

THE BEE 2012.05 水天宮ピット
久しぶりに、賛否両論が真っ二つに割れるような芝居である。
穏やかな、慎ましい日常生活が、本人の意志とは無関係に一転して悲劇に変わることは不幸にして間々ある。事故、災害、その他多くの事件が新聞やニュースで報道されている通りだ。野田地図が今年の1月のニューヨーク公演を皮切りにロンドン、香港、と外国で上演して来た「THE BEE」である。野田秀樹演じる平凡なサラリーマンが、息子の誕生祝いを買って家路に着く途中で、我が家に脱獄犯が立て籠もり、妻と息子を人質に取っていることを知る。井戸は、信じられないことに、犯人の妻の家に乗り込み、自らが妻と犯人の子供を人質に取り、自分も立て籠もりを始める。この膠着状態の中で、井戸と犯人は、お互いの人質の指を切断しては送り合うことで、お互いの状況を確かめ合う。この芝居は、筒井康隆の「毟りあい」という作品を原作にしたものだが、ここでは原作との差異については述べない。ただ、筒井康隆が、言葉の暴力や不快感を存分に利用する作品群に関して、日本ではたぐいまれな才能を持った作家だ、と言うことは書いておきたい。
平凡なサラリーマンが狂気の世界へ踏み込んでゆく芝居で私が真っ先に頭に思い浮かべるのは、アメリカのアーサー・ミラーの「セールスマンの死」だ。今までに多くの名演を観て、ショックを受けた。しかし、「THE BEE」を観ていると、あれほど緻密に人間の心理を書き込んだ「セールスマンの死」が優しく、温かな芝居に感じさせられてしまう。野田秀樹は、この作品において、演劇が持つ暴力性や、科白に託した言葉の力、それも悪意を存分に振りまいている。75分の芝居だが、この感覚は演じる方も観る方も、限界の時間かもしれない、とさえ思うほどだ。考えてみると、年間200本ほどの芝居を観ていながら、科白で不快感や嫌悪感を覚える芝居には、最近とんと出会っていない。「お金を出して、わざわざ不愉快な想いをしてどうするのだ」という意見はもっともだ。その一方で、演劇の科白にはそれほどの強い力があり、それを駆使する手法を最近の芝居が取らなかった、ということでもある。
タイトルの「THE BEE」。蜂、である。野田秀樹の井戸は、立て籠もったアパートで蜂に異常なまでの恐怖を示す。私にはこの蜂がイコール井戸、と感じられた。どちらも、平穏な日常生活の中に飛び込んで来た不愉快で恐怖な夾雑物だ。一刻も早く自分の家から出て行ってもらいたい存在である。蜂の不快な羽音と、井戸が喚き立てる罵詈雑言が、同一のものとして私には聞こえた。
この芝居は、野田秀樹のほかに、宮沢りえ、池田成志、近藤良平の四人で演じられる。野田以外は、立て籠もり犯、警部、TVのリポーター、立て籠もり犯の妻など、一人が二役から四役を演じる。しかし、それを観ていて混乱を覚えることはない。むしろ、いつものスピーディな野田地図のテンポを充分に活かしている。また、パンフレットに野田秀樹自身が書いているが、小道具を実に巧みに、柔軟な、あるいは突飛な発想で使っているのが効果的だ。その小道具の使い方や象徴するものに意味を求めてゆくと、それだけでも大変なことになり、批評ではなく論文になるだろう。
宮沢りえがいい芝居を見せる。彼女が40歳を目前にして揺るぎのない力を持った女優であることは誰しもが認めるところだろう。今回の彼女の凄さは、この芝居の「暴力感」にもっとも馴染み、一体化していることだ。おそらく、台本を前に突き詰めた理屈の結果ではなく、稽古を重ねる間に女優として肌で感じた感覚だろう。恐らく30年以上前の時代、犯罪者の妻であっても致し方のないような荒んだ人生を送るストリッパーの生活が、リアルに浮かび上がる。今までにも他の舞台でいくつか彼女の分岐点になるとも思える舞台を観たが、この芝居も、明らかな分岐点であり、一つの山を登った感覚がある。
今年57歳を迎える野田秀樹の、理屈だけではなく自らの身体を120%酷使するほどの演劇へのあくなき挑戦のパワーに驚嘆する。「野田地図」の芝居を見慣れている観客には、新しい野田地図の芝居として受け入れられるかも知れないが、初めて野田地図に触れる人の反応は多種多様だろう。この芝居を観て、「芝居とはこんなものなのか。もう二度と嫌だ」という観客もいるかも知れない。しかし、芝居には阿片のように甘美な毒が含まれている。始末が悪いのは、この毒が、花を咲かせて芳香を放ち、蜜を捕りに来る蜂を待つかのように、「待つ」ことを知っていることだ。

「東日本大震災」以来、「絆」という言葉が良く使われるようになった。我々の生活の中で、絆が生まれる最少の単位は家族、ないしは恋人・友人であろうか。関係性が近ければ近いほど、時に疎ましく感じることもある。しかし、いくら喧嘩を繰り返そうが徹底的に憎むことができないのは、血であり愛情や友情であり、そこに「絆」があるからなのだろう。尤も、最近の殺伐としたニュースは平気で家族も殺すような事件を日常のように報道している。政治、経済、教育、思想、時代…。いろいろなものの所為にすることはできるが、今の我々の中に、どれほど近しい関係の人間であろうが、面と向かってに対峙するにはそれなりの「覚悟」が必要なのだ、という気構えが抜けているのではないか。そんなことを感じさせる芝居である。
加藤健一事務所では3年前に初演し、好評を博した作品の再演である。アメリカの劇作家、ジョウ・ディピエトロの作品で、小田島恒志と平川大作の翻訳を高瀬久男が演出している。小田島恒志が今までに何本の翻訳台本を加藤健一に提供しているかは定かではないが、相当な数にのぼるはずだ。役者の生理を知り尽くした訳者がいるのは、加藤健一には幸福なことだ。日本人が海外の芝居を演じる時に、不自然にも見える外見や所作の数々を、科白のニュアンスが救うケースは多い。この時に救われるか、あるいは瀕死の重傷を負うかの境目は、一にも二にも脚本の翻訳にかかっている。特に、日本にはないジョークやスラング、あるいは信仰や思想などをいかに科白として自然な言葉にするか、あるいは日本流に置き換えるか。余りにも海外の芝居が多い中で、自動的に日本語の台本ができるような感覚さえも持ちかねないが、翻訳の重要性を我々演劇人は考え直す必要があるだろう。
さて、芝居の中身は、アメリカに住むイタリア系の家族の話である。山本芳樹が演じるニックの父方の祖父母の二軒隣に母方の祖父母が住んでおり、毎週日曜日のディナーに、孫のニックは町から父方祖父母の家にやって来て四人の祖父母と食卓を共にする。母方の祖父母が加藤健一のフランク、竹下景子のアイーダ、父方の祖父母が有福正志のヌンツィオと一柳みるのエンマだ。フランクは家族の絆を何よりも重んじる男で、背景には14歳の時に父親に僅かな金を持たされ、父親に単身アメリカへ渡らされた記憶が根強く残っている。アメリカで職を手にし、家庭を築いたフランクには、男の仕事は家族を養うことだという強い信念がある。イタリア語では「テンゴ・ファミーリア」と言うのだそうだ。彼の想いを代弁するかのように、家の真ん中に、太い真っ直ぐに伸びた柱が一本立っている。日本流に言えば「大黒柱」だ。家の要であると同時に、家族のよりどころともなるべきシンボルだ。29歳のニックは、自分の仕事のために四人の祖父母の元を去らなくてはならないのだが、この四人が全く孫の言葉に耳を貸さず、自分の考えしか主張しない。挙句の果てに、孫のシアトル行きをやめさせるために、とんでもない計画を立てた…。パワフルな老人たちに翻弄されるニックだが、やがて四人が送って来た長い人生の断片を垣間見るうちに、いろいろなことに気づき始める。
山本芳樹の芝居がずいぶん伸びた。いささか神経質で真面目な好青年で、狂言回しにも見える役どころを、しっかり捕まえている。他の劇団に所属しながら、多くの他流試合で揉まれて来た成果が着実に上がっているようだ。若い役者が力を蓄えてゆく過程を見るのは楽しいものだ。80代を演じる竹下景子、いささか若い感じがあるが、コミカルに軽く演じているところが面白い。加藤健一は、老人役はもうお手の物というところだが、ちょっとした科白回しや緩急に、彼が積み重ねて来た巧さを感じる。老人たちのパワフルで破天荒な発言や行動は、現代の日本に通底するものも多いが、単純にそれだけではない。アメリカ人の作家が現代の日本を予見して書いたとは思わないが、観客席の笑いを誘うちぐはぐなやり取りの中から、あるメッセージが受け取れた。
「老人には老人の仕事や役割があり、それを取り上げてはいけない」ということだ。頑迷固陋な四人の老人たちは、現代の感性からは大幅にずれており、孫の世代にしてみればイラつきの元でしかない。しかし、彼らとていきなり老人になったわけではなく、80代に至るまでの人生がある。その中で家族を慈しみ、励まし、怒り、涙を流して来た歴史があるのだ。日本の住宅事情では三世代同居は相当に困難な話だが、老いたことや病気を理由に、施設や病院に直行という現代日本の「病巣」とも言える部分が見える。老いるまでの時間にはアンチエイジングよりも、老いるための覚悟が必要であり、老人の最期の大きな仕事は、「死んでみせる」ことなのだ、ということが科白の間から浮かび上がる。老人の体力や視点で懸命に生きようとする努力を取り上げ、何もさせないことが優しさではない。必要なのは、労りと、かけがえのない家族とどう対峙するかという「覚悟」だ。
この芝居で面白かったのは、孫と祖父母の家族でありながら、祖父の父、つまりニックの曽祖父、そして、今はこの地を離れたニックの両親、戦死したニックの伯父などの姿が、登場せずとも感じられることだ。実際には、四世代の家族の物語である。それがきちんと感じられるのは、脚本がしっかりしていることと、演出の高瀬久男がその意図を細かく拾い上げているからだろう。とうに四人の祖父母を喪った私には望むべくもないことだが、祖父母と孫という組み合わせで観てほしい芝居だ。

絵本合法衢(えほんがっぽうがつじ)2012.04 国立劇場
今月、仁左衛門は一体何人を殺すことになるのだろうか。とは、国立劇場の「絵本合法衢」での話である。昨年の三月に上演され、好評を博していたものだが、東日本大震災で上演中止となり、多くのメンバーが昨年通りで今月上演されている。鶴屋南北の作品で、悪の魅力が横溢した作品である割には、上演回数が多くはない。思うに、原作が七幕十七場と非常に長く、現在の上演時間や形態に合わせた台本の補綴が困難なのが一つの理由だろう。今回は四幕十二場にカットし、お家乗っ取りを企む大悪党の大学之助と、冷酷無比な立場の太平次を仁左衛門が二役で演じることで、悪人の二つの姿と、それに絡む人々を中心に描いている。歌舞伎の作品のほとんどは著作権の制約がないのだから、一つの形に固執せずに、上演の折々にこうした柔軟な改訂があってしかるべきで、これが歌舞伎の持つ本質的な柔軟性ではあるまいか。その点で言えば、今回の台本はすっきりまとまって、焦点がはっきりしている。「通し狂言」だからというだけではなく、普段上演されている演目でも、こうした視点で演じるたびに時代や見せ場に合わせた改訂をしながら変容を遂げてゆくのが、歌舞伎の一つの姿ではあるまいか。古典を守るケースも必要だが、「伝統を現代へ」つなげるべき試みは、どの芝居も持っている宿命ではないかと思う。この芝居にしても、相当に入り組んだ粗筋を、わかりやすくテンポ良く見せることを第一の目的にしたことが成功の理由だろう。
仁左衛門の二役が、どちらも良い。お家乗っ取りのためなら手段を択ばない大学之助は、いわば時代物の悪人だ。科白の調子も低く太く、貫録を見せると同時に冷酷無残な権力者である。役柄が大きい分、迫力もある。一方、立場の太平次は、自分が得になることであれば女房でも殺してしまうし、狡賢いことに対しては頭の回転が速い。また、人を殺すことに関して、罪悪感もなければ後悔もためらいも微塵ほどにも感じない。それでいて、時折見せる愛嬌のアンバランス。ふと、「義経千本櫻」のいがみの権太の匂いを感じさせるような部分もある。この対照的とも言える二人が、自分だけの利益のために幕切れ寸前まで、次々に人を殺してゆく。完全に二役の色を変えて演じて見せたのは、仁左衛門の巧さと工夫だろう。こうした「悪」の中にある種の痛快さを覚えるのは、人間の感情の否定できない部分だ。それを浮き彫りにした南北という劇作家は、やはり偉大だ。
今回の公演では二役が多く、他にも時蔵がうんざりお松と皐月、左団次が高橋瀬左衛門と弟の弥十郎を演じている。後は、秀太郎、愛之助、孝太郎の片岡一門に高麗蔵、男女蔵、梅枝などが加わった一座だ。愛之助の田代屋与兵衛と孝太郎の田代屋娘・お亀が綺麗なつり合いの取れたコンビぶりを見せる。また、太平次に惚れている蛇遣いのうんざりお松を演じる時蔵が、歌舞伎で言うところの悪婆という役柄の魅力と色気に溢れ、収穫だ。もう一役の皐月は武士の女房で、凛とした風情があり、こちらも良い。前名の梅枝時代から観ているが、いい役者になった、と思う。どんどん仕事をして、若手に手本を見せてほしい。太平次の女房・お道の秀太郎。女形の大ベテランだけに、ふとした仕草に漂うさりげない色香が素敵だが、実際には仁左衛門の兄でありながらも、いくつか若い女房に見えるのは芸の力だろうか。
さて、今月の舞台で特筆しておきたい役者がいる。片岡仁三郎という。昭和39年生まれで、20歳の時に仁左衛門の弟子となった役者だ。歌舞伎の門閥出身の役者ではなく、スターでもないが、三幕目で太平次の手下・飛脚の与五七を演じている。それなりに見せ場もあり、軽やかな身体の動きを活かして良い芝居を見せ、抜擢に応えている。コツコツと修業を重ねて来たこういう役者が、キチンと要所を抑えられるようになったのは嬉しいことだ。最近の歌舞伎を観ていて不満なのは、若い役者たちの科白や歩き方、ちょっとした仕草に歌舞伎の匂いを感じないケースがあることだ。しかし、地道に勉強を重ねて来た役者が、時間をかけて、こうして主役の芝居を支えている事実があることを記しておきたい。
国立劇場45周年の記念公演のラストを飾るにふさわしい芝居になったことを喜びたい。

陽だまりの樹 2012.04 サンシャイン劇場
手塚治虫の曽祖父・手塚良庵という実在の人物を主人公にし、生存中に人気作品として連載されていたものだ。今、ちょうどNHKの「日曜時代劇」でも放送をしているが、今までにも舞台化された作品である。今回は、上川隆也・吉川晃司という人気かつ異色のコンビでの上演となった。幕末の開国を目前とした時代の中で、蘭方の西洋医術を修めたが女好きで道楽者の医師・良庵と、徳川家に忠誠を誓う無骨一辺倒の不器用な武士・伊武谷万二郎という正反対の二人が出会い、時にぶつかり合いながらも、お互いに理解を深め、親友となる物語だ。「青春時代劇」とでも言おうか、幕末の動乱期には個性的な人々が多く名を残している。上川が演じる主人公の良庵は、東京へ種痘所を設立した医学の功績者として名が残っているが、吉川が演じる伊武谷万二郎は架空の人物である。
芝居は、エンタテインメントであると同時に、いくばくかの思想性やテーマを持っているものだ。そのさじ加減が作り手の最も悩み、苦しむところで、エンタテインメントばかりに走れば、観ている間は面白いが後には何も残らない。作者の思想やメッセージをあまり前面に押し出しては、肩も凝る。極端に走る両者にもそれなりの理由があり、全面的に否定をするわけには行かないが、この作品は両者が程よくミックスされており、尚かつ上川隆也の大熱演で仕上がりの良い作品になった。また、タイミングを狙ったわけではないだろうが、黒船が江戸に迫り、各国から開国を迫られている正に「国難」とも言うべき状況の中で、自らの保身だけに汲々としている幕府の官僚の姿も活写されており、今の国会や日本の政治姿勢を見るようだ。芝居とは本来、こうした風刺や諧謔の「毒」が盛り込まれているところにも魅力があるもので、日々、霞が関で醜態をさらしている三文政治家たち全員に見せてやりたい芝居だ。自国の領土にミサイルが撃ち込まれるという危機に、「ちょっと困る」などと言ってのけるような腰抜けは、少なくもこの爽やかな芝居には一人もいない。それを考えると、わが身を含め、昔の人が、今の年齢以上に大人であり、自分の発言や行動に責任を持っていたか、をこの芝居から感じる。
上川隆也と吉川晃司、同い年だそうだ。舞台や映像で乗っている上川と、音楽界で一つの地位を築いた吉川との組み合わせは面白い。年代的にも油の乗り切った世代だけに、新たな化学反応が期待された。ただ、ベテラン・上川と、初舞台の吉川の差が出るのは致し方のないところで、異種格闘技の組み合わせの妙は買えるが、軍配は明らかに上川に上がった。役柄上、吉川の役はあまり派手に動き回ったり、ペラペラ喋る役ではなく、原作の味を巧く活かした脚本・演出の樫田正剛が工夫をし、二人の軽重のバランスを取っている。吉川はミュージシャンでもあり、その上初舞台。二人が並ぶとどうしても見劣りはするが、凛とした風情が漂うという点では買える。それを補うかのように、上川がエンジン全開で硬軟織り交ぜた芝居を見せる。助平な道楽者ぶりも楽しければ、真っ直ぐに時代を見つめる好漢ぶりも頼もしい。何かのスイッチが入ったのではないかと思うほどの大熱演だ。
それを支えているのが、上川の父で同じ医者の良仙の石倉三郎、勝海舟の瀬下尚人、妻を蘭方医の誤診で亡くした浪人・山犬を演じる岡本健一らである。特に、石倉は上川とは良い親子のコンビぶりで、時折見せる石倉の脱線にすかさず突っ込む上川のサービスぶりも面白い。残念なのは、高野志穂、花影アリス、斉藤レイらの女優陣が、男優陣に比べていささか力が足りず、印象が薄かったことだ。ストーリーの中でもそう重要な役を担っている女優はいないものの、芝居の個性が画一的で、際立ったものを見せる女優がいない。多少下手でも花があるとか、何かの印象を残してくれれば良いのだが、誰もが教わった通りに演じている感が拭えないのが惜しいところだ。
例年より遅い櫻は東京でもほとんどが葉櫻になってしまった。幕切れに嵐のように散る櫻が印象的な芝居である。

王女メディア 2012.03 世田谷パブリックシアター
何事にも始めと終わりはある。どんなに長い芝居でも、幕が開けば必ず幕が閉まる。その繰り返しを何十年としていても、やがて終わりは来る。私が、平幹二朗の「王女メディア」の初演に立ち会ったのは、1978年2月21日、日生劇場の舞台だった。辻村ジュサブローの手による縮緬の衣装に身を包んだギリシャ悲劇の奇怪とも言える平幹二朗のメディアに、高校生の私は圧倒された。それから34年の歳月が流れ、78歳になる彼が、今回のツアーでこの芝居と別れを告げると言う。歌舞伎流に言えば「一世一代」というところだ。もちろん、34年間上演されなかったわけではなく、初演の絶賛を受けて何度も上演され、外国でも高い評価を得て来た。やがて、メンバーも変わり、演出家も変わった。しかし、平幹二朗その人だけは、この芝居の中央に、まさしく大樹の「幹」のように凛然と立っている。初演を観た少年が、最終公演の場にも居合わせるというのは何とも言えぬ想いであった。
「王女メディア」は、日本では最もポピュラーなギリシャ悲劇の一つだ。メディアとの間に二人の子供を持ちながらも、有利な条件の縁談を提示された夫のイアソン(イアソーン)は心を移し、妻子を捨てて新しい縁組に走る。捨てられたメディアは、自分の命を賭けて夫への復讐を挑み、自らの子供を殺す。この行為は、心理学の側面でも多くの考察があるようだが、私は素人なので演劇的な考察のみに触れることにする。平幹二朗が演じるメディアは、観るたびに余計なものが削ぎ落とされて行く分、濃度が高まっている。以前の舞台に比べれば、登場人物の数も減っているし、装置もシンプルになった。その分、科白の持つ力を最大限に引き出そう、というのが演出家である高瀬久男の試みだ。変わらないのは、芝居の科白の修辞が初演同様に詩人の高橋睦郎だ、ということだ。修辞とは、文章の表現を整えたり、豊かな表現に変えたりすることを差す。この芝居について具体的に言えば、古代ギリシャの国の名を「隣国」と表現したり、固有名詞であるメディアの夫のイアソン(イアソーン)を「夫」と表現し、日本人に馴染めるような工夫がなされており、それが耳に心地良い。また、「三千世界」など、歌舞伎や浄瑠璃などの古典芸能からの言葉を使ったり、と、ギリシャ悲劇の精神性と日本の科白が美しく融合した形となった。科白の力、日本語の力が良く分かる芝居であり、平幹二朗がこの台本にこだわった気持ちが良く分かる。
さて、メディアである。78歳という年齢を感じさせない圧倒的なパワーと、朗々たる科白術は、明らかに一級品だ。80歳でもできるのでは、とも思うが、休憩なしで約2時間に及ぶ芝居の膨大な科白量を考えると、今が最後の素晴らしい頂点だろう。それを自らを厳しく見つめることで見極め、半年に及ぶツアーを維持している精神力はすさまじいとしか言いようがない。特に、自分の子殺しを夫に追求され、その責めを聴いている様子には、超然とも凄艶とも言える雰囲気が漂っており、この芝居の中でも白眉とも言える場面だ。平幹二朗はもともと女形の役者ではなく、骨格も良く大柄である。しかし、ふとした一瞬、哀れで美しい女性に見える。また、非常にグロテスクな、不気味さを漂わせる瞬間もあった。我々は、女形と言えば歌舞伎の美しい白塗りの姿を見慣れているが、この舞台を観ていて、メディアを演じる平幹二朗の女形には、日本の原初の女形が持っていたであろう、本来の良い意味でのグロテスクさを感じた。女形は美しくなければならない、というのは明治以降の勝手な通念の一つでしかない。女形が美しくあることを否定するつもりはないが、私は、平幹二朗という役者の抽斗の深さをここでも見る想いがした。
三浦浩一、石橋正次、若松武史と言った手練れが脇を固めているので安心だが、特筆しておきたいのはメディアの夫を演じている城全能成だ。文学座に籍を置きながら、外部でも多くの舞台を踏んでいる。彼が2001年に文学座の「モンテ・クリスト伯」に出演した時に、まだ演技は評価できるほどのものではなかったが、素材としての持ち味に光るものを感じた。以降の活動は私が予想していた範囲を遥かに超える活躍ぶりで、幕切れ近くのメディアとの白熱のやり取りは、大ベテランを相手に五分と五分とのやり取り、とは行かないまでも四分六分とは言える大健闘の熱演だった。こういう若い役者が、名優と共に舞台の上で闘い、胸を借りて成長をしてゆく姿を見るのも、楽しいものだ。
このツアーは1月14日に八王子でスタートを切り、近畿、関東を経て九州へ渡り、6月30日に長崎で千秋楽を迎える。その間101ステージ、実に半年近い旅公演だ。まさに一世一代の名に相応しいこのステージ、どこかの地方でもう一度観ておきたい舞台だ。

「キャサリン・ヘプバーン~五時のお茶~」2012.03 博品館劇場
最近、一人芝居が随分増えた。大きな理由の一つに、製作費が安く上がることがある。しかし、人数が少なくとも、丁寧に創ればそれなりにコストはかかるもので、一人芝居が増えた分、質については玉石混交の感は否定できない。元来、観客の視線をただ一人に集中させるということは、それだけの腕の持ち主でなければ無理な話であり、観客を飽きさせないような脚本がまず必要だ。技術的に言えば、膨大な科白を全部一人で喋り、動きもこなさなくてならない役者も大変なら、物陰や電話の向こうにいるであろう相手役との会話を、いかに説明的ではなく描くかという脚本も高度な内容のものが必要だ。このハードルの高さを理解し、実践して初めてそれなりの水準になる。後は、脚本、演出、役者の腕次第だ。
今回、芸歴50年を超える十朱幸代が初挑戦する一人芝居は、さらに枷がはめられており、演じる人物が実在の有名な映画スターだ、ということだ。存命ではないまでも、アメリカで一つの時代を築いたキャサリン・ヘプバーンの名は、古い映画のファンであれば知らない人はいないだろうし、今は昔の映画をいとも簡単に観ることができる。スクリーンの上のアメリカの女優と生身の十朱幸代を単純に比べることには何の意味もないが、本人にしてみればやりにくいことは事実だろう。
芝居は45分ずつの二幕に分かれている。一幕は、30代前半のヘプバーン。15分の休憩を挟んで二幕は、76歳のヘプバーン。彼女が実際にその生涯を閉じるのはその20年後だが、年齢の問題ではなく、女優人生としての晩年であることには間違いがない。マシュー・ロウンバードの脚本を、鵜山仁が演出しているが、丁寧な演出だ。96年にわたるヘプバーンの人生の二か所の断面を切り取ったこの芝居で、彼女の書かれていない人生を分かるように見せたところだ。
十朱幸代は、翻訳劇がこれで三本目とは思えないほどの自然さで見せるが、今まで演じて来た役柄のせいか、晩年よりも前半の30代の演技の方が自然だ。その一方で、老いた二幕の芝居には幸福感が溢れている。30代のヘプバーンは、すでにアカデミー賞の栄光を手にした後で、その後の駄作続きに苛立ち、持って生まれた激しい気性でハリウッドに象徴される映画界そのものに当たり散らしているような女性だ。しかし、この場面を演じている十朱は、高いハイヒールでピンと背筋を伸ばし、街中を毅然と闊歩しながらも心の中にどうしようもない孤独と寂寥感を抱えている姿が感じさせた。これは面白い、と感じた。栄光を勝ち得た後、さらにその座を維持しなくてはならない者の孤独を描いたものはたくさんあるが、こういう描き方はさり気なく、それでいて効果的である。
その一方で、70代のヘプバーンは、交通事故を起こし、足をギプスで固定され車いすの生活を送っている。引退を宣言し、訪れる友人も少なくなり、忘れ去られた存在になったと思っている。しかし、ウォーレン・ビーティから映画出演の依頼と共に毎週花束が届く。大スターの晩年としては、決して恵まれた状況とも思えないが、二幕の彼女はそんな状態にもかかわらず、全身に幸福感が満ち溢れている。年齢を重ねて性格が丸くなった、という問題ではない。おそらく、芝居には描かれていない部分の40年という時間が満ち足りたものであったのだろう。多くの友人や愛する人を失い、その想い出と共に生きているが、想い出に埋没しているわけではない。これから迎えるさらなる「老い」を、30代の時の気負いなど微塵も感じさせずに、日々ありのままに生きている女性の姿がそこにある。そんな感覚を匂わせる演技を、十朱が見せた。大人の芝居だ。
五年後でも十年後でも演じられる財産演目を、今このタイミングで自分の物にした十朱幸代は幸福である。それは、今までの積み重ねがあればこそ、だろう。半世紀を超えるキャリアを持つ女優が新たな地平を拓いた芝居、として記憶しておきたい。

幻蝶 2012.03 シアタークリエ
タイトルを観た時には、何かミステリアスな芝居、という予感があったが、劇場へ出かけてみたら「喜劇」だとパンフレットにあった。しかも、俗に「虫屋」と仲間内で呼び合う昆虫好きを主人公にした物語だ。映画「ALWAYS 三丁目の夕日」やドラマ「相棒」などでヒットを飛ばした脚本家・古沢良太が長年温めていた題材を舞台化し、白井晃の演出で内野聖陽、田中圭のコンビを中心にした舞台だ。「幻の蝶」と呼ばれる「シロギフチョウ」を追い求めて、山の中の廃屋に籠もり、蝶を追い駆ける年の離れた男二人。内野が演じる戸塚という中年は、非常にいい加減そうに見える。一方、田中が演じる内海という青年は、口数も少なく人との接触が苦手で引きこもりがちな、全く正反対のコンビだ。この二人が同じ蝶を求める、という動機で山に入り、そこで数々の事件が起きる。
一つの分野への興味が深まり続けてゆくと、「マニア」と呼ばれるようになる。それが生活の糧になる場合もあれば、個人的に満足している場合もある。この芝居でのアイテム、或いは象徴は「蝶」だが、ゲーム、おもちゃ、骨董、書籍などなど、多くの分野にこうした人々はいる。今回新鮮だったのは、余り観客に馴染みのない「蝶」という素材を扱ったことだ。興味のない人には単なる昆虫の一種に過ぎないが、一羽の蝶に夢を求め、ロマンを追う人々がいるのは、先に挙げた分野も同様だろう。馴染みがないだけに観客にはその分の説明を必要とするが、それが説明じみておらず、巧い具合に芝居の中に溶け込んでいたのは、丁寧な脚本と演出によるものだろう。いい加減で荒っぽくてすけべな内野がどうしてそうなのか、同様に、田中がどうして引きこもりなのかが、芝居の進行によって明らかになる。「蝶」は主題であると同時に、この芝居の登場人物の個性を炙り出すための「触媒」の作用を果たしているのだ。
二人の他に、内野の友人で、歯医者の傍ら虫のブローカーでもある大谷亮介、二人が引きこもる山を管理する会社の七瀬なつみ、旅回りのストリッパーの中別府葵、町のチンピラの細見大輔。この六人だけの芝居である。しかし、それぞれが事情を抱えており、それが明らかになるに連れて、幕開きの底抜けなまでの陽気さがだんだんに翳りを帯びて来る。山の気候で言えば、晴天で幕が開いた芝居が、最後は土砂降りになり、その雨も過ぎ去って晴れ間が覗くような芝居だ。幕が開いてしばらくの内野は、いささか飛ばし過ぎとも思えるほどのぶつかり方で、ここまでしなくとも、とも思えるシーンもあったが、最後まで観てゆくと、幕開きがいい加減でつかみようがなければないほど、幕切れが引き立つ仕組みになっている。ミュージカルを多く演じていた時期もあったが、彼の本領はやはりストレート・プレイにあると私は思う。しかも、正統派の二枚目ではなく、むしろアウトローや骨太の骨格を持った役の方が向いている逞しさと野性味がある。この感覚は、以前「欲望という名の電車」のスタンレーを演じた時に鮮烈に感じたものだが、今の日本の役者には少ない強烈な個性だろう。ファンは二枚目の内野聖陽を求める部分もあるのかも知れないが、この個性派貴重だ。初日から三日目だったこともあってか、皆がいささか肩に力が入り過ぎているような感覚があった。一番自然体だったのは役の性格もあるのだろうが大谷亮介で、持ち味が得をしている。七瀬なつみも、いささかエキセントリックさが強調されていたようだ。いずれも、中盤になれば落ち着いて、しっくりと役にはまるだろう。
芝居は喜劇のタッチで始まるが、進むに従い、悲劇的な側面が徐々に顔を見せる。喜劇、悲劇と一方の側面が際立つ芝居もあるが、このように上手にミックスし、表裏一体の見せ方をするのは面白いことで、我々の人生そのものもこの繰り返しである。クライマックスへ向かう内野が、幕開きの能天気とは全く裏腹な迫真の芝居を見せたのが印象に残った。
我々は、この芝居の象徴である「蝶」ではなく、常に何かを追い求めながら生きている。それを手にした方が幸福なのか、追い続ける夢を見ていた方が幸福なのか。そんなことを考えさせられる芝居でもある。

北村想のこの二本の芝居を何度も上演して来た加藤健一だが、同時に上演するのは初めてのことになる。共に一時間程度の芝居であり、同時に上演することは、役者はともかくも観客の生理には無理な話ではない。しかし、今まで連続で公演した経験はあっても、なぜ同時に二本なのか。それは、「今」だからだ。作品の背景を知らない観客のためには説明がいるだろう。
最初の「ザ・シェルター」は、核戦争勃発の時に備え、家庭用のシェルターを売るサラリーマンが、製品テストのために、妻と娘、自分の父親の四人で三日間シェルターの中で暮らし、そのレポートを出す、という話だ。しかし、他の家族はこのシェルターでの生活の意味を理解もせず、協力的でもない。そのドタバタの中で、シェルターを制御しているコンピュータが壊れ、一家はシェルターから出ることができなくなる。持ち込んだラジオからは、大型の台風が発生した、というニュースが流れ…。
もう一本の「寿歌」。核戦争が終わった後の関西のどこかの町。今も、まだコンピュータで制御できなくなったミサイルが飛び交う中、リヤカーに荷物を積んだ男と若い女の芸人と思しき二人が廃墟の中を歩いている。そこに、正体不明の男が現われる。この男、何かの品物が一つあれば、それをたくさんに増やすという特技の持ち主。食糧もままならない二人には良い道連れで、当て所もない三人での旅が始まる。ある町で芸を見せて金を稼ごうとした時に、事故が起きる…。
加藤健一が、なぜ「今」この芝居を上演しようと思ったかは、この粗筋でご理解いただきたい。もっとも、これだけでは非常に暗く重い芝居のようだが、手練れの作者である北村想の脚本と大杉祐の演出による舞台には笑いがある。もちろん、芝居の内容が孕んでいるテーマは深く、重い。しかし、こうした状況が近未来に起こりうる可能性が、この芝居の初演時の1980年代には「近未来にはこういうことがあるのかも知れない」程度の感覚で受け止められていた。
昨年の「東日本大震災」を経験した我々は、核戦争とは質こそ違え、大災害が今この瞬間に自分の暮らす街を襲うかも知れないことを、遥かにリアリティを持って感じている。そのリアリティの中で、この芝居を通して、我々観客が何を感じ、今という瞬間をどう受け止めるか。それは、観客ごとに違うだろう。しかし、二本の芝居の中には、それを考えるきっかけになる芝居が随所に散りばめられている。その科白は、「絶望」ではなく、「希望」や「再生」につながるものだ。ネタをばらすことになるので詳しくは書かないが、「寿歌」に登場する謎の男などは、存在そのものが「再生」の象徴でもある。
この二本の芝居を、加藤健一、小松和重、日下由美、占部房子の四人で演じている。役者の演技に関して言えば、「ザ・シェルター」で小学校二年生の女の子を演じた占部房子がいい出来で、自然に面白い。しかし、今回は、この二本を今のタイミングで上演しようとした「加藤健一事務所」の心意気を一番に特筆するべきだろう。折から、この公演の千秋楽は3月11日である。この一致が当初からの予定なのか偶然なのか、私の知るところではない。しかし、あれから一年を経ようとしている今、それぞれの立場でこうした芝居を観て、この一年を振り返ると同時に、これから我々が創っていくべき未来に想いを馳せるのも一つの方法であり、鎮魂を経た再生への道ではないのだろうか。

ビューティフル・サンデイ 2012.02 ル テアトル銀座
芝居を観終わった後に、「おもしろうて やがてかなしき 鵜飼かな」という芭蕉の句がふと頭をよぎった。今ならば、「面白切ない」とでも言うのだろうか。中谷まゆみの作品の中でも今回で三演目を迎えるこの作品、中谷とのコンビの演出家・板垣恭一の演出で、前回とはキャストを変えての上演である。日常生活の中の断面をコミカル・タッチで軽快なテンポで描きながら、時折どきりとする科白を発する脚本が良くできている。女性の作家ならではの繊細な視点がある一方、等身大の女性や同年代の男性の姿を活写している点が優れており、いささか不自然とも思える幕開きの設定も、自然に芝居に取り込んでしまう。今回のメンバーは瀬奈じゅん、葛山信吾、桐山照史(関西ジャニーズJr.)の三人である。
画家志望の青年・浩樹(桐山)と同棲しているファミリーレストランの店長・秋彦(葛山)。ある朝、目覚めると、ベッドには浩樹ではなく、見知らぬ女が寝ていた。彼女は、前にこのマンションの部屋に住んでいた、ちひろ(瀬奈)という女性で、酔った挙句に捨てずに持っていた鍵で秋彦の部屋へ入ったとのこと。女性恐怖症の秋彦は、何とかしてちひろを帰らせようとするが、浩樹は「三年目の同棲記念日」を一緒に祝おうと誘う。そんな中、大分から見合いの話を持って上京する母親に、浩樹との関係をどう説明しようか悩む秋彦。ゲイのカップルと40歳を間近に控えた奇妙な三人の日常生活の中から、それぞれが抱えている心の問題が炙り出されていく。それぞれの感情が沸点に達した時、意外な真実が見え始める…。
人々の関係性が希薄だと指摘される現代社会の中で、血縁で結ばれた「家族」ではなく、「疑似家族」のような形態でも人々が関係性を持って暮らしていくことの大切さを、笑い、泣き、喧嘩しながらこの作品は訴えているように見える。今から三十年も前であれば、男同士が同棲するのはおかしい、あるいは四十間近の女性が結婚せずに不倫をしているのはどうか、という「世間様の常識」があった。しかし、時代と共に世間は変わり、常識も変わった。今は男同士、女同士で同棲しようが、独身のままで生涯を暮らそうが、否定的な眼で見られることは少ない。それだけ、多くの「価値観」が変わった、ということなのだ。ならば、こういう現代の中での人間関係の上で、関係性を持って行こうよ、というエールである。確かに、一人でいれば気は楽だが喧嘩はできない。相手がいれば楽しいこともあるが鬱陶しくもなる。しかし、人間とは本来が自分勝手なものなのだ。それを肯定することをしなければ、何も始まりはしない。
瀬奈じゅんが幕開き早々からかなりのハイ・テンションでぶっ飛んだ芝居を見せる。我がままで身勝手なのだが、どこか憎めないところのある女性で、浩樹と秋彦の関係にも理解を示す。宝塚を退団して二年余り、ミュージカルを中心にした舞台を続けて来たが、こういうストレート・プレイにも彼女の本領はあるかもしれない、と感じさせる。関西ジャニーズJr.の桐山照史が、ゲイの青年をそれらしく演じている。また、役の個性がいかにも今風の若者の感覚であり、その一方で、愛情や怒りの発露もきちんと見える。浩樹の同棲相手である秋彦の葛山信吾は、年齢的には「おじさん」であり、その行動や言動、発想も、限りなく「おじさん」である。ある意味では、この役が三人の中では最も難しいだろう。しかし、熱演の結果、好感の持てる演技を見せた。「アンナ・カレーニナ」のような作品で見せた芝居とは全く違う、彼の等身大とも言える人間像をナチュラルに演じたことに発見があった。
劇場という「非日常」の中に、少し変わった「日常生活」を持ち込み、それを観客に提示することで、芝居のどこかのポイントが観客の琴線に触れる。ふだんは観ることのできないような大仕掛けの芝居や、日常を忘れさせる破天荒な芝居があっても良し、一方でこうした我々の日常の隣で起きているかもしれないような錯覚を起こさせる芝居に何かを感じ取るのも芝居の魅力である。誰もが心の中に重石を抱いて生きている時代である。そう滅多に人に言えることではないが、それを舞台で登場人物が代わりにさらけ出してくれることにより、観客の重石が少し軽くなるような芝居である。

