命家・バクーニン、第三部での芝居がいささかあざとく、それまでの努力が帳消しになった感がある。石丸幹二の詩人・オガリョーフも、幕を追うごとに良くなった。銀粉蝶が出番は少ないものの、他の役者に代え難い味を持っていた。

 今の日本人が、茶番劇を繰り返している国会の体たらくを観てもわかるように、まともに議論を闘わせる機会がめっきり少なくなった。その背後にあるのはIT社会による人間関係の希薄さなのか、時代に漂う虚無感なのか。今は、自分の意見を堂々と開陳すれば変な眼で見られる時代でもある。しかし、若い時代にそうした議論を交わし、熱く語った人々もやがては中年になる。現実を知り、社会を知り、分別を弁え妙に落ち着き、理想を語ることも少ない。若い頃に夜を徹して議論したことなど想い出の彼方になり、日々の生活に追われている。そうした現状を、若者に「だらしない」と批判をされる。これはおそらく、古代から繰り返されてきたことなのだろう。かつて自分が批判をしてきた人々の年代に差し掛かり、「今の自分はどうなのだ」と、若者に問われ、自分にも問い掛ける。

 ゲルツェンが夢見た「ユートピア」は、どこにもなかったのかも知れない。しかし、ユートピアを探す行為だけは、やめてはいけないのではないか。それが、この芝居の一つの本質であるような気がする。折しも、日本という国が政治的にも社会的にも大きな舵を切るタイミングにこの芝居がぶつかったことは、あながち偶然ではないのかも知れない。10時間20分の間に、そんなことも頭の中を居来する一方、この骨太な芝居に関わった多くの人々に賞賛を贈りたい。

 ※参考までに、今回の舞台のタイムテーブルを記す。

第一部「船出」12:00〜13:15、13:30〜15:00

第二部「難破」13:35〜16:55、17:10〜18:30

第三部「漂着」19:15〜20:30、20:48〜22:20

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2009.07.31掲載

 来年四月で取り壊しが決まっている歌舞伎座としては、最後の七月公演である(これからの公演はすべてそうだが)。七月の歌舞伎座と言えば、猿之助奮闘公演として夏芝居の目玉だったが、玉三郎を中心に猿之助の一門を加えての夏芝居もすっかり定着した感がある。病に倒れた猿之助の一門をまとめて引き受け、次々に大役に抜擢し、自らが一ヶ月の責任興行を行う玉三郎の姿勢には頭が下がる。夜の部は「夏祭浪花鑑」と「天守物語」。玉三郎を座頭に、海老蔵、勘太郎らの若い役者、そして上置きに片岡我當。

 上方の芝居である「夏祭」、上演の時期としては最高で、人気の海老蔵がこの伊達男・団七九郎兵衛をどう演じるか、そこがまずは興味の焦点だ。出の瞬間から「目」の効く役者である。特に、大詰めの殺し場、緋の下帯で市蔵の義平次を相手の立ち回りには色気がある。今までに、いろいろな団七九郎兵衛を観たが、イキが良くて身体の線が美しい。これは、初代の尾上辰之助以来だ。他の団七は、すでに中年の体型で身体にセクシーさがなかったが、腹筋が割れているのではないか、というぐらいの海老蔵だからこそ、色気が出る。これでこそ、男伊達の侠客なのだ。ただ、肝心の科白がどうにもならない。「こりゃこれ男の生き面を…」というせっかくの聞かせところがオペラのような声になってみたり、上方訛りがおかしかったりする。また、大詰めの立ち回りで、見得を決めるたびに「ふんっ」とか「はっ」という音が漏れ、これが気になる。もはや、今の時代に純粋に上方訛りを聴かせる芝居を求めるのが無茶なのだろうが、容姿が美しいだけにその差がもったいない。まずは科白、だ。若ければ良いというものでもなく、年輪を重ねることによる芸の味わいもある。芸の難しさはここだ。