ALTAR BOYS 2012.02 新宿FACE
2009年に日本での初演を果たし、5人のメンバーを入れ替えながら上演を重ねて来たロック・ミュージカル「ALTAR BOYS」のファイナル公演である。今どきのイケメンたち5人が、それぞれ「人間の原罪」とも言うべきものや、差別に対する人間の行動や思想について、キリスト教の世界を借りながら、音楽と融合させたロック&ダンス・ミュージカルである。日本では、若者と宗教・信仰の結びつきが希薄なだけに、それが理解されないのではと初演当時に思ったものだが、作品のつくりと堅苦しくならない客席と出演者との交流や、役者たちの努力もあり、回を重ねるたびに評判を高めて来た公演だ。元来、タイトルの「アルターボーイズ」とは、神と司祭に仕える少年たちのことを差すが、日本での「イケメン人気」が、そのタイトルを難なく受け入れたこともあるだろう。この5人の神に仕える青年たちが、観客席に座る人々の迷い、悩める魂を浄化するために、歌やダンスで愛を説く。宗教・信仰に関する感情の希薄な薄い日本ではなかなか出て来ない発想だが、余り「宗教」「信仰」を前面に押し出すことなく、いわば「軽いノリ」で演じることにこの作品の狙いの一つがあるのだろう。
北丸雄二の翻訳台本を、ダンスやミュージカルで活躍している玉野和紀が演出し、それぞれのグループの個性を引き出して、3つのバージョンのステージを創っている。ここで面白いのは18日間のステージを3つのチームで交互に上演している中で、それぞれのチームに「RED」「ORANGE」「GREEN」の名がつけられており、チケットの料金も違っている。7,800-、7,000-、6,300-という3段階だ。野球に例えれば「R」チームが一軍、「O」チームが二軍、「G」チームがルーキーたちのステージ、とでもいうことになろうか。もちろん、単純に上手下手という技量の問題だけで設定されたわけではないだろう。
しかし、こうした観客側の視線に立った料金の設定はとかくなおざりにされがちな部分であるだけに、あえて記しておきたい。こうした試みの一つが、新宿・歌舞伎町のライブハウス「新宿FACE」で、夜の公演はもちろん、平日の昼間でさえも立ち見が出るような公演にまで育てた、ということと無関係とは言えないだろう。今の演劇界は残念なことに、作品も出演者も消耗合戦という一面があり、公演の数をこなすことに重点が置かれ、その内容や質が置き去りにされるケースが多い。これは今後のエンタテインメント全体を考える上で、決して見捨てることのできない重要な問題だ。人を育てるには時間もお金もかかるのは周知の事実だが、観客に育ててもらうのも有効な手段である。ただし、それには観客が「この作品をもう一度観たい」「他のグループでも観たい」という動機がなければ、足を運ぶことは難しい。そのための工夫として、今までにも他の劇団などで行われているケースではあるが、この公演に関して言えば、成功した例と言える。
私が今回観たのは「GREEN」のチームであり、今回のチームとの比較対象を論じることはできないが、若いパワーが溢れていることは間違いない。後は、そのパワーにどこまで作品の質を高めるか、という問題で、レベルの差はあれ、これは各チームに共通した問題であろう。ただ、混沌とした演劇界の中で、これからの観客の嗜好や、提供する側の作品の選定など、試行錯誤すべき課題は多い。その中で、一つの「形」を見せ、一応の結末をつけたのが今回のファイナル公演である。今後、こうした試みが他の作品でどういう発展を見せるのか。これは演劇界全体が考えるべきテーマの一つでもある。

Endless SHOCK 2012.02 帝国劇場
2000年に初演をしたこの作品も、今年で12年連続となり、今回の公演中には上演回数が900回を迎えるという。どんな芝居でもそうだが、数を重ねて行くことは、想像以上に苦しいものだ。当然のことながら、観客の支持、「また観たい」という熱望がなければ続けられるものではないし、本人のスケジュールやさまざまなタイミングの問題もある。まして、主演の堂本光一は舞台を専門として活動をしているわけではない。その彼が、今年のお正月は博多座で1か月、休む間もなく帝国劇場で2月から4月までの通算4か月のロングランに挑戦している。これは、単純に若くて体力があるからできるというものではない。そういう点で言えば、かつて同じ帝国劇場で、森繁久彌が、当時は国民的ミュージカルと言われた「屋根の上のヴァイオリン弾き」を60代で6か月のロングランを行ったこともある。しかし、公演回数や興行の形態も違うし、一律に比較することはできないだろう。
松本幸四郎の「ラ・マンチャの男」にしても、森光子の「放浪記」にしても、数を重ねた名作にはそれだけの理由がある。もちろん、作品の良さ、主役を中心とした役者の魅力はあるだろう。しかし、それだけで続くものではない。昨日より今日、前回の公演より今回とレベルアップをして行かなければ、熱烈な支持を得ることはできない。昨年の帝国劇場での公演は、東日本大震災の影響で公演途中での中止を余儀なくされたこともあり、今年はファンの期待も更に大きかっただろうし、それに応えるべき堂本光一をはじめとするカンパニーのプレッシャーも並大抵ではなかっただろう。相変わらずの白皙の美青年ぶりで、難なく舞台をこなしているように見えるが、その努力は、おそらく観客の想像を絶するものであり、それを毛ほども感じさせないのがプロのプロたる所以でもある。
ショーマン・シップのあり方を見せるという大きなテーマは変わらないものの、この公演は毎年少しずつ形態を変えている。これを「進化」と呼ぶべきか、「努力」と呼ぶべきか。今年の舞台にはマイケル・ジャクソンの振付師でもあったトラヴィス・ペインのところへ自らが出向き、新しいシーンを創るなど、エンタテインメントとしての充実ぶりには労を惜しまない若き座長の努力は評価に値する。それが、ファンの心に共鳴を与えるのだろう。はっきり言ってしまえば、去年と同じ舞台を見せても、観客は殺到するであろうし、満員御礼の日々は続くはずだ。しかし、堂本光一の中にあるショーマン・シップの「魂」が、そこに安住することを許さないのだろう。観客は敏感である。それを感じるからこそ、毎年、最もチケットの取りにくい舞台として、帝国劇場を埋め尽くすことができるのだ。
厳しい言い方をすれば、彼の姿勢は一座の座長を張る役者としては当然の姿であり、精神であえい、これこそがまさにショーマン・シップだ。しかし、誠に残念ながら、この精神を持たずにかつての評価に安住し、一歩はおろか半歩も前進しようとせずに、同じような芝居を繰り返している役者が少なくはない、という実情がある。演劇界が全く先の見えない混沌としている今、単にジャニーズの売れっ子の公演だから、ということだけではないのだ。そこに、この公演を続ける価値がある、と私は思う。もう三十年以上も前に、名優と言われる古老が私に教えてくれた言葉がある。「再演だからと言って、前と同じようにやったのでは、お客様は『前の方が良かったなぁ』と思う。前よりも、努力をして勉強をして、少しでもいいものにした時に、『ああ、やっぱりいいねぇ』となる。でも、役者にとってはこの寸法を伸ばすことが大変なことなんだよ」と。堂本光一が、この名優の話を聞いているとは思えない。しかし、彼自身が座長を勤めて来た経験の中で、体得したのだろう。彼の中にこの精神がある限り、「Endless」なのだろう。
私は、かつてジャニーズの公演を「演劇界の新しい潮流」という表現をしたことがある。しかし、900回の数を重ね、1000回に及ぼうという公演を「新しい潮流」だけでは済ませることはできない。彼が、今後どこまで発展と進化を繰り返しながらこの公演を続けて行くのか、それを見届けるのも一つの役目だろう。

「ラ・カージュ・オ・フォール」2012.01 日生劇場
1985年に近藤正臣と岡田真澄のコンビにより帝国劇場で初演されて以来、もう27年が経過している。その後、今回の舞台までで15回の上演を重ねているが、東京での舞台はすべて観て来た。ザザが市村正親に変わったのは1993年の青山劇場からで、相手役のジョルジュが鹿賀武史に変わったのは2008年である。主な役を上演の都度入れ替えながら高い人気を保っているのは、この作品に込められている「人間讃歌」という大きなテーマが、性別を超えて観客の胸を打つからだろう。もちろん、「ありのまま」、「今この時」といったミュージカル・ナンバーが優れていることや、豪華な造り、そして笑いに満ち溢れた舞台など、多くの魅力はあるが、その根幹を流れているテーマはしっかりと揺るがない。
南フランスのゲイクラブ「ラ・カージュ・オ・フォール」の花形ダンサー・ザザとその愛人・ジョルジュは、20年以上も「男性同士の夫婦」として暮らしている。ジョルジュが若かりし頃に他の女性との間にできた一人息子、ジャン・ミッシェルが結婚の知らせを持ち帰ったのだが、相手のアンヌの両親が堅物の上院議員で、こうした風俗営業を潰すことをスローガンに掲げている。その夫婦がアンヌと共に泊りに来ることになったものの、堅物夫婦を前にゲイの夫婦がこの危機をどう乗り越えるか…。今でこそ堂々と市民権を得た同性愛で、27年前の初演当時とは観客の感覚も大きく変わった。ここ数回の舞台を観ていると、観客の視点は完全に「人間愛」のテーマをしっかりと見据えた上で、この作品を楽しんでいるように感じられる。芝居と同時に「ラ・カージュ」の観客として、ショーも同時に楽しんでいるような感覚だ。それには、やはり市村正親のザザという得難いキャストがあってのことだろう。前回の2008年の公演の折に、「これが最後」と銘打って上演したが、観客のリクエストと評価が高く、今回は「最後」の看板を下ろし、観客の熱望に応えての上演である。
今回が10回目となる市村正親のザザ。この人の芸の幅の広さには感服する。劇団四季に在籍していた時代は、「コーラスライン」、「エクウス」、「M.バタフライ」などで中性的な役を演じることも多かったが、四季を退団後は急速に役柄の幅を広げ、こうした役を演じる一方で「炎の人」や「屋根の上のヴァイオリン弾き」「ミス・サイゴン」なども演じている。この役で見せる愛嬌と歌の巧さは、他の追随を許さないものがある上に、「芝居」としての感情表現も見事だ。今回の舞台について言えば、いささかコメディの部分に傾きすぎている嫌いはあるのが惜しいところで、笑いを強調しなくても充分に楽しめるほどに完成されている。いくつもの当たり役を持つ役者だが、このザザは、彼が今まで演じて来た多くの役の中で、ベスト・スリーに数えても良いほどのものだ。
ジョルジュの鹿賀武史。同じ劇団四季の出身で、気心の知れた相手役だけに息もぴったりで、2006年と2008年に見せた「ペテン師と詐欺師」などは秀逸の舞台だった。この役を岡田真澄で観た折には、初老の色事師の雰囲気が溢れており、それも魅力の一つだったが、鹿賀武史のジョルジュにはスラリとした現役の色事師の雰囲気に加えてシニカルな感覚があり、それもまた面白いものだ。市村とのコンビで、お互いに相手を信頼して芝居をしているのが良く分かり、観客も安心して観ていられる。

小松政夫VSコロッケ 爆笑昭和のヒーローズ! 2012.01 シアター1010
昨年の東日本大震災以降、暗い話題の多かった年も明け、新年の舞台で笑い、明るい年の幕開けにしたいという観客も多いのだろう。2007年に最初の公演を持った小松政夫とコロッケの二人だけのコント、大入り満員である。二人とも芸達者であることは言うまでもないことで、それぞれに歩んで来た道は違うものの、「笑い」に対する鋭敏な感覚は甲乙つけがたいものを持っている。昭和の歌謡曲や物まね、コントを織り交ぜながら、休憩を挟んで2時間15分の公演を、観客は存分に楽しんでいた。飲み屋のセットの客席を舞台にし、カウンターの中に観客がいる、という設定である。こういうものに粗筋はないし、それを説明する必要もない。
こうした「東京の笑い」を追求しているのは、伊東四朗と三宅裕司が二人で始めたコント「いい加減にしてみました」も同じ流れである。スタートはテレビ番組から始めた伊東四朗たちの方が早く、この二人には共通の「匂い」がある。小松政夫とコロッケのコンビに関して言えば、この二人が持つ匂いは若干違っており、「異種格闘技」に近い感覚を持っている。そこが、面白い点でもあるのだろう。テレビで自分たちが勝手に大騒ぎをして、それが笑いを生んでいると勘違いしているタレントやお笑い芸人と称する人々は多いが、舞台でのコントは非常に難しい。この分野で昭和の笑いを担って来た人たちが、売れない時代に芸の修業をした場所がストリップ劇場やキャバレーなど、笑いを欲していない場所での「つなぎ」であったために、「コント」というと何か一段低く見られがちな感覚があるが、それは大きな間違いだ。むしろ、抜身の刃を引っ提げて武者修行を重ねて来た人々であり、その感覚が昭和のものであり、今の観客には「古い」と一蹴されるものであったとしても、蓄えている技量は桁違いなのだ。その技量を持ってテレビで一つの時代を創り上げた小松政夫や、今も物真似では常に努力を重ねて他の追随を許さないコロッケの「信用」と「安心」に観客が集まるのだ。簡単に言ってしまえば、「この二人なら間違いないだろう」ということだ。
「笑い」の質が時代と共に変容することは構わないし止めようもない。その中で、自分の芸を磨き続けることができるかどうか。そこに観客は敏感に反応する。小松政夫とコロッケが見せた舞台は、今もなお、自分の芸を磨き続けている二人だからこそ、面白い。もう三回目だから今まで通りで、という感覚で見せていると、観客はすぐに離れる時代だ。回を重ねるごとに難しくなるのはコントだけではなく、どの芝居にも共通して言えることだ。それを知っているか、その上で実行しているか、それは舞台の成果にすぐに出るものだ。舞台が怖ろしいと言われるのはここにある。
私が観た日の舞台は小松政夫の身体の調子が悪かったのか、言いよどんだり、科白を忘れそうになったりする場面が何か所かあった。それを咄嗟に拾い、ネタにして突っ込んで行くコロッケとのやり取りが笑いにつながる。言うところの「アドリブ」だが、これにもレベルは無段階と言えるほどあり、受ける方の技量次第では面白くもつまらなくもなり、最悪の場合はそれまでの舞台の流れを壊すことになり兼ねない。そうならずに済んでいたのは、お互いが練達の芸を懐に忍ばせているからだろう。当然、この逆のパターンも起こりうるが、それでも舞台には影響がないだろう。こういうところに、役者としての場数を踏んだ蓄積が現われるのだ。三流のお笑いは、観客を笑わせる前に自分たちが楽しんでしまう。一流になれば、自分たちが楽しんでいる芸で観客を笑わせることができる。テレビが生み出す笑いを全部否定するつもりはないが、その差を知っているのかどうか、問いたい人々も多いのは事実だ。
話は変わる。今回の公演のチケットは定価が7,000円だ。他に、劇場がある足立区民を対象にした割引がある。今は一等席が10,000円を超える公演がほとんどの中、この価格帯の設定は観客の懐に優しい。「出演者が二人だから安いのは当たり前だ」ということではない。例えば、昨年のお正月に浜木綿子、加藤茶、左とん平、正司花江などの芸達者が顔を揃えた「売らいでか!」のチケットは7,800円だった。800円の差でこの人数の出演料や他の経費の差が埋められるわけはない。劇場の地域性や観客層などを考えた上での劇場の努力の成果だろう。もちろん、作品の性質上、巨大なセットや特殊な仕掛けを必要とし、一定以上の空間がないと上演できず、やむを得ず製作費がかかってしまう舞台があることは否定しないし、劇場も営利企業である以上は利益を出す必要がある。しかし、東京の北東部で劇場の少ない下町地域に、サンダル履きで出かけてもいいような感覚の劇場があることは大切だ。劇場という空間はただでさえ目に見えない費用が莫大にかかる。しかし、この厳しい不況の風の中、こうした見識を持った下町の劇場が元気でいてくれることが、今後の東京の演劇界に一つの示唆を与えることになれば、演劇人としては嬉しい限りだ。

女たちの忠臣蔵 2012.01 明治座
我々が「忠臣蔵」というドラマをなぜ好むか、という分析を始めると長くなるので割愛するが、二十一世紀の今も年末か年始に「忠臣蔵」を素材としたテレビ・映画・舞台などを観ない年はない。もうドラマにする部分は出尽くした感があっても、またほとんどのエピソードを知っていても泣かされてしまうのも、また「忠臣蔵」というドラマが持つ魅力だろう。この作品は1979年に橋田壽賀子のドラマとして放送されたが、その当時の名優をすべて集めたのではないか、と思えるほどの豪華なキャストに目を見張ったのを覚えている。そして翌年、田井洋子の劇化によって舞台化された。
タイトルにもあるように、「忠臣蔵」を巡るドラマではあるのだが、女性作家の視点らしく、「刃傷松之廊下」や「討ち入り」の場面は出て来ない。ドラマは討ち入りの前日に始まり、本懐を遂げ、四十七士のそれぞれ大名屋敷に預けられ、切腹の沙汰が下る翌年二月四日とその数日後までを描いたものだ。大石内蔵助に西郷輝彦、その妻・りくに高島礼子、浅野の妻・揺泉院に高橋惠子、細川越中守に長谷川哲夫、大工・平助に佐藤B作、その娘・しのに藤田朋子、寺坂吉右衛門に岡本信人、大石瀬左衛門に佐野瑞樹、その姉・つねに一路真輝、料亭の女将・おけいに中田喜子、磯貝十郎左衛門に松村雄基、間十次郎の妻・りえに熊谷真実など、大劇場演劇に手慣れたメンバーを中心にした豪華な顔ぶれだ。
全体的な印象を言えば、久しぶりで「どっしりとした芝居」を観た、ということだ。最近の大劇場演劇は、わずか一時間前後の一幕で八場や十場などとやたらに場数が多く、ちょっとしたエピソードを見せては暗転、もしくは幕前芝居というパターンが非常に多い。セットも抽象的なものになりがちだが、この芝居はキチンと道具を創りこんだ舞台で、一幕が一時間四十分、二幕が一時間三十五分でともに六場ずつ、一場が約十五分の計算だ。今の感覚で見ると、いささか長く、若干のカットの必要も感じるが、この長さで飽きないのは、元々の原作・脚本が丁寧に創られているからだろう。かつてはこうした芝居が中心を占めていた大劇場演劇も、こういう脚本を書く作家や、重厚な芝居に持ち堪えられる腕を持った役者が減ったこと、また、観客の嗜好の変化で大きく変わった。芝居が時代と共に変化を遂げるのは当然のことで、批判するつもりはない。しかし、初演以来三十年以上を経て、もはや「古典」になりかかっているこの作品から、演劇制作者が学べる部分は多いはずだ。
この芝居は、大きなテーマはもちろん「忠臣蔵」だが、その事件を背景にして、何組かの男女の悲劇を描いている。好きな男が赤穂義士の一員であれば、本懐を遂げるまでは真実は分からず、それまでのかりそめの愛に夢を抱いた女たちにはいくつもの悲劇が形を変えて襲い掛かる。また、中心となる大石をはじめ、義士の家族にしても同様だ。そうした人々を、一般市民の視点でごく普通の男女の愛情を中心に描いたのが大きな特徴でもある。だから、「女たちの忠臣蔵」なのだ。赤穂義士が戦場の勇者の物語であるとするなら、これは彼らに関係した女性たちの悲劇である。大石とその妻・りく、間十次郎と遊郭へ身売りをした妻・りえ。磯貝と相思相愛でありながら、添うことができなかった大工の娘・しの。盲人の身でありながら弟・瀬左衛門を討ち入りに加わらせたつね。こうした男女の悲劇が浮き彫りにされる。確かに、「男の芝居」として観られがちな「忠臣蔵」の多くの作品の中では新しい普遍性を持った捉え方だ。
西郷輝彦の大石内蔵助がどっしりとした風格と貫録で見せたのが頼もしい。安心して観ていられる役者だ。そういう意味では、熊谷真実、中田喜子も同様である。お預けになった細川越中守屋敷の塀を挟んで、鼓でお互いの想いを確かめ合う松村雄基の磯貝と藤田のしの、今回が一番良い出来だ。しのの父親の大工・佐藤B作が、点景のように笑いを運んで来るだけではなく、武士のドラマの中で唯一の「町人・大衆の代弁者」として好演している。大石の妻・りくの高島礼子、決して悪くはないが、時代劇としての重厚さをもう少し腹の中に抱えていないともったいない。
「忠臣蔵」の世界がこうしていまだに支持を受ける、というのは、日本人の情感も捨てたものではない、とも思える。冷えた時代だけに、濃密な人々のつながりによる息苦しさ、そこから迸る情を感じるのも悪くはないだろう。

アメリカの現代演劇の中で、女優が主役の名作の筆頭に挙げられるような芝居である。日本では1953年に文学座で杉村春子のブランチで初演されて以来、その上演の歴史はすでに60年近い。現代演劇と雖も立派な古典である。初演でブランチを演じた杉村春子は、1987年の最終公演まで実に593回この役を演じ、数多い当たり役の中の一つとされている。長い間、杉村春子の専売特許の感がなきにしもあらずではあったが、青年座の東恵美子、水谷良重(現・水谷八重子)、栗原小巻、岸田今日子、樋口可南子、大竹しのぶ、秋山菜津子、珍しいところでは女形の篠井英介も演じている。私にとっては杉村以来、10人目のブランチが青年座の高畑淳子となった。この作品は、圧倒的な回数から言って、文学座が日本での上演史を担ってきたと思われがちだが、「劇団公演」という意味では、青年座も1979年に東恵美子のブランチ、西田敏行のスタンレーで上演して以来、上演回数は文学座ほどではないものの、その一端を確実に守ってきたことは書いておきたい。この舞台はまだ高校生だった私には、西田敏行の荒削りな芝居も含めて新鮮だった。この時に、看護婦を演じていたのが今回ブランチを演じた高畑淳子である。32年という歳月をかけて、一本の芝居の主役にたどり着いた女優の熱意には敬服する。
ニューオリンズで暮らす妹・ステラ夫婦を訪ねたブランチ・デュボア。広大な農園を持つ家のお嬢様として育てられた女性だが、今は零落し、ステラと夫のスタンレーが暮らす雑多な街に身を寄せて来た。野蛮で粗暴なスタンレーとブランチはことあるごとに衝突を繰り返し、淀んだ空気の漂う街の中で、ブランチの過去、そして現在の姿がスタンレーの手によって無残にもさらけ出されて行く。この作品を書いたテネシー・ウイリアムズが、「ブランチという女性像は自分自身である」と語ったのは有名な話だが、ブランチという女性の持つ繊細さと精神的な脆さ、危うさ、ギリギリのところで均衡を保っている姿のそこここに、ウイリアムズの人生が大きく投影されているのだろう。
今回の公演は、青年座と文学座という老舗の劇団同士の交流プロジェクトであり、この作品の上演経験を持つ二つの劇団から主なキャストが出ている。青年座からはブランチの高畑淳子、ブランチの恋人・ミッチの小林正寛、集金人の青年・宇宙(たかおき)、看護婦の津田真澄。文学座からはベテラン・金内喜久夫の医師、スタンレーの友人・パブロの川辺邦弘、隣人・ユニスの山本道子。そして、スタンレーには「東京セレソンデラックス」で人気の宅間孝行、ステラには神野三鈴という配役だ。それにピアニストの小曽根真が加わり、演出は文学座の鵜山仁という共同体だ。劇団同士がこういう形で一つの作品を創り上げる試みは大いに意義のあることで、数年前には「無名塾」の仲代達矢と「劇団民藝」の奈良岡朋子の「ドライビング・ミス・デイジー」が高い評価を残している。もはや演劇においてジャンル分けに意味を持たない現在、作品を優先に考えたこうした試みは大いに歓迎したい。
ブランチの高畑淳子。実に役柄の幅の広い女優だと、改めて感心した。テレビで見せるパワフルでコミカルな印象を持つ観客も多いだろうが、私は彼女が「越路吹雪物語」で見せた岩谷時子のあの抑制された品のある演技に圧倒された覚えがある。今回の役は正反対とも言えるエキセントリックな役柄だが、想いの強さが良く見て取れる。難を言えば、登場の瞬間に、後の悲劇を予兆させるような、ガラス細工のような繊細さがもっと出ていても良かっただろう。この瞬間が上品で美しいほど、後半の暴発とも言える感情の発露や、ガラリと変わる行動や発言とのギャップがより際立つ。芝居が後半に進むに従って、ガラス細工で覆われていた本性がだんだん剥き出しにされ、開き直って行く辺りの芝居は捨て身とも言えるほどの迫力がある。スタンレーを相手にまくし立てる舌鋒の鋭さは、他の女優にはなかったトーンで、新しい姿のブランチを創って見せた。今回の高畑ブランチで最も評価すべき点であろう。
スタンレーの宅間孝行。基本的には下品で野卑で粗暴なのだが、そのマイナスを補って余りあるほどにセクシーな男の魅力に溢れた役でなくてはならない、と私は思う。ステラがベタ惚れに惚れる男であり、そこには肉体でも男らしさでも陽気さでも、ステラを惹きつけて離さない魅力が必要だ。しかし、宅間のスタンレーにはこの魅力が決定的に欠けており、単なるちんぴら同然の男になってしまっている。これでは、ステラはあそこまで惚れることはできないだろう。もう一つ気になったのは、科白の語尾が乱暴なことで、たとえどんな科白でも、あくまでもスタンレーの科白として聞かせなくては意味がないのだ。演出の鵜山仁が、どういう意図を持ってこの役を造形したかったのかが、良く見えて来ない。
ステラの神野三鈴。今までの多くの「欲望」の場合、良くも悪くもブランチを中心にした芝居になりがちだったが、自分が最も愛する夫と、血のつながった姉の確執に挟まれた女性の悲劇が浮き彫りにされ、なおかつブランチとの姉妹の関係が濃厚に表現されたのは、今回の舞台での一つの成果と言える。男女の愛情と肉親との相克の間に揺らめく一人の女性としてのステラは、今回の舞台のキーになった。
ユニスを演じた山本道子に漂う生活感。こうしたものが、芝居にはいかに重要なものであるかを、わずかな芝居で見せる。ここはきちんと評価をしておきたいところだ。
ピアニストの小曽根真を起用したのは斬新とも言えるアイディアだったが、音楽が多すぎて、せっかくのピアノが生きなかった。この芝居で象徴的に登場するポルカの音楽を消してしまうことになりかねず、ご馳走の効果を損ねてしまったのは残念である。
繰り返し上演されてきた「名作」に新たな感覚で臨むことは大変な勇気が必要だ。当然、過去のいくつかの舞台との比較を免れることはできない。そのすべてをいきなり凌駕することはできないだろうし、過去の舞台を参考にしながら試行錯誤を重ねて積み上げてゆくのはどの作品にも言えることだ。しかし、今回の鵜山演出には「?」の付く場所がかなりあった。手練れの演出家の舞台にしては、多くの才能を活かし切れなかったというのが全体の印象だ。もう一味を加えての再演を期待したい。

今の若い観客にとっては、この戯曲の作者である武者小路実篤という人物はもはや「未知の人」でもあろう。「その妹」が執筆されたのが大正四年、西暦に直せば1915年のことだ。今から100年近く前の作品で、古典も古典である。日本が西洋文明を取り入れた明治時代と、64年続いた昭和時代のはざまで、15年という短さの中にモダニズムやデモクラシーなどの独自の文化の発展を見せた「大正」という時代にこの戯曲が描かれていることが大きな背景にある。しかし、観客は、そういう予備知識など持たずに劇場に足を運ぶのが当たり前で、その世界や時代、感覚をどう見せるのか、というのがどの時代の作品によらず芝居に関わるものの腕であり、醍醐味でもある。あえて演劇的なジャンルわけをすれば「新劇」という部類に属するが、この芝居は「私小説」ならぬ「私戯曲」のような体裁を持っており、作者自身のことを描いたわけではないが、哲学的な言葉が並んでいるわけでもなく、ごく日常的な会話の中で進んでゆく。
将来を嘱望されている画家が、戦争で盲目となり、絵を描くことができない。絶望は深いが、絶望していては生きることはできない。何とか、小説家として独り立ちしようとする主人公を、精神的に支える妹がいる。しかし、どんどん逼迫する経済の中、その苦境を知った友人が経済的な援助をし、何とか小説家として自立の道を造ろうと試みるのだが、そう簡単に事は運ばない。そのうちに、友人は妹に友情を超えた感情を抱き始め、自らの家庭がだんだんに不和になる。その状況を察した妹は、ある決心をする。演出家の河原雅彦もプログラムに書いているが、一見すると「お涙頂戴劇」のように見えるが、この芝居の登場人物の感情は、100年近くを経た今でも、我々に生々しく訴えかけて来る激しさを持っている。それらの激しさが向かうベクトルはそれぞれに違っているのだが、いずれも人間の根源的な感情であることに変わりはない。「なぜ自分だけがこんなに苦しい想いをしなくてはならないのか」「金がほしい」「名声を得たい」「友人を助けてやりたい」「友人の妹を好きになってしまった…」など、どれ一つを取っても、今もどこにでもある話である。それを、巧みに組み合わせたことと、主な登場人物の骨格をきちんと描き分けたところに、武者小路実篤の作者としての評価がある。華族の家に生まれたお坊ちゃまでありながら、変わりゆく時代を見据え、30歳になるやならずで発表したのがこの作品なのだ。細かく読んで行くと文句を言いたい部分もあるが、作者が没して30年以上経った今、あえて言うこともあるまい。
主人公の盲目の画家・野村広次を市川亀治郎、妹・静子を蒼井優、友人の西島を段田安則、西島の妻・芳子を秋山菜津子が演じている。亀治郎は幕開き当初はいささか歌舞伎調の科白術が気になったが、芝居が進むに従って気にならなくなる。和服を着ての細かな所作に工夫が見られるのは、歌舞伎役者の強みだろう。蒼井優の静子も、最初は科白の調子がいささかぎこちなく、大正の女性には違和感を覚えたが、それも気にならなくなる。優しく兄に尽くしている場面よりも、一人の女性としての強さを持った考えを自覚してからの芝居が自然に見えた。演出家の肌理の細かさを感じた部分だった。段田安則の西島は、ひたすら誠実さを前面に押し出した芝居で、それがあざとくなる寸前で止めている。もう30年の芸歴を持つベテランの芝居で、つい先日観た芝居で見せた飄々とした役とのギャップを感じさせない。登場する場面は多くはないが、女中の水野あやを評価しておきたい。頭の結い方、衣装、歩き方、物腰、喋り方一つをとっても、「ああ」と納得させられる。一言で言えば、「時代の匂い」がするのだ。こういう脇役の重要性がもっと認められてしかるべきだろう。
ミュージカル花盛りの時代が想像以上に長く続いており、中にはミュージカル化する必要のない作品も散見される。ミュージカルを否定するつもりはないが、その中で、日本の土壌や風土に根差した過去の作品に眼を向け、「古い革袋に新しい酒を」注ぎ込むことは、日本の芝居を風化させないために重要な仕事だ。決して派手ではないが、そこには意義がある。古臭いと思われがちな芝居を、古臭さを感じさせずに今の観客にどう提示することができるのか。以前の「父帰る」や「屋上の狂人」などもそうだったが、新旧硬軟取り混ぜた幅の広さを持っていることが、すなわち時代を観る眼であり、芝居を創る眼なのだ。

人の惚気を聴かされて泣かされたのは初めてのことだ。
毎年一回、「なかのZERO」で行う立川志の輔の独演会だ。前座の立川志の彦が「元犬」で軽く一席うかがった後、志の輔の「でぃあふぁみりー」。私には久しぶりの噺で、細かい部分のマイナーチェンジを感じながら、この噺家の「休まない芸」を感じた。中入りの後、黒紋付きに着替えて来た志の輔は、おもむろに客席を見回して、師匠の談志の話を始めた。「どうせ、皆さんは今日はこの話だけを聴きたくて会場に集まったんでしょうから」と笑わせながら、師匠・談志を客観的に眺めた評価や、師匠とのエピソードを語った。その後、「まあ、このままずっと続けてもいいし、落語をやってもいいんですけど、皆さんもどっちでもいいような顔してますよね」と言うや、「抜け雀」をたっぷりと話した。万雷の拍手の中、再び緞帳が上がり、そこでまたポツリポツリと談志の話を始めた。それが10分ほど続いただろうか、当初の終演時間の21:00を40分超えての終演となった。
志の輔いわく、「まだ実感がない」と言う。談志が亡くなったのが11月21日、わずか2週間後の独演会である。当然、この日までにいくつもの落語会をスケジュール通りにこなして来たであろうし、師匠を亡くした実感がないわけはない。しかし、「信じたくない」のだ。それを、彼はそういう言葉に置き換えたのだ、と私は聴いた。毀誉褒貶の激しい人物ではあったが、その芸に関しては紛れもなく名人である。普段の言動と噺の内容を一緒くたにして、談志を激しく非難する動きがあるのは事実だ。芸に関する評価は観客のものであり、どう評価しようと構わないが、それがきちんと談志の芸に向き合って、私的な感情による好悪ではなく判断した結果、「まずい」と言うのであればそれは構わない。私は、落語評論の専門家ではないが、演劇の批評家として、あるいは趣味として今までさんざん聴いた志ん生、圓生、志ん朝、小三治らと比べても、談志が名人であるという評価には揺るぎはない。一流の「照れ」で偽悪ぶることが大好きだった談志の発言や行動は時に過激であったことは間違いないが、いくら好人物でも、舞台の芸がまずければ芸人として評価することはできない。昭和の名人と謳われた三遊亭圓生も同様の言葉を遺しているし、こと落語だけではなく、舞台一般に言えることだろう。はっきり言えるのは、今この時点で、談志ほど落語に真正面から向き合い、愛し、慈しみ、憎み、懐かしみ、憤り、苦しんだ噺家は他にはいない、ということだ。そういう意味では、人間の業を肯定するのが落語だという自身の言葉の通りに、自らの業をすべてさらけ出し、落語と闘いながら死んだのだとも言える。茶化すわけではないが、立川談志の死因は、病名は「ガン」だが、精神的には「落語」だとも言えるだろう。それは、本人が一番望んだ死因ではなかったろうか。
志の輔は、哀しそうな表情を微塵も見せず、談志とのエピソードを披露し、客席を爆笑の渦に巻き込んでいた。まさに、観客の期待に応え、さらにきちんと落語も演じた。志の輔にとっては、談志とラーメンを食べたこと一つとっても、他の人とは変え難い想い出であり、喜びだろう。しかし、噺家という職業柄、涙ながらに語るわけには行かない。自分の師匠の死という、芸人にとっては親を失うに匹敵する、あるいはそれ以上の哀しみを抱えながら、観客を笑わせる志の輔の姿に、私は舞台に立つものの「業」を感じた。その姿が談志に似ているとは思わない。しかし、談志という大きな壁と闘いながら、志の輔流の「らくご」を創り上げて来た一人の噺家の大成を見届け、安心するかのように死んで行った師匠・立川談志がそこにいたのだ、と私は思う。もちろん、談志のこと、面と向かって志の輔を褒めるわけもなかろう。しかし、他愛ない言葉のやり取りなどどうでもいい、深い精神的なつながりと愛情で結ばれた師弟の愛情と尊敬、優しさ。そういう師匠を持てた志の輔に羨望を感じたのも事実だ。
すでに、これ以上売れようがないところまで来ている志の輔の芸が、どこまで進化を続け、どの時点で談志を超えた、と思わせてくれるのか。今後の楽しみはそこにある。

音楽史上に燦然と輝く天才、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトと宮廷音楽家・サリエリの桎梏を描いた「アマデウス」。1979年にロンドンでの初演を皮切りに、映画化され、アカデミー賞で8部門を受賞した名作だ。この作品で、ピーター・シェーファーの芝居の魅力を知った人も多いだろう。日本では1982年に松本幸四郎が初演し、以後、今回で11回目の上演になる。初演時の江守徹のモーツァルト以来、子息の染五郎もこの役を演じ、その妻・コンスタンツェも初演の藤真利子、渡辺梓、藤谷美紀など多くの女優が演じて来たが、サリエリだけは一貫して幸四郎が演じており、今回の公演の初日が401回目だったそうだ。「勧進帳、「ラ・マンチャの男」など、1000回以上の上演を重ねている当たり役を歌舞伎、ミュージカルと芝居のジャンルを問わず持てるというのは役者の幸福であり、どの芝居も回を重ねるたびに進化を続けて来た証拠だろう。今回はアマデウスに武田真治、コンスタンツェに内山理名を得て、演出も今までのピーター・ホールに変わって幸四郎自身の演出・主演となった。
7年ぶりの上演ともなると、主なメンバーのほとんどが様変わりしており、「アマデウス」という芝居を頭でも身体でも熟知しているのは幸四郎一人と言ってもよい。その中で、自ら演じつつ、演出も手がける中で、一番の特徴は幸四郎の近代人としての「眼」がそこここに見えることだ。たとえば、この話がたとえ現代の音楽界に置き換えられたとしても通用するような、現代劇としての視点を持たせたことだろう。人間の心のありようはそう簡単に変わるものではない。増して、根源的・原始的な感情の動きなど、200年や300年で劇的な変化など遂げはしない。そこを捉え、現代にも通用する「ドラマ」として演出し、人間ドラマとしての普遍性を持たせたのが今回の幸四郎の功績と言えよう。
この芝居は1982年の初演以来、私は東京での公演はすべて観ている。しかし、何度も観ていても、舞台には常に新たな発見があるものだ。
「アマデウス」について語られる時、稀代の天才・モーツァルトと宮廷作曲家の地位は得ているが凡庸な才能しか持ち合わせなかったサリエリとの対立軸が中心となることが多い。しかし、今回の舞台を観ていて、私はそうではないことに気付いた。これは、天才と凡人の対立ではなく、天才同士のドラマなのだ。我々凡人よりも遥か高みにいる二人の天才が、嫉妬や蔑み、妬み、狡猾さ、猜疑心、羨望、憧憬、小心さ、甘え、ずる賢さなどを剥き出しにして、ぶつかり合って生きている。二人の天才は、才能に優劣があるのではない。役割が違うのを、才能の差だと誤解をされているように見えるのだ。このドラマの本質は、二人の天才が陰と陽、光と影を演じるところにある。もっと言えば、この芝居は一曲の音楽でもあるのだ。モーツァルトとサリエリが奏でる主旋律と副旋律。それが時として入れ替わり、或いは併走し、曲調を変えながら二人のドラマを演奏している。一枚の紙の表と裏、とも言えよう。「一流は一流を知る」という言葉があるが、サリエリがもしも科白にあるように凡庸な音楽家であったならば、モーツァルトの天才ぶりをあそこまで細かく読み取り、感じることはできなかったであろう。音楽家に例えれば「同じ耳」を持っていたからこそ、その才能をリアルに感じ、嫉妬をしたのだ。ドラマのこういう捉え方が非常に幸四郎らしい理知的な近代を感じさせる。
モーツァルトの武田真治が、不思議なことにドラマが進むにしたがって、目に見えて芝居が良くなる。芝居の始めでは、明らかに役柄との距離を感じたが、だんだんに追い詰められて死が身近になる終盤になると、迫真とも言える芝居を見せる。一本の芝居の中で、スタートとゴールにこれほどの差を感じさせる役者も珍しい。最後の場面では、モーツァルトが彼に憑依しているのではないか、とさえ感じた。彼の役者の生理として、下品で猥雑極まりない姿のモーツァルトよりも、死の影に怯えるモーツァルトの方が性に合うのだろう。内山理名のコンスタンツェ、どうしても男優二人の陰にかすむ嫌いがある。武田真治同様に、下品さを演じるのにいささかのてらいがあるように感じた。
幸四郎のサリエリは、7年前の舞台よりも、若い時代の芝居が若々しくなっている。歌舞伎流の言い回しをすれば、11演目を迎えて「役が手に入っている」と言うところだろうが、そうしたこととは違い、7年前のサリエリとは大きく姿を変えている。それは、今まで述べて来た演出家としての解釈が自身の演技に加えられたことが大きいのだろう。サリエリが持っている狷介さが、今までよりも自然に見えるのが印象に残った。これは、あえて狷介さを前面に押し出すことなく、サリエリの人間そのものを演じることで、自然に見え隠れするような感覚になったからだろう。この非常に濃密なドラマを、初演以来のすべてを知る役者として、演出家の役割も兼ねながら進めて行くのは容易なことではなかったはずだ。
キャストが大きく変わったことで芝居の本質が変わるものではないが、味わいは変わった。個々の役について、7年前の舞台と比較するつもりはないが、今回は出演していないたった一人のことを書いておきたい。ほとんど目立つこともなければ芝居のしどころがあるわけでもない従僕を初演以来演じていた日野道夫という役者がいる。7年前の時点ですでに90歳で、体力的な問題もあったのだろう、ダブル・キャストになっていた。しかし、私は前回、わざわざ日野道夫が出る日を選んで観た記憶がある。舞台にいて、大車輪の演技を見せるわけではないが、主役を巧く引き立てる味わいを見せる、本当の意味での脇役が欠けて行くのが惜しいことだ。大スターではなかった代わりに、変え難い味を持ったバイ・プレーヤーの存在が芝居にいかに重要か。もう日野道夫の舞台に触れる人もほとんどいないだろうから、あえて記す。
ピーター・シェーファーが、20世紀を代表する劇作家の一人であることは今さら言うまでもない。しかし、この「アマデウス」は、手ごわく、面白く、深みがあり、興味の尽きない作品であることは確かだ。今後もさらなる「変容」を奏でてゆくのだろう。それが楽しみだ。久しぶりに上質の翻訳劇を観た想いがした。

泉鏡花の人気戯曲である「天守物語」を、篠井英介の富姫、平岡祐太の図書之助というコンビで白井晃が演出をしている。歌舞伎や新派の舞台で見慣れたこの作品が、どういう視点で捉えられるのか、が興味のあるところだ。幕開きに、豪雨に近い雨の音と共に、近江之丞桃六の小林勝也、篠井英介、平岡祐太が洋服で裸舞台にいる。これは、この物語における三人の姿を「点景」として切り取って、最初に見せたものか、と感じたが、唐突な感じがしたのは事実だ。今までに坂東玉三郎の「天守物語」を見慣れて、あるいはそのようなテイストを期待して来た観客にはいささか予想をはずれたものだったろう。
脚本は、作家の手を離れてしまえば後は演出家と役者に委ねるしかない。演出家が脚本をどう解釈し、それを役者の肉体を通じてどう表現するか。その結果である芝居を、受け入れる、受け入れないという問題は、最終的には観客の「好み」に収斂してしまう。そこで、その好みの問題をねじ伏せてしまうほどの強烈な何か、があれば問題は別だ。そういう意味で言えば、今回の白井演出は、賛否両論が別れる舞台だろう。「天守物語」は異界に棲む富姫と俗界の図書之助との恋の成就までを描いた作品だが、私が観た限りでは、一番の問題は異界と俗界にいながら、同じ匂いを持つ人びとが多いことだった。例えて言えば、幕開きに出て来る腰元たちの科白に、鏡花が創った突拍子もない美の世界の匂いが感じられない。普通の若い女性の日常会話を聴いているようである。一方、篠井英介は明らかに異界の住人である。このアンバランスが目立ったのが惜しかった。
篠井英介。歌舞伎以外の女形として、多くの舞台を演じて来た。彼の富姫が舞台に現われたのを見た瞬間、この役者が歩んでいる過酷な人生と、その努力が実ってここまでたどり着いたことの嬉しさを覚えた。歌舞伎の女形は、例外を除いて歌舞伎だけを演じていれば歌舞伎の女形の必要条件は満たせる。しかし、篠井英介の場合、著作権管理者に「男性が演じた例はない」と断られながらも、長年の夢であった「欲望という名の電車」のブランチを演じたほどに演じる役の幅は広い。その分、可能性や希望と同じほどに、あるいはそれ以上に障害も多かったはずだ。そうした幾多の困難を乗り越えて「天守物語」の富姫という、多くの名優が演じた役を演じるところまでたどり着いたのだ。役者の道は誰もが孤独だ。その孤独を噛みしめながら得た富姫である。彼の富姫は、声が地声を基調としており、女形として無理に作った声ではないのが良い。特に今回の役は異界の住人であり、時に声が太くなる場合も、それがプラスに働いた。しかし、一点だけ言えば、世話場に砕けた科白になった瞬間、俗界の人間に戻ってしまい、富姫を常に包んでいるはずのベールが剥がれてしまうことだ。
平岡祐太の図書之助。爽やかな容姿を持つ青年だけに、良いコンビになるかと期待したが、まだまだ科白が危ない。恐らく、彼の感性ではこの物語も、演出家の意図も理解しているのだろう。しかし、それを「科白」として表現する段になると、図書之助として自分の科白を言う仕事に手一杯になってしまい、図書之助が持つ凛々しさや涼やかさなどのプラスアルファの表現にまで至らない。このもどかしさを、観ている私が感じるぐらいだから、本人はなおさらだろう。今回の経験を良きステップにして、多くの宿題を見つけてほしいものだ。
小林勝也の近江之丞桃六は原作でも美味しい役だ。その美味しさを見事に活かしているのは、ベテランの味だろう。同じことは、薄の江波杏子にも言える。ただ、田根楽子の舌長姥は想定の範囲に収まりきってしまったのが残念だった。坂元健児の朱の盤坊というのが面白いキャスティングで、それに応えた。亀姫の奥村佳恵は、これからの役者だろう。
古典の名作として確固たる評価を築いている作品に、新たな息吹を吹き込むことがどれほどの労力を必要とするか、今回の白井演出で非常に良く分かる。だから、無難な線を選ぶ演出家も多い。しかし、今回の演出が失敗だったとは私は思わない。良くも悪くもあまりにも固定化した一つの作品に対する「挑戦」の意味合いでは、瑕疵はあるものの、新しい解釈の余地を見せたことは評価に値する。最初ですべて完成と言うわけには行かないが、新しい「天守物語」の基盤の一つを創ったことは確かだ。今後、どう練り上げるか、課題はそこにあるのだ、と思う。

あゝ、荒野 2011.10 彩の国さいたま芸術劇場
テレビで屈託のない笑顔を見せている人気グループ「嵐」の松本潤と、寺山修司の作品に漂う「虚無感」が意外に相性の良い組み合わせだったのが、この舞台での発見である。もう一つは、女性と戯れる時のにこやかな美しい笑顔の中に、カミソリの刃を手で持っているような鋭さを見せる瞬間がある。これが、彼の魅力なのだろう。
1983年に47歳の若さで亡くなった寺山修司の、元から芝居として書かれた戯曲ではなく、唯一の長編小説「あゝ、荒野」を夕暮マリーが脚色し、蜷川幸雄が演出している。私の手元にあるもので約320ページに及ぶ長編小説を劇化した手順は、良い意味での「いいとこ取り」で、舞台の両側に寺山が詠んだ短歌が何首か映し出されながら、テンポを持って進む。舞台は、1960年代の新宿。松本潤が演じる小生意気なボクサー、新宿新次と、小出恵介のどもりのボクサー、バリカン健二が、友情を育みながら勝村政信が演じる片目のコーチの元で練習を積み、やがて二人が対決する、という話だ。何やらマンガの「明日のジョー」を想起させるストーリーだが、ボクシングを愛した寺山修司のオリジナルである。
今とは種類も匂いも違う猥雑さと活気を持っていた新宿。例えば、安っぽいネオンが毒々しく煌めくごちゃごちゃした繁華街、葬式の花輪と開店祝いの花輪が並んでいても何も違和感を覚えないような街が舞台である。今の観客にも分かりやすいような工夫で舞台が創られている半面、時代感覚が薄れるのは仕方のないことだろう。我々は追憶よりも現代に生きなくてはならないのだから。私が子供心に憶えている60年代の新宿にしても、靖国通りを走る都電、三光町の交差点のトロリーバス、東口の「二幸」といった点景でしかない。そんな時代の新宿のうらぶれたホテルに、娼婦が次から次へと男たちを咥え込み、したたかに生きている。ここで印象的だったシーンがある。新宿新次がセックスの後で、パンツ一枚で両手を広げて、眠っているシーンだった。何やら、磔刑のキリストのようだ、と思っていたら、娼婦が舞台の上に吊り上げられて消えた。「俗」に暮らし、生きる娼婦や、それを買う若者を「聖化」する辺りは、いかにも寺山修司らしい。
もう一つ、印象的だったのは、バリカンと新次が互いに母を語る場面だった。当然二人の母親は違う人物なのだが、どちらも作者である寺山修司の母親像である。終生、母親との桎梏を抱え続けた寺山修司の複雑な感情を垣間見た気がした。私小説的な要素をも含んだこの長編小説には、今どきの若者が口にするとは思えないような難解な言葉がたびたび出て来る。日本で有数の繁華街・新宿で「荒野」を語る二人の青年。今の若い人々には異質なもの、として映るかも知れない。しかし、二人の口から発せられる言葉には、繁華街を荒野に変えるようなエネルギーの発露と、くすぐったいような青春の痛み、とが同居している。いつもポマードの匂いのするようなイカした新次と、自分の想いを口にすることも容易ではないバリカンとは、一見対照的に見えながらも、双子の兄弟のようでもある。松本潤も小出恵介も、細かな演技の巧拙について言えばいろいろな問題が出て来る。しかし、二人がこの難解で、するめいかのような歯ごたえと噛みごたえを持った「あゝ、荒野」という大作に裸でぶつかり、身にまとった雰囲気でその人物を演じようとしている姿勢には好感が持てる。ラストに近いシーンで、リングの上で4ラウンドのボクシングの試合をする二人は、お互いが相手に対して抱いていた憧れや恋慕にも似た感情を、肉体を傷つけることで確かめ合っているかのように感じられた。寺山修司と同世代で、一入の思い入れがあるのだろうか、最近の蜷川幸雄の演出作品の中では、最も蜷川らしさを感じる演出である。
この批評を書いていてふと気づいたのだが、寺山修司が亡くなって間もなく30年になろうとしている。もはや、寺山修司は「伝説」として語られるべきほどの年月が経ってしまった今、こうした形で寺山の新しい作品が陽の目を見るのは意義のあることだ。歌人・詩人・エッセイスト・小説家・劇作家・シナリオライター・評論家・作詞家・演出家・映画監督などの多彩な顔を持ち、「僕の職業は寺山修司です」とインタビューに答えた人物の、代表的な短歌を一首最後に紹介しておこう。今、我々が、日本が直面している姿だからだ。1954年、18歳の時に「短歌研究」という雑誌で新人賞を受賞した歌だ。
「マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや」

ピアフ 2011.10 シアタークリエ
下品で粗野で傲慢で淫乱、我儘な上に無教養で気分屋、言い出したら聞かない、欲望を抑えられない…。欠点を挙げたら幾らでも出て来そうだ。しかし、その多すぎるとも言える欠点を、「歌」ですべてカバーし、あまつさえ聴衆の心を揺さぶった稀代のシャンソン歌手、エディット・ピアフ。没後50年になろうとする今も、彼女の楽曲の数々の人気は衰えず、多くの俳優たちがその波乱万丈などという陳腐な言葉では言い表せない一生を演じて来た。美輪明宏が一番多くピアフの生涯を演じているであろうし、その初演を四半世紀以上前にサンシャイン劇場で観た以外にも、亡くなった上月晃のピアフなど、幾つかの舞台を観て来た。しかし、幕が開いて、よれよれの大竹しのぶが出て来た瞬間、その姿恰好が、私が映像で知っているエディット・ピアフに酷似していたのは驚いた。猫背気味の身体で腕を広げ、半ば投げやりのように、しかし虚空を凝視する力強い視線で登場する大竹のピアフは、偉大なる歌手のピアフではなく、素っ裸のピアフ像だったからだ。
実在の人物を劇化する場合、有名なエピソードにいくばくかの味付けや装飾を施して芝居にするケースが多くなる。多くの人々が知っている場合は、なおさらそれが理想的で甘美なものになってゆく。しかし、パム・ジェムスの脚本は、思いつく限りの下品な言葉を容赦なく次から次へとピアフに喋らせ、世界的なシャンソン歌手の「伝記」や「一代記」としてではなく、蓮っ葉な一人の貧乏ったらしく惨めな、猜疑心と我儘の塊のような女の姿を浮き彫りにした。それも、これでもか、と言わんばかりにピアフの悪い面を際立たせ、ドラマに導入する。しかし、芝居を観ているうちに、このどうしようもない女性の魅力に惹きこまれている自分がいる。大竹しのぶが、舞台女優として確固たる地位を築いている演技派であることは言うまでもないが、今回の舞台は、「キチガイじみている」とも言えるほどの打ち込みようで、観ていて「何だ、ピアフは…」と、思わずピアフの脈絡のない行動に批判めいた感情を覚えるほどに役と一体化している。
もちろん、その中にはお馴染みの「水に流して」「私の回転木馬」「ミロール」「私の神様」「枯葉」「アコーディオン弾き」「愛の讃歌」など、ピアフの絢爛豪華な楽曲の数々が挟まれる。しかし、だからと言ってこの芝居はミュージカルという範疇には収まり切らない一面を持っている。今、ここでミュージカルの厳密な定義をするつもりはないが、歌手の一生を描く以上は、その歌が流れるのは当然であり、多くの観客もそれを期待している。その要求も満たしつつ、歌よりもピアフの剥き出しの感情と貧弱な肉体から、その魅力を炙り出そうとした作者の着眼点は面白い。例えて言えば、感動的に心地よいエピソードだけを集め、歌を挟んで、薔薇の花で囲むような芝居にもできる素材を、あえて汚泥の池の中に突き落とし、最終的にはその泥の中から美しい蓮の花が顔を出すような芝居だ。
大竹しのぶという女優が、どの作品にも全力投球で臨んでいる姿は今までに何度も眼にして来た。しかし、この「ピアフ」は、畢生の当たり役と言っても良いほどに特筆すべき作品となった。ピアフに限りなく近い姿を演じながらも、それは物真似ではない。大竹しのぶとピアフが一人の人間の中で格闘をした挙句に、その区別が曖昧になるほどだ。実際に、現実と狂気のごく薄い皮の間を行きつ戻りつしながら48歳の生涯を閉じたピアフの姿を、実に見事に演じた。大竹しのぶの「狂気」を感じたのは、カーテンコールで何度も舞台に登場し、頭を下げる彼女が、最初はまだピアフの顔付きだったことだ。三回目か四回目に舞台に登場し、微笑んだ時に、やっと普段の大竹しのぶの笑顔が戻った。
序幕13場、二幕10場の構成はいささか駒切れになるかとの懸念があったが、それも杞憂に終わったようだ。最近、やたらに場数の多い舞台が多いが、この作品に限って言えば、わずかな時間の場面でも、そこにエピソードではなく、ドラマが描きこまれている。面白いのは、ピアフの昔の仲間の娼婦である梅沢昌代のトワーヌ以外は、みんなが複数の役を演じていることだ。主な役で言えば、田代万里生のイブ・モンタン、ピアフの数多い恋人のボクサー、マルセル・セルダンが山口馬木也、ピアフを最初に見出したクラブのオーナー、ルイ・ルプレの、ピアフのマネージャー、ルイ・ルプレの高橋和也、マレーネ・ディートリッヒの彩輝なお、最後の恋人で夫となる碓井将大のテオ・サラポなどだ。ピアフに取って、生涯忘れがたい恋人となったマルセル・セルダンを演じた山口馬木也が予想以上にセクシーな男の魅力を見せた。ピアフに対する愛情と引け目のバランスが良かったのだ。ピアフのマネージャーで、ルイを演じた高橋和也の誠実な芝居も目立った。立派な中堅の役者である。梅沢昌代のトワーヌも、大竹に負けじと素っ裸の下種さをさらけ出している。脇をこういう人が固めてくれると、舞台の質がグンと上がるものだ。イブ・モンタンを演じたテノールの田代万里生が見事な声量で「帰れソレントへ」を熱唱した折には拍手が沸いたが、芝居の方はまだこれから勉強だろう。
この手ごわい芝居を、演出の栗山民也が良くまとめたものだと思う。海外の芝居だから、素材の人物が有名だから、というわけではなく、今、日本の芝居の新作で、これほどに骨っぽく、人間の本性をさらけ出し、最後にはすべてが浄化されてゆくような芝居がほしい、と痛切に感じた。と同時に、大竹しのぶの底知れぬ「恐ろしさ」を感じた舞台でもある。

カミサマの恋 2011.10 紀伊国屋ホール
青森県には、「イタコ」の他に地元で「神様」と呼ばれる女性たちがいる。一時、テレビで話題になった人もいたが、雑駁な私の印象を言えば、霊能力プラス身の上相談、あるいは生き方指南といった要素を色濃く持った、土地ならではのものだったように記憶している。そんな「カミサマ」に、奈良岡朋子が扮し、青森に拠点を構えて、幅広い演劇活動を行っている畑澤聖悟が脚本を書き下ろした。演出は、劇団の丹野郁弓だ。
登場人物のほぼ全員が青森弁をしゃべるという設定の芝居は、東京ではなかなか観られないだろう。青森でも津軽と下北、三沢では微妙にイントネーションが違い、そこに日本の歴史が経験して来た感情の軋轢の片鱗を感じることができるのだが、方言に関してはいささかのばらつきがある。しかし、やはり奈良岡朋子の科白は、土地にどっかり根を据え、人生の年輪を重ねて来た重みが他の俳優とは違っている。
人々の相談相手になっているカミサマこと遠藤道子(奈良岡朋子)だが、一般の人間であることに変わりはない。自分自身の内部にも問題を抱え、懊悩する部分もある。そこへ、藤巻るもが演じる由紀という若い娘が弟子入りしているのだが、どうもまだ覚束ないでバタバタしている。そうした日常の中で、多くの人々が入れ替わり立ち代わり家庭の問題を持ち込み、カミサマは適宜アドバイスをし、ご託宣をくだすのだが、その繰り返しが前半で何度か続くのがいささか単調な感を与える。他の地域の人々には馴染みのない「カミサマ」という独自の信仰や生活を見せる意図は充分に理解できるが、あまり変化のない場面が続くので、このやり取りは一回ぐらい減らしても良かっただろう。
しかし、後半になると、ドラマの展開が変わって来る。それは、他人の悩みにある種の回答を与えるカミサマ自身の悩みが前面に押し出されて来るからだ。カミサマと呼ばれ、地元での尊敬や信頼は得ていても、彼女自身にも今に至るまでの普通の人生があり、そこでは相談に来る人々と同じような悩みや苦しみがあった。それを克服して来たからこそ、その言葉に重みもあり、信頼感もある。しかし、そのカミサマにも我々が抱えているような問題と同じレベルの悩みがある、と判明することで、ドラマは俄然生彩を帯びて来るのだ。「カミサマの恋」という一見かけ離れたこの芝居のタイトルの意味が実に鮮やかに浮かび上がる。
いささか乱暴な言い方をすれば、この芝居は奈良岡朋子が演じる「カミサマ」を取り巻く一種の「家庭劇」なのである。非常に人間くさい人々が、日々の生活の中でふと立ち止まって考えたり、右か左かの選択に迷った時に、カミサマがさり気なくその背中を押す。その方向が正しいかどうかの問題ではなく、「背中を押してもらう」ことが一番大事な行為なのだ。カミサマは八卦見ではない。時に、相談に来る人々と同じ視線を持ち、同じような悩みを抱えていることが重要なのだ。突き詰めて言えば、この芝居は、青森県に生き、日常生活の中に「カミサマ」が存在する人々をモデルにした「人間賛歌」であると言えよう。奈良岡朋子を中心に、千葉茂則や塩屋洋子、箕浦康子、船坂博子、小嶋佳代子、梶野稔、天津民生らのベテラン、若手が入り混じり非常に人間くさいドラマを演じているのだ。もしかすると、これは劇団民藝のある一面の姿を、形を変え、場所を変えて芝居にしたのではないか、とも思える。そういう勝手な観方ができるのは、演出家が劇団員の個性を知悉しているからだろう。こういう芝居を観ると、劇団の持つ魅力が、新しい形で浮かび上がって来るのが面白い。
今、こうして批評を書くために舞台を思い返してみて、ネィティブに近いレベルで津軽弁をこなす奈良岡朋子の科白術には改めて感嘆する。凄い女優だ。

「泣き虫なまいき石川啄木」2011.10 紀伊国屋サザンシアター
歌人である石川啄木を歌以外の面で語る時に、とかく引き合いに出されるのは「貧乏」「金にだらしがない」などというマイナス・イメージのエピソードだ。四十五年続いた明治時代の中期に生を受け、その最後の年に二十七歳で亡くなった夭折の天才・石川啄木には、そういった何かしら暗いエピソードがつきまとう。現在はいささかの説明を加えなければ理解しにくくなった明治時代の「大逆事件」を目の当たりにし、間もなく生涯を閉じた啄木を、その家族と共にした人生の断面を切り取った井上ひさしの作品を、段田安則が演出しているシス・カンパニーの公演である。
石川啄木に稲垣吾郎、妻の節子に貫地谷しほり、妹の光子に西尾まり、母のカツに渡辺えり、父の一禎に段田安則、親友の言語学者・金田一京助に鈴木浩介というメンバーで、稲垣と貫地谷以外はもう一役ずつ演じている。
井上ひさしの脚本は、この作品を「偉大なる天才詩人の物語」として描いてはいない。貧しさに苦しむ、ある家庭の問題として描き、そこに明治時代の思想や世相、人々のありようといった要素を描き込んでいる。極端に言えば、多少風変わりな個性を持ったある一家の姿を描いた「家庭劇」なのである。ただ、その家庭の主である石川啄木が、歌人であり、思想家としての発想に目覚めたり、妄想に走ったりする少し変わった人物で、良く眺めてみると、その両親もそれぞれ一癖も二癖もありながら、貧しさの中でしたたかに生きている「どこにでもある家族の物語」なのだ。
稲垣吾郎の啄木は、二幕目に入ってから俄然精彩を放つ。親友であり後に高名な言語学者となる金田一京助との激烈とも言えるやり取りや嫁と姑の問題、貧しさに対する反発が社会へ向けられていく感情などを、そのまま体当たりで演じている感覚がある。変な小技を使おうとしないのが良いところだ。好対照をなすのが段田安則の父親で、自分の女房に「居候の名人」と言われ、禅宗の僧侶でありながら酒には滅法だらしのない、いい加減な父親像を飄々と演じる。しかし、その中で時折発する警句めいた科白が、いかにも井上ひさしらしい血の通った言葉として活きている。渡辺えりの母親が盛岡弁を見事に操り、その迫力ときっちり計算された芝居が練達を感じさせる。厳しくも温かい、などという表面的なものだけではなく、母親といえども芯から「女」である姿を演じた。こうした「濃い」役者の中で、貫地谷しほりの妻・節子のおとなしさの陰に見え隠れする芯の強さや啄木への愛情が、一つのアクセントになっている。
今、我々を取り巻く環境は決して豊かなものではない。誰もが、何かの折に不便さや貧しさを感じていることも多いだろう。しかし、今の貧しさと、啄木たちが感じていた貧しさは明らかに質が違う。便利と快適を追い求め、手に入れた挙句、精神的な豊かさを失った現代の人々にも、金銭的な面を含めた貧しさが存在するのは確かだ。しかし、この芝居の登場人物は、その日の暮らしに困り、方々に借金を重ねながらも、一杯の夜泣き蕎麦に「幸福」を感じることのできる感性を持っている。もちろん、我々も同様のケースで幸福を感じることはある。しかし、その幸福感の質は似ていても非なるものなのだ。100年前の話と比べて、どちらが良い悪い、という問題ではない。
井上ひさしは、エキセントリックな部分を多分に持つ石川啄木の姿を通して、「貧しい人々」に限りなく優しい視線を向けている。啄木自身だけではなく、いい加減な父親にも、鬼婆のような母親にも。この芝居の値打ちは、そこにある。

「YAMATO」2011.09 東京国際フォーラムC
今、ずいぶん多くの「和太鼓」の集団が活動をしている。今回、初めて東京で大きな規模のリサイタルを開いた「YAMATO」という集団は、奈良県の明日香村に本拠地を置き、集団生活を送りながら太鼓の稽古をし、海外や学校などで公演を行っているという。今までに世界51か国で2000回以上のリサイタルを開いている一方、日本では50回程度だというから、日本よりも海外での知名度の方が高い。最初は明日香村で高校時代に太鼓で遊んでいた四人組が、お祭りなどに神社で投げ銭をもらいながら公演を披露するようになり、やがて本格的に太鼓を演奏するようになってもう20年になると言う。面白いのは、海外公演のために非常にショーアップされた部分と、なおかつ離しえない土俗的な芸能の両面を持っていることだ。恐らく、本人たちは意識して行っているわけではないのだろう。だからこそ面白い。
全部で50個近い太鼓を使い、途中で三味線や琴の演奏も入れるが、最大のものでは直径が二メートルもあろうかという太鼓の音は、観客の腹の底に響く。15人がステージに並んで迫力のあるダイナミックな演奏を聴かせたかと思うと、無言で小さな金属製の楽器を操りながらコントのような演奏を聴かせもする。こうしたショー、あるいはパフォーマンスとも言うべき舞台の創り方は、外国では非常な好評を博したのがわかる。その一方で、女性五人がかき鳴らす三味線の響きは、技術的には決して巧みでもなければ洗練されてもいない。むしろ、そうしたものを拒否するかのように、撥を叩きつけるようにして力一杯かき鳴らす三味線は、明日香村の古い時代の土の匂いさえ感じさせる。江戸時代に急激な発達を遂げた三味線を、ありえないことだが鎌倉時代に聴いているような感覚だ。しかし、これがきちんとした三味線音楽の師匠に習ったものであったら、彼らの土俗的とも呼べるパワーは失われ、面白くも何ともなかっただろう。
外国での公演を主として活動した経緯か、和太鼓のコンサートというよりも、パフォーマンスの要素がかなり色濃いステージである。多くの国での公演のために、その国の言葉でたどたどしく語るよりも、出演者たちの肉体を駆使し、それを言語として伝える手段だ。事実、カーテンコールまで誰も一言もしゃべらず、いわゆるMCはなかったが、それでも充分に日本の観客を満足させていた。むしろ、初登場に近い日本の観客の前で、余計な情報を与えなかったのが幸いしたのだとも言えよう。
彼らの太鼓を聴いていると、音楽ではあるのだがスポーツのような「肉体」を思い切り使った芸能であることをしみじみと感じる。私は、彼らが今後どういう方向をたどるのかに非常な興味を覚える。1500人収容の東京での大きなコンサートをこなした成果を武器に、今後も国内の大きなホールなどを主体に活動するのか、あるいは良い意味での「放浪芸」に近い芸を見せるのか。ホールの椅子には、常に「洗練」を求める観客がいる。しかし、彼らの大きな魅力の一つは、「土臭さ」にある。洗練と土臭さという、相反する個性の中を行ったり来たりしながら、次第に彼らのステージのスタイルが固まって行くのだろう。終演後に、リーダーの小川正晃の話を聴いた。活動の当初は、神社のお祭りなどの機会に屋外で演奏し、投げ銭をもらい、それを貯めては新しい太鼓を買うような形だったという。とりもなおさず、芸能民の原初の姿でもある。今後もそれで暮らせというのは甚だ無責任であり、そういうつもりもないが、出発点にあった姿勢は大事にしてほしい。
数年前の事になるが、松本幸四郎が「勧進帳」の弁慶の1000回目の公演を、奈良の東大寺で演じた。秋の月がぽっかり浮かぶ中で、弁慶の科白が真っ暗な奈良の空中に拡散し、吸収されてゆくのが得も言われぬ味わいで、劇場のフレームの中で観る歌舞伎よりも幾層倍も魅力的だった。願うことなら、古代からの歴史を持つ明日香の村の夜空の中で、空中へ拡散してゆく力強い太鼓の音色を聴いてみたいものだ。

思い出を売る男 2011.09 劇団四季・自由劇場
幕開きに、グレーのスーツに身を包んだ日下武史が登場し、この芝居の作者である加藤道夫と劇団四季との関わりを語る。今年で創立五十八年を迎えた劇団四季にとって、加藤道夫は一人の劇作家であると同時に「忘れ得ぬ人」である。そのいきさつを、創立メンバーの一人である日下武史が、静かに観客に語りかける。今の演劇ファンにとって、「加藤道夫」という名前が説明をつけなければわからない時代になった、と嘆いても仕方がない。今夜の観客が、この芝居と共にその名をしっかり胸に刻めば良いだけのことだ。私はむしろ、日下武史の話を聴いて、一観客として関わり始めた約三十年前からの劇団四季と私の歩みや想い出に、胸が熱くなるのを禁じ得なかった。
舞台は戦後の混乱期と思しき街のガード下。カーキ色の軍服に身を包んだ「思い出を売る男」(田邊真也)が、サクソフォンを手に立っている。一曲百円で、通りすがりの人々に曲を吹いては想い出を蘇らせる。故郷に恋人を残して来たG.I(佐久間 仁)、やたらに金を持っている陽気な乞食(日下武史)、黒マスクのジョオと呼ばれる街の親分(芝 清道)など、いろいろな人々が男の前を通り過ぎてゆく。非常にポエティックな感覚を持った芝居で、舞台の上の時代は暗く、先の見えない状態だが、「思い出を売る男」の存在によって、未来への希望もあれば、過去への甘美な想いもある。芝居の中心にいるのはあくまでも「思い出を売る男」なのだが、彼に関わる人々との会話を通して、その時代の世相や考え方、生き方などがいくつも炙り出される構造になっている。ピン札の束を懐にし、ステーキでもコロッケでも、何でも食べ放題だと明るく笑い飛ばす乞食の姿に、ひたすら物と金を追い求め、追い掛けられて疲弊している今の我々の姿が、鏡に映し出されるような気がした。わずか75分の一幕物の芝居の中で、見事に造り込まれた作品だ。
「思い出を売る男」の田邊真也。最近、ストレート・プレイでも著しい進境を見せている。全体的に小ざっぱりと、綺麗に造りすぎている感はあるが、その中に真っ直ぐに時代に向き合い、自分なりの生き方を見つけようとしている青年の姿が見えたのが良かった。陽気な乞食の日下武史の老練さは相変わらずで、80歳を超えたとは思えない科白の力を持っている。広告屋の味方隆司の役の造形に工夫があったのを書いておこう。
私は戦後世代で、戦争のことは家族や先輩たちの話でしか知らない。しかし、この芝居を観ていると、今の情報や物質に溢れた時代よりも、遥かに精神性が豊かで、人々が貧しくとも希望を持ち、いたずらに世相に不満を抱いているだけではないことが痛切に感じられた。今の時代に生きる我々は、一体どこまで何を追い求めたら気がすむのか。その先には何があるのか。この作品を書いた当時の加藤道夫が現在の日本の姿を見通していたとは考えられない。しかし、貧しく不自由な時代に、これほど自由闊達に、自由に逞しく生きている人々の姿を舞台の上で観ていると、何もかも恵まれていながら不平をこぼしている今の我々の生活が、物理的には恵まれていても、精神的にはいかに貧しいものであるかを思い知らされる。半世紀以上前の芝居だから古い、ということでなく、逆に昔の作品から今の我々が教えられることがいかに多いかをも同時に感じる。日本という国が、数えきれないほど多くの問題を抱えている今だからこそ、このタイミングで劇団四季が取り上げる意義がある。それは、加藤道夫と劇団四季との関係性だけの問題ではなく、一本の芝居を通じて、今の日本の状況を客観的に我々観客に考えさせる一つの手段でもあるのだ。
「本当の豊かさとは何か」。恐らく、東日本震災以後、このテーマについて誰もがいろいろな想いを抱き、それに関する話題も多い。幸せの青い鳥の話ではないが、もう一度、真剣に考えてみる必要があるのではないか。そんなことを観客に問い掛ける芝居である。劇場を出ると、十三夜の月が輝いていた。皓々と都心の夜空に輝く月の光でさえも、幸せに感じる芝居である。

abc★赤坂ボーイズキャバレー 2011.08 赤坂ACTシアター
「イケメン」の時代が続いて久しい。せめて30年前に来てくれていれば、とも思うが、良く考えてみれば、いつ来ていようと私にはまったく関係のない話だった。「イケメン」を一つの起爆装置として若い人々が劇場へ足を運び、そこで生の芝居の魅力を感じてくれるのは良いことだ。その一方で、イケメンがあまりにも多すぎて(何か食糧が違うのだろうか)、没個性になりがちな問題を孕んでいるのも事実だ。整った顔立ちの青年はいくらもいるが、そこに役者の魅力、あるいはプラスアルファがあってこそ、その存在意義もある。今が旬の年代の若者は大勢いるが、彼らが演劇の世界で残って自分の足場を確保するためには、自分の力点をどこに置くかも重要だ。そんな中、昨年から始まった「abc★赤坂ボーイズキャバレー」、キャストの入れ替えはあるものの、熱気と活気に溢れた舞台が多くの観客を集めている。わずか二年の間に、このユニットに観客が定着したということだ。
過去の舞台を観ていないので、それらとの比較はできない。今回について言えば、それぞれの出演者の自己紹介から始まる。何しろ、総勢28人のキャストだ、ここをしっかり見せておくことが後にきちんとつながるのと、初めての観客へのサービスだろう。この場面は「コーラスライン」でオーディションに来た若者が自分の過去を告白する場面を連想させる。もっとも、内容自体はそこまで重くはなく、むしろこれから始まるステージへの期待感を高めるものだろう。ここに集まった若者はある芝居を演じるためのキャストで、劇中劇を演じながら芝居は進む。その大きな筋を進めながら、アクションとコントが交替で、あるいは連鎖して軽快なテンポを生んでいる。その中で28人の人間模様が描かれていくことになるが、歌、踊り、アクション、コントと実にみんなが良く動く。ほぼ全員が地下足袋を履いているのも、いかにスムーズでスピーディな動きを見せるか、という工夫だろう。劇中劇と現代が交錯するが、ここであえてアクションという言葉を使ったのは、これを時代劇の「殺陣」と同じ眼で見ると意味が違って来るからだ。
キャストの数が多いので、全員の演技について云々することはしない。ただ、舞台全体の印象を言えば、芝居の世界で言う「当て書き」に近いものがあり、役の個性と役者の個性がかなりだぶっている部分が多いようだ。観客の頭の中にある役者のイメージと役のイメージが近いことも、また人気の秘訣なのかも知れない。速射砲のように飛び出す科白やアクション、コントを楽しむ、半ばショー的な舞台に終始するのかと思ったが、二幕の後半になって、その予測は快く裏切られた。
劇中劇で、「芝居は今の我々にとっては生活必需品ではなく、単なる贅沢ではないか。そのためのお金があるのなら、もっと困っている人々の生活に役立てるべきだ」という問いが、一人から発せられる。それは、観客席に座っている我々にすれば、半年近く前に起きたあの「東日本大震災」を想起させる、重い問い掛けでもある。特に、私のように年がら年中芝居を観ているものにとっては、あの震災以来頭を離れない問題でもある。この問いに対して、いくつかのやり取りがあった末に、自らを「河原者」と卑下する役者の一人が、「観客に感動を与えようとか、元気を与えようと思ってやっているのではない。自分がやりたいからやっているのだ。だから、芝居をやらせてほしい」と、役者の業を認め、肯定する発言をする。私はこのやり取りにドキリとした。私が考える限り、この答えは、もしも問いに正解があるのだとすれば、最も近いものではないかと思う。一見、イケメンの顔見世興行のようなバラエティともショーとも取れる舞台の中に、こうした深く重いテーマが鋭い視点で描き込まれている。また、さりげなく新劇とアングラの対立を笑いに包んで観客に見せる場面などは、今の若い観客にはわからないし関係ない、とも言える問題だが、それを別の味付けで見せる点などは、なかなか工夫されているところだ。キャストの個性を熟知していることもあるのだろうが、堤泰之の脚本は、一定の評価ができる。
最後に、順不同で印象に残ったキャストの名を挙げておこう。大河元気、大橋智和、柏進、斉藤慶太、汐崎アイル、知 幸、中村誠治郎辺りだろうか。こうした勢いのある若者たちが、今後の演劇界の新しい潮流を作り、それが大きなうねりになることを期待したい。

「花顔」2011.08 紀伊国屋ホール
大衆演劇の「劇団 誠」から大劇場演劇のスターになった松井誠が、女形の一人芝居を演じた。モデルとなっているのは、「とある劇団」の「五十を過ぎた女形」である。これだけだと、一瞬松井誠本人がモデルではないか、と勘違いするかも知れないが、ある程度の年齢の芝居好きであれば、「とある劇団」とは劇団新派であり、「五十を過ぎた女形」は花柳章太郎であることはすぐに分かる。しかし、それをあえて持って回った言い方をしているのは、作者の堀越真が「特定の人物ではなく、女形に普遍的なもの」としてこの一人芝居を書きたかったからだ、とパンフレットにあった。確かに、モデルである花柳章太郎が亡くなったのは昭和41年のことで、もう半世紀近くが経つ。亡くなったのが70歳だったから、その全盛期ということになれば、70年以上も前の話で、実際にその舞台を観ている観客はかなり少ないだろう。今でも、古い映画で花柳章太郎の姿を観ることはできるが数は限られているし、ならばモデルとして借用はしても、ある女形個人ではなく、「女形」という存在に焦点を絞り切った芝居にした方が、現代の観客にも分かりやすいのは事実だ。
そういう視点でこの芝居を観ていると、女形の美貌で人気を得た松井誠が、自分自身の今後の役者の方向性にも関わるであろう「女形というもの」を自ら体現して見せた意味は大きい。新派のみならず、歌舞伎でも「女形不要論」は幾度となく話題にされては立ち消えて、を繰り返して現在に至っている。歌舞伎・新派というジャンル分けに意味のない今、美輪明宏、ピーター、篠井英介、早乙女太一などの舞台をはじめ、テレビでは「おねえキャラ」と呼ばれる疑似女形とも言える人々が百花繚乱とも乱れ咲きとも言える状態にある。半世紀前とは性に対する感覚が大きく変わったことが一番の原因だろう。
女形の辛さと同時に宿命とも言えるのは、芸だけではなく容姿とも闘わなくてはならないところだ。年を重ねれば、必然的に容色は衰える。男優、女優であれば、年齢に合った役の選び方は可能だが、女形の場合、それが難しい。年を取ったからと言って単純に老女の役を演じれば良いというわけではない。その中で、いかに「残んの色香」を残しながら女形の芝居をするか、あるいは、男の役に転向するかという、役者としての大きな岐路が立ちはだかっている。これは、女形が生まれて以来、若いうちに命を失った女形以外は、全員が経験して来た道である。
もっとも、今の五十代と半世紀前の五十代では比較にならないほどに皆が若いから、松井誠の芝居にはそうした選択を迫られた女形の悲壮感はないし、それを考える必要もない美しさがある。したがって、今の時点でそれを色濃く出す必要はなく、二十年後にこの芝居を演じた時でも充分に間に合うだろう。それよりも、女形という一般の観客には不可思議なベールに包まれた存在が、どういう物の考え方をしているのか、あるいは芝居の楽屋ではどんな会話がなされているのかを具体的に演じたところに意味がある。単なるバックステージ物という好奇心の範囲ではなく、実際の女形が女形を演じているからだ。科白の中には、彼自身が肉声のような想いで発する言葉もあるだろう。女形が女の役を演じるのは当然だが、女形が女形役者を演じることにこの「花顔」の一番大きな意味がある。