 団七の良き相手役の一寸徳兵衛が獅童。困ったことに、こちらがどう努力しても歌舞伎の科白に聞こえないのだ。二本目の「天守物語」の朱の盤坊の方がよほど良い。ということは、「古典歌舞伎」の科白ができていない、ということだ。現代にあって、古典歌舞伎の科白を一点一画守ることは不可能であり、意味をなさない部分もある。変容するのは芸能の本質だから崩すのは役者の力量次第だ、と思う。しかし、行書は楷書を学んでからのことであって、楷書がきちんと書けないうちに行書を書くのは無茶苦茶な話で、狂言は違うが「そりゃ聞こえませぬ徳兵衛さん」とでも言いたくなる。

 徳兵衛女房お辰が勘太郎。観ている途中で気がついたのだが、彼の祖父である先代の勘三郎、現勘三郎と、中村屋三代のお辰を観たことになる。気持ちの良い役だが、勘太郎は無闇やたらと科白の調子を張り過ぎて、まだ外見だけのお辰だ。あんなに調子を張ってしまうと、相手の科白の調子が崩れる。この役は、女の意気地と性根を見せる役だ、まずはそこを押さえずに、科白だけには頼るべきではないだろう。役の性根がつかめて、その上で上方の年増の匂いたつような濃厚な色気が出るかどうか、という難しい役なのだ。

 「夏祭浪花鑑」は現在上演されている場面構成は良くできた楽しい芝居である。まずは三人とも、芝居を楽しく見せるための勉強をしよう。芝居は観客が楽しむもので、役者が楽しむものではない。

 「天守物語」。泉鏡花の作品は玉三郎専売特許の感がある。富姫の美貌を保っている玉三郎には驚嘆するばかり。相手役の姫川図書之助は海老蔵。夜の部二本の大活躍で、こちらの方が「夏祭」よりはまだ観られる。これも、獅童と同じ理由だろう。亀姫は勘太郎。近江之丞桃六に我當が付き合って、朗々とした科白を聴かせる。

 歌舞伎座で上演するとは言え近代の作品であり演出家が必要で、戌井市郎、坂東玉三郎演出とある。二人とも鏡花の世界には理解が深いはずだが、なぜ背景にCG映像を使うのか、理解できない。空の色が夕焼けや青い空に変わったり、亀姫を乗せた籠が宙を飛ぶ映像を見せたりする。現在の映像技術をもってすれば難しい話ではなく、歌舞伎と映像のコラボレーションを否定するつもりはない。しかし、それも時と場合によりけりだろう。鏡花の綾錦を織るような絢爛豪華な科白に酔いながら、観客がイメージを掻き立てる楽しみがあるのに、そこで「これが答えです」と言わんばかりに映像を見せてしまっては芝居の楽しみがなくなる。鏡花の科白が活きなくなる、ということだ。もう一つ、その時間、観客の集中力は映像へ分散されるために、映像が変化する間、観客の興味が芝居から離れてしまう。こんな子供だましのような補助手段を使わずとも、科白だけで充分に成立している芝居なのだ、邪魔以外の何物でもない。

 「天守物語」の幕が降りた後、カーテンコールがあった。最近はそう珍しいことではないのだろうが、歌舞伎座への観客の想いを感じた。もう残り少ない現歌舞伎座での芝居だからこそ、我々の眼にいつまでも残るような芝居を見せてほしいものだ。

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2009.07.21掲載

 「まあ、あんなに汗をいっぱいかいて…」という一言で客席に笑いが弾けた。これは、役者の科白ではない。観客の言葉だ。「うちでテレビを観ているんじゃないんだから、思ったことを言わないように!」と即座に役者が切り返し、また笑いを誘った。

 池袋にある小さな劇場「シアターグリーン」でのひとコマだ。劇団鳥獣戯画が「跳び跳びロングラン」と称して続けている公演、「三人でシェイクスピア」も七年を超え、200回に達したという。わずか90分でシェイクスピアの37本の戯曲のダイジェストを見せるという無謀な芝居だが、初演の頃に新宿のプークで観て非常に面白かった記憶がある。それ以降も観たいという想いは持ったままにチャンスを逸してきたが、久しぶりで三度目の観劇となった。