姑は推理作家 2011.08 三越劇場
幅広いジャンルのコメディを得意に上演して来た劇団NLTの公演に、十朱幸代が初参加する、という面白い試みだ。「姑は推理作家」という、ミステリー・コメディで、十朱の役は落ち目に差し掛かった流行推理作家という、長年の女優生活の中で初の役どころだろう。この役が、自分の弟の嫁とそりが合わず、自分の作品の舞台公演に出演中の嫁を「この公演の中日に殺す」という物騒な発言をし、実際に舞台で殺人事件が起き、さらには観客までも巻き込もうという半ば破天荒とも言える設定だ。
洋の東西を問わず、多くの推理劇、犯人探しの芝居が書かれて来て、今も繰り返し上演されているものもある。多くは、ベストセラーになった推理小説の劇化だが、中には純粋に舞台のために書かれた作品もある。本作は後者に属するが、創立者である賀原夏子の薫陶を受けた劇団として、良質のコメディをいくつも送り出し、日本の演劇史の一翼を担って来たNLTのこと、単なる犯人探しの推理劇では終わらないのがミソだ。二段落ち、三段落ちとも言えるどんでん返しの連続である。推理劇だから詳細なストーリーを述べることはここではしない。作・演出の池田政之はNLTと三越劇場の提携公演の脚本が今回で6本目ということであり、劇団の役者の個性をよく知っているだけに、劇団の役者の活かし方が巧い。
ただ、欲を言えば芝居の構成がいささか複雑で、多少の交通整理をしてもう少しスッキリさせた方が、より笑いが引き立ったであろう。初出演の十朱幸代と劇団の阿知波悟美をがっぷり四つに組ませた上に、アクセントとして矢崎滋を配し、金子昇、小沢真珠というメンバーを配したことで、配役がぐっと充実した。
まず驚いたのは十朱幸代の変わらぬ若々しい美貌だが、大きな発見は「コメディにも向く女優だ」であることの発見だ。今までの彼女のイメージは、山本周五郎や川端康成などの文芸作品を大劇場の座長として演じる、というのが衆目の一致するところだろう。しかし、ここ数年間、具体的に言えば三島由紀夫の「近代能楽集」、イプセンの「ジョン・ガブリエルと呼ばれた男」という、今までの彼女のレパートリーにない作品を演じることで大きくイメージが変わった。全く方向性の違う女性を、いわゆる「新劇」と呼ばれる分野で演じ、大きな成果を挙げた。この二つの舞台で試行錯誤し、苦労して開拓した芝居が活きている。
東宝ミュージカルなどで売れっ子の阿知波悟美も、十朱に負けじとばかりの大熱演で、喜劇畑で鍛えた腕を存分に発揮しているのが嬉しい。やはり、ホーム・グラウンドに帰って来た安心感があるのだろう、他の舞台とは違った距離感で見せる芝居も楽しいものだ。それには、三越劇場の空間がちょうど良いのだろう。
矢崎滋のとぼけた味がもう一つの阿知波の辛口に対して甘口の笑いのスパイスになり、酷暑を一瞬でも忘れるには打ってつけの芝居になった。ここで特筆しておきたいのは、平松慎吾だ。劇団NLTでの長い経験が、舞台に与えるインパクトは大きい。もう三十年近く観ている役者の一人だが、彼が出ることで芝居の厚みや深みがグンと増す。劇団の良さはこうした人材を抱えているところにもあるのだ。この芝居に対して細かな芸術論や演劇論を持ち出すのは野暮な話で、お客様がいかに笑い、楽しく劇場を後にするか、がほぼ全てだろう。
今、日本はありとあらゆる部分で苦しい状況にある。そんな日々の中、たまには日ごろの憂さを忘れ、半日を劇場で笑って過ごせることは今の我々には幸福なことだ。役者や作家や批評家には、震災の瓦礫を片づけたり、政治の混乱を収拾することはできない。その代わりに、それぞれの職分を果たし、今の日本に少しでも希望の灯や、クスリとした笑い、明るさを届けることが使命だろう。これは演劇人だけではない。誰もが原点に帰ることの大切さ、を考えながら劇場を後にした。

この子たちの夏 1945・ヒロシマ ナガサキ 2011.08 世田谷パブリックシアター
毎年、八月にいろいろな女優の手によって上演されて来た朗読劇「この子たちの夏」が、木村光一が主宰していた演劇制作体・地人会の解散によって観られなくなったのを残念に思っていたが、二十三年にわたり木村光一と歩みを共にして来たプロデューサーの渡辺江美が地人会新社を立ち上げ、四年ぶりにこの舞台が帰って来た。「地人会」が解散を発表した時、私は当時連載を持っていた新聞に「演劇界の良心が消える」という旨の記事を書いた。ここにかつての上演作品を羅列するまでもなく、地人会が厳選された眼で作品を選び、コツコツと上演を重ねて来た歴史は、日本の現代演劇の中で決して見逃すことはできない。それが、同じ志を持つかつてのスタッフによって復活したことを、まずは歓びたい。今後、どういうラインアップの芝居を見せてくれるかが楽しみだが、まずは「この子たちの夏」である。
八月六日の広島、九日の長崎で原爆の被害に遭い、幼い命を散らした子供たちの手記を、六人の女優が読んでゆく。今回のメンバーはかとうかず子、島田歌穂、高橋礼恵、西山水木、根岸季衣、原日出子である。今年は戦後六十六年の暑い夏だが、それだけではなく、現代の戦争にも匹敵する「東日本大震災」、3.11という数字が我々の頭の中に鮮烈に残っており、今もなおその余波の渦中にいるだけに、今までとは違った実感を持って、演じる方も観る方もこの舞台に臨んでいる。事実上、原爆の投下によって終結したとも言える第二次世界大戦。当然のことだが、その当時のことを知る人は、年々少なくなる一方だ。事実、今回の舞台に上がっている女優全員が、当然ながら戦争を知らない。しかし、知らなくとも事実の記録をもとに語り継ぐことはできるし、それはいつの世代になっても必要なのだ。
ここでは、あえて今回の福島第一原発事故との比較はしない。今年が「東日本大震災」という未曽有の天災、そして人災とも言うべき原発事故にぶつかったことは事実だが、この作品は二十三年前から、戦争の悲劇を、被爆した子供たちの視線、あるいは母親の視線で語り継ぐことが作品の本意である。この間に、世界では様々な事件が起きている。しかし、日本だけが経験した「被爆」という体験を、事実として語り継ぐことに意味があるのだ。単純に「戦争はいけない」「世界が仲よくしよう」という問題だけではない。戦争には何の関係もない無辜の小さな命が、こうした形でも奪われてしまった、しかし、その子供たちは生を終えるまでのわずかな時間、懸命に生きたという事実は永遠に変わるものではない。そこにあった苦痛や哀しみ、痛みや寂しさを、今の我々は同じ感覚で感じ取ることはできないだろう。しかし、六人の女優の声を通して聴き、舞台を観ることで「追体験」し、考えることは可能である。
六月の「恋文」で舞台女優としての貫録を見せたかとうかず子をはじめ、かつてのメンバーとは味わいの違う女優による朗読は、新鮮味を感じさせた。根岸季衣の線の強弱が良いアクセントにもなっていた。ここ数年、どこも朗読劇がブームを呈しているが、いくら台本を手にしているとは言え、簡単にできるものではない。逆に言えば、何も芝居をしないからこそ、その役者が持っている素の実力がそのまま出てしまう。そういう意味では、朗読劇とは怖い側面を持っているのである。まして、今回が初演ではなく今までに長い歴史を積み重ねて来た作品だ。全員がこの作品に挑戦し、新たな「この子たちの夏」を創ろうという意気込みがなければ、できるものではない。何度観ても胸が締め付けられるような想いと、今ここに自分がいることの幸せ、当たり前の日常生活がいかにありがたいものであるか、などを実感する芝居である。一年に一度、芝居を通してそうしたことを実感する日があっても良いだろう。そんな芝居である。

棟方志功物語 2011.07 明治座
芝居とショーの二本立てのお馴染みのコロッケ公演である。今回は、世界的な版画家・棟方志功の半生を描いた「棟方志功物語」と、ショー。ここ数年、コロッケの公演は欠かさずに見ているが、今までの中で最もいい芝居になった。その理由は明確に考えられる。一つは、脚本が優れていること、もう一つは助演陣に恵まれていること、そして、コロッケの努力である。実在の人物をモデルにした芝居は、今までにも同じ棟方志功の「わだばゴッホになる」や「仙台四郎物語」を演じているが、なぜ今回が優れているのか。強烈な個性で知られる棟方志功に、コロッケが歩み寄って人物を演じたからだ。コロッケの芝居の場合、観客を笑いの方向へ転がすのはいとも簡単なことだし、芸の質からしてその衝動は捨てがたいだろう。しかし、それを封印することはしないまでも抑制しながら、棟方志功そのものへ近づこうとした姿勢が、結果として大芸術家ではなく、人間・棟方志功を描くことになった。コロッケからすれば、観客を大笑いさせてしまった方が楽かも知れない。観客もそれを望んでいる。そこを、二部のショーまで少しだけ我慢し、きちんと芝居を演じたことが最大の評価だ。
一般の観客にしてみれば、誰が脚本を書き、誰が演出していようとさして問題ではない。それよりも、コロッケの芝居やショーが観たくて劇場に足を運ぶ。しかし、そこでコロッケが見せた芝居がつまらなければ、「今回のコロッケの芝居は、あまり面白くなかった」という感想が、コロッケに寄せられる。それは、大劇場演劇の座長を勤める役者の宿命だろう。しかし、脚本がきちんと何をどう見せたいのかという軸を持って、それに沿った見せ方をして行けば、よほどのことがない限りは「どうしようもない」という舞台にはならないはずだ。脚本がしっかりできていてつまらない場合のほとんどは、キャスティングのミスにある。それが、脚本とキャストが合致した時に、面白さを発揮するのが芝居の妙だ。
なぜこんなことを書いたか。今回は周りの役者が素晴らしく良かったからだ。この公演をもって舞台での仕事は卒業すると宣言した赤木春恵は、一場面だけの出演だが堂々たる貫禄と情の籠った芝居を見せ、ベテランここにあり、の存在を見事に示した。明治座への初出演が昭和三十七年というから、約五十年間にわたるこの劇場の歴史を知っている女優だ。また、美術界の重鎮を演じた左とん平、実に巧い。何が巧いのか。普通に美術家として棟方志功を相手に美術の話をしていながら、そのトーンを変えることなく、いきなり次の科白で客席を笑わせる。このあいだに、一寸の高低差もなければ、力も入っていない。三秒前まで立派な先生だったのに、そのままで笑わせているのだ。不思議な味だが、これがベテランのなせる技、というものだ。熊谷真実が志功の妻・チヤを演じているが、いつも明るい女優だ。何よりも、彼女の科白は聞き取りやすく、はっきりしている。芝居の基本を改めてベテラン女優に言うのも失礼な話だが、これができていない役者がいかに多いことか。彼女の明るさが舞台にもたらす効果は大きい。他にも下宿の大家・宮園純子や画家の先輩格である桜木健一などのふとした一言で舞台がキリリと締まる。いろいろな役が適材適所にはまっているのだ。
もう一つ、この芝居が面白かったのは、「棟方志功物語」というタイトルではありながら、偉人伝にしなかったことだ。むしろ、名が売れる前の棟方志功に重点が置かれており、故郷の青森で「絵バカの志功」と呼ばれていた時代を取り上げたことがコロッケの芸風に合ったのだろう。第一幕第一場で、青森弁を直して東京の言葉に慣れるために、若い画家たちが芝居の稽古をしている。その芝居は、有島武郎の「ドモ叉の死」という売れない画家たちを題材にした芝居だ。そこは作者の遊びかもしれないが、そんな工夫が仕掛けられているのも面白い。欲を言えば、大詰めのねぶたのシーンの跳人たちにもっと躍動感が欲しかったし、立派な道具にしてほしかった。徐々に元気を取り戻そうとしている東北地方へ、東京の劇場からこういう形でのエールが送れるのだ、という、東京っ子の心意気があっても良かっただろう。しかし、久しぶりに心温まる大劇場演劇らしい芝居である。

三銃士 2011.07 帝国劇場
フランスの文豪、アレクサンドル・デュマの「三銃士」のミュージカル化である。原作は160年以上前の1844年に新聞に連載された小説で、当時大ヒットとなった。日本でも割に古くから名作として少年少女の人気を集め、私も小学生の頃、ダイジェスト版ではあったが、その展開にドキドキしながら読んだ記憶がある。2003年にオランダでミュージカル化され、ドイツでの大ヒットを受け、今回が日本での初演となった。東宝ミュージカルではお馴染みの井上芳雄、山口祐一郎、石井一孝、橋本さとし、シルビア・グラブ、吉野圭吾などの豪華な顔ぶれを揃えて、明るい作品になった。
先日観た「嵐が丘」もそうだが、今はこうした過去の名作を読む人口が確実に減っている。活字離れが指摘されてからずいぶん久しく、今は電子書籍の登場でまた大きく状況は変わりつつある。書籍をめぐる状況が激変している中で、舞台化することで小説とはいささか違うテイストにはなり、原作のすべてを網羅することはできないものの、文学史に残る名作に接する機会ができる。「レ・ミゼラブル」にしてもそうだが、こうした現象が、今の演劇の一つの潮流になりつつあることは間違いない。
「三銃士」は、早い話が「青春冒険活劇」だ。父のように立派な騎士になることに憧れているダルタニャンが、パリで三人の仲間を見つけ、自分の夢を果たして立派な騎士になるまでの成長を描いたもので、映画で言えばロードムービーの要素も持っている。彼らの正義を邪魔する悪や罠も随所に用意されており、典型的な勧善懲悪の芝居だ。その大作の「いいとこ取り」をしたのがこの舞台である。ピンチあり、華やかな宮廷の場面あり、豪華な装置あり、で大劇場でなくては上演できないミュージカル作品だ。帝国劇場100年の歴史を振り返る中で、当然ミュージカルも大きな変貌を遂げて来た。特に最近は、若い俳優が中心となって演じる作品の割合がかなり増えている。それが、劇場へ若い観客の足を運ばせる要因になっているのであれば、これは喜ぶべきことだ。
井上芳雄のダルタニャンには青年の活気が漲っており、それに加わる橋本さとし、石井一孝、岸祐二がそれぞれの個性をぶつからせることなく、主張している。対する悪の親玉で、国王を自由に操ろうというリシュリュー枢機卿の山口祐一郎。堂々たる貫録の芝居である。その手下であるロシュフォールの吉野圭吾が、主要な場面で良く働き、スパイスを効かせているのは評価できる。ルイ13世の今拓哉には王様の気品があり、謎の女ミレディの瀬奈じゅんには力強さがある。坂元健児が随所でコミカルな部分を引き受けており、これも面白い。総じて水準の高い作品になっている。難を言えば、男優陣優勢の芝居だけに女優陣の個性が今一つ際立たない憾みはある。シルビア・グラブのアンヌ王妃などは、もう少し芝居の見せ方を工夫しても良かっただろうし、和音美桜のコンスタンスも、これと言った印象が残らない。作品全体の構成の問題であり、個々の女優の責任に帰すべきところばかりではないが、わずかに足りない部分があるのがもったいない。山田和也の演出もテンポが良く、随所に笑いを盛り込むなどのメリハリがあり、先月の「風と共に去りぬ」の演出に比べて、抜群の安定感がある。
音楽も作品に寄り添う形で耳に心地よいものが多く、今後繰り返しての上演に耐えうるだけのものを持っている。今回が初演だけに、細かな部分の直しは必要だが、洗い上げて繰り返して行けば、帝国劇場100年の歴史を二世紀目につなぐために、新たなるスタンダードになる作品である、と言ってもよい。ミュージカルに限ったことではなく、日本発の芝居で次の世代の帝国劇場へ残せる芝居があれば、和洋ともどもの展望が見えるだろう。次の期待はそこにある。

嵐が丘 2011.07 赤坂ACTシアター
エミリー・ブロンテの超大作で「究極の恋愛小説」とも呼ばれる「嵐が丘」の舞台化である。今までに何度も舞台化されており、私もそのいくつかを観ているが、長編の舞台化は短編のそれとは異なった困難さがつきまとう。今回は、飯島早苗の本、西川信廣の演出というコンビでミュージカル化された。文庫本で上下二冊にわたる長編を、ドラマの盛り上がる場面を中心にコンパクトな上演時間にまとめたことは評価できる。プログラムにもあったが、ビクトル・ユゴーの「レ・ミゼラブル」がミュージカル化できたのだから、「嵐が丘」もミュージカル化できないはずはない、というのはその通りだ。まして、主演のヒースクリフを河村隆一が演じるのであれば、ストレート・プレイで舞台化しても意味はないだろう。ただ、一幕がプロローグを入れて七場で十曲、二幕が五場で九曲という構成は、いささか慌ただしく感じる。これが今の芝居のテンポなのだ、と言われてしまうとそれまでだが、それぞれの幕にどこか重点的な芝居を見せる場所を作り、その分場数か曲を一つ減らした方がより濃密なドラマが生まれたのではないか。
昨今の世界中の演劇界がミュージカルへ傾斜する勢いはものすごい。微妙な感覚だが、「レ・ミゼラブル」「エリザベート」辺りから、ミュージカルの感覚が変わって来たようだ。かつての古典的名作には、必ず、「この芝居ならこのナンバー」という、いわば「定番」のように愛された曲があった。「マイ・フェア・レディ」なら「踊り明かそう」、「ラ・マンチャの男」なら「見果てぬ夢」のように。しかし、最近のミュージカルは、そうした意識ではなく、表現方法としての音楽と芝居が融合した形式として、完全に定着した感がある。だから最近の作品には名曲がない、という意味ではない。観客自身や制作者のミュージカルに対する感覚が変わったのだ。一言でいえば、誰にとってもミュージカルの敷居が低くなった、ということだ。
タイトルからして荒涼とした「嵐が丘」を象徴するような簡素なセットを中心に舞台空間を広げることにより、虚無感や孤独感を現わそうとしている。屋外の場面では有効だが、室内の場合、いささか貧弱に見えることは否めない。嵐が丘に住むアーンショウ(上條恒彦)がリバプールで拾って来た孤児・ヒースクリフ(河村隆一)。アーンショウの娘・キャサリン(平野綾と安倍なつみのダブル・キャスト。この回は平野綾)と恋仲になるが、それを快く思わないのは息子のヒンドリー(岩崎大)だ。アーンショウが亡くなると、ヒンドリーのヒースクリフに対する仕打ちはますます酷くなる。姿を消したヒンドリーにショックを受けたキャサリンは、上流階級のエドガー(山崎育三郎)と結婚するが、その前に、以前とは打って変わって裕福になったヒースクリフが現われる。しかし、その心の中には、自分を冷たく足蹴にした人に対する荒涼とした嵐が吹いていた。ヒースクリフの復讐が始まる…。
ヒースクリフは河村隆一。歌に安定感があるのは言うまでもないことだ。一幕よりも二幕の芝居の方に断然重みがある。一幕では、他人に対する「拒絶」や「不信」の感覚がもう少し濃厚に出れば、もっと良かっただろう。ふとしたところでソフトな感情が出てしまうが、心を許せるのはキャサリンだけ、というほどに冷徹な人間に徹していた方が後のインパクトは大きくなる。平野綾のキャサリンは勝気なじゃじゃ馬の御嬢さんの風情があり、なかなか面白い。ダブル・キャストの安倍なつみを観ていないので、両者を比較することはできないが、健闘していると言える。こうしたミュージカルで安心感を醸し出してくれるのは上條恒彦で、出演場面は少ないものの、わずかな出番でもその人となりが充分に伝わる。幾多の名作ミュージカルに足跡を残して来た役者の仕事だ。ヒンドリーの岩ア大、ソロの歌は初挑戦だというが、やはり他のメンバーに比べて見劣りがするのはやむをえない。今までに「Studio Life」で身につけたものに、さらなる化学反応を期待したいところだ。エドガーは山崎育三郎。オーソドックスで行儀のよい芝居は買える。イザベラの荘田由紀、とにかく役に対する懸命さが見える。女中のネリーを演じる杜けあきに、ベテランの巧さが見える。派手な見せ場があるわけではないのだが、芝居の本質を捉えているからだろう。
「嵐が丘」が持つ精神性は、飽きっぽい日本人には理解のしにくいものかも知れない。だからこそ、芝居を観終わった後に、小説を通読してほしい。「ああ、この場面を芝居にしたのか」「小説を芝居にするとああいう風になるのか」など、新たな発見の楽しみがあるはずだ。原作がある芝居の場合、こうした相乗効果がもたらすものの積み重ねは大きい。また、仮に原作の読書体験がある五十代と、体験のない二十代が同じステージを観ることになる。この観客たちに、どういうメッセージを伝えるか。この意味は大きい。

滝沢家の内乱 2011.07 本多劇場
1980年に一人で旗揚げした加藤健一事務所が、31年目にして100本のプロデュース作品を上演した。その100本目の作品が、今までのラインアップには珍しく時代劇である。100本の作品の中には、「審判」や「セイム・タイム・ネクスト・イヤー」、次に上演される「詩人の恋」などのように繰り返し上演されている芝居もあるから、違う作品を100本上演しているわけではないが、プロデューサーとして自分の眼で脚本を確かめ、役者としての感性でその作品を自分で肉体化し、公演が終わるとすぐに次の芝居探しを始めるという31年間は、徐々にスタッフが増えて来たとは言え、なまなかな情熱で続けられることではない。「とりあえず当たれば良い」という風潮の多い中で、自分が見せたい芝居を、じっくり腰を据えて創り上げる姿勢を乱さずに続けて来たことは評価に値する。年間の芝居のペースを守るために、極力映像の仕事を遠ざけてまで舞台に臨む姿は、求道者のようでさえある。
さて、「滝沢家の内乱」である。この芝居、実は今回が初演ではない。1994年に大滝秀治と三田和代が紀伊国屋ホールで初演したもので、劇団民藝に多くの作品を提供して来た吉永仁郎の脚本だ。「南総里見八犬伝」などで有名な滝沢馬琴が、晩年は盲目という不幸に襲われながら、嫁のお路に後半部分を口述筆記させ、この大作を完成させたのは、あまりにも有名なエピソードだ。作者は、この滝沢馬琴の「家」に焦点を当て、常にヒステリックにわめき立てている馬琴の妻・お百(高畑淳子の声の出演)と、病気がちで馬琴よりも先に亡くなる息子の宗伯(風間杜夫の声の出演)、そこへ嫁に来たお路(加藤忍)の四人の家族の危うい家族関係と、その家を家長として支える滝沢馬琴の内的世界とその周囲を対照的に描いた作品だ。今も日本の文学史に残る名前を持ちながら、家庭的には決して幸福とは言えなかった、また自らそこへ追い込んで行った一人の人間の姿を描いた作品で、決して「偉い人の物語」ではない。声の出演以外は二人芝居という、役者にとっては非常に難しい芝居であり、そこで馬琴が61歳から亡くなる82歳までの20年以上の歳月を見せなくてはならない。一軒の家の中で20年を超える歴史の中ではいろいろな事件が起きもしよう。それを、二人だけの会話で浮かび上がらせるという芝居だ。
歴史に名を遺す江戸時代の作者としての姿はある程度統一されたものだが、そこには現われいない人間くささ、もっと言えば口うるさくて嫉妬深くて気の短い馬琴という一人の男の姿が、一方では等身大として写し出される脚本は、切り口が面白い。人立派に飾られた滝沢家の一杯道具がどっしりした家の歴史を無言のうちに語っているのは評価に値する。また、演出の瀬久男の方針だろうか、経年変化による老化をあまりリアル一辺倒に見せずに、最後まで舅と嫁、あるいは師匠と弟子とも言える男女の関係をエネルギッシュに描こうとした手法は、加藤健一の芝居の質に合っているだろう。特に、加藤健一の科白の調子が朗々としているだけに、最後まで力強さを失わずに一人の男として生を全うする馬琴の頑なな生き方がそれによって表現された。相手役の加藤忍も、加藤健一に対して五分とは言わないまでも堂々と渡り合っている。あた、風間杜夫と高畑淳子の声の出演が思わぬ効果を上げたことは特記しておこう。
今までのレパートリーの中で、加藤健一が得意としていたスピーディなコメディや海外のウェルメイドプレイとは異質な芝居ではある。しかし、この芝居が今後、彼がどういう方向を目指すか、その一つの指針となることを期待したい。

「帰還」2011.07 紀伊国屋サザンシアター
坂手洋二が民藝のために初めて書き下ろした作品だ。一言で言えば、「濃厚」な芝居である。そして、いかにも民藝らしい芝居だ。86歳を迎えた大滝秀治が、高齢者向けの施設から「ある場所」に帰る。それは、半世紀も前から、自分が果たさなくてはならない約束を遂行するためだ。現代社会の問題や混乱を透徹した眼で描き切ることでは定評のある坂手作品は、今回、水の底に沈められる九州の山村を舞台にした。観客の頭の中には、民主党に政権交代した折の「八ツ場ダム」の問題が記憶に鮮明だが、この舞台となっているのは他の場所である。とは言え、今の政局を取り込んだ科白も出て来る。それは、単純に「同時性」だけではなく、そこから見えているダムの問題だけではなく、戦後、半世紀にわたって日本の各地で行われて来た政治と民衆の「闘争」を描くための手法であろう。今の我々、特に五十を境目ぐらいにした世代を一つの区切りとして、「闘争」という言葉には無縁とも言える人々や、違う光景を思い浮かべる若い世代が多い。100キロ離れた場所に住んでいる人にとっては、「八ツ場ダム」も、古くは「三里塚闘争」も無縁、とも言えるのが日本人の特質でもある。学生運動や、この芝居の根幹になっている生活と政治との闘争、こうしたものがもはや多くの人々にとって過去のものになった。しかし、その是非はともかくも、こうしたことがあったのだ、そしてそれは今もなお我々が住んでいる日本のある場所においては深刻な問題として存在するのだという事実を忘れてはならない。
元・美術の教諭で、画家としてもそれなりの実績を持つ横田正(大滝秀治)。息子の昭信(杉本孝次)は死病に取りつかれ、親子どちらが先にその生の終えてもおかしくない状況にある。しかし、半世紀前の約束を果たすために、父親は岡山の高齢者施設から九州まで赴く。大滝秀治が演じる役が、実は元・活動家という設定が面白く、坂手作品らしいところでもあり、かつて「オットーと呼ばれる日本人」などを上演して来た民藝の面目躍如と言うところだろう。今年86歳になった大滝秀治が「渾身」とも言える芝居で3時間に及ぶ芝居にほぼ出ずっぱりで舞台を引っ張って行く。そのエネルギーは大したものだ。活動家と美術教諭、あるいは画家というだけではなく、涓介とも言うべき性格で複雑な人生を送って来た男の幹の強さを感じさせる大滝の演技は、かつての瀧澤修が見せた迫力とはまた違う感覚を持って観客に迫る。若手の中ではみやざこ夏穂が素朴な田舎の青年を好演していたのが印象的だった。
芝居は二幕構成で、二幕はやや幻想めいた部分が多く、一度に二本の芝居を観ているような錯覚にとらわれる瞬間があるが、島次郎の舞台装置が良く工夫されており、特に洞窟の場面の効果は大きい。芝居全体について言えば、相当緻密に作り込んでいる印象があるが、一幕が1時間40分、二幕が1時間という長さは、今の観客にはいささか長すぎる。それだけ大きなテーマを孕んでいる芝居だけに、作者も言いたいことは山ほどあることは理解できるが、いくつかのエピソードは涙を呑んで切り捨てても、一幕を1時間15分から20分程度にした方がより強烈な印象を残したであろう。がっちりと構成された骨太な作品だけに、ただでさえ重厚感があり、今の観客の生理にはいささか重かったようだ。
現代の政治における問題点を今回は「ダム」に焦点を当て、物語を広げていくが、もちろんそれだけではなく、現代の人間の生き方や考え方、何が一番大切なものかをもう一度考えようというテーマは、作品全体に力強く横たわっている。ダムの話だから、というわけではないが、作品の根底に流れている水脈は終幕に近づくに連れて大きな奔流となる。私は、「新劇」という言葉は使いたくないが、文学座、俳優座と並んで長い歴史を持つ劇団として、かつて「火山灰地」や「オットーと呼ばれる日本人」などの作品を演じて、社会的な問題を観客に提起して来た劇団民藝の水脈が、創立60年を超えた今もなお、滔々と流れていることに嬉しさを覚えた。

ヴェニスの商人 2011.06 四季 自由劇場
劇団四季がシェイクスピアの「ヴェニスの商人」を、平幹二朗を迎えて浅利慶太の演出で上演している。「四季」の「ヴェニスの商人」と言えば日下武史のシャイロックが当たり役として今まで高い評価を得て来たが、今回は36年ぶりに浅利慶太と組む平幹二朗のシャイロックである。アントーニオーが荒川務、ポーシャが野村玲子、バサーニオーが田邊真也と信頼のおけるメンバーを回りに配しての上演だ。
今まで、「ヴェニスの商人」は、嫌われ者で強欲なユダヤ人の金貸し・シャイロックが、ポーシャが扮した法学博士の機知に富んだ判断でやり込められ、急場に立たされたアントーニオーの命を救う、という勧善懲悪の「喜劇」として、上演されるケースが多かった。シャイロックも徹底的に嫌われる強欲なユダヤ人としての性格が全面に出るケースが多くなる。これはこれで一つの解釈であり、否定するものではないが、今回の浅利演出はこの方法を取ってはいない。
一言で言えば、「宗教観の対立による弱者の悲劇」としてこの芝居を捕えている。ここに、今回の上演の肝もあれば味噌もある。日ごろから人に無利子で金を貸し、評判の良いアントーニオーに対してシャイロックが面白くない気持ちを抱いているのは紛れもない事実だ。そのアントーニオーに金を貸す機会がやって来た。もしも返せなければ、アントーニオーの身体の肉を1ポンド寄越せという法外な契約で金を貸すが、これは今までの腹いせには絶好のチャンスだ。神がシャイロックにみかたをしたのか、アントーニオーの貿易船がすべて座礁し、借金が返せなくなった。チャンス到来とばかりに、「証文通りに肉1ポンドをもらおうではないか」といきり立つシャイロック。そこへ、法学博士に扮したこの物語のヒロイン・ポーシャが出て来て、「シャイロックの言い分はもっともなので、肉1ポンドを切り取る権利がある。しかし、血を流しても良いとは書いていない」と、まるで落語の大岡裁きか一休さんのようなことを言い出す。ここで、シャイロックの仕返しは無残にも打ち砕かれる羽目になる。確かに、「人が嫌がる因業な真似をしていると、それは自分に跳ね返りますよ」という因果応報の物語ではある。しかし、その前に、見過ごすことのできない大きな問題が、この芝居にはある。
我々日本人は、世界でも珍しいほど宗教に寛容な国だ。良く言われるように、クリスマス・イブを祝った一週間後には神社へ初詣に出かけて神様に何事かを祈り、その三か月後の春のお彼岸にはご先祖様のお墓参りに出かける。「八百万の神々」や「神様仏様」という言葉が何も問題も持たない国である。しかし、外国における宗教戦争の歴史は根深く、中東では二千年の長きにわたって、この問題を根底に抱えたまま今も争いが続いている。日本でも過去に宗教戦争がなかったとは言わないが、根っから飽きっぽい日本人には理解のできない感覚の一つが、強烈なまでの宗教観だ。舞台となった中世のイタリーで、キリスト教者たちに迫害され続けたユダヤ教者。彼らは、当時から蔑視されていた中で、人に嫌がられる「高利貸」でもして蓄財をしなければ、世を渡るすべはなかったのだ。この大きな前提をくっきりと浮かび上がらせ、宗教観の対立から来る復讐を果たせなかった男のドラマとして描いたのが今回の浅利演出の「ヴェニスの商人」なのだ。
平幹二朗のシャイロックは、かなり抑制を効かせた芝居に終始する。しかし、最後の自分の復讐が果たせなかった破局までを徐々に盛り上げていく芝居は、さすがにベテランの腕だ。改めて、この芝居における主人公が誰であるのかを、くっきりと浮かび上がらせる手腕はたいしたものだ。野村玲子のポーシャに漂う初々しさと茶目っ気が芝居のアクセントになっている。幕が開いてしばらくは、劇団四季のメンバーの科白の口調が、感情よりも滑舌に重点を置いているように聞こえていささか気になったが、芝居が進むに従って、さほど気にはならなくなった。荒川務のアントーニオーも田邊真也のバサーニオーも、今までの経験からすれば順当な芝居で、礼儀正しさはあるが、もう少し感情の深みが欲しいところだ。今回の舞台で一人、特筆したい役者がいた。シャイロックの召使い・ランスロットを演じた川島創。弾むような芝居のテンポの良さと、愛嬌のある芝居は今後への大きな可能性を感じた。四季への入所は2009年の若手だが、聞けばすでに「夢から醒めた夢」のエンジェルなども演じているという。期待の若手だ。
どんな名作でも、時間の経過と共に内容の解釈も変わればいろいろな見方が出て来る。常にいろいろな角度から作品を見直すことの必要性、それをどう観客に伝えるか、というごくシンプルな問題を、劇団四季は今回の舞台が提示した。やはり、「芝居は生き物」なのだ。

こんにちは赤ちゃん 2011.06 赤坂ACTシアター
伊東四朗一座と三宅裕司の熱海五郎一座の合同公演で、今回は「三宅裕司生誕60周年記念」と銘打っての公演である。役者の還暦のお祝いに、観客が入場料を払うというのは人を食った話だが、こういう仕掛けそのものがすでに「笑い」のスタートなのだ。伊東四朗、三宅裕司を中心に、コント赤信号の渡辺正行、小宮孝泰、ラサール石井の面々、小倉久寛、春風亭昇太、東貴博らのお馴染みのメンバーに、今回は真矢みきがゲストで出演する豪華な顔ぶれである。テレビのお笑い番組の多くが、関西系のタレントや芸人で占められている昨今、きちんと作り込まれた「東京の笑い」、「東京の喜劇」とも呼べる舞台は貴重であり、贅沢でさえもある。それは、出演者が豪華だ、ということだけではなく、こうした創り方をする芝居がほとんどなくなって来ているからだ。昭和の伝統を引き継ぐ「笑い」の孤塁を守るという言い方は大袈裟かも知れないが、つい三十年ほど前までは東京の町に溢れていた笑いが懐かしく、愛おしく思えるほどに「喜劇」を巡る状況が変わった、ということだ。
その中で、伊東四朗と三宅裕司のコンビが絶妙としか言いようのない掛け合いで見せる笑いは、そこいらの駆け出しの漫才師やお笑い芸人の技量を遥かに超えるものがある。歩んで来た道こそ違え、生の舞台で長年鍛えた経験と、何よりも笑いに関するセンスが非常に似ていることがその理由だろう。今の60歳は現役バリバリだが、三宅裕司が日ごろにも増しての熱演で、これは評価したい。共演者たちが手一癖も二癖もある笑わせ屋で、隙あらば自分で笑いを取ろうとする中で、必死に舞台をまとめようとする行為が、わざとらしくない笑いを産む。これは計算してできるものでもなければ、一朝一夕にできる技でもない。対する伊東四朗は、変幻自在とも言える芝居で、舞台の調和をきっちり守りながら、しっかりツボを押さえた芝居を見せる。カーテンコールのトークで「ぼけ方が芝居なのか本物なのか分からない」と突っ込まれていたが、そう見せることをきちんと計算された笑いである。こうした丁寧な創りをする舞台が少ないだけに、その価値を認めたいのだ。かつて、テレビのコント番組で二人で切磋琢磨した経験が、今もこうして生きている。このメインの二人に絡む人々は、何とか食い込もうと必死に芝居をする。それが当たる時もあれば、二人にかなわない時もある。その駆け引きも面白い。
こうした喜劇のストーリーを細かく説明することにさして意味はないだろう。寂れてつぶれかかった遊園地を活性化させるために、ショーで呼んだ売れない芸人をUFOに誘拐されたことにして話題づくりにしようとするが、実際にUFOに誘拐されてしまい、最後はUFOまで出て来るという、言ってみれば馬鹿馬鹿しい話だ。しかし、こういう時代だからこそ、観客が安心して笑える芝居が必要なのだ。それも、下ネタの羅列や、人の揚げ足を取ってどうでもいいような突っ込みをしている「下賤な」笑いではなく、良質の笑いが。もちろん、予定調和の部分もある。しかし、それで構わない。劇場で過ごす二時間半の間、浮世の憂さを忘れ、腹を抱えて笑わせることがこの芝居の目的であり、それは達成されたと言えよう。
初参加の真矢みきが予想以上の健闘を見せたのは好もしかった。宝塚ばりの大階段から降りて来て、どんな歌を聞かせてくれるかと思えば、CMソングのメドレーと来た。それもさることながら、彼女にコメディのセンスがあることを知らしめた舞台でもあった。各共演者もそれぞれの味わいを見せていたが、今回は春風亭昇太になかなか科白を言わせなかったというのも趣向だろう。
今、日本は決して明るい状態ではない。だからこそ、一時でも明るい笑いが必要なのだ。良い芝居に出会えれば、少なくとも二週間は幸せでいられる。今最も必要とされている笑いが溢れている舞台だ。

前進座創立八十周年記念公演 2011.05 国立劇場
単独の劇団が八十年もの歴史を重ねるのは容易なことではない。しかも、歌舞伎の封建制に叛逆して、歌舞伎の大部屋役者たちが創ったという特殊な性質の劇団である。こんにちに至るまでの劇団員をはじめとする関係者の苦難だけでも何冊もの物語ができることだろう。そのうちのいくつかは、私も実際に創立メンバーから聴いている。この劇団の観客となって三十年以上が経つが、記念公演で一番印象に深いのは、歌舞伎座で行った「創立五十周年記念公演」である。「第一世代」と呼ばれる創立者を中心としたメンバーが、叛旗を翻した歌舞伎の本丸である歌舞伎座の舞台を踏んで故郷に錦を飾るべく、最期の光芒を見せた舞台だった。それからすでに三十年。今は第一世代の子息たちの第二世代から、その子息の第三世代が劇団の中心となって運営している。
そうした節目を迎え、その決意をきっぱりと表明した「創立八十周年記念 口上」を感慨深く聴いた。ただ「おめでたい」というだけではない。劇団創立の前年に生まれた中村梅之助や嵐圭史、いまむらいづみなどの「第二世代」の中核を担う三人が、来るべき時代の前進座を、第三世代に託すという宣言をした。即刻引退するという話ではないが、満員の客席を前に、劇団の決意を口上で示す辺りが、いかにもこの劇団らしいことだ。同時に、第三世代の年代である私が、これから前進座の芝居をどのように観て、それを観客に伝えてゆくのか、それを心せよという刃を突き付けられた想いでもあった。
一本目は第三世代で昨年、亡父・嵐芳三郎の名を襲名した七代目芳三郎の「唐茄子屋」。落語ネタの人情噺で、前進座では昭和三十三年に初演している。落語を歌舞伎に移したものは、他にも「芝浜の革財布」や「人情噺文七元結」など、前進座の財産演目の一つであり、この「唐茄子屋」も、先代の芳三郎が得意としていた芝居だ。今回はいまむらいづみや村田吉次郎など大ベテランの手を借りて、当代の芳三郎が演じる。役者は襲名すると芸が巧くなるとは良く言われるが、芳三郎の芸の寸法が急に伸びたのを感じた。これは嬉しいことだ。具体的に言えば、根っから調子の良い柔らかさが嫌らしくないのが良い。遊び過ぎて勘当になっても「若旦那ぶり」が抜けない様子を見せることで、酸いも甘いも噛み分けたおじさん夫婦との対比がくっきりするからだ。自らが第三世代の中核の一人として、これからの劇団を支えて行くという覚悟もあるのだろう。好演だ。
記念口上の後は、「秋葉権現廻船噺」。前進座が創立後まもなくの昭和九年に、当初のメンバーが演じて以来の上演である。本来は長い作品を、二幕にコンパクトにまとめた渥美清太郎のテキストレジーが、今でもわかりやすく生きている。同じ国立劇場主催の歌舞伎公演で、「百何十年ぶりに復活上演!」などと銘打って、四時間もかけてダラダラと歌舞伎を上演することがあるが、こちらの方が時期が古いにも関わらず、よほど近代的な視線でまとめられており、面白い。他愛のない話だと言えばそれまでだが、芝居とは元来そういうもので、この作品などはまさに歌舞伎の荒唐無稽さが溢れている作品だ。河原崎国太郎が、祖父の先代国太郎が演じた牙のお才という女盗賊を演じているが、だんだん年増の色気が出て来た。盗賊の代表格とも言うべき日本駄右衛門は嵐圭史。スケールの大きさを評価したい。大詰めに中村梅之助が顔を見せ、芝居を締め括る。この場面が、満員の観客の前で第二世代から第三世代へバトンを渡す儀式に見えたのは、私だけではないだろう。
長年の歴史を持つ劇団であればあるほど、世代交替が容易に進まない、または後進が育たないなどの悩みは多い。前進座にもそうした側面がないとは言えないだろう。しかし、先人たちが悩み苦しみながら知恵を絞り、今の八十年がある。これを九十年、百年に延ばして行くには、客席の第二世代に近い観客の年齢層を、いかに第三世代に近づけて行くか、だろう。歌舞伎からストレート・プレイ、時代劇、ミュージカルと何でもできる前進座が、これから知恵を絞るのはそこだ。私の年齢は、ちょうど前進座の第三世代に当たる。創立百周年を迎えた公演に、盛大にお祝いができる観客の一人となりたいものだ。