 やはり面白い。まずは、脚本が良く出来ていること。次に、三人の固定メンバーがベテラン揃いであり、完全に芝居が手に入っていること、それでいて力を抜いていないこと、この三つだ。どれも至極簡単な理由であり、ことごとしく分析をするまでもない。しかし、この三つの要素が揃った芝居が少ないのが現状だ。

 客席数100に満たない小劇場で、決して儲かる芝居ではない。申し訳ないが、装置や衣装にお金をかけているとも思えない。一歩間違えば、素人が自己満足で終わる芝居に変身する可能性もある。そうならずに、七年もの間細々とではあるが上演が続いているのは、三人の役者が紛れもなく「プロ」だからである。わずか二日間の公演のために、他の仕事のスケジュールを縫い、稽古を重ねるだけの愛情をこの芝居に持っているのだ。劇団の創立メンバーであるちねんまさふみ、石丸有里子、そして赤星昇一郎。1975年に創立した劇団だから、もう35年近く活動を続けている。学校公演や子供むけの芝居などをコツコツと積み重ね、そこで得たものが次の舞台に反映されての積み上げである。赤星などは、「怪優」とも言える風貌だが、そこでとどまらないのは、芝居の骨法を身につけた上での抑制を知っているからだろう。

 芝居の数が多いことはあちこちでさんざん書いている。しかし、どんな規模のどんな芝居であれ、「お客様が喜んで劇場を後にする」ということが究極の目的であることは変わらない。最初の観客の言葉は、芝居を楽しんでいるあまり、咄嗟に出た言葉だ。言わば、観客の生の反応が即座に舞台へ反映されたものである。これは小劇場の芝居の良さであり、ともすると、これをきっかけに悪い意味での「客いじり」を始めることもあるが、嬉しいことにこの芝居ではそこまで下司な真似はしない。一瞬芝居の本筋からはずれることはあっても、即座に芝居に戻る。何でもないことのようだが、実はこれは技術のいることだ、と私は想う。今の若い役者やテレビタレントを観ていると、「客いじり」をして、その反応に助けられているような無様な体を見せている人がいる。その上、それで自分が受けていると、ご丁寧に勘違いまでする輩がいるが、ここの芝居にはそれがなかった。

 この芝居だけではなく、こうした地道な活動になかなか眼を向ける機会が少ない。これは我々の責任でもある。しかし、たまにこういう密度の濃い芝居に出会えた時の嬉しさはまた格別なものがあるのだ。

 三人が汗みずくになって90分をぶっ飛ばす「三人でシェイクスピア」、地道な仕事で良いから、質を落とさずに続けてほしいものだ。

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2009.06.25掲載

 「新劇の神様」とまで呼ばれた劇団民藝の瀧澤修が当たり役にしていた三好十郎作の「炎の人」。ゴッホの生涯を描いたドラマだが、この芝居によって日本人の中にある種のゴッホ像が出来ていると言っても良いほどに、緻密に構築された芝居だ。それだけに、演じる方には相当の力量が必要で、そのせいもあって最近眼にする機会がなかった。瀧澤修の芝居に憧れていた市村正親がこの役に挑戦すると聴き、「とうとうか」という想いで劇場へ足を運んだが、結論を言えば予想以上の収穫であった、と言える。

 今の若い演劇ファンには知る由もないが、瀧澤修が演じたゴッホは、「毎日踏み出す足の位置が変わらない」という伝説が生まれたほどに緻密に計算された演技だった。ゴッホを演じるに当たって、フランスへ渡り、ゴッホが歩いた道をたどりながら役作りをした、というのは事実だ。1989年、83歳の折に演じたものが最期になったが、狂気の人・ゴッホの奔流のような情熱のエネルギーに圧倒されたのは今でも鮮やかな記憶である。こうして、半ば伝説化した舞台に挑むのは、並大抵のことではない。最近はもっぱらミュージカルに活躍の軸足を置いている市村正親だが、ストレート・プレイでも多くの佳品を残している。その本領を発揮すべく、60歳を迎えた今、大役に挑んだのだろう。時宜を得た、と言える。

 ただひたすら描くことのみに執着し、その中で生まれた狂気のために、37歳の若さで自らの命を絶ったゴッホ。世界的な画家であることは言うまでもないが、その生涯を日本の劇作家が描いていることは注目に値する。外国人を主人公にした芝居を日本の作家が書いた例は他にもあるが、ここまで固着したイメージを創り上げたのは、三好十郎の大きな仕事である。脚本がしっかりと隙間なく書かれているために、作品が役者を選ぶ、という性質も持ち合わせたのだろう。それだけに、市村正親がこの役に執着し、舞台の上でゴッホをねじ伏せようとした気持ちが良くわかる。膨大な量の科白はまさにゴッホとの格闘に等しい。その格闘を通じて、言葉を変え場所を変え、「絵」に対する情熱を訴える市村ゴッホの迫力は見事なものだ。もっとも、たった一つ気になるのは、この人が生来持っている舞台での愛嬌がふとした瞬間に出て、それが緊張の糸をほぐしてしまうことだ。意図的なものかも知れないが、言葉が追い付かないほどに絵のことを語りたいゴッホに愛嬌はいらないだろう。

 ゴッホが影響を受け、尊敬した画家・ゴーギャンを演じる益岡徹が良い。堂々たる態度に適度な嫌らしさがいい具合に混じっている。傲岸なゴーギャンである。こうでなければ、仕事も家族も捨てて南の島へ走ったゴーギャンにはなるまい。ゴッホと絵との格闘に時折参加するセコンド、あるいはレフェリーのような感覚が面白い。荻野目慶子の弾けた芝居がいいアクセントになっており、助演陣の好演もいい効果を挙げている。中嶋しゅう、原康義のようなベテランが顔を見せることで、芝居の厚みがぐっと変わる。芝居のキャスティングの妙である。さとうこうじのロートレックに期待していたが、いささか直球勝負しすぎた感があるのが残念だ。

 15分の休憩を挟んで3時間10分に及ぶ芝居は、観客にとっても格闘である。誤解を恐れずに言えば、観ていて疲れる芝居だ。しかし、幕が降りた後、ゴッホの人生と自分の人生を比べてみたり、生きるテーマについて考えることのできる芝居だ。たまには芝居を観て我が人生に想いをいたすのも悪いことではあるまい。一枚の絵を生む画家の人間ドラマ、などという美辞麗句だけではすませることのできない、生臭い泥濘のような人生がそこにある。嫉妬深く、猜疑心にあふれ、小心でだらしなく、女好きで…。だからこそ、ゴッホという一人の「人間」の懊悩と魅力がくっきりと浮かび上がって見えるのだろう。自分自身が発する炎で自らを焼き尽くしてしまった男。もしかすると、それは市村正親という役者に共通する部分があるのかも知れない。

 最近、日本の過去の名作を新たな演出で上演する試みが増えている。今回の舞台は栗山民也の演出で、大いなる名作が甦った。名作に出会える観客は幸せである。芝居が一期一会であることを、こういう舞台で感じるのだ。

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2009.06.07掲載

 幕が降りる瞬間の拍手が、お義理で叩いているかどうかはすぐに分かるものだ。「ああ、楽しい芝居を観たな」という満足感溢れる拍手は、こちらも叩き甲斐がある。そういう芝居がとんと少ない昨今、加藤健一事務所が上演しているレイ・クーニーの「パパ、I LOVE  YOU!」。ロンドンの病院の医師談話室を舞台に起きるコメディで、15分の幕間を含めて2時間15分、観客が実に良く笑っている。こういう時代だからこそ、良質のコメディが必要なのだ、ということはあちこちで繰り返し書いて来たが、この作品をこそ、そう呼ぶに値する。初演の好評から15年を経ての再演、今回は加藤健一が演出も担当し、満を持して、という感がある舞台だ。