紅姉妹 2011.04 紀伊国屋ホール
「紅姉妹」という艶めかしいタイトルで、演じるユニットの名が「3軒茶屋婦人会」とあれば、何となしに嬉しい気持ちで劇場へ出かけたくもなる。しかし、この「姉妹」も、「婦人会」も、全員男優である。だからがっかりした、とは言わないが。篠井英介、深沢敦、大谷亮介の名だたる「3怪優」に、わかぎゑふが脚本を提供し、G2が演出をしている。2003年に立ち上げたこのユニット、「ヴァニティーズ」、2006年の「女中たち」、2008年の「ウドンゲ」を経て、今回が4回目の公演だ。いずれも売れっ子たちだけに、スケジュールの問題もあるのだろうが、「仲良しのお道楽」になっていないのが大したものだ。ともすると、そういう傾向に走りがちだが、そうならずに一本の芝居としての質を問うあり方は、いっそ清々しい。ということは、そうではない物がいかに多いか、ということでもある。
舞台はニューヨークのソーホーにある小汚いバー。2012年の春に、御年90歳前後と思しき老婆・ミミ(篠井英介)とベニィ(深沢敦)、ジュン(大谷亮介)の三人がよれよれの状態で集まっている。どうやら姉妹のようなのだが、この時点では三人の関係性は良くわからない。これがこの作品のミソで、場面が変わるごとに10年ほど時代が逆行し、三人の関係性がだんだんに明らかになり、さらには予想外の事実までもが飛び出す。
観客にとっては、設定の面白さもさることながら、この想定外の裏切られ方が面白い。細かな内容を書いてしまうとこれから観劇予定の人々に気の毒なので詳細は省くが、この芝居の最終場面は1945年、すなわち終戦の年である。当然、三人の女性も若くてピチピチしている。(物理的にピチピチしている役者もいる)この年に起きた事件を、観客はフィルムの逆回しを観るような形で、結末から遡って観ることになるのだ。
「女形」として多くの作品を演じ、役者の活動を続けている篠井英介、どこまでも男優として女性を演じる大谷亮介、その間を行ったり来たりする深沢敦。この三人の取り合わせの妙が活きている。三人のタイプがまったく違っており、女性を演じるという共通項、もう一つ言えば「何か面白いことを企もう」という共通項でつながっていることが、彼らの芝居のクオリティを維持しているのだ。女形の技術の巧拙という意味で言えば、篠井英介に一日の長があるのは当然だが、深沢敦の開き直り方も堂に入ったものだ。
もう一つ言えば、どんな容貌であろうが、「女性」を演じることで縛りをかけ、ある種の制約の中でどこまでのパターンが見せられるかという実験としても面白い。今回の芝居について言えば、三人の爺さんでは成立が不可能だし、面白くも何ともない。また、歌舞伎の専売特許のように扱われ、特殊な場所に置かれていた「女形」というものが、美醜や容貌、色気といった歌舞伎の解説書の定番項目だけでないものでも充分に成立するのだ、ということを演劇史の時間を遡って見せてくれている部分もある。
「怪優」の名が相応しい個性だけに、場内は爆笑の渦だ。その笑いの中でだんだんに真相を見せてゆくわかぎゑふの脚本の展開が巧みである。最後になると、終戦当時に日本人が抱えていた多くの悲劇の中の一つが、くっきりと浮かび上がって来る。それと同時に、三姉妹の関係性がどうして発生したのかが、解決される。
演劇界のさまざまな垣根が取れ、ジャンル分けが意味をなさない今、多くの役者が交流し、いろいろな形式の舞台ができるのは、こうした化学反応を起こすには絶好の機会だ。紀伊国屋ホールという劇場の大きさも手ごろで良い。このユニットは、4回の公演を持つのに、8年かかっている。人気も腕もあるメンバーだから、公演を打てばチケットは売れるだろう。しかし、あえて注文をしたいのは、このペースを守ってほしい、ということだ。毎年定期的に、となれば消耗せざるを得ないし、演出のG2を含めてみんながマンネリ化する速度は早まる。毎回の芝居のハードルを上げ、「今度はこういう手で来たか」という作品にするにはちょうど良いペースであると同時に、観客にとっても、2年か3年に一度のイベントとして「おっ、今年は婦人会の公演があるのか」という感覚が、このユニットにはしっくり来るような気がするからだ。三人が毎年顔を合わせるのが「クドイ」という意味ではない。しかし、ここまで書いて、そんな気分も少しあるような気がした。この三人が持つ「甘美な毒」が観客の体内で薄まり、また味わいたくなるには、やはりこのペースが良いのだ。

「帰れ、いとしのシーバ」 2011.04 紀伊国屋サザンシアター
タイトルにある「シーバ」は、舞台には登場しない。主人公夫妻が可愛がっていた犬の名前である。「シーバ」は、二人にとっての幸せな時期の象徴であり、心をつなぐキーワードだ。この芝居は、アメリカのウイリアム・インジの作品だが、インジの芝居を観るのは久しぶりだ。テネシー・ウイリアムズやアーサー・ミラーと同年代のアメリカの劇作家で、この作品の他にもマリリン・モンローの「バス停留所」や「ピクニック」などの映画の原作を提供している。老年を迎える前に自ら命を絶ってしまったことなどもあり、こと劇作について言えば、他の作家に比べると埋もれてしまっている感がある。しかし、作品は佳品とも言うべきものを遺しており、三十年ほど前に、八千草薫の主演で「階段の上の暗闇」などを観た記憶がある。
さて、「帰れ、いとしのシーバ」である。平和な暮らしをし、中年を迎えたカイロプラクティックの施術師ドックとローラ夫婦の家に下宿をしている若い画家志望の女性マリー。謹厳実直な主人の目を盗んでは、近所のボーイフレンドのタークと遊んでいるが、恋人が迎えに来て、手を携えて帰ってゆく。これだけを書くと、これで芝居になるのか、という話だが、実はこの夫婦の真昼の柔らかな陽射しを思わせる生活は、大きな挫折を乗り超えて手に入れたものだった。しかし、また、平穏な日常の中に暗い挫折の影が差す。
アメリカ中西部の古い家を舞台にした二幕の芝居で、晩春の十日にも満たない日常生活が切り取られているこの芝居だが、一家の主であるドックは重度のアルコール依存症で、断酒の会に入って間もなく一年を迎えようとしている。ローラの悩みの種だったこの問題も、そろそろ解決に向かおうとしていたのだが、そこに見える平穏な生活は、来客用にとりつくられたテーブルセットのように儚いものであり、ドックは再度アルコールの淵に落ち込んでしまう。
樫山文枝が演じるローラに、たっぷりとした生活感と、中年の妻の気だるさが良く表れている。これは好演だ。もっとも、考えてみれば当然の話で、私が子供ごころに覚えている「おはなはん」からもう四十以上経っており、今や民藝を背負って立つ大ベテランの一人である。西川明のドックも、いかめしい中にふと垣間見せる心の隙や弱さが、年輪を感じさせる。このベテランに、マリーの渡辺えりかや、タークの齊藤尊史が「胸を借りる」感じでぶつかってゆくが、今回の舞台で勉強できることは多いはずだ。
気になった点が一つある。演出の兒玉庸策の視点が、いささか神経質すぎる嫌いがある。台本に忠実、真面目な演出である一方、ハンドルの遊びがほしいところだ。具体的な例を挙げれば、幕が開いて一家の主人であるドックが登場し、いろいろな行動をするが、それがあまりにも細かすぎて、「癇性」のようにも見え、最後の崩壊の予兆をすでに感じさせかねない。この段階ではまだその部分を観客に感じさせない方が、後のショックが効果的になるのではないか。緻密にインジの原作が書き込まれており、原作に丁寧に向き合って演出をしたということかも知れないが、一考の余地はあるだろう。
新しい芝居がどんどん生まれ、アメリカやイギリスなどではなく、ほとんど世界中の芝居が日本で観られる時代になった。その中で、こうして過去の名作を新たな解釈や試みで上演するところに民藝の芝居に対する姿勢がある。新作を生み出す一方で、過去の名作にも目を配ることは、言うは易いがなかなか難しい。今の演劇界は多くの要素で冷え込みが激しく、これから観客にどんな芝居を提示するかが一番大きな問題だ。その中で、民藝が一貫して示して来た方向性は、最もオーソドックスである代わりに、難しかったはずだ。しかし、その軸がぶれずに今もこうして評価を受けていることが結果である。幾多の名優を輩出し、伝説的な舞台の数々を残して来た民藝が、これから若い世代と共にどういう形で芝居を創りあげて行くのかが、今後の大きな問題だろう。これは、こと民藝だけの問題ではない。
今回の芝居で「シーバ」という姿は見えないが「幸福」を象徴する犬がキーワードであるように、これからの民藝は何を「シーバ」としてゆくのか。観客はここを見届ける必要がある。

CLUB SEVEN 2011.04 シアタークリエ
ダンス、コント、ミュージカル…。今の演劇界において、そうしたジャンル分けはさほど意味を持たない。「エンタテインメント」で良いのだ。この舞台、2003年に品川プリンスホテルで最初の公演を持ち、今回のシアタークリエで七回目の公演になる。「CLUB SEVEN」というユニットの名前の数だけ公演を持てたということだ。ミュージカルで活躍の玉野和紀がトータル・ディレクターとして牽引の役目を担い、メンバーはその都度入れ替わりはあるものの、今回も腕に覚えのある人々から若者までが集まった。涼風真世、吉野圭吾、東山義久、西村直人、原知宏、相葉裕樹、佐々木喜英、遠野あすかと全9人である。今回は、「東日本大震災」の影響のせいか、プログラムに掲載してある内容とは若干違っているが、基本的にはダンスや唄の間にショート・コントを挟む第一部と、ミニ・ミュージカル「妖怪」に、この公演の目玉とも言える「50音順ヒットメドレー」の第二部で構成されている。
ここでコントの細かな批評や各楽曲について批評をすることに意味はない。僅か15分の休憩を挟んで実に3時間、唄うか踊るか喋るか芝居をするか、とにかく出演者全員が大汗を流しての公演である。息をつかせぬ、とはこのことだろう。ニヒルなイメージの吉野圭吾に高校の学生服を着せてみたり、原知宏に可愛くない女装をさせてみたり、と、思いつく限りの「大人のいたずら」を舞台で見せている感じがあり、それが面白い。こうなると、理屈ではないし、難しい演技論を振りかざす必要はないのだ。寄ってたかって騒いでいるだけで終わってしまえば問題だが、ミュージカル俳優としての実績を持つ役者が多いだけに、聴かせるところは聴かせ、踊るところは見せる。ショーのあらゆる部分を詰め込んで、観客を満腹にさせようという試みだ。
第一回目から全公演に参加している西村直人の個性が面白い。真面目にやっているのだが、ふとした瞬間に漂う脱力感のようなものが、舞台の一つのエッセンスになっている。涼風真世にしても、帝国劇場の大型ミュージカルで見せる顔とは全く違い、大人の大騒ぎを楽しんでいるようだ。阿波踊りではないが、演じる方も観る方も、楽しまなければ損な舞台で、そこにこの公演の意義がある。
第二部の「50音順ヒットメドレー」には感心した。まずは、いささかのこじつけはあるものの、CMソングまで幅を広げて、これだけの曲を良く探して来たものだ、ということ。フルコーラスではないし、代わる代わる唄うにしても、50分にわたってノン・ストップで良く唄った、この二点だ。一つ言うとすれば、15分の休憩で3時間の公演は長い。もう15分短くまとめても良いだろう。また、公演全体の方向性や、ここに何が加えられ、何が削れるかなどの考慮の余地はある。ただ、こうした「ショー」が一つの公演形態として今の演劇界に定着しつつある、というのが今回の公演の最も大きな功績と言えよう。
東日本大震災」という、誰も経験したことのないような災害に見舞われ、演劇界も大きな打撃を受けているのは事実だ。これは、演劇界に限ったことではなく、あらゆる産業に通じることだろう。しかし、いつも明るい夢や希望、楽しみを提供する仕事であればこそ、元気を出して舞台を見せ、お客さんに明るい笑顔で劇場をあとにしてもらうのは、演劇人の大きな役目である。この公演が、すぐに災害の復旧に即効性があるわけではないが、下を向きたくなる時に、こういう明るく笑えるショーがあるのは救いだ。
たまたま私の後ろの座席には小学生とおぼしき少年が座っており、お母さんと共に大笑いをしていた。大型ミュージカルも良いが、こうしたショー形式のステージが、これからの演劇界の一つの潮流として、小学生の観客が大人になった時に、上質のエンタテインメントになってくれればよいのだが。

欲望という名の電車 2011.04 パルコ劇場
翻訳劇の場合、訳者が変わるとこうも舞台の色合いが変わるのであろうか、というのが正直な感想だ。「アメリカ演劇の代表作は?」と聞かれれば、多くの演劇ファンがこの芝居の名をその一つに挙げるであろう「欲望という名の電車」。テネシー・ウィリアムズの代表作の一つは日本でも人気で、文学座の杉村春子を筆頭に、青年座の東恵美子、新派の水谷八重子、俳優座の栗原小巻、円の岸田今日子、樋口可南子、大竹しのぶ、女形の篠井英介まで、錚々たる顔ぶれが上演している。最も多く上演し、私自身が最も多く観たのも杉村春子のブランチで、日本の「欲望…」は、杉村でなくては夜も日も明けぬ、という時代があったのは事実だ。とは言え、杉村春子や東恵美子のブランチを、現在の観客に提示することはできない。平成23年の今、渋谷で上演されている「欲望…」を観客はどう観るのか。
今回の舞台は、小田島恒志が2002年の大竹しのぶがブランチを演じた折に新たに訳し直した台本を使用し、それを松尾スズキが演出したものである。鳴海四郎に始まり、自分の父親である小田島雄志の翻訳が長い間「スタンダード」とされていた中での新訳台本には、訳者ならではのこだわりが相当にあり、2002年の上演時には見えて来なかったものが、今回の舞台でだいぶはっきりと見えたように感じた。例えば、土地の名前などの固有名詞一つにも訳者なりの解釈がある。演劇には「同時代性」が必要であり、約60年前の初演当時の台本を今でも何の疑問もなく使用していることが正しいとは思えない。その一方、そうした台本で先に列記した俳優の「欲望…」を長年観続けて来た私には、違和感があるのも否定はできない。
ニューオーリンズの「天国」という下町に住むステラ夫妻を訪ねて来た姉のブランチ。学校の教師で独身だが、休暇で出て来たという。実家は南部の大農園「ベル・レーヴ」で、そこを手放してしまい、今は一文無し。しかし、上品な身づくろいや繊細な感性がステラの夫のスタンリーには気に入らない。その軋轢が増し、スタンリーの手によってブランチの正体が露わにされた時、ブランチが崩壊する…。この芝居を、典型的な悲劇としてではなく、至るところに「笑い」の要素を含んだ芝居として捉え直し、訳し直したのが新訳の特徴である。
ブランチは秋山菜津子、スタンリーは池内博之、ステラは鈴木砂羽、ミッチはオクイシュージ。確かに、松尾スズキの演出は新しい脚本に忠実に、その内容を活かそうとした演出である。しかし、登場した瞬間とほぼ同時に、秋山のブランチが「天国」に住む人々とほとんど差異なく溶け込んでしまうような感覚は明らかに違う。脚本を丁寧に読んで行けば、確かに登場後すぐの時点で最後のカタストロフに向かう「狂気」の予兆は観て取れる。しかし、ここまでブランチの性格をエキセントリックにしてしまうと、単に虚言癖のある気の狂った姉が、下町に住んでそれなりに楽しくやっている夫婦や友達の生活を引っ掻き回して、その挙句に精神病院へ連れられて行くだけの話になってしまう。この芝居の面白みは、ブランチの「高貴なる装い」が、野卑で下品なスタンリーによって徐々にボロを見せ、狂気へ転落するまでの「駆け引き」にもあるはずで、そこが良く見えなくなってしまうのだ。ブランチの「嘘」がだんだんに露わになってゆく駆け引きの妙を役者同士の科白のやり取りでもっと観たかったが、残念だ。観客も「もしかすると、この人は本当に金持ちなのかも知れない」と騙される瞬間があるぐらいの方が良い。秋山のブランチはその点で最初から最後まで「同じテンションで走りっぱなし」というイメージがある。新しい翻訳への挑戦だけに、惜しい。
スタンリーの池内博之。粗野で下品だが逞しく魅力的で、見かけによらない繊細な部分もある。この厄介な性格のうち、意外なことに「繊細さ」に新しい発見があった。野卑で下品というのは演出の小ネタで見せる部分が大きく、彼が本来持っている役者の魅力は、見かけよりも濃やかな神経にあるのではなかろうか。そんなことを感じた。
三人の中では、鈴木砂羽のステラが最も良い。今までの多くのステラが、ブランチに対する従順で可愛い妹に徹していたのに対し、彼女のステラは時に堂々と姉・ブランチと渡り合い、今の暮らしに根をおろしている強さを感じさせる。造り物のお人形のようなステラではなく、ブランチとはやはり血のつながった姉妹なのだ、と納得させる感情の起伏の激しさや淫蕩な部分が見え隠れするのが面白い。
新しい発見もあり、首を傾げる部分もある、というのがこの舞台の結論だ。しかし、これを否定しては演劇の前進はない。次の上演の折にどう変容するのか、そこに期待を残しておこう。

「女殺油地獄」の陰影 2011.02 ルテアトル銀座
青年が持て余したエネルギーの発露の場がなく、それが暴発した一連の行為ではなかったのか。市川染五郎が演じる「女殺油地獄」の河内屋与兵衛を観て、そう感じた。現行の上演では油まみれになってお吉を殺すまでで終わりにするのがほとんどだが、今回は齋藤雅文の補綴で、上方の風景や町家の雰囲気を尊重しながら、殺人後の「逮夜」の場までをテンポ良く見せた。「逮夜」を観るのは二十年以上前に、前進座で先代の嵐芳三郎が演じて以来のことで、久しぶりだ。
この芝居は、歌舞伎の解説本などで、よく「現代の青年像に通底するものがある」という取り上げ方をされる。確かに、その場その場で都合の良い嘘をつき、犯行を重ねてゆく与兵衛の刹那的とも言える姿だけを観ていれば、そうなのかも知れない。しかし、与兵衛という男を囲む状況を眺めてみると、紛れもなく江戸時代、なのである。上方の商人の暮らしの中の「義理」、生さぬ中の親子の「義理」、男同士の「見栄」、それらの柵と狭い世間の中で、どこへ飛んでゆけばよいのか、自分でも計りかねて暴発せざるを得なかった与兵衛の姿が浮かんで来るのだ。与兵衛の父は、実父ではない。先代の主人の奉公人である。それがために、与兵衛は「息子」でありながら、かつて仕えていた主人の子、という遠慮がある。母は実母だが、それゆえ今の夫への遠慮がある。こうした互いの義理に縛られている家庭環境が、与兵衛を生んだのだ。これは、「平成時代」には滅多にない環境だろう。
野崎参りへ向かう人々が行き交う花見の土手で幕が開く。その賑やかさの中には、後に起こる惨劇の予兆は何もない。しかし、与兵衛が登場してから、急速に悲劇の色合いが濃くなる。染五郎の与兵衛は、ぞろりと着物を着こなし、いかにも遊治郎然とした姿が良い。上方の芝居だが、科白のアクセントも気にならない。今までは若さ一直線で演じていたが、今回は与兵衛の中にその人間の姿が感じられる。具体的に言えば、与兵衛は罪を犯すたびに反省もすれば、親のありがたみもわかる。その一方で、目の前の問題を片づけるために、人妻に「不義になって貸してくだされ」と借金を申し込む。最後の逮夜の場では、犯行が露見して、縄につく。引き立てられながら歩く与兵衛の顔には、冷たい薄笑いさえ浮かんでおり、反省の色など微塵もない。これらの行動をつなげてゆくと、矛盾した人格のようだが、どの与兵衛もその瞬間の気持ちは本気であり、嘘偽りはない。前後の行動と矛盾していることを、本人自身が感じていない、あるいは信じていないからだ。この人間像を見せたところが、以前と比べて大きく進化したところだろう。十年ぶりに演じた今回の役で、その成長の姿をくっきり見せた。
市川亀治郎のお吉が予想以上の出来を見せた。まずは釣り合いが良い。子を持つ女性の成熟した色気がもう少し漂えば、さらに良かっただろう。しかし、与兵衛に対してきっぱりと物を言う商家のおかみとしての姿が良く描けていたのは成功だ。見せ場である油の中での殺しの場面では、染五郎と共に身体を惜しまずに、暗闇での恐怖感を見せる。今の我々は、暗闇というものを体感しにくい時代になった。か細い灯りが消え、油がこぼれて足を取られ、思うようには動けない。樽が倒れ、油が流れる音、与兵衛と自分の息遣いの音の中で殺される恐怖、である。
与兵衛の両親は坂東彦三郎と片岡秀太郎である。秀太郎は、兄の仁左衛門が一昨年一世一代で演じた「女殺油地獄」で同じ母親のおさわを演じており、上方の商家の品の良さと情がある。徳兵衛の彦三郎はいささか科白がもたつくが、実直さが身上である。
歌舞伎座再建中のため、現在、いろいろな劇場で歌舞伎公演が行われている。このル テアトル銀座もその一つだが、そこで気付いたことを書いておこう。この劇場は歌舞伎のために造られた劇場ではないから、花道は仮設だが、問題はない。むしろ、舞台の間口が、歌舞伎をリアルに見せるためにはちょうど良い寸法である。また、客席の中を与兵衛が歩きながら通る演出が、観客との距離感をより近いものにしている。歌舞伎座や国立劇場などの大きな舞台の歌舞伎を見慣れた眼には新鮮に映るし、江戸時代のことを言えばこの寸法でも広いほどだ。また、劇場を移したことから開演時間のバリエーション、上演時間の短縮を図り、夜の部の開演が16:30、18:30という二通りにした工夫が大きい。従来の歌舞伎ファンを逃さず、新たに勤め帰りの若い観客をも歌舞伎に誘導できる仕組みだ。また、上演時間も休憩を挟んで2時間30分にまとめ、役者も観客もそう負担にならない時間の設定にした。
いろいろな意味で、本来の歌舞伎が持っている柔軟性や自由さを、改めて観て、その成果を感じた想いである。

「南へ」2011.02 東京芸術劇場中ホール
結論を先に言う。今の若い人を中心に、ぜひ見せたい芝居だ。ここ何作かの野田秀樹の芝居の中では、最も完成度が高く、なおかつ多くの問題を孕んでいるからだ。この「南へ」というタイトルも非常に象徴的な意味を含んでいる。野田秀樹も出演はしているものの、この芝居に関して言えば、出演者と言うよりも作家としての比重が遥かに大きい。「野田地図」の乾坤一擲とも言うべき芝居だ。
舞台は「無事山」という、今にも爆発しそうな火山の測候所を中心とした物語である。そこへやって来た一人の男・妻夫木聡。能舞台の橋掛かりを歩くように登場するが、芝居が巧くなった。今でもはっきり覚えているのだが、彼がこの「野田地図」の「キル」で初舞台を踏んだ時に、「素直に下手なところに好感が持てる。意外に舞台向きの役者かもしれない」という主旨の批評を書いた。それからの間に、役者としての逞しさを増し、一回り大きくなっていたのが嬉しい。彼に対する蒼井優の嘘をつきまくる女が、いかにもエキセントリックで、渾身とも言えるエネルギーで芝居にぶつかる。幕切れ近くの悲痛な叫びは、耳に残る。若い二人の好演に、渡辺いっけい、藤木孝などのベテランが絡む。藤木孝の怪しさは、他に変え難い面白さだ。
私がなぜ、この芝居を「若い人を中心に見せたい」と言うのか。2時間を少し超えるこの一幕の中に、我々がなおざりにしていることや、考えずにすませていることが、たくさん散りばめられているからだ。日本における「天皇家」の問題に始まり、マス・メディアのあり方、戦争、北朝鮮の問題、ひいては「日本人というもの」「自分は誰なのか」といった歴史的・政治的・哲学的問題が山盛りになっている。
例えば、我々は「天皇家」というものに対して、年始や天皇誕生日の一般参賀の折に発せられるお言葉、あるいは週刊誌が報道している「跡継ぎ問題」や皇太子妃殿下のご体調に関する話題を中心に知っているのが一般的だろう。しかし、野田秀樹は、「この国は、天皇家を利用した詐欺の歴史である」と芝居の中で言い切っている。この言葉だけを取り出すといかにも過激に聞こえるが、その事実が厳然と存在したのも確かだ。数年前に宮家の名を騙って詐欺を働いた男女が逮捕されたのは、いくら忘れっぽい日本人でも記憶に残っているだろう。こうしたことは、千年以上も前から手を変え品を変え行われていた日本人の「お墨付き」に対する憧れから出ている行為であることを看破して、先の科白にしたのだ。戦国時代に、多くの武将が家系図をいじり回し、何とか天皇家に結び付けようとしたのは周知の歴史的事実だ。これは是か非かの問題ではない。この事実をどう受け止めますか?という作者の、観客に対する問題提起なのである。同様に、先に挙げたような問題が、次々に観客に問い掛けられる。
ただ、惜しいのは野田秀樹の才気煥発な筆が走り、想いが溢れすぎてしまっていることだ。速射砲のように繰り出される大きな問題やテーマを、観客が拾い切れないうちに、どんどん新しい事象が起きてしまう。これが今の世の中の、あるいは野田秀樹独特のスピード感なのだ、と言ってしまえばそれまでなのだが、どれもが大切かつ重要な問題だけに、残念だ。泣いて馬謖を切る想いで、一つか二つテーマを減らせば、より濃密な芝居になっただろう。あるいは、濃密さを嫌う風潮の時代にはそれは向かない、と作者は考えたのだろうか。
情報過多の時代の中で、情報を得ることは簡単でも、それらの情報をもとに「考える」ことをしなくなった我々がいる。マス・メディアが我々に届ける情報は、果たして本当に正確なのか。それは、日本の歴史の中でどういう意味を持っているのか。そうした思索を飛ばして次へ進んで行かないと時代に追い付けない一方で、思索をしないためにどんどん情報の渦に埋没していく自分がいる。では、「自分」とは、一体どこから来たどういう人間なのか。果たして、この劇評は、「南へ」という芝居のテーマを正しく捉えているのか。野田秀樹の挑戦である。

Endless SHOCK 2011.02 帝国劇場
「凄絶」、という言葉が頭に浮かんだ。一幕の幕切れに主演の堂本光一が激しい立ち回りの後で、二十段以上ある階段を転げ落ちる。俗に言う「階段落ち」である。その前に、抜き身の刀で激しい大立ち回りをし、激しい呼吸の音がマイクを通して聞こえて来る。その中で、一幕の最大の見せ場となる階段落ちがある。一見、華奢にも見えるこの青年が、疾走を続け11年目を迎えた今回の「Endless SHOCK」で上演回数も800回を超えると言う。毎年、いろいろな部分に手を入れながらバージョン・アップを重ねて来た舞台である。2000年に、彼が「MILLENNIUM SHOCK」で帝国劇場の史上最年少座長を勤めた折に、「演劇界の潮流が変化している」ことを感じたが、今やそれは大きなうねりの一つになった。
折から、今年は帝国劇場開場100周年という記念すべき年に当たる。開場記念日に当たる3月1日は、この舞台の上演中でもある。この舞台のテーマが「Show must go on」であるのと同様に、帝国劇場もまた、100年もの歳月を走り続けて来た劇場である。考えてみると、100年の歴史の中で、私は約40年にわたり客席の人となっている。もちろん、すべての公演を観ているわけではないし、帝国劇場の一世紀に及ぶ歴史に比べれば、私と帝国劇場の歴史など微々たるものに過ぎないが、それでも多くの名作や心に残る芝居を観て来た。その中の一割以上を、彼は、「SHOCK」を演じ続けている。これは、若いからできる、とか体力があるというだけの問題ではない。もちろん、それらは必須の要素ではあるが、何よりも「座長」として大所帯のカンパニーを引っ張って行くだけの「覚悟」がなくては勤まらない。それを承知の上で走り続けている堂本光一のエンターテイナーとしての魅力が、二か月の公演を満席にするのだろう。
フライングや和太鼓の演奏など、身体をギリギリまで酷使してファンの要望に応え、昨年よりも質の高い物を見せようとする姿勢には好感が持てる。これは同じジャニーズ事務所の植草克秀や内博貴など、同じ志を持つ多くの仲間に囲まれ、支えられているから出来る事でもある。本来、「芸能」の本質はここにある、と私は考える。観客に迎合するのではなく、ギリギリのラインでどこまで観客を満足させ、次への期待につなげるのか。文章にしてしまえば非常にシンプルだが、これを実行するのは至難の技、とも言える。人間にはどうしても「狎れ」があり、楽をしたいものだ。しかし、その感情や意識を抑え、観客の期待に応えるのは並大抵のことではない。堂本光一がこの若さにして、帝国劇場の座長を11年間勤めていられるのはここに想いがあるからに他ならない。そういう座長の姿を観ていれば、カンパニーはおのずとまとまり、一つの方向を向く。もちろん、細かな部分を見て行けば、まだまだ修正の余地も一考に値する部分もある。その中で、座長を含めたカンパニー全員が今日より明日、今年より来年への成長を目指し、努力していることが観客にとの間に呼応するのだろう。メンバーの中では、内博貴が昨年の七月の舞台よりも格段に存在感を増し、スケールが大きくなったことを書いておこう。死に物狂いの一ヶ月が大きく成長させたのだろう。昨年の舞台で垣間見えた戸惑いや遠慮のようなものがなくなった。心理的にも大きく成長を遂げた証拠である。
帝国劇場の百年は、日本の演劇シーンの百年の象徴とも言えるのだ。

大人は、かく戦えり 2011.01新国立劇場 小劇場
「子供の喧嘩親かまわず」という諺は死語になって久しい。今は、「子供の喧嘩に親が出る」どころか、モンスター・ペアレントなる親でもない子でもない未成熟な大人が跋扈する時代だ。どうやらこの問題に頭を抱えているのは日本だけではないようで、この作品は2006年にスイスで初演され、作者であるヤスミナ・レザの本国フランス、そしてイギリス、アメリカなど各国での上演を経て日本での上演となった。芝居の役割の一つは、時代の世相を映すことでもあり、どこの国でも同じような事情、ということだろうか。
登場人物は二組の夫婦、四人だけである。お互いの十一歳の子供が喧嘩をし、一方が怪我をした。それをどう納めるか、という問題で話し合いが持たれている居心地の良さそうな、それでいて無理をして取り繕っているようにも見えるリビングルームでの一幕だ。どちらの親も社会でそれなりの地位におり、収入も教養もある。最初はお互いに非常に冷静にかつ紳士的に話し合いをしているのだが、そのうちに話が噛みあわなくなり、気まずい雰囲気が漂い始める。やがて、子供のことはどこへやら、お互いの夫婦のあり方を批判し出すかと思えば、夫婦喧嘩も始まり、先ほどまでの「仮面」を脱ぎ棄てて、人間の本性丸出しの醜い言い争いから、果ては取っ組み合いにまで…。一つ間違えば笑えない話題になりかねない問題を、作者のいささかシニカルな感性でコメディに仕立て、このところ好調なマギーが演出をしている。
怪我をした子供の両親が段田安則・大竹しのぶ。させた方の両親が高橋克実、秋山菜津子。油の乗った役者たちの丁々発止のやり取りが面白い。最初は夫婦同士が相手の腹を探るところから始まるのだが、秋山菜津子のあるシーンをきっかけに大竹しのぶが暴発し、それからは大暴走になだれ込んで行く。公演が始まって間がないせいか、科白のやり取りの間や笑いのテンポなど、こなれていない部分も何ヶ所か見られたが、それぞれの登場人物が自棄になり、仮面を脱ぎ出すところが面白い。中でも、大竹しのぶの芝居が凄い。非常にエキセントリックに叫び、暴れる一方で、幕切れの一言でいきなり氷点下まで舞台の温度が下がる。この感情の振幅の広さは、他の女優には観られないものだろう。彼女の芝居はずいぶん観て来たが、今回は沸点を遥かに超えた摂氏180度の芝居もあれば、零下30度の場面もある。それが、一人の人間の感情の流れとして不自然ではないように見せるテクニックはたいしたものだ。高橋克実の人をいらだたせる傍若無人、無神経さは、役のイメージにぴたりと合っている。登場人物の中では最もバランスが取れているかのように見える段田安則は、裏を返せば優柔不断でその場を納めることだけに腐心している。しかし、それが切れた瞬間に本来の人物像を見せるところは、まるで遠山の金さんのようでもある。秋山菜津子は演出過剰とも思えるシーンもあったが、その一方で腹の底でぐつぐつと煮えたぎる感情が面白かった。
その一方で、この作品の「罠」は、二組の夫婦がそれなりの教養人である、というところにある。表面的なものだけを観ていれば、喧嘩をした子供の真似を親がしている、という現代の問題を切り取った作品だが、それだけではない。なまじ教養がある人々だけに、その言葉や行動の端々に、現代の親の姿だけではなく、「人間」そのものが抱える問題をも作者は同時に提示している。それぞれが信じ、囚われている常識という形のないものがいかに不安定なものであるか、人によってその尺度がどれほどに違うか。もっと突き詰めて言えば、夫婦のありよう、人間のありようとして何が正しいと言えるのか。作者は、二組の夫婦の暴言や破廉恥な行動を通じて、それを観客に考えさせようとする。ある意味では、現代という厄介な時代を生きる我々の感情が、非常に複雑に入り組んだものになっており、舞台上の四人は、我々の身近な人々であったり、あるいは我々自身が必死に押し隠そうとしている姿の一部でもあるのだ。「笑い」のオブラートに包まれた芝居のテーマは、実は重い。
ところで、この芝居の上演時間は休憩なしの1時間20分である。芝居の種類や書かれた時代にもよるが、3時間前後の芝居が多く、中には2時間以上休憩なし、という芝居もある。観客の生理を考えた時、私個人の問題ではあるが、今まで数千の芝居を観て来て、休憩を挟まない場合、観客の集中力の限界は1時間30分が限度ではないか、という体感を持っている。そういう点で、80分という上演時間は誠に心地よい。考えようによっては、実力のある四人の役者であれば、この芝居の後に休憩を挟み、キャストを変えて短編を一本上演して全部で3時間程度の構成という公演形態を取ることも不可能ではないだろう。しかし、上演時間の長さではなく、内容の密度で見せるという考え方でこの作品一本に絞っているのは英断であろう。
東京公演について言えば、チケットの代金は7,000円と4,500円だ。短いから安い、というだけの問題ではない。この忙しい時代に、夜の7時から10時までの芝居を観るのは体力的にキツイ観客もいる。仕事の帰りに濃密な芝居をサラッと観て、一杯呑むなり食事をして帰るにはちょうど良い時間であり、遠距離の観客にはありがたい話でもある。もう10年近く前のことになるが、交通の便が良いとは言えない劇場で、終演が10時を過ぎる芝居があった。若い女性の観客が多かったが、カーテンコールを観る間もなく、ハイヒールで脱兎の如く駅へ向かう観客が多かった。これでは、芝居の余韻に浸る暇もなく、気の毒極まりない。こうした観客の生理を考えた芝居も、今後の演劇界のあり方の一つではなかろうか。芝居の内容とは関係のない問題かも知れないが、芝居を創る側にも観る側にも大きな問題ではあるのは間違いない。結局のところ、芝居のライブの良さを味わうことは大切だが、量と質の問題が重要なのだ。これは、我々演劇人が考えるべき問題である。

マイ・フェア・レディ 2010.11 JCBホール
1990年に初演して以来、20年の歩みを経て、先月博多座で600回のイライザを演じた大地真央の最後の「マイ・フェア・レディ」卒業公演である。森光子の「放浪記」2017回をはじめ、ミュージカルでは松本幸四郎の「ラ・マンチャの男」1100回、森繁久彌の「屋根の上のヴァイオリン弾き」900回など、多くの上演記録を持つ東宝だが、作品ごとに数字の持つ意味合いは違うだろう。私がこの芝居を初めて観たのはちょうど40年前、1970年の帝国劇場公演である。その折のイライザは2代目の那智わたるだった。以後、上月晃、雪村いづみ、栗原小巻を経て大地真央に至るのだが、もちろん600回もイライザを演じた女優はいない。
2002年の中日劇場公演からは演出も西川信廣に変わり、「21世紀バージョン」と銘打って大幅に変更が加えられた。それ以来、8年の間にも細かな変更が加えられているので、変更点をいちいち列挙することはしないが、一言にするならば総体的な意味で「重厚」から「軽快」へ、である。手控えによれば、1990年に初めて大地真央がイライザを演じた時は、一幕が2時間、二幕が1時間10分となっている。今回は、一幕が1時間45分、二幕が1時間5分、全体で20分テンポアップした計算になる。このテンポアップを含んだ西川信廣の新しい演出を私は全面的に肯定するわけではない。ただ、20年という時間を切り取ってみても、観客の生理は言うに及ばず、時代の流れによって多くのことが変わって来たのは確かだ。
さて、大地真央のイライザである。20年前の初演を想い浮かべると、その当時は映画のオードリー・ヘップバーンを意図的に真似ているというイメージがあった。しかし、回を重ねることに、内部から滲み出るイライザの人間性や感情、愛情が加わり、一人の女性としての魅力や存在感が増し、立体的になった。これは明らかな進歩であり、回を重ねるごとに細かな部分を含め、いろいろな工夫を積み上げて来た結果だろう。それが、今回のラスト・ステージへの集大成へと向かって来たわけだが、いずれにせよ、世界中で愛されているこのミュージカルの名作の主役を600回以上演じ切ったことは評価に値する。
次いで、特筆すべきは上條恒彦のドゥリトルだろう。イライザの呑んだくれ親父で、1993年以来何回かの公演を除いて持ち役にしている。下層階級の住民ではあるが、その暮らしぶりが体臭として伝わって来るような、味のあるドゥリトルである。「運が良けりゃ」で軽やかな味を見せ、「教会へ連れていけ」では朗々と謳い上げて聴かせる。こうしたミュージカルにおいては非常に貴重な存在の役者である。
ヒギンズ教授の石井一孝は4回目、ピッカリング大佐の升毅は今回が初役である。石井一孝はだいぶ手慣れて来た感はあるものの、役者としての「貫目」が大地よりも明らかに軽く、上層階級に生きている男性としての感覚に欠け、マザー・コンプレックスの面だけが強調された感があった。この芝居には上流階級と下層階級との身分差を超える愛情が根っこにあり、その超え難い溝を超えた愛情というテーマがあるが、これ格差は存在しても階級の存在しない今の日本では理解のできない部分だろう。その代わりに、大地真央のコメディエンヌの部分を前面に押し出し、他の役者もそれにならったことが芝居の「軽快感」につながったのでもあろう。そこで、時代の変化と共にこの芝居の持っている本質的な部分が若干変化していることは否めないが、そうしたものを踏まえて、違う角度からスポットライトを当てた演出なのであろう。初役でヒギンズ夫人を演じた大空真弓がベテランの貫録を見せたことを付記しておこう。
芝居は時代と共に移ろうものであり、同じ芝居でも長い期間上演されていれば観客の感覚も変われば、芝居を巡る時代も変わる。シェイクスピアの芝居が様々な形で上演されて来ているように、その時代に合わせた上演の仕方を否定するつもりはない。しかし、今回の演出に関して言えば、軽快さを強調する余りか、本来は舞台装置などが語るべき芝居の厚みが薄らいでしまった感があるのが惜しい。しかし、この上演方法が「21世紀バージョン」なのであり、今の大地イライザが到達した、ある意味での「完成形」なのだろう。20年の歳月の移ろいの中で、共演者も様変わりし、演出も変わった。何もかも変らぬ物を求めてもそれは無理な話であり、芝居は常に変化と進化を続けるものだ。例えば、ピッカリング大佐を初演当時から1990年まで持ち役で演じた益田喜頓の「かろみ」と、升毅が今回初挑戦するピッカリング大佐の「かろみ」。言葉は同じでも内容はまったく違うし、現時点で比較のしようのないものを比べることに意味はないだろう。
行き着くところ、名作はやはり名作である。20年間にわたってこの役を演じ続けた大地真央と、この舞台の創造に関わった人々に拍手を贈りたい。

やけたトタン屋根の上の猫 2010.11 新国立劇場小劇場
戦後のアメリカ演劇を語る上で欠かせない作家のひとりであるテネシー・ウィリアムズの「やけたトタン屋根の上の猫」が常田景子の新しい翻訳、松本祐子の演出で上演されている。これは、今シーズンの新国立劇場の「JAPAN MEETS−現代劇の系譜をひもとく−U」シリーズの中の一本で、最初がイプセンの「ヘッダ・ガーブレル」、そしてこの芝居、次がソートン・ワイルダーの「わが町」、最後がベケットの「ゴドーを待ちながら」で、いずれも新訳での上演である。どの作品も日本の近・現代演劇に大きなインパクトを与えて来た作品で、この芝居にしても1955年の作品であり、今から55年前のものである。しかし、翻訳をし直すことにより、ただ言葉を今のものに直すのではなく、この芝居に込められている普遍性をもう一度洗い出し、検討してみようという試みだ。これは他の芝居にも言えることで、「名作」と呼ばれるものが長い歳月の間繰り返して上演されるのはなぜか、上演する側でその意味を探り、観客がそれをどう受け止めるのか。「古典の名作だから」と単純にありがたがるのではなく、その中から現代に通底する何が発見できるのか、である。
アメリカ南部の大農場の一室が舞台で、今日は一代で財を築いたビッグ・ダディ(木場勝己)の65歳の誕生日。ビッグ・ママ(銀粉蝶)、長男グーパー(三上市朗)・メイ(広岡由里子)とその子供たち、次男のブリック(北村有起哉)・マーガレット(寺島しのぶ)の夫婦が集まった広大な屋敷では、誕生日のパーティが行われている。健康診断で「健康そのもの」とお墨付きをもらったビッグ・ダディだが、実は余命いくばくもないガンに侵されており、ビッグ・ダディが偏愛する次男のブリックは、深く愛する友人の死のショックで、アルコール中毒になり、夫婦の関係にも破綻を来している。そんな中、それぞれがビッグ・ダディ亡き後、いかに自分に有利な遺産相続ができるかを考えるが、その一方で家族の赤裸々な姿がさらけ出されてゆく…。空々しく賑やかな一夜の中で蠢く家族の感情を描いたもので、最終シリーズを迎えた「渡る世間は鬼ばかり」も真っ青とも言うべきドラマだ。しかし、どこにでもある家族のもめ事を延々と描いていればすむ話ではない。その中に抱え込まれた苦悩や憎悪、嘘、欺瞞、世間体などの「生」な感情が裸でぶつかり合い、火花を散らしながらそれぞれの人物の葛藤を見せるところがこの芝居の眼目だろう。
舞台には大きな寝室がでんと据え付けられている。かなり豪華ではあるが、洗練された趣味とは言えないところに、この屋敷の主であるビッグ・ダディの性格が垣間見える良い装置だ。学問はないが、上昇志向のエネルギーで今までの身分にのし上がり、莫大な財産を手に入れた男の、下司になり兼ねない際どさが家の中に漂っていることがわかるからだ。それを象徴するように、子供たちの嫁であるメイもマーガレットも蓮っ葉で意地が悪い。一幕をほぼしゃべり詰めで通す寺島しのぶのマーガレットの科白の端々に、この倦んだ空気が漂う「家」の感覚や匂いが良く出ている。この女優、最近ぐんと芝居のスケールが大きくなって来た。良い仕事を重ねている女優である。マーガレットの夫・ブリックを北村有起哉が演じているが、この役はかなり複雑である。アルコール中毒のきっかけになるほどのショックを受けた亡くなった親友との間に同性愛的な感情があり、それが大きな影を落としている。作者のウィリアムズ自身が同性愛者だったためか、「欲望という名の電車」でも重大なキーワードの一つとして登場するが、今の時代、取り立てて大騒ぎするほどのものではなく、むしろ、いろいろな悩みを内包した家族それぞれが、「やけたトタン屋根の上の猫」のような状態で落ち着きなく動き回り、鳴き声を上げ、威嚇をしている状態の象徴としての一つの現われであろう。
ビッグ・ダディを演じる木場勝己がぴったり役にはまっている。成り上がった男の傲岸な自信と家族への不満、次男・ブリックへの偏愛。「家」の中で自分が「主」であることを盛んに鼓舞しなければならず、そのために大声を張り上げている彼自身もまた、やけたトタン屋根の上にいる一匹の猫に過ぎない。妻の銀粉蝶も同様で、面白く下品である。
初演後50年を経ていれば、もう「古典」と呼んでも差し支えはないだろう。しかし、その中に生きている人々の感情や行動はそう大きく変わるものではない。それを、2010年の眼で見直した松本祐子の演出は、奇をてらったものではない代わりに、じわじわと観客の心に沁み込んで来る。「欲望という名の電車」に比べると上演回数が少ない芝居ではあるが、ウィリアムズという劇作家の痕跡を辿る時には、大きな位置を占める作品であることを改めて認識せざるを得ない。それは、作品自体が持っているボリュームでもあろうし、第三幕を二通り書いた作者のこの作品への深い愛情でもあろう。
客席にいて、今の我々にはこの舞台の浅はかな登場人物たちを嘲笑する資格はないのかも知れない、と感じた。日本という国自身が大きく傾き、国民全員がやけたトタン屋根の上にいる状態の今、舞台で起きている家庭のいざこざは、他人事ではない。「名作」と呼ばれる芝居が持つ普遍性は、ここにあるのだ。

K2 2010.11 世田谷パブリックシアター
エベレストに次いで第二の標高を誇る山、「K2」。山男にとっては限りなく危険な一方、引き寄せられるほどに甘美な山なのだろう。切り立つ氷壁のわずかな面積の岩棚に置かれた二人の男。余りにも厳しい自然環境の中、一人は骨折をしており、もう一人も決して万全の体調ではない。肉体的にも心理的にも限界に置かれた二人の男の行動や心理、想いとは…。この芝居は、日本ではアメリカで初演後の翌年、1983年に菅原文太・木之元亮で初演され、その後、97年に加藤健一・上杉祥三で上演された。そして今回は堤真一と草g剛である。幸いにも、初演からの舞台を観て来たが、おぼろげな27年前の記憶を辿ってみると、「K2」という山そのものに今よりも馴染みがなかったせいか私が幼かったのか、このドラマをどう扱い、観客もどう受け止めて良いのかに戸惑いを覚えていたような覚えがある。
しかし、今回の舞台はかなりリアリティに富んだ舞台である。幕が開いて、大きな氷壁がリアルに創られていることを評価したい。批評の最初に美術を褒めるほどに、何者をも寄せ付けに厳しさを持ったK2の絶壁が観客に迫って来る。これは、パブリックシアターの劇場構造が充分な高さを持っており、それを充分に活かした装置で、二村周作の見事な仕事だ。この芝居は、氷壁のわずかな岩棚と絶壁でしか芝居をする場所がない。そういう点では、装置の出来で芝居も大きく変わる。いい装置だ。
堤真一の物理学者ハロルドと、地方検事補のテイラーが、この難しい山の登頂に成功はしたものの、下山途中で遭難しているという状況で幕が開く。氷点下40度以下の寒さ、酸素も薄く、充分な装備もないという過酷な状況の中、ハロルドは足を骨折している。その中で、何とか下山の工夫をする二人。しかし、意見は食い違い、極限状態の中で昂った感情がぶつかり合う。「死」を目前にした状況の中で、希望と絶望が交互に顔を出す中で、二人の男は冗談に紛らわせてそれぞれの決して長いとは言えない今までの人生や地上での出来事を語り合い、そこに僅かな希望を見いだそうとするが、刻々と日暮れは近づく。日没を迎えれば、それはすなわち二人の人生の日没でもあるのだ。この状況の中で、彼らはどんな行動を取るのか。
通常のイメージで行けば、堤真一は「攻め」の芝居で草g剛は「受け」の芝居に回りそうなところだが、今回はあえて逆の配役である。骨折している堤真一は、ほとんど動くことなく1時間40分の舞台を演じる。その一方で、草g剛は、叫び、わめき、僅かでも助かる道を探すために実際に氷壁を登り、と非常にアクティブな芝居をする。草g剛の芝居に、いささかの焦燥感を感じ、科白が聞き取りにくい場面もいくつかあったが、この配役の妙は面白いアイディアだ。実際に数メートルをよじ登る草gも大変だろうが、座ったままで抑制した芝居の中で感情のうねりを創る堤も楽ではない。ただ、こうしたシチュエーションになると、舞台経験の豊富な堤真一に一日の長がある。最近の彼の舞台を観ていると、「抑制」する芝居に味が出て来たようで、これは役者としての一つの進化を語る側面だろう。
お互いが決して言葉にはしないものの、時が過ぎるに従い、二人が無事に下山できる可能性は絶望的になる。その中で、自分だけが助かりたい、という自己中心的な感情ではなく、命の瀬戸際を共にした二人の男の間に、「友情」とも「連帯」とも「共有」とも言える不思議な感情が芽生える。「相手を助け、共に下山したい」と考えるテイラーと、自分が下山することは不可能なことを知り、冷静に相手だけは下山させたいと思うハロルド。もちろん、その想いへたどりつくまでには様々な感情の交錯やせめぎ合いがある。それを経て、お互いが行く末を見極めた時に、その微妙な感情が成立するのだ。
演出の千葉哲也は、このドラマを「薄っぺらな感動」にはしたくない、とパンフレットの中で語っている。怒鳴り合い、罵り合い、下品なジョークを飛ばして現実から目を背け、とあらゆる感情を交錯させた二人の男に最後に残ったものは何だったのだろうか。我々が日々生きて行く中で、多くの人と交わり、信頼関係を築くためには無数とも言えるパターンがある。厳しい自然を前にした登山など、よほど相手に対する信頼がなければ成しえないだろう。その中で、危機的状況に置かれた時に、相手の「本音」がわかる。この芝居でお互いが本音を見せた後、それぞれがどういう行動を取るのか。これは、わずか数平方メートルの氷棚のドラマではない。日常の人間関係が、その場所にさらされているのだ。私がハロルドだったら、私がテイラーだったら、どういう科白を吐くのだろうか…。その科白に「人間」が描かれている。
あえて、結末は書かない。

表に出ろいっ! 2010.09 東京芸術劇場 小ホール
劇場へ入った途端、「表に出ろいっ!」と来た。しかし、そのまま劇場を出てしまっては、批評を書くことはおろか芝居を観ることも出来ない。野田流の洒落が利いたタイトルで、野田秀樹と中村勘三郎が小劇場で顔を合わせるというのは面白い試みだ。
舞台にはやたらにサイケな色どりのリビング・ルームと思しき部屋がある。しかし、通常の場所ではなく、劇場の前方右端にしつらえてある。つまるところ、このリビング・ルームは能舞台のような造りになっており、芝居が始まってみれば、主人公の「お父ちゃん」の主人公は能楽師なのである。観客は、能楽堂と同じように、正面と脇正面からこの芝居を観るという、能を模した仕掛けになっているのだ。登場人物は「お母ちゃん」の野田秀樹と、ダブル・キャストの娘だけの三人。この日の娘は太田緑ロランス。
「表へ出ろいっ!」というタイトルは裏腹に、結局この三人はリビング・ルームを出ることは出来ない。それぞれに、ディズニー・ランドのような遊園地のパレードに行きたいだの、ジャニーズのコンサートのようなライブに行きたいだのという、非常に「本人には切実な」外出の必要性を持ってはいるのだが、その切実さが相手を説得することができない。うがった観方をすれば、この芝居は一種の家庭崩壊劇でもあり、不条理劇でもある。家族とは言え、価値観の違う三人がぶつかり合い、家族同然に暮らしている犬のお産をもほったらかしにする人間の自分勝手な一面をも描いている。しかし、不条理であろうが無茶であろうが、観客が楽しめる芝居づくりがまず先にあり、さんざん笑った挙句に観客はそこから何かを感じ取る。この辺りが野田秀樹の作劇の巧さだろう。一歩間違えれば非常に重いテーマや内容になる芝居を、軽やかに仕上げている。ここの、この人の才気がある。
勘三郎と野田秀樹のぶつかり合いが滅法面白い。舞台がメチャクチャになる寸前まで二人で大暴れをするが、野田秀樹が実に軽やかに動き、しかも、中年の奥さんの役が似合うのだ。これは、いわゆる「女形」になっていないからだろう。さりとて武骨な中年の男でもない。野田秀樹が昔から持っている独特の少年性が、うまい形で表現されているのだ。同い年である勘三郎も、野田に負けじと大汗をかいて舞台をかけずり回っている。
勘三郎と野田秀樹の顔合わせは、これが初めてではない。歌舞伎座で野田作品の上演も行われている。「新しい歌舞伎」「現代の歌舞伎」を創造しようとの試みだが、それが必ずしも成功であったかどうかは、私には疑問が多い。しかし、この芝居に関して言えば、明らかに「平成の歌舞伎」になっていると思う。ここで、「歌舞伎とは何か」という定義の問題に深入りするつもりはない。改めてきちんとした論証が必要ではある。しかし、一応江戸時代同様に、現代をある視点のもとに諧謔と洒落で切り取ったもの、という大まかな定義を仮にしておく。この「歌舞伎」が成功した一番の要因は、興行場所が「歌舞伎座ではない」ことにある。歌舞伎座で新作を上演する以上は、それがどんなに斬新なものであっても、長年の歴史と時間、空間を持った歌舞伎座という得体の知れない劇場の呪縛を逃れることはできない。今の観客がほぼ共通項として認識している「歌舞伎」というもののフレームの中でしか考え、行動することができないのだ。しかし、池袋の芸術劇場小ホールにはそうした呪縛は何もない。物理的には、定式幕もなければ花道もない。そこで、さまざまな「伝統」と呼ばれる因習から解き放たれ、大いに現代の世相を洒落のめすことが、一つの歌舞伎らしさではないだろうか。
古い歌舞伎ファンからすれば、三味線音楽もなく、けたたましく飛び回って何が歌舞伎だ、という声はあるだろう。しかし、それは歌舞伎四百年の歴史の中で、新しいものが生み出されるたびに言われて来た言葉でもあろう。誤解のないように念を押しておくが、野田秀樹も中村勘三郎も、「これが歌舞伎だ」などとは一言も言っていない。ただ、私には、この舞台が平成の歌舞伎の一つのありようを示唆するものに感じられた、ということだ。この意味を、真っ先に、かつ真面目に考えなくてはならないのは、実は我々演劇人なのだ。

立川志の輔と「江戸の夢」 2010.08 東京會舘
今、最もチケットの取りにくい噺家と言えば、志の輔の名が挙がるのだろう。どこも即日完売の勢いは、落語という芸能がこんなにもみんなに愛されるものだったのか、ということを再認識させてくれる。油の乗り切った話術で会場を爆笑に巻き込むのはいつものことだが、最近は、聴衆の方にも「今日は笑うぞ!」という期待感が満ち溢れているのを感じる。ここまで来てしまうと、噺家はさぞやりにくかろうと思うのだが、こちらの余計な推量はどこ吹く風で、今の話題を盛り込んで観客を一瞬にして志の輔ワールドに引き込んでしまう。
この日は、東京會舘での「独演会」とは言うものの、前に色物を含めて三人が上がったから、長講一席で見事に決めるだろう、と思って聴いていた。枕でさんざん笑わせておいて、すーっと入って言った噺を聴いて驚いた。人情噺の「江戸の夢」だった。思わず、「あっ」と声を挙げそうなるほど驚いた。
これは、厳密に言えば、「古典」ではない。(などと書くと、師匠の立川談志が『古典の定義とは何だ!』と食ってかかって来るような気がするが…)昭和の黙阿弥と呼ばれた劇作家の宇野信夫が、六代目三遊亭圓生のために書いた人情噺である。普通に聴いているだけでは、明治時代にできた噺だと言われても何の違和感もない。それは、作者が歌舞伎の劇作を主にしていたからだろう。しかし、私は志の輔で「江戸の夢」を聴くとは思わなかった。圓生没後、もう演り手のない噺の一つだろう、と思っていたからだ。以前、同じようなケースで「帯久」を聴いたが、この「江戸の夢」も、噺としては良く出来ているものの、芝居で言えばあまり「しどころがない」。大見得を切って見せることもなければ、思い切り泣かせるでもない。しんしんと人の情は伝わるのだが、その先の爆発がない。良く言えば、淡々とした人情噺だ。
志の輔の落語における才能はいろいろあり、それだけでも大論文になるかも知れない。その中で、こうした噺のように、評価は悪くはないが演じ手もあまり手を出したがらないものを近代化する才能は特筆すべきものがある。「江戸の夢」も、圓生のそれに比べてかなり登場人物の考え方が近代化している。今の人にわかりにくいところは大胆にカットする代わりに、わざとらしい説明にならないように入れごとをうまく挟みながら、周りの情景や人間関係を炙り出してゆく。登場人物が増えることによって、話に膨らみが出て来るのだ。この噺で言えば、「豆茶」を呑む場面は老夫婦の団欒を描いてはいるが、今の人には説明なしでは豆茶がわからないので、カット。その代わりに、夫婦が江戸へ出かける理由が、オリジナルの「ただ何となく…」ではなく、兄の還暦の祝いという目的がはっきりし、そこに必然性と説得力が出ている。随所にこうした作業を施すことによって、我々にこの噺がより身近なものになる。この辺りは、もう完全に志の輔流のアレンジだ。ここで、圓生流が良いか、志の輔流が良いのか、というのはまったくもって無意味な議論で、よって立つ場所が違っているものを比べても意味はない。乱暴を承知で比較をすれば、衣裳を着けない名人の素踊りと、衣裳を着けた手練れの歌舞伎役者の踊りとの違いだ。「芸のたち」が違うのである。
これは「落語とは何か」「どうするべきか」を常に考え続け、実践し、格闘してきた師匠・談志の薫陶だろう。誤解を怖れずに言えば、圓生が演じたように、何となくそれらしく演じることは、実力のある噺家であれば可能だ。もちろん、それが圓生の技量とイコールという意味ではなく、あくまでも「それらしく」という点のみにおいて、である。しかし、志の輔の中にある落語への炎は、先人の姿をなぞることだけで満足して消えるものではない。あらゆる角度から眺め、ためつすがめつした挙句、どこに「現代」を持ち込めるかを、常々考えていなくてはできない仕事で、これは苦しい作業だ。「古い革袋に新しい酒を」と言うのは簡単だが、現代の視点で落語を捉え、いかにわかりやすく面白く聴かせるか。その苦労は並大抵のものではない。年に三日ぐらいしか高座がないのであれば考える時間はじっくりあるだろうが、ほぼ毎日のように独演会を開いているほどの売れっ子が、忙しい合間を縫って、「これでどうだ」「これでもか」と格闘をしている。数年前に、私は新聞に「志の輔は落語と心中をするつもりであろう」と書いたが、その姿勢は今も何ら変わっていない。
今の落語ブームの中で、これほどの覚悟を持った噺家が何人いるのだろうか。もっと言えば、一瞬で消えてしまう「芸」に携わる人々が、どれほどの覚悟を持って臨んでいるのだろうか。そんなことを考えていると、この噺家がどこまで発展してゆくのか、今までの落語の既成概念をどこまでぶち壊してくれるのか、それが楽しみになった。にわか仕立ての「迷人」たちにも、ぜひ見習ってほしい姿だ。

峯の雪 2010.06 紀伊国屋サザンシアター
劇団民藝には所縁の深い劇作家・三好十郎の作品である。三好十郎と言えば「炎の人」を思い浮かべる人も多いだろうが、戦中に、「国威発揚」のために何本かの芝居を書いている。その折の作家の胸中に想いを馳せると、それは「良い」とか「悪い」などとすぱりと割り切れるものではなかっただろう。この「峯の雪」は昭和十九年に書かれたもので、舞台となっているのは昭和十六年の太平洋戦争前の九州である。長らく未発表で、今回の上演が本格的な意味での初演に当たる。この芝居を今、世に問うことは多くの三好作品に触れて来た民藝ならではの意味を持っているだろう。
名人と呼ばれた陶工でありながら、軍の要請で碍子(電信柱の絶縁器具)を造らされている花巻治平と、その娘や弟子、出入りの画商など、周囲の人々の間にある日常生活。その中に感じられる人々の思惑などが、十人の登場人物によって描かれる。「時代」というものに踏みにじられる職人の「誇り」が、やがてどういう形になるのか。珍しく、休憩をはさまずに一気に約二時間の舞台を演じるが、緊張感が途切れないために長くは感じない。
三好十郎の科白は重い。いささか抽象的な表現ではあるが、一言の科白に込められた「情念」の深さとでも言おうか。それが幕開きから地を這うように漂ってくる。舞台が明るいとか暗いという問題ではなく、科白が持っている質感としての「重み」である。これが感じられた時点で、今回の舞台は一定の評価を得た、と私は感じた。科白の重み、重要性というものをきちんと踏まえ、忠実に描こうとしている姿勢が感じられたからである。
陶工の治平を演じる内藤安彦の声質がこの役にぴたりとはまっており、名工の一刻さが良く現われている。口調は物静かでも頑として揺るがない精神性、とでも言おうか。画商の伊藤孝雄の持つ「いい加減なうしろめたさ」を持つ明るさと好対照だ。こういう配役が自然に出来るところが劇団の強みだ。先日、北林谷栄という大功労者を喪ったばかりだが、劇団の精神がいろいろな人々に脈々と受け継がれていることの証だろう。
治平の長女を演じる中地美佐子が最近目覚ましい力を付けて来たのも嬉しいが、神敏将、塩田泰久らの若い男優陣が出て来たのも良いことだ。これからの民藝の芝居に、新しい風を吹き込むメンバーが増えてゆくのは頼もしいことである。戦後六十五年を間もなく迎える今、戦争を知らない世代が圧倒的に多い。かく言う私もその一人だ。しかし、知らない世代なりの理解の仕方や感じ方もあるはずで、若い役者たちが先輩の話に触れながら、自分なりの感覚を磨いてゆくには良い勉強の素材でもある。
幕切れ、治平が再び「陶工」として長らく放置していた轆轤を回す決心をする。そこで一心に轆轤に向かう姿に、私は岡本綺堂の「修禅寺物語」の夜叉王の姿を観た、と言えばそれは誤解だろうか。三好十郎が夜叉王の姿を意識してこの幕切れを書いたかどうかは知らない。しかし、面作りと陶工の違いはあれ、一つの作品を自らの肉体で生み出そうとする「職人」のありようは、どこかで通底するところがあるように思えてならない。
長い歳月を閲して光を浴びた一つの芝居が、今後どのような形を取ってゆくのか。そこにも興味がある芝居だ。

モリー先生との火曜日 2010.06 本多劇場
「先生」と呼ばれる職業の人だけではなく、我々の人生で「師」と仰げる人に出会えるのは幸福な瞬間だ。どんな分野にせよ、教えを乞う人がいるのは幸せだが、年齢を重ねると共に、そうした師も少なくなる。今回、加藤健一事務所が三十周年記念公演の最後に取り上げたのは、加藤健一と高橋和也の二人芝居、「モリー先生との火曜日」。大学の老教授と教え子のスポーツライターが、筋萎縮性側索硬化症(ALS)で余命いくばくもない教授に最後の授業を受けるために毎週火曜日に1000キロ離れた場所から飛行機で飛んで来る。その二人の会話を綴った、事実に基づいた芝居である。
多くの人々がそうだと思うが、学生時代は勉強をすることなど考えることはない。いかに楽しく遊び、恋をし、趣味を楽しみ、そのために要領よく出席や試験を効率化して潜り抜けるか。しかし、そうした学生たちも社会へ出て、つかの間の学生時代のエピソードを想い出すことはあるが、そこには「あの時にもう少し真面目に勉強しておけば…」などという言葉がセットになっていることが多い。高橋和也演じる売れっ子スポーツライターのミッチも、さしずめその口だろう。一方、思わぬ難病に倒れ、自分の季節が秋を過ぎ、いきなり冬も終わりに差し掛かったことを知る加藤健一のモリー先生。自分に残された時間は僅かしかない。
ミッチが見舞いに訪れた当初は、二人の会話は噛み合わない部分が多い。今が自分の人生の盛りだと信じている自信に溢れた四十代と、死の瀬戸際にいる七十代が十六年ぶりに会ったのでは噛み合うはずもない。モリーの現況を知ったミッチが忙しい時間をやり繰りして、学生時代のように「毎週火曜日」の授業を重ねるうちに、モリー先生の思慮深さから出る警告や金言に、ミッチはハッと胸を突かれるようになる。「老いとの戦いに、勝ちはないんだからね」「人を愛することに意味などもうけてはいけない」など、聞いていて随所に人生の名言が出て来る。それが、決して悟りすましたものではなく、従容として「死」を受け入れた潔さを持ったモリー教授の飾らない想いなのである。だからこそ、そこに重みがある。
自信満々のミッチも、客席にいる我々も、明日は今日の続きだと何の根拠もなく考え、信じている。しかし、モリー先生には、我々には当然の「明日」はもう来ないかも知れない。それを考えた時、生きることの愛おしさで心が満ち溢れてくるのを感じる。幕間を挟んで約二時間の芝居だが、加藤健一の絶妙な間に時には笑いもこぼれ、「死」をテーマにした芝居とは思えない部分もある。三十年の仕上げにこの芝居を選んだのは、加藤健一の見事な「役者の嗅覚」に他ならないだろう。それに真正面からぶつかる高橋和也が良い出来だ。彼が演じるミッチと等身大の感覚を感じる。この二人は実に良いコンビで、これは時間をかけて、丁寧に何回も演じてもらいたい芝居だ。それぞれの五年後、十年後にこの芝居を観るのは楽しいだろう。客席からは多くの啜り泣きが漏れていたが、それは、観客の心の中にミッチがおり、身近なところにいる、あるいはかつていたモリー先生を想い出しての涙だろう。同時に、ミッチは、「売れている」「忙しい」という、一見充実したように見える日常のどこかに心が疲れている。それが、死を目前にしたモリー先生に癒されているのである。その同じ想いを、観客が感じているからに他ならない。誰にでも平等に訪れる死にどう対峙するか、高齢化社会が云々される中で考えさせられる芝居だが、この芝居は老境に差し掛かった人だけではなく、ミッチのような現役バリバリの世代に観てもらいたい芝居だ。 心より再演を望む。

キャンディード 2010.06 帝国劇場
「人生なんて何とかなるもんだ」、いや、「人生はままならぬことが多いものだ」。片方を「楽天主義」と呼び、もう一方を「悲観主義」と呼ぶ。どちらの考えも正しいだろう。我々の一生は、その間を行ったり来たりしている。「どっちもあるのが人生さ」というのが、この「キャンディード」の粗筋を非常に乱暴に紹介したものだ。休憩をはさんで三時間半に及ぶ舞台、しかも18世紀の作家・哲学者であるヴォルテールの「カンディード」に、20世紀の音楽家、レナード・バーンスタインがその死の直前までミュージカルの曲を推敲していたほどの難物である。それにしてはいい加減な粗筋の紹介だが、逆に言えば、我々の日常に余りにも身近な問題であるからこそ、答えが出ない。そこに深みと面白みがあるのだ。
もっとも、この「キャンディード」という作品は、演劇界の中でも「難しい作品」と言う評価がある。哲学的な示唆に富んだ作品に楽曲をどう組み合わせるか、でいくつかの演出バージョンがあり、今回帝国劇場で上演されているのは、「レ・ミゼラブル」や「ベガーズ・オペラ」でお馴染みのジョン・ケアードによるもので、「ジョン・ケアード版 キャンディード」となっているほどだ。シェイクスピアの作品にいろいろな演出方法があるのと同じような感覚に近いとも言えるが、膨大な作品のどの場面を舞台に乗せ、バーンスタインのどの楽曲をどこへ当てはめるか、という作業である。原作がある作品を舞台化する場合、日本に「潤色」「脚色」という言葉があるが、それに近い感覚も持っている。
井上芳雄が演じる主人公のキャンディードが、世界各地を回りながら多くの人に会い、その中で自分を見つめ、考える。一見すると「トム・ソーヤーの冒険」のようだが、そこには常に市村正親が演じる家庭教師・バングロス博士の「楽天主義」と、村井国夫が演じるマーティンの「悲観主義」が付いて回る。単なる冒険活劇ではなく、主人公の行動の裏に、常に「哲学」や「人生観」が見え隠れし、その中でキャンディードが最後に自分を発見する、という芝居なのだ。この芝居が「難解だ」とされる理由の一つは、「入れ子構造」にある。市村正親は、二役で、作者自身のヴォルテールを狂言回しのような意味合いで演じているが、このドラマそのものが、すべてヴォルテールの頭の中にある物語で、それが舞台の上で演じられている。今風に言えば、舞台の上のドラマは、すべてヴォルテールの頭の中にある「ヴァーチャル」な存在とも言えるのだ。
多くの登場人物が何役かを兼ねて演じているが、今回の舞台で最も光っていたのは、阿知波悟美が演じた老女である。喜劇の老舗・NLTで培った笑いのセンスがあざとくなく、舞台全体の雰囲気を和らげる効果を見せている。こういう役者はなかなかに得がたい存在であり、今回の舞台では殊勲賞ものだ。市村正親の巧さについては、今更改めて論評する必要もないだろうが、相変わらず観客をぐいと引き込む力は凄いものを持っている。若手では、キャンディードを演じた井上芳雄、クネゴンデの新妻聖子、マキシミリアンの坂元健児の三人が目だった芝居を見せるが、坂元健児の持ち味とも言えるおかしみが役にはまり、この舞台では生きた。
東宝がこうしたミュージカル作品に意欲的な姿勢を見せるのは、多くの作品で示し、定着した。しかし、この芝居について言えば、今回の舞台に大きな不足があるというわけではなく、完成に向かう時間が他の芝居よりも時間がかかる作品だと言えよう。これから数を重ねて、試行錯誤を繰り返しながら、日本における「キャンディード」の一つのモデルケースを作り上げるまでにはある程度の時間がかかるだろう。ただ、この作品にはそれだけの奥行きと深さがある。一度や二度ですべてを理解することが不可能な面白さ。三度目で気付く発見。それも芝居の魅力の一つである。「レ・ミゼラブル」がそうやって日本で長い歴史を歩んでいるように、この作品も回を重ねてそうした作品になる可能性を充分持っているはずだ。

前進座公演「切られお富」 2010.05 国立劇場
来年で創立八十年を迎える前進座恒例の五月国立劇場公演である。しかし、今年は例年とはいささか趣を異にしている。まず、十四年前に急逝した先代嵐芳三郎の次男・嵐広也がこの公演で七代目嵐芳三郎を襲名すること、またその兄である河原崎国太郎が初役で祖父・五世国太郎の当たり役「切られお富」を上演することだ。「切られお富」の上演は実に二十五年ぶりのことになるが、その時間の長さよりも、いよいよ前進座の第三世代の人々が、劇団を背負って立つ時代になった、ということだ。そういう意味で、喜ばしい要素がたくさんつまった公演である。
まず、「七代目嵐芳三郎襲名披露口上」。劇団の長老・中村梅之助を中心に、藤川矢之輔、嵐圭史、嵐芳三郎、河原崎国太郎の五人が並ぶ。劇団ならではの家族的ムードが漂う「口上」はほのぼのとしているが、口上を述べている新・嵐芳三郎はもうすでに口調が違う。父の名を襲う、ということで覚悟を固めたのだろう。女形・立役に味を見せた父とは違い、立派な顔立ちと体格を活かした嵐芳三郎の誕生を、喜びたい。
「切られお富」。私は初演を見逃しているので昭和五十五年の再演からしか観ていないが、それから三十年経った今も、先代国太郎のお富は鮮烈に脳裏に焼き付いている。その孫である現・国太郎がどこまで彼なりのお富を演じることができるのか。結論から言えば、予想よりはかなり良い出来であった。ふとした科白の言い回しや立ち居振る舞いが祖父にそっくりだ。もちろん、初演のことであり、問題がないわけではない。声がいささか高すぎるのは以前から気になっていたことだが、これが地声の女形の声でおさまれば、グンと深みが出るだろう。しかし、藤川矢之輔の蝙蝠安を相手に、年増の崩れた色気が横溢していた点は買える。
嵐芳三郎が相手役の与三郎を演じる。きりりとした白塗りの男前で、科白が粒立つのが良い。先代は柔らかみを前面に出していたように思うが、今の芳三郎のやり方も決して悪くはない。お家の重宝の刀のために奔走する、凛とした男の姿が清々しい。お富との釣り合いも良く、襲名披露にはふさわしい役だ。
この二人を支える藤川矢之輔の安蔵、嵐圭史の舟穂幸十郎、中村梅之助の赤間源左衛門。この三人がいいバランスで国太郎・芳三郎コンビの芝居が立つようにしている。この辺りが、劇団の持つ良い部分だろう。この芝居、以前は国立小劇場での上演だった。今回は、襲名興行とは言え、それが大劇場で上演できるということは、前進座で歌舞伎を演じたいと思う若い役者が増えたことでもあり、喜ばしい。その一方で、若い端役の面々は、まだ「歌舞伎の科白」になっていない人がいる。眼を閉じて科白を聞いていると、平成の言葉に聞こえてしまう。こういう若いメンバーを前進座の立派な役者に育てることも、国太郎・芳三郎・矢之輔ら第三世代の大きな仕事の一つである。
演出家の言葉に、「現代人が観ても楽しめるドラマチックな歌舞伎に出来るはず」とあった。それは大賛成で、演劇とは時代と共に変容を繰り返すものだ。古典芸能の歌舞伎とてその例には漏れない。昔からのものをすべてそのまま演じているだけでは、現代人の感覚とはどんどん乖離していく。その距離をどういう方法で埋めるかが、演出家の大事な仕事になる。歌舞伎には新作などの例外を除けば、原則として「演出」はいない。その幕の主役が演出家を兼ねるという旧来の慣例が今も生きているからだ。私は、それが必ずしも正しいありようとは思えず、客観的な眼で歌舞伎を演出する必要があると思う。この芝居について言えば、河竹黙阿弥の時代と現代とのすき間をどういう形で埋め、今の観客が楽しめる芝居を作るか、ということだろう。江戸時代そのままでは今は通用しない言葉をどう解釈するのか。あるいは、科白の発音やイントネーションをどうするのか。そうしたことどもを含めて、考えなくてはならない問題は多い。四百年以上生きながらえている歌舞伎を現代人の眼で演出するというのはそう簡単な仕事ではないが、歌舞伎に眼が注がれている今がチャンスの一つであることは言うまでもないだろう。
また、歌舞伎で扱っている時代の「風情」や「匂い」を舞台に漂わせることも重要だ。今回の舞台で言えば、普通は「とば」と発音する「賭場」を「どば」と言っていたことや、「どじを踏む」が慣例になっているのを「どじを組む」と言っていたことなどに、私はその香りを感じた。これらは、「切られお富」を当たり役にした先代の国太郎が「大切にしなければ」と言っていたことであり、私も直接に聞いている。一見、どうでもいいように思える話題だが、どんなに立派な城でも、石垣の小さな石が一ポロリと落ちていることを見過ごしている間に、そこから石垣が徐々に崩れ、やがては城の本丸に及ぶこともある。そうした、大切にするべきものとの見極めなどもこれからは重要な課題だろう。
かつて、劇団創立五十周年の折に皆が感涙にむせんで舞台を踏んだ歌舞伎座も、先月改築のため休場した。新築なるまでの三年間、歌舞伎が変わるチャンスである。その間に、前進座ならではの歌舞伎を創る糸口が見つけられるかどうか、これからが重要だ。

冬のライオン 2010.05
平幹二朗が主宰する「幹の会」の公演で、シェイクスピアなどを中心に優れた戯曲を取り上げているが、2007年の「オセロー」以来の今回は、「冬のライオン」である。映画化されたこの作品は1183年のクリスマスのフランスが舞台になっている。壮年の王とその三人の息子という、「リア王」のような設定だが、そこで描かれているドラマは、「リア王」に似てはいるが全く異なる家族の愛憎劇である。
平幹二朗演じるヘンリーと麻実れいの妻・エレノアの夫婦関係は事実上破綻しており、ヘンリーには、若い愛人のアレー・高橋礼恵と共に暮らしている。ヘンリーとエレノアには三人の王子、リチャード(三浦浩一)、ジェフリー(廣田高志)、ジョン(小林十市)がおり、ヘンリーは後継者を誰に指名するのか。そこへ、アレーの異母兄弟で失った領土を取り戻そうと機会を窺うフィリップ(城全能成)。ヘンリーは末っ子のジョンを愛し、エレノアは長男のリチャードを愛している。さまざまな人の思惑が入り乱れる中で、ヘンリーはクリスマスの夜に何を決断するのか…。確かに、こうして粗筋を書いていると、「リア王」に酷似している部分がある。それは登場人物の構成で、芝居の内容はまったく違っている。リアは荒野をさまよい荒れ狂い、哀しみのどん底を彷徨する。しかし、ヘンリーが悩み苦しむのは自分の城の中、つまり「家庭」である。壮大な歴史的事実やエピソードに基づくドラマは、裏を返せば約1000年ほど前の家庭劇でもあるのだ。
効率的に造られた装置の中、和風とも感じられる衣装をまとって七人の登場人物がテンポの速きい芝居を繰り広げる。やはり、平と麻実の科白の朗誦術は見事なもので、他を圧倒した出来映えだ。地位にふさわしい威厳を持つ一方で、狡猾に愛を囁き合う。いわゆる科白の「活け殺し」が自在とも言える二人のやり取りは、この重い芝居の中で観客に笑いを与える。こういう場面では、ある夫婦の諧謔と皮肉に満ちたやり取りで、ぐっと人物像が我々に近づいて来る。その一方では、掴み合いになるのではと思わせるほどの丁々発止としたやり取りで、芝居の密度をグングンと高めてゆくシーンもある。平幹二朗の存在感とそのエネルギッシュな演技、麻実れいの、時には受けに回りながらも平に拮抗した鋭さ。このコンビが見せる迫力はたいしたものだ。きちんと描かれた脚本、丁寧な演出によるものだろう。
三浦浩一のリチャードは毅然とした姿、立ち居振る舞いが役に若々しさを与えている。ベテランの領域の役者だが、厭らしさを感じさせない清涼感がある。これは、この人持ち前の魅力だろう。廣田高志のジェフリーはシニカルな役柄を、声の質と科白の間で活かした。何を考えているのかつかみどころのない役を、あざとくなる寸前で止めているのだろうか、逆に人物像がはっきり際立った。小林十市のジョン、16歳という設定だが、、科白の切れ目にきちんとしたメリハリを付けることで少年らしさが出た。動きに切れがあるのもそれに役だっているだろう。それが役に自然な若さを与えている。高橋礼恵には透明感がある一方で、そこに見え隠れする「女性」が面白い。城全能成のフィリップは心情的に複雑なものを抱えた難しい役だが、凛々しい若き王子の姿とその苦悩を良く表現したと言えよう。フィリップだけが一幕しか出演しないが、その分の見せ場である一幕の最後の芝居は役に対する工夫が感じられる。
この「冬のライオン」、述べて来たように非常に水準の高い舞台になった。今年の1月15日の東京公演で幕を開け、その後、中部・北陸・九州・東北と巡演を重ね、最後は6月19日に千葉県で千秋楽を迎えるという実に半年がかりの公演なのだ。全部で112ステージ、同じ劇場での公演であればさして苦にもならないかも知れないが、南は鹿児島から北は青森まで、旅を重ねながらの公演である。こうした公演を他にも何回か観て来たが、旅に出るとぐんと結束力が上がり、舞台の質も上がる。同じ会場で二日以上の公演を持つこともあれば、三日間続けて違う会場での公演もある。この緊張感が、スタッフを含めた一座のまとまりを固くし、芝居の内容に反映されるのだろう。東京にいれば芝居を観ることは本人にその気さえあればさほど難しいことではないほどにあちこちで上演されている。しかし、そうではない地方は多く、そこを回ってこうした良質の舞台を見せることの意義は大きい。
壮健ではあるものの、人間としての季節はもう冬に差し掛かった王者であるヘンリー。「冬のライオン」がさまようのはやはり荒野ではなく、冷たい空気しかない家庭がふさわしいのだろうか。詰まるところ、いくらいがみ合い、憎しみ合っても家族であり、その絆や愛情を逃れることはできない。1000年近く前の家庭も今も、たいして変わりはないのだ。平幹二朗のヘンリーの最後の科白に、その想いを感じた。