 主役となる二人の医師に加藤健一と村田雄浩。このコンビの間合いが絶妙で、コメディの命が「間」なのだ、ということを改めて感じさせる。村田雄浩という役者が、改めて舞台の人なのだ、と感じる生き生きとした躍動感を見せてくれたのは嬉しい。加藤健一が起こすトラブルに、同僚から家族までが巻き込まれていく、というドタバタ喜劇で、野暮ったらしく粗筋を書くまでもない。ある側面から見れば、何ともご都合主義で強引な設定の、傍若無人な芝居である。それを、そう思わせずに観客を笑わせ、楽しませてしまうのは、レイ・クーニーという劇作家の腕の凄いところだ。残念ながら、日本では、オリジナルの喜劇の土壌がここまで達していないことを認めざるを得ない。小田島恒志の翻訳がこなれていて、駄洒落を巧みに散りばめているので、違和感がない。かつて、海外の芝居を上演する際に、翻訳というものがもっときちんと意識されていた時代があったはずだが、ここをきちんと観るのは我々の仕事であもる。

 加藤・村田の二人の芝居の足の速さが素晴らしいので、回りの役者とのスピード感や芝居に距離ができてしまう。特に、加藤健一の息子で、役の上でも親子になる加藤義宗や、かんのひとみ、この二人は若いゆえもあっていささか力み過ぎの感がある。一柳みるや山野史人などのベテランは自分のペース配分で二人の芝居に伍しているから不安はないものの、どうしても役者の技量によって凹凸ができる。逆に言えばそれほどに、コメディは難しいのである。

最近、「人を笑わせること」と「人に笑われること」の境界が曖昧になり、お笑い芸人などもプロとアマの境界がほとんどない。そんな中で、緻密に練り上げられたコメディを観ると、そこに笑いの本質がちゃんと描かれているのがわかる。どんなに傍若無人な設定であろうが、芝居全編を通して流れている作者の「友情」や「家族愛」というテーマはぶれない。そこが、良質になるかならないか、の大きな分かれ目でもあるのだ。ただギャグを連発して笑わせてしまえば良いというものではない。そういうものは、後に何も残らないからだ。

私が加藤健一事務所の一連の仕事を評価している理由は、「作品を選ぶセンス」と「丁寧な上演」である。この二つは簡単なようでいて非常に難しい。特に、作品を選ぶセンスは、自分では良いと思っても観客との体温差が激しければ成功はしない。このセレクトの眼が良いのである。芝居の半分は作品の選定にある、と言ったら誤解を招くだろうか。しかし、根っこに据えるものが良くなければ、いくら巧い役者を揃えてもエネルギーの浪費になる。加藤健一事務所は、所属俳優は本人ただ一人であり、上演のたびに作品に合わせてキャスティングをしている。いわゆる新劇と言われる分野において、このスタンスを続けてきたことは評価に値する。もう一つの「丁寧な上演」。初演で大好評だったこの芝居が再演されるまでに15年の歳月がかかっている。いろいろなタイミングの問題もあっただろうが、初演よりも良いクオリティの芝居を見せなくては意味がないことを知っているからこそ、練り上げるのにそれだけの時間をかけたのだろう。初演よりも再演の方が難しいのはどの芝居も共通だ。最近は、「この芝居は前にもやっているので楽だ」などととんでもないことをのたまう役者がいる。

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2009.05.28 シアタートラム

 清水邦夫の一幕劇「楽屋」。1977年初演の作品である。いわゆる「新劇」の分野では古典的な名作の部類に入れても良いだろう。有名無名を問わず、ずいぶん多くの役者がこの作品を演じて来た。今回は、生瀬勝久の演出である。

 考えてみると、劇場の楽屋は、芝居の関係者以外には異空間であろう。「怖いもの見たさ」や「憧れ」で覗いてみたい人もいるだろうし、華やかな舞台の裏側は見たくない、という人もいる。芝居に関わる人びとにとっては日常

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