滝沢歌舞伎 2010.04 日生劇場
この舞台を観終わって、はたと考えた。何十年も芝居を観ていながら、基本的な問題に対する疑問である。我々は、無意識のうちに「歌舞伎とは日本に伝わる古典芸能である」というイメージを持っている。その一方で、「こういう条件を満たしていなければ、歌舞伎とは言えない」という絶対条件はない。今ここで歌舞伎の歴史を説くつもりはない。いわゆる松竹の歌舞伎を見慣れた「通」や「歌舞伎ファン」の眼からすれば、「これが歌舞伎?」という疑問や不満はあるだろう。しかし、ここ数十年を振り返っても、いろいろな形態の「歌舞伎」が松竹の歌舞伎役者以外によって上演されている。東宝の長谷川一夫の「長谷川歌舞伎」、舞踊家の吾妻徳穂の「アヅマ歌舞伎」、武智鉄二の演出による「武智歌舞伎」。これは、松竹の役者が演じたものだが、武智鉄二という演出家が新たな感覚で演出し直したものだ。いずれにせよ、松竹の歌舞伎以外の「歌舞伎」というものが演じられて来た例はあるのだ。
歌舞伎の定義は「傾く=かぶく」、時代の先端を行くアヴァンギャルドな感覚の演劇というのが、演劇史での通例の解釈である。その意味で言えば、「滝沢歌舞伎」も立派な歌舞伎である。古典の要素である邦楽を使い、カットが施されてはいるが「京鹿子娘道成寺」や「櫓のお七」や「将門」などの歌舞伎演目も演じる。そうした要素を残す一方で、ダンスあり、和太鼓あり、群舞あり、もちろんフライングもある。新橋演舞場から日生劇場へと所を変え、今年が五年目になる公演で、「歌舞伎」と名乗ったのは今年が最初だが、同種の公演を続けてもう200回になる。
いわゆる「歌舞伎通」の眼からすれば、眉をひそめて「これは歌舞伎ではない」という場面もあろうが、言うまでもなく、演劇とは常に時代と共に流動している。2010年の「歌舞伎」と称する芝居の一つがこの舞台であることを、否定する材料はない。まして、演劇のジャンルのボーダーレス化が異常な勢いで進んでいる現在、一つのフレームの中で納まることにそう重要な意味がなくなって来た。ファンサービスの一環として、舞台の上で滝沢秀明が女形の化粧をする場面を見せる。体格的には、古典歌舞伎の女形として育って来たわけではないから、そこに違和感がないと言えば嘘になる。しかし、ほとんど出づっぱりでおしみなく肉体を駆使し、スピーディな立ち回りやアクションを見せ、エンタテインメントとしての要素は山盛りで、観客は大いに喜んでいる。
多少固い話をすれば、歌舞伎界の中でも「時代に合わせた歌舞伎とは何か」という試行錯誤を、いろいろな役者が試みている。現代の作家と組んで新作を上演したり、過去の作品の演出方法を全く変えたり、時代と観客のニーズを見出すことに懸命だ。その行為は評価できる。今回の「滝沢歌舞伎」の中で評価できるのは、歌舞伎役者ではない滝沢秀明が、「歌舞伎」というジャンルのフレームの外側から、彼なりの歌舞伎を創ろうとしていることだろう。これは、ある意味では「コロンブスの卵」とも言える行為である。「歌舞伎役者以外は歌舞伎を演じてはいけない」というルールはない。歌舞伎のフレームの中にいれば、良くも悪くも連綿と続く先人からの習慣を全く無視した形での上演はそう簡単ではない。しかし、フレームの外にいれば、その部分に関する遠慮はなく、全く新しい発想で「歌舞伎とは何か」を考えることのできる強みがある。今回の舞台は、滝沢秀明が「観て」「感じて」「見せたい」感覚的な歌舞伎なのである。そこに、歌舞伎的な視野での演技の巧拙を持ち込んでも比較の対象にはならず、あまり意味はないだろう。
今まで私が述べてきたことは、実は劇場を満員にしているファンにはあまり重要な問題ではないのかも知れない。歌舞伎の骨法や仕組みがどういうものであろうと、目の前で、滝沢秀明があらゆる努力をして観客の喜びを生み出す、そこに意味があるのだ。そうした観点で言えば、今まで我々が持っていた歌舞伎に対する既成概念を破る一つの試みとしての意義はある。折から、今月で東銀座の歌舞伎座が改築のために閉場する。ある意味では演劇界は戦乱の時代を迎えている。その中で、一つの方法を提示した意味は大きい。

エクウス 2010.03 自由劇場
初演が1975年だというから、もう35年前になる。私がこの芝居を最初に観たのは再演の1990年の舞台だったが、その時の鮮烈な印象は今も忘れない。ラテン語で「馬」を意味するこの芝居、「ブラック・コメディ」や「アマデウス」などの名作を送り出しているピーター・シーファーの手による作品である。六頭の馬の目をアイスピックで突き、精神病院に送られた少年・アラン。異常とも言える行動の動機はどこにあり、なぜそのような行為を冒したのか。アランの精神世界に隠されているものを暴き出そうとする精神科医・ダイサート。白日のもとにさらされた事実は…。私はこの芝居を何度も繰り返し観て来たが、常に非常な緊迫感を伴った芝居である。舞台の上にも観客席が作られ、主に繰り返されるアランとダイサートの会話は、観客に全方位から見られている。今でこそ珍しくもない演出法になったが、最初にこの舞台を観た時にはとても新鮮に感じたものだ。そうしたことを含めた演出方法は大きく変わってはいないが、もう一つ、この舞台で欠かせないのは、照明技術の巧みさだろう。良くも悪くも、あまり通常の舞台で批評が照明に及ぶことはない。舞台照明が軽視されている認識を改めなくてはならないが、この芝居に関して言えば、照明は俳優と同等とも言えるほどの重さを持っている。人物の出入りやスポットだけではなく、微妙な灯りの切り替えは登場人物の心情を現わし、見事な効果を挙げている。
精神科医のダイサートは初演以来、35年間日下武史が演じている。今年79歳になるという日下だが、見事なエロキューションを駆使してアランと対峙し、時にはギリギリまで追い詰め、いたわり、と緩急自在の科白は改めてこの役者の巧さを感じさせる。休憩を一回挟んで二時間半の芝居の中で、極度の緊張感を保ちながら芝居を演じるのは並大抵の技ではない。劇団四季の創立メンバーの一人でもある彼が、四季の旗艦の一つであるストレート・プレイで健在ぶりを示しているのは嬉しいことだ。アランは藤原大輔。28歳になるというが、少年らしさを遺した役者だ。前半にはもう少し華奢な少年の部分がほしいと思ったが、芝居が進むに連れて気にならなくなった。
精神科医と少年の対話、という劇は今の時代では珍しくも何ともないだろう。しかし、35年前に書かれた当初はかなり刺激的だったはずである。しかも、芝居が進むに従い、アランの行為の真相を読み取ることで、ダイサート自身にも一つの問題が突きつけられる。二人は合わせ鏡のように、お互いの心理を読み取り、その裏をかこうとし、暴いてゆくのだ。ここに提示される問題は、35年経った今でも全く古びることなく、現代を生きる我々にも当てはまる。それが、35年にわたって上演されている大きな理由である。時代の最先端を行くものは古びてゆくのも早い。しかし、人間の精神に宿る考え方は、50年や100年では変わらない部分も多々ある。作者はそれを執拗なまでに炙り出し、観客に対しても「あなたはどうなんですか」と切れ味鋭く突き付ける。アランとダイサートが抱えている精神的な問題は、同時に観客自身のものでもあるのだ。もちろん、全く同じ悩みを抱えているわけではない。しかし、人の悩みに耳を傾け、治す立場の精神科医とて人生に何の憂いもないわけではない。病人を治した結果、そこに残るものは何なのか。一体、「正常」とは何なのか。基準が多様化し、細分化する今、我々にとっての「正常」と「異常」にもはや境目はないのだ。

いい加減にしてみました3 2010.03 本多劇場
世を挙げてのお笑いブームである。玉石混交であることは言うまでもないが、「本物の芸」を目の当たりにした時に、「笑い」というものの難しさ、そして巧みな芸の面白さを改めて感じる。13年前に伊東四朗と三宅裕司が始めたコントライブ「いい加減にしてみました」。二回目は小倉久寛が加わり、三回目の今回は沢口靖子がゲストとして参加している。コントを見せ、舞台を回して楽屋の場面で着替えながらしゃべる、というパターンは二回目の舞台を踏襲しているが、ノンストップで二時間を超える舞台、三人とも出ずっぱりである。本科白だかアドリブだか分からないほどに稽古を重ね、その上で出てくる舞台の味わいは、伊東四朗が「てんぷくトリオ」で人気を博するよりも遥か以前、浅草の軽演劇での修行時代から培った芸の血筋を、三宅裕司が見事に受ける、この絶妙のコンビによって醸し出されるものだ。
13年前の「いい加減にしてみました」の時のネタに沢口靖子が加わり、さらにバージョンアップしたものなどもあり、大いに楽しませる。とても、「いい加減」なことでは出来ない舞台である。こうしたものに飛び込んで来た沢口靖子の女優としての度胸も買えるが、笑いの世界では二人には到底太刀打ちできない。ある意味では、伊東四朗と三宅裕司のコンビ(別にコンビとして活動をしているわけではないが)ぶりが余りに見事で、そこに入るすき間がないとも言える。そういう点で見れば、このシリーズは完成している。
評判が評判を呼び、チケットの取りにくい舞台として知られるこの公演、観客は役者の顔を観ただけで爆発的に笑い、拍手が起きる。殺伐とした時代の中で、いかに観客が「良質の」笑いに飢えているかが良く分かる。テレビの前ではこうは行かないだろう。ここが、コントライブの面白さと、鍛えた芸の凄みなのである。
舞台を観ていると、「笑わせようとして起きる笑い」と「自然発生的に起きる笑い」があるのが良く分かる。もちろん、自然発生的な笑いにも用意周到な仕掛けが施されてはいるのだが、それがそう見えずに、観客がつい笑ってしまう。伊東四朗は72歳だと言うが、出ずっぱりの舞台に衰えを見せず、観客を沸かせている。厳密に言えば、13年の間に肉体は衰えているだろう。しかし、それもカバーした上で笑いに転化させ、観客を満足させてしまうところに、ベテランゆえの「芸」がある。役者の抽斗とはこういうものを言うのだ。多くの仕事を共にして来て、伊東四朗にとっては現段階では最高の相手とも言える三宅裕司でも、この部分はかなわないところだ。とは言え、三宅裕司も伊東四朗との間合いの取り方は抜群で、たとえ大先輩であれ舞台の上では容赦はしないで突っ込む場面は突っ込む。観客を笑わせるために芸の火花が散る、とでも言おうか。それが、あざとくならないから観客が喜ぶのだ。もう一つ言えば、この二人は笑いの感性が非常に似ている。
今回のゲスト、沢口靖子について言えば、「コント」という側面から見ればまだまだ課題は多い。しかし、天然にも見える素材が、こうした舞台にも向いているのだということを発見できた、という意味では良い勉強になっただろうし、初参加の割には貢献している。ラーメン屋の妻の怪しさなどは、意外とも思えるほどの出来を見せた。
かつて人気を博した「軽演劇」というもの自体が姿を消し、「喜劇役者」という言葉も死語に近い時代になった。観客を笑わせるのに、呼び方はどうでもいいようなものだが、伊東四朗の芝居を観ていると、明らかに喜劇役者、なのである。間の取り方に始まって、科白の調子、結末が分かってしまうのに面白く見せる技、どれもが昭和の匂いのする笑いだ。最近のテレビのお笑いでは、ともすると何を言っているのか分からないほどの早口でまくし立てているケースが多々あるが、堂々とした東京弁で「日々」を「しび」と発音する伊東四朗の姿に、「喜劇役者」としての誇りを感じた。大阪には大阪の笑いがあるように、東京には東京の笑いがあり、間がある。その正統派とも言える舞台が、このシリーズなのだ。
今回の舞台には、三宅裕司が主宰している劇団「スーパー・エキセントリック・シアター」の劇団員が六人「お手伝い」の形で参加している。ここに、三宅裕司の伊東四朗に対する尊敬と愛情を感じた。この三宅裕司の温かな気持ちは、嬉しい。

「海賊」 2010.02 オーチャードホール
熊川哲也のステージを観るのは何年ぶりになるだろうか。他の舞台は観ているが、この「海賊」は初めてであり、2007年にこの舞台で怪我をし、代役を立てたという経験もあり、前回の舞台との比較はできない。ただ、観たままを言えば、数年前には彼のニジンスキーにも例えられた跳躍力は明らかに落ちている。それは、足の故障からの復活や、38歳という年齢の問題もあろう。逆に言えば、そうした故障を経験し、それでもなお今のレベルを保てるのは自分との闘いの果てに得たものだろう。肉体を過酷なまでに駆使するバレエは、その分花の盛りは短い。全盛期は過ぎたとは言え、二幕のスピード感溢れる場面などはたいしたものである。
この「海賊」という作品は、約150年前に初演されたものである。タイトル通り、海賊の仲間同士の恋ありアドベンチャーありで、いわゆる一般的に「バレエ」という言葉で即座に思い浮かぶ性質の舞台とはいささか趣を異にしている。「眠れる森の美女」や「白鳥の湖」というタイプの作品ではなく、冒険活劇のような内容の作品だ。その故かどうかは知らぬが、バレエの歴史の中では余り陽の当らない場所に置かれていた「不遇」とも言うべき作品である。それを、熊川自身が演出に当たり、「古い革袋に新しい酒を」という試みでもある。舞台芸術のジャンルを問わず、古典と呼ばれる作品はこうした試行錯誤を経て残されてきたものなのだ。
頭領とも言うべきスチュアード・キャシディ演じるコンラッドと、その右腕となっている熊川哲也のアリ。どちらが主役なのか、は舞台を観ている限り非常に微妙な問題である。熊川哲也というブランドが持っているカリスマ性のゆえだろう、観客の多くは、彼の一挙手一と投足に熱い視線を注いでいる。「K-BALLET COMPANY」の主宰であり、1900人収容のオーチャードホールをあっという間に満席にする力を持った熊川哲也の悩みはここにある。これは彼に限ったことではなく、一座を率いるカリスマには共通している悩みだ。自分のコンディションは自分が一番良くわかる一方で、ファンの熱望には応えてゆかねばならない。そこに、彼の表現者としての葛藤と苦しみがあるのだろう。
一つ感じたのは、技術的な部分での全盛期は過ぎてはいるものの、いかに自分の踊りを美しく見せるか、観客を魅了するかというテクニック、あるいは表現の手段にはやはり他の人々とは格段の差があることだ。それが、今でも人気の衰えない大きな理由の一つでもあるのだろう。鳴りやまぬカーテンコールに応え、そこで見せた彼の微笑みに感じ取ることができた。100%満足の舞台というのは、真摯な気持ちを持っている舞台人にはなかなか出来ないものだ。しかし、この舞台の彼の微笑みに、会心の感情を感じた。こうして、満員の観客席の心を一瞬にしてつかみ取り、自分の世界に引き込んでしまうことが、彼のもう一つの才能であると言えるのだろう。鍛え上げられた肉体でシャープな踊りを見せることで、観客は大きな満足を得る。当然のことだが、「熊川哲也ありき」のカンパニーの強みでもある。
緊張感のない舞台には感動もない。そういう意味において、この舞台は非常に緊張感に満ちた舞台であった。科白のないバレエの肉体は、時として雄弁に物事を語るものだ。

Endless Shock 2010.02 帝国劇場
2000年の初演以来、今年で11年目となる。「Show must go on」をテーマに、毎年いろいろな部分を変えながら、一つの芝居が進化をたどっている舞台だ。バックステージ物とも言えるジャンルの芝居で、堂本光一扮する「コウイチ」がショーの世界で多くの困難にぶつかりながら進んで行くという設定は当初から変わっていない。「継続は力なり」というが、31歳になったばかりの若さで、帝国劇場を11年間満員にする力はたいしたものだ。
今回の舞台を観ていて感じたことが幾つかある。まず、11年間演じていながらスピード感が全く衰えていないこと。いくら若いとは言え、今年について言えば2月、3月、7月と三カ月で合計100ステージを演じることになる。ハードスケジュールの合間を縫っての稽古で、毎年新しい要素を加えながらも舞台のテンポが落ちずにいることは評価して良いだろう。もう一つ感じたのは、堂本光一が去年のステージに比べて格段に逞しさを増したことだ。格闘技などのスポーツ選手のような体格ではないながらも、あの華奢な身体のどこにあんなにエネルギーがあるのだろうと思って今までの舞台を観ていたが、身体が一回り大きくなっているような気がした。具体的にどんなトレーニングを積んで来たのかは知らないが、ハードな舞台をこなすために、努力を重ねた結果であろう。この事実一つを取ってみても、まさに「Show must go on」のために他ならない。
昨年、ある雑誌に、彼の個性は「愁い」と「翳り」にその真骨頂がある、という内容の記事を書いた。その感覚は今も変わっていないが、今回の舞台を観ていて、ふとある歴史上の人物に似た感覚を覚えた。誰もが知っているが実像は観たことがない、悲劇的な歴史のヒーロー「源義経」である。「義経」は同じジャニーズ事務所の滝沢秀明が演じているが、どちらが良い悪いという比較検討の問題ではない。堂本光一が感じさせるものは大袈裟に言えば、悲劇的な「運命」とも「陰」とも言えるべきものを身にまとっているものの魅力だ。ある場面では、京都の五条橋で弁慶を相手に軽々と立ち回った白皙の美少年の面差しを感じさせる。その一方では、来るべき悲劇の予感をまといながらも果敢に運命に立ち向かう武将としての義経の側面をも見せる。義経の短い生涯の中でもいろいろな顔があるわけで、我々が「伝説」として知っている幾つかの顔、場面が今回の舞台から感じ取れた。悲運の武将と堂本光一の姿を重ね合わせることがどういう意味を持つのか、それが意識的に行われているものなのか無意識に彼が醸し出すものなのかはわからない。ただ、それが変にギラギラと男くさくならない「淡さ」とでも言うべき二面性が、彼の魅力であるのかも知れない。
さまざまなイリュージョンやフライング、和太鼓の演奏、シェイクスピアの「ハムレット」や「ロミオとジュリエット」の一場面など、観客をいかに多くの方法で楽しませるか、という舞台の創り方は、今までにも何度か書いて来たがショーマン・シップを知りつくしたジャニー喜多川の薫陶によるものだろう。今、景気の悪化と共に演劇界も厳しい状況に置かれている。その中で、劇場にいる数時間、いかに観客を満足させるかという、一番シンプルで重要なところに力点を置いた舞台には、それなりの価値がある。ジャニーズのファンに熱狂的な人々が多いとは言え、「満足」が得られなければ次へはつながらないだろう。そのために努力を惜しまないカンパニーの姿が観客に響き、それが11年続いている原因の一つである。
先輩に当たる少年隊の植草克秀が劇場のオーナー役で出演し、後輩の屋良朝幸がライバルで出演している。先輩を立てながら同時に後輩を育てて行くという器量は、立派な座長である。「Endless」と銘を打っている以上、まだしばらくはこうした公演形態は続くのだろう。その中でどう次の年へ脱皮を繰り返してゆくのか、そこに興味がある。

「慙紅葉汗顔見勢」 2010.01 新橋演舞場
昭和五十四年に、市川猿之助がこの芝居を復活した折に、一人で十役を早替わりで演じ、しかも宙乗りまであるというので大きな話題になった。実際に舞台を観て、それまで観ていた日本の伝統芸能の一つの殻を破ったような衝撃を受けたのを今でもはっきり覚えている。残念なことに病に倒れた猿之助が、この十八番を市川海老蔵に譲り、新橋演舞場の花形歌舞伎で、猿之助に負けず劣らずの奮闘を見せている。
市川海老蔵という役者を観ていて、ここしばらくの間に、大きな変化を遂げたように感じる。歌舞伎の宗家としての市川家の次の世代を担うべき者としての大きな自覚と厳しい覚悟、それが感じられるようになった。このことは他の芝居でも書いたが、それがどんどん顕著になっている。この公演にしても、猿之助一門を束ねる市川右近や中村獅童、それに市川海老蔵というメンバーで、本来であれば「無人芝居」と言われても仕方がない。しかし、観客は大入りで、若いエネルギーが横溢する歌舞伎を楽しんでいる。市川海老蔵という役者が放つカリスマ性に他ならないだろう。
この芝居は、「伽羅先代萩」のお家騒動を核として、そこに累と与右衛門、土手の道哲など、他の芝居でもお馴染みの役が登場する。海老蔵は立役の人であり、十役の中には政岡や累などの女形が精いっぱい取り組んでも難しい役も多い。そうした役の一つ一つの細かな点を取り上げて行けば、食い足りない部分は確かに多い。その一方で、政岡などは想像していたよりも良い出来であった、という意外性もあった。また、仁木弾正の宙乗りでの引っ込みには迫力が感じられた。若いながらも、久し振りに仁木弾正を演じられる役者が出た、という想いもある。
演技術、という観点で考えれば、同世代の役者でも海老蔵よりも技巧的に優れた役者は他にもいる。それが全般的ではなくとも、役によっては明らかに差違を感じる役者もいる。しかし、そうしたものを超えてしまう「空気」を、海老蔵が身にまとっていることは否定できない事実でもある。この稿を書きながら、今の団十郎が襲名した時の歌舞伎座のことを想い出している。団十郎も、若い頃からさんざん科白の難を指摘された役者だった。同世代の亡くなった辰之助の歯切れの良さなどと比較されもした。しかし、団十郎襲名披露の折に演じた「助六」で、花道から出て傘を広げた瞬間に、歌舞伎座の空気がぱっと華やぎ、明るくなったような気分になったのを鮮明に覚えている。俗に、「華のある役者」と言うが、団十郎の「助六」にそれを感じた。同様のことが、今の海老蔵にも言えるのだ。科白も決して巧みとは言えないし、まだまだ勉強の余地がある。しかし、身にまとっている「華」は確実に父譲りのもので、もっと言えば、「市川団十郎家」に伝わる空気とも言えるかも知れない。
彼が、何をきっかけに本気で歌舞伎に取り組もうと考えたのか、私は知らない。しかし、今月の舞台では明らかに彼が「歌舞伎」という巨大なエネルギーを持った芝居と格闘し、闘っている姿があった。それは、この芝居が肉体的、時間的に膨大なエネルギーを必要とするものだから、という意味ではない。彼が、歌舞伎役者として先輩の歌舞伎を引き受け、それにまさに「体当たり」でぶつかっている姿に共感を覚えたのである。それぞれの役の巧拙や性根の捉え方を批評する方法もあるが、この芝居に関して言えば、それはあまり意味をなさない。むしろ、一本の芝居に彼がどういう姿勢で取り組み、それがどこで見て取れるか、の方が重要であろう。そういう意味では、市川海老蔵が歌舞伎に対して大きく踏み出したここしばらくの舞台の中では一つの象徴とも言えるべき舞台であったことは間違いない。今後の歌舞伎を牽引していく世代の役者の一人として、彼がこれからどういう仕事を成して行くのか、そこに興味がある。

やみ夜 2010.01 シアターχ
聴きなれないタイトルだが、樋口一葉の作品だ。しかし、「たけくらべ」や「にごりえ」、「十三夜」のように、我々が一般教養として抱いている樋口一葉の清楚で可憐な世界を期待して劇場へ出かけると、おそらく度肝を抜かれるだろう。この作品には毒がある。タイトルの「やみ夜」に象徴されるような毒だ。しかし、その毒は「美毒」とも言えるもので、美しい明治の文体で綴られると、白昼の光の中で咲く花のような輝きを見せる。この作品を二十三歳で発表していたことにまず驚かされる。明治の人々がいかに大人であり、情報にまみれた現代を生きる我々がいかに表層的で幼稚なものしか持ち合わせていないかを、突きつけられた想いである。明治時代から見れば、新宿だの渋谷のように二十四時間人通りが絶えず電気の消えない街などは想像もつかず、また、我々から見れば、明治の夜はまさに「やみ夜」であろう。しかし、回りが暗いからこそ、かそけき灯りが美しく見えるのだ、ということを我々は忘れている。この舞台を観て、そんな印象を抱いた。
ドイツで活躍中の演出家・渡邊和子の熱望により、この作品が上演されたと聴いたが、出演者はわずかに四人。芝居も一時間半に満たない、いわば小品である。しかし、実を言えば登場人物は少なければ少ないほど、上演時間は短いほど難しいものだ。役者も演出家も、逃げ場がないからだ。横山通乃、塩野谷正幸、重田千穂子、三宅右矩と、大ベテランから20代までの四人が演じる世界は、美しくもおどろおどろしい。零落して逼塞している美しい女性・お蘭と、彼女に仕える佐助、おそよ。そこに直次郎という青年が交通事故に遭い、助けられて運び込まれて来る。お蘭の屋敷にいついた直次郎はその気高き美貌に憧れるのだが、何とお蘭は、直次郎をテロリストにしてしまう…こういう作品が、明治期に、樋口一葉の手によって描かれていたのが面白い。現実に疲れ、その中でも創作活動に専念した一葉の、「見果てぬ夢」だったのだろうか。
舞台には残念な点がいくつかある。幕が開いてから30分近く、舞台には必要以外はわずかな灯りしか差さない。時として役者の顔も判別しがたいほどで、これはいかにも勿体ない。闇夜であればこそ、白昼の眩しいような光の中で繰り広げられ、暴かれる人の心のドラマを観たかった。そこにこそ、「暗く深い闇」が口を開けているはずだ。また、幕切れに現代へ結びつけるために、映像が挟まれる。ここで舞台が十分近く伸びてしまうが、この場面はなくもがな、で、もっと象徴的に終わらせることもできるし、工夫の余地は充分にあるところだ。最近、こうした現代的な映像を使う舞台が割に多いが、私はこの手法は採らない。なぜなら、劇場を一歩出れば、どこにも溢れかえっている「日常」だからだ。せっかく明治の「非日常」の世界へタイム・スリップさせてくれたのであれば、そのままの余韻を味わいたかった。
この舞台で一番成功だったのは、おかしな「脚色」をせずに、原文を尊重し、あくまでも「構成」としたところだろう。それによって、役者が発する明治の文体の美しさが生きた。これは成功である。特に、横山通乃の朗唱術の美しさには驚いた。江戸でも大正でもなく、明らかに「明治の言葉」である。一葉の文章が持つ骨太な美しさ、とでも言うべきものがくっきりと描き出せた。巷で流行っている陳腐な朗読劇など、どこかへ飛んでしまうほどの技術だ。他の三人と比べても、明らかに群を抜いている。役者の教養というのであろう。その中で、一瞬伝法な口調に切り替わるところも見事だった。役者が科白を朗唱する、ということの大事さを、演じる方はもとより観客も疎かにしがちな時代にあって、これは評価すべきことだ。もう一つは、衣裳と装置の工夫が活きている。小劇場の芝居にありがちな、発想だけで実が伴わない貧相なものではなく、奇抜な発想がキチンと活きている。
流山児★事務所の塩野谷正幸、テアトルエコーの重田千穂子、和泉流狂言師の三宅右矩という個性的なメンバーを集めたのも面白い。所属や携わっている分野など、どこにも共通点のない役者達だが、強いて言えば役者としての体臭に共通点があると言えるだろう。それぞれの世代でアヴァンギャルドを生きている役者を選んで来たかのような印象を受けた。塩野谷には安定感があり、重田には突飛な部分がある。そういう個性で言えば、若い三宅が一番おとなしく、まともに見えるのも面白い。
勝手なことを言えば、芝居は荒唐無稽の一言に尽きる。一方、小説は「文学」だ。その二つの間を漂っているのがこの作品のような気がする。どちらか一方に偏ることなく、二つの交差するテリトリーを往来するところに、この舞台の面白さがあるのだろう。今まで、シアターχではあまりよその劇場では取り上げない芝居を演じて来た。その分、当たりはずれも大きかったが、今回の舞台は「当たり」に属すると言えよう。

新橋演舞場初春花形歌舞伎 昼の部 2010.01 新橋演舞場
今年の四月に改築のため閉館が決まっている歌舞伎座とそろってお正月に歌舞伎の幕が開き、賑やかなことだ。こちらは海老蔵、右近、獅童などの若手を中心にした花形歌舞伎。別れを惜しむ歌舞伎座に負けないぐらいの大入りである。昼の部は「寿曽我対面」「黒塚」「春興鏡獅子」と三本が並ぶ。「黒塚」と「鏡獅子」の二本が共に長唄の舞踊で、いささか狂言が「つく」嫌いはあるものの、若い才能が奮闘している。
「寿曽我対面」。今まで、昭和の名優をはじめ幾多の大幹部たちが演じて来た舞台を想うと、舞台に隙間風が吹くように感じるが、過去のものばかりを追っていても仕方があるまい。現に、今この舞台で演じている若い役者たちが、今後の歌舞伎を担っていくのである。それを、芸歴何十年というベテランと比較をして、細かいことをあげつらってもさして意味はないだろう。もちろん、大先輩が工夫を重ねて今まで築いて来た芸を学ぶ必要は絶対にある。その上で、市川猿之助一門が多いこの一座で、これからの歌舞伎をどう考えるのか、彼らの視点でどう創って行くのか、そこにこの花形歌舞伎の若い一座の意味があるのだろう。工藤祐経は右近。科白がいささか籠もり気味に聞こえるのが難点である。口跡は悪くないし、メンバーの中では適役なのだから、それを活かした方が良かっただろう。獅童の曽我五郎、役の勢いは買うが、そこの部分だけが先行気味で、見得の形が綺麗に決まらないことや、科白が聞き取りにくいところがある。こうした問題を、一つずつクリアしてゆくことが今後の課題だろう。笑也の曽我十郎は、女形の部分が勝ちすぎてしまい、もう少しきっぱりしたところが欲しい。猿弥の小林朝比奈が、仁に合っている。お正月にはつき物のめでたい芝居で昼の幕開きは悪くない。
「黒塚」。右近が初役で勤める師匠・猿之助の十八番である。猿之助が病に倒れて以来、観ることができなかったものだけに、愛弟子の右近が猿之助の当たり役をどう継承するか、興味のあるところだ。結果を先に言えば、初役ながら上々の出来である。「猿之助写し」とでも言おうか、相当細かい部分まで猿之助の風を漂わせており、この演目に賭けている意気込みがよくわかる。歌舞伎の世界では、先輩に教えてもらった芝居は、まずはその通りに演じ、次回からは自分なりの工夫を加えるのが礼儀という習慣がある。そういう意味では、猿之助の芸の多くを引き継ごうという意志が良く現われた「黒塚」だった。ただ、難を言えば、張り切りすぎて元気一杯のあまり、時として「老女岩手」から離れてしまい、「男」になってしまう部分が散見できた。これは、今後の課題だろう。身体が良く動くので迫力があるが、その分、抑制と躍動のメリハリをもっときちんと付ければ、さらに良いものになっただろう。師匠から弟子へ、こうした形で名作が継承され、やがて右近が自分なりの「黒塚」を創り上げる日が来るだろう。そのスタートラインとして、という意味ではまずまずだった。
市川海老蔵の「春興鏡獅子」。私が思うには、この舞踊の眼目は、勇壮な獅子の後ジテよりも、小姓弥生で踊る前ジテの方が遥かに難しい。そこに一抹の不安はあったが、予想していたよりも良い出来だった。体格が良いだけに女形はいささか、とも思ったが、時折振りが大ぶりになる他は、これと言った傷もなく演じおおせた。二枚扇のくだりなども、扇の扱いに変に気を取られずに、さらりと見せるのが良い。後ジテの獅子の精の迫力は、まさに海老蔵の面目躍如と言ったところで、華麗で勇壮な獅子の踊りを見せる。獅子の毛を振る所作や舞台を大きく使って踊る獅子の精に、満場は喝采である。ずいぶん前に、父の市川団十郎が踊った「鏡獅子」を想い出した。
私が、今回の舞台で感じたのは、市川海老蔵の「覚悟」である。夜の部では、市川猿之助の当たり役で人気狂言の「伊達の十役」を演じている。こちらはまだ観ていないので批評はできないものの、市川猿之助一門と一緒に一カ月興行の幕を開け、自らがリーダーシップを取って今までにないものに挑戦して行こうという意気込みに、彼が今後歌舞伎とどう対峙してゆくのか、という決意と覚悟を観た想いである。芝居の細かな点をあげつらえば、まだまだ足りない部分はある。それは先の右近と同じことで、これから自分が勉強をし、身につけてゆけば良いだけの話だ。
昨年の七月の歌舞伎座で、玉三郎と共に猿之助一門との奮闘公演を行ったが、彼が歌舞伎の宗家・市川団十郎家の後を継ぐ役者として、真剣に歌舞伎と対峙し、考えていることがその公演でもわかった。もちろん、いくら海老蔵が覚悟を決めたところで歌舞伎は一人ではできるものではない。しかし、今の海老蔵には同世代で切磋琢磨できる染五郎や愛之助、孝太郎や菊之助などの好敵手があちこちにいる。それに加えて、父の団十郎をはじめ、幸四郎、菊五郎、仁左衛門、勘三郎など、彼がこれから演じるであろう役を演じて来た先輩達も健在で現在の歌舞伎界を懸命に牽引している。そういう意味では、今が、またとない修行のチャンスだ。この機会を活かして、次の世代の歌舞伎を牽引するメンバーとしての活躍を期待したい。

細雪 2010.01 明治座
谷崎潤一郎の名作「細雪」。大阪・船場の旧家の四姉妹を中心に絢爛豪華に、また時代の変わり目と共に描いた名作は、舞台化されて四十四年になる。今回で三十二回目の公演となり、その間にキャストを何回も変えながら、上演回数が千三百回に達するという。和物の大劇場演劇の作品で、こういう上演の形態を続けている作品も珍しいとも言えるだろう。「放浪記」の森光子のように、単独主演という形ではなく、ある時期が来るとメインの四姉妹を変えて新たなキャスティングで上演をする。顔ぶれが変わらないことに安心感を覚える芝居もあれば、顔ぶれが変わり新鮮な感覚で観られる芝居もある、ということだ。
今回四姉妹を演じるのは高橋惠子、賀来千賀子、紺野美沙子、藤谷美紀。この顔ぶれでの上演は今回が初めてとなる。私がこの芝居を初めて観たのは昭和五十九年の東京宝塚劇場で、四姉妹は淡島千景、新珠三千代、多岐川裕美、桜田淳子だった。それから二十六年の間に、十一組の四姉妹がこの芝居を演じている。煩雑になるのでそのメンバーを列挙することはしないが、東宝が生み出した芝居のうち、立派な古典の一つになったと言えよう。
昭和十二年から十四年にかけて、江戸時代から続く大阪・船場の木綿問屋・蒔岡商店の没落と変遷を描いたこの芝居、どこかチェーホフの「桜の園」を思わせる。原作者の谷崎の頭の中に「桜の園」があったかどうか知らないが、芝居の重要なモチーフとなるのも大きな桜である。もっとも、谷崎がそんな短絡的な発想でこの作品を書いたとは思えない。昔から歌舞伎とシェイクスピアが対比されるように、そうしたものが「作家の運命」の中にはあるのかも知れない。
この芝居を観るたびに感じるのは、四姉妹が実に巧みに描き分けられていることだ。時代遅れと言われようが船場の旧家の誇りを第一に生きる長女の鶴子、一番バランスが取れている次女の幸子、いかにも旧家のお嬢様育ちの雪子、末っ子でおちゃっぴいの妙子。この四人がそれぞれに問題を抱え、繰り広げていくある意味大時代なホームドラマは、今はもう壊滅状態に近い「家制度」がまだ厳然と残っていた時代のものである。それを、単に「古き良き時代」であるとひとくくりにすることはできないものの、こういう時代の感覚が、かつての日本に存在していたことを考えると、わずか七十年という時間の中での日本のいろいろな意味での劇的な変化を感じざるを得ない。この芝居が指示され続けているのは、実際の体験は持たないまでも、そうした時代に対する観客のノスタルジックな想いの一部や、緩やかに時間が流れていた時代への憧れなどの感情がないまぜになって投影されているからではないだろうか。
この芝居の見せ場は、美女の四姉妹が見せる豪華な衣装である。今は、和服の展示会でもなければ目にすることのできない美しく、品のある和服姿は、観客のどよめきを誘う。美女がまさに「妍を競う」ばかりの艶やかさは、この芝居の大きな見どころだ。特に幕切れ、満開の桜の中、晴れ着を着て歩く四人の姿には観客からため息がもれていた。いかにも「お芝居を観た」という気にさせる豪華さである。ただ、気になったのは舞台装置の重厚感がいささか薄れて来て、船場の旧家の古色蒼然とした味わいや芦屋の邸宅の重厚感が今一つ伝わって来ないこと、もう一つは、戦前の船場の言葉とは思えない、現代の言葉で話している役者がいたことだ。テレビの時代劇などでも、目を閉じて聴いていると全く現代の科白に聞こえることがしばしばあるが、個々の役者の科白の調子や時代色がだんだん希薄になっているのは否めない。
今回が四回目となる鶴子の高橋惠子が、古臭く、誇り高い船場の御寮人を、わざとらしくなる手前でキチンと止めて演じている。蒔岡家という旧家の象徴の一つでもある桜の大木と鶴子自身が重なるような印象を与えた。今回が五回目となる三女の紺野美沙子が次いでいい。役の雰囲気に合ったおっとりした空気を身にまとっているのが良い。四女の妙子に恋焦がれる「啓ぼん」の太川陽介、啓ぼんの元の使用人の板倉の新藤栄作、この二人はここ十年ほど変わっていないが、すっかり役のイメージを作り上げた。橋爪淳の品の良さもこの作品に良くなじんでいる。新陳代謝する女優と固定化する男優、どちらの方法がより適切なのか、は観客の判断だろう。
時代の変遷のスピードが異常に早い中で、変わらないものもあれば、やむを得ず変わるものもある。変わるものに対しては懐古や想い出が美しくつきまとっている。「細雪」は決して単なる懐古趣味によるものではなく、原作にどっしりと描かれている「時代に遅れながらも生きている人々」の姿がある。だからこそ、半世紀に近い間繰り返し上演されるのだろう。作品の魅力、というものを改めて感じさせる芝居である。

フロスト/ニクソン 2009.11 銀河劇場
実在の人物や事件を舞台化することの難しさは今までに多くの芝居が語っている。ウォーターゲート事件でアメリカ大統領の辞任を余儀なくされたニクソンに対し、その真実はどこにあったのかを執拗に追求していくインタビュアー。日本ではお目にかかれない光景だが、海外のこうしたインタビューの追及にはすさまじいものを感じることがある。ニクソンやフロストが実際の人物に似ているかどうか、よりも、この芝居では二人の駆け引きがどう観客に伝えられるか、そこが肝になるだろう。
インタビュアーのフロストに仲村トオル。ニクソンに北大路欣也。舞台では「異色」とも言える組み合わせのようだが、今回はこの二人で面白い化学反応を起こしたとも言える。膨大な科白のやり取りで、お互いがグイグイと引っ張りっこをしてゆく芝居の醍醐味がある。休憩なしで1時間50分のうち、前半は脚本がいささか冗長な感覚があるが、後半に二人のインタビューになると、芝居の持つエネルギーが膨らんでゆくのが良くわかる。
仲村トオルという役者。テレビや映画では人気の顔だが、正直なところ、舞台の芝居は特筆するほどに巧みだとは思えない。時として科白が一本調子になる部分もあるし、役の「肚」が浅い部分は否定できない。しかし、不思議なことに、芝居を観ているうちに、いつの間にか仲村トオルの世界に引き込まれている自分がそこにいる。これは、彼の個性が持っている魅力だろう。もっと舞台での芝居を鍛え、個性にテクニックが加われば、良い舞台役者になるだろう。
対する北大路欣也のニクソン。フロストが繰り出す追求の矛先をかわし、のらりくらりと交わす老獪な政治家のさまが見事なものだ。北大路欣也と言えば「時代劇の大御所」というイメージがあるが、新しい境地の発見だ。年齢に関係のない役者の挑戦が刺激的な舞台を生んだ一例である。今の時期にこうした翻訳劇に出会うというのは、役者としてのある種の運命かもしれない。「時代劇の役者」としてしか観ていなかったプロデューサーの側にも責任はあるが、よくこの膨大な科白劇に挑戦をしたものだ、と感嘆した。
仲村トオルと北大路欣也のやり取りを観ていて感じたことがある。海外の芝居でありながら日本の歌舞伎などに象徴される「肚芸」だ。例えていわば、「忠臣蔵」で、真正面から切り込んで来る一本気な仲村トオルが浅野内匠守、それを泰然自若と腹で受ける北大路欣也が吉良上野介、という図式である。もちろんそっくりそのままあてはまるものではないが、いわゆる「新劇」と呼ばれる分野の芝居において、そうした感覚を覚えるのは面白いことだ。それほどに二人のやり取りが緊密な、切迫したものであった、ということだ。もっとも、この勝負は北大路の横綱相撲で、ストーリーはともかくも演技術という点で言えば、北大路に軍配が上がった。年功を積んだ役者の芸が光芒を放つのはこういう時だ。その重さや貫録、間など、記録にならないものが「芸」なのだと、改めて感じる。
ただ、1時間50分の芝居の中でこの盛り上がりに達するまでの運びに、いささかもどかしいものを感じる。上演台本と演出を受け持った鈴木勝秀に一考を促したいところだ。客席のライトを切り替えることで、観客の意識を変える演出方法は面白いものの、時にそれを「うるさい」と思う瞬間がある。
二人を囲む役者に佐藤アツヒロ、安原義人、谷田歩ら。佐藤アツヒロが芝居の進行係とも言うべき役どころである。ジャニーズ事務所の中に舞台で活躍する人は多いが、彼の舞台に対する視線には独特のものを感じる。安原義人はコメディの老舗、テアトル・エコーで長年鍛えられた安心感がある。
テレビでは見られる顔合わせでも、それを生の舞台で観る、ということ。また、新たな作品を生み出す力。芝居が持っている面白さはここにある。昨今、不況が長引き、芝居どころではない、という声もあるが、こういう時代にこそ良い芝居を観たいものだ。今回の舞台は、家に寝転がってくだらない芸能人の馬鹿笑いを観ているよりも遥かに価値がある。舞台との出会いは一瞬だが、想い出は何十年と持つものだ。そこに、チケット代金の価値もあるのだ、と言えよう。
アメリカなら「フロスト/ニクソン」だが、宮内庁を恫喝した傍若無人極まりない小沢一郎と、法律で制度化する前に日本で最初に「お母様から子ども手当」を受給していた鳩山総理大臣辺りを主人公にした芝居を創るぐらいの勢いが日本の芝居にも欲しいものだ。もっとも、それでは茶番にしかなるまいが。

加藤健一事務所が30周年記念公演の一環として、マキノノゾミの「高き彼物」を上演している。カトケンにしては珍しい脚本を選んだものだと思う。過去に繰り返し上演し、高い評価を得ている作品はいくつもあるが、30周年の記念公演では過去に好評だった作品を演じるのではなく、新作を立て続けに上演するのだと言う。カトケンの30年は、まだ過去を振り返るものではなく、今後の疾走に向かっての通過点である、という意味なのだろう。
昭和53年の静岡を舞台に、一軒の家で繰り広げられる家族のドラマ、と言ってしまえば簡単だが、ディテールに作者のこだわりを見せながら、大詰めに向かって舞台を盛り上げ、収斂させてゆくマキノノゾミの脚本は緻密である。一幕65分、二幕65分という上演時間のバランスも悪くないが、一本の芝居の中に重い場面、明るい場面を巧みに取り交ぜて、ドラマは進んでゆく。いささか偶然のこじつけが目につくところもあるが、相対的には家族のありように幾つもの方向からライトを浴びせ、登場人物の姿を炙り出して行く。
加藤健一を中心に、小泉今日子、滝田裕介という個性的なメンバーでの舞台、今まで好んで取り上げて来たスピーディなコメディとは趣を異にしている。そうした芝居だけが加藤健一の本領ではないことは、今までの活動を観ていてもわかる。彼の舞台を観ていていつもながらに感心するのは、面白い脚本を見つける才能と、その配役の妙だ。七人の登場人物に多少のでこぼこはあるものの、安心して観られる役者をきちんと押さえているところはたいしたものだ。
本多劇場の舞台に、静岡の昭和の家の立派なセットを組んだのは見事だ。どっしりした地方の家に漂う昭和の空気感、とでもいうものが漂っている。今の時代に誰もが懐かしむ昭和の一家庭の姿がそこに見える。しかし、それは単なるホームドラマではなく、懊悩や暖かい無視、想いやりに囲まれた家族の姿なのである。加藤健一の元教師の役は、一見フラフラしているようでも、その奥底に心のわだかまりを抱え、日々の暮らしの中に時折見せる懊悩が面白い。小泉今日子の教師、彼女の芝居を観ていて「凛烈」という言葉が思い浮かんだ。きっぱりとした科白の調子、すっとまっすぐに伸びた背筋。このところ小劇場での舞台を何本か観たが、だんだん舞台の調子をつかんで来たような印象がある。ベテランの滝田裕介が、何とも言えないゆったりした芝居で、自分のペースで芝居をしながらも、芝居の中でキチンと自分の役割を果たしている。こういうベテランの味は捨てがたいものだ。何でもない芝居で幕を切るのだが、そこに別段力が入っているわけでもなく、ごく自然体で芝居を見せる。こういうことは、十年二十年の修行でできる芝居ではない。今回の舞台で殊勲賞を出すとすれば、警官の役を演じた石坂史朗だろう。扉座出身の役者で、今までにも加藤健一の芝居には何度か出演しているが、静岡ののんびりした、それでいて人間関係の濃い町と時代を表現する良いアクセントになっている。狂言回し的な役どころを、見事に演じた。何よりも、科白に昭和の時代感覚が生きているのが嬉しい。
さて、この芝居のタイトル「高き彼物」という耳慣れない言葉だが、この言葉は短歌の一節である。芝居の中で、結局「高き彼物」が何であるか、という結論は提示されない。その言葉を受け取る登場人物がそれなりに考え、それでもわからないままに終わる。乱暴な言い方をすれば、舞台の一人一人の考え方が「高き彼物」であるとも言えるし、観客に「高き彼物」とは何か、それを持って帰って考えてもらいたい、というものでもある。とは言え、芝居を観た後で家に帰り、その言葉の意味を調べる必要はない、と私は思う。「高き彼物」という言葉が、「語感」として観客の耳に残り、頭の片隅に残れば、そこであえて結論を出す必要はないのだ、と思う。「高き彼物」という言葉に想いを馳せ、時折想い出せばそれで良いのだ。現に、作者も出演者もこの言葉に対する感覚は違っているはずだ。芝居にはいろいろなパターンがあり、みんなが同じ結論を出す必要はない。とは言え、私が批評家として一つの結論を出すのであれば、この言葉は、最終的には「これだ」という正解を見つけることがかなわぬ「人間の生き方」であるのではなかろうか。人間がその生を全うする数十年の間に、自分が疑問に思っていることのすべてに対して明確な結果が出ることなどはあり得ない。自分なりの「高き彼物」とは何か、ということを考えながら日々を暮らしてゆく、その生きようそれ自身が「高き彼物」と言えるのではないか。

市村正親のテヴィエが今回でもう三回目になるという。森繁久彌が初演し、上條恒彦、西田敏行と受け継がれてきたこの役が、市村正親のテヴィエで「平成の屋根の上のヴァイオリン弾き」になった。今の観客には信じられないだろうが、この芝居、1967年の初演の折には後のブームを予想するべくもないほどの不入りだったのだ。私は初演を観ていないが、想像するに、こうした民族や信仰を根に据えたテーマのミュージカルが、まだ日本の観客に受け入れられる土壌ができていない時代だったのであろう。今でこそ、「レ・ミゼラブル」のようなミュージカルも何の違和感もなく受け入れられる時代だが、ここへ来るまでに40年以上の時間がかかり、また、最初にこうした作品を日本に持って来た菊田一夫、という劇作家であり東宝の重役の名プロデューサーの慧眼があったことが、今のミュージカル全盛の水脈になっているのだ。
我々日本人には、「民族の迫害」という感覚が理解しにくい。宗教に根差した生活も同様である。しかし、ユダヤ人は、そうした歴史の中で長い歴史を生きて来た。ロシアの寒村・アナテフカに住む貧乏だが人の良い牛乳屋・テヴィエ。五人の娘を抱えて、日々の暮らしに追われる中、それでも小さな日々の幸せに包まれ、家族の愛情に包まれて生きている。それが、やがてアナテフカを追われるまでを描いたミュージカルである。「人生に乾杯」「金持ちなら」「サンライズ・サンセット」などのミュージカル・ナンバーが優れているのは言うまでもないが、愛情に溢れた作品が、多くの観客の支持を集めている理由の一つだろう。
市村テヴィエは、一言で言えば「フレンドリー」なテヴィエだ。森繁久彌や上條恒彦のそれが、日本の家父長制度の中で生きる父親の姿を炙り出したものだったが、市村正親はそれよりも近寄りやすい雰囲気を持っている。それが、時として軽く見える嫌いがあるが、それは、この芝居が日本で生きるための宿命でもあるのだ。というのは、この重いテーマの芝居を日本人の観客に身近なものにするために、今までに演じた役者たちが、観客の理解のためにあえて役を軽く演じようとして来た歴史がある。その流れの中で、市村正親が役を創った上の結果だろう。それが正しいことであるかどうか、は非常に解釈が難しいところだ。ただ、森繁が演じていた頃よりもずいぶんアドリブめいた科白がなくなり、芝居のテンポアップがなされていたのは評価できる。
テヴィエの妻・ゴールデを演じるのは鳳蘭。この女優が今までこの役を演じていなかったのが不思議なほどである。今までのゴールデの中で、私が一番すぐれていると感じたのは淀かおるだったが、同じ宝塚の後輩が演じる鳳蘭のゴールデは、淀のそれを彷彿とさせる立派な「おかみさん」だ。明るくってしっかりしていて、しかもテヴィエに全幅の信頼を寄せている。特に感心したのは、大詰め、アナテフカを追い立てられ、アメリカへ渡る準備をしている一家。立ち去る家をいつまでも掃除し続けているゴールデを催促するテヴィエに、「汚くしたままで出て行きたくないもの!」という科白をぶつける。この一言に、ゴールデという女性がこの寒村で生きて来た半生が込められているような想いを感じ、胸が締め付けられた。さすが、である。時として太陽のように明るく、娘を叱る時は叱るが、立派な「おっかさん」である。何よりも、貧乏を恥じることなく、テヴィエと共に堂々と生きている姿が良い。昔はこういう人が町に普通にいたものだ。
この二人の夫婦は見事なコンビだが、他の役にはいささかの不満がある。貴城けいのツアィテル、笹本怜奈のホールデ、平田愛咲のチャヴァ。この三人の娘の個性が際立たないので、一緒に見えてしまう。本来は性格が描き分けられているのだから、そこをきちんと演じなくては意味がないだろう。また、舞台全体に感じられたのが、「民族」「信仰」といった、ユダヤ人の生きる「誇り」とも言うべきものが希薄だった点だ。科白の中では繰り返し登場するテーマなのだが、形で見せられないものだけにどう表現するかが難しい。しかし、その感覚が「何となく」でも良いから観客に感じられるかどうかで、この芝居が持っている厚みが全然違って来るのだ。そこが今後の問題だろう。
この芝居を貫く大きなテーマの一つの「伝統」−芝居の中では「しきたり」と呼んでいる−がある。古き伝統の中で、それをよすがに生きて来た人々が、新しく入って来た思想の中で古き伝統を打ち破って新しい世界へ旅立つ芝居でもある。その感覚で言えば、今回の平成版の「屋根の上のヴァイオリン弾き」も今までの先輩たちが創ってきた「伝統」から抜け出し、新しい二十一世紀の思想や感覚を盛り込んだものなのだろう。これは悪いことではない。一つの芝居を長い間演じるには、そうした「洗い直し」は必要な作業だ。しかし、それはよほど慎重にやらなければ、単に「軽い」で片づけられてしまう恐れがある。一つ感じたのは、以前の上演の折に比べて随分科白が変わっているのに、訳者が「倉橋健」としか記されていないことだ。新たに翻訳に手を加えたのであればその人の名を記さないと、両方に対して失礼に当たるだろう。細かいことだが、ここをキチンとしておかないと、「平成版」の新しい「屋根の上のヴァイオリン弾き」の土台が固まらない。今後の上演のために、あえて書いておく。

舞台には落語の高座がしつらえてある。「正札附」の出囃子が聞こえてくる。昭和の名人・三遊亭圓生の出囃子だ。生で聴くのは三十年以上前の高座以来だ、と思いながら観ていると、大滝秀治が羽織袴で登場した。顔立ちは亡くなった春風亭柳昇を思わせる。何となく、こうした噺家がいたような気になる。こうして別役実作、大滝秀治主演の「らくだ」の幕が開いた。
ご存じない方のために少し注釈をすると、「らくだ」とは落語の演目である。傍若無人で嫌われ者の「らくだ」という仇名の男がふぐに当たって死ぬ。そこへ通り合わせた人のいい屑屋を巻き込んで、「らくだ」の兄貴分と称する男と長屋で騒動を繰り広げる、という噺だ。ここまで書いていて思ったのだが、落語の粗筋を書くほどばかばかしい話はない。
この噺を下敷きにして、別役実の世界観が広がる。題材は落語の古典名作であっても、それが別役の手にかかると、まったく違った、まさに「世界観」が広がるものだ。つまり、いつもの別役作品のように、登場人物に固有名詞はなく、「男1」とか「女2」としてあるだけだ。落語の世界の話だ、普通であれば「熊さん」だの「馬の奴」、「長屋の大家さん」となるところを、あえて自分の世界観の中で展開する別役の筆は冴えている。面白かったのは、「らくだ」という男がふぐに当たって死んだという事実を、「政治的な事件」にしてしまうことだ。単にふぐに当たって死んだのではなく、そこには別の人物の思惑が介在していた。これは、完全に落語から離れている。その離れ方が、ある意味で新鮮であり、この感覚こそが、別役実という劇作家の真骨頂なのだ、と思う。「ええじゃないか」も登場することから、幕末とおぼしき時代を想定して書いているのだろうが、時代も場所も特定はしない。別役作品においては、そうしたことはたいした意味を持たないからだ。そして、別役作品には象徴的なシンボルである「街灯」が出てくる。それが時にはベンチであったり、椅子であったりするのだ。これは、単に「らくだ」という古典落語を劇化したものではなく、その設定を借りた別役実の世界なのだ。普通に劇化したのでは、こうはならないだろう。
この作品に臨む大滝秀治、84歳である。民藝の大先輩、瀧澤修や宇野重吉の薫陶を受け、それを体現しながらここまで重ねてきた芝居というものが活きている。芸の伝統は歌舞伎などの古典芸能だけではなく、新劇でも充分に活きている。先人の精神を受け継ぎ、それを自分の中でどう換骨奪胎し、新しい自分の芝居を生み出してゆくか。そこが役者の苦しみどころであり、はまった時の楽しみでもあろう。このところ、小幡欣治作品などで快調なヒットを飛ばし続けている大滝秀治の畢生の当たり役と言っても良い気がする。酒を飲み、酔いを発して「らくだ」の兄貴分に絡んでゆく辺りは、落語と芝居の間を行ったり来たりしているような心地よさがあり、客席の笑いを誘う。人のよさそうな温顔の中に時折見せる硬骨漢ぶりが、別役実の作品とマッチしているのだろう。老境にある作家と役者の、見事な光芒と言えよう。
今回の舞台で二人の役者が眼に残った。まずは、大家のおかみの塩屋洋子。放り投げるような科白の言い方に性根の悪い女のさまが良く見える。良い意味で、昔の新派のわき役の芝居を観るような気がした。もう一人、「らくだ」の兄貴分の和田啓作。姿もそうだが、科白の切れがいい。アクセントや間の問題など、細かいことを言い出せばまだまだ修行の余地ありだが、こういう芝居を演じられる世代が今の民藝にいることが嬉しい。ここが、劇団の強みなのである。
今、劇界にも大きな不況の波が押し寄せている。それだけではない、膨張しすぎたこの世界が、今後どういう形になるのか、不安な要素はたくさんある。誰もがその中で試行錯誤を繰り返している。膨張の果てにくるものは収縮だ。その折に、残る芝居は何か。言うまでもなく「良質の芝居」だ。その時に、バブルに眼もくれずにコツコツ芝居を重ねて来た劇団の強み、というものがわかるのだろう。観客の笑い声がそれを語っていた。

2002年にイギリスで初演され、その後アメリカでトニー賞の栄冠に輝いたイギリスの劇作家、トム・ストッパードの「ユートピア ユートピアの岸へ」三部作が一挙に上演されている。各部が約3時間、休憩時間を含めると、一日で三部を全部観劇しようとすると約10時間30分に及ぶという超大作である。一部の「船出」、二部の「難破」、三部の「漂着」がそれぞれ二幕の構成で、上演時間の長さやキャストの顔ぶれの豪華さが話題になってはいるが、芝居の本質を考えると実に緻密に構築されており、上演時間の長さが苦にならない。
舞台はロシアで幕を開ける。1833年、前近代的な農奴の制度が色濃い世相の中、「革命」に闘志を燃やす若者たちが1861年の農奴解放を経て、1868年までの約35年に及ぶ物語だ。世の中の動きに対して青雲の志を持った若者たちも、それぞれが家庭を持ったり幾多の恋愛を経験したりして、だんだんと「大人」になってゆく。その中で、志を一にしていた仲間の考えも現実の前で微妙な食い違いを見せ始める。世俗の栄光を手にする者もいれば、政治行動に没入する男もいる。作者はそうした人々を細かな場面の連続を重ね、時間を行きつ戻りつし、事実と虚構を混ぜながら構築して見せる。登場人物の中には、我々でも知っているツルゲーネフなどの実在の人物が登場し、主人公のゲルツェンもまた実在の人物である。一人の役者が複数の役を演じているケースもあるので、登場人物は延べにすれば70人を超えるだろう。こうした大人数の処理は、演出家・蜷川幸雄のもっとも得意とするところである。登場人物の衣装を「白」を基調にまとめ、素早い舞台転換で芝居のテンポを作っているところは評価するが、特筆すべき目新しさはない。むしろ、目新しさをあえて求める必要もないだろう。「大がかりな蜷川演出の芝居」という一つのブランドでもあるのだから。
芝居は、阿部寛が演じる思想家・ゲルツェンを中心に展開し、別所哲也の作家・ツルゲーネフ、勝村政信の革命家・バクーニン、石丸幹二の詩人・オガーリョフ、池内博之の文芸批評家・ベリンスキーなどが主な登場人物となる。麻実れい、水野美紀、京野ことみ、佐藤江梨子、とよた真帆、毬谷友子などの女性キャストも多いが、男性が中心の芝居である。この芝居の本質を一言で言えば、「議論」と「対話」の芝居、ということになろうか。そういう意味では、純然たる科白劇で、役と役との対話によって感情の流れや摩擦が起き、ストーリーが展開していく、典型的な「新劇」だ。そうした議論のやり取りが、すとんと観客の心の中に落ちてゆくのが、この芝居が飽きない原因だろう。今どき、「革命」などというものについて、延々と議論をしている芝居を観れば、一歩間違えれば一時間も持たないだろう。しかし、その時代を生きた人々の思想のみならず「気持ち」や「人間くささ」がリアルに伝わって来るから、この長編が飽きないのである。トム・ストッパードが膨大なエネルギーを費やしてこの芝居を書き、世に問う意味、それを考えたい。
主演の阿部寛、最近の仕事ぶりは目覚ましいと思っていたが、この仕事は見事だ。最初に登場した瞬間に、「若き思想家」に見えた。一番の要はここで、どんなに長大な科白を完璧に暗記しようが、その言葉が、「思想家」としての役・ゲルツェンの口から出たものでなくては、観客は納得も共鳴も反発もできまい。歌舞伎などでも「出」の瞬間が大切だと言われるのはそこだ。彼が演じている役に見えてしまえば、後は彼がどう言おうが、その言葉を観客は受け入れる。この最大の難関を突破したことは、きちんと評価してよい。時間を重ねるごとにうまく年を重ねているが、それは厳しい言い方をすれば役の上の工夫であって、最初の「役になる」という大前提が崩れてしまえばこれも徒労に終わる。それが徒労に終わらずに功を奏したのは、最初の科白の若々しさで、外見の問題ではなく彼の役柄を造型して観客に見せたことだろう。以前、「熱海殺人事件」初演の折に「変わったな」と思ったが、この芝居でまた再度彼は「変わった」。今回の稽古では相当に苦労をしただろうが、それは報われるはずだ。ただ、第三部にもう少し悠揚迫らざる感覚が出てくればほしい。物質的なものに恵まれ、常に自分の回りにサロンを築いている中年男性の優雅さが欲しい。それでこそ、若き思想家に突き上げを食う中年の矛盾が漂うというものだ。
瑳川哲朗が第一部で見せたバクーニン家の家長が良かった。いかにも旧弊なロシアの貴族の俗臭をぷんぷん漂わせた芝居、さすがにベテランの味である。こういうことが一朝一夕にはできないところが芝居の面白さである。その夫人である麻実れい。いささか典型にすぎ、むしろ第三部で演じた家庭教師の方がこの女優の魅力が出ている。毬谷友子が第三部で見せた崩れた女の姿が印象的だった。
別所哲也、石丸幹二ら、ゲルツェンを取り巻く人々について言えば、想いのほかの健闘ぶりを見せたのが池内博之の批評家・ベリンスキーだった。貧困の中で、一途に理想に燃える青年のいらいらした行き場のない焦燥感がよく見える。別所哲也のツルゲーネフは、後半になって良くなってきたが、前半の仕事ぶりは特筆すべきことはない。一部では狂言回しのような役どころの勝村政信の革命家・バクーニン、第三部での芝居がいささかあざとく、それまでの努力が帳消しになった感がある。石丸幹二の詩人・オガリョーフも、幕を追うごとに良くなった。銀粉蝶が出番は少ないものの、他の役者に代え難い味を持っていた。
今の日本人が、茶番劇を繰り返している国会の体たらくを観てもわかるように、まともに議論を闘わせる機会がめっきり少なくなった。その背後にあるのはIT社会による人間関係の希薄さなのか、時代に漂う虚無感なのか。今は、自分の意見を堂々と開陳すれば変な眼で見られる時代でもある。しかし、若い時代にそうした議論を交わし、熱く語った人々もやがては中年になる。現実を知り、社会を知り、分別を弁え妙に落ち着き、理想を語ることも少ない。若い頃に夜を徹して議論したことなど想い出の彼方になり、日々の生活に追われている。そうした現状を、若者に「だらしない」と批判をされる。これはおそらく、古代から繰り返されてきたことなのだろう。かつて自分が批判をしてきた人々の年代に差し掛かり、「今の自分はどうなのだ」と、若者に問われ、自分にも問い掛ける。
ゲルツェンが夢見た「ユートピア」は、どこにもなかったのかも知れない。しかし、ユートピアを探す行為だけは、やめてはいけないのではないか。それが、この芝居の一つの本質であるような気がする。折しも、日本という国が政治的にも社会的にも大きな舵を切るタイミングにこの芝居がぶつかったことは、あながち偶然ではないのかも知れない。10時間20分の間に、そんなことも頭の中を居来する一方、この骨太な芝居に関わった多くの人々に賞賛を贈りたい。
※参考までに、今回の舞台のタイムテーブルを記す。
第一部「船出」12:00〜13:15、13:30〜15:00
第二部「難破」13:35〜16:55、17:10〜18:30
第三部「漂着」19:15〜20:30、20:48〜22:20

来年四月で取り壊しが決まっている歌舞伎座としては、最後の七月公演である(これからの公演はすべてそうだが)。七月の歌舞伎座と言えば、猿之助奮闘公演として夏芝居の目玉だったが、玉三郎を中心に猿之助の一門を加えての夏芝居もすっかり定着した感がある。病に倒れた猿之助の一門をまとめて引き受け、次々に大役に抜擢し、自らが一ヶ月の責任興行を行う玉三郎の姿勢には頭が下がる。夜の部は「夏祭浪花鑑」と「天守物語」。玉三郎を座頭に、海老蔵、勘太郎らの若い役者、そして上置きに片岡我當。
上方の芝居である「夏祭」、上演の時期としては最高で、人気の海老蔵がこの伊達男・団七九郎兵衛をどう演じるか、そこがまずは興味の焦点だ。出の瞬間から「目」の効く役者である。特に、大詰めの殺し場、緋の下帯で市蔵の義平次を相手の立ち回りには色気がある。今までに、いろいろな団七九郎兵衛を観たが、イキが良くて身体の線が美しい。これは、初代の尾上辰之助以来だ。他の団七は、すでに中年の体型で身体にセクシーさがなかったが、腹筋が割れているのではないか、というぐらいの海老蔵だからこそ、色気が出る。これでこそ、男伊達の侠客なのだ。ただ、肝心の科白がどうにもならない。「こりゃこれ男の生き面を…」というせっかくの聞かせところがオペラのような声になってみたり、上方訛りがおかしかったりする。また、大詰めの立ち回りで、見得を決めるたびに「ふんっ」とか「はっ」という音が漏れ、これが気になる。もはや、今の時代に純粋に上方訛りを聴かせる芝居を求めるのが無茶なのだろうが、容姿が美しいだけにその差がもったいない。まずは科白、だ。若ければ良いというものでもなく、年輪を重ねることによる芸の味わいもある。芸の難しさはここだ。
団七の良き相手役の一寸徳兵衛が獅童。困ったことに、こちらがどう努力しても歌舞伎の科白に聞こえないのだ。二本目の「天守物語」の朱の盤坊の方がよほど良い。ということは、「古典歌舞伎」の科白ができていない、ということだ。現代にあって、古典歌舞伎の科白を一点一画守ることは不可能であり、意味をなさない部分もある。変容するのは芸能の本質だから崩すのは役者の力量次第だ、と思う。しかし、行書は楷書を学んでからのことであって、楷書がきちんと書けないうちに行書を書くのは無茶苦茶な話で、狂言は違うが「そりゃ聞こえませぬ徳兵衛さん」とでも言いたくなる。
徳兵衛女房お辰が勘太郎。観ている途中で気がついたのだが、彼の祖父である先代の勘三郎、現勘三郎と、中村屋三代のお辰を観たことになる。気持ちの良い役だが、勘太郎は無闇やたらと科白の調子を張り過ぎて、まだ外見だけのお辰だ。あんなに調子を張ってしまうと、相手の科白の調子が崩れる。この役は、女の意気地と性根を見せる役だ、まずはそこを押さえずに、科白だけには頼るべきではないだろう。役の性根がつかめて、その上で上方の年増の匂いたつような濃厚な色気が出るかどうか、という難しい役なのだ。
「夏祭浪花鑑」は現在上演されている場面構成は良くできた楽しい芝居である。まずは三人とも、芝居を楽しく見せるための勉強をしよう。芝居は観客が楽しむもので、役者が楽しむものではない。
「天守物語」。泉鏡花の作品は玉三郎専売特許の感がある。富姫の美貌を保っている玉三郎には驚嘆するばかり。相手役の姫川図書之助は海老蔵。夜の部二本の大活躍で、こちらの方が「夏祭」よりはまだ観られる。これも、獅童と同じ理由だろう。亀姫は勘太郎。近江之丞桃六に我當が付き合って、朗々とした科白を聴かせる。
歌舞伎座で上演するとは言え近代の作品であり演出家が必要で、戌井市郎、坂東玉三郎演出とある。二人とも鏡花の世界には理解が深いはずだが、なぜ背景にCG映像を使うのか、理解できない。空の色が夕焼けや青い空に変わったり、亀姫を乗せた籠が宙を飛ぶ映像を見せたりする。現在の映像技術をもってすれば難しい話ではなく、歌舞伎と映像のコラボレーションを否定するつもりはない。しかし、それも時と場合によりけりだろう。鏡花の綾錦を織るような絢爛豪華な科白に酔いながら、観客がイメージを掻き立てる楽しみがあるのに、そこで「これが答えです」と言わんばかりに映像を見せてしまっては芝居の楽しみがなくなる。鏡花の科白が活きなくなる、ということだ。もう一つ、その時間、観客の集中力は映像へ分散されるために、映像が変化する間、観客の興味が芝居から離れてしまう。こんな子供だましのような補助手段を使わずとも、科白だけで充分に成立している芝居なのだ、邪魔以外の何物でもない。
「天守物語」の幕が降りた後、カーテンコールがあった。最近はそう珍しいことではないのだろうが、歌舞伎座への観客の想いを感じた。もう残り少ない現歌舞伎座での芝居だからこそ、我々の眼にいつまでも残るような芝居を見せてほしいものだ。

「まあ、あんなに汗をいっぱいかいて…」という一言で客席に笑いが弾けた。これは、役者の科白ではない。観客の言葉だ。「うちでテレビを観ているんじゃないんだから、思ったことを言わないように!」と即座に役者が切り返し、また笑いを誘った。
池袋にある小さな劇場「シアターグリーン」でのひとコマだ。劇団鳥獣戯画が「跳び跳びロングラン」と称して続けている公演、「三人でシェイクスピア」も七年を超え、200回に達したという。わずか90分でシェイクスピアの37本の戯曲のダイジェストを見せるという無謀な芝居だが、初演の頃に新宿のプークで観て非常に面白かった記憶がある。それ以降も観たいという想いは持ったままにチャンスを逸してきたが、久しぶりで三度目の観劇となった。
やはり面白い。まずは、脚本が良く出来ていること。次に、三人の固定メンバーがベテラン揃いであり、完全に芝居が手に入っていること、それでいて力を抜いていないこと、この三つだ。どれも至極簡単な理由であり、ことごとしく分析をするまでもない。しかし、この三つの要素が揃った芝居が少ないのが現状だ。
客席数100に満たない小劇場で、決して儲かる芝居ではない。申し訳ないが、装置や衣装にお金をかけているとも思えない。一歩間違えば、素人が自己満足で終わる芝居に変身する可能性もある。そうならずに、七年もの間細々とではあるが上演が続いているのは、三人の役者が紛れもなく「プロ」だからである。わずか二日間の公演のために、他の仕事のスケジュールを縫い、稽古を重ねるだけの愛情をこの芝居に持っているのだ。劇団の創立メンバーであるちねんまさふみ、石丸有里子、そして赤星昇一郎。1975年に創立した劇団だから、もう35年近く活動を続けている。学校公演や子供むけの芝居などをコツコツと積み重ね、そこで得たものが次の舞台に反映されての積み上げである。赤星などは、「怪優」とも言える風貌だが、そこでとどまらないのは、芝居の骨法を身につけた上での抑制を知っているからだろう。
芝居の数が多いことはあちこちでさんざん書いている。しかし、どんな規模のどんな芝居であれ、「お客様が喜んで劇場を後にする」ということが究極の目的であることは変わらない。最初の観客の言葉は、芝居を楽しんでいるあまり、咄嗟に出た言葉だ。言わば、観客の生の反応が即座に舞台へ反映されたものである。これは小劇場の芝居の良さであり、ともすると、これをきっかけに悪い意味での「客いじり」を始めることもあるが、嬉しいことにこの芝居ではそこまで下司な真似はしない。一瞬芝居の本筋からはずれることはあっても、即座に芝居に戻る。何でもないことのようだが、実はこれは技術のいることだ、と私は想う。今の若い役者やテレビタレントを観ていると、「客いじり」をして、その反応に助けられているような無様な体を見せている人がいる。その上、それで自分が受けていると、ご丁寧に勘違いまでする輩がいるが、ここの芝居にはそれがなかった。
この芝居だけではなく、こうした地道な活動になかなか眼を向ける機会が少ない。これは我々の責任でもある。しかし、たまにこういう密度の濃い芝居に出会えた時の嬉しさはまた格別なものがあるのだ。
三人が汗みずくになって90分をぶっ飛ばす「三人でシェイクスピア」、地道な仕事で良いから、質を落とさずに続けてほしいものだ。

「新劇の神様」とまで呼ばれた劇団民藝の瀧澤修が当たり役にしていた三好十郎作の「炎の人」。ゴッホの生涯を描いたドラマだが、この芝居によって日本人の中にある種のゴッホ像が出来ていると言っても良いほどに、緻密に構築された芝居だ。それだけに、演じる方には相当の力量が必要で、そのせいもあって最近眼にする機会がなかった。瀧澤修の芝居に憧れていた市村正親がこの役に挑戦すると聴き、「とうとうか」という想いで劇場へ足を運んだが、結論を言えば予想以上の収穫であった、と言える。
今の若い演劇ファンには知る由もないが、瀧澤修が演じたゴッホは、「毎日踏み出す足の位置が変わらない」という伝説が生まれたほどに緻密に計算された演技だった。ゴッホを演じるに当たって、フランスへ渡り、ゴッホが歩いた道をたどりながら役作りをした、というのは事実だ。1989年、83歳の折に演じたものが最期になったが、狂気の人・ゴッホの奔流のような情熱のエネルギーに圧倒されたのは今でも鮮やかな記憶である。こうして、半ば伝説化した舞台に挑むのは、並大抵のことではない。最近はもっぱらミュージカルに活躍の軸足を置いている市村正親だが、ストレート・プレイでも多くの佳品を残している。その本領を発揮すべく、60歳を迎えた今、大役に挑んだのだろう。時宜を得た、と言える。
ただひたすら描くことのみに執着し、その中で生まれた狂気のために、37歳の若さで自らの命を絶ったゴッホ。世界的な画家であることは言うまでもないが、その生涯を日本の劇作家が描いていることは注目に値する。外国人を主人公にした芝居を日本の作家が書いた例は他にもあるが、ここまで固着したイメージを創り上げたのは、三好十郎の大きな仕事である。脚本がしっかりと隙間なく書かれているために、作品が役者を選ぶ、という性質も持ち合わせたのだろう。それだけに、市村正親がこの役に執着し、舞台の上でゴッホをねじ伏せようとした気持ちが良くわかる。膨大な量の科白はまさにゴッホとの格闘に等しい。その格闘を通じて、言葉を変え場所を変え、「絵」に対する情熱を訴える市村ゴッホの迫力は見事なものだ。もっとも、たった一つ気になるのは、この人が生来持っている舞台での愛嬌がふとした瞬間に出て、それが緊張の糸をほぐしてしまうことだ。意図的なものかも知れないが、言葉が追い付かないほどに絵のことを語りたいゴッホに愛嬌はいらないだろう。
ゴッホが影響を受け、尊敬した画家・ゴーギャンを演じる益岡徹が良い。堂々たる態度に適度な嫌らしさがいい具合に混じっている。傲岸なゴーギャンである。こうでなければ、仕事も家族も捨てて南の島へ走ったゴーギャンにはなるまい。ゴッホと絵との格闘に時折参加するセコンド、あるいはレフェリーのような感覚が面白い。荻野目慶子の弾けた芝居がいいアクセントになっており、助演陣の好演もいい効果を挙げている。中嶋しゅう、原康義のようなベテランが顔を見せることで、芝居の厚みがぐっと変わる。芝居のキャスティングの妙である。さとうこうじのロートレックに期待していたが、いささか直球勝負しすぎた感があるのが残念だ。
15分の休憩を挟んで3時間10分に及ぶ芝居は、観客にとっても格闘である。誤解を恐れずに言えば、観ていて疲れる芝居だ。しかし、幕が降りた後、ゴッホの人生と自分の人生を比べてみたり、生きるテーマについて考えることのできる芝居だ。たまには芝居を観て我が人生に想いをいたすのも悪いことではあるまい。一枚の絵を生む画家の人間ドラマ、などという美辞麗句だけではすませることのできない、生臭い泥濘のような人生がそこにある。嫉妬深く、猜疑心にあふれ、小心でだらしなく、女好きで…。だからこそ、ゴッホという一人の「人間」の懊悩と魅力がくっきりと浮かび上がって見えるのだろう。自分自身が発する炎で自らを焼き尽くしてしまった男。もしかすると、それは市村正親という役者に共通する部分があるのかも知れない。
最近、日本の過去の名作を新たな演出で上演する試みが増えている。今回の舞台は栗山民也の演出で、大いなる名作が甦った。名作に出会える観客は幸せである。芝居が一期一会であることを、こういう舞台で感じるのだ。

幕が降りる瞬間の拍手が、お義理で叩いているかどうかはすぐに分かるものだ。「ああ、楽しい芝居を観たな」という満足感溢れる拍手は、こちらも叩き甲斐がある。そういう芝居がとんと少ない昨今、加藤健一事務所が上演しているレイ・クーニーの「パパ、I LOVE YOU!」。ロンドンの病院の医師談話室を舞台に起きるコメディで、15分の幕間を含めて2時間15分、観客が実に良く笑っている。こういう時代だからこそ、良質のコメディが必要なのだ、ということはあちこちで繰り返し書いて来たが、この作品をこそ、そう呼ぶに値する。初演の好評から15年を経ての再演、今回は加藤健一が演出も担当し、満を持して、という感がある舞台だ。
主役となる二人の医師に加藤健一と村田雄浩。このコンビの間合いが絶妙で、コメディの命が「間」なのだ、ということを改めて感じさせる。村田雄浩という役者が、改めて舞台の人なのだ、と感じる生き生きとした躍動感を見せてくれたのは嬉しい。加藤健一が起こすトラブルに、同僚から家族までが巻き込まれていく、というドタバタ喜劇で、野暮ったらしく粗筋を書くまでもない。ある側面から見れば、何ともご都合主義で強引な設定の、傍若無人な芝居である。それを、そう思わせずに観客を笑わせ、楽しませてしまうのは、レイ・クーニーという劇作家の腕の凄いところだ。残念ながら、日本では、オリジナルの喜劇の土壌がここまで達していないことを認めざるを得ない。小田島恒志の翻訳がこなれていて、駄洒落を巧みに散りばめているので、違和感がない。かつて、海外の芝居を上演する際に、翻訳というものがもっときちんと意識されていた時代があったはずだが、ここをきちんと観るのは我々の仕事であもる。
加藤・村田の二人の芝居の足の速さが素晴らしいので、回りの役者とのスピード感や芝居に距離ができてしまう。特に、加藤健一の息子で、役の上でも親子になる加藤義宗や、かんのひとみ、この二人は若いゆえもあっていささか力み過ぎの感がある。一柳みるや山野史人などのベテランは自分のペース配分で二人の芝居に伍しているから不安はないものの、どうしても役者の技量によって凹凸ができる。逆に言えばそれほどに、コメディは難しいのである。
最近、「人を笑わせること」と「人に笑われること」の境界が曖昧になり、お笑い芸人などもプロとアマの境界がほとんどない。そんな中で、緻密に練り上げられたコメディを観ると、そこに笑いの本質がちゃんと描かれているのがわかる。どんなに傍若無人な設定であろうが、芝居全編を通して流れている作者の「友情」や「家族愛」というテーマはぶれない。そこが、良質になるかならないか、の大きな分かれ目でもあるのだ。ただギャグを連発して笑わせてしまえば良いというものではない。そういうものは、後に何も残らないからだ。
私が加藤健一事務所の一連の仕事を評価している理由は、「作品を選ぶセンス」と「丁寧な上演」である。この二つは簡単なようでいて非常に難しい。特に、作品を選ぶセンスは、自分では良いと思っても観客との体温差が激しければ成功はしない。このセレクトの眼が良いのである。芝居の半分は作品の選定にある、と言ったら誤解を招くだろうか。しかし、根っこに据えるものが良くなければ、いくら巧い役者を揃えてもエネルギーの浪費になる。加藤健一事務所は、所属俳優は本人ただ一人であり、上演のたびに作品に合わせてキャスティングをしている。いわゆる新劇と言われる分野において、このスタンスを続けてきたことは評価に値する。もう一つの「丁寧な上演」。初演で大好評だったこの芝居が再演されるまでに15年の歳月がかかっている。いろいろなタイミングの問題もあっただろうが、初演よりも良いクオリティの芝居を見せなくては意味がないことを知っているからこそ、練り上げるのにそれだけの時間をかけたのだろう。初演よりも再演の方が難しいのはどの芝居も共通だ。最近は、「この芝居は前にもやっているので楽だ」などととんでもないことをのたまう役者がいる。

清水邦夫の一幕劇「楽屋」。1977年初演の作品である。いわゆる「新劇」の分野では古典的な名作の部類に入れても良いだろう。有名無名を問わず、ずいぶん多くの役者がこの作品を演じて来た。今回は、生瀬勝久の演出である。
考えてみると、劇場の楽屋は、芝居の関係者以外には異空間であろう。「怖いもの見たさ」や「憧れ」で覗いてみたい人もいるだろうし、華やかな舞台の裏側は見たくない、という人もいる。芝居に関わる人びとにとっては日常